始まりを旅する未熟者達3

 無謀を重ねた結果に見事に弁解は出来ない。
 自分は強い。こと戦闘に置いては絶対の自信だった。

 同行した一行を離れて、あたしは単独で行動する事にした。
 ちょっとだけいい所を見せようとした。あの一団は別にあたしにとって何というわけではなかったが、えばったエルフとかお姫様とか黒いシキガミとか居る変な組み合わせ。
 森の中で数度そいつらの戦いを見てその強さには驚かされた。まるで――金色の鎧を見ているような錯覚。自分にとっての最高の人。その背中に似ていた。
 当初余り興味は無かったこの一団にとても興味がわいた。
 あのクソエルフはむかつくけれど。アリーは美人で優しいし、ウィンドは何を考えてるのかわんないけど面白いし。
 強いけどそれが当たり前のような空気で、でも皆全く気取らないし戦っている間も酷く楽しい。

 そんな中でアリーやウィンドはあたしを“強い”と褒めてくれた。
 最近はトラ様や皆に口の悪さのブーイングしか受けていなかったのでとても気分が良かったんだと思う。
 だからこの件はさっさと終わらせようと思った。祝杯でもやって皆で騒げばもっと楽しい。

 罠は怖くは無かった。誰が何人来ようとあたしに勝てるわけが無い。
 一人先行するあたしは満ち溢れる慢心が一番の敵だと言う事に気付いては居なかった。

「ん? 誰だあんた」
 罠は思ったより少なかった。だからかもしれない。程度の低い輩なのだとその盗賊を見た。
 言われていた洞窟であろう場所に人が二人ほど立っている。

「アタシ? 通りすがりの竜士団員よ。
 盗賊でしょアンタ達、大人しくしてたら命を取るまでは勘弁してあげる」
 アウフェロクロスを構えて、切っ先を向けた。
 格好は一般と相違無いといえばそうだが、ジャラジャラとしたアクセサリの多さから賊らしいと認識した。
 一人は男性。線が細く薄っぺらそうな奴でこちらをみてヘラヘラと気味悪く笑っていた。もう一人は何も喋っては無いベージュ色のローブに身を包んだ女性だ。暗くてあまり顔は見えないが出で立ちからそうなのだろうと思った。
 その女性は少しだけこちらを見て彼と目を合わせた。
「わお、竜人様だって。どうしましょロード様?」
「捕まえておきなさい」
 そう言って彼女はくるりと身を翻して洞窟の中へと向かった。
「了解ー」
 やれやれ、と男性がこちらを見た。
 その言葉をあたしは敵意とみなした。迷わず剣を振り上げ、アウフェロクロスの鎖が鳴る。

 それを思いっきり投げつけた。淀みなく真っ直ぐにアウフェロクロスはその男性へと飛んでいく――!

 ズンッッ! ゴッ!!

 相手の身体を貫き、岩肌へと叩き付けた。

「がっは、っ!」
 ゴポッと夥しい量の血を吐いてがくり、と頭を下げる。

「――……あれ、あっけな……」

 拍子抜けだ。と少し唖然とした。
 前後にも人が居るような気配じゃない。先程の軽さで会話しておいてこの結果は少しかわいそうにも思えた。
 まぁ、賊に同情しても仕方が無い。
 あたしはアウフェロクロスを引いて洞窟の中へと向かう事にした。

 自分の倍ぐらいの高さの有る大きな空間で奥には無数の気配を感じた。
 洞窟の中はランプで明かりが灯されていてそこそこ見える状態で自分のランプを出す必要は無さそうだと歩みを進めようとした。

「あんた馬鹿だな。ちゃんと死んだ事を確認しないと」

 パンッ! と手を叩く音が響いた。
 ブワッと入り口全体が青白い光を見せて、術陣が
「アウフェロクロス――!」
 素早く振り返って、腕を振った。
 重さを感じる事が出来ず、スカッと右腕が空を切った。
「えっ!?」
 アウフェロクロスが具現化しない――!?
 ザッと入り口から飛びのくが、飛ぶ力もいつもより全然無いというか――ただの“人間並”!?
 竜神加護を受けると身体能力の向上が起き、戦うに於いて圧倒的に力を得る。
 焦った。何が起きたのか良く分からない。

「捕まえろ!」

 その声と同時に何時の間にか後ろに居た誰かに手を取られ、グッと地面へと押し付けられた。
「ぎゃふ!」
 腕を後ろに捻られ、思いっきり背中を押し付けられた。少し暴れればいつもはそんなヤツラ投げ飛ばせるのだが、全く力が出ない。

 なんで――!?

