始まりを旅する未熟者達2



「シルヴィア・オルナイツ。竜士団の特攻隊長よっ!」
「そりゃべらんめぇな。夜露死苦」
 その役職がなんだかバイクとリーゼントに関係がありそうな気がしたけどソンナコトは無かった。
 ただ彼女に言えることはソレっぽいな、と言う事である。
「べらんめぇ? 何それどういう意味?」
「おれの故郷の言葉で恐ろしくオシャレでカッコイイって意味だ」
 バッチリ冗談だが。
「でしょっ」
 いい笑顔でシルヴィアは言う。
 分かってはいたが、極度に馬鹿なにおいがする。嫌いじゃないがな。自分も含めて、大概何か変な一物を抱えた集団だ。



 現場にはもう殆ど何も残っていなかった。荷車が倒された跡と、荒れた草の跡。
 日は丁度正午と言えるぐらいだろうか。日差しは少し汗ばむ程度に天気はいい。足跡も残らないほど土は乾いていた。
「事件後の静けさだな。
 で、どうする。真っ直ぐ追いかけるか」
 おれが言う真っ直ぐは言葉通りである。ヴァンは自分の持っているバックパックを道の端に下ろしてゴチャゴチャと荷物を取り出していた。
「ああ、ちょっと待ってくれ。磁石とマーカーを用意する。
 あとは簡易だが人の通った後のマナの流れを感知する術陣を書く。
 あんまり強力じゃないが、無いよりはマシだろ」
 そう言って取り出した紙に羽ペンを使ってさらさらと何かを書いていた。
 後ろから見ていても少し楽しい光景だったが、邪魔だ、と一蹴されおれ達は大人しく周辺探索を行う事にした。
 物証は結構残っていた。馬を止めるのに使ったであろうロープや罠の跡。そしてナイフも一つ。証拠がコレだけ残っているのならあっちの世界だったら確実に捕まったねこれ。

「よし。こんなもんだろ。オイ行くぞ」

 ヴァンが声を上げたのでおれたちは一旦集合する。ヴァンはおれとアリーに一枚の紙を差し出した。それが先程書いていた術陣の書いてある紙で薄く青や緑に線状のものが見えた。それが人が動いたマナの方向を表すものらしい。
「ちょっと! アンタと組むの嫌!」
 物申して一番にそれを言ったのがシルヴィアだった。ヴァンは予想通りだと言わんばかりに遠くを見て彼女に背を向けた。
「じゃあな」
「ちょっと! 待ちなさい!
 置いてくな!
 ぷっ痛い! いきなり止まんな!」
 さっきからぷりぷりと怒りっぱなしである。
 あれが彼女のデフォルトなのかもしれない。そうも思い始めてきた。
 ヴァンはくるっとまた振り返っておれ達全員を見回した。
「流石にこの人数で森は広すぎるか……シルヴィアちょっと飛んで上からこの辺に目印になりそうな建物とか見えないかみてみろ」
「指図すんな!
 えと、せめてどっか足場とか踏み台無いの?」
 その切り替わりが少し面白くてぷっと吹き出した。どうやらヴァンに対する時のみの態度である。
「でもやるんだな」
 おれが笑いながら言ってやると、彼女はむっとした顔をしてからぷいっと逸らした。
「うっさいっそのぐらい言われなくてもやるわよっ」
 うー、と唸りながらキョロキョロと辺りを見回す。
 木はあるが真っ直ぐ伸びててあまり簡単に登れそうな木じゃない。結構高さもあってこの辺で登れそうなのを探すのは少し面倒かもしれない。

「じゃ打ち上げ台やるわ」
「えっあ、うん」
 こくりと頷いてそういった。
 なんだ、思ったより素直な奴じゃないか。

「あ、ではわたくしが展望台作ります」
「うんっ? 展望台?」
「少しだけ空中に足場を作れます。あまり長くは持ちませんが落下もあまり負担がかからないようにお手伝いします」
「おおっ、うん。ありがと」
「よし、やるぞ」

