始まりを旅する未熟者達4
十人ぐらいまでを数えた。
それ以上は覚えていない。何十回も何百回も殺した。殺しても殺しても生き返る悪魔のような奴ら。
首が転げても、笑って終わる。そんな馬鹿げた光景。それで全部かと思えば、入り口にはこちらを笑ってみる奴らもまだまだ居た。
全身が真っ赤に染まって本当に、死ぬ寸前。
動けない。情けない。
依頼も果たせないような無様を笑われるぐらいなら死んで仕舞えばいいんじゃないのかと思った。
自分にそれ以外の価値は存在しない。あたしが生きてて良い意味は強い事だ。それ以外無い。
涙を零しながら、彼女が再びあたしを看病してくれた。
どうして、と声を絞り出した。
彼女はあわてて、無理をしなくてもいいです、と言ってから言葉を続けた。
「貴女は……私を助けようとしてくれました。
……それに傷ついてる女の子じゃないですか……。
昔、お父さんやお母さんに人には優しく笑顔で接するんだって教わりました。
大切なんですよ。友達を作るにも商売をするのにも、大事な事なんだって」
ちょっとだけ懐かしいそうにそう言って笑う。
「おい!」
「……」
後ろからあの男達の声がした。
泣きそうな顔になって、彼女は決意したように立ち上がる。
「……だ、め……」
あたしはその服の裾を何とか掴んだ。腕が折れていて痛い。力も余り入らないけれど――。
「……、有り難う御座います。でも、もう十分です。ゆっくり休んでいてください」
彼女はあたしに安堵させるように笑みを見せた。何でも無いと言う風に笑う。
するっと、服は手を簡単に抜けて行った。
まって、よ。
あたしって、こんな弱かったの?
あの子にすら、あたしは勝てていない。
「あ……づぅ……!」
痛い。もう、手も、足も。動かない。
誰か助けて。彼女を。あたしはいいから、死んでも良い。だからたった一つだけお願い。
「あああぁ……!」
去っていくその子に手を伸ばす。届かない。
助けてトラ様。
ねぇ、誰でもいいから。
ウィンドでも、アリーでも、もう、クソエルフでもいいから。
ボタボタ落ちる涙。
「……だれ……がっ……!
だずげで……!!」
情けない声。
姿も酷い。
その姿は、遠くに消えたて尚――せめて彼女を助けてと。
「ギャアアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛イ゛!! イデェェェ!! ア゛ア゛ア゛!!」
奇声が聞こえて、バタバタとそいつらが倒れて行った。
しばらく悶えると、泡を吹いて動かなくなる。
ビクビクと痙攣していて生きているのだろうが――酷く苦痛を伴っているようだった。
「ザマァねぇな」
カツカツと靴が鳴る音が聞こえた。それと、最も嫌なクソエルフの声。
「よう、ちょっとは反省したか?」
軽快な爽やかさを含むウィンドの声。
「ああっ! 酷い傷ですっすぐに治療しますっ」
そしてアリーのちょっと高い暖かな声。
願いが、届いたのだろう。
あたしの前に現れたのは、あたしの置いていってしまった人たち。
皆に傷は見えない。何かをやっているのはきっとキラキラと腕を光らせているクソエルフなんだろう。
一緒に来ていればなんて事は無かったんだ。怪我して損した。あたしばっかり情けなくて泣けてくる。
「……っ……あ゛、あだしは、いいから……!」
起き上がろうとしたらウィンドに肩を押さえられてまた寝転んだ。
「良くないだろ! 何言ってんだ馬鹿!」
「そうですっ貴女は私達の仲間なのですから。ちゃんと治療しますよ」
ぺたり、と暖かい手があたしの顔に触れた。血が付くから汚いよ、と言おうと思ったけれど喋ることが困難である。
「オレは先に行くからな」
少し離れたところから二人へそう声がかけられた。
「ああ、悪い。頼む。まかせっきりだな今回は」
「はは。気にするな。今回は取り分多目に貰うしな。
しっかり治療されて反省しろよバカドラゴン」
カラカラとウインドと軽い雑談をして、こちらへ投げかけた。
「……うるっさっ……!」
少し怒りの力で喋れた。そいつはそれをみて少し安堵したように溜息を付いて笑った。
「ははは。結構元気で安心した!
じゃ――きっちり仕返ししてくるぜ」
本当に最悪だ。最悪のパターンだ。
「……っ! ……ヴァン……ツェ……!!」
クソエルフを頼らないといけないだなんて。
こんなやつに借りを作ってしまうだなんて。
「ん?」
そいつはその端正な顔をこちらに向けて涼しげに首を傾げた。
「あの……子……! 居る……がら……! おねが……っ!」
セーサは、あたしを助けようとしてくれて、こうなってしまった。あたしのせいだ。
酷い目にあう前に助けてほしい。
「……ああ」
それだけ。もっとむかつく事を言うのだと思っていた。
彼はそんな事を言わずにただ真剣に頷いて靴音を遠ざけていった。
それからアリーの治療を受けた。
不思議な事に触れられているところからジワジワと治っていく。
「――、思ったより早く治りそうです」
暖かい彼女の手は気持ちが良いがくすぐったい。
その手が喉元を通り過ぎて、何となくのどがイガイガしたので咳き込んだ。
「――あ、あーーー……ん゛っうんっ!
