第190話『訪れた戦争のにおい』

 全く見分けがつかない。辛うじてつけているアクセサリーの色が名前の通りだなぁと言うところに気付いたけれど顔はそっくりな双子だ。髪をサイドに纏めていて鏡合わせしたかのようである。
 そんな二人の前には目付きの鋭い僧侶が居る。男性にしては少し長めの髪で、それを後ろで縛って纏めている。ガタイの良さと雰囲気から鍛えられた人なんだなと言うのが見て取れた。
 ともかく俺はこれで全員の神子とシキガミを見た事になるが、やっぱり一番異常なのは魔王組だ。あの組み合わせだけがぶっ飛んでる。この二人はあいつ等のように力を悪用しているようには見えないし。

「ふむ、フライト・グラインと言えば、マクトリーシャの賢将か。つい数年前の戦争からぱったりと名を聞かなくなったが……生きておったのだな」
 王様はフライトと言う人を知っていたらしい。と言う事は多分騎士の人たちは皆知っている人なのだろう。そんな人が神子なのか……。
「恐れ多い名です。拙僧が本物かは疑わないのでしょうか?」
「偽物が易々と私を睨めんよ。それが本物でなくてもクラネカインの使者の証明はするだろう?」
「恐れ入ります。此方クラネカイン領主サバンネの書状に御座います。お目通しを」

 王様はその書状に目を通して、一度唸る。
「サバンネ様は何と?」
 王妃様が声をかけると書状を閉じて一度王妃様に目配らせをした。
「うむ。要は加勢依頼だな。フライト殿よ」
「はい。書状の通り申し上げさせていただきますと――。

 先日、大国アルクセイドが六天魔王を名乗るシキガミの手に陥落いたしました。また数日中にクラネカイン等周辺国に攻め入ってくるでしょう。奴の侵攻の速さは異常としか言いようがありません。
 ……つきましては、数日中に周辺国であるクロスセラス、セイン、グラネダ各国に軍事ご協力をお願い致す所存で御座います」

 騎士を含め皆がざわっと声を出す。一時的な驚きですぐに静まったが場が緊迫した空気を持っていた。王様も笑ってその話を聞いていない。
 ――どういうことだ。
 つい数日前、その六天魔王と俺達が戦争をしてたんだぞ……!?

「……まさか……」
 ファーナが顎に手を当てて小声で呟く。
「何か知ってるの?」
 問いに頷くとちらりと此方を見た。深刻な何かではないらしいが
「……少し思いあたるところが。でも後にします。今はあちらのお話を聞きましょう」
 俺はファーナが言った事に頷いてまた目の前の使者に目をやる。
 シキガミの二人はゴスロリ風と言うんだろうか。シキガミは和風の人が多かったのにこの人たちは白黒を基調にしたドレスを着ている。こっちに来て買った服なのかも知れないけど、随分と馴染んだ着こなしをする人たちだなぁと思う。
 あまりまじまじと見ていた為か、赤いリボンをつけたクレナイと言う人が俺の方をキッと睨んできた。確かに見すぎたかもしれない。
 とりあえずニコッと笑いかけておくとふいっと視線を逸らされた。

「クラネカインの方は今どうなっている?」
「今クラネカイン領は……狙われています。恐らく軍事態勢が整えば最初に狙われるのがクラネカイン、次がクロスセラスでしょう。
 特殊な攻略法を必要とするセインや軍事最強国グラネダに挑む為の糧とするにはこの二つよりありません」
「成る程……セインと我が国をぶつける事で削られたか……」
 王様とフライトという人の話は続く。
 今回の戦争にはそんな意味があったのか。
 俺はあまり理解しきれていないが、ファーナだけが一層深刻そうな顔をする。確かに国の一大事とも言える。
「クラネカインはクロスセラスと同盟を持ちました。
 拙僧、先ほど神子と申しましたが、クロスセラスにも神子とシキガミが存在し現在は共同線を引いて六天魔王から防衛を行う事になっております」
「防衛か」
「はい。防ぎきるのがやっとでしょう。単純な人口数ではアルクセイド領の軍事力に勝てません。魔王が強すぎるのです」
「やはりな。ウチのもコテンパンにやられていた」
 チラッと此方に視線がきた。
「む。確かにトマトペースト状だったよ。だたアイツのせいじゃないけど!」
「だっさいのぅ……」
 赤い方の子にボソっと言われた。
 あいつ滅茶苦茶強いって!
「私は勝ったぞ」
 徒手空拳で勝った人がニヤニヤと此方を見ている。
「先代が優秀だと後輩が辛い!」
「頑張ってもらわねばな?」
 意味深に笑うと使者が王様に聞き返した。
「……先日の詳細に詳しくは無いのでお聞きしたいのですが。勝った、とは?」
「先日の小競り合いで出てきていた魔王は恐らく偽物だが、砕いておいた」
『ええっ!?』
 双子が同時に驚きの声を上げる。
「ガラスのような物で作った精巧な動く偽物人形のようだったな。
 確かにあの強さならば脅威となろう。今回の死者の半分はあやつによるものだ」

