第189話『最後の出会い』

「まず、今日の報告からです」

 手に持った紙をめくってアイリスが背を正した。その手元の資料には色々と情報が書かれているようで彼女は少し視線を落として文字の羅列を追った。

「来客人数は四千人。入場料金と会場公式で行われた賭博料金で最大数五百万程です。賭博に参加したのは入場した人数の倍近くですね。
 これら収益は今回の戦争補償に使用してください」
「……お前はそんな事の為にこんな事をしたのか?」
 肘をついて呆れたようにその話を聞いて居た国王様が訊くと、アイリスはフルフルと頭を振った。
「いいえ。当然もののついでです。思いついたのでやりました。非難があるのならば甘んじて受けましょう。
 賭博に関しては便乗してギルドや他でも同じような事をします。中での食品販売は許可と定価の場代で許可しました。あまり多くはなりませんでしたがそれも収益ですね」

 俺はぽかん、とした顔でアイリスの報告を聞いて居た。その後にも細かい収支や今後の計画が話されていた。
 今日の決闘と題されたものの結果は俺の勝利。試合に勝って、目の前でトロフィーだけは持っていかれたみたいな遣る瀬無い気分だ。明日の記事は『決闘の結果はアイリス様大告白』に違いない。
 かくして俺は此処に昨日から今日にかけての種明かしを聞きに来た。国王様に集められた主犯と被害者合わせて四人。王様は謁見の間で椅子に深く腰をかけていて、王妃様は微笑んで俺達を迎えた。
 そこにそれ以上の人は居なかった。大体此処に呼ばれるときはこんな感じな気がするなぁと呟くと、ファーナがそれが何故かをまだ解っていないのですか、と呆れられた。

「ちなみに結果次第では大損害だったがどうするつもりだった?」
 今回は俺の十倍は当然。でも俺がヴァースみたいに有名じゃないから良かったようなものである。俺の活躍は新聞の上でさらされたもので、ヴァースは戦果は勿論、武術大会でも毎回上位にコマを進める騎士である。知名度の差はそのまま信用の差になる。兵士内でも毎日騎士にしごかれている俺が勝つとは思われて居なかったらしいし。
「そうかもしれません。でもわたくしはヴァースが負けてくれるって信じていました」
 その言葉にヴァースが苦い顔をして、ファーナがため息を吐く。
 確かに信用されているのかは微妙とも言える。
「そもそも……民衆と城のヴァースの信用が落ちる結果になったらどうする。騎士隊長とはグラネダの顔でもある」
「それはわたくしがやった事ですべて消えるでしょう。それに落ちたとしても取り返せます」
 確かに俺達の決闘よりアイリスの行動の方がより大きな出来事として刻まれた。
「簡単に言うな」
「簡単では無い事はわかります。しかし真面目に取り組めば取り返せるのは確実です。
 それにヴァースはこれからまだまだ成果を上げます。この戦いで今まで積み上げてきた物が無くなったわけでもありませんから、わたくしはヴァースを信じます」
「……わかった。お前の計算の方には舌を巻く思いだ。……いろんな意味でな」
「光栄ですっ!」

 アイリスは満面の笑みでそう答えた。
 俺とファーナは少し目を合わせて首を傾げた。

「なんかこう、信用されてるのか計算上で利用されてるのか曖昧でぬるっとした気持ちになるね」
 俺の中でのアイリスのイメージは結構子供っぽいんだけど、今回やったことで随分と変わった。
「……言わんとする事はわかりますけど。おそらくどちらも、ですよ。
 さぁアイリス、結果ではなく全貌を知っているのならば話してください。その為にわたくし達はここに居るのです」
 話の核心は全く話されていない。どうして、どうやってこんな事をしたのか。俺達はその真意と経過を聞きたい。
「それは私の方から説明いたしましょう」
 ファーナが言った言葉にすぐに答えたのはヴァースだ。
「ヴァース?」
「先にコウキには言ったが。
 リージェ様の為に私には君に嫌われてでも君の能力を試す必要があった。
 先に記者に言ったのはキミの逃げ場を無くす為だ。心苦しい事をさせたな」
 中庭で言われたのは本当だったらしい。なんとなくもやもやとした気持ちが残るが、俺が確かに能力を疑われるのだって仕方の無い事だ。
 ヴァースは王様を振り返って姿勢を整えた。
「私情での私闘を公務よりも優先してしまった事は反省しております。
 処罰はなんなりとお受けします。
 しかしこれで城内での彼への批判はほぼなくなる事でしょう」
 ヴァースはそう言って王様に振り返って深く頭を下げた。
「……そうか」
「違います! わたくしがっ」
 ヴァースの前に立って、アイリスが声を上げるが、やる気無い姿勢ではあるがそのままギロリと王様が凄む。
「アイリスは黙っていろ」
 かなり威圧感のある表情と声だったが、アイリスは引かなかった。
「い、嫌です! わたくしは全て本気です。何が気に入らないのか言ってください!
 お父様やお母様に言わなかったことですか!

