第182話『有名税』


 お城を歩くのにはチョットだけ神経を使う。歩く時も前から来る人には気を使わなくてはいけない。まず同階級は会釈で、メイドさんは必ず誰かが通る時に道を譲ってくれる。一般兵士は騎士やより上の階級の人が通る時に必ず道を避けて敬礼をする。騎士も大臣や王様が通る時に必ずそうする。城の内部を歩くとそうなる事が多い為俺はなるべく城内は中庭ぐらいしか通らないようにしている。王様に会いに行く時だけ、神殿から続く階段を使って城の三階へ行き、そこから城内の階段で真っ直ぐに五階まで登って王様の部屋に辿り着く。
 ようするに面倒くさくて遠いから余り行きたくない。
 城の大きな袖道を横断して中庭に行こうとしていると横からいきなり声が掛かった。
「あ、シキガミ様。お早う御座います」
 ロザリアさんはいつも通り生真面目に敬礼をと挨拶を俺に向けた。凛々しく背筋を伸ばしての油断の無い敬礼は彼女らしい。彼女の隣に居た副隊長も彼女と同じく敬礼をして一歩身を引いた。
「あっロザリアさんおはようっ!
 今何処の隊が訓練してるかってわかる?」
 俺がそう聞くとキリッと頷いてから中庭に視線をやった。
「今丁度五隊が終わったので二隊と交代の時間です」
「そっか! ありがとう、ヴァースに混ぜてもらってくる!」
「はい。お気をつけて」

 彼を見送って暫くその背中を視線が追いかけていく。元気に走る姿は何処か微笑ましい。
「……ロザリア隊長が最近元気な理由が少し分かった気がします」
「シグルズ。貴方も私に何か誤解をしているようですね?」
 カルナといい変な言いがかりをかけてくる。気があるように言われているがそんな事は無い。少し手の掛かる誠実な弟の面倒を見ているだけだ。
 ロザリアの様子にシグルズと呼ばれた男は薄く笑って頷く。
「滅相も御座いません。彼は元気ですから。ああいった人は隊の良い士気になってくれます」
 鍛えれば良い騎士になりそうですし、とチラリと彼もその視線の先を同じにした。
「そうですね。現に少し残念でしたよ。もう少し早く来てくだされば私達の隊と一緒に出来たのに」
「外堀を埋めるのも大事ですね。しかしこの時間に来るのは珍しいですから私達は今まで通り朝を取り続ければ良いと思います」
 少し
「貴方もなかなか分かっているではありませんか」
「有難う御座います」
「ふふ、さて、会議の方へ行きましょう。待たせてもカルナは怒りませんがそもそも会議が長引くのですから」
「了解です」
 そして再び二人は黙々と道を歩き始める。生真面目な足音が並んで石造りの空間に響いた。



「お早う御座いますヴァース隊長!! 訓練に混ぜてください!」
 隊長のヴァースが訓練皆が揃うのを待って立っていたので俺はそこに走り寄ってザッと姿勢を正して敬礼をした。親しいとは言えここでは最高位である彼にはちゃんと敬語をつかうべきだ。
「ああ、お早うコウキ。好きなところに混ざるといい」
 サッと軽く敬礼と挨拶を返してきて隊の方をヴァースが指差す。
「おおコウキーこっち来いよー!」
 すると遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。第七隊に混ぜてもらった時に仲良くなった隊員トレックがブンブンと手を振っていたのでそこへ混ぜてもらう事にした。大体同じぐらいの歳で直ぐに気があって仲良くなった友人だ。
「おーっす!」
 俺が隊列の一番後ろに混ぜてもらった所で大体全員が揃ったのか各隊列の先頭に立っていた騎士が後ろを振り返る。
「よし! 点呼! 終わったら各自準備運動からだ!」
 ヴァースの声が中庭に響き、その後点呼が始まる。