「っ! 放せ!! このっ」

 ガチャリ、と手に鉄の錠がはめられた。
 洞窟に光っているものと同じ色の光が有る鉄の手錠で鎖に繋がれているのが分かった。全力の抵抗をしたが呆気ないほど簡単に両手をかけられた。
 ガチャガチャと鎖を鳴らすが、全く取れない。何コレ手錠の鎖ぐらいいつもなら壊せるのに。

「あっはっは! ショック!?
 ザマァ無いねぇ竜人!」
 パンパンと手を叩いて、さっき殺したはずのそいつが洞窟の入り口に立っていた。
 服に傷は有るが、体に全く先程の傷が見当たらない。
「っ煩い!! 放せこのクソ最低野郎共!!」
 態度に頭にきて全力で罵声を投げつける。洞窟に響いて酷く煩い。
「ぷっ! こいつ……自分の立場分かって無いな」
「お嬢さんお嬢さん、口には気をつけたほうがいいぜ。
 どう考えてもあんた――」
 その余裕の笑みが酷くむかつく。だからソイツに喋らせたくなかった。
「うっさいカス野郎共!
 盗賊なんざすぐに竜士団が壊滅させるんだから大人しくしてりゃいいのよ!!
 女と見たらすぐに捕まえて売るような最低のクズ共のくせに!」

 ザリザリと足音が聞こえて自分の前で止まった。だからもっと腹が立って、更に言葉を吐き出そうとしたが――、ふっと目の前から片足が消えた。

「煩い」

 ズガッ!!
 思い切り踏みつけられた。

「ヅッ!?」
 喋っていたら舌を思い切り噛んでいただろう。
 男は続ける。

 ガッ!

「あんた、何勘違いしてんのか知りゃしねぇけどよ」

 ガッ!

「別に俺等あんた捕まえて」

 ガッ!

「嬉しくもなんとも無いね!」

 ガゴッ!!
 一歩助走を取って思い切り蹴りが顔を抜ける。
「アッ……!?」

「大人しく死んでほしいんだけどさ」

 ガゴッ!! もう一度、真っ直ぐに蹴りこまれた蹴りが左目のうえに直撃する。ドロッと暖かいものが溢れた。
「っぐっ……!」

「ロード様が許してくれねーのよ」

 そいつはアタシを立たせると、襟元の後ろ側と掴んでもう一人に向けた。
 左目は血で塞がって見えなかったが、もう一人がぐっと拳を握るのが見えた。

 ドスッ! と鳩尾に重い拳が入って息が止まる。
「――……ッ!」

「だからちゃんと命だけは助けてやるよ。竜人だから念入りに痛めつけるけど」

 ゴッガッガッガヅッガッガッ!
 女相手にそこまでするだろうか。右に左に大振りの一撃をもらって視界が揺れる。
 蹴り上げたがその足が取られて抵抗の手段を失った。

「まぁどうせ死ぬんだろうけどな」

 ドシャッと壁に向かって投げ捨てられるように蹴り出されて、無様に倒れた。
 力が入らない。何とか息が出来るようになって、ゲホゲホと咳き込んでいたところに更に二人から全力の蹴りを食らう。
 体中が痛い。リンチという形で手負いになったのは初めてだ。斬られるでもないその痛さ。
 ボタボタと涙が出てきた。血に混ざって分かりはしないだろうが、情けない。
 こんなヤツラ程度にいいようにされてしまっている。
 本当に心の底から、悔しい、と言う念をどう噛み砕けばいいか分からずに歯を食いしばっていた。

