第164話『心騒ぐ帰還』
「おそらく!」
実に悩んだ。どうもそれらしい言葉を捜すにあたって直接的でないかつ曖昧な自分でることがよく分かる言葉を選び抜くのに数分を要した。
そして高らかに上げた手は何か。これは何かと考えているとこれぞコウキの模倣であると気付いた。もうなんでもコウキのせいである。コウキが悪い。
そしてフル回転した頭が熱を帯びて限界寸前で口が勝手に叫んだ言葉がそれである。それ以上の言葉が待っていても出ないことを確認するとヴァースはため息をついた。
「はぁ、おそらくですか」
本当に呆れたような声がした。それはそれで地味にショックだった。
「うぅ、ため息をつかないでくださいっ」
自分が意気地無しだということぐらい。それがさらに究極系の意気地なしだということは今証明された。きっと今後も変わらないはずだ。
「曖昧ということは……」
「ち、違うのですっ不満があるというかそういうのではなくわたくしの問題ですっわたくしの方が不完全ですし勇気もありませんし、そのっそのぅ!
ぅ……は、恥ずかしいですし……」
聞こえたか聞こえないかぐらいの小声。馬に乗っていて風もあるため聞こえなかったのだと思う。ヴァースはうーんと少し唸った。
「花も恥らう乙女心ですね」
貴女らしいです、と言ってきた。
「……わ、わかっていただけたならいいですっどうせ意気地無しですっこ、この話題は」
これ以上話されるとわたくしの中の何かが爆発する。そして行き場が無くなって本当に顔から爆発するに違いない。彼の後ろ側に座っているこの状況を本気で感謝した。
「ですが」
「ぅ……っ」
涙が出そうだ。これ以上追求されたら泣く。本気で泣いてしまう。逃げたい。
「……いや、そうですね。失礼が過ぎました。お許しください」
「し、しりませんっもう、なぜこんなことを聞くのですっヴァースらしくないです」
こんな風な空気になってしまったのはすべて自分のせいだ。
もっとあの人のように気持ちよく生きられればいいのだけれど。
どうやら真似をしようにも自分の弱虫が邪魔をする。
こんな時に、弱虫は最強だ。
喉元にいて、すべての言葉を阻もうとする。足元から居なくなって、逃げろって囁きかける。
今は耳元にいて言葉を聞こえなくしようとしている。
「ええ。失礼なのは承知の上ですが……。
何分、私の意中の方ですから。
聞いておかずには居られません」
「――……えっ」
朝方に走る馬の上で、その言葉はハッキリと聞こえた。
少し、意図を強めに伝える為にさりげなくとも、声は大きかった。
「まさか……」
息を呑んだ。焦り――それに似た何かを覚える。
良い悪いの判断が鈍る。
良くは無い、と脳の端で理解した。
「こ、コウキですか? そ、その、ちょっと応援はしかねます」
さすがに、それは……。と言っていると笑いの混じった溜息が出ていた。何をそんな面白がる所があったのかと考えて、やはり冗談だったかと気付く。
「いやいや……どうしてそう的が外れてるんですか……、貴女も鈍い部類に入るのでしょうね。やはり」
ヴァースは首を振る。コウキの影響でしょうかね、と眉を顰めた。
「ええっど、どういうことですか」
どうもこうも、とため息交じりに言うと彼は馬を止めた。
少し彼から手を放して景色を見た。木々は静かに眠っていて、自分の作っている炎が道を照らしている。空気は冷たい。月の光がおぼろげに曇った空の向こうに見え、その白さを冷たくも感じる。
「私は貴女に言っているのですよリージェ様」
途端、ぐっと腰に右手が回ってきてそのままぐるりと彼の目の前に抱き寄せられた。馬上の前後が逆転して、彼の左手に支えられるような姿勢になってしまった。それも驚いたけれどその顔が目の前に来ていた事にもっと驚いた。