 腕立て、腹筋、スクワット、素振りと言った基本的な筋力トレーニングの後はランニングがある。城の裏道を一周して戻ってくるだけだが、二キロぐらいはある。それを皆甲冑を着たまま行うので皆かなり疲労する。太陽も南中してきて少し肌寒い空気の日でもかなり暑い。だが訓練はそこでは終わらない。
 武術訓練。それが俺が参加したいメインの理由だが、各自自分の武器に似た木製模擬剣等をで互いに打ち合い訓練を行う。ペアを組んで簡単な打ち合いで身体を動かす組と騎士に一人ずつ呼ばれての打ち合い試験みたいなのがある。この模擬戦訓練が一番面白い。まず騎士自体に面白い動き方する人たちが多いのと、騎士が動きの荒いところを指摘してくれたりするのだ。言葉にしなくても、大体どんな時に打ち込まれたかを覚えれば大体自分の弱点の見当がつく。色んな人に色んな意見も貰えるのでこれが物凄く為になる。
 剣術の基礎で言えば俺はまだまだ騎士見習いぐらいの人と良い勝負が出来る程度なんだそうだ。それを術式やら何やらで無理矢理上級騎士クラスと戦えるように改造されているらしい。
 これが噂に聞く神改造ってやつだな……。
 今日も皆に混じって訓練を開始する。最初此処では避けるのが上手いことを褒められた。確かに基本的に防具の少ない俺はあまり攻撃に当たるような動き方はできない。それはラジュエラに対して強行突破を図った数回で実証済みで、大した事無い傷を数回繰り返すと後々の酷い傷になっている事が多い。粘るだけじゃ失血死だ。上手く生きている時間を長くするなら体力を削られてでも無傷を保つ事だ。

 この練習に参加させてくれるのは一重に俺の友人こと隊長達の厚意である。末端とはいえ俺にもファーナの雇われ傭兵の立場ではあるのだが、実はあまりそれを良しと思ってくれている人は少ないそうだ。
「おい、シキガミ。個別練習だ。こっちに立て」
「はい!」
「足を付いていいのはその円の中だけだ」
 そういって俺の足元を棍棒の先で差す。
「えっ!?」
 良く見ると足元に円が書いてある。大体円盤投げをする時みたいな範囲の円だ。両足いっぱいいっぱい開くと大体届く。
「ブルーノさん、それは少しキツいルールではないでしょうか」
 先ほどまで俺と打ち合ってたトレックがそう言ってくれた。
「黙れ。能力差があるんだろう? シキガミ様なら容易い事だ」
 縛り付き打ち合いは別に良いのだが、明らかな悪意を感じる。騎士はフルフェイス甲冑でかつ長い棍棒を持っている。
「さぁ、始めるぞ!」
 言ってすぐ真っ直ぐ突きを放ってくる。立ち位置が遠くて俺は当然手が出ないので避けるのみになる。避けるのは体力が要る。もちろん、今それを殆ど使い果たした後の極限状態での訓練だ。すぐに避けるのに限界が来てそこから直ぐ連続突きばかりなった。
 さすがに捌ききれないので、木剣を合わせて弾くように動きを変える。それが数回続くと、ガツッと木剣が棍棒とぶつかって攻撃を受け止める。横薙ぎがいきなり来たので、咄嗟に交差させた剣で庇ったがそのまま線際に押されることになった。当然線が引いた足の後ろに迫るのでそれ以上は引けない。
 槍で思い切り木剣を弾かれた後に、足元に容赦の無い一薙ぎが来る。炎陣旋斬が使えれば簡単に回避できる事態だが、そもそも基礎練習に技は使えない。膝を思い切り叩かれ、姿勢が崩れた所に思い切り体当たりが来る。鉄の塊の突進は流石に痛い。景気良く吹き飛んで乾いた地面を数メートル転がった。
「いって!!」
「コ、コウキ! 大丈夫か!?」
 トレックが俺の心配をして寄って来た。
「あはは、まぁダイジョブ」
 大した怪我はしていない。後で何処かが腫れる程度だろう。ただ派手の転げたせいでかなりドロドロになった。
「さ、流石にこれは酷すぎます!」
「酷い? 何を言っているんだ。最初にしごいてくれとのたまったのはシキガミの方だろう?」
 訓練に混ぜてもらうに当たって、最初は色んな隊で顔見せの挨拶をした。その時にしっかりと俺は未熟者である自分をしごいてくれと言った。
「まぁ確かにこんなに弱い英雄もどうなんだかな。ははは! まぁいい、次はお前だ。自信があれば円に入れ、無ければそこで構えろ」
「……はい」
 トレックは返事をして円のほうへ歩いて行く。そして木剣を構えて腰を少し落とした。
「お願いします」
「ふん? 自信家だな」
 そういって騎士は兵士に向かって棍棒を構える。

