第194話『鏡の中と学者』

「おおっ久しぶりだなぁ鏡の中!」
「こういう雰囲気でしたね……いよいよあの時と同じです」

 鏡の中に入るのは二度目だ。あんまり良い思い出は無いので注意しながら移動しなくてはいけない。特にファーナを視界から外すのはかなり危ないだろう。
 勢い良く踏み込んできたものの、映った俺達は入れ替わりに出て行ってしまったようだ。外では剣戟の音が聞こえる。
 しかしそれは遠くに聞こえる音で数歩中に入ってしまうと殆ど聞こえない。結構な分厚さを感じさせる鏡だ。
 鏡の中は前回と同じく、映った空間をそのまま鏡映しに再現している。

「中に入ってくと実は静かだよね」
「し、静かですね……」
 ファーナがなんかぎこちなくキョロキョロしている。一応鏡の敵は出るみたいだが、この階層では出なかったはずだ。
「前みたいになんか仕掛けがあるのかなぁ」
「前みたいな仕掛け?」
 俺は天井を見上げる。ほんとうに前と同じような穴が見えて何と無く笑う。
「あっはっは。棒で穴を突き上げるみたいな」
「あぁ……アスカと中でやってた事ですね……」
「そう。前は四法さんが棒で俺が土台だったけど今度はどうしようかなぁ」

 天井までは結構距離がある。運動神経どうこうではまず無理である。俺達はシキガミの運動能力と加護を最大限に利用して何とか肉体と棒であの凹みに棒を突っ込んだ。言ってると微妙な感じの単語だなぁ……。
 ファーナは俺が指差す天井の穴を見て、ああ、と声を出す。

「法術ですぐですね」
 そう言って小さく詠唱を始め、ぽうっと光る球のようなものを出してフッと上へと投げた。
 程なくしてガコンッと何かが押し込まれたような音が聞こえて、ガタガタと階段が出現する。俺達の苦労は一体なんだったんだ……。
「そうやって頭の良い人は俺達を馬鹿にするんだっ! 悔しくないし!」
「別に馬鹿にはしていません。此処は見たところ、こういう事をできる術士のための空間です。
 むしろ肉体のみでクリアした貴方達が凄いのですよ」
「むーん。ファーナは頼りになるなーチクショー俺も法術使いたいなぁ」
 あの時もファーナかジェレイドが居てくれれば違ったんだろうな。ますますここの構造が全員出入り自由じゃないのが悔やまれる。

 仕掛けが作動して出来上がった階段から、上の階へとのぼる。
 そこで俺達を出迎えたのは俺も何度かお世話になった事のある人だった。階段を上ってきた俺達のほうをゆっくりと振り返ると、その人は短めに整えられた金色の髪を揺らした。
「……誰だ」
 そして静かな口調で言ってから目を凝らす。明かりを持って本を読んでいた為、暗い方が見えづらいのだろう。
 ファーナが歩み出て、彼女の名を呼んだ。
「貴女は……ロード?」
「……リージェ様。どうやって此処に……?」
「鏡を抜けて、階段からですよ」
 ファーナの答えに少し眉を顰めた。
「……それは良くないですね……本来は手順が必要なので、防衛術が発動したと思います」
「鏡の化身が出る事ですか?」
 ロードさんはこくりと小さく頷く。
「……ええ。やはり発動してしまいましたか」
「はい。外でアルゼマインとロザリアが食い止めてくれています。
 解除は出来ますか」
「……いえ、発動してからでは……」
「ではやはり倒すしかないようですね。此処から出るには? 外でお話を聞きたいです」
「……畏まりました」
 ファーナは俺に顔を合わせる。ここから出ようという意図はすぐに伝わってきたのでそれに頷く。




「うおおおおおおおおおおお!!!」
「はあああああああああッッ!!!」

 ガキィン!!!
 覇気をぶつけ合い火花を散らす。そんな戦いが目の前で繰り広げられていた。本気で戦う機会を得た二人の気迫は並々ならぬものがあった。
『ははは! やっぱり女の人じゃこんなもんだよなぁ!!』
 そんな二人を元気よく煽る赤コートの双剣の主は左手に持った宝石剣をくるっと逆手に持ち替えるとさらに踏み込んで猛攻を始める。

 ダンッッ! ビシュッッ!
 針の穴を突く正確さを持った素早い突きをかわして偽物が笑う。
 赤い服を翻して剣が鎧を掠る。前後の動きに強いロザリアも彼の変則的な動きにはいつも驚かされる。思わず二歩後ろに下がってまた彼の方へ剣を向けるが、回り込んできたアルゼのほうへと向き直って其方へと走りこむ。そしてその彼が居た場所を炎の法術が爆発する――!
 ドガァァン!!
「くっ!」
 途轍もない爆風に吹き飛ばされて、大きく仰け反りながら地を滑る。
『ほらどしたどした! 口だけのお兄さんもやっぱりこんなもん?』
「言いたい放題だな。女性を貶めるのは良くない」
『正直者なだけなんだけどさ俺! やっぱ攻撃が軽いよ!』
「う……ぐぅの音もでません……! しかしそれも技で埋まる差です……!」
『アルゼはもっと攻めないと!』
「キミが望むならそうするか、な!」
 パキィンッ! 剣戟がぶつかり合う音が響いてアルゼマインが一歩下がる。コウキの攻撃は基本的に止まらない。すぐに追撃が来る激しい戦いになる。
『無駄話して油断は良くないと思うよ!』
「キミにそのままお返しするよ……!」
 剣を振りながらの会話は彼の得意技といえるだろうか。そしてその間、法術の手も止まらない。二人居て、まだファーナに近づけては居ない。常にコウキが近寄ろうとする方に介入したり、その間の詠唱で近づきづらい状態を作られる。術壁が張られ、その内側から攻撃してきている為、近づいて詠唱を止めさせるのが難しい。
「全く、まともに当てられたのが最初の一回だけなんて彼の鏡のように吸収力が良いな」
 すでに数分が経とうとしているが、彼の立ち回りに翻弄されている。アルゼマインは少し深呼吸をして自分とロザリアの立ち位置を確認する。この空間の中心に立たされて、それより前には進ませてもらっていない。
 一対一で正々堂々戦ってみたいと思ったが相手は初めからタッグを組んで攻撃を始めた。故にこちらもそうせざるをえない。
「ローズ……合図をしたら走って」
 コウキから視線を外さず小声でいうと剣を少し傾けた。
『冗談になってないね』
「冗談なんて……言ってないからね!」