国一番女性人気の高い男性といえば彼を指す。若くして騎士団長であり、その容姿や実力からも支持されている。真面目でアルゼのように変な噂も立たない。近くでまじまじと見るようなことは無かったが良く見ていなくても容姿端麗なのは知っていたし近づいた所でまつげが長い事がわかるだけだ。脳の状況の整理が追いつかない。
「貴女が好きです。長くお慕いしておりました」
ついに自分の脳が考える事をやめた。ぴんと張り詰めたような空気があって彼は真剣な瞳でこちらを見ている。
「……」
「……」
視線が外れないのでこちらが視線を外す。
「……」
「……」
息が詰まってきて、息を止める。
「……」
「……」
物凄い熱量が何処からか吹き上がってきた手で顔を覆った。
「……あの、リージェ様」
「こ、こっちを見ないでください!」
顔を覆ったまま叫んでしまった。自分の恥ずかしい何かの容量がいっぱいいっぱいである。元々限界値が小さいものに過多に注がれる恥ずかしさが受けきれずに熱になる。
「えっ、あ、はい、いえ」
「あっ、ぅあっ、何故こっちを向こうとするのですっ」
一度了承したかと思ったらすぐにこちらを見ているのが分かった。
「気になるではありませんか。どんな顔をなさっているのかとか」
ぐいーっと片方の手が引っ張りあげられていくのでもう片方で両目を覆った。必死に抵抗するが腕力では到底敵わない。
「嫌ですっあのっやめてっいやっんっ」
「そんな泣かないでください……」
ぱっと手が放されて再び両手で仮面を作る。どうやら自分は逃げ場所が無いと頭を隠して隠れたつもりになるようだ。
「い嫌だと言ったではないですかぁっっうぅっ」
「真っ赤ですよ」
頬は熱い。涙も流れているが冷たくは無い。頭からは絶対湯気が出ている。
「しっ知ってますっ」
「可愛い反応で嬉しいですよ」
「っいやですっ」
ああ、何故こんな恥ずかしい思いをしているのだろう。思えばコウキやアキも良く無駄に褒めてきたり迫ってきたりするがそれは何が面白いのだろうか。
困った。語彙力が無いことと、ここを切り抜けられるほど自分が大人ではないことである。彼には失望させてしまうような態度ばかりだろうけれど、自分は所謂未熟な少女でしかなくてどこをとっても彼とはつりあわないのである。
そもそも自分自身がまだまだ恋愛では精神的に幼いという事自体は知っている。
「では困らせすぎるのは本望ではないので忘れてください。
そうですねアルゼマインに結婚してくださいって言われたようなものだと」
彼はそう言っていつものように笑って見せた。
「……わたくしを困らせるだけのためですかっ」
そうだと言ってくれれば怒るだけで済む。
言われなければどういう顔をしていれば良いかわからないのでしばらくこの無駄な篭城を続けようと決意した。
「いいえ。本心です。では答えを聞かせていただけるのですか?」
「いえっ、あのぅっ、わたくしは全くというか、そのっ貴方にはもっと、相応しい方がいらっしゃると思います。もっと、大人っぽくてステキな方とかっ」
自分があっているとは思えないし、自分にそんな魅力は無いはずだ。
「リージェ様も可憐で素敵な方ですよ」
「そんなことないですっ」
目を覆っているので何が起きているのかは分からないが声が少し近くなった。そしてそのまま優しい声に語りかけられる。
「リージェ様の気品は王妃様のそれです。思慮深く、人々を想う様は王としてあるべき貴女の姿のようで美しいと思います」
「……」
「それに、貴女は美しくなりましたリージェ様。