 意気込んだ割には、まず初回の捌きでかなり苦戦していた。というのも剣が二つじゃないからだととその光景を見て思う。相変わらずブルーノという騎士は突きと足払いが主体の作戦を繰り返す。トレックは俺と違って兵士鎧を着用しているため、膝への攻撃も余り有効ではないのだが単純に突きに押し出されてのあっけない終わり方をした。
 結果はトレックの惨敗だった。なんとなくしょんぼりとした感じで礼をして俺のほうへ戻ってくる。
「あっはっは! だっせ!」
「うっせ! お前も負けたろ!」
 割と容易く円を追い出されたトレックに向かって指を差して笑うとコノヤロウ、とチョップをもらった。
「えー? 俺はちゃんともう勝てる方法思いついたし!」
 そう言ってチラリとその騎士のほうを見ると立ち去ろうとしていた姿からスッとこちらを振り返った。
「ほう、シキガミ。まだシゴかれ足りないようだな?」
「お願いします!!」
 そういってまた俺も円の中で構える。
「調子に乗るなよ……」
 小さくそう言いながら棍棒を低く構えた。

「うりゃ!!」
 ガンッッ!!
 俺が放った右手第一投は華麗に相手の不意をついた。相手の鎧に当たって高らかに木剣が舞う。
「……は?」
「一発貰い!」
 指を差して思いっきり笑う。
 俺達の周囲だけじゃなくて練習場一帯が静寂に見舞われた。カラン、カランと木剣が宙から落ちてきて、音を立てる。
「……ふざけるな!!」

 俺の考えた作戦では、もう少し相手に歩み寄ってもらわないといけない。だから最初から円の深めの位置に立っていて相手を誘い込む。でも勿論、普通に立ってるとそんなことすぐに気付かれるだろう。
 だからあえて、怒ってもらった。
 恐らく相手は短気だろうし自分が嫌われていると踏まえてそれをした。
 盲目的に一歩踏み出してきて、先ほどよりもキレのいい突きを放ってくる。それを先ほどと同じようになんとか避けたり弾いたりしてかわす。すると足元狙いの右からの横薙ぎが飛んでくる――!
 ソレを待っていた!
 トレックの時もそうだが戦闘中の膝の位置を狙ってくるためかなり低い位置で棍棒がくる。

 待っていたからこそ、身体が反応して跳ね上がってその棍棒を避ける。
 薙ぎを避けられたため、一歩大きく踏み込んで体重が乗った状態で動きが一瞬留まる。それも俺が深い位置に立っていたため円の近くとなっている。
 俺はソレをチャンスと一歩大きく踏み込む。
「うおおおおおおお!!」
「しまった……!」
 咄嗟に胸の位置に棍棒を構えるが、狙いはそこではない。

「必殺! イチガミドロップキック!!」

 コツは大きく踏み切って両足をそろえた後に思いっきり身体のバネで蹴りかかることである。顔面に直撃したその蹴りのせいでブルーノは大きくバランスを崩して転倒する事になった。
 俺は円の中に着地して十点、と声を上げる。
「あ、アホか! アホかお前!!」
「えっ? これじゃやっぱ相打ち?」
 模擬剣投げちゃったしなぁとちょっと思うところはある。でも投げるのは割とスタイルなところもあるので勘弁して欲しい。
「問題はそんなところにねぇよ!」
 トレックがあわあわと俺とブルーノの間で視線を行き交わせる。するとゆらりと立ち上がったブルーノが甲冑の向こうから凄い睨みつけてきた。
「貴様……! ふざけるのも大概にしろ!! 此処は子供の遊び場じゃないんだぞ!!」

「め、めちゃくちゃ怒ってるじゃねぇか……! あ、謝っとこうぜコウキっ」
 トレックが小さい声で俺に言うが正直に俺は両腕を組んで嫌だと首を振る。
「ルール破ってないし! 俺は大真面目だ!」
 隣でトレックがうわぁ、と声を漏らした。すると同時に周りから歓声が聞こえ始める。「っはっはっは!!」「いいぞコウキー! もっとやれー!」「新人に負けるなよブルーノー!」等など飛び交っている所に一際大きな声が響いた。

「そこ静かにしろ! 練習の手を止めるな!」

 ヴァースに騒ぎが見つかって、彼が足早にこちらへと歩いてくる。遠くから一応見ていたようだが騒ぎが大きくなったからだろう。ブルーノがいち早く敬礼するのに皆が習って俺とトレックも敬礼をする。

