第171話『勇者と赤鷹』


 有無を言わさず始まったのはアルベント対シェーズ。
 アルベントは何も語らない。ただ寡黙に斧を構えると一直線に敵へと走り出す。
 何と言っても加速の仕方が物凄い。一歩踏むごとに倍速になっているかのようにも見え、一気に最高速に達した。そして俺が両手で輪を作ったぐらいの大きさの刃のある斧が同じ速度で振られる。
 ゴォッっと音を立てて空を切ると、振り切られた斧の上に飛び上がってそれを避けたシェーズが着地する。
「双剣使いは軽業師ばかりか」
「残念だが貴方を前にして剣を合わせようとする方の神経を疑う……!」

 シェーズが言っている間にぐるんと身を翻して斧の柄を蹴飛ばし、斧にありえない軌道を描かせる。
 空に高く打ち上げられたシェーズがバサァッと真っ赤な羽を広げると軍勢から歓声が上がった。

「えっそうか?」
 タケがその一言を聞いて呟いた。
「筋肉馬鹿は黙っていろ」
 それに神子がすぐに突っ込む。
「イエスマッチョ!」
 直後に腹が立つ、と彼女にどつかれていた。こいつは脳筋の真髄でも極めてきたのだろうか。

 獣人対翼人――空に上がれると追いかける手段が無い。其処を見ると獣人が不利にも見えるが相手は双剣でどうあがいても斧の範囲の内側に入らなければいけない。でも打ち合いが出来ないから軽業と間合いを計るのがしばらく続くだろうか。
 そう思ったがそれはすぐに間違いだったと証明される。空中でくるりと身を翻して落下するかのような頭をしたにした体制から一度バサッっと大きく翼を羽ばたかせると、空気抵抗が無いかのような速さで突っ込んできた。ティアの時もそうだったが羽ばたくと異様に速い――!
 反射神経だけでアルベントが反応してパキィッと甲高い音を立てて柄で剣を弾いた。地上に降り立って振り返ると同時にもう片方が大きく振られ、アルベントの肩を軽く裂く。

「うわっ何だアレっ速っこわっ」
 あくまで彼らの空での速度を甘く見て不意を打たれたものであるけれど、分かっていてもなかなか太刀打ちしづらい。
「何を言っているのですか……地上であの速度を出すのが貴方達でしょう」
 ファーナが呆れたように言う。
 自分じゃ見えないから凄いのになぁ……。
 テンションがあがるとああいうのは見えてくる。言い換えればサッカーボールを蹴ってすぐに着地点が分かるとか、テニスでボールが打たれる位置が分かるような感覚的な予測。
 それにまだ小手調べでしかないこの攻防でその言い方が通用してもこの先で通用するのかはさておき。

 アルベントはそれに構うことなくまた斧を下から掬いあげるように振るって再び大きく空を斬る。その攻撃よりも前に前へと転がり出て体勢を整えると、すぐに切り返して攻めに入る。
 間を空けないで攻め続けるのはよく分かる気がした。あまり離れて体勢を立て直されるよりも自分の型も支離滅裂になるぐらい攻撃の幅が詰まっている方がこちらに多くチャンスが回ってくる。単純な攻撃力で致命傷を負わせることが難しい双剣は自然とそういう闘い方が主体になる。
 剣を手首で扱ってクルリと回すと踏み込みで素早い突きが放たれる。フェイシングにも似ている手首の柔らかい動きだ。剣を戦斧の柄にも当てないように精確踏み込んで切り刻む。それで居て相手をぐるぐると回るような周り込みと双剣の体勢入れ替えの回転運動。なんとなくあのシェーズという人の動きにつられて体が揺れる。そのぐらい本質が似ているということなのだろうか。
 手数で押されるアルベントが劣勢に見える。
 ジワリジワリと切り傷を増やしていくアルベントと、ギリギリで攻撃をかわして行くシェーズ。
 でもアルベントの攻撃は一撃当たってしまうと殆ど終わりだ。まだ戦局は全然五分だと思うし、打ち合いをしているアルベントにも焦りは見えない。
 お互いの技を駆使しての攻防が始まったら――本当の正念場だろう。

 アルベントが双剣を避けるように下がってその歩幅と同じだけを飛ぶようにシェーズが詰める。縦に大きく振り下ろされるのを見計らって急に下がるのを止めると下がるのと同じ速度で前へと踏み出す。斧が振れるような体勢ではなくなったが膝の蹴りがシェーズに決まって体が浮き上がった。
「……グッ――!」
 その一瞬で斧を両手で高く振り上げると着地するであろう地点に迷わず振り下ろす。太陽を背にシルエットになったあの斧は大地を砕く。

「術式:戦塵に帰せよ<ブラスト・ブランガァ>ァ!!」

 瞬時、赤い羽根が広がったかと思うと空中でぐるりと体勢と位置が変わる。

 ゴゴォォォォォォンッ!!

