第210話『シキガミ』

 剣祭は大いに盛り上がっていた。会場は急造りのものらしい。確かに俺達が来たときには見なかった設備だ。どうも山の谷あいを利用して内装だけを作ったコロシアムで、掘り下げるようにして舞台を作ることで外装側の手間を殆ど省いているらしい。百メートル程度の規模でグラネダのものより小さいが、三ヶ月で重機なしなら凄いのではなかろうか。
 そんなものを作らせてしまう剣祭はその町にとっての名誉であり、また人を沢山呼ぶ興行のチャンスなのだ。オリンピックみたいなものだなぁと言うと、王様がやりたがってましたよとヴァンが言った。どうやら武術祭だけじゃやっぱり物足りないよな。武術祭は物騒だし。スポーツという分野を広げてどんどん伸びればいいと思う。
 しかし俺が対峙する剣祭はまた武術祭のようなものだ。結局武術祭に徒手空拳で出場する人間は殆ど居ない。国王様がその名手ではあるがその拳を振るう舞台は戦争のみである。ヴァンツェの語る二人の恥ずかしい恋愛記録によると、ああいう大会で勝ち上がった王様を近衛隊にして仲良くなって行ってから交際が始まったらしい。親の恋愛事情は子供としてはあまり聞きたくないところである。
 俺達選手が居る場所は区画分けされた東側と西側の最前列。一応選手の身内の人を二人招待席に入れる事ができるので皆がその選手招待席に座っている。アイシェとロードさんは居ないだけで、ヴァンはくつろいでいるしスゥさんは普段は見せない少しハラハラとした様子だった。

 当日の張り出しで一回戦目は決まっていた。選手からすればまぁ誰であろうと関係ないのであるが一回戦目が知り合いじゃ無い事を祈った。
 武術大会のように最初は複数人で大乱闘をするらしい。この辺荒いよね。時間も無いし仕方ないとは思うけど。名持ちの人間一人に対して五人程度を割り当てた乱闘試合だったが、あっさりとアルベントとアキは本戦出場を決めた。他にも大義賊と百花仙と思わしき人たちも難なく予選を抜けた。ディオも危なっかしくも本戦出場をもぎ取り、皆胸を撫で下ろす。
 本戦には七人が進める事ができ、予選が今日。明日は一回戦で準決勝から先は三日目である。ちなみに三位決定はどちらも生存した場合のみだそうだ。物騒な事この上ない。
 一応シキガミは本戦に進む事が出来るという前提でシードが貰えるらしい。その代わりシキガミは特別枠試合で神子と一緒に出場する事になる。スゥさんがソワソワしているのはその為だ。まぁ本戦からはシキガミだけなので大人しくしてもらっていようと思う。

 今日一番盛り上がりを見せる会場内で俺とファーナは舞台に立った。

「戦女神殺しの決定戦を行う!!」

 わああっと会場が沸いて、声が降りそそぐ。各方面に割り当てられていた神子とシキガミ候補三組が段上へと上がった。もう一組居るはずだが姿が見えない。
 見どころと言えば黒髪と金髪の女性という容姿の一致が取られている事である。染めている事は明白だが、容姿の一致ははかっているようだ。
 一組目はクマっぽい大男おっさんと金髪の美女。二組目は強そうな厳ついお兄さんに金髪のメガネで知的なお姉さんだ。当然俺らがいちばん舐められている。そもそも眼中に無さそうで二組がにらみ合っていた。
「あー、そこのボク達? ここは遊ぶ場所じゃないからとっとと降りた方がいいぞ?」
「そうそう。ちんちくりんの出番じゃないわよー」
 饒舌な二人は厳ついお兄さんとメガネさんの方だ。意外と息の合った威嚇には慣れも感じる。
「そりゃどっちもどっちだな!」
「坊や達を苛めるのは大人気無いわぁ」
 年長に見えるそのおっさんのお姉さん組が俺達を笑う。俺達の会話はだたのじゃれ合いに見えてしまうのだろう。うーん、これが大人の余裕だろうか。
「何か張り合わなきゃな……!」
「あっよからぬ事を考えてますねコウキ!?」
 ファーナがガシッと腕を掴んできたが、そのまま一緒に手をあげて皆にアピールを始める。
 何を主張すべきか。
 他の人たちはお前は偽物だと罵りあっているが本懐はそこではない。誰が本物の戦女神殺しなのかと言うことだ。
「よーしじゃあ俺の言葉も聞いてくれーー!

