第177話『大根役者』

 剣を買いに武器商店に行ってみる事にした。でもその前に、俺は行きたい所があると提案した。
「行きたい場所って?」
「バラム爺さんのところ。ホラ、俺のこれも爺さん紹介の武器屋さんだろ?」
「確かに……わたしに合うお店のも紹介してくれるかな〜?」
 一番街の大通りから少し離れた筋の鑑定屋。年季の入った看板で、骨董品屋みたいな空気もあった。ヴァンと折り合いが悪いというのもあったけれどあの人自体はとてもいい人だった。久しぶりに会うし、色々話をしようと思いながら騒がしい大通りを歩く。街の人たちの視線が妙に痛かったけれど、やっぱりアレだ。この二人は目立ちすぎるんだよ。と思っていたところでアキが同じ事を言った。
「妙に見られますね」
 アキがキョロキョロと辺りを見る。今日は視線をいつもより多く感じる。
「そうでしょうか? いつも通りだと思いますよ」
「ファーナは視線になれてるからなぁ」
 大舞台で毎朝歌うわけだし。そうかなぁと首を傾げるアキをよそに、着きました、とファーナが言って俺達も視線を目の前の店にやった。

「……あれ……?」
「看板がありませんね……?」
 三人でその鑑定屋があった場所を見上げる。勘違いかとも思ったけれど両隣の家は見たことがあるし、入り口の屋根の柱に背を預けて待っていたヴァンが居た光景だってはっきりと思い出せる。
 俺達は誰か適当な人に聞いてみる為、向かいにあるアクセサリー屋に入ってみることにした。
「すいませーん」
「はいっいらっしゃいませ! どういったものをご所望でしょう?」
「ええと、ちょっと聞きたいんですけど向かいのバラム爺さんのお店ってどこかに移動になったの?」
 俺がそう聞くと店員さんは少し眉を顰めた。
「えっ……、もしかして、知らないんですか……?」
「少し長い旅に出てて、グラネダの街の事情があんまり分からないんだ。馴染みのお店だったからさ、気になって」
 俺が頭を掻きながら言うと、アクセサリーショップのお姉さんは少し言いづいらそうに視線を下げた。
「ええと……その。バラムさんのお店は、無くなりました」
『ええっ!?』
 全員で声を合わせて驚く。あのお店はどちらかと言うと繁盛しているように見えた。馴染みのお客さんも多く、沢山の冒険者の人たちからも頼りにされていた。
「何故……!?」
 ファーナが聞くと店員さんはプルプルと頭を振った。
「わ、分かりませんが、ある日突然、バラムさんに不幸があったらしくて……」
「な、亡くなられた、のですか……?」
「……はい。すみません、私には詳しい事はわからないです。ただその日は沢山お店に人が集まってて……お店の中は惨状だったとか……。
 その日も店番だったんですけど、わたしは怖くて見にいけなかったんです」
 店員さんは言いづらそうに俯く。
「なるほど……、すみません、嫌な事件を思い出させてしまったようで。最後に一つ、それがいつだったかを覚えていますか……?」
「確か黒竜事件の後、数日内の話です」
「……なるほど。ありがとう御座いました」
 ファーナがお礼を言うと、店員さんはいえ、と申し訳無さそうに笑って小さく礼をした。
 黒竜騒動後……。ファーナが臥せっていた時の話だろうか。確かにその当たりからはあまり城下に来ては居ないし――なにより、あの時は魔女が居た。無害な人間に対して通り魔のような事をしたと言う話は聞かないが、怪しい人間の筆頭ではある。
 ふぅ、と一息ついてファーナがチョットだけ店内を見回して、ある場所で動きを止めた。
 カウンターの横のショーケースまで歩み寄って、商品を見ていた。
「……これを一つ戴けますか?」
「あ、はい。畏まりました。ここで着けていかれますか?」
 店員さんがショーケースを鍵で手早く開けると、ポケットから布を取り出しそのアクセサリーを取り出す。
 ファーナはそれに頷いてアキを呼び寄せた。アキは首を傾げてファーナに近寄った。
「えっあ、はい?」
「手を」
「えっ? ああっそんなっいいよ気を使ってくれなくてもっ」
「いいえ。貴女を飾るものは必要だと思います。似たようなものでしかありませんが……」
 そういってファーナが店員から受け取ったブレスレットを見せる。銀のリングに鎖で赤いハートの宝石が繋がっていた。確かに似てはいる。あのハートがクロスのものだったら更に似ていただろう。赤い宝石が付いているを選んだのはきっとファーナだからだ。
「確かに。なんかあれに似てるし、似合うよ」
「わ。かわいい……。でもクロスよりもプリティーな感じですよこれ……」
 鎖の先で揺れるハートマーク銀の枠に収まった赤い宝石がキラキラと輝いている。
「プリティーでいいではありませんか。その赤も素敵ですし」
「赤押し激しいっ」
 今朝の続きな気がして少し笑える。
「そんな事はありませんよ。全くありません」

