第193話『塔といつもの絶叫』


「塔が赤く光るだなんて、初めてです。
 今までは大体、青白いか普通の白い光ばかりでした」
「別に色の問題じゃなくてさ、それダメじゃね?」

 俺達は研究塔を前にして、その塔を見上げた。原則研究員は夜の研究塔に居てはいけない。
 俺達がキュア班キュア班と言っている建物は城内の城に向かって左側に配置されている。この城内のキュア班は大学病院的な施設で多くの研修生、研究員を持ちながら病院として機能している。王城の隣で結構な大きさを持っていて、その施設には二つの大きな塔がある。その塔は研究塔と呼ばれていて、おもに研究生が使う為の施設である。その片方、王城に近い側で異常があった。

 最初に駆けつけたのは多分俺達だ。間違っても俺の一言が原因で光ったなんてことは無いと思う。たまたま傍に居たら塔が光っちゃったんだ。……ロザリアさんも災難だな、と思う。災難体質は俺もファーナもいい勝負してると思うんだよね。

 以前研究の為とカリウスさんに預けたのだけれど、そういえば研究の結果は聞いていない。一週間なのでまだ数日あるし。
 何故だか今、ちょっとだけ嫌な予感がする。

「うーん……警戒していこう。なんか変な感じだ」
「はい。わかりました。……コウキが言うならかなりの確立で何か起きていますね」
「了解です。先頭を進みますか、それとも殿に居ましょうか」
「先頭をお願いしていい? 俺この塔の構造に詳しくないんだ」
「了解しました」
 そう言って、ロザリアさんが先頭を進み始める。塔の知識もそうだが、鎧を着ている為彼女が先を歩いてくれるのはありがたい。
 ファーナを彼女の後に続かせて俺が一番後ろを歩く事にする。

 研究塔の中は基本的に真っ暗だ。目が慣れてきたとはいえ、月明かりだけを頼りに進むのは心許ない。
「結構暗いな……」
 壁伝いに進みながら階段を見上げた所で呟いた。この階段には本当に小さな小窓しか見えず、足元すら覚束無い。
「わたくしが明かりを。
 収束:5 ライン;掌の詠唱展開固定
 術式;炎の灯<ルーフス>」
 ボッと光の球の中に炎が灯ってファーナの手元に灯る。それをスッとロザリアさんの頭上少し前に移動させると、そこで位置を固定した。
「有難う御座いますリージェ様」
「いいえ。この程度造作も有りませんから。行きましょうロザリア」
「了解です!」


 ファーナの炎があるお陰でかなり明るい。三階ほどまで歩いたが特に何も見当たらない。この塔は円筒形の建物で三階までは部屋を通り抜けなければ次の階段へ辿り着けない仕組みになっている。図書館的な役割を持っているらしく、大量の本と長机が置いてある。普段は研究生達の勉強などに使われているようだ。
 なんとなく何処かで見たような構造だったけれど、建築に詳しいわけでもないので似ているところぐらい沢山あるし見間違いだと思う事にした。

「私は良く利用しますよ。アルゼマインやヴァースもよく来ます」
 騎士の嗜みです、とロザリアさんが微笑むのだけれど、あと一人忘れてないだろうかと思って突っ込んでみる事にした。
「良く聞く名前を一人聞かなかった気がするんだけど」
 俺の言葉に彼女はあはは、と困ったように笑った。
「カルナディアは来ません。出入り禁止なんです。格好がその、目に付きすぎて集中できないと苦情が……」
「着替えれば済むんじゃないのそれ」
「そうなんです。服さえきちんとした物を着ていればいいものをカルナは嫌だと言って強行し、その結果が出入り禁止です」
 まぁなんというかあの人らしいなぁと思う。この図書に関しては基本的に持ち出せないのだけれど、学生と騎士に関しては管理の人間にカード記入をしてもらえば持ち出しは可能らしい。そういえば学校の図書室もこんな感じだっただろうか。あんまり行った事ないけど。
「まぁそれ以来は部下が来るようにしているそうなので……。
 外見も中身も問題だらけで困った奴です」
「腕が立つから困るって奴だね」
「えぇ、口先と腕は立つんですがね。あとは素行さえなんとか……」

 ロザリアさんがため息交じりに小さく言っているのを聞いていると、俺達が来た方から足音が聞こえて振り返った。階段を上っているような音で、少し重苦しい鉄の擦れる音がした。
 それに一番最初に気付いて俺が足を止めて振り返る。
「お。足音」
 言ったと同時に二人が足を止める。
「鎧の音でしょうか……此処に駆けつけた兵かもしれませんね」
「そうであれば感心できるのですが」

