第161話『城壁攻防線』
俺は地図を指差すヴァンの指から目を離してぐりんっとアキを見た。
ビクッとちょっと驚かれて、な、なんですかっとうろたえているアキを凝視する。
「……アキ。それちょっとアレだ」
「はい?」
「ほらよくあるだろ? この戦争が終わったら〜のそれってあれじゃん?
そんな不謹慎な言葉パパが許しませんよ」
ビッと指を立ててアキの目の前に寄せていく。より目の限界が来たのか、指を掴んでプルプルと頭を振ると首をかしげた。
「えっ? ええっ? 割と真面目だったんですがそれどういう意味ですか?」
「よくさぁ、
『この戦争が終わったら、結婚するんだ』とか
『この戦争が終わったら、妻と子供に二年ぶりに会うんだ』とか……他にも
『もっと早く合えてたら親友だったな』とか
『お前ら、これからは仲良くやっていってくれよ』とか。
最後にイイヤツになって死んじゃう人ってそういうこと言うらしいよ?」
ニヒルな感じの顔をして言ってみた。
「へぇ。面白いですコウキさんの顔が」
「ありがとよっ」
その表情のままと親指を突き立てて礼を言うとプッとまた噴出された。
「なるほどじゃぁわたしは大丈夫じゃないですか?
あとコウキさんも大丈夫じゃないですか」
「えっ俺そんな事言った覚えないよぅ」
「コウキさんは自分で思ってるよりいっぱい言ってます」
真顔で言い切られた。これは肯定するしかないのかもしれない。
「じゃぁ大丈夫なのか」
「大丈夫ですっ」
にこーと柔らかく笑ってそう言う。
「そっかー」
なんか大丈夫な気がしてきたしいいかな。気恥ずかしくなって前に視線を戻すと地図の所でひそひそと傭兵とヴァンが此方を指差して話していた。
「なぁなぁ、軍師の旦那、ありゃ素かい?」
「素です」
「それでいてあれかい。まだ?」
「なんの兆しもありませんね」
なんかヴァンがプルプル苦い顔で首を振っている。きっと無理な事を言われているに違いない。
心なしか凄い傭兵の皆がこっち睨んでる気がするけど何でだろ。
「おーぅい。大将ーそりゃねーよ」
「えっ俺? 何がさ?」
「……いや、戦争が終わったら話そうか大将」
「そうですね、戦争が終わったらそろそろ色をつけましょう」
傭兵の人とヴァンがキリッとした目でこちらを見た。
「な、何色!?」
「黒ですね」
「頭ならもう黒いよ!?」
「じゃぁ白でもいいですよ」
「アキのパンツの話?」 スパーーーン! 「いたーっ!!」
「いっいつ見たんですか!?」
座る体勢を体育座りから正座に変えながらぐいぐいと俺の袖を引っ張るアキ。
「たまたま当たっただけじゃんっ。てかスパッツ履いてるじゃん見えないよ。皆残念がってるよ」
「み、見せる為にやってるんじゃないんですっ」
赤い顔をしてぷーっと頬を膨らませて言う。
とりあえずその頬っぺたをつついてしぼませてから皆に向きかえると、またじとーっとした目で見られていた。そしてヴァンがはぁ、と溜息を付いて苦笑すると、俺達の動きの説明に入った。
「敵後方に巨大術陣出現!!」
城壁内を騒然とさせた一言は大きく響いた。城壁の兵士達がぞろぞろと退場していく。
「全く、おちおち休んでいられませんね――」
そう言って立ち上がったのは作戦指示を終えたばかりのヴァンツェ・クライオン。起き上がった時に前側に落ちた長い髪をさっと後ろに流した。
毅然とした態度で居続ける。それは俺がずっと見てきたヴァンで今もそれはずっと変わっていない。騒然とする中でこの傭兵隊だけは静かに指示を待った。
「さて傭兵隊皆さんは一旦ここで待機してください」
まばらに声が上がって、ヴァンの視線がこちらを向く。
「コウキ、アキ、アルベント。上で何が起きているのかを視察しましょう」
「おうっ」
「はいっ」
「承知した」
そして踵を返すと人が流れ出る城壁塔の上り口を見た。まだ弓兵隊や術士隊が流れ出るように出てきている。
「……真っ直ぐ上がった方が早そうですね」
そう言って垂直方向に高く伸びる壁を見上げた。
