始まりを旅する未熟者達5


 暴走したバカ竜人を追って洞窟へと入った。アイツが来たにしては静か過ぎ、しかも見張り番まで平然と立っていた。
 隠密行動をするような性格じゃない。イコール、捕まった。この式で十分だ。あのドアホウめ……。

 実力的に心配だったかと問われれば少なくともそこは心配していなかった。力を持ってるだけでなんとかなる事は多い。理不尽な話だが世界に優遇された竜人であるなら、誰かを駆逐するに於いて容易い。
 ただ今回……いや今回が初めてではないこの誘拐事件はきな臭い。
 その一団は自警団による散策でも見つからなかった。相当隠れ慣れているらしいとその話を聞いたときに思った。大人数で隠れるならそれなりに大きな場所を確保しなくてはいけないし、もし自警団散策者に手を出そうものなら、それだけで位置はばれてしまう。朝円形に捜索網を放って夕方集めて帰ってこなかった奴の方角は怪しい。隠れ過ごす事は容易ではない。その一団に頭のキレる奴が居ると見てもいいだろう。
 隠れる為の法術は色々と有る術の中でそういった術を学ぼうとする人間は少ない。エルフにだって殆ど居ないのだ。その時点で並みの術士ではない。自然エネルギー系統の術に比べて余りにもメリットが無い。好んで使うのはよっぽどの術士や魔女を名乗る者かぐらいだ。
 相手は術士か何かかと思い、マナの流れを感じ取るものを書いた。
 より肉体のマナ量の多い奴ほど濃い線となって紙の上に線が出る。ウィンドが面白そうに見ていたが自分が一番濃い色で出ていた事には気付いていないだろう。一番薄かったのはシルヴィアだ。マナ量が少ないと言う事は術に対する抵抗も少ない。ソレを補う為に身体能力に特化した戦闘スタイルで暴れているのだ。
 戦いに置いては天才だろう。直感と反射での戦闘は、剣士として最も優れている。遠慮なく全力で挑むスタイルは怯んだ全てを飲み込む。

 だから、“逃げ続ける術士”とは物凄く相性が悪い。

 油断を誘い不意を突く。あいつを黙らせる手段なんて喧嘩をしていると幾つも見つけられる。
 罠に弱い。
 情に弱い。
 混乱に弱い。
 卑怯に弱い。

 心配はしていない。死んだとてクラハにアイツは弱かったと言うだけだが。ただ誘った手前死んでいたら迷惑だと思っただけ。

 昔オレを解放する前、クラハは言った。
 あいつは未熟者だと。

 それは――形の定まらない自分にも響いた。
 その上で、オレの事をあいつと似ていると言った。
 世界を歩いて変われる事を知ったオレをアイツでもそうなのかと思って手を伸ばしてみた。
 後の事は知ったことか。
 ただ初っ端で居なくなってしまうのは詰まらない。
 ウィンドやアリーの本領が発揮される前に終わってしまっては楽しくない。
 ただそれだけ。それだけの為に少し急いで助けてみようかという気になった。




 どうもこの洞窟は気味が悪い。
 死なない人間。ソレが何故かは道中に居た一人に吐かせたが、そんな事があっていいのかと耳を疑った。
 もしかしたらとても厄介な事かもしれない。
 自分ひとりで進めることになってよかったと半ば安堵して足早に進んでいくことにした。


「……やぁ、こんにちは。どちら様でしたか?」

 目が合ったのは線の細い、黄色い髪に赤いメッシュを入れた特徴の有る男性。銀色のネックレスやチェーンがずらずらぶら下がっていて盗賊らしい盗賊だ、と思った。
 ふぅっと息を吐いて左手を上げる。
「――」

 パキキッ――!

