第160話『誓う言葉』
高みで見る景色は絶景だろう。
その光景たるや上り詰めたものの為のものである。下に居たのでは見えたものではない。遠くを見渡し新しい道を知る。世界の大きさを知る。その先を――知ろうとする者も居る。
我等が与えるその栄光を守りきり、しかし戦いの中に散り行く彼らにはその景色は飽きただろうか。何度も何度も登っては絶景だと笑う。我々が見せてあげられるのは同じ景色だ。
その繰り返しを愚かと思った。彼は知らない景色を毎度見に来ているが我が見せているのは同じ景色なのである。それを愚かと言うわざるを得ないのは其処に立ち続ける自分が一番滑稽では有るのだけれど――。
景色を見せてあげることが出来るのだけれど、彼の願いだけは一度も叶えられたことが無い。戦女神は武神であり、ただその戦意に応えるのみである。何度来ても彼は同じ願いを言う。我々には叶えられない願いをただひたすらに。
だからこそ何度も何度も。この景色を与えるのだけれど彼の望んでいるものではない。彼がそれをただの過程としか見ていなくてただただ手を伸ばしてくる。それが届かないと知っていて、触れられないと知っていて尚も続く。
欲深きは歓迎するべきだ。我々は剣を持つものすべてを祝福する。その槍を振るうものの願いを叶える。赤く染められた足元のその向こうは真っ青な空が広がる。貴方がそうであるから、この景色はあんなにも青く芽吹き、花咲いて散る。とても、とても綺麗で幸せなのに――。
両手を赤に染め、死の重さに耐え切るものを“英雄”と呼んだ。
人々もそれを崇め彼らに縋る。彼らの弱さはいつも他者を動かすものである。彼らの強さはいつもそれを戒めるものである。
その英雄達は各々が突き詰め、そして我等を託され在るべき死を受け入れる。
戦場にて散る事は我々の誇りである。意志である死は正に我々の光であり水であり大気である。それは古今に於いて変わらぬ摂理であり、我々も人における呼吸や食、生きるそれを行っているに過ぎないのである。
故に。わたしとあなたは、馬鹿の一つ覚えのようにすれ違い続ける。
求め合いながらも、貪り合いながらも、
“逢いたい”
ただそれだけのことも叶わない。
ああ――なんて、滑稽なことか。
今更涙など落ちず。
透明で見えないはずの剣は、血で染まり、真っ赤にその姿を見せる。
狂気を帯びて笑うのは、その血なまぐさい臭いのせい。
夢の中で泣きじゃくるその子をひたすら宥めてた。
夢の中と言うのはかくもここが現実出ない事を示し、この子は本物のあの子ではないことを現していた。それなのに自分の身体だけはリアルに血を流し、その子が血を止めるようにと抱きついて、服を真っ赤に染める。
そんな事はしなくていい、と言っては見たがその子は頑なに首を振って泣きながら血を止めるために傷口を押さえる。
傍に居てあげられなくてすみません。弱くてごめんなさい。貴方はわたしの剣なのに。わたしは貴方の為の剣なのに。
肝心な時に、貴方を守ってあげられない。
その声がひたすらオレに謝り続ける。君は何も悪くないのだと言うのだけれど、その子は聞こえていないかのように、ただ、泣く、泣く。
その子を泣かせてしまったのはきっとオレが弱いせいだろう。
もっと強くならなければ。
もっと剣を振らなくては。
向かってくる奴ら全部蹴散らして。
オレが最強なら。
泣き止むかな――。
「さて、行きましょうか。
――オオカミさん」
*コウキ
その現象をブライト・ハートと皆が言っていた。アキには野球部ヨロシク九十度から百八十度を視野に入れて最敬礼を返した。もちろん「やめてくださいっ」と直ぐに止められてしまったが
今回はダメ押し連続だ。でもこんなに大勢に助けてもらったし。せめて被害の軽減に走らないとな。
作戦会議に傭兵隊全員が一円となる。城門近くの建物の影に全員腰を下ろした。戦場を駆け抜けたせいでドロドロで、少し疲労が見て取れた。傷の回復で何となくテンションも回復するのでそういう疲労度も回復するのかと思ってはいたのだが、アレはそう感じるだけと言う話だ。実際傷が治ったその日は泥のように寝れる。これに関してはだけは気付いても聞くんじゃなかったと真剣に思った。テンションって大事だし。
色々思うところはあるがとりあえずその疲れを紛らわす為と聞きたい事の為に少し機嫌の良いヴァンに話しかけてみた。
「なぁ、ヴァン」
「はい?」
「何でこんな戦いになってるんだろ……。魔王は分かるけどさ、なんで翼人の人たちが戦争に参加してんの?」
翼人と言えばティアだ。彼女が居た国でも在るし、彼女は王族関係という話もあった。キツキが絡んでいるのは確実だろうけど、それだけで動くものなのだろうか。
まだ領土の取り合いをするような戦争は多いと聞く。おっちゃんは信じられないだろうがな、と笑っていたが。
ヴァンがふむ、と頷いて、少しだけ思い出すような素振りをした。そしてちょっとだけ困ったような顔をして言う。
