第169話『外れに歩む道』


「“勇者”とはな、強い者であり戦場の先頭に立ち生き残った者に付けられる名だ」

 コロシアムの中でラジュエラが言った。弱くも風を感じる空間で、戦女神が無表情に剣を見回した。金色というよりも黄色に近い輝きのある髪の毛が風にサラサラと揺れて、剣一つに手を伸ばして遠い目をしてそれに触れた。

「特別ではないと思うか? まぁそうだろう。兵士である者の殆どがそれに該当する。集団で勝ち残る事は一人よりもずっと容易いからな。
 この名が一人を選ぶ事は無い……と、君は思うか?」

 抽象的に言葉を始める事の多い彼女の謎かけに自分はまだ一度も無い。彼女が俺に何を教えようとしているのか、ソレを汲み取ることが重要なのだ。しかし言われたことが役に立ったことを知るのは、いつも事件を解決した後である。

「わかんないけど……勇者ってすげー強い人のことじゃないの?」

 不敵に笑うと彼女はそうか、とそこで言葉を切ってしまってそこから先を聞き返す前にこちらに向かって走ってきた。踏みつけた大地が砂塵を散らして空気を押し切って進む。こちらも剣を抜いて迎撃しなくては死んでしまう。冗談抜きで今の生きがいは俺を殺す事らしい彼女は本当に嬉しそうに剣を振る。その時も俺は強くなる為に剣を振っていた。

 コロシアムでの記憶なんて沢山ある。会うたび会うたび衝撃的で、冗談のような本気のような会話をする。意味があるかどうかはわからないし、彼女は関係無い事だとも言った。



「ひいいぃぃぃぃいいいぃぃいいっ!」
 新しいタイプの悲鳴が聞こえた。でも悲鳴の正体は同じだった。四法飛鳥が一目散に走って逃げる。彼女がじゃりじゃりと砂を鳴らす頻度は皆よりも高いように思えた。後ろで砂を撒き散らす派手な爆発が起きたら前に跳んでいい映画のジャケット写真が撮れると思う。
 戦況は不味い事にどうやら前線の整いが早かった。それ自体はいい事だ。俺達の目標の一つを実行するに当たって公平で尚且つ被害を最小限に抑えることができる。
 中立である事を決めた故に、俺達が行う事は全て公平でなくてはいけない。ここで被害を出すのならどちらに対しても出しておかなくてはいけない。両者に出ない事が最善であるがそれはかなり難しい。何故なら最初は分線を引くことが俺達の目標だからだ。
 分線を引くというのは明確な壁を作るという意味に当たる。法術障壁でも言いと思うが俺はもっと画期的なものを手に持っている。それが虹剣シルメティア・オーバーだ。虹剣からはもう声は聞こえない。語りかけてみても周りに変態扱いされるだけなのでやめておこうと思う。
「……今更だが作戦としては荒いな」
「我ながら良く成功したもんだって思うよ」
 走りながらそう言ったのはタケの神子シェイル。タケと並ぶと圧巻と言わざるを得ない長身で、こちらを見るときは必ず睨まれているような気分になる。
「成功した事に目くじらを立てているわけではないが……。だがお前は後で騎士に斬られても文句は言えない程の勝手をした。それは知っておけ」
「なるべく穏便に許してもらうよ。トイレ掃除とか」
「それなりの信頼関係があるのだろうな。理解には苦しむが」
 この神子とシキガミの関係で一つ分かったことは、どちらか片方がしっかりしている事によってこの戦いは真っ当に進められているんだなぁという所である。勿論自分がしっかりしてない方に分類される事を分かっていて言った事だ。
 ロザリアさんの件についてはあとで真剣に謝りに行こうと思う。間に合わないという理由から俺達は自分達の目的地に一直線に向かう事にした。その過程であの人たちの願いを省略してしまう訳には行かなかった俺は超遠距離で血の盟友<エンブレム・ブラッド>を実行した。成功する自信はあった。別に間に誰が居ようと血を重ねた戦友を俺とカードが間違えるわけが無い。
 結果は後で聞くとして今はそれを気にするよりも自分の命と此処から先についてだ。

