第167話『覚悟』
「……本気でいってんのか」
タケが真顔だった。友人と話すときは自然と笑顔となることが多い。それは平和を意味する事でもあった。
先程はひとしきり笑ったけれど、俺が話を始めたら皆真剣だった。空気がそうだったという事も在るがもう、これ以上時間も無い。
「本気だ。俺達にしかできないだろ?」
その通りだと言うと、腕が一つ俺とタケの間に割ってはいる。
「グラネダが勝てばそれでいいだろう」
凛とした瞳が俺を見下ろした。彼女もまた背が高く、俺が少し見上げなくてはいけない。
「グラネダが勝つだけじゃ、何の解決にもならない」
やっぱり予想していたとおりだ。タケは基本的にこちらに乗り気になってくれるが彼女がそうさせてくれない。逆の立場ならファーナがきっとそうするだろう。
「ふざけるな。それに何のメリットがある」
「俺達の領分じゃんか。俺達が面倒を見る必要がある。
それに人が死なない事のメリット以上に大切な事はないと思う」
俺が言ってる事は、きっと英雄と言われる領分。
「他人のことなど」
「他人だからこそ! 全部じゃなくても友達は助けないといけないだろ!」
「争っている奴らの剣の間に挟まって死ぬのか? 馬鹿が過ぎる」
「死なないね。俺が保障するよ」
「貴様の保障など」
「じゃあタケがする」
そんなものされているも同然じゃないか。俺達が死ぬのに俺達以外の理由は殆ど考えられない。俺達は単体じゃなくて二人の一心同体。単体でこれだけの乱戦を生き抜いておいて死ぬ事は殆ど考えられない。
俺をさらに険しい瞳で睨んだ彼女の頭の上にポンと大きな手が置かれた。それに反応してそのままタケの方を向くと珍しくタケも真剣な顔で首を振った。
「シェイル。死ぬ、死なないは考えるな。
俺にだってわかる。こんな戦場で俺達は死ねない」
理由も在る。
だからこそ。俺達は死ねない。
「また貴様は……! 何も分かってない癖に……!」
「無茶だけど、最善を尽くそうって方にオレは同意するぜ」
最も安全な考えをすればグラネダだけについていて、このまま敵を圧倒してしまえれば一番いいはずだ。俺達は戦争に勝つ。
俺の友達は幸せだ――……たった二人を除いては。
「……いくら、馬鹿にしてくれても構わないよ。
でも俺は俺の友達を助けたいんだ」
本当の大馬鹿者だ、と言われた。深い意味が在るのかそのままの意味なのかはすぐに分かった。彼女は盛大に溜息を付いて諦めたように頭を振る。
「……お前が振りかざす正義は、最も犠牲者を生まないか……
最も犠牲者を生むかのどちらかだ。
……最悪、この戦場の私達も含めた全員が死ぬ事を知ってのことか」
生きた誰かは最低の責任と虚無の中に生きる事になる。伏目がちに彼女はそういった。
兵器を振るう意味を問われた。両軍に刃を向けた。己が身を守る為に彼女は力を使う事を惜しまない。故に。両軍を死なせる事も考えなくてはいけない。
そして、両軍の主戦力が俺達に向けば死ぬ事も在るかもしれない。数の力は偉大だ。優秀な人物が5人も居ればシキガミを屠る事はできるかもしれない。実戦経験数では何枚も上手のあちらが策の少ないこちらに対抗しえる手段はある。ヴァンツェ・クライオンが敵であると聞けば俺には冷や汗しかかけないということである。
「……でも最大だけを命がけで取りに行きたいんだ。
試練の課題の答えを俺はソレにしたいんだよ」
理由はたくさん在る。そもそも俺がやるって言った事。俺の友達があちらに居る事。それに、アキがやりたいって言った事。自分勝手と言ってしまえばそうに違いないそれらの理由。でも
無理難題の課題を希望が在るからの一言で片付けるのは愚かだろうか。
思いを秘めることにあまり意味は無いんだと思う。叶えようとすることに意味が在る。
正直に言えば心臓は潰れそうなほど痛いし、叫んで逃げてしまいたい程怖さに震えるけど――。
「……貴様はせめて死を怖がれ」
皮肉気味に言われる。不満そうな表情では在るが賛同は得られたと考えていいのだろうか。
「……怖いよ。友達が死ぬのももう怖いんだ」
自分が死ぬのは最初から怖かった。仲間がいなくなって怖いのは旅の中で何度も味わった。未だに慣れる事はないし、これからもずっと慣れたくないものだ。運よく半分は取り返してる。死んだのは一番最初に自分だけ。それに。
「俺達は中立になる」
こんな――大馬鹿な事は、俺以外やら無い。
戦況は混戦していた。主に自軍が空からの奇襲に見事にバラバラにされてしまっている状態だ。翼人兵は一度空から奇襲をかけてきたが殆どは地上に降りて剣や槍を振るっていた。
