始まりを旅する未熟者達1



「アリー」
「はい、何でしょうか」
「おれ喧嘩の意味を見失いそうなんだが」


「十字架剣<アウフェロ・クロス>!!!
 っっりゃああああああああ!!!」

 ドゴォ―――!

 通行路の土が抉れ盛大な穴が開く。モグラがあけたと言えばいい訳は立つだろうか。ただし人間大のモグラが必要になるが。

 外見は女子高生程の歳だろうか。その幼くも見える外見とは裏腹に、赤毛の長い髪を揺らすあの子がその身につりあわない程大きな剣を振るっていた。
 銀色の髪のエルフ、ヴァンツェ・クライオンと何かしらの因縁があるらしいが詳しくはまだ聞いていないうちに二人は大喧嘩を始めた。女がらみの喧嘩はなるべく首を突っ込みたくないが――。
 普段は神言語詠唱を避けるヴァンも、本気で応戦しているようで詠唱は聞こえない。炎が上がり、氷が飛び交い、光が爆ぜる。



 ヴァンツェ・クライオンを仲間にして数週。旅の資金稼ぎの為、次の街へと向かう途中だった。
 トラン・ド・サークフェストという少し栄えた街が有る。そちらに行けば少し大きな仕事が貰えるということだ。
 おれ達が資金難なのは別に稼ぎが少ない訳じゃないはず。ヴァンツェと組んで何件かの仕事をこなして「なんだこの世界意外と楽勝だな」と思っていた所である。そう、俺達だけがそれで生きるならなんら問題は無かった。
 しかしおれ達が連れているのは金銭感覚の壊れたお姫様だった。一番街以外に泊まる意味があるのかどうかを真顔で問われた時は、ヴァンツェと二人で絶句したものである。おかげでその一番街の宿代で俺達の稼ぎは吹き飛んだ。
 人に節制を説く癖に、どうもその節度感覚をうまく持てて居ないようである。金銭感覚を言えば彼女がセレブなのは仕方が無いが、旅の事をもう少しわかって貰いたいものである。
 そしてヴァンツェはあえて手持ちを無くしてからこう言った。

「残念だが前回の稼ぎでアンタの生活レベルじゃ2日と持たなかったな。アンタの節制って何だ?」

 自分が箱入り娘である現実を突きつけた。その事実にアリーが普通に凹んでいた。
 俺の金銭感覚は普通だとヴァンツェからお墨をもらった。まぁ、通貨を覚えてから食費から当たりをつけて、タバコや生活用品の値段がわかってくると現代となんら変わらない使い方ができるようになる。やたら人間くさいシキガミ様だと笑われたがシキガミ様ったって神様じゃないしな。
 さて見事に凹まされたアリーは俺達に謝ってから世界の常識について改めて教えてくれとヴァンツェに頼んだ。溜め息をついた奴は一言「嫌だ」とそう言った。
 いよいよ泣きそうになってきたアリーに背を向けて歩き出した奴が言った。

「自分で歩け。世界は本の上に無いもののほうが多いからな」

 教えを請うのは悪い姿勢じゃない。ただ自分で知る為の努力が一番大事だ。
 ヴァンツェはただそれを言いたかったのだと思う。本当に“先生”の鑑のような奴である。
 最初は悪態にしか見えなかったので文句の一つでも言ってやろうとしたが、すぐにアリーに制された。
「おいヴァンツェそりゃねぇだろっ」
「ウィンドっ」
「ああ、もう、なんだよ」
「城を出て。規律を出て。世界に来て、わたくしはまだ檻の中に居ようとしていました」
「あぁ?」
「言われて気づきました。わたくしは望む場所を歩いて居ましたが、貴方やヴァンツェのお陰で、なんの苦労をしていません。
 貴方達は自分達で生活を完結させていますがわたくしは貴方達に依存しきっています」
「あ、マジで行きやがった……で、何が言いたいんだ?」
 ヴァンツェが見えなくなってしまったのでアリーに向き直る。先程までの悲壮な表情は無くなっていて、こちらに真っ直ぐ訴えるように言ってきた。
「わたくしも働きます。自分で。そして得た対価の中で自分の生活を完結させなくては自立とは言えませんよね」
「それはそうだが」
「ですから教えて欲しいのです。もっと根本的な“生き方”について。
 わたくしはこれまでのわたくしの価値観の全てを壊す覚悟を持っていないといけなかった」
「そこまで厳しくはねぇけどよ」
「いいえ。こういってしまうのもアレですが、わたくしは上からしか全てを見ては居なかった。
 少し歩いただけで全てを理解したつもりになっていました。結局何も見えては居ませんでしたから……」