「……グラネダは翼人との確執があるんですよ」
「グラネダは?」
問い返した言葉に彼が頷いた。
「元はグラネダではないのですがね……マグナス時代の負の遺産とも言います」
「負の遺産……」
俺は新参者だ。グラネダさえ殆ど分かっていないというのにマグナスという時代はさらに分からないものである。
「――マグナス国は、当時交易のあったセインとは条約を交し合い、友好関係にあったと聞きます。
御互いを商人達が行き交い、国は発展していきました。
しかし――。とあることから戦争となりました」
ヴァンが語る。落ち着いた口調はいつも通り。まぁ詳しい説明は置いておくとして、と前置きをしておいて話を進めた。
「ある商人が、このグラネダ国から法術技術書物を盗み、セインに流そうとしたのです。
捕まった翼付きの商人はマグナスによって裁かれようとしましたが、セインが自らの国で処罰する、と引渡しを要求しました。
しかしマグナスの国の機密でもありましたから、先にこの国での刑を受けました。
商人は――、翼人の誇りであるその羽を落とされました。
摩擦は其処から始まりました。
その商人を連れたって行った通信使が全員帰らなくなり、ついに小隊を送るに至りました。
それを戦意があると受け取ったセインは軍を出し――」
戦争になった。とヴァンは言って空を見上げた。
防壁に施された術式により塀の内側は空からは攻略できないらしい。もっともそれはヴァンの作ったものではないらしいがこの国の最新技術だとか。
ヴァンは俺を向き直って説明を続けた。
「そして、空を飛ぶ相手を押さえつけマグナスが勝ちました。対空術式の研究が進んでいた為です。
しかし被害は両軍とも数万という大きな傷跡を残しました。
マグナスは国を取る気は無かったので自国の捕虜を解放し逃げ閉じた国に追い討ちはかけませんでしたし、再生の支援もしませんでした。
謝罪を求めるにも時期も失っています。条約もその時すでに破棄。
セインとの友好を取り戻すには多大な苦労を必要とするでしょう。
この戦争をして昨日の敵が今日の友となる可能性が在るのかもしれませんが、相手が蓄えてきたこの国への敵意は計り知れません。
もっとも……今の説明はこちら側から見ただけの説明であってあちらに何が起きたのかは定かでは無いようです」
なるほど――。なるほどと言っていいのかはイマイチだがヴァンですら現状はそうで、やはり役職柄というかホームでもあるこの国を守らない訳には行かない。
六天魔王とキツキが絡んでるっていうのが怖いがもしかしたら誑かされてるだけなんて話だとこの戦争は無意味だ。
「それって、尋ねにいけ……ないですよね……」
始まってしまった戦争を問うのは無意味だと判断したのだろうか。アキは溜息を吐いた。
「……? 行けたら行くの?」
「えっ、いや、あの、その、ほら、竜士団だと、ちゃんと戦争の相互理由の理解をするんです。最も必要な事だと父は言っていましたし……」
わわっと慌てたように視線をしどろもどろに動かしてからアキが言う。
「えっ、どうしたの?」
「えっと……その……。
竜士団みたいな事をしたいんです……わたしは。
別にそんな強いわけじゃないですけどまだ真似からかなっていうか……馬鹿な事言ってますよねっ」
あはは〜と恥ずかしそうに空笑いした。
何となくだけど珍しい光景でちょっとビックリした。
「アキがなんか珍しい」
「わたしが珍しいですか!?」
おおーとヴァンと一緒に顎に手を当てて彼女を見る。ヴァンは何の事か分かっているのか少しニヤニヤしていた。
「ははは。いえ。目覚めたのですよ。竜士としての使命に」
「ば、ヴァンさんっそんなのじゃないですっその、なんというかもうちょっと頑張ろうっていうか……」
うーん、と首を傾げて言葉を捜すアキ。
そこに何かを思いついた表情でニッコリとヴァンが微笑んだ。大体この笑顔をするときはさり気無くロクでも無い事を言う。
「一生を捧げる誓いですよね」
「えっ!? 誰と!?」
思わず反応すると彼女が顔を真っ赤にして否定する。
「ちがっ! 違いますっしてませんからっ」
思わずビクッと過剰反応して周りを見回した。皆も一瞬ざわざわとして、何か分かったのかニヤニヤとこちらを見ていた。
ヴァンはやれやれと言う大げさなリアクションを取ってから彼女をキッと見返した。
「誓いは嘘ではないのでしょう?」
「そうですけど……! っその言い方はいじわるですっ!」
――どうやらこの空間では俺だけ仲間はずれのようだ。と皆の顔を見ていると思えてきた。
ススッとアキの方に寄りつめてこっそり聞いてみる。
「ねぇねぇ、アキ、何がどうなの?」
「べ、別に、大した事じゃないんですっその、改めるとそれは違う気がするので、言いたくないですっ」
何故か顔を真っ赤にしてプルプルとそれを否定する。
そんなコトされたら気になるじゃないか。
「えっな、なんか恥ずかしい事なの?