 意外と距離は無かった。ロザリアさんの言葉の通りに明かりを持った男性が現れる。
「……あ」
 最初に気付いて声を発したロザリアさんがムッとした顔つきになる。
「おっ! アルゼ!」
 俺は俺でブンブンと手を振ると
「やぁコウキくん。それと……リージェ様。こんばんは。ご機嫌如何かな?」
「こんばんはアルゼマイン」
「そりゃもう元気だよ。アルゼも光の原因探し?」
「そう。ただ事ではないと思ってね」
「……はぁ、お前、自分が何をしているのかわかっているのか?」
「お堅いなローズ。いいじゃないか少しぐらい」
「あっそういえば謹慎中だっけ」
 謹慎中に外に出るのは良くない。
 アルゼは笑って困ったように頭を掻いて言う。
「そうそう。お陰で部屋の外を眺めるぐらいしかやる事が無くてね。
 良ければお供させて欲しいな」
「だめだ! 部屋に戻れアルゼっ」
「つれないなぁ」
「……いいのではないでしょうか? ロザリア。異常を感じて此処へきたのはわたくし達と彼のみです。
 アルゼの責任感ある騎士の行動としては立派な物です」
「はは、さすがリージェ様。ご理解有難う御座います」
「う……しかし規則は規則です。私達がここに居る以上ここは私達で大丈夫ですし、そうなれば謹慎命令は……!」
 ロザリアさんがビッと指差す先で俺とアルゼがガッと握手を交わす。
「一緒に行こうぜー」
「しっシキガミ様っ!」
「わたくしが言わずともどうせコウキが連れて行きますしね」
 ファーナがくすくすと笑いながらロザリアさんに言う。
「あははっどうせ上に行くだけじゃん?」
「やはりコウキ君は頼りになるな」
「そういう問題では――!」
 真面目なロザリアさんは其処で引き下がる事無くきっと眉を吊り上げる。それに対してアルゼは軽く対応しながら流していく。
 なんかロザリアさん真面目だけど皆にうまい事やられているように気もする。気苦労が多いんだろうなぁ。と思ったが俺もその気苦労の一つなんだろうし、今度何か美味しいものでも差し入れようかな。

 俺達はアルゼを入れて四人で塔を上る。アルゼが先行して、ロザリアさんは後ろに付いた。眉間に皺が寄っているのをアルゼに茶化されてさらに表情が険しくなっていた。妙な威圧感の視線を感じる。
 その研究塔は最上階まで何も無かった。
 だけど、俺達はその最上階で――あの光景に出会ってしまった。


「鏡……?」

 円筒形の建物のその中心に大きな鏡が横切っている。其処には入ってきた俺達の姿が映っていて、やっぱりあの時の事を思い出す。
「コウキ、この鏡は!?」
「またあの鏡!?」
「知っているのですか?」
 ロザリアさんが聞いてくる。俺は頷いてから鏡に映る自分を睨みながら以前あった事を説明した。

 以前はあの鏡に近づくと、自分に近い何かが出てきて、俺を鏡に入れて自分達は外へと飛び出していった。自分に成り代わろうとするドッペルゲンガー的な存在だ。実力は自分とほぼ同等。しかし他の人に対しても危害を加える活動をするので危険だと思われる。
 俺達の話を聞いてアルゼとロザリアさんは少し真剣な表情になる。

「成る程……」
「厄介ですね……特に私は極力あの鏡に触れないようにしようと思います。
 ……魔女能力があると少し厄介ごとを招きそうです」
「そうだね。アルゼも触れない方がいいよ。どうなるかは魔女が実践してくれたあんな感じなんじゃないかな」
「しかしそうなのか? 似ているというだけでアレが本当にそうなのかは解らないんじゃないか?」
「いや、そりゃそうだけど。
 触ってみるまで解らないって言うけど触ってからじゃ遅――」

 ドッ!
 突然アルゼに突き飛ばされて後ろへとよろめく。
 ヒュンッ!!