 まだわたくしを子供扱いするのですか!」

 ここでアイリスは関係ないのだと言い切る事は出来ない。でもヴァースは全ての責任を取るといっている。
「ああ。お前は子供だ」
 王様がそう言った時、優しい言葉だと思った。
 アイリスは声を大きくして叫ぶように言う。
「ど、どうしてっ!? わたくしはちゃんと利益を出しました!
 公の場を作って告白したのはお姉様を巻き込んだわたくし自身の責任の取り方です!」
 事の方向を自分に向けた。それが償いだったとアイリスは言う。
「だから子供だというのだ……お前は何も分かってないな」
 呆れた表情を変えずに淡々と国王様が語る。
 その様子にアイリスが息を呑む。怒鳴りつけられるより彼女にはキツいだろう。
「さて、今後の展開を思いつく限り言ってみろファーネリア」
 突如として振られた話しだが、ファーナは少しだけ間を開けて頷いた。
「……はい。今後は絶えず貴方達の関係を聞くために、ここに居る皆様に好機の目が向くでしょう。城の関係者は気をつけたほうが良いと思われます。早めの会見が必要かもしれませんね。
 それは貴方達の関係が飽きられるまで続きますし、ついでにわたくし達も冷やかされるのでしょうね。貴方達が終わればわたくし達、ともなりますし。あまり周りがざわめくと、城の中から反感を買う恐れがあります。色事ですからね……。
 結局わたくし達に立っている白羽の矢は抜けませんし、しばらくは出歩くのも難しいのでしょうね……。まぁわたくし達は最悪そのまま旅に出てしまえば良いのですがそれでもお父様達に迷惑をかけてしまうことになりますし」

 なんとまぁあんまりいい気のしない先の話である。例えこの二人が明日結婚しても次は俺らが的にされちゃうわけだ。
 正直に言うと、俺とファーナは今滅茶苦茶気まずい。その、ほら、別に嫌じゃないけど気まずいんだ。わかって欲しい。神殿から此処に来るまでが人生で一番必死で歩いた道だったと思う。

 王様は椅子から立ち上がって王座を下りた。そしてアイリスの前に立って彼女を見る。
「全て背負えると思っていたのか。
 それを驕りという。
 全てが収まると考えていたつもりか。
 それを自己満足と言うのだ」

 結局のところ、起こった事の責任は王様がとらなきゃいけない。子供だ、と言っているのは、背負ってやると言っている事。
 この被害をモロに受けたのは俺達で……俺達の決着も付けないといけないし。
 アイリスはしゅんとした表情で視線を落とした。

「策に自己陶酔しても反感しか買わない。今回剣が壊れただけで良かった。コウキとヴァースはよくやった。本来ならコロシアムごと吹き飛んだかもしれないが、よく抑えておいてくれた」
「……えっヴァースあれ抑えてたの?」
 アレは確実に俺の命を取りにきていたと思うのだけれど。彼は静かに首を横に振って俺を見た。
「抑えてはいたが一人に使うには十分本気と言える術量だったはずだが。
 君こそあの技を本気で打たなかっただろう」
「まさか。あれ無駄に高出力だから一発を抑えて数を打つのが正しい使い方なんだよ」
 本気でやると色々壊れる。ロザリアさんと戦った時と同じ戦い方は流石にもうできない。本気でやろうと思えば最初みたいに剣が振れなくなる覚悟が必要だ。範囲を狭める代わりに質を高め、連発するようになったというわけだ。
 限界が高ければ高いほど術の威力も高く出来る点では、本当に最強の一撃を謳うに相応しい技だ。でもヴァースを吹き飛ばすには十分な威力だったはずだから俺としても手加減をしただなんて言い難い。
「使う場所は選んだけど」
「上手い事やってくれて良かったと言ってるんだ。すまなかったな」
 王様がそう謝る事にヴァースが畏まる。
「いえ……」