 自省することが出来るのはいいことだ。
 アリーの視野は徐々に広がりつつあるということだ。
 安心もするが、同時に本当に大丈夫かとフラフラと自転車を漕ぐ子供を放した後のような心持ちになる、

「確かに養われるのと自分で生きていくのは違う。そうだな、確かに養われる側に居たからそうあって当然だったよな。
 後は得られる対価から出来ることを知ることだな。アリーの生活水準は高すぎるし。少し知らな過ぎる」
「ウィンドにまで言われるとは……わたくし重症ですか……」
 実は平気ぶっていただけなのだろうがうなだれて腕に重くつかみかかってくる。
「いや、おれを何だと思ってるんだよ……シキガミの肩書き以外は一般人だぞ」
「うぅ、是非っ普通を、普通を教えていただきたいのですぅぅ……!」
 がしっと腕に縋る様になって、涙目でおれを見上げる。
「わかったって! わかったからあんまりくっつくなっ!」

 この状態は良くない。何故ならおれがアリーを待っている間にタバコを吸っていたからである。

「まったく関係ないのですがまたタバコ吸いましたね? タバコのにおいがしますっ」

 彼女はおれに鼻を近づけるとむむっと眉をひそめた。
 吸っていない人間は吸っている人間の臭いに敏感だ。特に女連中は凄いと思う。まぁ臭いが移るのも悪いとおもうし、あまりおれに引っ付かないようにしとけよと注意をする。
 まぁ犯罪って訳でもないし、極力人前では吸わないようにしているしいいじゃないかと思う。

「おれの趣向品はおれの懐内で収まってるんですー」
「むー。わかりました。この件はわたくしの自立が成功してからにします」
「まぁ、自分で稼いで、自分で欲しいものを買うようになったら、物の価値は変わってくる」

 欲しいものの価値は値段以上の場合だってあるしその逆もある。
 自分の価値観だけでは生けてはいけない。近い他人とすり合わせて、相場、変動があって完結の無いものだ。

「世界って不思議ですね」
「……ああ、そうだな。じゃあとっととヴァンツェ見つけて、まずは今日の路銀でも稼ぎますかね」

 ヴァンツェの行った場所には心当たりがある。というか恐らくそのまま仕事を取りに行ったのだと思う。
 おれはヴァンツェが仕事を取りに行っている酒場へと足を向けた。アリーも習うように後についた。
 その日から彼女は彼女なりにいろいろと努力をしていた。自分の欲しい環境を満たした宿の相場をいろいろと見て回ったり、欲しいものを自分で買うためにお金を貯めてみたり。
 他愛も無いことであるけれど、彼女には初である。そして最終段階として、服、装備一式を自分でそろえるために頑張ると言った。これは古今東西、良いものを揃えようとするとどの階級に居ても必ずお金がかかるものである。
 そしておれ達はこの街ではその効率は悪いと考え次の街に行くことにしたのである。

 前置きが長くなってしまったがそれがどう派手な喧嘩に行き着いたかというと、街を出発して暫く行った所で悲鳴を聞いたところから始まった。おれ達が皆でそこに駆けつけると、強盗された後の馬車が道端に派手に横転して、商人の夫婦が倒れていた。一旦その2人を助け、街に戻ると2人の話を聞いた。
 ここいらは山賊が出るようになったらしい。商人馬車が襲われるのは3件目で、街から正式に退治依頼が出ていた。一度警備隊を動員して、山でアジト捜索を行ったらしいがそれでも見つからなかったらしい。
 しかしその後立て続けに2件の強盗が起きた。商人は重症で、積荷は全て取られてしまった。しかもそれだけではない。少し歳の行った夫妻であるが、娘が攫われたということだった。その悲劇を――みすみす見捨てるような真似はできないと、その依頼を引き受けたのはアリー。
 ……やるのはおれ達。別に構わないが……少し無謀すぎやしないかとも思う今日この頃だ。
 一言ぐらい余計な事を言うかと思ったヴァンが案外すぐに首を縦に振ったことに驚いた。