 結局ファーナの屈託の無い笑顔がダメ押しで購入する事になり、店員さんは俺に向いて勘定のお話を投げてきた。それを払うと、お店を出た所でアキが払いますからっとカバンを漁り始めたのでそれを止めた。これはまぁ昨日の罰ということだろうと割り切った。アキはこれから剣を買うのでこんな支出をしている場合じゃない。アレは恐ろしく高いし。アキは俺達に何度も頭を下げ、そのブレスレットを喜んでくれた。

「それにしてもバラム爺さんさぁ……」
「魔女ですね、恐らく」
 ファーナが店の方を見ながら、小さく言う。確かに時期も一緒であるしあの人自体天眼という特殊な力を持っていた。何らかのいざこざがあったに違いない。
「なんでそんな事したんだろ……」
「分かりませんけれど」
 あの事件後に出現したのならば、魔女の通り魔が起きた時期に丁度被る事になる。魔女が滞在していた事を考えれば、色々な事件が起きて居てもおかしくは無かった。かといって魔女も無闇に目立つような行動はしないようではあったけれど。
「でも別の事件かも知れませんよ?」
 アキが言うとファーナが少し唸って首を傾げる。
「可能性はありますが……わたくし達その方向で考えるには材料が少ないですね」

 キョロキョロと当たりを見回して更に情報を集めてみる事にした。
 俺達がバラム爺さんのことについて問うと殆どの人が訝しい顔をする。まぁ確かに余り褒めれるような行動じゃない。好奇心で聞いてきている若者というイメージなんだろう。
 しかしその行動も、ファーナが行うと結果が違った。皆恐れ多いと頭を下げ、彼女には正直に答えた。この国の象徴と、王様が言っていたのも分かる。朝の大勢の参拝も、ファーナの姿を見つけると皆とても嬉しそうに挨拶をして神殿へと向かっていた。それが信仰と言うべきか彼女が得ている信頼と言うべきかは分からないけれど。やはり彼女がやってきた小さな努力が得てきた物は大きな物なんだと思う。
 ファーナは話を聞き終えると深々とお辞儀をしてお礼を言った。勿体無いお言葉です、とその人たちも頭を下げた。

「やはり、魔女ですね……」
「白いフードの女性の出入りかぁ……」
 子供達の話ではその日に白いフードの女性が入って、大きな音がしてその人が出て何処かへ行った。そしてその後に入った人が発見したらしい。
 魔女は目立とうとしなければ目立たないし、俺にだって見分けがつかないぐらい普通の誰かに化ける事ができる。あの日の魔女がそうだったように、何かがあって此処に来て、何かがあって爺さんを手にかけたのだろう。それを探そうにも圧倒的に手がかりが足りない。あとは直接会って聞くしか無い。
 兎にも角にも手が出ない状況になったため、捜索はやめておいた。バラム爺さんには世話になったしせめて気持ちだけでも、と俺は家の前で手を合わせた。


 今は一先ず武器だ。あらかじめ紹介してくれていたのも縁だろう。俺達は二番街へ向かう事にした。その店はファーナが宝石剣を頼んだお店。オーダーメイドがメインなのであまり置いては無かったけれど、宝石剣を見る限り、かなりの腕前の職人とのコネクションがある。上手く行けばまた交渉してもらえるかもしれない。
 カラカラとお店の扉をあけると、頬杖を付いていた細身の店主が顔を上げてこちらを見た。
 二番街ストレイの店。実は俺は行くのは初めてだ。店の場所は知っているがファーナとシィルだけが店に行っていて、俺とヴァンは外で大人しく待っていただけだったからだ。
「いらっしゃ――、ああ、これはこれは。リージェ様。シルヴィア様。良くおいでくださいました。
 其方の方は初めましてですな。商人ストレイと申します。お見知りおきを」
「どうも、コウキ・イチガミっす」
 スッと軽く会釈をすると、商人の人は目を見張った。
「おお、シキガミのコウキ様でしたか! これは失礼致しました!」
「ううん。全然いいよ。俺は偉くないし」
「ははは、ご冗談を。竜士団と協力して、無益な戦争を止めたと噂、耳にしておりますよ。
 剣はお役に立ちましたか?」
 もうそんなに知れ渡ったのか、と思っているとガサガサと新聞を取り出してその一面を見せてくれた。写真は無いが大きな文字で『竜士団と黒髪の英雄』と大きな題字が載っていた。うぅーん……もしかして視線が痛かったのは俺のせいだったのか……。
「視線はコウキさんのせいでしたね」
「ち、違うよ! 竜士団の事だって書いてあるし!」
「私も載ってますねっ」
 というか、こんな事になってたのかと改めて驚く。
 新聞の一面飾った三人が街を練り歩いていれば確かに視線が集まるはずだ。
「ふふ。変装が必要なのはわたくしではなくてコウキでしたねっ」
 ファーナが妙に嬉しそうに言う。バンダナとか三角巾とかでも被っておくんだった。