私が護衛を勤めていた頃とは比べ物になりません」
「……っ」
「私が守らねば、といつも思っていました。今回のような事があって尚更、その思いは強くなりました」
「貴女は守られねばならない。神子や王女という立場もそうですが、それ以前に女性ですから。まぁ守りたいと言うのは男の言い分に他ありませんけれどこれも本心です」
「……」
もうまともに顔も見ることが出来ず、手で顔を覆っていた。
「あと、そうやって顔を隠しているのもとても可愛いと思います」
「……もうっ……もうっ見ないでくださいっ……! 恥ずかしさで爆発してしまいますっ」
恥ずかしさが爆発するのかもしれないが。どちらかと言うと恥ずかしさで身体の内側からはじけ飛びそうだった。
「……ダメですか?」
「そのっそのぅっ、お、お気持ちは嬉しいのですが……」
そういった後、しゅんとした声が聞こえる。
「……やはり私ではダメですか」
「だ、ダメというか」
嫌いという意味ではないことを分かってもらいたい――。
「ダメではないなら言葉を続けますね」
とてもいい笑顔で彼は笑って、こちらにはまた頬の熱がぶり返してくる。
「ダメですっわたくしが恥ずかしくて死にますっ」
「はは、恥ずかしがる事ではないですよリージェ様。貴女は誇る事を知るべきだと思います。貴女は魅力ある方ですよ」
そんな風に言われるのは初めてだ。
そんな風に見られたのは初めてだ。
でもぱっと顔から手を放して、泣き顔でも抵抗をする事にした。
「うぅ、ズルイです……わたくしは恋もまともに出来ない未熟者です……。
そ、そのそんな風に言われるのは困りますっ」
キッと目を向けて言い切ったけれど、彼には柳に風のようである。
一度首を傾げてから彼はずいっとその顔を近づけた。
「……では私は脈ありとみても? そんな風に言われると本気を出さざるを得ません。
私は貴女が好きですから」
言い訳が下手なようだ。どんどん悪い方向に向かっている気がする。
「だだっだからっ」
緊張が限界に達して言葉にならない。顔と顔の距離は無くなる一方である。
顔を覆う為の両手は右手でそっと押さえられている。逃げ道は無いので既に強く眼を閉じてしまっていた。
不意にぬるりとざらりとした感触が太ももの裏辺りに這った。
「ひゃぁぅっ!?」
ゴッ!
「いっ!?」
思い切り跳ね起きてしまってヴァースの鼻に額から突っ込んだ。流石に彼も驚いて顔を下げたが、わたくしを抱える手だけはしっかりと残していた。
続けてモフモフとした何かとぷにっとした何かに触れられた。頭を押さえたりとわたわたとやりながらそれを確認すると金色毛並みのカーバンクルがバッグから顔や手を出して、目の前にあった私の足にじゃれてきていたみたいだ。
「ああっすみませ……! あ、足になにかっ
る、ルーメンですかっ、な、舐めましてね今っきき、急にやられるとおおお驚くではありませんかっ」
いろんな意味で涙目になりながらルーメンを叱る。
「キュー」
円らな瞳がこちらを見た。しっかりとその目と見つめあった後、ゆっくりとバッグの中に戻っていく。
……ルーメンは賢い。人の言葉を理解する。彼が師匠と呼んでいる朴念仁と違って彼はちゃんと空気が読めるのだろうか。
「つつ、はは、どうやら優秀な護衛がいらっしゃる」
ヴァースが鼻を擦りながら笑う。
「えっ」
そう言ったタイミングでルーメンがごそっと鼻を隙間から出して、またごそっと奥に隠れた。動物らしいよくわからない行動である。
鼻は大事に至らなかったようで、またいつものように微笑んだ。
「いえ。では急ぎましょう。
この話は用が終わってからでいいので考えてください」