 依頼を受けてそのまま調査を始める事にした。ヴァンが早速、奴等が逃げていった方向へ追いかけて行ってみると言うのでおれもついて行く事にした。アリーは置いて行こうとしたがダメだった。
 再び街を出て事件の現場へ行く途中――。
 そう。やっとここでやっと喧嘩の『原因』とおれ達がすれ違う。

「……チッ!!」
「あ!! アンタなんでこんなとこに居んの!!」

 馬車を引いた一団だった。先頭で馬を操っていた赤茶色っぽい髪の女性がヴァンツェを指差して声を上げた。

「なんだ、知り合いか?」
「ヒトチガイデスヨ。行くぞ」
 それだけ言ってその声の主を全く無視して脇を通り抜けて足早に去っていった。
「あ、ちょっと! 何か言え! クソエルフゥゥーー!」

 その声は街から離れる方向に去っていくおれ達と街の方に向かっていく馬車に乗ったあの子の関係でドップラー効果のような叫び声になって聞こえなくなった。

「なぁ、本当に」
 いいのか、と聞く前にヴァンツェが振り返ってこちらを睨む。
「ウィンド。世の中には知らなくていい阿呆とかな、関わらない方が良い馬鹿とか色々居るんだよ」
 説明するのも嫌そうな顔で小さく左右に頭を振る。
「ああ、なんとなくお前がさっきの奴を嫌いなのは分かったよ」
 本当に露骨だよなこいつ。
「でも、お知り合いでしたら流石に声ぐらいかけてあげればよかったのでは――……あ」
 アリーが後ろを振り返って声を上げた。
 おれも何となく嫌な予感がして振り返った。

「―――……ォォォォオオオオッッリャアアアアアアアアアアア!!」

 ジャラララ、という鎖の音が聞こえた。
「なん――っ!?」
 反射的にアリーを抱いて横に飛ぶ。
 ボッ! という風を押し切る音と共にとんでもなく巨大な物体が横を通った。
「チッ! ド低脳がッ――!」

 ヴァンツェは間髪居れずに氷と大地を盛り上がらせそれを防いだ。そしておれ達を振り返って声を張る。

「先に行ってろ! 片付けてから行く!」
 それだけを言って次の攻撃の応戦を始めた。

 たったそれだけが二人の喧嘩の始まり。



 突きあがる様な土の盛り上がりを利用して、空へと高く舞い上がる。
 あの子が危ない、と思ったがその次の瞬間に剣が振ってきて瞬時に前言撤回した。

「最早喧嘩ではありません……どうやって止めましょうか」
「どっちか止めても止まりそうにないぞ……」
「とりあえずヴァンツェを止めてください」

 この神子様は自分でどうやって止めようかと言っておいてそれをおれに投げるつもりらしい。黙らせればいいなら手はなくは無いがおれにやらせれば武力介入しかないのだが。まぁそれだと完全に無意味というかこちらに矛先が向くだけのような気もする。アリーには何かしら思うところあって止めろと言っているのだろうけれど。

「マジかよ。先手は向こうだぜ?」
「殿方の紳士としての務めを果たすべきだと思いませんか。こちらから穏便に話し合い解決を望むべきです」
「……よく分からんがやる事はわかったよ」

 ヴァンを押さえるのは簡単だ。あの子と違って飛び上がったりはしない。
 護身術に手を捻って後ろへ回り込む技がある。痴漢回避程度だが、簡単に身動きを取れなくさせる有効な手段だ。
 素早くヴァンの後ろに回りこんで腕を掴むと捻って背中で固める。

