第178話『笑顔で別れを』


 月はかわらず大きく街を照らす。満天の星が綺麗で吐く息は少しだけ白くなった。夜は何処に行っても気温が下がる。ソードリアスなどは昼と夜の差が激しくて、夜はここより冷え込む。
 すっかり冷えた煉瓦の道を歩いて、昼に訪れたお店を訪ねた。店からは明かりが漏れており、閉店はしていたが少しだけ無理を言って相手をしてもらった。
「……ふぅ、すみません。夜分に押しかけてしまって」
「いいえ。貴女のような美しい方のお力添えになるのならお安い御用ですな」
 褒められるのが苦手で、少しギクシャクとした感じの顔で笑って御礼を言った。
 二番街ストレイのお店で、予約を頼もうかという話になっていたがわたしは紹介状だけを貰って、自分の足で赴く事にした。最後にもう一度だけありがとう御座いますとお礼を言ってストレイのお店を出た。
 グラネダの姫の推薦状、竜士団封書、ストレイさんの紹介状の三つの書物を持ってわたしはソードリアスの剣職人に会いに行く事にした。もちろん、剣を作ってもらう為。
 わたしは剣と技を失った。――思えばそれはわたしを支えていた全てであった。それらが無くては、わたしはあの二人に付いて行けない。
 足手纏いになってしまうのは許されない。あの二人には時間が無い。わたしを待つような時間は作ってはいけない。だから寂しいとは思ったけれどわたしは一人で此処を発つことになる。
 二人にこの事を言ってしまうと、水臭いなぁ手伝うよって、言うんだと思う。わたくしの友達ですからっ、と意気込んでくれるんだと思う。それはずるい事だ。わたしは断る方法なんて、知らないから。
 またこんな方法でしかわたしは二人を気遣う事なんて出来ないけれど、今日一日はちゃんと笑っていられたと思う。

 見上げれば大きな夜空だ。一人旅を始めるには絶好の天気である。夜に動くのは余りよくは無いのだけれど、この時間ぐらいしか、二人の目をかいくぐる方法なんて無い――。

「あーっ。居た居た。アキー何やってんだよぅ」

 お店を出て人通りが殆ど無い大通りに出る。殆どのお店は寝静まっていて、時折聞こえる酒場からの声ぐらいしか聞こえない。これから真夜中に向かってどんどん静かになっていく時間だった。
 黒髪は闇に溶けず、月明かりをキラキラと反射する。いつも通りに人懐っこい笑い方をする彼がそこに立っているのはとても意外だった。わたしは誰にも何も言わず寝るを装って準備をして神殿を出たのだ。明日まで誰にも気付かれないように変わり身に巻いた布団を仕込んで来たのに。

「えっこ、コウキさんっ?! なんでこんな所に居るんですかっもうこんな夜ですよ!?」
「へっへっへ。アキもまだまだって事だよ」
「うぅ、でも、わたし……っ」
 決めたのだ。今日、旅立とうと。今話しかけられると、決意が揺らいでしまう。
 二人にはついていけない。それはわたしが確実に足手纏いとなるからだ。あの二人の巻き起こす事件を解決するのにわたしが旅立ちより前より弱くなってしまったのでは何を手伝う事ができようか。それが一つ。
 それにわたしがわたしの道を行く上でコウキさんたちを巻き込んではいけない。それを、どうやって言葉にしよう。
「アキ」
 コウキさんに呼ばれて下にしていた視線をコウキさんの目に向ける。なんだか柔らかい笑みになっていてわたしに近づくと手をとって「こっち」と一言だけ言って大通り歩き出した。

 中央広場は城方面へ一つ大きな門があり大通りの終着点でそこから左右に伸びる道も一番街で一番大きな道になっている。煉瓦が円形に敷き詰められた公的な広場は沢山の人や行商で賑わうが夜は静かで何も無い。基本的に此処に物を置いたままにする事は許されないので夜は一段と広く感じるのだ。
 その広場を左に曲がる。その先には城下の神殿だ。神殿前にも昼は子供達で賑わう大きな広場がある。その大きな神殿前で数人の人影が見えた。
 その中心に居たファーナにはすぐに気付いて、やっぱり少し心がチクチクと痛んだ。これ以上わたしの旅立ちを辛くして欲しくは無いのに――。