 ほぼ無詠唱、一瞬にして氷の刃が出現し、目の前に居る男の腹を貫いた。
 その一貫した姿を見て尚ヴァンツェ・クライオンは眉一つ動かさずソレを見ていた。まぁ当然そうなのだろうな、とは思っていたからである。

「――は、……!
 あんた、相当な礼儀知らずだな……!」
 パンッ、と盗賊の男は氷を叩くとパラパラとガラスのように消える。ソレと同時にすぐに体の再生が始まってズルズルと肉体が治っていく。
 そしてたった数秒で何事も無かったような顔をしてそこに立った。
「残念だが盗賊にくれてやる礼儀は無いな」
 この大人数の盗賊団を纏める奴が弱いハズが無いとは思っていた。入り口のマナ流動の禁止の術陣も見事なものだった。ただ複雑ゆえに洞窟全体にアレを書いておく事はできなかったのだろうが普通ならそれで事無くこのアジトは守れてしまうだろう。
「……。此処まで来れたって事は、アンタあいつらを倒したのか? どうやって?」
「御喋り過ぎると、お前も死ぬぞ」
「死ぬ? オカシイなぁ僕達は死なないようになったはずなんだけど」
「そうでもないな。
 選べよ。死ぬか、商人の娘さんを引き渡すか」
「まぁそう躍起になるなよ。それよりアンタの仲間さんが最初に入ってこなかったかい?」
「アレはもう助けた。暴れ出す前に事を片付けたいからな。
 とっとと攫った子を引き渡せ」
「……嫌だね」
「そうか」


 右手を上げて、両手を相手に翳した。
 神言語詠唱はほぼ言葉ではない、いい初めといい終わりは何時も同じ。何故自分が理解したかは定かではない。
 ただその能力に感謝以外の感情は無い。
 使い方を間違っているのかどうかは知らないが他と比類無き力となってくれている。是非に関しては後で覚えるとして、目先の正義に対して正しく働いてもらおうじゃないか。

 百列並列――
 王蠍の猛毒<オブト・ラオ・ピオン>!!

 紫色の細い線がキラキラと束ねられて一つ大きな槍のような形を持つ。先端のふくらみがまるでサソリの尾のような形状になる。
 猛烈な神経毒を凝縮して相手に突き刺す術だ。とはいえ本来は小指の先程度の大きさで血色のいい敵をしばらく痺れさせる程度のものである。
 それを――自分が最大限に使うと、こうなる。
 本来なら致死量とも言える神経毒。神経全部が丸ごと腫れあがり痛みは尋常じゃないだろう。まともな精神があって体が永遠に回復するのだとしてもすぐに心が壊れる。
 回復するこいつらにとって最悪の術選択では有るが、これが最も優れているであろうことはウィンドが何度も同じ奴を殴っているうちに気付いた。気絶させるというのも手間だ。壊せるなら壊してしまった方が早いだろう。残念だが、可哀想なんて事をを思う前に身体が動くように出来ている自分はすぐにその不死者壊しを実行した。

「残念だがアンタも壊れてもらう」

 躊躇はしない。いつもそうしているし自分の判断が間違っているとは思えない。

「ああ……それでみんなを倒してきたのか……アンタ凄いね。凄い術士だ。
 ウチの仲間にならないか。馬鹿な女は要らないが、賢い術士は歓迎だよ」
「やなこった。イカ臭い野郎ばっかりの盗賊団なんざお断りだ」

 ブンッと右腕を振りぬくと、勢い欲サソリの尻尾の光が弧を描いた。
 そして避けようともしないそいつの目の前に襲い掛かる。
 違和感はずっと感じている。だが動かなければ何が起きるかなど分かりもしない。
 その盗賊の男は紫色のサソリの尾を面白そうに鼻で笑った後、鎖を一度ジャラリと鳴らした。

「禁止領域展開<マナ・マイス・リデ・リジョン>!!!」

 設置術式か――!
 ふわと光がソイツの足元から伸び始め、部屋全体が淡い青の光を帯びサソリの尾を模した法術はピタリと空中で止まった。
 マナの流動を禁止する術式――!
 此処に置いてはもう、いかなる術式もアルマも発動しない。