 本格的な戦いの始まりはそれだった。圧し壊された地面が亀裂を走らせて盛り上がる。この戦場の所々にも過激な凹凸が見られるがこの一撃は段違い。地面が揺れ、見ていた全員が驚いた。体勢が仰向けになり空を見ていた状態だったシェーズは背後一面からの攻撃になりそれをモロに食らって再び宙に投げ出された。
「ぐぉ……!? くっ……!」
 すぐ翼を羽ばたかせ体勢を整えたが目の前には出来上がった土の柱を駆け上がってくるアルベント。ほぼ垂直なその地面の絶壁を登って彼に斬りかかる。今までとは比べ物にならないスピードと威力の乗せ方で斧を振ると、振った先の突出した地面が宙に浮いた。
「れ、レベルが上がった……って感じじゃないぞ! 次元が変わった!」
 空を仰ぐタケが言う。その変化にはいろいろな場所から大きく歓声が上がった。
「おおおお! いけーー! アルベントーー!!」

「オオオオォォォォ!!!」

 声援に応えるように雄たけびを上げると別の足場に飛び移ってシェーズに飛び掛る。

「術式:飛翔連断<フェイズ・セーバー>ァッッ!!」

 バァンバァンッッ!!
 二度空気がはじけるような凄まじい音がした。
 空中で壁を蹴る瞬間と空中で二度加速して、飛び掛る獅子を迎え撃つ。
 空中で衝突して交差した剣と斧が交じり合ったが空では赤翼のシェーズが優位らしくアルベントは空高くに放り出される。
「あ、アルベント――!!」
 建物にすれば何階だろうか。三、四階は確実にある高さから落下してくる。
 しかも落下中は相手の追撃で体勢を整える事も難しい。空を自由に動ける相手と戦うのは厄介だ。戦女神も本気を出すと空気を蹴るという暴挙にでるがそれよりも移動と切り返しに慣性はある。
 押し付けられるような体勢でをしていたが――大きくシェーズを振り払うと動物並みの体勢切り替えと筋肉のバネの柔らかさ全部を利用してスタッっと地面へと降り立った。
「うおおお! アルベントォォ!!」
 拳を握って喜ぶ。
 この攻防の熱さはたまらない。
「お前さっきからアルベントアルベントしか言ってねぇぞ」
「う、うるせーよ! 応援してるんだからいいじゃんかよ!」
 突っ込まれると恥ずかしいと気づいた。でも応援なんてそんなもの。
 俺は再びアルベントに視線を戻すと空が翳ってきたのに気づいた。
 何事か、と俺たちが空を見上げると――。
 先程斬り取られた土の塊がこちらに降りかかってきていた。
「って、おい、コウキ――!」
「うおおおおなんかでっかい塊きたあああ!!」
「オレがやるか!? ジャンケンすっか!?」
「ジャンケンいらねーええ!! さっさとやれタケェェ!!」

 じゃ、遠慮なく! とタケが進み出てデカイ剣を持つ。
 ギリッと強く柄を握る音がしてパリッと紫電が走った。


「術式:暴風のォォォ!!
 突・針ッッ!!!」

 ズドォォォッ!!

 円形に打ち抜かれるように土が抉り取られる。
 多少押し返された分以外は左右に散って消え、俺たちには被害は及ばなかった。
 こちらの行動にも歓声が上がる。それに応えたのか得意げに剣をしまうタケがふふんと胸を張った。
「やぁかっこよかったですねタケヒトさん! 現在の心境は!?」
「いやぁ、実にすっきりしているよ。次はホームランも固いですね」
「頑張れアルベントーー! こっちは気にしなくていいぞ!」
「オォイ。振り逃げかよ!」
 タケの悲しい突っ込みにあえて無視を決めつつ、遠くに少し残った土の塊が落ちる音を聞く。壁法術で防いだりしなくて良かった。壁で防ぐと見づらくなってたな、と遠くに落ちた残骸を見て思った。
 何はともあれこちらの危機は回避した。今後も適当に回避していかないといけないだろう。
 と、なると後ろが気になってきたので振り返る。
 すでにルーメンが壁を張っていて、それに張り付くようにして四法さんとファーナが見ている。ジェレイドも警戒してくれているみたいだし大丈夫だろうとアルベント戦に視線を戻した。
 アキの試合の様子にはあえて目を向けなかった。
 仮神化<アルカヌム・ウェリタ>状態の彼女は戦闘中でしか見られない。それは当然だが極限に肉体と精神の高まりが必要だからである。彼女は何か決意したような態度でずっと緊張状態だったからだろうか、魔女との交戦後はずっとだ。
 ずっと思っていたけどあの状態のアキは凄くアキっぽくは無い。やさしいふわふわした物言いはしないし、決定と勢いに欠けることは無い。リーダーとして申し分ない彼女になる。
 竜士団の頭として彼女をみると、普段だとやはりなんとなくしまりが無いというか。ピリピリした集団には合わない空気を持っている。ところがどうだろう今のアキは果敢に先頭を進み、剣を振るい、希望を成す。
 きっとアキ竜士団はつくってしまって大丈夫なのだと思う。
 この戦いに勝たなければ竜士団を語る資格は無いとかヴァンは言うだろうけど。
 ああ、なんとなく。何の保障も無いけれど。
 俺は見ていなくても。
 ――アキは勝てる、と。信じれる。
 ファーナがグラネダ側を見るのはどちらがどうなっても彼女は心を痛める。それを見ないで逃げることが出来ないから。だから茶々入れる余計な口しか持って居ない俺は見ていない方がいいだろう。