「あーあヤダヤダ。リスクが高いよこんなの。
 竜士団なんて来ちゃったし、運が悪い。
 そろそろここも移動しないと」

 視界がかすんできた頃、そいつらはピタリと蹴る事をやめて薄笑いの奴がそう喋っていた。

「……ロード様に早くしてもらうように頼まなきゃ。
 ソイツ、もうあの部屋に連れてって。そろそろ始まるでしょ。
 一緒でいいよ。そんで逃げよう。厄介なのが来る前にさ――」

 ペラペラと喋る嫌なやつだ。本当に。あのクソエルフみたいで本当に腹が立つ。
 そんな事を考えているうちに、意識がふっと飛んだらしい。



 ペタペタと冷たい感触が顔を這う。丁度いい、顔は妙に熱を持っていて熱い。
 どうやら顔を拭いてくれているらしいと気付いて、目を開けた。
 薄暗い荒削りの天井が見えた。洞窟の中に引きずりこまれたらしい。

「ん……」
「あ……気付きました? 酷い傷ですが……、大丈夫ですか……?」

 ハンカチを上げて心配そうな目があたしを覗き込んだ。安堵したようにふっと彼女は優しく微笑んだ。
 ブロンドの髪が目についた。薄暗くて少し分かりづらいが、ブルーの目と目が合った。

「あ……、いっ」
 喋ろうとしたら痛かった。口の中を切っていたのだろう。
 口の中には鉄の味が広がっていて、顔中は腫れている。過去最低の自分だ。自己嫌悪で泣きそうになったが知らない人間の前で泣けるような自分じゃない。
 大丈夫ですか、とまたハンカチで顔を拭いてくれた。白いハンカチは血の赤黒い色で汚れていた。
「……ありがと」
「いえ……私にはコレぐらいしかできませんが……」
 表情を曇らせてその人はまたハンカチを水につける。
 あたしはそこを起き上がって薄暗い部屋を見回した。

 部屋だ。あたしが感じた感じた最初の感想がそれである。天井や壁は丁寧に切り出されていて、床には絨毯が敷かれていた。何かの儀式に使うような台座のような場所であたしは寝ていたようで傍らに居る女の子が看病してくれていたようだ。
 恐らく、アリー達の言っていた攫われた女の子だろうと思った。
「……けほっ、ねぇ、アンタが商人の娘しゃん?」
「え、あ……はい。私はセーサと言います。あなたは……?」
「シルふぃ――えふん! シルヴィアよっ」
 ダメだ、呂律が回らない。醜態の上にに間抜けを晒して酷く恥ずかしい。
 じゃら、と背中で鎖が鳴る。この手枷変だ……。全く力がわかない。ガシャガシャと鳴らして、外れない事を確認するとゴキッと音を鳴らして左肩を外した。
「えっ!? うわ、だ、大丈夫ですか!?」
「平気よ。よいしょっ」
 ぐるっと頭の上を通して、また同じような音を立てて肩にはめ込む。ふぅ……せめてこうじゃないと戦えない。
 グッと手を握って感触を確認すると、溜められていた水をひと掬いもらうことにした。せめて嗽をしないと気持ちが悪い。
「……ぺっ」
 水を口に含んで少しはなれてから吐き出すと、真っ赤な血を吐いたみたいな色をしていた。
「……最悪……」
 酷い。顔を殴られた事とか、そんなのはどうでもよかった。
 合わせる顔が無い。傷だらけでも、勝ってれば何とでも言えた。あたしは惨敗。顔も無残だ。あの人たちにも竜士団でも何て言われるか。

「此処は、あのアジトの奥?」
「……多分、ですけど」
 セーサという彼女は恐る恐るそう言った。気が立っているあたしはイライラとその広い空間をみて、扉の方を見た。
「……逃げるよ」
「で、でも、外には見張りの人も……」
「何人ぐらいいるの?」
「わかりません……私は10人ぐらいの人を見たことがありますが、もっと居るような気はします……」
「そう。そんなに多くないならいいわ」
 あたしはスタスタと入り口へと歩き出す。
「そ、そんな、無茶です! そんな傷だらけなのに……!」
「……こんなの掠り傷よ!」
 制止の言葉を振り切ってあたしは入り口へと向かう。

