第191話『不思議な双子と』

「うっ……くっ……!」
「ひぐっ……ぅぁ……! もう、許して……っ!」
「ダメだ。もう一回。次はもっと強くな!」
「はぁ……や、ぁ……っ鬼じゃ……!」
「これ以上……やったら……! あ、あたし、こ、こわれ……!」
「ダメだね。俺が満足するまで付き合ってもらうよ」
『ひっ……!』

 俺はもう一度手をあてがって準備をする。手加減も容赦もする気は無い。

「ぁあぅ……!」
「んくっ……!」

 二人が同時に身体を強張らせる。

『ぷぁっはははははははははははははっはははははははははははははははははは、ん……っふはははははははははははははははははははははははひぅっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!』


 顎が外れる程笑うと、脳の後ろの所が物凄く熱くなる。それって俺だけだろうか。
 米を顔面にぶつけられた腹いせにクレナイに掴みかかって思い切りくすぐってやった。これが思いの他効果覿面だったらしく、嫌がりながら大爆笑を始めた。今は俺の第二波の攻撃である。
「いいかっ! お米ってのは農家の人が一生懸命田んぼに苗植えて作ってだな!」

 そして俺はその抵抗できない状態をいい事に説教を始める。それを聞いているのかは謎な所であるけれど、そんな事は関係ない。俺は怒ったのだ。
「商人さんが買い付けたり、そのまま運んで売りに来たり、すげぇ手間暇掛かってるんだぞ!
 なんで大事に出来ないんだ!」
「あははははッ! もう、やめっ! あははっははははっっ! 変態ぃ!」
「あはは、なんで、あたしまでっ! やめてぇー! あはははははっ!!」
 なんか一人が笑うともう一人も笑う構造になっているらしい。双子って不思議だ。まぁ今回あっちの子は悪くないけど、被害を食ってもらおう。こいつが俺を怒らせたのが悪い。
「お米には一粒一粒に神様が宿ってるって聞いた事無いのかよ!
 別にそれを信じなくて良いけど、どれだけ大事にされてるのかわかるだろ!」
 一粒を笑う物は一粒に泣く。米を粗末にする奴は俺が天罰を下す。
「そ、それ、あはははっ! 擽りながら言うこっあははははっ!」
「食べ物を粗末にするな! 半分は持ってきた俺が悪いけど、ダメになった米の分は全面的にそっちが悪い!」
 くすぐっているクレナイが身を捩じらせて抜け出そうとするが体格差は歴然。それに細身の彼女等を掴んだままにしておくのは簡単だった。
 俺の他愛の無い説教が、聞いてもらえているとは自分でも思えないけれど。
「も、わ、わかった! わかったからぁ!
 もう、やめてぇっ! ごめん! ゴメンってぇ!」
「ひぃ……! ふぅ……! も、いき、が……!」

 椅子の上に座っていたムラサキが近くのベッドまで行って転がりこむ。
 擽っているのはクレナイの方なんだけど、本当に同じぐらいくすぐったいらしい。俺の手を掴む事が出来ない分、あっちの方が苦しそうだ。

「誓え! 食べ物は粗末にしません! ハイ! リピートアフタミー!」
「だ、だれがお前なんかのいうこと……! あはははははは!
 たべ、食べ物は粗末にしません〜〜! ほら、言った、あはっ! 言ったからぁ!」
「心を込めろよ! 俺は全く許す気になれないね! 食べ物は粗末にしません! ハイッ!」
 くすぐる手を緩めずに再び復唱を求める。俺の叫びは全農家の叫びである。
『食べ物は粗末にしません!』
「作った人に感謝を! ハイッ!」
『作った人に感謝をぉ!』
「いただきます! ハイッ!」
『いただきますぅ!』

「はい、召し上がれ」

 パッと手を離すとぺたん、とクレナイが座り込んでから、這ってバタバタとムラサキが居るベッドの上へと逃げていった。二人でピタッと引っ付くとキッと此方を睨んでくる。

「はぁ……っ! 鬼じゃ、鬼じゃろアンタ……!」
「はは、は……、はぁ……死ぬかと、思った……!」

 言いつつ二人は笑いすぎて出てきた涙を拭いている。
「全く、こんなに怒ったのは初めてだ!
 次やったら三半規管がキーンて言うぐらいまでくすぐるからな!」
「嫌じゃ変態……! もう、おかしいわアンタ……! 何が目的なん!?」
「俺はおかしく無いしっ!
 いいか、食べ物は粗末にするなよっ。当たり前だろ!?
 お米だって手間掛かる食べ物なんだし、それを売ってる人だって重いのに運ぶ訳だし。
 俺がウザいから嫌われるのは仕方ないとしても! ご飯はダメだ!