「喧嘩罰則だ! 腕立て百回!!」
 険しい表情で腕を組んだヴァースが言う。
『ええええええ!!』
 俺とトレックが声を上げたが、すぐにギロリと鋭い視線に睨まれて黙る。
「号令について来れなかったら百追加だ! いくぞ! イチ!!」
 三人の前に仁王立ちしてヴァースが有無を言わさず号令を初める。慌てて地面に手をついて腕立てを始めた。

「くそ、覚えていろよ……!」
「ニッ! 三ッ!」
 甲冑のまま腕立てをしながら俺を睨みつけるという高等テクニックを見せ付けてくるブルーノ。正直憎たらしいとしか思えないけどな。
「そっちこそ覚えてろ!」
「四ッ! 五ッ!」
「俺なんか完全にとばっちりなんだけど……っ」
 トレックには悪いと思えるがブルーノには全くそうは思えない。吹っかけてきておいて散々な目にあっているのは自業自得だろう。
「喧嘩を続けるなら二十回追加だ!」
 ビシビシと俺達へ上乗せを始める。
「ヴァース隊長、もっと優しい感じになりませんかね! 別に喧嘩って程アレじゃないって!」
「そうか。コウキはもう十回追加だ。六! 七!」
 口答えは十回追加ですかそうですか。
「チクッ! ショウッ!」
 一先ずは号令に従っての腕立てを続ける事にした。

 時刻は太陽が高い位置に来た真昼だ。気温も高い時間になり、腕立てが終わった所で食堂からいい匂いがしだした。大体この時間から昼食となり、兵士達の為に大きな食堂が開かれる。
 腕たてが終わって地面に寝そべって空を見上げた。最初に思ったことがある。
「甲冑でやりきるってすげぇな……」
 最終的にトレックよりも六十回多かった俺は終わって直ぐにつぶれるように地面に突っ伏した。俺と同じ回数を甲冑でやりきった騎士はつぶれずに立ち上がる。
「く、クク……、私達騎士は、この程度、どうと言うことは、無い……!」
 ふらふらと立ち上がって騎士は言う。
「滅茶苦茶肩で息してるじゃん……でも基礎体力はすげぇ! 流石騎士!」
「……ふん、シキガミなら、この程度、できるだろう?」
「すぐ追いついてやるっ」
 甲冑を着ていざ出来るかと問われると、出来ないと思う。そういう筋肉は鍛えてないし。もっと長距離走るとかならラジュエラの力を借りて数時間伸ばす事ができるけど。
「そうだ、その意気だ、ひよっこめ。お前が弱いんじゃ、話にならん。ハァ……仮にも姫直属だろう馬鹿者め」
 更に大きく、ふぅ、と息を整えてブルーノは背を見せる。
「強くなれよ」
 それだけ残してふら付く事無く集合の号令へ向かった。

「……なんだったんだアレ……」
 去っていく姿を見ながらトレックが唖然と言う。
「わかんね。整列行こうぜ」
 彼なりの激励だったのだろうか。俺はまぁそう受け取ることにしようと思った。
「ああ……それにしてもオレも鎧付きで百やったんだぜコウキ」
 ちらっとこちらを見ながらアピールしてくる。
「トレックすげーなー尊敬しちゃうぜー」
 思いっきり棒読みでソレを言ってしまった。甲冑フル装備でやって行った騎士がいる手前あまり凄いと思えない不思議。でもとりあえず褒めておけばきっととばっちりだった事は忘れてくれるはず!
「とばっちりだった事は絶対忘れないからな!」
 俺の浅はかな考えは瞬時に見抜かれて小突かれる。
 それに笑って返しながら、俺達も終了号令の整列に向かった。

 決して、俺を良しと思って受け入れてくれる人たちばかりではない。トレックも初めは気に入らなかったとか言っていたけれど、俺があまりにも普通すぎるので拍子抜けしたとも言っていた。だから俺はもっと特別な存在としてここに居るんじゃなくて馴染むことが必要なんだと俺は思う。だから全然嫌じゃない。
 その後神殿でファーナと食事を摂ると言ったら、全員に大ブーイングを浴びたのだけれど。全てを受け入れる事での、役得って事にしようとブーイングから逃げつつ苦笑いしながら思った。

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