 ウチの神子が一番可愛いーーー!!」

『わあああああ!!』
 思ったよりも大きな反応が返って来て、背中に冷や汗が流れた。でも肯定の意味なので俺の話ではないにせよ嬉しい。
「そ、そういう問題じゃないですよコウキっ。
 ああ、ありがとうございます。
 わたくし達精一杯頑張らせていただきますので応援よろしくお願い致しますっ!」
 ファーナが会場にお礼を言っているところに一際大きな怒声のような声が響いた。
「いや!! ウチのが可愛いわ!!」
 一際大声で叫んだ一組目の人たち。お姉さんが頬っぺたに手を当てて、まぁ、と照れる。
 その声にも声援が行って、良い追い風になっていると思う。そして厳ついお兄さんはと言えばただ呆れた顔で笑っている。
「はっ……! 馬鹿ばっかりだな!」
「本当よねぇ」
 さて、三組で喋っていたが、もう一組が出てこない。俺達が登録した時点で三組居たので最低もうひと組出て来るはずなのだが、どうしたのだろうか。
 そう思っている所にそいつ等は現れた。

 薄茶色のフードコートと黒い全身ローブに身に纏った二人組みが出てきた。太陽が高く影が深いため顔が見えない。

 会場がその姿にどよめく。基本的には黒髪金髪でなければ速攻アウトだ。
 間違いなく暑いだろうなと思える格好だった。
「あー? 何顔隠してんだよ。
 自信が無いのか偽物野郎?」
 厳ついお兄さんが睨みを効かす。普通に恐いんだけど。

「いや――自信あるぜ。
 オレは本物だ」

 聞き覚えのある声が不敵に笑って、バサッとそいつがフードを脱ぎ捨てる。その姿には会場が一度は静まり返った。
 命名英雄と言うのは何処に行っても見識が高い。特に根なし草の傭兵英雄は色々なパレードや表彰を受ける。必ずどこかに見た事のある人間は居るものだ。
 元々はアルクセイドの名誉騎士。双剣で名高いその人はどんな場所でも名の通る有名人だ。
 会場のいたるところで驚きの声が上がる。当然目の前に居た俺達も驚いた。
 双剣を抜き放って高らかに叫ぶ。透明な刀身は太陽光を反射して輝いていた。

「オレが本物の剣聖<グラディウス>だ!」

 わああああああっと最高潮の声で会場に沸いた。そのサプライズに一回戦から最高潮の盛り上がりを見せる。舞台が声でパリパリ振動しているのが良くわかった。
 ノヴァは俺達の事を知っている。ちらりと目が会って彼は任せておけという風に笑って見せた。審判が舞台の下に降りているので実は打ち合わせ済みなのかな。彼は

「この舞台に、シキガミの偽物が二人居る。
 この剣聖に恐れを成したら舞台を降りろ。
 戦士としては汚名を被るかもしれないが、命はあってこそだ。それは賢明な事であるとオレが今から証明してやる。
 シキガミと剣聖の間には元より決闘の約束がある。成り変わる人間を間違えるな。その名を名乗る限り地の果てでもこのオレが参じて斬る事を念頭に置いておけ!
 オレの話を聞いても尚!
 この舞台を降りる気が無いのならまず俺に掛ってこい。
 何人でも相手してやる。景気良く散らしてやらぁ!」

 両手の親指で剣だけを支えてほかの指をくいくいと自分の方へ来るようにとジェスチャーさせた。
 二組とも居なくなってくれれば良かったのだけれど、どちらとも引く気は無いようだ。ひそひそと話しているようだが、どちらの男性も剣を二つ構えた。