 王様は一度ため息を吐いてアイリスを見た。
「行動力は褒めてやる。よく勇気を出して動いた。
 これからはアリーに色々と習うといい。
 お前がすべき仕事ももうあるのだから」
 その言葉にゆっくりとアイリスが顔を上げる。
「あら、お咎めはそれでおしまいかしら」
 観戦に徹していた王妃様が立ち上がって王様の隣に立つと俺達を見てまたニコリと笑った。王様はただため息を吐いてチラリと王妃様をみた。二人が目を合わせてどんなやり取りがあったのかは知らないが王様がふるふると頭を振る。
「……残念だがお前と私の娘だからな。これ以上どうこう言っても何も変わるまい」
 王様がそういうと、王妃様がアイリスの手を掴んだ。少し泣きそうになっていた不安そうな目を見て、空色の瞳を細くして優しく微笑む。

「ふふっ、おめでとうアイリス。
 貴女も貴女の方法で鳥かごを飛び出したわ。
 そうねぇ、私と同じ時期かしら。
 ファーネリアも丁度去年ぐらいですから面白い縁を感じます」

 どうやらこの家の女の子は城を飛び出すぐらい活発なのが当たり前の域らしい。
「すんごく活発な家系ですね」
「あら、有難う。貴方達の子供も、きっとそうですよ」
「こ、子供……」
 ぶわぁぁっとファーナの周りが熱を持ち始めた。ファーナの顔がそのまま温度を表しているように思う。
「違う! 違うよファーナ! その話はなんていうか後にしよう!」
 今回の結末から踏まないといけないと思うんだよ。
 ファーナは戦争時にも見せなかった機敏さでバッと此方を向いた。
「あ、は、ああ後で……!?」
 俺と自分のもじもじとしている指先を交互に見てさらに真っ赤な顔になった。今にも煙を噴出しそうである。
 その様子に微笑ましいわぁ、と元凶が微笑む。
「違うよ! そのほら家族計画的な話じゃないよ!」
「コウキ、キミはその前に私と拳でお話だ!」
 がしぃっとおっちゃんが俺の肩を掴む。目が笑ってない。
「今日はもう勘弁してぇぇ! ほら、そっちにも真っ赤になってる人居るし!」
 せめて今週はもう君の顔は見たくないとキュア班の人に言われたんだよ!
「ほう……?」
 ぐりん、と王様が首だけアイリスの方をむいた。彼女も頬に手を当てて頬を赤く染めてヴァースを見ている。
「私達はそんな……といいますか、まだ早いです」
 王様のあまりの形相に一瞬見てビクッとヴァースが引いたが、冷静にそれに対応する。王様はギリギリと歯を鳴らしてビッとアイリスを指差した。
「まず、お前は歳を考えろ!」
 アイリスは俺の二つ下だったか。
「そんな! わたくしも十六です! 立派なレディーですよ!」
 はっとした表情から自分に手を当ててアイリスが言う。
 思えばあってから短いような気がするけどずっと旅をしてたからやっぱり一年は経ってしまった。俺が来た頃から時期も一周期経っているみたいだし、俺も歳をとったのだろう。
「お。そういえば俺も十八になったのかな。結婚できる歳かぁ」
 迂闊に声に出したのが聞こえたのか、ピクッとおっちゃんが眉を揺らす。俺の肩を掴む手も力が篭ってきた。なんか隣もより一層熱気を放ちだした。でもとりあえず掴まれてる肩がミシミシ言ってて痛い。
「いたたたたたた!」
「許さん……許さんぞ! 今娘二人連れてかれてみろ!