 此処に居る神子と呼ばれる人は皆賢く法術に明るい。皆に協力してもらえば俺が凶器を振るう事無くそれなりの壁を築く事ができただろうがそうも行かない。
 しかし今回、壁を築くだけでは力不足である。もっと視覚的にも術的にも衝撃のあるものが無くてはいけない。双方に壁を作っても壊されるだけだろうし。
「それより先に言っとくけど、此処を逃すと後は無いってグラネダの軍師サマが言ってたよ」
「軍師に戻ったんやな」
 ヴァンツェ・クライオンはあくまでグラネダの味方である。グラネダを作ってきた人なんだから当然だろうけど。
「戻ったよ。でも大分協力してもらったから。ちゃんと助けないと」
「怪しいものだな。何故危険な手段を取らせる。嵌められているんじゃないだろうな?」
「そんなことは無いよ」
「何故そういい切れる。他人だぞ? そしてグラネダについている軍師だ。
 こんな事中立は居ないほうが都合がいいから勝手に中央で死んでくれと言われているようなものだろう」
 シェイルのその言葉に耐え切れなくなったのかファーナが顔を顰めて言葉を放つ。ファーナは今丁度俺に抱えられている状態で走っては居ない。俺よりも幾分か頭が回る環境にいる。瞳を真っ直ぐ彼女に向けていつに無く強い語尾でファーナが言う。
「ヴァンツェがこうさせているのは国の為でもあり、わたくし達の為でもありますっ!」
「では何故グラネダの内側から我等を出さなかった。話し合い勢力として使ったほうが安全で危険も少ないだろう?」
「そんな明らかにグラネダの手の内であるわたくし達では中立になり得ませんっ」
「中立に拘る必要は無いだろう」
「完全に均等な衝突ではないのですっ!
 わたくし達が中立以外の立場で出れば優勢と劣勢を与えるだけに過ぎませんっ!
 それでは結局……!」

 ファーナが叫ぶように言うその言葉の隙間に聞きなれた声が割って入った。

「結局、相手が戦争する事を望んだ場合、被害を抑える最も優れた結果を出せません。
 わたし達が竜士団を名乗り、この作戦を進めます。
 竜士団はその選択肢を絶対に捨てないんです」

 それを言ったのはアキだった。先頭を走っていて少しだけこちらを振り向いてソレだけを言った。走る姿に迷いはみえず背中に決意のようなものを感じる。彼女は戦争に対して冷静である。最初から躊躇というものは見ていない気がした。普段が温厚な人なだけに二面性のようにも感じる。
「それではリスクばかりが高くなる。逆にこちらは皆殺しの可能性を負うのだぞ?」
「それはありません」
「何故言い切れる」
「お互いのリーダー相当の人物に出てきてもらいます。
 もし衝突が決まった場合――」
「その人間から片付けようと? それでもまだ頭は残るだろう」
「いいえ、頭相当の人に出てもらうんです」
「うまくいくと思っているのか」
「何のための竜士の称号でしょうか。

 わたしと対峙しようと言うのならば実力のある人間でなくてはなりません」

「えらい自信だな」
「今は形振りは構いません。トラヴクラハとスピリオッドの娘、何だって使います。そして必ず代表者を出させて見せます」
「ハッ! 神子とシキガミもか」
「いいえ。あなた達の名を使うことはしません。手を貸していただければそれで」

 感嘆の息を漏らしてアキを見た。いつもはミルクティーかという甘く柔らかい雰囲気の人間が、こんなにも凛としてぐいぐいと引っ張っていくような人に見える。
「これ以上借りてしまうのも申し訳ないぐらいです。本当はわたしが片付けなきゃいけないのに」
 走る背中が何かを焦っているように見えた。
「そんなこと無いよ。竜士団って、一人じゃないんだからさ」
「そうですよアキ。少なくともわたくし達は巻き込んでください」
 持ちつ持たれつが世の常である。俺達と命がけで旅をしてくれてる彼女を今此処で手伝わないという選択は恩知らず過ぎて取れない。それに言い出してしまったのは自分で、責任は全て彼女というのは酷すぎる分配だ。

