第179話『別れの後に』


「……」
「アキには悪い事しちゃったかなぁ……」
「そうですね。きっと次に会った時は怒られてしまうでしょう」

 アキを見送った空を遠く見て、ため息が出た。俺達に黙って出て行くときに無駄に明るく振る舞って行くのはあの時から変わらず。何かを決心して俺達の下を去ろうとしているのは、薄っすらとわかっていた。
 それを止めるのは無粋である。前のように死を覚悟して戦いに行くのではないし、彼女が進むためにも必要なことである。これから先だって、アキは強く在る道を行く事になるのだから。
 見送られたくなかったのは、別れが辛い事もあったんだと思う。俺達が手伝うよ、なんて安易に言ってしまう事だって彼女の決意の邪魔をしている事になる。頼ってもらえないのは少し寂しいけれど、だからと言って俺達も彼女が進むと決めた道を行く事にとやかく言う資格はない。
 アキ・リーテライヌの本当の旅が始まったのは今日だ。きっと言ったとおりにまた強くなってグラネダに帰って来るだろう。
 まぁそれは。
 俺達の旅の終わりの後になるのだろうけれど――。
 今回の戦争で得た小箱は五つ。まだ開けては居ないが、残りはあと四つとなった。


「ジャハハ! 成功ですな!」
 パッと諸手を挙げてもじゃい物体ことカリウスさんが打ち上げ成功を喜んでいた。
「ああ、ありがとカリウスさん! 盛大な見送りが出来たよ」
「お安い御用ですな! ジャハ! ではお約束通りっ」
「うん。小箱は一週間、研究班に貸すよ」
 カリウスさんに助力を求めるに当たって、一つ交換条件として小箱を一週間研究班に貸し出す事を条件にした。開けると強制的に神性がカードに吸収される為、意味が無いのでそのまま研究させて欲しいのだとか。もちろん破壊的な行動は止めるように言ってから、俺はその条件を飲んだ。ファーナも構わないと承諾してくれた。ただ破壊云々の話のときにはお前が言うな見たいな目で俺を見ていたけど。裂空虎砲は未遂だ。
 箱はもうすでに渡してある。カリウスさんは俺達に深く一例すると一目散に城の研究塔へと向かっていった。これから夜通し研究するらしい。
 その様子に少し皆で笑って、俺達も城へと戻る事にした。