そしてそのまま馬を動かし初める。
「えっ」
「折をみてまた聞かせてもらいます」
彼の声がじかに聞こえる。馬に横向きに乗って抱えられたままの状態のままそう甘く呟かれた。
「ええっ」
「この気持ちはコウキには負けませんから」
その瞬間はその紳士にもすこし少年のような面影を見た気がした。
「あ……ぅ」
「真剣です。貴女が未熟だというのならば貴女が良いというまで待ちましょう。いつまでも」
言葉一つ出てこない。
これが揺れているということなのだろうか。
彼は言葉を濁さずハッキリとこちらの前に言ってみせる。一方自分はこれである。
「もちろん言動的に了解は出ていない事は承知ですし、負け戦かもしれませんが諦めるよりはマシと見ました。
そう考えていると彼のほうがずるいですね」
考慮の余地、というかもっと自分に対して真剣になるべきなのだろう。
「……ヴァース、顔が真っ赤ですっ」
「貴女には負けます。あまり可愛いと……」
もうその先の言葉を、聞いてはいけないと思った。だから瞬時にその言葉を遮る。
「か、帰りましょうグラネダへ! 一刻も早く」
「かしこまりました」
その声を聞いて馬が速度を上げ始める。
其処から先は会話らしい会話は余りしなかった。彼はいつも通りに振舞っていたがわたくしがそうも行かなかった。仮面も被れない。コウキですら空元気で笑うというのに。
こちらの気持ちを優先してくれていると考えて間違い無い。襲われる未遂的なものはあったものの、セーフだ。
どう考えてもヴァースは嫌いではない。むしろ好感に値する人間だ。正義感も人間性にしても能力の何に置いても非が見当たらない。故に自分は彼を遠ざけるのだけれど。
彼と一緒に居ると、多分弱い人間のまま守られる。でもそれでも良いのではないのか、それは幸せなことなのではないかと聞かれればそうだと思う。
道中、せめて。言葉には出来なかったけれど見つけ出さないといけない。
すでに泣きたい。何かが崩れてしまう前に早くコウキに会いたいと思った。
「あ、危ないですアイリス様!」
二人の門番が扉を守る。
それは前々一度あった問題を解決してからというものてっきりあてがわれる事の無かった役職だが、それがまた復活したのは戦争という一大行事の為である。
かつて無いのはグラネダ目前での戦争である。グラネダ領での戦争はあったが、こうも目前に城が降ってきたり巨人が立ち上がったりするような大戦争は始めてである。
出る事が出来ない壁であるが、入ることも出ない壁である。上空であっても法術によって展開された術にドーム状に守られたグラネダの空間には入ることがかなり難しい。
それが更にグラネダ城内とならば更に難しいと言われていてここにいて守られなければいけない彼女が外に出ようと言い出すのだ。
「止めないで下さい! わたくしは行かねばなりません!」
そこから出ようという事もまた難しい。それは同時に入られる可能性だってある。
姫が一人、門番と言い合う。本来ならば門番は退くべきなのかもしれないが事態とさらに上である王の命によりそれは成り立っていた。そもそも彼女は王城での常習犯であり、門番の対応は強い物言いに一歩も引かない毅然としたものだ。
「ダメです! 国王様より絶対に出すなと言われているのですからっ」
頑なに言い放ってお城の門の前に槍を交差して翳す。此処が開くのはもう当主である王が帰ってきた時のみであろう。
「そんな事は知りませんっお姉様が亡くなったというのに平然としていられるでしょうか!
兵たちがどれ程の怒りをもって暴れるでしょうか!
わたくしは象徴としてあの人に及びませんけれど!