 シェイルは深くため息をつくとタケに並んだ。大人しくする気になったのだろう。
「……不毛だな。振り出しに戻りそうだ。愚かだな。
 こうやって不利なのに戦おうとする者は居る」
「そう……この戦いは国同士の戦のままだと止まらないのです」
 翼人兵にも勢いはある。ここでグラネダから数人をただ代表者として出て行った程度で止まるわけが無いのだ。ヴァンが予見したのはその動向。それともう一つ理由はある。

「それに――、若干派手な方が貴方達らしいってヴァンは言ってたよ」

 そう言ったのは軍師ではないヴァンだった。悪戯っぽく笑って「私も参加したかった」と言っていた。元々疑う気は無いものの、そんな人が俺達を嵌めるような事はしないと思う。
「はは! もうワイらの呼び出しが派手やったしなぁっ」
「やめてよ! 掘り返さないで!!」
 四法さんとジェレイドのいつものやり取り。この二人本当に仲がいいなと思いながらその夫婦漫才に似た軽快な会話を笑う。
 少しだけコレに懸念もある。ヴァンも、それにファーナも本当は中立作戦に参加しない方がいい。国の中枢に関わる人間でもし失敗すれば信用を失って国には戻れない。
 これは竜士団ごっこじゃない。心の底から竜士団にならなくてはいけない。
 どちらにも、刃を向け、死ぬような覚悟でどちらも助けに行く。難しい話だ。
 さっきからアキがしている凛とした厳しい態度も公平を司る立場の人間を真似ての事だろう。始まりはそこからで悪い事は無い。少し唐突で無理をしているように見える。でもそんな事に一々目くじらを立てているような場所でもないのだ。――俺達は前線へと到達した。


 前線陣形は双方共大方整っていた。走っている間あまり襲われなかったのはこの陣営構築のためだろう。
 走ってきたついでにファーナを抱えたまま同じ勢いで駆け上った木の上で戦場を見下ろした。
「っ、も、もう、驚くのでいきなりそういうことをするのをやめてくださいっ」
「まぁまぁ。緊急だって」
 驚いて俺に強く抱きついたファーナの声が近い。平常ならもうちょっと何か下らない話をしたかもしれないがそうも言ってられなくてま戦場を睨むように見る。あまり此処にもいられない。
「線がかならずどちらかの軍の上を通りますね……」
 剣が引ける軌跡は直線である。

 この戦場の中心に斬線を残すためにはどちらかを切り捨てなくてはいけない。
「コウキ間もなく開戦です。降りましょう」
「……もう少し……」
 突破口が見えないだろうか。
 犠牲者ゼロなんて今更である。
 だがどちらからも突撃されるような理由を此処で作るわけには行かない。
 ヴァンの言葉を今思い出す。