 あと、俺はただ友達になりたかっただけだよー、もう。
 うぁ……顔べったべったするし……! ちょっと顔洗ってくるっ!」

 こう、クリームとかとは違う顔面全体に暖かく粘着する感じ。ごしごしとかおを触るとより粘りが増していく。手で無理矢理取るのはやめた方が良さそうだ。そんな俺をベッドの上の二人が唖然としてみていたが俺はとっとと顔を洗いに行ってしまう事にした。
「いいか! これは食えよ! こっちの米だって美味しいし、沢庵なんか手作りなんだぞ!
 食べ物が大事に出来ないような奴には絶対なるなよ!」
 クレナイの分は俺が回収できる分だけもぐもぐとやっているがムラサキに渡した方はぶじである。
 ひとまず顔を洗う為俺はその部屋を後にした。



 去っていってから二人で安堵のため息を吐いた。
「へ、変な人じゃねぇ……」
「なんなんあいつ……うぅ……もう、ええわ……お腹減った。あたしおにぎり食べる」
 二人はベッドから
「それあたしのなんじゃけど」
「一個ちょーだい」
「ええけど……あ、たくあんって、作ったっていっとったねぇ」
「糠漬けした沢庵だ」
「はやっ!? もう顔洗ったん!?」
 俺の突然の登場に、クレナイが驚く。
「この城は各階に簡易炊事場付いてるから、廊下の端の部屋に水来てるんだよ。だからすぐそこなんだ」
 この城にはちゃんと水道の施設があって、とても水周りが良い。単にお茶を淹れるだけならその簡易炊事場で事足りる。そんな炊事場で俺はお茶を淹れて熱い緑茶を二人に渡す。ティーカップなのがなんともだけど、香りは緑茶だ。
「糠漬け……? まぁ、香の物よねぇ?」
「あれ、食べた事無い?」
 つか香の物って言うんだ。俺の言った事にムラサキがコクコクと頷いて、
「うん、いただきます」
 手を合わせて箸を取るとクレナイが箸で一枚つまんでまじまじと見ている。
「黄色いの、なんじゃ?」
「大根の糠漬けだよ」
 俺の言葉を聞きおえてすぐ、クレナイがまずそれを口に運ぶ。こりこりといい音がするのは、いい漬物が出来たって事でいいだろう。
「……おー。美味しい。ご飯に合うわ」
「そういえば、こっちにきてからはパンしか食うとらんし。
 和食も久しぶりじゃ」
「え、美味しい……これ、ほんまにアンタが作ったん?」
「そだよ。お客さんの為に丹精込めて握ったさ」
 おにぎりだって頑張って綺麗な三角形にしたのに。
 俺を見てクレナイがどんどんバツが悪そうな顔になった。一度俺と目が合って、プルプルと頭を振ってからまた此方に目を合わせて頭を下げた。
「……ごめん」
 ――そういえばやられた事事態は別に怒っていない。
 ご飯を無駄にされた事が腹立たしかったのだ。
「いいよ。うまいだろ? おにぎりもそっちはゴマ使ってるから味が違うんだ」
 俺が指を差すムラサキのおにぎりは胡麻塩を降っている。
「ムラサキっそっちも一口頂戴っ」
 急に元気になっておにぎりを奪いに行くクレナイ。普通に仲の良い姉妹のようだ。

「どっちが姉ちゃんなの?」
「えっ、どっちでもええじゃん」
「上下って言うか……」
『ねぇ?』
 二人で顔を合わせてかがみ合わせのように顔を傾ける。二人にとっては上下関係は無いものらしい。
「へぇー。俺なんか姉ちゃんが居たからもう大変でさぁ。
 あれやれこれやれって煩かったなぁ。そーゆー横っぽい繋がりっていいよね。自分でやれよ! っていえるし、無理矢理やらされないし」
 ウチの姉だって良いところばかりではない。マッサージをやれだの、面白い事言えだのと言われるのはいやだった。どちらかというと、日々の家事に感謝するよりそういった面倒な所ばかりが姉の記憶として残ってしまうのだけれど、後々人に語るとやはり面倒見の良い人なんだという良い点に押されてその欠点は霞んでしまう。
「確かにウチ等は無いねぇ」
「自分でやるしっクレナイの面倒はあたしがみてるし?」
「はぁ? あんたの面倒を見てるのはあたしじゃろ……さっきどんだけハラハラしたとおもっとるん?」
「コイツがあまりの可愛さにムラサキを狙っとる不届きものじゃったらどうするん!」
 喋っているとどっちがどっちだか良くわからなくなってくる。似てるなホント。
「俺届き者なんで、普通に友達であってくれれば良いよ。
 壱神幸輝だ。よろしく。こっちの人みたいに名前で呼んでくれれば良いよ」

 俺が言うと、二人が同時にこちらを見た。

『あたしは五条』

「クレナイじゃ!」
「ムラサキじゃ!」

『名前でええよ!』

 同時に言い切って二人が笑う。それに釣られて俺も笑ったけれど、腑に落ちないというか、同じようで違う言葉をステレオで聞いてチョット混乱気味だ。
「うん。五条さんとは呼べないし……つか一人ずつ喋ろうよ!」
『ちょっとあんたが静かにしっ』
 注意の言葉も息ピッタリである。
「うわぁ、仲いいなぁ……」
 喋りだすのも同時、言う事も同じ。
 そういった事が出来る双子は少ない。双子と言っても、結局一個人だしね。きっと一卵性双生児に違いない。
 友達になれたかどうかは解らないが、俺はもうこの二人は友人だと思う事にした。と言うわけで適当な雑談を始める。
 雑談というのは本当に止め処ない。適当に会話の節々を拾って次の話をしていけばどんどん広がっている。修学旅行で行った場所の話しをしていたらいつの間にかファミレスの美味しいメニューの話になっている事なんてザラだ。
 笑いどころの多さからみても、俺は雑談が好きだ。喋らないとしんじゃう。