基本的に空から攻撃してくるとはいえ、翼人も長い時間飛んでいるわけではない。訓練された兵でも十分も飛んでいると長い方だといえる。飛んでいる事は走っていることに近い。同じように体力を消耗し、長く戦っていると結局地上で隊列を組んで押す事になる。
三列構成で一列目が飛び掛ると二列目が更に突撃し、一列目が引いたら三列目が飛ぶ二列目が引いたら一列目が突撃。不思議なリズムではあるが最前列は常に攻撃を受け続ける厄介な隊列で縦に空間を生かす翼人ならではの戦法だ。常に相手の前衛は二対一を強いられ苦戦する。
劣勢とはいえないが押されている空気がグラネダにはあった。
「足を止めるな! 弓兵! 構えろ!!」
自分が指揮している隊も例に漏れず一時苦戦を強いられた。
本来はこんな苦戦を強いられるはずも無かった。少数でシキガミとは言え、先行したヴァース一隊が居れば十分だと考えていた。だがヴァース隊は下がった。
自分達は基準を間違えていた。恐らく相手はシキガミにして、将である者であろう。
私達の知るシキガミ様は力在るものでありながら、将で在ることを望まない人物である。彼を基準にして閉まったが故に、若者でしかシキガミに成り得ないと思い込んだ。力を持った中に世界を手にする欲を持った知識在る将が居れば――己の力の程を知れば大隊の撃退も容易い。
この戦いもその人物の関わったものだろうか。この奇襲は完全にしてやられたとしか言いようが無い。だとしたらそのシキガミは本当に私達の敵として認識し、戦わねばならぬ存在だ。
「ロザリア隊長!!」
「くっ!」
翼人は空から一隊の将である私を目掛けて飛んでくる。回り込みの速さが生半可なものではない。反応速度で負けると一気に崩れる……!
ひきつけて槍を掴むと思い切り引き寄せて地面へ近づける。こちらの剣を一閃が刺さり、地に下りると態勢を立て直される前に副隊長が斬り倒した。連携さえ取れれば空と言うのも案外なんとかなるものだ。空を飛ぶ関係か、余り重い装備をしていないのも狙いどころだろう。
「押されるな! 控え剣兵隊は後方術士隊の後ろに!」
隊列を整えて態勢を安定させなくては目的の場所に進むことも出来ない。
自分の目的の場所は前線、というよりはカルナとアルゼの居る場所である。敵戦力の要となるであろう二人は恐らく最前線に居る。私が助けに行かねばならない友である。
しかしこの戦争の開戦。それに伴って私達の作戦は崩れた。神子であるあの方が死んだのである。その場合はこの作戦は無視することになっている。軍の決めた方針に従って動くだけだ。しかしその作戦も右翼を押さえ前線の支援に出る事だ。やることが変わらない事は考える方としては楽であった。
序盤は苦戦したものの、同じ兵力だったが押され右翼だった陣形が崩れかけ、中央に寄せられた形になった。そしてその直後、敵からの巨大術式の警告が響く。ソレと同時に翼人兵は皆空へと鳩の飛び立ちのように居なくなった。
即座に術士隊を集め、自分を先頭に壁術式を詠唱。騎士団詠唱、術式誓いの壁を展開し、第一波を凌いだ。とはいえ術士は一気に疲弊し、次の術式が広がった時には絶望を覚えた。
だが――グラネダに広がる巨大術陣。真紅を纏う術式を見て皆士気を取り戻した。
同時に移動のチャンスだった。前線近くへ向かって私達の隊も移動をするように指示を出す。
この戦場にリージェ様が帰ってきたのならシキガミ様も動く。風がこちらに向いていると私は感じ、兵をの士気を鼓舞するように声を張り、前線へと向かった。
「第五隊到着致しました! 総隊長!! 支援します!!」
剣を構えた。総隊長は最前線での大きな壁である。本来ならば最も後方の王の砦で在るべきだと思うがその肝心の王は最前線に立つ人間である。国王はそこにはもう居ない。どうやら珍しく撤退したようであった。
「ロザリアか! カルナディアが手負いだ止めれるか?」
「了解で――! そ、総隊長! お怪我を!?」
心底驚いた。この人が戦場で血を流している姿を見たのは初めてである。一体に此処で何があったのだろうか。ソレを問うのは後になるだろうが、怪我は深いようで心配になった。
「下がって手当てを!」
「下がれぬ。この前線を持たせる器量の在るものは居らぬ」
「……っ!」
「来るぞ!!」
手負いのカルナがこちらに向かって槍をかざす。
だらんと垂れた腕からは夥しい血が伝って垂れている。アルゼにも目立っては居ないが鎧に無数の傷がある。
「ま、待ってください!