「お待たせ! 見つけたよ!」
 コウキさんが手を振ってファーナに近づいていく。手を引かれるがままについてきたわたしは、そのままファーナの前へと行く事になった。
 そこに居たのは、ファーナとロザリア様、カルナディア様、そしてヴァース様とアルベントさん。ファーナはいいけど、後ろが凄い事になっている。
 ファーナはわたしを見てむっと口を尖らせた。
「やっぱりですか。アキ、黙って行こうとしてしまうなんて、酷いではありませんか」
「う、うぅ、だって……」
 言わずに出ようと思っていたのに――彼女にそういわれてしまってはわたしも言い訳のひとつでも喋っておかなくてはいけない。
「わたしは、二人の邪魔をしたいわけじゃないんです……。
 その、今は完全に足手纏いになっちゃいました。二人に付いていくと、迷惑しかかけられません。その、分かると思いますけど、わたしにはあの剣が必要なんです。どうしても。
 もう、あの剣に似たわたしの剣を作ってもらうしか無いんですけど、この用事に二人はどうしても連れて行けないんです。
 わたしは、ファーナに時間が無い事を知っちゃったから……」

 こんな時に何でこんな事になってしまったのか。わたしだって悔しい。

「二人の力になりたいんです、そのっ! 決して嫌いになったとかじゃないんです……!
 わたしに時間をなんて、言えない……!
 二人には進んでて欲しいんですっ
 ファーナは! 生きてくれなきゃダメなの!
 だからわたしも、早く元の――ううん。

 強くなって、帰って来るから!」

 笑顔で決意する。
 わたしが目の前で見てきた人がそうするように。
 ファーナはゆっくりと眼を閉じて頷くと、いつも見せる笑顔で頷いた。

「……はい。分かっています。
 わたくしも貴女の気持ちを汲みたく無い訳ではないです。
 でも寂しいので早く帰ってきてくださいね?」
「うんっもちろん」

「そしてその暁には第六隊に!」
「やめろカルナ! 今は本当にやめろ!」
 カルナディア様が言うとロザリア様が止める。その光景にヴァース様がため息をついて申し訳ない、と小さく言ってファーナがクスクスと笑いながら頭を振った。
「ふふ。構いません。
 さて――名残惜しいですけれど、わたくしとて、アキの道を邪魔するつもりはありませんから。
 ちょっとだけ手を貸してください」
 そう言ってファーナが今日買ったブレスレットのついた方の手を取ってギュッと握った。ファーナの手触りのいい手袋から暖かい体温を感じる。ほんの少ししてフワッと赤い暖かい光がブレスレットに宿った。それは大きな薄い光から赤い光に変わってブレスレットの宝石へと収まってフッと消える。

「――アキの道中が神のご加護と共に在らん事を。小さな証ですがわたくし達が共にありましょう。
 腕輪に簡単な加護を与えただけですけれど、今できるのはこれぐらいです……。
 どうかご無事で。勝手に居なくなってしまうのはずるいですよ」

 少し潤んだ瞳でそういった。ファーナだってずるいとも思ったけれど、涙が抑えきれなくなってポロポロと溢れてくる。
「ありがとう……! ごめんね、ファーナ……!」

 彼女が優しいから嬉しくて涙が出る。いっぱい言いたい事は有るような気がするけど何も言葉にならない。別れの言葉は、今言うべきではないような気がするし。

「カリウスさーん!」
「ジャハハッ! あいシキガミ殿! 準備はよろしいですかな!?」
 コウキさんが少しはなれた場所で声を上げた。皆そちらを振り返ると大きな空色の術陣が見える。
「あ、あれって……」
「はい。ジャンピングスターです。貴女の旅立ちに特別に用意させました」
「そ、そんなことまでしてくれたの……!?」
「わたくしは友人に尽くす方ですから。
 それに、コウキからも要望が出てました。行き先はソードリアスで合っていますよね?」
「うん」
 わたしが頷くとコウキさんがこちらへと来てわたしとわたしの後ろへ目配らせをした。
「よし。準備出来てる? 忘れ物ない? 二人とも。はい、これ持っていきなよ。向こうでも食べられるように握っといたから」
 感動の別れをするわたしたちを他所にコウキさんは楽しそうに術陣を準備して、なんだかお土産まで渡された。お母さんそのものである。それより二人と言う言葉が気になった。わたしとファーナ? なんて考えていると後ろで大きな影が動いた。
「ああ。すまないな、恩に着る」
 わたしの後ろから聞こえたのは低いどっしりとした重い声。後ろを見ると腕を組んで大きく佇む勇者アルベントさんがそこに立っていた。
「う、うん……えっ?」
「ああ、アルベントもソードリアスに行きたいって言っててさ。
 武術大会だっけ? 戦女神天啓ありの。いやぁ、どっかで聞いたことあるぜー」
 コウキさんは腰に手を当ててハハハッと歯を見せて笑う。