「ヴァンツェ! ストップだ!!」
「痛ぇ! バカ! 放せ―――!」
「おいそっちの奴もちょっと止ま―――」

「降り注ぐ流星の如く<スティ・ラグマ・テンスタ>ァァー!!!」

 ガン無視かよ!!
 おれの声は聞こえて無いのだろう。彼女は遠慮なくその手を振りぬいて、鎖が派手に鳴り響く。剣はビィンと低い虫の羽音のような音を出して加速する。ブレて見えるそれがいきなり五つに分裂した。
 殴り落とすか――、と脳内で決定したその直後。


「 や め ん か !!! 」


 突如として飛んできた檄に空気が揺れた。実際に木も揺れて、あまりの声の大きさにヴァンの作ったでかい氷柱が砕け散った。飛んできていた大剣もその声に掻き消えるように消えた。ヴァンから手を放して二人で少し遅れて耳を塞いだが耳鳴りがする。
 彼女は見るからに怯えながら振り返る。おれ達はその視線の先を追った。

 金色の鎧を見た。悪寒がするほどの空気の重圧を感じた。
 茶の髪色と精悍な顔立ちは勇猛さを持ち凜とした空気の中で失わない重い存在感があった。
 本能が、アイツは強いと言っている。

「ト、トラ様……」

 大剣振り回すデタラメ女が急に借りてきた猫みたいに大人しくなった。むしろガタガタと震え今にも泣き出しそうである。
 重い音を鳴らしているのにまったく重そうに見えない足取りで赤茶髪のその子の隣に立つ。

「ヴァンツェ、それにお二方。シルヴィアが大変失礼を働いてしまった。申し訳ない」

 はやりヴァンはこの二人というか、あの一団とは何か繋がりがあるらしい。その言葉を聞いて確信を持ちつつおれは向こうとヴァンの顔をみた。
 ヴァンは仕方が無いと言う風にため息をついて呆れた顔でその金色の鎧を着た人物に言う。

「クラハ、ちゃんと鎖で繋いどけって言ったろ」
「ふむ、コレが続くとそうせざるもえまいが、許してやってくれ」
「く、鎖は嫌ぁ! でもトラ様コイツが無視するからっ」
 ヴァンを指差してわたわたと言い訳を始める。
 銀色のエルフはため息を吐いた。
「無視された程度で殴りかかって来るたぁ器のちっちゃい竜人様な事だな」
「あ゛?」
「何だ?」

 売られた喧嘩を相手は買う気満々である。赤茶髪の女の子の見た目はアリーよりも少し若い十五か十六程度に見える子である。それが大の青年に向かって噛み付いてきている。
 まぁあの強さがあってこそのものなのだろうが、それにしても気性が荒い。

『やめろっ!』

 トラヴクラハという男と同時におれは互いに導火線の短い仲間を止める。
 するとおれ達の間にアリーが割って入った。

「申し訳ありません。御迷惑をお掛けいたしました」

 そう言って深々と頭を下げた。彼女の金色の髪がさらさらと地面スレスレまで垂れ下がる。
 それをみたヴァンが慌ててながら言った。

「なっ、いや、アンタが頭を下げるような事じゃ――」
「いいえヴァンツェ。わたくしの不届きでもありますから」

 頭を下げるアリーを見て、ヴァンは大人しく引き下がって顔を逸らした。不満一杯の表情ではあるがこれ以上の事は彼女にも影響すると分かったのだろう。
 それは相手の女の子も同じだったらしく、びくびくと金色の鎧の男を目の端に見ながら怯えていた。

「いえ、此方こそご無礼をお許しください……。
 私はトラヴクラハ竜士団、団長のトラヴクラハ・リーテライヌと言う者です。
 流れの傭兵団ですので、少し気の荒い者が多くて失礼をしてしまう事が多いのです。
 ……あなた方はヴァンツェとお知り合いの方ですか」
「はい。この先の街で丁度ヴァンツェと知り合い、この旅から一緒になっています」
「うげ、そいつはやめた方がいいよ! 失礼だし!
 何考えてるか分かったもんじゃ――!」
「シルヴィア! 言葉が過ぎるぞ!」
 少し怒声を交えて鎧の男が言う。
「うぁ、だって! アイツ! トラ様を殺しに来た奴だよ!?
 しかも理由は気に入らないからとか適当な理由で!」
 ヴァンは黙って何も言わない。少しだけ眼を閉じてトラヴクラハとシルヴィアという女を見た。
 そして意外な姿を目にした。