 飛んでいく斬撃を見た瞬間に避けれる人間なんてそうそう居ない。無造作に振られるあいつの攻撃に死んでいった人は本当に多い。かといってアイツだけに向かって裂空虎砲も振れなかったし、戦争という他人が居る場である以上俺の勝ち目は薄いかな。
 でも今度はもうあんな酷い手も受けないだろうし、ファーナと一緒に落ち着いて戦えばもう少し何とかなるはずだ。
「心配していますか、コウキ」
「負けたのは事実だからなぁ」
「大丈夫です。次は負けません。決して、風前の灯等とのたまわせるような事はしませんから。もう二度と……あのような失態は晒しません」
「うーん、ファーナが云々じゃなくて、そもそも効いてないって感じじゃなかった?」
「……違うのです。最初に魔王と魔女に会ったときわたくし達の術の威力を発揮できていませんでした」
「えっ、そうだったの?」
 てっきりアレで全力だと思っていた。炎月輪を投げる側の俺は全力で投げてるし、まだ強くなる余地があって良かった。
「はい……黙っていてすみません」
「うん。勝てそうな見込みがあってよかった」
 なんだかファーナが勝手に凹んでいっている気がする。なんか変な事言ってやろうかと思ったが場所と空気が流石に許してくれない。

 王様と使者の話の一部始終を聞き、緊急に軍事会議が行われる事になった。
 大々的な会議となる為、王様や騎士隊長はそのまま会議室へと場所を移す。使者のフライトという人もそのまま会議に招かれ、俺達は双子の客を客室へ案内する事になった。
「双子のシキガミって、二人とも武器出せるの?」
 俺が訊くと「ハッ」と呆れたように言って赤い紐の子が俺を蔑んだ目で見る。
「口の軽い奴じゃの。頭も軽そうじゃ。ウチらがそれに答えると?」
 な、なんで最初から全開で嫌われてるんだ……。
「じゃあそれは別に答えなくてもいいから何か話しようよ。
 俺黙ってると死んじゃう病なんだ。おにぎりの具は何が好き?」
「うっさいわ。そっちの根暗そうな神子ちゃんとお話してればー?」
 彼女の言葉の節々に棘がある。
「根暗? ファーナは見た目の色が明るいからそんな印象無いんだけどなー」
 俺を馬鹿にするのはいいんだけど、ファーナに飛び火するのはいただけない。でも流石にお客さんだし、俺が印象悪くするのも良くない。
「根暗と明るい馬鹿のコンビでお似合いじゃ」
「そりゃありがと」
 クレナイって子の方は大分毒舌だなぁ。ムラサキの方は全く喋りもしない。ただ静かに俯いていて時折こちらを見て申し訳無さそうな顔をしている。
「ねぇ、そっちの子」
「ムラサキに触らんとって。貧乏臭いのがうつるじゃろ」
 貧乏臭い……俺いまだに貧乏臭いのか……。近衛兵服をちゃんと着ようかな、とか思ってしまう。貰ってはいるのだが、正装っぽくて中々着れない。
「く、クレナイ……、それはちょっと言いすぎじゃって」
 流石にそのやり取りに冷や汗が隠せなくなった彼女がクレナイの服を掴んで言う。あっちは常識人のようだ。
「言いすぎ? こーんな頭軽そうな奴に何言ったって言いすぎって事はないじゃろ」
 相変わらず辛辣に俺を指差して言う。
 流石に何か言い返そうと思ったところでカツッとファーナが足を止めて振り返った。