「……アキ」
「……っはい!」

 キッと真剣な顔になって手を出してくる。沢山この手に助けてもらった。わたしは頷いて手を取る。
 わたしが偶々助けた行き倒れの男の子がまさかこんな風に大きな存在になるだなんて思ってなかった。この出会いを運命だったというのだろうか。わたしは父に会う事が出来、奇跡的に母にも触れることになった。
 四人で歩いてきた記憶が蘇る。ヴァンさんに学んで、ファーナが歌って、コウキさんが笑う。喜怒哀楽してきた全てを含めて幸せな時間だったと言える。人生で一番楽しい一年間。
 出来れば今は去りたくは無かった――。ヴァンさんが居なくなってファーナが悲しんでいるから。でもわたしだって子の二人の為に役に立ちたいから今強くならないとダメだ。
 だから今、自分の足で世界を歩く。

 これからは暫く触れる事の無い手を自分の両手で握って最後に、彼にお礼を言おうと思った。
 わたしがここに居られるのは全部貴方のお陰だと。

 フッと顔を上げると、満面の笑みが目に入って、喉元の言葉が何処かへと消えた。

「今回はどんな別れシチュエーションにしとく?
 生き別れになる姉弟風にしとく?」


「あっっっはははははははは!!」

 最後の最後に大笑いした。
 後ろから、お前達はいつも楽しそうだな、とアルベントさんが言った。

 そうだ、これは別れじゃないんだから、そういう風に楽しく過したっていいんだ。ヴァンさんと別れるときだってそうだった。

 コウキさんは変わらず、笑って、見送る。

 こんなにも楽しい時間に居て、わたしは幸せすぎたんだと思う。勿体無いんだけれど暫くお別れである。
「もう、普通の見送りでいいですから〜っ。もっと他の事無いんですか」
「ちぇーっ。だって俺が言いたい事ってファーナが全部言ってるからさっ。
 出来る事っていったらこれぐらいじゃん?」
 ブンブンと握手をしてわたしは空色に光る術式の上に乗った。
 フワッと一瞬白くなってまた空色に光りだす。
「あ、着地はどうすれば……」
 わたしが言うとコウキさんが得意げに胸を張って言う。
「それはアルベントに任せたよ。簡単な緩衝術が使えるから後はアルベント任せで大丈夫。だよな?」
「ああ。任せておけ」
「任せた! ってなわけ」
「わかりました。お世話になります」
 ぺこっと頭を下げて二人で術陣に立つ。

「じゃぁ、またな二人共!」
「アキ、アルベント。ありがとう御座いました。どうかお元気で」
「ありがとう、コウキさん、ファーナ!」
「達者でな」

「では! 発動しますぞ! ジャハッ!」

 カリウスさんが言うとぱぁっと白い光の球が出てゆっくりと私達を浮き上がらせる。
「あっ! そうだアキ! 戦争が終わったら言いたい事って何!?」
「えっ!? それ今聞くんですか!?」
 地に足が着かなくなって、フワフワと浮遊している状態である。今にも出発すると言わんばかりに術式陣が光を蓄え始めた。

「あっと……! ええっと……!!」

 竜士団に――なんて、いえない。それはダメだってわかったから。
 戦争が終わったら言う事。
 わたしがコウキさんに助けられてきたって事を感謝するために、ありがとう?
 それもまた違う。それにそれ自体は今言った。

「コウキさん!」
「何!」

 キィィィイィイィン!
 大きな音が鳴り始めて声が聞こえづらくなる。わたしもより高く押し上げられ始めて少しずつ、皆が小さくなっていく。

「行って来ますーーーぅ!!」

 とりあえず手を振ると元気良く振って返してくれた。
 思い出の走馬灯が巡る。最後じゃないけれど、わたしにはこんなに惜しいものと離れるなんてそれこそ走馬灯が走る程に衝撃的な事。
 たった一つその走馬灯の思いでの中で、わたしが死ぬ間際にした不可解な行動。
 全ての記憶の中、行動の中、総じて――ああ、わたしは――

 ゴォッ……!!

 手を振るあの人に言ったと同時に本格的な移動が始まって一気に景色が流れ出す。聞こえては居なかっただろう――だって大きな音に全て掻き消されたから。
「カゥゥ!」
 キィンッ! と赤い障壁が出来て、風の影響を受けなくなった。
「ルーちゃん!? なんでそこにいるの!?」
 カバンの中から顔を出す金色毛並みのカーバンクルに驚く。ルーちゃんいつの間に潜り込んだのだろうか。
「カゥー!」
「コウキに護衛を頼まれたそうだ。空の移動もキツイからとな」
 アルベントさんがそう言いながら障壁に感心したように鼻を鳴らす。わたしは障壁の中にへたり込むように座ってルーちゃんを抱く。
 色々あった。今の瞬間に何に感動して何に感謝すればいいのか。あの人は本当に、本当にずるい。
 最後まで優しい。離れて尚わたしを泣かそうというのか――。

 わたしが最後に、言うべきだった言葉。

 ――次にコウキさんに会ったら、わたしは――

前へ 次へ


Powered by NINJA TOOLS

/ メール