『竜士団となるのならば貴方達は中立でなくてはいけません。
 何故そうなるべきなのか? それは貴方達が中立になることにより双方の意見と立場と在り方を知り、裁かねばなりません。
 当然裁かれることに両者の疑問がつきます。この喧嘩は竜士団のものではない、と。
 しかし双方に戦争を売るのは竜士団です。これは間違ってはいけません。
 この戦場に於いての最大戦力である事を誇示する必要があります。
 誰も届かない頂に居るものだと言うことを見せしめる必要があります。
 貴方達の一番苦手な事でしょう。傲慢に近い振る舞いですからね。
 ですがそれだけの力は見せなければいけません。実力行使は頭の隅に置いておかなくてはいけません』
『……やっぱりそっか……。やっぱり最初は話を聞いて、判断するみたいな?』
『貴方達が行うべき事はまずこの戦場を分断し、一時的に止める事。それは今を逃すと後はありません。そしてその後に両成敗です。
 片方に味方して片方を虐殺するのでは意味がありません。公平な場を用意し、和解解決をさせるか、もしくは両方の代表者を裁きます』
『それって……王様を?』
『恐らくバルネロでしょう。武と智の在るものが戦場の頭。ウィンドは残念ながら人を纏めて動かす事に従事するのに向いていませんので、士気を下げるならばそこでしょう。
 面と向かって戦って貴方達が勝てるかどうかは分かりません。
 ここで得たいものがあるのならば死に物狂いで頑張りなさい』
『……』
『必勝法などあろうなら私が行使しています。
 しかしどうせ貴方達にどちらの国も滅ぼしてしまえば丸く収まる事を説いても意味はありませんし』
『ヴァンって時々冷たいよぅ』
『ははは。今更ですね。私も贔屓する側よりは中立に近い者ですから。見た目以上にこれは理不尽な戦いにしか見えません。事によっては命を捨てているようなものですから』
『さ、最悪一番俺達が暴力をふるって一番少ない被害で済むのはっ?』
『貴方は賢くなりましたね』
『答えは在るだけ貰っとくよ』
『上から順番に消してしまうことです。結束が保てなくなったら勝手にバラバラになるのが集団ですから』
『もっと過激でいいから一番被害が無い奴は?』
『貴方達がこの戦場で竜士団と認めれることです』
『それってどういう?』
『例えば小数勢力で開戦する前に戦争を止めます。
 そして一騎打ちを申しでる。竜士である貴方達は負けることは許されません。負けたら全員で死ぬと思って戦ってください』
『逐一重い!』
『重いです。貴方達が背負おうとしている責任は、本当に重い。負ければ生きているのも辛くなるのは必至でしょう』
『うぐ……』
『それでも、多くの人の幸せを得ます。貴方達が得るものであはありませんが。
 竜士団は凄いところはここでしょうね。強くて尚報われない人としてあり続ける事。
 それだけ強いのならどこかの城に抱えられてぬくぬくと生きていればいいのに、と思う人間達の才能の有効利用です』
『それは、なんか違う気がする……。
 竜士団は強かったろうけど、幸せになりたくなかった訳じゃないだろ。
 一つ一つ歩いて、見届けて、裁いて、戦争が無くなるって信じてたんだろ?
 ヴァンだって分かってるだろっ。アキのおっちゃんだって、王様だって居る場所が違うけどやりたい事は同じだろ!?』
『……では、見せてください。竜士団の、その――

 新しい在り方を』

『新しい在り方……』
『ええ。貴方に作られる世界を見るのは好きですよ。
 奇跡でも偶然でも、貴方が持つ魅力は神掛かったものです。貴方は貴方の友人と共にその才能を発揮してきてください。多少派手でもいい。いや、派手な方が貴方達らしい。
 真っ直ぐ行って虹の線でも引いてみたら如何でしょう。とても綺麗ですよ』
『綺麗ですよって……』
『私には……この戦いは貴方の望む形では止められませんから。正しく私のある方に居ます』
『わかった。ありがとうヴァン』
『さぁ、早く出発しないと手遅れになりますよ!
 御武運を!』
『おう! じゃ、またっ!!』


 この虹は架け橋になるだろうか。
 二つの国を裂くだけなら意味が無いけれど。
 どうせなら目を疑うような奇跡を起こさなくてはいけない。ヴァンが認めた俺の神掛かった何かというのは俺の意志のことじゃない。これから起きる何かだ。俺にだってそれは分からない。つまり、賭けるしか無いということだ。
「あの向こうの軍もうちょっと後ろに下がってくれないかなぁ」
「それは言うだけ無駄と言うものでしょう……」
 ファーナの言う事は全くだ。
 俺は視線が集まる前に木から下りてファーナを下ろした。
「やるのかコウキ」
 タケが大剣を担いで並ぶ。本当にでかい奴がでかい武器を持っているのは圧巻だ。
「おう。真っ直ぐ引くよ。気合で曲がらないかなぁ」
「曲がるか? 気合いれると逆に曲がらなくね?」
「曲がらないよなぁ」
「いや……逆に反り返る勢いで……?」
「エビ反り的な?」

「おい、猥談はあとでええからはよやれや」

 ジェレイドに急かされて深呼吸をした。そして、一呼吸テンポを置いて虹剣を抜き放つ。
 一つヴァンに言い忘れた事がある。俺は奇跡をあんまり信じて無いよって。

 そして俺は剣を構えて、視線を前に戻して、その光景に笑った。やっぱり持つべきものは友達だ。

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