 アルゼに押されてすぐ俺の目の前を高速で何かが通過した。
 灰色の塊のように見えたのでたぶん剣か何かだ。
 剣が飛んできた方向を見ると鏡の中の俺がまた俺を見てニヤニヤと笑っている。俺はアイツが一番嫌いな敵だ。
「アルゼに付いて来てもらってよかったよ!」
 俺より実戦経験長い人はやっぱり視野が広い。ロザリアさんも寸分置かずにファーナを庇って横に飛んだ。
「光栄だね! 来るぞ!」

 アルゼが構えるのと同時にロザリアさんも前に出て片手で剣を構えた。鏡には写ったかのように相手が同じ行動を取る。
 ファーナが横に並んで俺達が後発組みとなる事になる。ちらりと先ほど飛んでいったものの招待を見ると、見慣れた円系の刃物が壁に突き刺さっていた。あいつ等、炎月輪を投げたのか――。
「これは本当に何か因縁があるとしか思えませんね……魔女も利用していましたし、調べましょう!」
「順当に相手も強くなってて嫌な感じだよ全く!」
 俺が剣を構えるとファーナが即座に炎月輪を短縮唱歌で出してくれる。虹剣は渡してしまったが俺の双剣はなくならない。俺が声をかけるまでも無かった。今までに無い安心感を感じる。
 構えて鏡の様子を見る騎士二人に注意を促す。
「ロザリアさん! アルゼ! 鏡に引きずり込まれちゃだめだ! 出れなくなる!」
『了解!』
 二人が同時に言って、凛とした空気になって戦いの場が整う。いいモチベーションだ。アルゼと一緒に戦うのは始めてだけれど、アルゼとロザリアさんは初見なわけではない。戦い慣れた二人なら、むしろ俺が前に出るより安定するような気がする。

「多勢に無勢かもしれないけど一体一体倒した方がいいかも」
「……それは美しくないな。自分で自分を倒してこそじゃないか?」
 俺の言った事にアルゼが問い返してくる。
 それはそうなのかもしれないけど、時と場合によるというものかなぁ。向こうは向こうでチームを組んで色々と俺達に仕掛けてくる。俺達だって束になってかかった方がやっぱり効率はいいはずだ
「アルゼ、今はそういう話ではないっ」
 ピシャリと相手を睨んだままロザリアさんが一喝する。
「それも含めて、さ。こんなの初めてだよ。僕は僕と戦いたい」
「残念だけど、強い人ほど自分ひとりで倒しづらいよ。
 前の時アルベントがかなり自分に苦戦してたから」
「自分が自分を超える事に意味があると思わないかい」
「うん。まぁそれは浪漫があるけど……どうだろうね。前はなんの話も聞いてもらえなかったし。扱い的にはモンスターでいいんじゃないかなぁって思うよ」
「む、そういう事なら仕方ないな……騎士道が望めないモンスターなら皆でかかった方がよさそうだ」
 残念そうにアルゼが言う。その様子にロザリアさんがため息を吐いた。気苦労が増えてる様子を目の当たりにすると申し訳ない気分になる。

 一応相手を気にする前に、一度話をしようと思い俺達は部屋を出た。
 炎月輪はもう飛んでこなかったが、やはり相手は此方をみてニヤニヤと笑っている。
「ふむ……。挑発されているな。
 鏡の中は入ると出られないのかい?」
 部屋を一旦出て、少しムッとした表情でアルゼが言う。敵前逃亡したみたいで気分がよくないのだろう。
「一応入っても出られるよ。かなり力技だけど。この鏡変な仕掛けだったんだよなぁ」
「そうですね。基本的に現実側に出ていられるのはどちらか一人です。
 しかし鏡に触れると相手を引っ張り出す、引き込む事で同時の存在は可能のようです」
「そうそう。外で好き勝手暴れるみたいだから、外組みと中組みに分かれよう」
「成る程、どちらが危険が高いですが」
「鏡の中」
「では、私とアルゼが鏡に入ります」
「いや、俺とファーナが入るよ。
 俺達からすれば中より外の方が危ないんだ」
「……? と、言いますと?」

『塔を壊さずに守る自信が無い』
「んだよ」
「のですよ」

 俺とファーナの声が見事に重なる。俺達は一瞬見合ってすぐに笑い出す。苦手な物はやっぱり存在する。
 壊す燃やすは得意なんだけど、割とそれを封じられると苦戦を強いられる事になる。裂空虎砲を封じた戦いは、結構キツかった。
「だから、適所適材ってハッキリしてるかな今回は」
 俺達が鏡の中。そして守る事に徹する事が出来る騎士二人が此処を守る。
「成る程。確かに理にかなっていると思います」
「ふむ。了解だ。その鏡の敵と戦う事に何か制約はあるのかい?」
 アルゼが顎に手を当てて訊いて来る。
「特には無いよ」
「できればわたくしの鏡は捕まえて置いて欲しいのです。
 恐らく私が中に居る為にはアレが外に居る事が必要条件になっているので」
「俺は大丈夫だから遠慮なく壊しといてよ。
 一応、本人らしく振る舞ったり、命乞い的な事をする事もあるみたい。
 時間が経つに連れて、どんどん本人に見えていくっていう効果もあるのかも」

