第157話『強者へ触れる』
『 暴 君 雷 帝 !!』
雷光は視認出来るほどの質量、それと実体を持ったかのように一直線に彼の剣に纏われた。
巨人の剣と比べて全く遜色の無い程の大きさになると、宙に浮いたそれ目掛けて振りぬかれた。
三度爆発したようなその残光の後に紫電が爆ぜ、土人形が光の中で砂塵と帰す。
響き渡る雷鳴に驚いたのは戦場に居る誰もが同じだった。土人形は敵か味方かもわからず、消えたのだ。恐れを抱いたのは巨大さではなく強大さ。
術士も散々でしょうね、と銀の髪の術士が呟いた。出現して場を圧倒したのは巨大な土人形ではなくたった一人の人間大。シキガミである。
「全く、シキガミはいつも理不尽で困りますね……!
アキ!! 集合の合図を! コウキを受け取りに行きます!」
「えっ!? でもコウキさんはえっと、タケヒトさんが!」
「アレだけ目立ったのです、彼はまたすぐに別の足止めを食らいます!
さぁ行きますよ!」
「はいっ! 了解ですっ!」
言うと彼女はすぐにバッグから一枚のルーン札を取り出してマナを通すと空へと放り投げる。パッとそれが光を持って、黄色から緑へと変色して滞空する。集合伝令の信号である。
伝令傭兵隊に渡してある札が反応して、文字の色が黄色になる。そして発動者に近づくと徐々に緑になり、集まる為に便利に出来ている。
それをしてすぐに自分たちはコウキの元へと走り出した。
風前の灯となった命を見つめ、ラジュエラは小さく息を吐く。歓喜に満ちる戦女神は戦場で眼を閉じた。
戦女神が現界はここ数年に於いて最大。すべての戦女神がこの戦争の為に降りてきているであろうその戦場の至る所で、命のやり取りと戦女神の歓喜の声が聞こえる。この世界最大級に近い戦争に心躍らぬ戦女神が居ようか。
『貴女でも流石に一番のお気に入りが壊れると、滅入りますか』
『……そうだな』
機嫌が悪いとも取れる気の乗らない声で言って、ゆっくりと目を開いた。そしてまた何処と無く戦場を見回してふわふわと動き出す。それに続くように長い髪を靡かせてオルドヴァイユが後を追った。
『貴女らしくもない。何故今此処にいてそんなにも詰まらなさそうな顔をなさるのですか。最強が彼ではないからですか?』
『……最強? いや……興味が無いな。得に彼はな、そういう理屈で守ろうとはしないんだ』
『擁護はするのですね。では彼は何故戦うのでしょう。方法はそれだけではないでしょう』
『原理は簡単だよ。自分の前に有る壁を乗り越える為だけに強く成るんだ』
『人はそういうものです』
『そうだったな。じゃぁコレだ。殺しても死なないほど往生際が悪い』
『確かに、悪運の良さには舌を巻きますが……』
『悪運か……それは代償だよ。彼が持って歩く運命の分量に見合っただけのほんの少しのりだ』
『――ははは、面白い言い回しですね。神とも在ろう貴女が。見返
見返り? 人の不幸には誰も手を差し伸べる事は許されないはず。私たちは“運命”と呼ぶ流れに全てを委ねるしか無いのです。
その現象に“見返り”等というモノは出てきません!』
『……そうも……いや……そうだな――』
ラジュエラは溜息をついて、もうその話は興味が無いと言う風にオルドヴァイユを置いて地に降り立った。もっともその姿は誰にも見えずその身体を戦う鎧は通り抜けて行く。オルドヴァイユもそれ以上彼女を追いはしなかった。
それでも極力丁寧にその動きを避け、勇気の後押しをするようにその背に触れて戦場を歩いた。
そして、辿り着いたその場所で赤い服に包まれた少年を見下ろす。戦場では致命的な傷を負って倒れている青年。
――そうも言いたくなるさ、と口の端を歪めて戦場を見回す。こんなにも戦場は歪まない戦意に満ちている。
「コウキさんはわたし達が連れて行きます!」
「こっちです!」
「何やってんだ大将!」
「即席担架作るよ! みんな手ェ貸して!」
その中で――こんなにも想われる。王でも、騎士でも無いたった一人。
人を集めてしまう。
薄っすらと目を開けている様にも見えるが、虫の息なのは確実。