「賢明とは言えねえが……男義は認めるぜ」
 そう言いながらノヴァは舞台の中心へと歩みだした。構えているとは思えない自然な姿勢で、中心で止まって目を閉じた。
「来い!」
 その声と同時にピアスが揺れる。
「はあああああああああ!!」
 大男の方が大声を上げて走り出す。巨躯に似合わない意外な俊足だ。それでも剣聖に敵うような速度じゃない。もう一人は異様な低い姿勢からの投擲――? 何かを投げているように見えた。俺は何もしなかった。や、本物だし。ノヴァがどうやって何とかするのを見ていようと思っただけなのだが。荒いというかなんというか。結局戦って蹴散らしている。
 個人的には引いてもらえれば良かったのだけれど、剣祭だし逃げると戦女神のヒンシュクでも買ってしまうのだろうか。
 そこからの剣聖の動きは凄まじかった。華麗に投擲された武器をたたき落としてから大男の剣を受ける。三回攻撃を受けた所でもう一人が追いついて挟み打ちの攻撃が始まった。四本の剣が振り回される空間で剣受けをせずに二人が一度引くまで避けて涼しい顔でコキコキと首を鳴らした。

「……無理すんなって。剣二つじゃねえ方が強え奴の方が多いんだ。
 アンタら本当にそんなもん使って死んでいいのか?
 戦ってるなら得物に誇りはねえのか?
 ラジュエラの加護を貰ってる奴は、剣二つじゃねえと足りねえもんを守ろうって奴らだ。
 其処抜けの馬鹿野郎ばっかりなんだよ。
 何でも守ろうとして、剣一つで守れてたものを無くして後悔してんだ。
 最後の忠告だぜ。
 今この舞台から去れ!」

 最後の剣幕にはピリピリとした殺意が込められていた。俺が偽物側だったらとっくに逃げてると思うがその二人は引かない。
 周りの会場から俺達に向かって危ないから戻れとヤジが飛ぶ。

「ふざっけんなァ!」
「馬鹿にしおって!!」

 その人は頭に血が上った状態では絶対に勝てない人なのに。
 二つ剣を持っていた二人はそれぞれ自分のスタイルの為に剣一つに持ち替えた。一人はナイフを片手に忍ばせる。
 ビュっと二つの剣線が交差したところでぐるっと大男の方にノヴァは回転する。その流れるような回避の間に太い腕が深く斬りつけられ、血が噴き出した。
 獣が叫ぶような絶叫が響く中、さっと飛んできたナイフを避けてもう一人の目の前まで二歩で迫るとザクッっと剣を顔に向けて一閃して蹴り飛ばした。
 舞台の端まで飛んでいく様はブランコの頂点で手を離したみたいだ。結構長いブランコの最高速の時にやってしまいトラウマになって暫く乗れなくなったなぁ。いまや衝撃緩衝の術式のお陰で何処からでも飛び放題ではあるが。
 二組とも女性が駆け寄って安否を確認している。おっさんの方は多分目がヤバイ。早い所キュア班を頼ってもらいたい所である。

 剣聖は此方を見てニヤニヤとしていた。かかって来いよみたいな意味だと思う。後ろの人は動かないで立っているだけだ。

「わたくし達の番ですね……わたくしここに来たのはいいですが、実は出番が無いような気がします」
「それは俺もちょっと思ったけど……仕方ない気がするね。お願いだから死んでも天国に行けるように祈っといてよ」
「駄目です」

 間髪容れず断ってくれるあたりファーナは真面目だなぁと思う。

「やっぱ? 二人でやるってのはフェアじゃないからブーイング貰いそうだよ」
「炎月輪を出すのは程度なら……」
「ならここは俺達の一発芸太陽光発電をやるしか……」
「今初めて聞きましたけどそれ。
 あと、今後そんな一発芸で有名になりたくないですよ」
「いや、ノヴァを見て思ったけど掴みは大事だよやっぱ」
「だから何故ノヴァを見たのにお笑いから入るんですか」
「掴みが大事なんだって。面白い奴の味方はしたくなるだろ?」
「それはそうかもしれませんけれど……何かずれているような」
「まぁ今のところ男義見せなきゃいけないみたいだし、ちょっと駄々っ子パンチでもしてこようかな」
「戻れの声が増えてしまいますよっ」