 俺の視線はアルベントとシェーズを追う。
 こちらの動向は気にされていないようで再び上空へと戦いが展開する。
 ここで両軍がじわじわと後退を始めた。確かにこの規模での戦いではとばっちりが恐い。一般兵は後ろに下がりどちらも城の前に配置を変えていく。
 そしてここぞとばかりにアルベントが足場の土の塔を増やして空中戦に舞台が移って行く。

 四つの塔を壁蹴りとその脚力で重力を無視するように駆け上がる獅子。縦横無尽に飛びながら素早く獲物に襲い掛かる鷹。
 一進一退の攻防からアルベントが鷹を叩き落す。土の塔に囲まれたその間を真っ直ぐに墜落する――!
 更に武器が白い術式ラインを走らせ、自ら砕いた土を吸い寄せるように集め、すぐにそれはアルベントの数倍はある巨大な土の斧になった――!

「術式:土塊の戦斧<サイザァ・グランディ>!!」

 ブンッとその土の斧を振ると、少しだけ形を崩しなが土の斧が振り投げられた。
 たとえ砂になったとしても十分痛いものだと思う。そしてさらにアルベントは斧を振りかぶる。

「連式!!
 土塊の戦斧<サイザァ・グランディ>!!」

 ザシュゥゥッッ!!

 二つ目はあらぬ方向――!
 と思ったが羽を広げて飛び出た先にその砂の斧が直撃することになる。

『オオオォォォオオオ!!』

 俺たちとグラネダ軍が叫ぶ。逆にセインとティアからは悲鳴が上がった。
「あぁっ! シェーズ……!」

 俺の生還に喜んでこちらに文字通り飛んできてくれた彼女にこの光景を見せるのは残酷な気がする。穏便に終わってくれと俺も願ってはいるけど……。
 アルベントの容赦の無い攻撃にあまり希望を持つことが出来ない。

 ダダッと土の壁を蹴ってシェーズが叩きつけられた地面へと飛び掛る。

「術式:ブラスト!!」

 パァッと巨斧が白い軌跡を引いて行く。
 同時に背にした土の塔が限界を迎えたのかパキパキと音を立てて崩れ始めた。

「ブランガァァーー!!」

 その斧の輝きが頂点に達しパァッと光が爆ぜた。
 土が共振を始め、薄っすらと揺れを感じる。

「――術式:墜天刃<リ・スパーダ>!!」
 直前に空に垂直に長い光が伸びた。それは素早く瞬くような時間でしかなかったが。

 ズドォォォン!!
 轟音と共に再び地響きが走る。
 ザッと最初にどの土煙のなかから飛び出したのは赤翼のシェーズ。見るからに土に汚れていて、肩を抑えている。片手の機動力を取れたならかなりの成果だといえる。片手が自由に使えなくなるのはかなりの不利だ。
 そして中から一向に姿を現さないアルベント――。
 少し嫌な予感がした。

 土煙が風に流れて、次にアルベントが見えたときには、斧と肩膝を地面についてうな垂れている姿だった。
 肩口からはダラダラと血を流していて、シェーズを睨んで空を見た。

 何があったのか――。
 瞬時に俺はあの迸った光を思い出す。
 アレがたぶん斬撃だったのだろう。垂直であまり距離は無かったが防御の追いつかない速度で肩口を切った。
 アルベントは起き上がると砂を払い、それでもなんでもないと言う様に鼻を鳴らしてグッと戦斧を構えた。
「ふ、一騎打ちをあまり泥仕合にしないで欲しいな」
「ふん。王の前でする遊びでもあるまいに、戦士がその程度を気にするな」
 ピリピリと伝わってくる緊張。あの二人はあの二人しか居ない世界に居る。この勝負は戦争じゃない。視野はもっと狭くてもいい。獲物を狩るまでが勝負である。
 言葉は少ないが語る二人は嬉しそうにも見える。危機だからこそ、高まるものもある。
 この時間は長くは続かない。
 アルベントの立てた土塔がゆらりと傾いて倒れ始めると共に――最後の戦いの火蓋は切って落とされた。
 語るのは己の武器である。武器を合わせて避けて斬って、その一つ一つの受け応えと答えのない次の行動全てが真剣勝負。

「勇者」
「赤鷹」

 互いに武器を構えその武器に白と金の光を宿らせる。

『次で決める!!』

 同時に叫んでアルベントが地を駆け、シェーズが空を翔ける――。

『オオオオオオォォォオオオオ!!!』

 叫んでその武器が互いを捕らえる為に振られたその瞬間。
 パァッと光に包まれた。

「やめてぇぇぇええッッ!!」

 金色の羽根が――目の前を舞っていた。

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