グラネダ第七国防壁は、国の技術力を結集した最強の防壁だ。対巨大術式用に防壁には巨大な防護術式を設置していて、並大抵の術式では傷一つつかない。この防壁の開発にはカリウスやロードと言った優秀な研究者が携わっているとヴァンが言った。ジャハハの人とさっきの医者の人だ。
「すっげ……!」
沢山の人たちが隊列を成し、戦う戦場。風通しのいい此処からだとさらに壮大な風景に見える。大勢の雄叫びが剣を振り、術を放ち――過激な戦いはまだ続いている。
「見事にバラバラにされてますね……よくありません。
六天魔王もキツキも良い指揮をしています」
ヴァンは戦況が不服なようで顔を顰めた。確かに優劣は分りづらい状態になっている。優秀な指揮者、と言うのは聞こえがいいが敵なので素直に喜べない。今どこに居るのか分からないが、タケと戦っているのだろうか。
「敵のほうが一隊についてのに人数が少ないのに、戦況は優勢とは言いがたい。
全戦力ではないとは言え、この戦況は褒められませんね。
それよりもあちらです」
敵国王城の城門からグラネダに向けて、大きな法術陣が見えた。ぴりぴりと嫌な予感が伝わってくる。まるでドラゴンブレスを放つ前みたいだ。もっとも、ドラゴンはもっと背筋が凍ったけど。みるからにでかい術式その威力はでかさにも比例するものだと言っていたのはヴァンだ。
「や、やばくね?」
「やばいですね。来ますよ」
「えっ?」
ポーンという音と共に明るく黄に光る円が術陣の外に広がった。そしてゆっくりと円に向かって戻っていき、パァッと術陣全体が光った。
術陣円は此処から確認できるでかい奴でも十個ぐらい見える。更に細かいのを見れば五十個はあるんじゃないだろうか。それだとあの術は五十系術式とか言うもので……ジャハハの人が作ってた五系が凄いとかどうとかいうレベルじゃないんじゃ……?
そうこう考えるうちにパパッに二度その術陣が閃いて、光が生まれた。暫く遅れて破裂音が響き、地面が揺れだした。
「ヴァン、ヴァン!? これやばくね!?」
「さて、相手の術陣個数が私には良く見えなかったのでわかりませんが」
おでこに手を翳して目を顰めていたが見えないらしい。ここで俺の両目2.0以上測定不能の視力が役に立つ。
「五十個ぐらい!」
「では、大丈夫です」
ィン! ゴゴォォオオォオォン!!
「うわああぁぁぁぁぁああ!!」
強烈な光が目の前の壁に直撃した。
ガタガタと体にゆれと、当たっても居ないけれど衝撃を感じる。その光は目の前の壁に阻まれ、球形のこの国の透明な術式保護を滑るように通り抜け背後の崖に当たる。もくもくと大きな土煙を立ち上げ残響音を残して光は消えた。
「め、めちゃくちゃドキドキしてる。何、コレは恋?」
地震大国で育ったこの俺ですらこの有様なのにみんな大丈夫なのだろうか。アルベントはなんか毛が逆立ってる。
「片思いですね。それもステキな時間ですよ」
姿勢を変えず腕を組んだまま立っていたヴァンがふむ、と顎に手を当てた。
「驚いた……この国の防護壁の研究は進んでいると聞いたがここまでなのか……」
アルベントが目の前に見えない壁を見上げて言う。
「本来は騎士の壁と王妃の壁があって完璧というものなのですが。
どうも陣形が乱れている為皆反応できなかったようですね」
ヴァンは見下ろして陣形の確認といくつか光の信号のようなものを出す。
俺も何か出来るわけじゃないが戦況を見ておく。ぱっと見ではタケの位置と国王のおっちゃんの位置ぐらいしか分らなかったが――、ロザリアさんが結構前線まで上がってきている。
「ヴァン……」
「はい?」
「どれくらいまで耐えれるんだこの壁……」
「モノによります」
「例えば……あの百枚になった術式とか」
「コウキも望遠鏡も無いのによくあんなところまで見えますね」
先ほどから思っていましたが、と言って一息入れて城壁に触れる。それとほぼ間を置かずにこちらを振り返ると肯いた。
「……流石に不味いですね。
降りて強化をしましょう――」
ヴァンが言い切らないうちに、また轟音が響き始めた。
それは術式による音ではなく、城門を開く音だ。
「な、何故城門が……!?