「……別に言い訳はしねーよ。悪かった」

 そういって彼は頭を下げる。片手を前に少しだけ腰を折る。
 面食らったのはその場のほぼ全員。アリーだけがヴァンをみて少しだけ微笑んだ。
「え、は……何、えっ?」
 信じられない、と言う風にシルヴィアが声を漏らす。

「今は時間が惜しい。正直オレの問題で時間を潰してる場合じゃないんだ。
 この先のところで今朝強盗の事件があった。オレ達はその商人と街から依頼を受けてその盗賊退治に向かってる」
「そうか……少し変わったなヴァンツェ。
 お前が誰かと協力するとは」
 金色の鎧を纏ったソイツは先程見せた気迫とは全く別人のように落ち着いた優しげな声で言った。
「まぁな。オレが汚名なりなんなりを被るのはいい。
 今この一件をミスすると二人に迷惑がかかる。見逃してくれ」
「ああ。元はと言えばこちらが悪かったからな。
 よろしければ、お二人の名を聞いても?」

「申し遅れました。わたくしはアルフィリア・りぷっ」
 サッとアリーの口に手を沿えて元気におれの声で遮る。
「ウィンドだ! アルフィリア・リ、リ、リプトンとヴァンツェ・クライオンの3人で旅してる!」
 あぶねぇええ! 前日の二の舞を食らう所だった。
 ヴァンがナイス、と小さく笑う。アリーは少し考えてからおれの手をぐいぐいと外した。
 そんなあからさまなおれ達をみて赤茶の髪の女の子は訝しい眼つきでおれ達を見る。
「ねぇ、なんか怪しいよトラ様。クソエルフと人相の悪い男が美人連れて歩いてるってコレすでに犯罪じゃない?」
 人相悪いというのが少し心にグサっと来た。ヴァンが無言で無視するのも頷ける口の悪さだ。
「……ふむ、聞かぬが花かも知れないが貴女のような美しい人に会う事も珍しい」
 屈託無く言い切るのはヴァンツェ以外に二人目だ。少し日に焼けた顔にニヒルな顔を覗かせる青年。
 手を取り小さく礼を見せる姿は本当に騎士と姫を思わせる。
「あら。そんなっ……嬉しいですわありがとう御座いますっ」
 アリーがぱぁっと笑顔を見せて笑う。みんながちょっとドキッとするぐらい可愛い顔だったと思う。
「失礼を承知でお聞きします。
 本当の名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええっ」
 どうやらおれの苦労は水泡のようだ。知らないぜ、とおれは視線を逸らした。

「わたくしはアルフィリア・リージェ・マグナスと申します」

 一瞬やはり、と言うような間を持って金の鎧の騎士が膝をついた。
「――誠にご無礼を致しました……マグナスの姫。私がかわりに非礼を詫びさせていただきます。アルフィリア様」
「いいえ、わたくし達は大丈夫ですから。その、赤髪の貴女は?」
 ぽかん、とした表情をしていたその子が急に現実に引き戻されて慌てだす。
「ふぇ、あ、わわわわたし、
 あの、あのぅ!」
 ぷるぷるきょろきょろと視線やあちこちにやって、半べそで挙動不審な奴になった。
 混乱の最高潮なのだろう。ヴァンが物凄く大笑いしたそうに震えていたが目の端に涙をためながら耐えている。
 見かねたアリーがトラヴクラハに少し失礼します、と手を放して彼女へと近づいた。
「ごごご、ごめんなさい! お姫様って知らなくって! そのぅ!」
「いいえ。わたくしは貴女に何の危害も頂いてませんから。
 その言葉は彼に言ってあげてください」
 そういって少し身体をどけてヴァンツェに視線を投げた。ヴァンツェ自身も少し驚いてさっと笑いやめた。
「え……いや、それは……」
「嫌ですか?」
 アリーは問う。それに少しだけ苦しい顔をして彼女は前を真っ直ぐ向いた。
「……ご、ごめん…………クソエルフ……!」
 言い切って少し間があったかと思うと、次の瞬間にはヴァンを睨んでいた。
「くくっはっはっはっはっは!」
「もう、ヴァンツェも笑わないでっ」

