第153話『我慢』
黄金の薙刀は天から地へ大きく振り下ろされた。バックステップを踏みながら、俺の速度に合わせて後退し、その一撃を弾きながら尚踏み込んでくる俺から間合いを取る。右へ踏み込んで転がり、薙刀の横薙ぎを躱すと、キツキと位置が逆転する。振り切った瞬間が好機となって一歩引きながら虹剣を思いっきり振った――。
ピシュッ! と音を立てて風を切った虹剣がその虹を飛ばす。それにすぐに気づいた彼が背を逸らしそれを鼻先一寸のところで躱すとソレは上空へと向かって大きな虹を架けて行った。それはグラネダの街の方上空へととび、城を掠めて崖に突き刺さった。
「あんな所まで届くのか……!」
一字一句間違わずに俺も同じことを思った。危ないな――これ。
キツキが一瞬後ろを振り返って言うと、迫ってきていたアキに気づいて薙刀を振るう。大剣と薙刀が合わさって甲高い音を響かせた。戦闘中の能力加護では竜人に比がある。それに武器も相まってキツキは砂を引っ掻くように押されて動き、押し合いだと勝てない事を悟って一度そのまま流れるように剣の間合いを外れた。その勢いに乗ってグッと薙刀の刃よりの深い位置を持って石突で彼女の足元を弾いた。
パンッと弾かれて宙に舞ったのは一瞬で、すぐに剣を放し手を地面に付くとグッと地面を掴むように身を移動させて後追いしてきた剣先を躱す。
「術式:
すぐにキツキが技を使う為に光の鏡を出現させた。
宣言の瞬間に空かさずヴァンがほぼ無詠唱に壁法術を張り、その行く道を阻止する。キツキは破壊音を立てて衝撃干渉を発動させながら止まり、術式が失敗した。
「――っ! やっぱりヴァンさんには見られるべきじゃ無かった!」
「ええ、賢明な考えです!」
二人の連携を背に、俺は先を急ぐ事にして先の戦いに目をやる。地味に見えて事実誰も近づかない二人の空間は熾烈を極めていた。
虹剣の一撃は力を篭めたせいか、結構な量のマナを持っていかれた気がするが数値換算する計算は余りしないのでこのまま振ってしまえばあと数十回も振れないと気づいた。裂空虎砲より鋭いけど、消耗が激しい。多分もう少し制限して使わないといけないんだろう。俺に制限しろというのも、酷なものが有るけれど。
タタッと10歩も走らないうちに俺は背中に酷い寒気を覚え、何も考えずに左に思いっきり飛んだ。服の端を何かが掠めて、少し間があって空気を押しぬいたような風が吹く。せめて次の動作が出来るように足を先について、続けざまに前転宙返を二回繰り返す。
一度飛んだ時にチラリと見えた金色の軌跡は間違いなくアイツのもの。ソレが二度続けば彼は俺を殺す気であるということぐらい直ぐにわかった。
――キツキは、あの時と変わっていない。
エングロイアの飲んだ時の黒い瞳。
ただ目標を俺にして、ただその無骨な刃を向ける。
もう一歩退けようかというところで――。
パッ――っと、宝石剣が火を噴いた。
小さな炎の弾が生まれて、火花が散った。
――逃げてばかりでいい加減怒られたみたいだ。
それでも熱くはないんだ。熱が足りない。
いつものような――炎が出てこない。
涙が出そうになった。
宝石剣から、水が出そうだっての。
紅蓮宝石剣<ファーネリア>――……!
八つ当たりするみたいに。大振りに宝石剣を振る。容易く受け流されて、脇腹に打撃を一発貰う。
痛いんだよ。
ズキズキと疼く。
今もらった傷じゃない。
泣けないのはきっと水分不足か、ファーナ不足だったせいに違いない。皆さぁ……枯れちゃったのかな。
近くに居ないと補給できないんだよ。水だって近くに無いと補給できないしそれと同じで。
歯を食いしばって虹剣を思いっきり突き出すが背を反りながらの一歩で軽く交わされる。空かさず一歩を踏み込んで宝石剣を振り下ろしたが、下からどうやったのか金剛孔雀の刃を剣のように持っていたそいつの切り上げを肩に受けて血を流した。続け様に腹に蹴り込まれ、フラフラとしながら後退する。
ボタ
ボタ
ボタ
いってぇ――。
鮮血が腕を伝ってドロドロと流れる。俺は生きてるんだ。俺は。
何で。
なんで、こうなったんだファーナ……!!