 鏡の俺が抜け出して、最後に見せた反応は尋常じゃなく人間らしかった。あとで聞いた話だけれど四法さんはあの瞬間に“なんで壱神くんを攻撃しているんだろう”っていう気分になるほど存在が浸透して混乱したって言っていた。あの時は小箱のせいだろうっていって軽く流していたけれど、やっぱり今回も小箱絡んでるし何の油断も許されない。
「成る程……それは怖いですね」
「確かにな……しかもコウキ君とリージェ様となれば成り代わられでもすれば国が大変な事になる。これは責任重大だな」
「あぁ、気を引き締めていこう」
 ロザリアさんの言葉にアルゼが頷く。
「でも良かったよ」
 ニコッと笑ってアルゼが此方を見た。自分と戦えない事を残念だと言うかと思ったら彼の機嫌は損なわれていない。
 それを不思議そうにロザリアさんが問う。
「良かった?」
「僕は一度、コウキ君と本気で戦ってみたかったんだ。
 ヴァースとの一件は近くで見ていられなくて本当に残念だったよ」
 あぁ、そういう事か。アルゼは手をヒラヒラとさせる飄々とした仕草をしながら、笑ってみせる。その目の奥にある光は野心か好奇心か。
「鏡でよければいくらでもボコボコにしといてよ」
「そのつもりだ」
 全く躊躇無く、清々しいほどの笑顔で言われる。
 何と無くだけどちょっと頑張ってくれよ鏡の俺。

「なんかグラネダ来てからすげー騎士団に虐められるよファーナ。もう三人目だよ?」
「そういう星の元に生まれたのですコウキ。諦めてください」
 ファーナが遠い目をして俺に言う。ロザリアさんが何と無く目を逸らして行ったのはこの決闘の連鎖の一番最初の担当だったからだろう。何と無く熱し線を送るとに困ったような表情になった。
「この流れを作ったロザリアさんにはいつか何かしらの仕返しをしよう。
 よし決めた。壱神式完全創作料理一号の試食とかしてもらおう」
「むぅ、処罰もその程度なら造作もないですが……その節はご迷惑をおかけ致しました」
 バッと垂直に体を折って頭を下げる。
「うわっ、そんないいよ。冗談だってロザリアさん!」
 慌てて彼女に頭を上げさせて言う。
「ローズは頭が固いなぁ」
「それは認めるが、お前達はもう少し固形化しろっ」
「そんな液体化しているみたいに言わないでくれよ」
 両掌を空に向けるようにしてアルゼが言う。俺はアルゼに対して無駄にグッと親指を突き出して頷いた。
「コウキ、貴方もあっち側ですよ」
 フルフルと小さく頭を振ってファーナが言う。四法さんともやってたけど脳みそヨーグルト同盟に今度アルゼも誘って置こう。

 ロザリアさんは生き生きしているように見える。やっぱり気心の知れた仲間と一緒だと俺達と一緒に居る時みたいに固くなりすぎない。アルゼはアルゼでロザリアさんの扱いをわかっていてああいう振る舞いをしているのだろう。
 程なく雑談を打ち切って、部屋への扉を開く。役割は決まった。まずは俺達が鏡へと入って探索する。アルゼとロザリアさんは防衛。ファーナが倒されて鏡から出る事になったらなるべく俺も戻るようにする。前のように変な仕掛けやらが無ければ良いけど――。

 しかし部屋に入った俺達を待っていたのは、想像も絶する光景だった。

「きゃああああああああ!!」
「うわああああああああ!!」
 ファーナが大絶叫し、俺も思わず叫ぶ。

「早く止めてください!!! 早く!!! 一刻も早くーーっ!!!」

 ファーナが俺を掴んでわっさわっさと揺する。ファーナは大慌てである。その原因は鏡の中の俺達だ。

 なんか鏡の中の俺とファーナがめっちゃイチャついてるぅ!!

 ベタベタと抱き合って顔の距離がどんどん近くなっていく。それと同時にファーナがキャーキャー叫んで顔を真っ赤にする。顔を覆っていながら指の間からその光景をチラチラ見てる。気にはなるらしい。
 でもこのままでは色んな意味で恥ずかしいので俺は走ってそいつ等のところへと向かう事にした。

 後ろからアルゼの大爆笑が聞こえた――。

前へ 次へ


Powered by NINJA TOOLS

/ メール