 ひとしきり新聞の話が盛り上がり終わった所で、店主のストレイがにこやかに俺達に声をかけた。
「仲が宜しいのですな。あぁ、本日はどのようなご用件でしょうかな?」
 店主が柔和な笑みを見せた。商人としての笑顔の皺跡がしっかりと残る顔だ。この人は苦労してこの店を持ったに違いない。
「剣を見せていただきたいのです――。

 シルヴィア、どのような武器が?」

 何故か構わずさっとファーナがアキを振り返った。えっと目をぱちくりさせた後アキがわたわたと口調を変える。

「えっあ、えっ……おほん。えっとー、重さ的にはクレイモア系ぐらい? で、なんか投げても大丈夫でぇ、で、出来れば伸縮自在の鎖が付いてるとぉ、ベストかなー?」

 似てねぇぇ!
 娘さんの親真似はビックリするぐらい似てない。ちょっとファーナも苦笑いするほど似てなくてヒヤッとしたけれど、店主は顎下の髭を触りながらううん、と考え込んでいた。
「そうですな、伸縮自在の鎖が、と言うのはやはり難しいですな。
 サイズはお持ちの剣に合わせますかな?」
「ああっと……そ、そうねぇ、この剣より、重いほうがいい、わ」

 わざとらしいぃぃ!
 区切り方がたどたどしい。何故こんなやり取りで生唾を飲む感じなんだろう。別にアキでいいんじゃないかな、いいよね別に?
「あっはは。名工の人に頼めないかなぁ。アキっ釣り目似合って無いよ!」
「ええっいや、あうっ」
 一生懸命眉を顰めていたアキの眉間を突くとグッとそのまま押されて酷いじゃないですかっと言って、素の彼女に戻った。
「ふふ、実は彼女はシルヴィアではなくシルヴィアとトラヴクラハの娘、アキ・リーテライヌです」
 ファーナがじゃん、とさもドッキリ悪戯に成功したかのように彼女を紹介する。
「おおっと! 確かに少し雰囲気が違うと思いましたが……これは失礼を致しました。
 お母様とそっくりで美しくいらっしゃる。
 初めまして、と言うべきでしょうか、商人のストレイと申します。武器を多く扱わせて貰っています」
 図らずも容姿はまったく同じであるがゆえに、その悪戯は成功してしまったようだった。切り返しも大人らしく参りました、と笑ってアキに非礼を詫びた。
「いえ、ありがとう御座います」
 チョットだけ語尾に疑問があったがさっきまでの無理矢理なアウトローモードをやめて、いつものアキに戻る。なんかこう、空気がへにょんとなる感じがとてもアキらしくていいと思う。

 オーダーメイドも出来るが、店主の人に拠ればそれは最低でも三ヶ月。往復の移動の時間も含めてだが、長ければ順当に製作待ちとなって一年は掛かるらしい。名工の職人に伝があってもその速度だ。あの宝石剣はかなり集中して作ってくれたと言う事だろう。
 ひとまずそのまま色々と武器を試させて貰うことにした。触ってみてどのぐらい重い剣かなどの感覚も参考の基準にしたかったからだ。
「これ! これとかどう!?」
「コウキさん、それなんかジグザグしてて尖ってて使いづらそうじゃないですか……」
「ええ〜カッコイイのに……」
 俺が並べられた武器の中にしぶしぶとその武器を戻していくとファーナがニヤニヤとこちらを見て笑っているのに気付いた。
「ふふ、コウキ玩具を選ぶわけではないのですから。
 というわけでアキ、これなどどうでしょう」
「うん……その、赤いね〜」
「ええっそれがいいのではありませんかっ」
「それじゃコウキさんと理由が同じじゃないですか?」
「全然違いますっ」
 アキは剣を受け取ってすっとその剣を抜き放つ。両手用の長剣だろうか。刃も柄も長いく、騎士の用いるような剣に似ていた。右手で持った剣をそのまま一度振ってピタリと止める。うーん、と唸ってからクルッと大きく回して鞘に剣を収めた。アキは実は結構色んな武器が使える。腰につけているサブ武器もそうだが槍も習っていたみたいだし。だからどんな武器を使っても様になる。基礎があるというのは良い事だ。俺はかなり遠回りして剣を習っているんだと思う。
 剣を収めたアキはファーナを振り返ると、その剣を差し出した。
「長さはいいかも。でも軽すぎて何も斬れないよわたしじゃ」
 両手剣を片手で振って軽い……。竜神加護を貰っていれば、武器を持つときに多少の重量減少が働くらしい。アキを怪力たらしめる原因はそれだ。肉体的にも優れているんだけど、色々と複雑な力があるらしい。