 言ったと同時にアルゼが振った大振りの攻撃にコウキが遠のいた。合わせて二振り目が伸びて襲い掛かる。
『うわっ!?』
 知っては居ても急に使われれば驚く。切り替えしを素早く行う事でその一撃はコウキに届き、彼の足を軽く裂いた。それと同時にアルゼがコウキとファーナの直線上の道を遮るように立ちふさがる。

「ローズ!」

 アルゼマインに言われた瞬間にロザリアが走り出す。――ファーネリアに向かって一直線、多少の被弾をしても構わないように障壁を張り、一気に駆け抜ける。
『ファーナ!!』
「行かせない!」
 はじき出されるように走り出したコウキに向けて刃の鞭が襲い掛かる。絡め取られた剣は放し、グルッと踊るように身体を回してアルゼをかわす。
 それに追撃をかけようとアルゼが振り返ったが――足元にいつの間にか突き刺された彼の剣に躓く。態勢を崩しながらも剣を伸ばしコウキへと追い討ちをする。コウキはザクリと脹脛を切りつけられるが――ふら付きながら懸命に彼は走り続けた。

『来ないで下さい!』
 ボゥっと炎が彼女の手元から集まって大きな火の玉を作る。
 それに怯む事無く――ロザリアが足を止めず突き進む。
「今は!」
 ボゥ!!
 一発目を怯まず押し通る。
「貴女の願いでも!」
 ドゴォッ!!
 さらに大きな炎が術式を割る。ピキィッと正面の障壁に皹が入り、そこからパリパリと光の欠片になって崩れ始めた。
 踏み込む足にも力が篭る。発射される炎は防ぎきれない――。

「聞き入れられません!」

 ボゥッッ!! パキィン!!

 障壁の崩壊と共に炎がロザリアの全身焼く。
「ロ……!」
 アルゼが叫びかけた瞬間に、その声は響いた。

「術式:追い穿つ千里<メガロ・ファー・グラウン>!!」

 その瞬間に発生した突風に炎は振り払われる。身を焼いた事には一切気を払わず、ロザリアは目の前だけを見ていた。
 剣は届かなくともこの距離ならばこの術を外す事は無い――!
 彼女は炎の外側に自分を睨む彼女に剣を向ける。

『ファーナ――!』

 ――其処に、赤い服が割り込んでくる。態勢を崩したのか剣は持っていない。ただその身を割り込ませてきた。

 パリィィンッ!

 ガラスが割れるような音が響いて、コウキを象っていた鏡が割れる。
 間髪おかず、走り寄ってきたアルゼマインが一直線に剣を突き、ファーネリアの鏡も心臓を貫いた。
『あ……!』
 息を吐いて、誰かを掴もうとするように、彼女も手を伸ばして砕ける。

「……ふぅ……最後まで、シキガミ様はシキガミ様でした……」
「……そうだね。お疲れローズ」
「はい。アルゼもお疲れ様です。……やはり一人だと危なかった。わたしもまだまだ見立てが甘いな」
「はは、まぁ滅多に起きることじゃないさ」
「そうですね……。しかし、後味が悪い。まるであの二人は本物じゃないか」
「良く喋り、良く尽くす……連携も凄いからな。初めは手も足も出なかった。
 しかし、神子の歌は使わなかった。あと技も使わなかった……何故だろう?」
 首を傾げるがよくわからない。確かあの鏡を壊せば中に居る二人が戻ってくる――。その二人を待って色々訊こうと決めて、光り始めた鏡に視線をやった。





「わ、戻ってきた!」
「倒したのですね。さすがお二人」
 俺達が戻ってくると若干の傷とか焦げたあとが入った二人が俺達に笑顔を向けた。
「大丈夫ですか?」
 ファーナと俺が近寄ってみてみると、ロザリアには火傷が多く、アルゼには切り傷が多かった。どちらがどちらを相手取っていたのかが分かる。
 笑顔を見せているが結構痛そうだ。
「ロード! 治療をお願いします」
 ファーナは鏡に四角い空間を開けて出てきたロードさんを振り返って言う。彼女は頷いて此方へと歩いてきた。

 アルゼはふぅ、とため息をつきながら肩を竦めた。
「やはり偽物は優雅さにかける。君ほどの緊張は感じなかったよ」
「そ、そう?」
 優雅さってなんだろ。俺そんなキラキラしたことできそうにないけど……。なんだかよくわからないが、アルゼは不満げである。

 世界一の医者はあっという間に二人の怪我を消し去った。重傷は無く、どうやら思ったより楽勝だったようだ。
 傷も治り二人がロードさんを見てハテナ、と首を傾げた。中でこの人を見つけた事を説明して、この鏡や設備の事を説明してもらう事にした。

 魔女もあの鏡の事を仄めかした。
 そして、俺達はまたこの鏡に出合った。

 俺が思ってるよりもずっと大事な事が俺達の回りに集まりだしていた。

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