 まず自分がしゃがんで右手の平でシルヴィアの左足の踵を握った状態になる。ちょっと現実的に考えると無理があるが、こっちに来てから物が軽いのでアリーよりも更に軽そうな彼女程度ならいけそうだと思った。
 一度彼女と声を合わせて、上にあげるだけ上げてみたがやはり軽い。彼女も驚きの声を上げていたが、バランスを取っていたシルヴィアも凄いが。
 いよいよ本番と体制を合わせて右手に力を篭める。足と体と腕のバネすべてを彼女を打ち上げる事に使う為均等に身体を伸ばす事を意識する。
 そして、息を吸って御互いの声を合わせた。

『せぇぇのぉっ!』

 タイミングと力の入り方は完璧。
 全力でその子を上へと投げる。

「どっこいしょおおおお!」

「ああああああっ!? 何コレ何コレたーーかーーぃーー!」

「おー。打ちあがったうち上がった。」
「術式:空気固着<スタルスタップ・エア>!」
「と、止まった! 立った! 空に立ったよアタシ!」

 嬉しそうな声とひっきりなしに手を振る姿が見えたが、ヴァンがいいから見とけ! と声を張ると頭上からまたクソエルフと言う単語が聞こえたが大人しく辺りを視察し始めた。

 時間にすれば数分は見れたと思う。
 おれにその術の難しさは分からないが、結構長い間持っていたように感じた。

「そろそろ、限界です」
 アリーが翳した手とその先を見ながらそう言った。
「シルヴィア! そろそろ足場が崩れる!」
「あいよ!」

 落ちるというのに彼女は全く意に介しているようには見えず、笑顔で手を振っていた。数十秒後にその足場が消えて彼女の自由落下が始まる。

「術式:恵風の保護翼<ティスフェリング・アリア>!」

「あはーーっゆっくり落ちてくーー何コレーー!」
「はい、お疲れ様です」
「ありがとー! でもアタシ、アウフェロクロスがあればねっ。あの崖の上からとか落ちても平気なんだよっ」
 そりゃあ凄いな。おれなんか落ちるたびに軽く死んだと思っているというのに。こいつシキガミの体無しでそれが言えるなんて相当だぞ。
「まぁ、そうでしたか」
「うん。でもありがと。こっちのが疲れないね!
 あっ。アンタもやるね! トラ様の槍に乗った時みたいに飛んだ!」
 クラハの槍。確かにあいつなら何となくやってしまいそうだと思った。ほぼ初対面で何を知っている訳ではないが、その雰囲気は持っていた。
「ははは。とりあえずなんかいいもの見えたか?」
 おれが問うと少し浮かない顔をした頭に手をやった。
「結構遠くまで見えて良い景色だったけど、あんまりいいものは見えなかったかも。
 とりあえず建物はあっちの街以外には見えなかった。
 そう、それに木が高くて山の麓もあんまり見えなかった」
「そうか……」

 その報告を受けておれが唸ると、ヴァンがすっと一歩でて彼女に聞いた。

「水場は何処にあったか覚えてるか?」
「水場? 沼っぽいのは向こうの方に結構いっぱいあった。
 もっかい上げてくれたら全部正確な方角覚えてくるけど」
 言うとヴァンが軽く首を振った。
「いや、あんまり目立ちすぎるのも探索者がいることがバレちまう。デカイ奴の大体の位置で良い。
 ここも早めに離れた方がいい後始末の偵察が居るかも知れないからな」
 まぁ居たらラッキーなんだがな、と言って森へと踏み込んだ。
 水場を訊いたのは人の生活の起点になるからだろう。例えば大きな湖一つしかないなら、その周辺を探していけば手がかりが有るかもしれない。だがこの森は思ったよりも水分は豊潤なようだ。
 おれ達はひとまず人が去って行ったという方向へ探索を開始した。