ボタボタと流れ落ちるのは、血だけじゃなくなった。視界が歪む。キツキはアキとヴァンが再び交戦を始めた。
俺の友達と俺の友達が戦ってる。
違うよ。
なぁ、皆、違うんだよ…………!
戦場は鋼に満ちていた。それぞれの守るものを背に、剣を振るう。其処に俺が求めてた日常は無いし、もちろんこんなの皆の求めているものじゃないはずだ。
「ちっきしょ……!!」
誰を敵にするとか殺すとか嫌なのに。
息が荒くなる。見渡す草原では、目の端々で死に体が増えて行っている。
いまさら涙も止まらない。
ボタボタ流れ落ちる。
今のままじゃ何も救えない。
今のままじゃ何も変わらない。
俺じゃ変えられないんだ。資格を失ったから――。
再びキツキの猛攻はこちらへと牙を剥く。
「コウキ!!」
ヴァンが叫んだけど、目の前が霞んでいた。
「死ねばいいのに!!!」
正に、気分はそれ。
黄金の薙刀に銀色の双頭矛が合わさった。
ブルーの飾り付けの付いた細い矛は薙刀の軌跡だけを逸らして――目の前には長くて黒い髪が流れるように舞い降りた。
「壱神君無事!?」
「――あ、あ、うん……」
「壱神君!? なんか壱神君っぽくないよ! 大丈夫!? 肩!? 痛い!?」
矢次に聞かれて、少し戸惑ったが――そこには、いつもの四法さんが現れた。
「このぐらいは平気」
「当たり前でしょっ! 『男の子は痛くないっ! あっはっは!』 ぐらい言うじゃん!」
言った覚えは無いけど、間違いは無い。
男の子は痛くない。そんな事で怖気づいていたら――……とっくに俺は死んでた。
そうだ、痛いのは我慢だ。
我慢。
ギチッっと両手の剣を握った。
歯を食いしばった。地に足を沿わせて腰を据えた。
金剛孔雀の突きを交差で受け止めて流すとさらに流れるように連携する最初の一撃を受け止めて――んでもって、ニィッと笑ってみた。
「四法さんは平気?」
「超平気よ! エンガワとか怖くないし!」
「違うよっ! グロイジャンAだよ!」
「それっ」
「ちゃうわ!
エングロイアやし! あっかんわお前ら! 戦場の真ん中で脳ミソ蕩ける話ししとる場合かダァホーーー!!」
『おー!』
「褒めんな照れるわ!!」
「ああ、イライラするなお前ら……!!」
俺と四法さん、そしてジェレイド。3人で言う姿にキツキが痺れを切らした。
おちょくったわけじゃない。ただ自分を取り戻したかっただけ。
少しだけ、形を取り戻した気がした。
キツキの薙刀を大きく弾き上げて、そのまま軽快に十合を打ち合った。グルグルと調子よく回って、最後に喜月の足を払った。見事に両足を刈り取り、その一瞬に皆が距離を詰める。
ザザっと5人が喜月を取り囲んだ。神子とシキガミと元シキガミと竜人と大神官。
それは流石に彼にとっても窮地であって、はぁ、っと大きく息を吐いた。
「ファーナちゃんは!?」
四法さんがそんな中、彼女を心配した。あの瞬間には居なかった。そういうことだ。キツキとの間合いを皆で調整しながら、彼から目を離しては居ない。
答えられなかった。なんていえばいいかわからなくて――黙り込む。
「――死んだみたいやぞ」
俺がいえなかったその一言を何に包む事無くジェレイドは言った。
「……はぁ? 何それ。面白くないよジェレイド」
「嘘ちゃうし」
「……壱神君、ホント……?」
「え……あ……」
言い淀んだ。まだ認めようとはしない。きっとコレは――今は無理だ。絶対に。
四法さんは一瞬俺を見てうんうん頷くと、ぐるっと一回転して正に矛先をキツキに向けた。
「うん……じゃぁ、あたしは信じない。ジェレイド嘘つきだし。ファーナちゃん無事だよきっと」
「はぁ!?」
ジェレイドは素っ頓狂な声を上げた。
キツキはあきれ返って薙刀を下げる。
俺が目を見開いて、ヴァンが眼を伏せた。
アキは苦笑いを浮かべたけど――
「――ねっ壱神君っ」
彼女は屈託無い笑みだった。
やってしまえば。
きっと後で後悔するんだ。
死ぬほど。
泣くほど。
俺が縋ったのは、馬鹿な俺。
馬鹿な俺だからそうしようと思った。それ、何処までが馬鹿なんだろうな。
「――ああ、うん。……会えるよ。きっとっ」
痛いけど我慢して笑った。
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