 右手に宝石剣。左手に黒鉄剣を握る。黒鉄剣は今朝、黒爪<クロヅメ>と言う名前になった。名前が無いというので、直感一発「くろひげ!!」と叫んだ瞬間に名前を決めるから待てと止められた。良いと思ったんだけどなぁ。
 いくつか作って在る物で一番良い奴をプレゼントしてくれた。これは嬉しいものである。使い心地は少し振って確認して振りやすいように少し調整してもらって完璧と言って良い出来になった。ついでに包丁を作ってくれとその場で頼んでしまったぐらい丈夫で切れ味もいい。勿論包丁の方はちゃんと買うつもりだ。
 ここに立っている人たちの中では異色の双剣。両手に持っている剣には全く統一性は無い。
 本気か冗談か、無対双剣。言われたはいいが意味は無さそうだし。

「やいやい剣聖。弱い者いじめいくない!」
「ふーん? 強い奴の発言だぜ? いいのか」
「はははっ! 正直ノヴァと戦うとかやりたく無いなー。
 同じテーブルで飯食った仲じゃんかー」
「世は非情なもんだ。一発打ちあおう。ああ、お前とは初めてだな」
「剣聖と試合なんて光栄な事なんだろうな」
「戦女神とあんなことやこんなことやっておいてそりゃないぜ」
「うおおい! 誤解を受けるからやめてよ! 俺毎日のように斬ったり殴られたり精神的に苛められたりしてたんだぞ!」
「それでもオレは羨ましいっ!」
「ドエムかよ!」
「さて、やってみようぜ戦女神殺し!!」

 俺のスタイルは、殆ど彼女のものだ。最初に仕掛けるべきは当然こちらである。蹴りだしてから到着するまでが本当に短い。飛ぶように一直線に目の前に跳んでその寸前で一歩足を着く。其処から先の攻撃方法は無限に近い。
 しかし手加減や様子見をしている場合ではないと思う。俺は今全力を強いられている。
「術式:紅蓮月!」
「術式:日光剣!」 

 俺が宣言したのと同時に剣聖が同じように術式を使う。剣が透過していた太陽の光を急に集めて目映いまでに光りだす。

「うわっ眩しい!!」

 とてもあの剣を見て剣を振っては居られない。目に色々な残像が焼き付いて離れないが剣の位置自体は把握しやすくなった。なんて分かりやすい術なんだ。
 ヒュンヒュンと振られる眩しい剣を避けながら俺は言う。

「俺思うんだよ! 紅蓮月ももっと分かりやすい名前にならないかなって!」
「へぇ! どうなってほしいってんだ!?」

 俺の突き出した宝石剣を払って空かさず手首を狙った一撃を振り下ろす。右手の手首を捻って打ちおろされる剣に追いつかせると、その攻撃に打ち落とされるがそのまま横向きに回転してさらに上から黒鉄剣が降り注ぐ。

「赤く光ってのびーる斬とか!」

 ブンっと振り回したがさらに低く姿勢を取る事でそれをかわされる。

「能力バレバレじゃねえか! お前はネーミングセンス無いって良く言われねぇかっ!?」

 そのまま宙に居た俺に両手を交差するように斬りつけて来るが、両足でその剣を蹴ってそれを防ぐと一回転して着地した。

「なんでだろ! 良く言われるっ!!」
「だろうなぁっ!! だがそりゃ正解だ!!」

 ノヴァが走ってきたのに合わせて半回転し剣を入れ替える。

『術式!』

 同時に叫んで、お互いに冷や汗が流れると同時に同じ事を考えたと思う。
 とてもわくわくする。何が来るのか、どうなるのか。ラジュエラは俺と同じ技を使うことで均衡を保っていたがノヴァは全く毛色が違う。選択を誤った瞬間に終わる。
 裂空虎砲は相手との距離が無くては使えない。溜めのある術式故に連発も出来ない。即時性を求めるなら紅蓮月か炎陣旋斬が最も強い。炎陣旋斬は範囲を狭めれば威力が上がる事も分かっているので意識して届くギリギリの範囲を狙う。