「相変わらず人を集めるな」
「こいつの通夜も凄かったろ、キツキ」
喧騒の中に、魅せた最強。そして、静かな意志を持つ金色の凶悪。
「お前も割りと凄かったよタケヒト」
「お。そうなのか。そりゃ嬉しいな!」
巨人を前に進み続ける勇猛さも、アレを食っておいて正気で居られるその底深さも――。
底知れぬシキガミというものの強さを表している。確かに現在の戦場に置いての最強を力や技で言うのならば彼がそうなのだろう。
認めるさ。
ポン、と背中を押す。
「あ? 何だよシェイル」
「……? 何だよとは、なんだ」
「ん? 今背中押さなかったか?」
「押していない」
「あれ……そうか。なんか破片でも飛んできたのかねっと!」
……シキガミは本当に量れない。彼は大きな剣を構えて雄叫びを上げながら薙刀のシキガミへと向かっていく。
戦女神になって驚かされたのは二度目だ。ああ確かに強い。触れただけで分かる。
我等には常に量れないものがある。
戦場にはいつも。運命だの、宿命だの、命を左右すべく行動があって――真っ直ぐソレを手繰り寄せるのが得意な奴だっている。
神のみぞ知る――? 戦女神が笑えば勝てる? いや、それは間違っている。
戦女神が笑うのは、勇猛な死、果敢な命の鬩ぎ合い、確かな生の叫び、その高揚に笑う。
全てが運命の道理に叶うもので有るのなら、私たちは此処に来る必要は無い。
「あらあら。皆さん頑張ってらっしゃるのね」
敵も。
「――オウオウ。さっきはよくもやってくれたな魔女のお嬢ちゃん!」
味方も。
銀色の髪の魔女は空にふわっと現れた。
手を伸ばして触れる事を、一瞬。躊躇った。
触れる事に余り意味は無い。戦士達には迷わず戦って欲しいという願いからの――意味の無い祈り事の一つである。ここで自分達が笑おうが喚こうが叫ぼうが何一つ彼らに届く事は無い。
「ノヴァ・ユース・エルストルブ。
冠は“剣聖<グラディウス>”
銘は“戦の狂喜<ラジュエラ>”
あんたは?」
「あら、名乗りですか。清々しいのですね。
わたくしはオリバーシル・アケネリー。
皆様ご存知の卑しい卑しい魔女ですわ。お見知りおきを。
それにしても剣聖様でしたか。お目にかかれて光栄です。
わたくしを目の前に剣を構えるのは無意味ですよ。空ですし」
「オイオイ。あんた、本気でそんな事言ってんの? オレとあんたの間に距離なんてねーよんだからもっと色々曝け出していいんだぜ?」
「まぁ、心の距離までゼロでしたか。まるで相思相愛ですね」
掛け合いは笑っていれば和やかなものだった。その欠片もその言葉の表情を為せていない二人がそれぞれの感情を表に出す。
「あんま余裕ぶっこいてると死ぬぜ?」
「そうですね。手負い猪の貴方に冥土のお土産と言った所です」
傷を受けたのに彼はその手当てを受けずに戦場を駆けずり回っていた。彼の居た傭兵隊には一人の欠員もいない。何の為にそうしたのか、それは彼に訊かなければ分からない。
故に魔女はソレを強がりと見下した。
「抜かせ」
強者は壮絶に狂気を含ませて笑みを浮かべた。空気が震えるのは空気を感情が伝導するから。小さな電気に触れたようにピクリと彼に触れようとした腕を振るわせた。
氷のように冷たい目で見下ろす魔女は同じようにどす黒い感情を孕んだ笑みを零す。
「では、さようなら」
魔女が腕を振り上げた。それと同時に触れる事のできない背中が遠ざかる。
勇敢な彼を押す意味は無い。
彼は押されずとも、進むことをやめない。
戦女神の役割は此処まで。
生きるものも、死に行くものも見送らなくてはならない。
魔女に向かって飛び上がったノヴァを黒い騎士が襲う。
騎士は何処から集まっているのか定かではないがゆうに数十人という集団となってきた。
「――フゥーー……。ちっと気張ろうか、ラジュエラ――」
『……ああ』
その声は、彼に聞こえる事はない。
一度も、声など。
『……いかないで……』
届かない。
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