 私が泣くぞォ!」

 物凄い勢いで凄まれているが確かにおっちゃんは今なら血の涙で号泣しそうだ。
「落ち着いてくれよおっちゃんっ!」
「私は嬉しいですよっ。息子って素敵ですっ女系の家系ですから、憧れていました〜!」
 ぽわん、とマッタリとした空気を放つ王妃様と、それがこの人を煽るのか全く対照的に滾る鉄拳を突き出して覇気を放つ。
「娘が欲しければ私を倒してからだ!」
 コホーっと息をする。いまだに戦場に出る人なだけあって、筋骨隆々。そして世界に一握りしか居ない命名保持者。
 今ラスボスが確定した。これは死ぬ。マジで死ぬ。
「私がお手伝いします!」
 俺の味方になってくれたのは以外にも王妃様。
「ぬぅ! 身内から敵が!?」
「うふふ、私は娘たちが決めた人を疑いません!
 そして遠慮なく私もお母さんと呼ぶのです!」
 動機はほぼ私欲じゃないか。
「この親あってこの子等ありだよ!」
 何がってこの親子は勢いが凄い。猪突猛進の申し子だろ。
 アイリスが遊ぶ時とかファーナが怒るときとかの有無を言わさない感じが、この二人からの遺伝だなって思う。いやマジで。

 国王様と王妃様は基本的にはフレンドリーな人だ。多分俺の場合は同じような道を歩いている者としてその近さを見てくれているのだと思う。人前では絶対にファーナやアイリスに抱きついたりしない。それもやっぱり大人の事情というものなのだろう。
 人払いをした空間だからこそそんな王様や王妃様がこの時だけはこれでもかと言うぐらい抱きしめる。家族としてのふれあいの空間に居るのだと言う事はわかる。
 今日もそれは例外ではなく、ふらふらっとファーナに寄って行ったと思ったらアイリスを呼び寄せて娘二人にがっしり抱きついている。顔には満足の二文字しか見えない。
 そんな家族水入らずの空間にしてあげたいと思うのだけれど、出て行くとまた別の気を使わせてしまう。
 俺は同じく居心地の悪そうなヴァースに寄って話をする事にした。
「ヴァース、ちょっといい?」
「ああ……今回の事は本当にすまなかったな」
「いや、俺は良いんだ。それよりヴァースさ、今回なんで街の人を巻き込むような事をしたの?」
「それは……」
「俺が逃げると思ったの? それなら練習って言ってロザリアさん方式でやったって良かったじゃないか? なぁ、なんか変だよ。ずっと納得がいかないんだ」
「……」
 ヴァースは黙り込む。
「このままじゃ、どうしてこうなったかもわかんないし、なんか色々嘘っぽいよ」
 どうも納得がいかなくて聞き込む。ヴァースは表情を変えなかったが、一つため息を吐いた。
「……誰かを巻き込んででも付けておきたかった決着だった。それは私にとっても、アイリス様にとっても大事な事だった。だから決闘という選択をしたんだ。何処にも逃げ場がなくなるように。後悔のできない試合をするようにな」
 何一つ後悔する事の無いような試合だった。俺がヴァースを怪我させずに勝てた事は奇跡だと思う。ヴァースだって全く手加減せずに打ち込んできていた。最後だって恐らく剣があの二本でなければ、俺が貫かれる事になっていただろう。
「キミの思いの強さも解った。私が思っているような曖昧な絆ではなかった」
 剣を向けられて居る事に理不尽は尽きなかったけれど。戦って勝つ事を決めてからはただ自分のエゴの為に剣を振った。一瞬一瞬の集中力は今までの比ではなかった。
 決着をしたときに言い知れない疲労感と達成感があった。
 其処にファーナが居る事に感動した。彼女はまた俺の為に泣いていた。
 色んな事を言いたかったけど、結局ありがとうとお礼を言ってキュア班に付き添ってもらった。
「その熱量を何故言葉にしない?」
 彼に逆に問われると、俺はフルフルと頭を振った。
「……別に言わなくて良い事なんだよ」
 感覚の共有があるから。
 今回もファーナの気持ちがわからなかった。でも今回繋がりが途切れたりはしなかった。ただ無言で俺の服の裾を掴んで泣いている様なファーナの感覚だけがあった。指先だけでも信じてくれているのならそのために尽くそうと思った。
 別に全てを曝け出せとは言わない。皆が皆本音だけで生きてはいけない。ファーナの心をこの繋がりから覗こうとは思った事が無い。
 でも俺はとっくにファーナに全てを曝け出している。俺が思っている事で隠す事なんてない。だから好きなだけ知ってもらえれば良いし何を言われたって構わないのだ。
 この騒動の結末と言える言葉があるのかは知らないが、俺は最初にファーナに約束した言葉があって、それを愚直に実行している。王妃様にもお願いされている事で、俺は無碍にする気は無い。