 故に――。そいつは余裕の表情であった。
 そしてぞろぞろとソイツの背にしていた扉から武器を持った屈強な男達が現れる。
 肉弾戦に於いてこいつ等が負ける事は無い。
 何故なら死なないからだ。
 そういう戦い方をしてきたのだろう。

 さて、どうするか。

「ははは! 焦らないのか!」

 想定済みの事に焦る必要は無い。
 入り口がああだった以上、中に同じものが無いとは思えない。
「……一つ覚えておくといい」
 三節棍を取り出してソレをガチャリと長い棍に変える。杖と同じ術式ラインの作用のあるものだ。普通に武器としてもそれなりに扱える。長モノを扱うようにしたのはその有効範囲の優位を持っておきたいからだ。何にせよこちらの武器は本分ではない。
 武器を構えた所で数人の男達に囲まれる。

「――今まで聞いた“賢者の石”っていうのはどれもコレもロクなもんじゃない。
 お前達が持っている石がどういうものなのか興味も有るが、あっていいものでも無さそうだ」

 道中で吐かせたのは“賢者の石”を持っているという言葉だ。

「へぇ、だったらどうするのさ。アンタは袋の鼠だぜ?」
 男達の剣がカチリと鳴った。
 こちらも攻撃に備えて棍を構える。
「どうかな――」
 相手に来られる前に――。
 トン、と左の奴に対して飛び掛った。視線も何も飛ばしていない。故に不意を付いた。
 喉元に棍の先が突き立って苦しそうに呻いた。動き出した全員が剣を振り下ろすが倒れかけたそいつを体当たりで飛ばして道を確保する。開いた右手でナイフを一つ取り出し、倒れた男に突き立てた。

「ははは! そんなの無意味――」

「ガッ――! イダッ――!! ああああああああああああ!!!」

 絶叫に近い悲鳴が発せられた。
 悲痛な叫びがビリビリと部屋全部を反射して、さらに壮絶に聞こえた。
 数十秒、その叫びが続いて、徐々に弱ってくる。

「――あ……」

 そして、ソイツは最後に白眼を剥いて、血を含んだ泡を吹いて――痙攣だけの状態になった。
 酷く心が冷たい。こんな事をしても気分はやはり良くはならないが、誰かが見せしめにならないとこちらの言うことなど聞かないのだ。
 オレは立ち上がって、盗賊達を振り返った。
「法術が使えないなんて分かっていたからな。ここに事前に同じ術をかけた短剣がある。
 ……死なないから怖くないか?
 同じ目に会わせてやるから掛かって来いよ。

 死ぬより怖い恐怖ってやつを見ることになる」

 生き地獄だ。
 ソレを目の当たりにした盗賊は皆顔面を蒼白にして後ずさった。
 言葉は現実を前に刺さるように理解できたはずだ。
 一人が声を上げて逃げると、それを合図に盗賊が逃げ出す。そしてあっという間に金髪の男たった一人を残していなくなってしまった。
「……ちっ、後で追うのが面倒だな……いや……」
 ウィンドたちがこちらに向かっているはずだ。或いは同じように気絶させておいていてくれるかもしれない。
「……賢者の石が欲しいなら、仲間になればくれてやるが?」
 奥で未だにこちらを見下すソイツが言う。この惨状を気にも留めていないのだろうか。
「はぁ……オレは永遠の命だの若さだのに興味があってそれが欲しいんじゃない。

 興味が有るのは作り方と――壊し方だ」

 どうせ、製法はロクなモノじゃないだろう。
 何故若い女が攫われているのかなど、古来よりマトモな理由じゃない事は明白なのだ。

「まずは其処を退け」
「嫌だね」


 返事を聞いて直ぐに床を蹴る。
 アレを見て恐れないのはよほどキレた阿呆か勇気の有る愚か者のどちらかだ。
 棍棒がシュンッと風を切ってその男の頭を狙う。一歩ソレを軽く避けて、そいつが右手でエモノを抜いた。
 片手剣が胸元の空を切った剣を確認して一歩踏み込もうとしたが――そいつが不気味に笑っているのをみて一歩引く。すると頭上からもう一本の剣が振り下ろされ、前髪の先を掠めた。
 厄介だな、と思考してすぐに次の行動を始める。
 左右上下から振られる剣は殺傷能力の高い武器で手数が多いという利点があるが、長モノの棍であるこちらもその点はカバーできる。
 突きを主体に剣を弾いて両剣が右側へと振られた瞬間に短剣を持ち出す。
 コレ一撃が刺されば、多少の傷は負うつもりであった。
 思い切り振った右手のナイフがガキィ! と音を立てた。