 こちらの動きに気付いた見張りが部屋へと入ってきた。手には剣がひとつ。
 愚直に振り下ろされた剣を鎖で受けて、思い切り顎を蹴り上げる。ふらり、と相手がふらついた隙を見て剣を絡め取った。
 簡素な両手剣を持って構えると、相手は腰からナイフを一つ抜き取った。構わずこちらから踏み込んで、両手剣を振る。
 力任せに振りぬく剣がいつもより重い。切り替えしの速度があまりにも無くて、一歩相手の侵入を許す。ビュッと振り抜けたナイフが二の腕を裂いた。
 ぐるんと身体を回転させてもう一度顔面に蹴りをくれてやり、相手がふらついた。その瞬間を逃さずその剣を心臓につき立てる。

「……ッ!」
 ゴポッと血を吐いてソイツは倒れた。あたしは剣の血払いをして振り返る。
「いくよ」
 唖然とこちらを見ていたセーサがハッと我に返って目を白黒させる。
「あ、あの、強いんですね、なんで――」
 捕まったのか、を聞きたいのだろうか、それを言いたくは無かったのであたしは血を痰と一緒に吐き捨てて誤魔化した。
「……別に。ちょっと油断しただけよ」
「――あ、危ないッ!!」

 ドス――ッ!

 振り返って脇腹に、冷たい感触が入り込んでいた。それはすぐに熱に変わって傷を痛いと認識させた。

「ア゛ア゛ア゛ッ!!」

 痛い――!

 すぐにソイツから離れたが距離はそんなに取れず、そのまま傷口に向かって蹴りを入れられる。傷が広がる肉を裂く痛み。ドクドクとあふれ出る血。

「イ、イヤアアアアアアアア!!」

 セーサが叫んだ。
 そして倒れたあたしを庇ってあたしの前に座る。
「やめてください! この人が死んでしまいます!」
「アァ――? るせーな。どけ!」
「キャァッ! お、お願いですっ!
 私、何でもしますからっ!」
「――ふぅん、何でも、ねぇ?」
 言いながらその子へと近寄って品定めをするように全身を見た。
 その卑下た笑みが気持ち悪かった。生理的に無理だ。
「……っ……はい……」
 彼女が泣きながら頷く。歳的にはあたしと同じぐらいだろうか。
 怒りが身体に満ちてきた。そいつにも、あたしにも。

「……の、下種野郎……! その汚い手を放しなさい……!」
 咳き込むと血が溢れた。余り長く戦っていられそうも無い。
 さっきもそうだ。こいつら、殺したと思ったら生きている。オカシイ――。
「なんだ、まだ立つのか」
「ら、乱暴はやめてください!」
「……じゃぁ、話し合いと行こうか?」
「あたしはそんな気はさらさら無いね――!」
 ぶんっ! と剣を振ったがそれは軽く避けられた。

「まぁ聞けや。俺等はナァ――死なねぇんだよ。
 だからお前がやってる事全部無駄なんだわ」

「――……嘘でしょ……そんなことあるわけ……!」
「さっき剣で俺のここ潰したろうが。ほら。なんとも無いぜもう」
「嘘……!」
「見てみろよ」
 そう言って男は自分の手首を切った。
 ドロドロと血が溢れて行ったが――有るところでズルズルと逆流をするように身体に戻っていく。
 そしてその手首の傷は全く跡形もなく完治して、そいつは勝気な顔でヒラヒラとその手を振る。
「な? 言っておくが俺だけじゃない。此処に居る全員だ。
 そんなのを相手にしながら、行くんだぜ?」

「……煩い! それが、何!?」

 ギッと強く、剣を握った。
 不可能は、認めない。

 全部蹴散らして行けばいい――!

「わかんねぇ奴だな!!」


 浅はかなあたしは―――ただ、剣を構えた。

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