閉じなさい!! 第二波が来ます!!」
その声を聞いたからか城門人がひとり通れる程度の間を空けてぴたりと止まると、赤い神官法衣服の一隊がぞろぞろとその間を抜けて行った。
「何をやっているのです! 戻りなさい!」
その言葉が聞こえたのか聞こえて居ないのか。二十人程の法衣の人たちが通ると再び門が閉じ始めた。
城門の前に二十人が並んだ。
一人を前にして、あと全員が後ろに跪き、祈るような姿勢を取った。
「こんな時に上級術士達が壁を離れるとは何事ですか……!」
「ヴァン、やばい! 今あっち光った!!」
ポーンと円形の光がさっきより大きく広がって波紋のように戻っていく。
「傭兵隊!! 城壁に触れ全力で収束を!」
そう言ってからヴァンも方膝を着いて両手をつけた。
「あの法衣……見たことあるんだけど……」
「ほ、法衣ですかっ? コウキさん、わたしたちも降りるか協力しないと危ないんじゃ……!」
ボボゥッ!!
突然術士団の頭上で炎が爆ぜた。城壁一面に真紅の色を持った線が浮き上がり、城壁の端まで続く円の術陣が現れた。その術式行使光はすでに熱を持っていて俺たち皆を赤く照らす。その赤い術式線はふっと黒い色を帯びていくと、それを追いかけるようにパキパキと割れるように内側から白い光が生まれていく。
その光景をどこで見たかなんて、考えるまでも無い。
「裂空虎砲……!?」
キラキラと二度、相手の黄金の術式が閃いた。
その術式が先ほどの倍以上の大きさになって迫ってきた。
……ゴォォオオオッ!!
大地を揺らす振動が激しくなってくる。術式隊は全く引く様子を見せない。
真紅の法衣を纏った術士は太陽を崇めるかのように空を見上げた。そして両手を大きく開いて、顔を上げる。
帽子に阻まれて顔は殆ど見えなかったが――金色に靡く髪が見えた――。
「コウキさん危ないっ!!」
アキに抑えられて城壁に隠れる。
そして、その声が大きく響いた。
「術式:神焔・黄輝の弾丸<マキネ・ライジング・バレット>!!!」
背にしている壁の向こうが一段と明るい光を帯びる。ヴァンが眩しそうに目を顰めたが不敵に口の端を歪めた。
「このっ、声……えっ!?」
アキが色々とおきていることに目を白黒させる。
俺も息が詰まって混乱している。
ゴゥゥンッ!
術式同士が衝突して爆発音を響かせる。
四散した相手の術式が疎らに城壁の球形障壁を滑る。太陽が昇ったかのような光と、流れ星のような光が城壁内を騒然とさせた。
運動をし続けているみたいに心臓がバクバク言っている。色んな感情が渦巻いて、どんな顔をすればいいのか分からない。
「発射<ショット>ッッ!!!」
術が発射され、光が遠のく。
続けて相手が第三波を打つ波が見えた。しかしそれは此方を狙うものではなく今度は向こうの迎撃である。
俺は遠ざかる光を確認すると城壁を降りる為にぱっと飛び越える。
「わたしもっ!」
間を置かずにアキが飛んで追ってきたので左手を掴んでもらう。
ボフゥゥン! と着地に衝撃緩衝を発動させ、着地すると術隊の視線がこちらにむいた。
俺達は中心でひとり、こちらを向かず遠くを見るその人を見る。
彼女は振り向かないまま帽子を取った。
金色の髪が風に靡く。
ゴゴゥゥゥン!!