 しばらくは軽い足跡や枝の折れた跡を追うことが出来たが途中獣道に入った辺りから良く分からなくなってきた。1時間も歩くと、森のどの位置なのかもあまり検討が付かない。ヴァンがマーキングしながら歩いているのでその目印を追えばなんとかさっきの所には戻れるだろう。
 木々の隙間から見える太陽が少しだけ傾いているような気がしたが森の中の時間は良く分からない。ただ数時間気を張っていて、モンスターとの戦闘もやりながら歩いていたので少し疲れた。アリーが疲労を申し訳無さそうに訴えたので開けた場所を見つけて少しだけ休憩を入れる事になった。実際はもう少し早くおれが提案したのだが、彼女は大丈夫だと言って少し無理をしていたようだった。
 切り株があったのでそこにアリーを座らせて少し周りを見て歩いた。
 小さい清流が流れていて水の状態も良さそうだったのでそこで温くなっていた水をすべて汲み変えた。
 その作業を終えてからおれも近くの木に寄りかかって座って食い物をとりだす。此処に来る前に買っておいたパンと乾物が少し。一応日が暮れる前には切り上げる事になっていた。
 そのおれ達の姿が見えない場所に座っていたシルヴィアをアリーがパンを持って呼ぶ。
「食べますかシルヴィア」
 アリーがそう言って自分の持っていたパンの半分を彼女に差し出した。
「えっいいのっ? アタシ何も持ってないよ?」
 考えてみれば彼女は馬車に乗っていた所を無理矢理つれてきたのだ。ほぼ武器的な準備はあったが食料やその他の雑用品は怪しいところだ。
「ええ。でもついてきてくださった仲間ですもの」
 そう言って笑うと彼女は少しだけ恥ずかしそうにソレを受け取った。
 二人で談笑しながらつかの間の休憩。そう言えばそうか。女友達なんていなかったし、シルヴィアはその一人目かとパンを咀嚼しながら思う。

 ふと、ガサリ、と聞こえて神経を耳に集中した。
 折角の平和空間なのにモンスターで壊してしまうのは勿体無い。
 ションベンに出るぐらいの気軽さで行ってさっと退治してくるか。とパンを咥えて立ち上がった。

 ザザッ!

 おれが休憩場所から十歩ほど進んだ所で音が大きく聞こえた。
 さっと反応してそちらをみると、キラリと光る金色の目が見えた。
 ただ――。
 金色毛並みのモフモフとした犬みたいな動物。
 モンスターなんかとは違うらしい。モンスターと動物の明確な線引きはソレが肉体であるかマナの具現体であるか。モンスターはマナを糧にする為人や動物にすぐに襲い掛かる。動物はその限りではない。むしろ逃げる事の方が多い。じっとこっちの動きを見定めているそれはおれには犬っぽく見えた。
 もぐもぐと口の中のパンを咀嚼して残ったパンを持つ。
「……よう。食うか?」
 ぽん、とそれを投げてみる。
 ビクッと一瞬引いたが、鼻をひく付かせながら恐る恐るこちらを警戒しながら近づいてくる。よく見ると額に何かがついている。怪我でもしたのか真っ赤な何か。
 なかなか野生にしちゃ勇気があるな。と感心していると、ハシッとそのパンを咥えた瞬間ダッシュで何処かへと走って行った。
 それを見送って煙草に火をつけて一服を始めた。

 携帯灰皿に吸殻をねじ込んで、元の場所へと戻った。
「ウィンド、準備は宜しいですか」
「う○こ終わった? 手、ちゃんと洗った?」
 ぴっと手を挙げて失礼なやつが失礼な事を聞いてくる。
「お前はもう少しオブラートに包めよ」
 もういろんな意味で。
「う○こを?」
「そこじゃねーよ! そういう意味でもねーよ!
 あ、なぁヴァン。この辺って金色の犬とか出るか?」
「金色の? アンタのう○この事?」
「お前はクソネタから離れろよ! アリーがドン引きしてんじゃねーか!
 おい帰って来い! 言葉の再教育はアリーの仕事だぞ!」
 少し遠くでこちらの様子見してたアリーを呼び戻す。
「うぅ……少し自信がありませんが、頑張ります……」
 シルヴィアをアリーに任せて本題に戻る。
 アリーに自信が無いとか言わせるとかどんだけ育ちが悪いんだ。
「金色の犬か」
「ああ。もっふもふだった。触ってねーけど」
「心当たりは無くもないが……まぁラッキーだったな。
 こりゃ今日中にアジトも見つかるかもしれないぞ?」
「へぇ、そういうラッキー獣? ツチノコ?」
「さぁな」