代わりに立つべくは王女であるわたくしです!!」
あの方の代わりをというとおこがましいですが、と小さく言う。その握られた手は悔しさに震えていた。行かねばならないのだと強く言い聞かせている。死が響いているのは何も戦場の人間だけではない。城や神殿にいる者にも大きな衝撃を与え、恐怖に泣き崩れるものさえ居た。
守るべきは民である。ここで民は守られる事を言い伝え、混乱を収拾するが彼女の仕事ではあるが限度はある。
「星となったお姉様もきっとわたくしを応援してくださって――……?」
ゴゴゴッと、城門が動き出す。それに何事かと兵士と王女が扉を見た。
そしてとっさに目の前で槍を交差させいた兵が武器を引き、門の端へと寄った。
ざわめきが走った。城の兵士は皆目をその扉を開いて現れた人物に向かって注がれる。
扉を開いて中心に佇むのは赤い法衣の女性である。傍に佇むのは流麗な騎士。
彼女が足を踏み入れるとぱぁっと赤白い丸い光が舞った。それはほんの一瞬で消えてしまうが、精霊が踊ると言われる現象でこのグラネダでは珍しくは無い。特に焔の加護に恵まれた国であるグラネダでは、最も強い加護を受ける彼女の回りでは良く見られる。
開かれたドアの先には見覚えのある金色紅眼。赤い法衣を来た少し小柄なグラネダ象徴神子ファーネリア。彼女が其処に立っていた。真っ直ぐにアイリスと目を合わす。そして彼女は微笑んで「相変わらずですね」と言った。
アイリスは眼を白黒とさせ、何度もこちらと眼を合わせた。そして両手を伸ばしてじりじりとこちらへと寄ってくる。
「お…………お姉様…………?」
いつも思うのだがこう謎の予備動作は何なのだろうか。そう意味を問うとアイリスには必ず、お姉様は真面目すぎると怒られる。
「ただいま戻りました。ご心配をおかけ致しました」
そう言った途端、アイリスの大きな瞳から大粒の涙が流れ始める。
「お姉様ああああああああああああ!
あああああ! よかったあああ!
報せがっ! 死んだってっっ死んっ……!
うあああんっ!」
歩み寄ってきて抱き込まれたあと、彼女はポロポロと涙を落としながら泣いた。緊張で殺伐としていた空気が少し和む。
「落ち着きなさいアイリス。
大丈夫ですわたくしは生きていますからっ。
ご心配おかけしました。ありがとうございます」
彼女を安心させようと歩み寄ってから手を取る。本物であると分かってもらえればいいけれど言葉とあとは多少派手な方法以外に自分がそうであると証明する事ができない。
「お姉さまっうぁぁっぅぅ……!」
泣き虫というか、感情の起伏の激しい妹である。彼女は弱くは無い。強く思うが故に泣いてくれたのだ。
「アイリス……」
きっともう少しすればお母様のように綺麗になって、物腰も安定してこんな風には泣かなくなる。
わたくしのように弱くない彼女はきっと立派な王女になる。
「……っ折角、仲良くなったんですっ!
シキガミ様が居てっお姉様の事を知って……!
嘘をついて、少し硬かった家族が。わたくしたちがようやく本音で話せるようになったんです。やっとわたくしはこの城をわたくしの居場所であると思えたんです……!
いきなり、居なくならないでください……!
どうしたらいいのか分からなくなってしまいます……!
どうしようもなく、悲しいのです……! 寂しいのです……!」
わたくし達が一緒に話すようになって年は一周もしていない。でもわたくしは自由に城と神殿を行き来できるようになったし、アイリスも授業さえなければやってもいいと言われている。
わたくしが神殿で暮らすようになってからは両親として会うような機会はまるで無かった。遠い人達だった。
でも、シキガミが現れてからと言うもの城の中はわだかまりが一つずつ無くなっていった。一緒に話したり食事をするような機会だってある。一歩ずつ近づいていて、少しでも家族としての暖かさを感じれるならそれも幸せの一つと知ることが出来る。きっと彼女はそれを守りたいと思っている。
「わたくしには! 待っている事しかできませんっ!
無力なんです! わたくしだけ!