 俺が言ったと同時に、強くドアを叩く音が響いた。
 そして慌しく兵士が入ってくる。

「失礼致します!」
「どうした。騒がしいな」
 俺に向けていた拳を下げて急にクールダウンする王様。
 これは助かったと言っても良いに違いない。俺もその兵士の方を向いてその用件に耳を傾けた。
「そ、それが、国王様に客人が参りまして……!」
「客人? 急ぎの用事でなければ明日にしてもらいたいものだがな。一体何処の誰だ?」
「はい、それが……!」

 息を整えて兵士が一息に王様に向かって言う。
「クロスセラスの使者でなんでも“神子”を名乗る者でして……!」
 俺とファーナが同時に『ええっ!?』と声を上げて兵士を見た。王様も面白そうに腕を組んでニヤリと口の端を歪ませる。
「ほう……? ちなみに名や容姿と背格好は?」
「はっ、フライト・グラインと名乗る確か僧のような格好の男の神子と、シキガミを名乗る双子の女二人です。双子の方は黒い髪をしていました」
 全く知らない。八組居る俺のあった事の無い最後のシキガミだろうか。
「フライト・グライン……会った事はあるか?」
 王様に問われて、俺は首を振る。ファーナも同じく一度金色の髪を揺らして王様に言う。
「いいえ、ありません……それに双子のシキガミだなんて……」
 確かに、シキガミ二人分なんてずるくないだろうか。
「ふむ。会っておくか?」
「は、はいっよろしくお願いします!」
 ファーナがそう言うと、王様は頷いて兵士に騎士隊長を召集し此処へ通すように指示を出した。
 アイリスとヴァースも立ち会うようだ。
 暫くするとぞろぞろと総隊長やロザリアさんと言ったグラネダの騎士隊長が集まって整列する。圧巻の一言で、普段気さくなこの人たちからは考えられないほどピリピリとした空気になっている。やっぱり総隊長が居ると違うな、と思いながらその様子を見ていると、入り口の前でシャラン、という音が聞こえた。
 そして、ギィっと扉を開けて現れたのは――。

「失礼仕る」
 良く通る声でそう言って一礼するとシャランと杖を鳴らした。僧とは言っても長髪で、いかにも強そうな目つきをしている。頭の上には小さな赤帽子がある。法衣を纏った身で静かに歩く姿にはブレが無く、この場に全く油断していない。
『失礼致しますッ』
 同じく入ってきたのは、そして恐らくシキガミの――白黒のゴシック調の洋服に身を包んだ二人が現れた。ファーナぐらいの背格好で左右対称に髪を括っているのが見える。静々と最初に踏み込んだ僧侶の後ろを歩いて王様の前で膝を折って礼をした。

「自分は、ルアン・ノ・クラネカイン領より参上しました、フライト・グラインと申します。 後ろの二人はムラサキ・ゴジョウとクレナイ・ゴジョウ。見ての通り双子の付き人です」
「ムラサキです」
「クレナイです」
 交互に挨拶と一礼をして双子のシキガミは頭を下げる。
 二人については全くの未知数。ここに居る俺達がシキガミだと言う事はばれてしまっているだろうか。
 それを考えた瞬間に、フライトと言う人の目が、ギロリとこちらを見た。いや、ただ見回しただけかもしれないけれど。

 その人の存在感は皆を緊張させた。僧侶ってもう少し丸い人がやるものじゃないのだろうか。この人は全く穏やかには見えず殺気すら放っているような気もする。俺達のさっきまでの和やかな雰囲気はとっくに無くなっていた。
 そして――フライトと言う人が持ってきた話は、更に穏やかな物ではなかった。

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