一際大きな音を立てて先ほど放った術式が相殺された。術士の人たちは、小さく喚声を上げる。
遅れて、ブワッと服が靡くほどの風が吹いた。振り返ると眩い光に反射する白い胸と襟元から、戸惑うようにこちらを見る真紅の瞳と視線を合わせた。
「ふぅ、えっと……当たらなくて、よかったです」
少しだけ言葉を詰まらせてフワリと笑った。
じわっと、そのなんともいえない感覚が広がってくる。
涙さえ迷った。ここで流すべきものなのかどうか。それを考えてしまうと結局流れてこなかったのだけれど。
「……ぅ」
感極まったアキが既に泣きかけている。
ぷるぷると身震いをしたかと思うとざっと足を彼女の元へと進めた。
「ふぁぁあなぁああーーー!」
「わぁっ! アキっただいま戻りましたっ」
「うぁああーーーっ! よかっ……! よ、かっ、た……!
わたし、……もう、……ううー」
ファーナを抱き込んでぐしぐしと泣き始めるアキ。
「噂によると、鏡の方は死んでしまったようで……ご心配をおかけしました」
それをあやすかのように彼女の背を優しくファーナが撫でている。
微笑ましい光景だが、背景がやや好ましくない所である。
俺はそんな二人を見て――胸の中で暖かい何かがさぁっと流れていくような、やっと血が流れたみたいな気持ちになった。
せき止めていた場所に温度が戻ってくる。皆が避けるように会話をするのが凄く嫌だった。
「他人事みたいに言いやがってこのこのー」
だからちょっと仕返しに。悪いのは助けられなかった俺なんだけど……それでもちょっとだけ。
「あっちょ、コウキっそれはやめへふはっ! いやですっ」
顔辺りをむにーと引き伸ばそうとしているとぷるぷると避けてから此方を振り返ると両手を押さえるように抱きついてきた。
これでは手で悪戯する事が出来ない為大人しく腰に手を回して抱き返す。温度は分からないけれど、ファーナっぽい暖かさだ。
「……おかえり」
彼女を見おろしてみたけれど此処からじゃ頭の上しか見えない。その姿勢のまま彼女は少しだけ抱きつく力を強くした。
「……はいっただいま戻りましたっ。
心配しましたか?」
「死ぬほど」
これはマジな話だ。
ゆっくりと俺をみて、真顔だったからか彼女は少ししゅんとした顔になった。
「……すみません……」
「でも、よかった。今度は生き返るほどっ」
これもマジな話だ。ここら辺の話は戦争が終わったら話してあげようと思って笑った。
「ふふ。わたくし達は恐らく幸運の星の元に居るのですよ。
――ああ、なんだかコウキ分不足が治ってきた気がします」
ギュウーとさらに抱きついて、パッと離れた。そして彼女が見せた満面の笑みにちょっとだけ面食らってどきどきした。
「な、何それ」
「不足すると、大変な事になります」
何か真剣な顔つきで言い切られた。
「あ、それ分かるかも」
「ですよね!」
わかんないけど、その二人が面白そうだったので、いいかなって思った。
「あっはっはっはっはっは!」
笑える。心の底から笑ったら、少し涙でてきた。でも笑う。笑うしかない。
皆が揃った。
これは幸運だ。俺のどうこうって所じゃない奇跡だ。
答え合わせは後回しにしよう。戦争が終わったら皆で答え合わせだ。
ギギィと重い扉が開かれて、ヴァンとアルベント、そして傭兵隊が出てきた。
それに手を振って目標の達成を知らせると歓声が上がる。俺達が何かできたかって言うとそうでもないかもだけど。目標達成は大いにテンションが上がる。
「っし! 一気にこの戦争終わらすぞ!!」
剣を掲げて叫ぶと傭兵団と術士隊が声を揃えた。
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