 城への道は馬車である。歩けなくは無いが実は割と遠い。今回も城の大き目の客車を借りて下に下りてきた。ファーナ用の馬車は確かに四人乗れるのだが鎧を着ている人なんかが居ると狭い。だから騎士が使う六人乗りの馬車を使わせてもらった。
 運転手の人が一人いて、その隣にヴァースが座る。ロザリアさんとカルナさんが二人俺達の目の前に座っていて俺の右隣がファーナだ。
 俺達が乗り込んで、ロザリアさんが合図をすると馬車はゆっくりと夜の道を走り始めた。術式で足元と先を照らして、ゆっくりと進む。
「シキガミ様はまた旅に行かれるのですか?」
 ロザリアさんが馬車の中を振り返って俺達に言う。少し大きめの窓があって俺達からはロザリアさんの顔は良く見える。馬車の中にも術式で燈せるカンテラがあってそれにゆらゆらと炎が灯っていた。
「あぁうん。小箱が戻ってきたらだけど」
「ではあと一週ですか……。ヴァンツェ様の代理もすぐに決めなくてはいけませんね」
 うーん、と生真面目な軍人が顎に手を当てる。
「代理……? そんな今この国からこっちに人員割いたら、一瞬で傾くよ!」
 ヴァンクラスの人員と言えばこの軍部の頭を語る人たちに相違ないのだろうが、この人達も今余す所無く忙しいはずだ。夜だからこそ此処にファーナ護衛の名目で少しだけ時間を貰えたが、昼間は皆東奔西走の状態だったのだ。
「グラネダを舐めないで頂きたい……と言いたいが実質バルネロ様の回復具合も芳しくは無い。この戦いで引退を囁かれている程軍部も浮き足立っている……何よりアルゼも……」
 そうロザリアさんが言うとカルナさんとヴァースも難しい顔をした。
 そういえば呪いの後の話はまだ聞けて居ない。
「アルゼに何かあったの? 呪いの後遺症とか?」
 カルナさんは平気そうだ。先ほどの全開っぷりからして健康に異常は無さそうだ。丁度俺と目が合ってカルナさんはフルフルとゆるく頭を振った。
「ワタシと同様呪いの後遺症の類は無い、が……」
 言葉を濁してヴァースをみた。ヴァースは一度だけ頷いてこちらに真っ直ぐな視線を向けた。
「軍規に触れた。
 何があろうと“王”に剣を向けぬこと。これは軍規の一番最初に記される最重要事項だ。だからこそその採決を待たなくては次の配属が分からない状態だ。
 呪われていたとしても、国王に剣を向けた罪は消えない。仲間の騎士を失った罪だって大きい。私達は隊長だからな。責任を背負って生きている。
 だからこそ裁判の後に処遇が決定されるだろう」
「裁判!? なんでだよ、悪いのは相手だろ?」
 六天魔王。俺の知る限り最悪のシキガミ。この世界に尤も影響を与えてしまっている。俺程度の人間だったらまだ大丈夫だったんだろうけど、放っておくとアイツは嵐の目になる存在だ。対策も至急行われるべきである。逆に言えば万全を期して挑んだ騎士隊のはずなのにそれが通じないという異常さを見るべきではないのだろうか。
「最悪を回避し切れなかった隊長の責任とは常に付いて回る。
 こういういい方はしたくは無いが、ついてなかったんだアルゼは……相手が悪すぎた」
「そんな、あんまりだろ……」
 嵐が通り過ぎました。お前が悪いと言われて理不尽を感じるのと同じである。備える事が出来ればそんな事にならなかったとは、何処まで最低を見ろと言うのか。死ぬことを前提に動く調査隊なんて居ないだろう。最低限の犠牲もしくはただの発見と警告のみに留めて帰還をする予定だったアルゼ隊が壊滅に至るまでの話はほぼ一瞬じゃないか。たった一度の采配ミス。だがそれは予知でも持っていない限り殆どの人間が通ってしまう、極当たり前の行動の先にあったものだ。これは悔しく無い訳が無いだろう。
「勿論処遇については現場に居た皆で何とか最悪は逃れる事ができるだろう。
 ただ最悪を逃れるだけで実質アルゼマインを此処に留める手に足りない」
「此処に留める……ってまさか」
「ああ、左遷はほぼ確実だ。あとは……何処へ配属か、だな……」
 カルナさんが目を閉じてため息をつく。騎士達は少し暗い影を落としたようにみえた。なんとかなって欲しいと思うけど、そうもいかないんだろうな。
「まぁ……ともあれ、戦争意思はあちらにも無いようですし、一人は其方へ出向くことになると思います」
 ロザリアさんがそう言って、その空気を割る。
「また指名なのかなぁ。それならアルゼを連れて行けばちょっとは待遇マシになる?」
 俺の言葉にヴァースが少し声を低くして話す。
「ならないだろうな……それどころか風当たりが強くなりかねん。
 まぁアルゼマインも伊達に騎士隊長をやっていない。自分で何とかするだろう。
 そもそも騎士隊長から落ちるのは初めてでは無いからな」
 ヴァースが淀みなく言い切る。そう言えばアルゼは前は違う国で騎士やってたって聞いた事あるし慣れっことは言わないけど、何とかする力がありそうだ。

「そっか。どうせなら四人とも付いて来て欲しいな」
「それは本当にこの国が危ないのでやめてください」
 ファーナがピシっと俺に言う。それに笑うと、三人を見た。
「あははっやっぱそう? でも楽しそうじゃん?」
「楽しそう……ほう、やはり分かってるなコウキ君は」
 カルナさんにバチィっとウィンクされる。良く見ると滅茶苦茶睫毛長いなぁ。美人さんだ。
「ワイワイ楽しく旅するのがモットーなんでね!」
「だが残念だ。ワタシはもっと早くこの状態になって欲しかったよ。アキちゃんが居てくれればもうそれは進んで――」
 この人も特別な性癖さえなければ前の時に呼ばれてたかもしれないのに。珍しくアキに苦手な人扱いされている人だ。だからきっと残念な美人さんだ。
「カルナ。貴女は一度城で再教育を受けた方が良さそうですね。いや本当に」
 ロザリアさんが冷たい目でカルナさんを見ているが当人はその視線を背にフフフ、と不敵な笑みを零すのみである。
 そんな談笑をしながらの帰り道はすぐに終わり、俺達は城の門をくぐった。

 俺達は城の神殿へと戻って付き添ってくれた騎士達に礼を言ってそこで別れた。騎士達はこれからそれぞれの隊の会合があると言って三人とも少しだけいつもより無口に歩いて行った。きっとそこでもアルゼの処遇についての話もされるのだろう。
 雲の殆ど無い空を飛んで行ったアキとルーメンは今どの辺りだろうか。空を見上げて息をついて、同じように見上げていたファーナに気付いた。
「はぁ、ついに俺達だけになっちゃったな」
 別にそれはこの先の不安ではない。皆が居なくなった事の寂しさの訴え。
「そうですね……静かになってしまいます。あ、そうでもないですね」
「えっ俺をみて何で否定しちゃったの?」
「ふふ。静かにはならないですねっ」
 そう、アキが居なくても騒ぐ人間である俺は変わらない。
「ふ。ミスター喋らないと死んじゃう病の人って呼んでよ。どのぐらい死んじゃう病が重いかというとだね」