 そういう適当な会話で流れて、ヴァンが荷物を担いで進み出したのでおれたちもソレに続いた。アリーが歩きながらも彼女に言葉の精錬について説いていたが、上の空の返事しか聞こえなかった。


 日も傾いてきた。
 そろそろ折り返さないと日が暮れてしまう。
 心なしか、モンスター達も活発になり始めた。おれ達は疲労するばかりである。

「ふぅ――……そろそろ限界か」
 懐中時計を出して、時間を確認するとヴァンが言った。なんとも言えない重い空気が漂う。
「も、もう少しだけ進んでみませんかっ」
 アリーが言ったが、ヴァンは首を振る。
「ミイラ取りがミイラになっちまうぞ。夜は危険だこの森は。迂闊に炎も使えない」
 相手に場所を教えてしまう。聞く所によると相手は数十人の大人数だったらしい。その人数で襲われるとおれ達でも少してこずるだろう。

『さっきの人たちなら、この先の洞窟ですっ』
「んっ?」

 ガサっと茂みが動いてみなが戦闘態勢になった。
 おれだけがぽかんとその方向をみていた。

『お願いです! 助けてあげてください!』

 茂みからチョットだけ顔を出してその犬が言った。

「オイ、なんか野良犬がいるぞ。
 お? 良く見たらさっきの金犬じゃないか?」
 金色毛並みで額に何か赤いのが付いている。長い耳がピンとなっているのはおれたちを恐れているからだろうか。
「あ、かわいいですっ」
 アリーが興味深々モードになっている。
 少し距離を取っていて、こちらに対して敵意の有る姿勢じゃないが逃げ腰ではあった。
 ヴァンは少しだけ近づいてふむ、と息を漏らして額の宝石を見た。
「……やっぱりか。まぁ、分かってはいたが。
 あいつはカーバンクルだな」
 ヴァンがおれ達を振り返る。
「か、カーバンクルだって!?」
 おれは打ち震える。
「カーバンクル!?」
 シルヴィアも驚きが隠せないようだ。
「可愛いです」
 アリーは触りたくてうずうずしている。

「カーバンクルって……何? バックル的な?」
 正直に言えばあまりよくわからない。
 もしかしたらベルトの種類かもしれないが、そういう単語を何かで見た事がある気がした。
「違うわよ! 犬の種類に決まってるでしょ!」
 シルヴィアがビッと指を差すと、びくっとカーバンクルが驚いた。
「可愛いですっ!」
 アリーが一歩近づいて触ろうとするとカーバンクルが少し後ずさる。
 ていうかさっきからソレしか言ってない。
「このお馬鹿共。怯えてるだろ。こいつは獣の希少種だ。あんまりにも会えないから幻獣とも言われるぐらいだ。
 知能が高いから自分たちで何処かへ隠れて暮らしてるんだろう。
 だから会えたらラッキー部類なんだよ」
 金色毛並みのそいつはぱちくりと大きな目を瞬いてこちらをみる。
 確かに犬っぽい賢さはありそうだ。犬も育てればかなり賢いし。

「へぇ! なるほどな。あ。パンはうまかったか?」
『あ、はい。先程ありがとう御座いました……最近はこの辺の森に住み着いた盗賊達のせいで、食料も減っていてお腹が空いてたんです……』
「いや、たいしたこっちゃ無いぜ。大変なんだなお前も」
『はい……本当に有り難う御座いましたっ』

『あっ黒いお方……』
「なんだ?」
『さっきから不思議だったんですが、こ、言葉がわかるんですかっ』
「ああ、どうやらおれだけだがな」
『す、凄いです! あの、それよりさっきの子、攫われて、凄く叫んでてっ!
 私たちの仲間も攫われて……!』
「ああ。無事だといいんだが、おれ達はその洞窟の場所がわからない。
 案内ってできるか。近くまででいい」
『はいっ!』
「よし! 案内ができたぞっ」