あ、すご――なんか、平気……」
「顔と喉だけです。次に酷い脇腹や腕はまだ掛かりそうです」
アリーが手を当てているのは右の脇腹。深く刺されてこの傷のせいで酷い出血をした。血が足りないのは明白で頭は少しボーっとしている。
多分ソレもあるがこの人たちが来て自分が少し安堵してしまっているからだろう。
それは許されない事なのに。
「アリーなんでそんな事が出来るの?」
「コレは医療技術です。マグナスに行けば普通の事です」
「すご、そんな進んでるんだマグナスって」
「そうですね。法術の医療研究は一番早い国だったと聞いています。
今では世界一の医療の国ですから……私が使えるのは旅に出る為にこっそり学んだからなのですが。本当に使えてよかったです」
そのセリフに空笑いする。アリーが使えなかったあたしは本当にやばかっただろう。
きっとこの人たちはあたしをおいて盗賊片付けるとかやってくれないだろう。
同じように助けようとしてくれる。
しばらくして傷は塞がった。中身はまだ治ってないので継続的に治療をしないといけないらしい。それでも動くには十分だった。
ウィンドがそこら辺の奴から取ってきた鍵をガチャガチャとはめ込んでアタシの手枷が外れた。
どうやら入り口付近にはマナの流れを止める術式が描かれていて、そこに踏み込んだ為アウフェロクロスも加護も無効になっていたらしい。
ウィンドにはそれが関係なかったらしくしばらくそいつらを殴り飛ばして進んできたそうだ。
死なない奴らではあったが、体の良いサンドバッグだったとソイツは笑っていた。何度立ち上がっても敵わない奴が立っている。それは相手にとってどれだけ恐怖だっただろう。
あたしが殺しても生き返ってくるあいつらに絶望したようにあいつらも何度殺されても殺され続ける恐怖を味わったのだろうか。死に慣れているようだったけど、実力差ぐらい理解できただろう。
「まぁ一番怖いのはおれじゃねぇよ。ヴァンだヴァン。アイツ鬼だ」
「なんで?」
「オブト・ラオ・ピオン、だっけ?
なんかすげーよあれ」
そう言って入り口で泡を吹いている奴らを指差す。時折呻いてはまた痙攣をする。死んでは居ないが酷い状態だ。
ウィンドは少し訝しい顔をして首を振る。
「神経毒を打ち込む術式だってさ。
あいつら死んだ方がマシだぜ……何回生き返っても毒で死ぬ」
「……アイツらしいというか……最悪ね……性悪全開よね……」
死んだ方がマシな選択肢。自分もさっきまでそうだった為いい気味だともいえる。だがだからこそ同情の余地もあった。
「まぁ今回ばかりはなぁ。流石に無限サンドバッグを打ち続けるのにも限度が有るしな」
ウィンドも拳を振るってばかりでは流石に限界が来るのだろう。ソレは良く分かった。
「よく言います……貴方が無理矢理気絶させたのでしょう」
はぁ、と彼女が溜息を吐いた。
気絶……そうか、確かに気を失わせれば傷の回復云々は関係が無い。
あたしは馬鹿だ。頭に血が上りすぎてそんな事にも気づけなかった。
「その四分の一はアリーが空気抜いたやつだろ」
言われてアリーがふっとウィンドから目を離して遠くを見る。
「……さぁ行きましょう!」
結構まずいことをしたらしい。
この二人もやっぱり強い。
「――あたし……」
弱い。
この人たちに対してのアタシはこんなにも小さい。
「弱くて、助けらんなかった……っ!
逆に……庇われた……! 助けられたのあたしは……!!
あの子に……!
……助けてって言って貰えもしなかった……!」
あたしじゃ救えなかった。
「……っごめん……なさい……!」
ボロボロ涙が出る。怪我は治ったけど涙腺は治ってない。
ぎゅう、とアリーに抱きこまれて、柔らかい感触の中で涙が止まらない。
「はい。許します。貴女が先走ってしまった事も、貴女の手であの子を助けられなかった事も」
「……っ!」
「こんな事になった事は無かったのでしょう。
強かった貴女ですから挫けてしまったのでしょう。
――そんな貴女の声を聞きました。普通の女の子の願いです。
私達は、貴女の仲間です。
助けます。
――助けに、行きましょう」
アリーの声は最初から最後まで優しくて。
涙が止まらない。
声を押し殺して泣くのだけれど、嗚咽が止まらなくてギュウと、アリーに強くしがみつく。
悔しいと、その涙は、全部彼女に預ける事にした。
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