第154話『天下布武』
絶体絶命の状況に陥ったのはそのまもなくの事だった。
空から突然降ってきた赤色の羽をした兵士十人に囲まれ皆でキツキを牽制した姿勢で硬直する事になった。口々に「キツキ様を解放しろ!」という声があがり今にも斬りかかろうかとう体勢である。
王様かなんかにでもなっちゃったのかと思ったが俺もシキガミ様って呼ばれてるしそれに相違ないだろう。
息を飲むような間が一瞬だけあった。
俺が注意すべきは後ろの赤羽兵。キツキは十中八九コチラヘは向かってこない。何故なら俺と四法さんよりもヴァンやジェレイドの方が危ない。戦いにおいて容赦や躊躇はしない。この世界の根本を知る生きるに長けた人たちだからだ。
反射的に俺たちもキツキに刃先を向けたとは言え、このまま進むことには抵抗がある。だって俺はまだこいつを――友達だと、思ってる。
そんなことはヴァンなら予測しておく。こちらに向かった瞬間にアウトだ。
スッとメガネを上げる動作をしたのは、ジェレイド。違和感を覚えたけど、刹那にそれを気にしている場合ではなくなった。
「進めェーーー!!」
頭上から、声がした。
誰の声だったのかを確認する間もない。全員が一斉に動き出す。声が雪崩みたいに一斉に始まって押し寄せる。
『術式!!!』
それを叫んだのは四人。黄金、真紅、青碧――そしてまた鮮烈な赤。それぞれの術式ラインと武器が声に呼応して鮮烈な色を引いた。
光の鏡が現れ、頭上に大量の光の壁を作った。さらにパキパキと冷気が収束していくような音がする。逆にパッっと火の粉を散らしたのが宝石剣。
「万華氷刃倍化!!」
パンッと最初に四法さんの手が叩かれた。手先は下を向いて、術が発動する。
「キャアアアアアァァァ!!」
「お先ー!」
手を叩いたのは白髪の神子で、倍以上にパキパキと大きくなる氷の槍に掴まって颯爽と戦線を離脱した。
逃げのプロを垣間見て感心するような暇もなく、俺たちは全員が一歩進んだ。
「鏡光ノ瞬<きょうこうのまたたき>!!」
目が眩むほど光った頭上にいくつもの光。それらがすべて青みを帯びているのはヴァンがすでに氷壁を張ったあとだからだ。キツキは流石、と言いそうな苦笑を浮かべていた。
だがキツキはすぐに足元に消え、次の瞬間にカッと光が通った。
展開はまさに光速。足元から足元へぎりぎりの速度の移動。俺が見たのは影のようなモノが本当に通り過ぎる姿を感じた程度だ。ジェレイドと四法さん同様、この絶体絶命状態を回避してみせた。
もう一歩踏み込んだときには、もうやるべき事は決まっていた。俺は剣を強く握りできるだけ姿勢を低くし、アキが高く飛び上がる。その丁度中間にヴァンが飛び上がって、全員が同じ位置で重なるような状態になった。
連携において、空気を読む事は最も重要になる。この場合やはり先にやるべき事が決まっていた俺たちよりもヴァンの方がかなり優れた判断をしていた。
この曲芸のような連携は俺たちだからこそできる――本当に、曲芸に等しい行動連鎖だ。
剣や槍が迫る。
すべての切っ先は俺を向いていた。
ドクドクと血がめぐるのがわかる。斬りつけられればどこだってきっと痛い。流れの早くなった血は吹き出るだろう。
そして、肉塊になって死ぬのは――。
嫌だ。
「幾多の罪を赦し賜え<ジャド・ジュレーヴ>ッッ!!」
土煙を巻き上げるほどの轟剣を振るい、その力の限り連続で投げつける。
アルマであるからこその連続性、そしてその威力は幾人もの鎧をも貫いた。
それでも、剣と槍は止まらない。
その死を気にする者は誰一人と居らず――殺意はひたすらに俺に向けられている。
それが、圧倒的な数の暴力。
振り払わなきゃ――。
「炎陣ッ」
ゴォと両手の双剣は火を吹いた。パァンと火の粉が散って、熱の風に舞い踊る。
「旋斬ッッ」
――ボォ!!