 振り返ると皆で訝しげな目をしてこちらを見ていた。
 いや、確かに傍から見れば動物と会話する危ない人だが……。

「ええっ今のやり取りでですかっ?」
「おう。コイツが案内してくれるってよ」
「なんで今の鳴き声でわかんの?
 ウィンドって超人ビーストテイマーなの?」
 何だろう超人ビーストテイマーって。
 おれはその金色毛並みのカーバンクルと目を合わせてくいと首をかしげた。
「いや鳴き声も何も……おれにはちゃんと人の言葉で聞こえる」
「あっはっは! アンタ見た目によらずメルヘンねぇ!
 竜士団のビーストテイマーはねぇ、女の子ばっかりよ!
 みーんな動物とかに話しかけるの!」
「えっマジで。それ凄く気になる」
 そもそもおれからすれば牧場主以外の理由でそういうのを集めてる一団が興味深い。
 というか竜士団って言うのも気になるし、またヴァンでもつれてクラハの所に行ってみよう。
「うん、ちょっと獣くさいけど。竜士団にもいるからまたあわせてあげるよ」
「マジか! いたっ!?」
 急に酷く冷たい目でおれを見るアリー。大方この事態に浮ついた話をしていたからだと思うが能天気がおれだけだと思われるのは困る。彼女はそのまま何も言わず腰あたりを思いっきり抓む。
「あ、ちょ、アリーさんなんか痛ぇっす! 腰の皮がすげー抓まれてるっす!
 なんかテンション上がってきたぞオイ!
 おらワン公! 案内しろっ三秒で片す!」
『わかりました! 聞いてくれて有り難う御座います!』
「おお。コイツ、ヴァンとかシルヴィアに比べてよっぽど礼儀正しいな」

 ペシッペシッと二発の平手が肩に当たる。
「ウィーンド。なんで自分を数えてないんだ?
 数もまともに数えられなかったのか?」
 ヴァンの笑顔が怖い。自分だけ逃げようたってそうは行かないぞ、と低い声で脅される。
「オーゥ。ノーノー。私は礼儀できマス」
「できてねぇよ。夢見てんな」
 パァンと肩にいい突込みが入った。
「サーセーン!」