本気ですか!? まだ助けが来ます!」
剣戟を閃かせる総隊長に叫ぶ。
「ロザリア! 剣を振れ!」
その背からは、戦争のときにいつも聞く言葉が返ってきた。
「しかし!」
「友だからではない! 戦争だ! どうあれ、この二人は敵となった!
王に剣を向けた!
お前の知る友ではない! 振れぬと言うのならば引け!!
戦争の邪魔だ!!」
心痛む。此処に刃を振るう覚悟の無いものは要らない。
何度も何度も言われて骨肉に沁みている。
それでもそれでもと希望を叫ぶ腕がゆっくりと剣を取る。
覚悟はしたはずだ。間に合わなかった時とはこういうことだ。
騎士とは言え兵である。
もしこう言った事になった時。皆どうするか決めたはずだ。
今私がいる道が私の正義である事を確信せよ。
己が道に恥じる事無く生き、そしてその上で対立せよ。
我が兄弟はこの戦乱を生きると決めた鬼となれと。
永遠の仲間を誓ったわけではない。方々から集まった意志在る一団も現王ありきの一団である。味方であることに寛容な王。だが敵であることにもまた然りである。ようするに敵である味方であるを自分を正義とした時に前に置いておくか後ろに置いておくかでしか判断しない。
……もっと単純に言ってしまえば、殴るか殴らないかである。
老若男女において差は無いとし、手加減の程はあれど殴るべきものはあの方は殴ってしまう。殴る事による殺す殺さないも匙加減も行っているようだ。
話は大きく逸れたが私達が此処に居る事ができたのは偏にあの人のお陰であり、使えることを約束した騎士として全うすべきは、裏切りの制裁。
ロザリア・シグストームは騎士である。
同じ道を歩む事を喜んだ。
互いの成功を喜んだ。
頂点に近づく事を喜んだ。
失敗を噛締めて涙を堪えて歩いた。
決して平坦では無かった道。
友と。
歩んだ道が。
今更未練のように流れる。
こんな時だからこそ、涙を堪えて戦わないといけないだろうロザリア。
貴女は騎士だろう――。
だらりと垂らしていた手の力を振り絞って、カルナディアが槍を握った。本気で相手をするときの構えである。油断は出来ない。
ロザリアとの戦績は三千五百五十六勝二千九百六十一敗。彼女は千で既に諦めていたようだが私は全部覚えている。最近は交流戦のような形でしか戦わなくなった。公務も増えて忙しくなった。
親友である。私の寝相から酒の好みまで知る、他に一人と居ない親友である。
「カルナディア、目を覚ませ! 私だ! ロザリアだ!」
何故貴女を斬らねばならない。
勝手についてきて勝手に離れていく。でも気付いたら戻ってきている。掴みどころの無い友人だった。私の酒豪っぷりをいつも小馬鹿にして自分はワインですぐにフラフラになる。そもまま私よりも早く寝るくせに、翌日は午後に酷い顔で起きる。
腕っ節は確かだ。彼女は私に手加減をする節が在る。私だけじゃない。兄弟全員にだ。必要な時以外に勝つことに必要性が見出せない。彼女はそう言って明日は本気でやるからと笑っていた。
本当を言えば彼女の本気なんて騎士団の誰も知らないのだと思う。彼女と対峙して死んでいったものだけがソレを本気だったと語ることが出来るのだろうか。見えない狐につままれるような靄がかった彼女の正体。私は十年間彼女の傍で何を見続けていたのだろうか。
私の声に反応する事は無く、カルナディアはザッと足を踏み出した。
手負いとは思えないスピードで近寄ってくるとそのまま長いその槍を真っ直ぐ突き出してくる。その槍に合わせて剣で弾くように腕を振るが、剣は空と幻を斬ってその槍の形を歪ませた。咄嗟に後ろに向かって飛び退くと脇腹を槍が掠める。彼女の十八番としてこの幻影突きは何度も体験している。今の葉身体が訓練ゆえに反応してくれたお陰で避けれた。アレは型にはまると本当に避けることが出来ない。気付けは槍に当てられる。
「カルナディア!」
叫ぶけれど、無機質な黒い仮面の彼女の行動が揺らぐ事は無い。
三線の一撃を彼女に向かって振るが、武器の柄で防がれる。確かにリーチの長い武器に対しては近く出なくては効果は出し難い。
彼女から距離を取って態勢を整える。
剣を強く握った。
息を吸って、吐いた。
真っ直ぐ彼女を見て。
「……覚悟しなさい」
やっと何年来の親友であろうと非常であるこの戦争の為の涙を呑んだ。
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