 口を尖らせてアリーはヴァンを叱る。おっと、と笑いを飲み込んでヴァンは薄笑いのままそれに答えた。

「言葉の端っこが謝ってねぇけど。いいぜ。おあいこだ」

 ジト目で眉をひそめている赤茶髪の女の視線は無視してヴァンはトラヴクラハを見た。その金色の鎧の奴は何か感心したようにアリーとうるさい女をみている。
 シルヴィアと呼ばれた彼女にアリーが良く出来ました、と話しかける。やり取りの意味もちゃんと説明を始めた。
 アリーはそう。何故か何処でも説法を始める。彼女の歳にしては行き着いた考えを持っていてブレない信念を感じる。あまり真面目に聞ききった事は無いがほと真面目な観念にチョットだけ彼女の遊びというか許容も言葉にする。町の中で叱られていればそれは彼女の演説に変わっている事が多い。人も良く立ち止まるし、終わった際の拍手は一入だ。きっとそれは凄いのだろうと思う。
 ただおれが思うに、話しが長い。ほら、あの子すでに遠い目してる。

「すげぇだろ」
「……ああ本当だ。驚いた」

 二人で何か分かっているかのようにソレだけを言った。おれはそれはアリーのことだろうなと思った。

「あーで、ヴァン、結局何なんだこいつら」
 もののついでに聞いてしまおうと思ってヴァンに言った。ああ、とヴァンが答えかけた時に大声が割ってはいる。
「ちょ、ちょっとアンタ! トラ様に向かってこいつって!」
 突っかかってきたそいつにニヤリと意味深な笑いを見せたヴァンがこほん、と咳払いをする。
「アリーとウィンドは竜士団に畏まる必要無い。
 なんせ神子様とシキガミ様々なんだからよ」

 ……こいつ、とおれを指差した姿勢でそいつが止まった。その指を中指に変えて、金色の奴の方に向ける。
「ちょ、ぎゃあああ! ちがっ違うよトラ様! アタシじゃないよ!?」
「別にそれで名乗り歩いちゃいねぇよ。何様のつもりもねぇし。
 実際何なんだ竜士団って。ビックリ超人サーカスかなんかか?」
 おれは金色鎧の奴に聞いてみた。
「あああ! ちょっとあんたトラ様になんて態度を!」
 噛み付かんばかりの勢いでまたおれを指差す。
「構わないさ。私達は偉い訳では無い」

 その言葉に一際面白そうに笑ったヴァンツェがその言葉を続けた。

「はっはっは! そうだよな――。

 ――戦争屋は偉くねぇよな」

 ヴァンが少し重い声で皮肉を言って二人を睨んだ。

「クソエルフ黙れっ!」

 それにすぐ激昂して顔を赤くして剣をまた出現させた。
 ソレをみてトラヴクラハがため息を吐く。ヴァンもヤレヤレと頭を振った。
 こいつらこんな事繰り返してるのか。
 トラヴクラハはただ一度手を振って彼女の視界を遮った。するとどんどん不安な顔に変わっていて不服そうに彼を見上げる。

「急いでいる所申し訳無い事をした。
 シルヴィア、行くぞ」

「アタシ等悪く無いよやっぱり! トラ様!
 あいつ絶対悪い奴だよ! 退治するべきだよ!」
 びしっとヴァンを指差してシルヴィアと呼ばれた彼女は主張を続ける。
「信用ないなお前」
 おれがそういうと銀色エルフは深いため息をついた。
「まぁ、コイツ等に関してはな……。
 ……もういい面倒だ。おいクソドラゴン」
「何よクソエルフ! やっぱりやるの!?」
 シュッシュッと拳を振るいながら戦闘態勢のアピールをしてくる。
「どうせ街で依頼受けるんだろ?