 適当なやり取りをやりながらケラケラと笑っているとパンパンッと手を叩く音がした。
 白い手袋をしたアリーが手を合わせた状態で真剣な顔でおれたちを見回す。
「皆さん、もっと丁寧な言葉を使いましょうっ。
 今日から丁寧な言葉を心がける週間です。むしろ今ですっ今すぐですっ」
 これは名案、と手を打つアリー。
 確かに数名目に余る言葉の乱れが見られるが。
「嫌だ」
 キリッと言い切るとキッと鋭い視線で睨み返された。
「アタシ無理ー」
「そんなことはありませんからっ」
 ヴァンが少しだけこっちをちらちらと見て腕を組むと、溜息を付いてから口を開いた。
「いいですよ」
 おれが冷たい風に吹かれている間に、その声が割ってはいる。
 理解者現る事にアリーがぱっと目を輝かせる。逆にシルヴィアが思いっきり仰け反って酷いものを見る目で奴を見る。
「……キモイ! キモイよ!」
「ははは。爆発してくださいシルヴィア。ああ、いいですね丁寧な言葉も」
 きらっといい笑顔を見せているが、言っている事は黒い。
「あっはっは! 腹立つアンタが爆発しろクソエルフぅぅ!」
「いい加減にして下さいっ。
 わたくしにも我慢の限界がありますっ泣きますよっ?」
 あまりにも成果が出ないので限界が来たようだ。
 ぐっと拳を握ってぷるぷるしながら皆に訴える。
「あー。コラコラお前ら。アリーが泣いちゃっただろ。
 おれの拳骨食らって泣くのとちょっと敬語使って泣き止ますのどっちが良い? ん?」
 割と本気で手を握ってミシミシと拳を軋ませる。
「私は丁寧な言葉程度使えますが」
 メガネがあったらクイッと上げてる勢いで言う。ああ、うん。普通に似合うイケメンだから無視しよう。
「う、うー。アタシも頑張るよ……ちょっとだけ」
 シルヴィアはアリーとおれをキョロキョロと見て苦い顔をしてそういった。
「ほんとうですかっ」
 わぁっと何かに感動したようにシルヴィアに抱きつくアリー。
「まぁ、下ネタとか言わなくなれば多少はマシだと思うぜ」
 こう下ネタを挟むたびにアリーが笑顔で動かなくなるので怖い。
 きっとアリーが生きてきた世界はお花畑と歌劇団の世界に違いない。
「えー」
「それを言っている時点で望み薄だな」
 思いっきり不服そうなソイツに言ってやる。
 別に我慢するほどのものでもないと思うが……。
「ヴァンツェも丁寧な方でやりましょう。
 それだけで品格があがります。元々知的な顔立ちをなさっているのですからそれを言葉で判断されてしまうのはあなたの損でしかないと思うのですっ」
 指を彼の目の前に突きつけて鼻息荒く語るアリー。
 いきなりの事にヴァンもたじたじと返事をする。
「は、はぁ」
「シルヴィアっ。貴女も折角可愛いのですから。
 先ほどの品性を損なうような直接的な物言いをやめましょう」
「うん。頑張るわぁ」
 何処を見ているのか良く分からない目をしていたが、おれはソレを見なかったことにした。
 おれは事の顛末についてはもうさほど興味が無いので、おれ達をどうしようかという目で見上げているそいつに視線を合わせて指先を振りながら近づいてみた。考えれば猫じゃないんだから、とも思ったがふんふんとおれを嗅いでいる。
「とうわけでウィンドも、あっ」
 アリーが話しを終えてこちらを見た。
 金色毛並みを撫でながら振り返る。野生動物の癖にふわっふわだ。ちょっと感心してもさもさやった後にやっと熱い視線を振り返る。
「ん? 終わったか?」
『あの……』
「ず、ずるいですウィンド! わたくしも! わたくしも触りたいですっ!」
「アタシも!」
 アリーとシルヴィアが全力で挙手をしてこっちを見る。
 おれはその金色の小動物と目を合わせた。
『あ、いや、あのっ』
「触ってもいいかって」
『えっあ。は……はい……』
「いいってさ」
『ああっいや、そうじゃなくてですねっあふっ!
 くすぐったいですっわっうあああああーーーー!』






 崖沿いに歩いて罠があるからと足を止めた。
 サバイバル系の罠は踏むとろくな事がない。それはすでに身を持って体験済みだ。
 それに中の敵はいち早く侵入を知る必要があって円形になるようにワイヤー系の罠を張り巡らす。

 ただ迎え撃つに最適な洞窟だ。敵は何をしなくても一カ所に集まってくれる。そう言う意味ではアラートとしての役割さえ果たせばよかったりもする。

「ん……確かに流れがあるな」
 ヴァンが紙の上に浮かぶマナの線を見ながらそう言った。獣道のようにも見える道が有る。
 道なりに行けばその洞窟だろうか。
「じゃ、適当に越えれそうな場所探すか。」
 おれはそう提案してその仕掛け沿いを見る。日が落ちる前に目処をつけないと見えなくなるなこりゃ。
 歩き出して少し行くと、シルヴィアが付いてきていない事に気づく。見ると、最初の場所で屈伸運動をしていた。
「おい、何やってんだ。行くぞ」
「んーアタシこのぐらいなら越えれるよ」
「いや、お前だけ越えれても意味無いだろうが」
「じゃアタシだけで片付けてくるし。そろそろお夕飯だしね!」

 タタッと二歩で踏み切ってふわっと浮き上がるように跳んだ。流石の跳躍力と身軽さでその木々に付けられた糸の罠を難なく飛び越えた。
 そしてその向こうに降り立つと、おれ達を振り返るとニヤニヤとした顔で手を振る。
「じゃ! おっ先〜!」
「おいっ! 戻れ馬鹿!」
 その忠告を聞かず、彼女はガサガサとその先へと進んで行った。

「あのバカドラゴン……! 急ぐぞ!」
「はい!」
「おう!」

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