「此方が客室になります。
 兵がじきにきますので何か申しつけがありましたら其方に言いつけてください。
 ではわたくし達はこれで。行きますよコウキ」
 早口にそう言い切って俺の服の袖を掴んだ。
 うわぁ、ファーナ怒ってるよ。まぁ流石にアレだけ悪口言われれば当然なのかも知れないが。
「あ、あー。でも、もうちょっと話していこうよ」
「お前頭に中身あるのか疑いたくなるのぅ」
 呆れた、と言う感じでクレナイが言う。
「はっはっは。別にちょっと口調がアレなぐらいなんともないよ」
 俺には死ねばいいのにが口癖の友人だっている。まぁあれも本気なわけじゃないけれど、ちょっと棘があるぐらいなんだと言うんだ。
「ウチ等はアンタ等と話す事はなんも無いわっ」
 腰に手を当てて俺を睨みつける。
「そんな事言わずに。せめて六天魔王のこと教えてよ」
「なんであたし等があんな奴の事!」
「ふーん、嫌われ者なんだあいつ」
「嫌われ者!? そんなんどころじゃないわ! あたし等の仇じゃ!」
 その剣幕は俺をいびる時以上である。
「仇かぁ。じゃあエロナナシとわかめノスケは?」
「ナナシはどうでもええけど! 誰がわかめじゃ! ハギノスケじゃろう!」
「だって俺滅茶苦茶殺されかけたんだもん。何もしてない獣人の村も襲って壊滅させちゃう奴だぜー?」
「はぁ、意味も無くそんな事するわけないじゃろう……。理由は訊いたん?」
「いや、聞いてない」
「馬鹿じゃのう」
「まともに話す機会が無かったんだよ。俺ごと標的にしてたし」
「そりゃシキガミなら別にええじゃろ。そもそも死んでないんじゃし」
 はん、と思い切り見下されような口調で言われる。
 それに流石に耐え切れなくなったのはファーナで適当に会話を続けようとした俺の間に割って入った。

「コウキ……もう良いでしょう。
 余り貴方が言いたい放題されるのも気分が良いものではありません」
「ご、御免なさい、クレナイも悪気がある訳じゃ……」
 ムラサキの方も流石に耐え切れなくなってクレナイを押さえる。ありがと、と言うとクレナイが押さえられて使えない手の代わりに足で俺を遠ざけた。別に近づいてないのに。
「こっちくんな! ムラサキに頭悪いのが移るし!」
「ほう、悪気は無いと」
 ファーナの目が笑っていない。これは良くないと思ってファーナの肩を持って彼女等から一歩遠ざかった。
「いや、はい……悪気ありますたぶん……!
 ホント御免なさい。ちょっと緊張してるんで部屋で休ませてから言って聞かせるんで……」
「是非そうしてください。コウキ、行きましょう」
「うーん。わかったよ。後で良ければ緑茶とかおにぎりとか持って来ようと思うんだけど、いる?」
「要らん! はよどっか行きぃや!」
「クレナイ、落ち着いて……ね?」
「ムラサキっコイツ等敵じゃしっ!」
「今はどう考えても味方でしょ……。ちゃんと考えて。それに敵って考えるならあたし等完全に不利じゃけぇ、大人しくしとこうよ」
「コイツが話しかけてくるのが悪いんじゃ!」

 ブチン、と堪忍袋の緒が切れた。ファーナのだけど。
 彼女の堪忍袋の中には煮え滾った炎の礼儀礼節の真骨頂が入っていて、落ち着きの無い阿呆に降りかかって激しく炎上する。場合によってはリアルに燃える。