 結局店内の剣で満足な物は見当たらなかった。その後他の店も回ったが、成果はイマイチだ。
 そもそもアキが求めている基準がまず異常な事。まぁ普通の剣も無くは無いらしい。だが大幅な戦術の変化を求めれる。それはゼロからのやり直し。
 それも、覚悟はしているようだけれど。

 再び二番街の店に戻ってきた俺達は、やはり名工との伝のあるストレイさんを頼る事にした。その事を言うと店主は少し困ったように名工のスケジュールがあと三年は空かない事を話してきた。

 何となくアキの見ているものが俺にも分かった様な気がしたけれど、それには気付かない振りをして、俺達は店を出た。


「へぇ、武器屋回ってきたのか。楽しそうだな」
 タケが飲み物を机に置いてふぅっと息をついた。
 夜は酒場だが昼は定食屋の三番街の店でタケと四法さんとジェレイドと待ち合わせていた。シェイルさんは来ないらしい。まぁ何となく予想は出来たけど。
 結構新しいお店で、色々綺麗なのもありこのお店は人で賑わっている。これだけ大きくて人が雑然としていればファーナもばれないだろうし一応一番奥に座ってもらってかつ俺やタケが隣という壁役も行っている。視線に対する防御は完璧だ。
 一応昼食を兼ねているので皆で頼んだランチをそれぞれ頬張り、大体片付いた所でタケが追加注文を行った。あっちの世界でも何処に行っても大盛を食う奴でその食欲は今も健在らしい。一食食い終えてからの「腹減った」発言はいつも戦慄が走る。
「いや、結局いいの無くてさぁ」
 全く持って俺の話ではないんだけど、アキにしても唸っているばかりだった。
「まぁ条件が条件だしな。そんなでかい剣なんざ置いてても誰も買いやしねーよ」
「えっそれ自虐?」
「これは預かったんですぅー」
 タケはカラカラ笑って頭の後ろで手を組んで姿勢を少し仰け反らせた。
 街は賑わっている。先日の騒ぎは嘘のように思えるほど活発だ。
「今日の収穫はアキが大根役者ってことしかって痛い痛い!」
 すかさずアキから爪を使ったツツキ攻撃が頬っぺたに刺さって悶えることになった。
「それ収穫じゃないですから! 忘れてくださいっファーナも笑わないっ」
「ふふっアキ、人には得手不得手がありますからっ気になさらずともいいのです」
「うぅっファーナがああ事言うからやったのにーっ」
 俺達をみてタケがお前等本当に仲良いよなーっと笑ってから机に肘を突いて先ほど頼んだ追加のパンをかじる。
「んもぁ、で、結局どうしたんだ?」
 そしてソイツはもぐもぐ食べながら俺に聞いてくる。
「頼んでもらう事にしたよ」
「時間が掛かるんじゃないのか?」
 タケがアキのほうを振り返って言う。
「ええ……そうなんですよねー」
 頷いて少しだけ視線を下に向ける。どうやらアキはあまり食事に手をつけていないようで、まだ殆どの物が残っていた。
「あれ、アキちゃん食べないの?」
 四法さんがアキを覗き込むとアキはチョット今食欲無くてと軽く笑ってスプーンを口元に当てて四法さんにこれ食べない?とオカズを勧めていた。

 空元気に振る舞う。
 彼女のやる良くない前兆なのは剣聖との決闘の時に既に分かっていた事だ。
 聞いたって何でもないって言うんだろうな。嘘だって言っても他の事ではぐらかされる。
 大根役者の癖に、強情だから――。

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