吹き荒れる爆風。その威力は爆弾に酷似していた。
ラジュエラが使った時に受ける側としてみた。近距離で受けてしまうと破裂の痛みがある。そして一番怖い熱。当然火傷も負ってしまう。
赤羽の兵は一掃され、俺の周りには円形に地面から草が焼けた匂いがただよう。
そして吹き飛ばした兵士はみな重症で――逃げたり、呻いたり。その光景だけでまた吐き気がした。
痛いような、痛くないような。
わかんないよ。
土埃があちこちで舞っている。カラカラに乾いてしまったように見える景色
俺たちが戦う意味ってなんなんだよ。
俺たちだけならまだしても、この戦争の意味って何なんだよ……。
「術式:吹雪の氷矢<ジェル・ガリア・ヴェロー>!!」
ヴァンが術を放ち、アキが剣を振るう。――もう迷うこと無くその剣を振るう。悲しむべきはそんな事態になってしまったことか。巻き込んでしまったことだろうか。
正解なんかここで探しても仕方がない。起こらなくてよかった戦争のはずなのに。ファーナはきっかけに使われた。ただ、それだけの為の死。
腹が立ってきた。
迷ってないで――俺が止めないと。
剣を収めて、全力で元凶へ向かった。
「――ふっ!」
爆発音に近い武器と拳のぶつかる音がした。そんな音を出して武器を叩けるのはその人以外に知らないが、まさにその人がその全力を持って“シキガミ”と対峙していた。
贔屓目にみても国王の踏み込みは随一の速さだ。それを持ってしてもまだ間合いに入れて居ない――いや、拳の間合いに入ると相手の間合いでも有る。相手は最もハンデのある鎌だ。あんなもの――武器として使うなんて正直冗談じゃないが、最大の欠点であるものを能力で補っている為酷く戦いづらい。
俺が見ている最大の欠点は前に対してきりつけられないこと。突きが存在しない。最もリーチが稼げて最も素早い攻撃となるそれを鎌は行えない。だからこそ鎖鎌は鎌の後ろに重りをつけて投げていたはず。長くて重いだけの鎌だったならば正直武器としては弱い方だと思う。
それが飛ぶ斬撃という飛び道具を得た為に酷く戦いづらくなった。拳の間合いに入れば間違いなく刈られるし、離れれば斬られる。中心位置に居て手数では押せるものの、王様には不利が多い。
土を蹴って王様の後ろ側から剣を伸ばす。鎌が止まる事が解っていたのだろう、王様が踏み込むより先に魔王が引いた。
それでも一歩を大きく踏んだ王様がさらに半歩で素早く身を入れ込むと同時に振られた左腕が鎧を掠めて火花を散らした。
その一撃の後、後ろから迫ってきた鎌の刃を姿勢を低くする事でやり過ごし五歩ほどの距離を取って対峙した。
「フゥ――……老体には疲れるじゃろォ、グラネダ王? 動かにゃァすぐ楽にしちゃろうが?」
「ぬかせ若造が。こちとら運動不足で溜まってんだ。三秒で三十発ぶち込んでやるから立ってろサンドバッグが!」
「ほォ……」
「ふん!」
息荒く拳を握りなおして構える王様。――衰えのようなモノは感じない。言葉遣いからも分かるがむしろ滾っている。
俺は言葉を出さずザザッと王様の影に入った。完全に支援する体制だ。俺より近接派で実戦数も桁が違うはずだ。何より後ろから見える背中だけでも大きすぎてまだまだ並べる気がしない。剣の入る隙にだけ入って王様に踏み込んでもらう事にしよう。おっちゃんはその気満々だし。
魔王は別段焦る様子も無く、ぐるりと辺りを見た。
「しっかしなァ……流石に二対一は鎧が堪えられそうもねェな」
踏み込むか――? と思ったが鉄拳の主は微動だにしなかった。相手の底が見えない以上、迂闊な動きは即死に値する。しかし動かなければ相手の底を知ることは出来ない。矛盾を抱える故に、最善の選択がどちらかなど一概に言えない。
無言で対峙する緊張感が空気からぴりぴりと伝わってくる。それは国王のもので相手のものではない。魔王は――本当に、読めない。薄ら笑いすら浮かべているように見え、力の抜けた立ち方をしていた。