こっそり! ヒントでもっ」
物凄い勢いで頼み込んでみる。
「えっと、うー……その、うーん……」
なんか凄く困った顔で悩んでいる。
じゃぁいいかっと笑って俺は立ち上がる。
「みんな聞いてくれ!
俺はアキが自分でやりたいって言う事、料理以外聞いたこと無い!」
ははは、と笑いが出る。旅の間は確かにそうだが、彼女が何かをしたいと言ってくる事は少ない。だから俺が言ってる事は嘘だ。
「でもさ! ヴァンも珍しがるぐらい、アキが何か自分でやりたいって言うのあんまり無いんだよ。もう超いい子。皆褒めてくれ」
「えっ、いや、その〜ぅ……」
アキのこの遠慮する所は長所であって、短所だと思う。
誰かに頼る事の信頼関係が築きづらくなる。自分で後輩の仕事を全部やってしまう先輩は頼もしいけれどそれだと後輩が成長できない。相手を信頼できていないと言う事でもある。何でも出来てしまう彼女だから、それは彼女らしい所でもあるのだろう。
自己主張もあまりしないし、控えめでいい子だとは思うのだがもっとリーダーシップは振っていかないといけないと思う。
俺は我侭だという自覚が在る。それは自分の意見を押し通そうとするし、俺の意見を尊重してくれる人に懐いていく。俺の誠意も尽くしているつもりだ。
そして、俺の願いを叶えてくれる人たちだから、その人たちの願いも叶えてあげないといけないと思う。助けられたから、助けたいんだ。俺はそういうギブアンドテイクが上手くいく世界が一番綺麗だと思う。きっとそれを突き詰めると宗教的なんだろうが俺はもう俺の貧乏くじは仕方の無いものだと思ってる。
「俺は、この戦争を止めたいと思った!」
理由は不明だ。でも、それを知って公平を期すべきだと友人が言う。
理由はどうあれ、俺がかけがえの無いものを守れなかった国である。
この国が失うべきものはもう無いだろうと思う。
だからこの戦争を止めたいと言うのが俺の我侭だ。
「もしこれがただのシキガミ同士のいがみ合いなら、普通の王様も兵士も出る必要無いじゃん?」
ファーナの弔い合戦はただの自己満足でしかない。だから一層にこの戦争で在る必要はなく、借りはあの二人に返せば良い。
「いや、アンタがそのシキガミだろ……」
傭兵の一人に突っ込まれる。それにピシッと振り返ると同時に指を指す。
「だからだよ! なんでみんなが巻き込まれなきゃいけないのさ! 思うだろ?