わたくしにできることはここで我侭を言うことぐらいですっ次に変な事が聞こえてきたらわたくし戦場にでますっ」
大きな声で叫ぶ。その声に皆がざわついた。恐らく今度アイリスが本気だと逆らう人も居なくなるだろう。
言葉の強さが人を動かす。彼女の声の強さと意志に動かされてしまう人間は少なくは無いと思う。
「や、やめてくださいアイリスっ貴女は戦うべき人間ではないのですから」
「でもお姉様には頑張ったら勝てる気がします」
キリッと目を輝かせるが、プルプルと頭を振る。
「いえ、わたくしに勝てても何の自慢にもなりませんから」
これはわたくしが自信を持って言うべきだろうか。コウキやアキ辺りが居ればそこは自信を持とうよと言われるだろうか。でも確かに容赦なく攻め込まれたら体術では勝てない。ゼロ距離になると不利しか持ち得ないわたくしに勝ち目は無い。
「これ以上わたくしを止めるには戦争に勝って戻ってくるのみです!」
ぐっと拳を握って城門の向こうを見る。第七城壁の向こうでは今でも戦いが続いている。
「本当に……はぁ。貴女は本当に、あの人たちに似ていますね」
真っ直ぐどこかを見ているその生き方というか在り方が似ている。
「外見がお母様で中身がお父様です」
えへん、と言わんばかりに胸を張ってそのしぐさが妙におもしろくて少し笑えた。
「嬉しそうで何よりです」
「お姉さまだって。お母様そっくりじゃないですか」
そうだろうか。自分の身なりをみてから胸を張ったアイリスを見て少し溜息が出そうになった。圧倒的なこの成長差は何なのだろうか。栄養に関しては問題ないと思う。スカーレットが色々と考えながら作ってくれて、病気をしたことも余り無いぐらいだ。余り食も太い方ではないがそれがいけないのだろうか。
シルヴィアやコウキのように沢山食べれれば多少は違うだろうか。ただシルヴィアの暴飲暴食のせいで少しアキが嘆いていたような記憶も……いや、彼女はそれでも健気に頑張っているのだ。
せめてわたくしも彼女と同じ視界を得たなら、変われるだろうか。
「せめてアイリスに身長が追いついてから言いたいです」
それは母にも並ぶと言う事。そうなればきっと。
「お姉さまはそのままでも可愛いですっ」
ギュウっと抱き込まれる。この図は姉と妹が逆だといつも思っている。彼女が姉ならもう少し大人しくしていただろうが、ぐいっと彼女を押して離れる。
「絶対もう少し大きくなって見せますっ」
むっとして言い返すとゆっくりと表情がほどけていって、アイリスらしい笑みを見せた。
お互いで少し笑って、彼女に自分は戦場へ向かうことを告げて神殿へと向かった。彼女は再び表情を曇らせたけれど、引き止めたりはせずただ武運を願ってくれた。
メイドのスカーレットを呼びつけて、法衣正装を用意させる。焔の術式加護が付いたオーダーメイド品で、濃い赤色の多い生地で構成されている。最高峰服職人で、奇跡の芸術師<マエストロ>と呼ばれるマーデッタという名のブランドの服に当たる。質素倹約を教えにしているのであまりこの法衣正装を着る事は無いが、持っている服の中では一番気に入っているものでもある。着ていると歩くたびに精霊が踊る。焔の神子である誉れのような優れた衣装である。
服職人には、神々に奇跡の芸術師<マエストロ>と認定された人間が存在する。命名を受けるに等しく、数は多くは無く、流通数は圧倒的に少ないがお城のお抱えの職人であったり、街で流行の最先端とされる服を創っている人が多い。本人でなければ加護の意味は無くなるがブランド力というのは凄まじいものとなる。現にアルクセイドはマーデッタ製品は多く流通してブランドの第一線を走っている。
そして本人に創って頂いたのがこの法衣正装。火に強い生地になっていて、わたくしが着ている限りは加護が相まって燃えすらしないはずだ。更にでは無いが殆どの法術は防ぐ事が出来るだろう。術衣としては最高峰のものである。――だからマエストロ達の創ったものは本当に凄い。
流石に旅に出るには目立ちすぎる。その為着ていく事は無かったが戦場に出るにもあまり向いては居ないだろう。しかし着ていないよりはずっと強く居られるはずである。
気付けが終わって、帽子を手に取った。
「有り難う御座いますスゥ」
言うと彼女は表情を変えずに頭を下げた。
「いえ……お気をつけて。御武運をお祈りしております」
そして彼女らしく静かにそう言った。
「ええ。では行って参ります」
それに頷いて先に集めておいた神官達の下へと急ぐ事にした。
この戦争を終わらせる為に――。
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