「コウキ、聖堂へ行きませんか」

「それは一重にうさぎと一緒で……えっ聖堂? どうして?」
 ファーナが三歩前に出て噴水を背に振り返った。日も暮れて月のみが世界を照らして、淡い光に照らされる彼女の表情に少し艶っぽいものを感じた。二人になってしまったと口にしたのは俺だけれど、あんまりいいことのように思えなかった。
「わたくしは今メービィには会えませんから。祭壇で少し訊いて欲しい事があるのです」
「ああ、うん? いいよ。行って来るけど」
「はい。わたくしは夢でしか会えませんから。実はわたくしはメービィの事はおぼろげな記憶でしかありません。覚えている間に紙に書いておくのですよ。後は夢のように忘れてしまいます」
「へぇ〜。それはちょっと話を聞くのは不便だねぇ。
 じゃ、行こっか。俺も聞きたい事あったし」
 神殿は薄く明かりが灯っている。俺達が夜出たのでスゥさんが廊下に明かりをつけておいてくれたのだろう。
「あと……少し、一緒に居たいのです。
 やはり寂しいではありませんか。ヴァンツェも、アキも……」
 流れ込んでくる意識。寂しいの感情でファーナが泣いてしまいそうだ。

「そだね、ちょっと思い出話でもしよっか」
 寂しさを紛らわすにはどうしたらいいか。思い出話をして、懐古に浸ってまた結局寂しいのだけれど今そうなるのが嫌なのだ。
「はい。ありがとう御座います」
「いや俺が話したいだけだよ」
 寂しいという分量でいえば同じぐらいはあるはず。
「ふふ、わたくしは――コウキ、貴方との旅に不安はありません。
 ですが、今までだって当然充実した旅だと思っていました」
 俺とファーナだけの空の下。彼女は本当に何も隠すこと無く俺に言う。少し恥ずかしげも残って仄かに悩めかしい。照れてしまいそうになるのが俺なのがどうにも腑に落ちないが何故か少し気恥ずかしさを感じるのだ。
 だから気を紛らわすために笑って話を進める。
「俺がアキに拾われた辺りから行っとく?」
「わたくしがアキに会った所からでしょう。いえ、むしろヴァンツェとわたくしですね」
「あははっそれは聞きときたいなぁ」
 思い出話に花を咲かせるとはよく言ったもので語れば語るほど色々な色が付く。
「いや、でも此処は俺の両親の壮大な恋愛秘話から」
「それならわたくしの祖父母の代から行きます」
 謎の遡りあいを初めてファーナと目を合わせてすぐに笑う。特に意味は無いんだけれど。
 そのまま俺達は神殿へ向かい、扉を押し開けて二人で石の光りに包まれる聖堂の中へ向かった。夜はいつ来ても荘厳で不思議な空気を持った空間になっている。
 ファーナは真っ直ぐに教会に敷かれた絨毯の上を歩いて、一つ祈りをと彼女は最初に壁に大きく彫られた神々の壁画に跪く。
 そこでいつもと違う景色になった。ルーフスのような光りを保つ術式を唱えたわけでもないのにフワフワと彼女の周りが暖かな光りに包まれる。火の精霊が集まっているのだろうか。その光はファーナだけではなく俺や壁画にも灯って、幻想的な空間になる。
 ファーナは両膝を突いて両手を合わせて握っている。
「――己が道に旅立った友人に、焔の加護がありますよう――」

 ファーナがやれば意味があるのかもしれない。本当にそう思える神々しい祈りの姿。
 その祈りはヴァンと、アキの無事を静かに願うもの。
 ファーナが黙祷を捧げて、ゆっくりと目を開いていくのと同時にその淡い光は消えていく。それを少しだけ惜しいなと思った。


 結局ファーナが大きく船をこぎ始めたと思ったら眠さで倒れかける程度まで話し込んだ。積もった話の中にはヴァンもアキも沢山居た。だってつい昨日までいたんだしね。いつの間にか俺を枕にして寝ていたので部屋に連れて行って寝かせておいた。明日も朝も早いのにかなり夜更かしさせてしまったようだ。
 音を立てないように扉を閉めて扉の外で、オヤスミ、と言った。薄く照らされた廊下を歩き出して、再び俺は聖堂を目指す。かく言う俺も少し眠い。だけどちょっとやらなきゃ行け無い事が残っていた。聖堂に入って奥の教壇脇の扉の前に立つ。壁画を挟んで両側にある扉はどちらも壁画裏の祭壇を模した場所に繋がっている。普通の人が押し開けても、特に何も無い真っ白な空間に行き着くだけである。
 でも俺が開くこの扉は別の空間への道になる。それは呼ばれる事または俺自信が向かう事にあちらが応えてくれているからだ。
 そして俺は――神々への祭壇の扉を押し開けた。

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