無駄な戦争の火種にされたってんなら俺だって腹立つ!」
ぐるっと皆を見回して、アキに視線を合わせた。
ちょっと控えめ気味に俺を見上げて息を呑む。
「つーわけでっ」
ニカーっと笑ってみた。
このイメージはおっちゃんだ。
あの笑顔には純粋な悪っぽい何かが含まれていると思う。
「みんなで竜士団っぽい事しようぜ!」
アキに手を差し出した。おずおずとその手を掴んできた彼女を引き起こしてペシッと背中を叩くとピンと背筋を伸ばした。
竜士団がすることとあれば俺の出番じゃない。でもイチガミ隊が一時的に竜士団になるためには彼女の言葉が必要だ。
アキと利害が一致した俺の方向にみんなを納得させる為にやっているみたいで気が引けるが、確かに相手の理由を知る事はこの戦争の意味に近づける。おっちゃんは前線に居るしもしかしたら被害をこれ以上多く出す前に防げるかも知れない。
あと。アキの言葉の強さで皆が変わる。
皆の視線がアキに集まった。
*アキ
「わたしは……」
ギュッと拳を作って覚悟を決めた。
コウキさんはわたしの話は聞いていないのだろうけど、やっぱり、どうしてか。汲み取ってしまった。
わたしが応える番だと豪語しておいて、いきなり彼に遠慮してしまうのでは何の為の言葉だったというのだ。
「わたしは竜士団を作りたいんです。
せめてわたしは戦場でそうでないといけないんです。
トラヴクラハは、わたしの父は言いました」
父に再び会えた日に。わたしはトラヴクラハ竜士団を再建しようと言った。
色んな嬉しさがあって、その中で。
『……危うすぎて作れなどしないさ。 トラヴクラハ竜士団は、な』
最後まで――トラヴクラハ竜士団を再建しようとは言わなかった。
約束を破ってしまうような人じゃなかった。あの人が守らなかった約束はそれ以外知らない。困ったように笑うのは、きっと守りきれないことを知っていたからだろうか。それともわたしの行く先を心配してくれたからだろうか。そう思って眼を閉じて振り返る。
「トラヴクラハ竜士団の再建はできないって」
あの人は自分には無理だと言った。ゆっくりと目を開くとそこにあの人の姿は見えない。
「でも。わたしに作れと託してくれました」
あの時は――最悪、後で合流すれば何でも出来ると思っていた。楽観していた。
「父の遺志もあります。
でももっと根本的に。わたしは竜士として育てられました。
わたしは中央に立って、手を取り合わせたい。戦争を最も被害の少ない最善の解決方法で終わらせたいんです」
アキ竜士団は今は幻だけど――形を持たなくてはいけない。
「それが竜士団の使命なんです。
どちらにとっても英雄で、どちらにとっても死神だって竜士団はよく言われます。
でも英雄でも死神でもない、話を聞く友人のような……剣を振るう人たちを助けをする、そんな一団。
いえ……アキ・リーテライヌの理想的な在り方なんです」
戦争を止めると言ったもの最も理想的である。
わたしは真剣に。一番初めにそういう事を言える人になりたい。
この国の人誰もがやらない事。第三者視点での戦争加入。その場合の敵の数は、両国ともである。
それでもかつての竜士団はそれを名乗り、その力を示し生きてきた。
「わたしは――
もう逃げません。竜士団の使命から。
だから力を貸してください。お願いします――!
アキ竜士団はこの戦争を見届けます!!」
『おおおおっ!』
見届けると言う事は、不必要な力で解決しない事。
お互いがぶつかり合う事を認めた戦争をわたしたちが拒否しない事。
わたしがわたしの助けたい人達の為に全力を尽くす事。
そしてわたし達が生き抜く事。
言い終わった後は清々しい気分だった。
パチパチと拍手と声援を貰って御礼をしてさっともとの位置に戻った。
ちょっと気恥ずかしい気がして膝を抱いて息をついた。
「――では。本題の作戦と行きましょうか」
ヴァンさんが座ったまま地面に地図を開いた。グラネダ周辺を大きく拡大した図があって、陣形とこれからの動きが説明される。
コウキさんは真剣にそれを聞いていて、笑いながら語っている時とは別人のようである。不思議だ。
いつも突然わたしを新しい所へ連れて行く。
わたしを認めてくれている唯一の人のようにも思える。
ヴァンさんにも言われたわたしの引っ込み思案癖はこれからも苦労しそうである。
根本から変えるならほんとにコウキさんみたいな人に――。
あ――そう、言えば……ファーナが居ない……。
なら、大丈夫なのではないだろうか。
本来の旅をどうするのかは分からないけど……。
もし、立ち止まってしまうのなら。今度はわたしが。
わたしが、コウキさんを連れ出しても――。
「あ、あの……コウキさん」
小さな声で呼んでみた。状況確認は続いている。真剣に聞いていたコウキさんには悪いと思ったけど、どうしても言っておかないといけない気がした。
「んっ?」
なに? とちらりとこちらを見て首を傾げるコウキさん。
「あの、この戦争が終わったら、聞いて欲しい事があるんです……っ!」
/ メール