「いい加減にしてください!
 人が親切に気を使っているのに、貴方は何なんですか。礼儀がなっていないのは其方でしょう。
 此処に使者として訪れている以上、貴方達はお客人です。国として無下に扱う気はありませんし、相応のおもてなしはさせていただきます。
 個人として我々には因縁があり敵対をする事もあるでしょう。しかしそれを協力を持つ戦争に持ち込むのは如何なものでしょうか。何の為に貴方の神子が此処まで足を運んだのか貴方はわかっているのですか。それを貴方が気に入らないと言う口先だけの下らない理由で終わらせてしまうのはあまりにも浅慮です!」
 空気が熱を帯びた。チリチリと火の粉が上がっているようにも思う。ファーナが感情的になれば成る程、火の気が彼女の周りに集まっている。
 ファーナが怒声まじりに一気にまくし立てたが、それに怯む事無くクレナイが言う。
「うっさいわ! あたしはヘラヘラして薄っぺらく笑うこういう男が大っ嫌いなんじゃ!」
「クレナイ落ち着いて! ホント、やめて!」
「なんじゃ! 文句あるんか!」
 ち、チンピラかよ……。女の子的にこういう言葉遣いはどうなのだろうか。地方弁だな、西の方の……まぁそれはいいんだけど。
「何も最初から邪険にする事はないだろっ! とりあえず落ち着いて話ぐらい聞いてくれよ」
「薄っぺらで浅はかなのは其方でしょう!」
 俺達の意見には聞く耳を持たないといわんばかりに彼女の足が空を蹴る。
「お前のせいじゃっ! はよどっか行け!」
「すみません! 本当にすみません! クレナイ、部屋に入ろ!?」

 ムラサキに連れられて、部屋に引きずり込まれてバタンと扉が閉まる。その後も少し中で言い合いをしているようで同じ声が言い合っているのが聞こえた。
 そこに居ても仕方が無いので俺達は神殿へと向かって歩き出す。

 階段を下りる頃には遠くになった喧嘩の声も聞こえなくなっていた。
 そこで気を張っていたファーナが深いため息を吐いた。そして恨めしそうな目で此方を見る。
「……もう。コウキも人が良すぎますっちゃんと怒るべき所は怒るべきです」
「ああ、ファーナが根暗って言われた時はちょっとイラッとした。
 でもお客さんだしと思って踏みとどまったんだけどさ……流石に気分悪いね」
 そもそもなんであんな嫌われるんだろ。別に今シキガミ同士戦うって訳じゃないのに。
「本当にもう……。重要な話で無ければ追い返していますよ」
 まだプリプリと怒っているファーナに笑う。
「はは、まぁシキガミの兼ね合いだから仕方ないよ」
「……どうでしょうね。アレは貴方を見た目だけで嫌っていたようですけどっ」
「薄っぺらいとか貧乏臭いとか酷かったなぁ……。明日からは近衛服着ようかな」
「ええ、それはそうしてもらえば良いと思います……はぁ、今日はなんだか疲れました」
 ファーナはふぅ、とため息をついた。今日は色々と精神的な負担が多かっただろうから気を抜く疲れを感じるのだろう。確かに今日も朝からいろいろあった。
「お疲れファーナ。一応明日に報告は聞けるらしいから今日はもう休む?」
「そうですね……貴方はどうするのですか」
 そう言われて俺はんーと、少しだけ考えた。
 あの二人が気にならないと言えば嘘になる。嫌われているのはわかるが、納得できない。あと純粋に御もてなし足りてない。俺はもっと他愛も無いあっちの話をしたかった。タケによればナナシは普通に話せるエロい奴だったらしいし。完全対立の前に和解できれば友人になれるんじゃないかって思う。

「おにぎりを作るよ」
 俺の答えにファーナが一瞬呆気に取られた顔をする。
 普通あんな言われ方をしたら行かないよな。俺も変な事してるなって思った。
「……懲りませんね」
 そして彼女はため息を吐いて笑う。それが貴方らしいのですけれど、と言って続けた。
「では……貴方が“なんとか”するのを期待します。
 終わったら一度わたくしの部屋に来てください。
 ……沢山、話したい事があるのです」
「わかった」

 神殿に到着すると、スゥさんが出迎えてくれた。ファーナはそのままお風呂に行くらしい。俺はスゥさんに言って一先ず厨房を借り、簡単な調理を始めた――。
 きっと同じ世界の食べ物なら、ちょっとぐらい分かってもらえるはず。
 だから俺が作れる最高のおにぎりを作ろう――。


「いらんつったじゃろ。この優男が――!」
「あ、あぁ……! クレナイ……!」
 投げつけられたお皿と顔面にべったりと張り付くお米。
「……ここまで来ると性悪通り越して最悪だ。
 俺も流石に怒ったぞ……!」

 そして俺を怒らせる最悪の事態が起きた。

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