「どうしてあたし等と友達になりたいって?」
 ムラサキがクレナイの頬についたオニギリの粒を取って口に運ぶ。
「どうせ敵になるって聞いたんじゃけど」
 ぐいっとクレナイがその頬を拭ってもうついて無い事を確認する。
『ね?』
 顔を合わせて二人が首を傾げる。仲の良い双子は珍しいと思う。特に中高生ともなると、難しい年頃になって、同じ友達を持たないようにしたり、あえて違う道を選んで行ったりするのがおおい気がする。
「まだ解らない未来の事を言われた通りにやるのは嫌じゃないか?
 特になんでよくわからないけど相手をいきなり恨まなきゃいけないのさ。意味分からなくない?
 俺はどっちかってと、友達増やして皆で助かる方法探したいね。若干一名最初からやめてるけど」
「他力本願かっ」
「んー、それもそうだけど、自分の最善を最初に決めて動かないと気がすまない奴なんだ。
 だから最初に“俺は敵になるからな”って選んだんだ」
「それが普通じゃろ?」
「そう、なんか取り合えず引かれた道みたいな普通ってやつだから、俺は納得できない。
 だから全員で別の道にいけるように探そうぜ。それができればあいつだって協力するって言ってるんだ」
「例えば?」
「例えば……ええと、ほら。竜殺しになるとか。あれはあんま倒せそうな気もしないけど」
 さらにその上でもやっていかないといけないと思うけれど。鍛錬を積んで神性位を上げれるのならば、上の立場の存在に挑んで行けばいつかは俺達の目的に辿り着くんじゃないかというところだ。でもこれは結局誰かに犠牲になってもらおうぜっていう自己中心的な解決の仕方だ。余り良いものと思えない。
「竜殺し? つか竜に会ったんじゃ?」
「会ったよ。竜のレプリカがやっと倒せたってぐらい」
 アキの話だと、竜本体はかなりヤバイらしい。時間は止まるわ、何やっても効かないわ、幻覚は見るわとかなり辛い空間だったとか。
「あたしにはわからんけど。強いんじゃね」
「あはははー! これでも一応修羅場は潜ってきたんだぜー!
 まぁみんなそうだろ。神子とシキガミの試練だけはやってかなきゃいけないんだろうし」
「そうじゃけど、ちゃんとギリギリ乗り越えられるかどうかの敵を出してくるのが試練じゃけぇ。アンタが超えてる物の大きさが、アンタの強さなんよ。あたしはそう聞いとる」

 ムラサキがいうと、俺とクレナイがシンとして彼女を見た。
「な、なんじゃっ?」
 二人の視線にアタフタと顔を移動させてムラサキが慌てる。その彼女を見て、ぎぎぎっとロボットのように顔を変にこちらに向けるとビッと俺に向かって指差した。
「クレナイ、こんなナヨナヨしたのダメじゃ!」
「はぁ!?」
「ウチ等にはハギノスケがおるんじゃ! ムラサキに手を出すな!」

 キシャーっとクレナイが此方を向いて牽制をかけてくる。手を出すとかそんな気は無いと言うのに。そもそもハギノスケってワカメ野郎じゃん。
 ちなみに三人とも椅子に腰掛けていて、丸い机で仲良く雑談である。
 オニギリは完食された。二人とも美味しいといってくれたので満足である。
 俺の本懐は達成したのでそろそろお暇しようかなぁと思ってその二人に笑って席を立った。


 あの二人は基本的にいい子のようだった。
 敵対に気を抜くような事はしたくないと言ってはいたが、やはり戦いを進んでやりたい訳でもないようだった。無意味な戦いは避けられそうである。

 俺はこの後、何か用事があったなぁと洗い物をして食器を拭いた後そうだ、と手を打った。別に完璧に忘れていたって訳ではない。ファーナに呼ばれていたんだった、と俺は手を洗って彼女の部屋を目指す。

 そういえば俺達どういう関係で決着がついたんだっけ。俺は酷く曖昧な所で終わっていると思うのだけれど。それを話すために呼ばれたんだっけ。そうか、と俺は何と無く深呼吸をしてから彼女の部屋の扉を叩く。
「はい。どうぞ」
「おじゃましまーす」
 招かれるままに俺は部屋へと入っていく。夜はかなり深くなってきたが、まだ軍の会議は終わっていない。その報告は俺達にだって無関係じゃない。それを待つのも含めて、俺はファーナと今日の事について話をする事にした。

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