――やっぱり一つ、気になる事が有る。戦う前にどうしてもそれを聞いておきたかった。
俺は一歩横に出て六天魔王と目を合わせた。相変わらずピリピリする空気はかわらなかったけれど。
「なんじゃァ壱のもん」
「……ねぇ、なんでファーナを殺したんだ」
「……戦争に必要だったからじゃねェか」
「それだけ?」
「それだけの価値があれば十分じゃのォ」
「お前は、神子の願いを聞かなかったのかよ」
「――聞いておる。それがこれだろォ?」
「違う! 神子は転生の器だって……!」
「はっはっは! そんなものか! 儂等の願いのついでじゃ。どうせ叶う」
「願いのついで……?」
聞いて高らかに笑った。
六天魔王にはそれは小さな問題だ、と言うように。
「 天 下 布 武 !!」
高らかに大鎌を振り上げ六天魔王が声を張り上げた。
天下布武は聞いたことが有ったが――その意味は良く分からなかった。
空気がソイツを中心にして広がるような圧力を感じたけれどそれは本当にそう空気が膨張した為だった。
「聴けェ!
御身下関にて朽ちた亡霊!
されど神によりシキガミとしてこの世の最強として生まれた我等!!」
世界の優遇は、この世界に最も関係の無い他者に預けられている。
「武により統べ! 武により習い! 武により生む!
武とは力に在らず才に在り、我が天下一と成り全てを統べようぞ!」
それは、可能だろう。
六天魔王は鎌を振り俺達を指した。
「我が率いるべきは最強の軍。この国――六天魔王信長が貰い受けてやるぞグラネダ王よォ!!」
「お前のような奴に娘はやれんな!」
「何、娘が居たか。……ついでに貰い受けてやるぞォ?」
「やるかっ!
――潰す!」
ブォッと空気を巻き込んで振った腕が大きく音を立てる。
「術式:風神翔脚<ふうじんしょうきゃく>!!」
暴風を巻き起こしながら爆進する一歩。蹴ったのは土ではなく空気。真後ろはミサイルが墜落したような衝撃で抉れていた。真後ろに居なくて良かった。
国王が間合いをつめたのは向けられた武器の先――鎌に触れる事の出来る位置までを一歩。
それ以上は必要なく、それが相手の完全な油断と判断した。
思い切り振りかぶられた左腕が真っ直ぐその大鎌の歯の根元を叩いた。
――ギャァァン!!
酷い金属音がした。
固い金属が無理やり引き裂かれるような音。大型の動力系機械が故障するような派手な音だった。
六天魔王はその衝撃に耐え切れず、身体を浮かせて後退していた。
「ぐああああああ!!」
しかし、叫びを上げたのは―――。
「おっちゃん!?」
「ってェ! ……ちっ、ナックルごと貫通しやがった……!」
ぱっと見、ナックルとかいう分厚さじゃないけど、おっちゃんがそういうのならナックルなんだろう。装甲並みのガントレットに見えるがその分厚い鉄を貫いたあの鎌の切れ味は相当ヤバイ。というか、やっぱりコレなら俺が前で受けるしかないんじゃないのだろうか。宝石剣なら砕けないはずだ。本来なら―――炎月輪が適当なんだろうけど。
自分で思っておいて、傷を抉りながら俺は土煙が晴れていく先を見た。
「……! 今のはちィと効いたぞ……!
めんどくせェ……! とっとと畳んじまおうかァ!」
ボフッッ!!
突然直線の斬撃が土煙から飛び出す。
こんなの避けようが無い――!
俺は反射的に虹剣に手を掛けて――引き抜いた。
「う、わっ!!」
虹色を引いていく軌跡が、突然カッと光を帯びて同じく斬撃となって飛ぶ――!
俺の目の前で相殺、となったその力は、風となって俺の身体を押した。ぶわっと浮き上がってまるで最初に六天魔王に押されたときのようにぶっ飛んだ。
「ま、た、かあああああああああああああああ!!! うわああああ!!」
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