 ちょっと着いて来い」

「はぁ〜〜!?
 誰がアンタなんかと組むかっ! 冗談じゃない!」
 大声を上げて両手で顔の前でバツを作った。ヴァンは意に介さないという顔で説明を続ける。
「オレだけじゃない。コイツ等ともだ」
 おれ達のほうに視線をやって、いいよな、と聞いてきた。
 シルヴィアというその女はおれ達の顔をマジマジ見る。
「コイツ等ってアンタ……お姫サマとシキガミサマでしょ?

 もっと礼儀正しくしなさいよ!」

 お前もな!!

 と瞬時に全員が突っ込んだに違いない。
 得体の知れない一体感を感じてしまい、苦笑いになっていたトラヴクラハにヴァンは言う。
「てなわけだ。クラハ。あいつ連れて行くぞ」
 ヴァンが何を考えているのかはよく分からないが、とりあえずうちの神子は微妙にそわそわしているあたりあの子が気になるのだろう。

「……ああ、構わない」
 彼はおもしろい、と穏やかに口の端を上げた。

「えっ!? と、トラ様っ!」
「足手纏いかもしれないがよろしく頼む」
「ちょっと、トラ様! アタシが足手纏いってどういうこと!?」
 全くもってそのままの意味だと思うが、と思ったが矛先がこちらに来ると面倒なので黙っておいた。
 手を挙げて主張している彼女に金色の鎧の男は不敵に微笑む。
 あっちを向いて困ったりこっちを向いて怒ったり大変な奴だ。
「はっはっは、行って見ればわかる。
 シキガミ様も頼りになりそうですしな」
 シキガミ様、と聞いて一瞬間が空いた。それがおれだという事に気付くのに少し時間がかかった。

「あ、いや……ウィンドでいい」
「……そうかウィンド。私もクラハと呼んでくれ」
 やはり、と彼は笑う。たぶんちょくちょく喋っているのでおれがそういう礼儀云々を気にして無いことは分かったのだろう。
「ああ。けどよ、いいのか?
 これから行くのは山賊の探索だ。若い娘さんがすでに一人攫われてるんだ。
 強いのは分かるけどよ……」
 女の子だろう一応。ああ、一応女の子の意味をこんなに強調しなくてはいけない日がこようとは。
「まぁ心配無いだろう。法術の類には余り強くは無いが力は人一倍で逃げ足もある。
 危なくなったら逃げるんだぞシルヴィア」
 まるで子供をおつかいに行かせるような言い方だと思った。
「あ、アタシ逃げないし!」
 言っているソイツを置いてヴァンは既に歩き出していた。
 既に数十歩は距離が開いた。
 確かに時間が勿体無い。盗賊団が人質をどうするかは知らないがどう転んでもいい事にはならないだろう。
「ほらもう行こうアリー」
「あ、はい。分かりました。
 それではありがとう御座いましたトラヴクラハ様。またお会いしましょう」
 彼女が笑顔で貴婦人を思わせる動きでさっと一礼すると、彼も倣って小さく礼をした。
「ええ。楽しみにしています」
 そこでバッと二人の間に赤い髪の子が割ってはいる。
「とと、トラ様を取らないでーっ!」
 あら、とアリーが笑う。
「そうですね、一緒に来てくださったら取られなくて済むかもしれません」
「えっ!? でも、アイツいるし、シキガミサマも居るんじゃ……」
「残念ですが、あの二人に手を貸す必要は無いのです。
 あの二人は既に一人前の冒険者ですから。
 わたくしに手を貸していただけるととてもありがたいのですが」
 アリーは上手い誘い方をする。手を差し出したアリーの手を彼女が恐る恐る取る。
「う、うん……それなら、いい、けど」

「うし、じゃ、行くぞ。じゃーなクラハ!」
 おれは片手を上げて挨拶をすると大分先に行ってしまったヴァンを追いかけ始めた。
 アリーがでは、行きましょうと言っておれに合わせて走り出す。
 少しだけキョロキョロとおれ達とクラハの間で視線を迷わせて彼女は走り出した。
「あ、あっ待って〜!」

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