「――ハッ! 残念!」

 嬉々とした声が響く。
 ドスッと相手の回し蹴りが思い切り刺さるように脇腹に入って体の右側から嫌な音が聞こえ、体が浮き上がる。
「……!」

 重い蹴りに軽く呼吸が止まる。鉄か何かが仕込まれているのか骨がいったかもしれない。
 ナイフは投げ出されて床へと転がる。追撃の攻撃を棍でなんとか弾いて、体制を整える。ズキリと右の脇腹が痛み表情が歪んだ。
 下から振り上げられた剣を棍で受けて、大振りに踏み込んで来た一発で腕を少し斬られる。
「はは! 不便だなぁ中々治らないって!」
 ――ジリ貧だ。相手もやはり馬鹿ではない。腕利きの剣士で戦い方を心得ている。
 ここで刺し違えて、などと考えてもこちらの不利を煽るだけだ。刺し違える覚悟をしてもこちらの一撃が届くとは限らない。
「ふっ!」
 相手の二撃を弾いて肩口に一撃を入れる。あまり攻撃を受ける事は意中に無いらしく強引にそこを軸に身体を回すと逆手に持たれた剣に襲われる。
 金属音が絶え間なくその部屋の空間に響き渡る。
 避けきれないものだけを受け、距離を取って打ち込む事を繰り返していたらいつの間にか背後は壁となっていた。
 じわじわと追い詰められて其処まで耐えたがここが限界のようである。
 両手を使って思い切り振り切った攻撃を避けられ、ザクッっと奴の右手の剣が肩を貫いた。左肩から鋭い痛みが走る。
「――っぐっ……!!」
 壁に釘付けにされ、身動きが取れなくなる。
 最後の一撃、とソイツはこちらの左手を振り上げた。
「終わりだ――!」
 狂気の笑みを浮かべてソイツは剣を閃かせる。
 後ろ手にもう一本のナイフを握って、歯を食いしばる。

 ダメだ、距離が足りない――!

 あいつなら、届いた。
 身体能力はバカドラゴンに及ばない。
 自分には足りないものだ。


「しっかりしなさい!! ヴァンツェ!!」


 声が響いて、ピタリと剣が止まった。
 一瞬の隙が出来た。
 迷わず、そいつの右腕を思い切り蹴り飛ばして壁から剣を引き抜いた。
「――しま、っ!?」
 勢い良く血が飛び出して服が赤く染まっていく。しかしそんなものには構わない。
 そして真っ直ぐソイツへと向かって、ナイフを突き立てた。


 アレが卑怯に弱いように、自分にも弱点が有る。

 それは最も純粋に弱い事。

 竜人や神子やシキガミのように、恵まれた生まれでは無い。
 圧倒的に足りない。
 特にこの法術を奪われた空間ではいち人間に相当する。
 用意周到、卑怯、はったり、全てを積み重ねて少しだけ立っていられた。それだけ。


 そして。
 たった一瞬でも手を貸してもらう仲間の強さも今は頼りない自分の為。
 いつかそいつらに返せるように。

「――よう。遅かったなシルヴィア」

 駆け寄ってきた三人を見上げて一人神妙な顔をしたそいつに笑いかけた。
 むずかゆそうな顔をして直ぐに不機嫌そうに顔を逸らした。

「……うっさい。クソエルフ」

 こいつにも。
 その意味が、分かるだろうか。
 ちょっと苦笑してアリーの治療を受ける事にした。

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