「炎陣旋斬!」
「破山砲!」

 ドンッ! と二つ術式がぶつかってお互いに吹き飛ぶ。特に俺のぶつけられた術はまっすぐ吹き飛ばす技のようで、地面をがりがりと剣で突き刺してもファーナの目の前まで戻された。

 わあっと忘れられていたかのような熱気が戻って来る。戻れの声は無くなった。

「うっはぁ! すげぇ! 強い!」
「コウキ……楽しんでいますか?」
「楽しいよ!
 まーた嵌められた感あるけど、グラネダの時よりは理由が分かりやすいし!

 ファーナ、俺は勝ちたいよ!」

 なんでそんな風に思えたのかはわからないが今は純粋に勝ちたい。グラネダの時の煮え切らない感が嘘のようだ。
 ファーナは頷いて両手を握り合わせて俺を見た。

「そうですか……ならば止めません。

 わたくしは此処で貴方の勝利しか祈りません」
「よし!」

 ベタな言い方をすれば、勝利の女神様が祈ってくれているならば百人力だ。
 ノヴァは舞台の上で唖然と立っていた二組を剣で指す。

「俺に追い討ちする趣味はねぇ! さぁ。アンタ等もう用は無いだろう舞台を降りな――」

 剣聖が言うと様になる。そんな言葉を言い終わってすぐにまたしても聞いたことがある声がくすくすと笑った。

「ふふふっ、あら、わたくしにはありますよ」

 声を聞いた瞬間蛇に睨まれたカエルのように硬直した。
 自然と身構えた俺をよそに、重めの破裂音と同時に見たことのある黒い塊が飛んだのを見た。
 秒と立たずにそれは両端に立っていた女性達の喉を貫いて絶命させた。

「お久しぶりです。お姫様とワンコくん。顔も見えない場所から失礼いたしますね」
 立っている場所は剣聖の後ろ。俺達は自然とノヴァとにらみ合うことになる。
 俺は声を失い、唖然とその人を見た。ノヴァも顔を顰めて舌打ちをする。

「何故殺したのですか!」

 ファーナが叫んで問い質す。彼女等を殺す意味は無い。そもそもシキガミ側の戦いって事にノヴァがしてくれていたんだ。忌々しい、と言った風にノヴァが横目に睨むがそれに応じる様子を見せない。

「もちろん舞台の上に棒立ちしていたからです」

 そう言って剣聖の陰からゆっくりとでてきた。フードに隠れた全身は変わらない。魔女だとわかってしまえばそのたたずまいは全てあの姿だと分かってしまった。

「貴様ァーーーーーーー!!」

 一人が魔女に襲い掛かる。巨体のおっさんは血をボタボタと流しながら剣を振りかぶった。

「止めろ!!」

 魔女に剣を向けちゃいけない。俺が叫んだ時にはもう遅くてノヴァがその攻撃を受ける。

「退け剣聖!!」
「悪いな。こんなのでも今は守らなきゃ行けねえ奴なんだ」
「まぁ酷い」
「黙ってろ!」

 そう言って十度巨体の振り回す剣を受け流し、その心臓を貫いた。
 ズルズルと這ってあの人に手を伸ばして、息絶える。生々しい死の匂いが広がった。
 厳ついお兄さんは跡形も無く消えている。剣聖から逃げた唯一の生存者になるかもしれない。

 そして混乱の原因を作り出した人を俺達は睨むことになる。
 剣聖は視線を外して、何も言わない。
 神出鬼没を極めたその人が静々と少し前に出てきて俺に微笑んだ。

「うふふ、こんにちは、ワンコくん」
「何故貴女がここに居るのですか、魔女!!」
 ファーナが言うと口元に手を当ててクスクスと笑う。
「いえ、どうしてもクマさんが出たい大会があるって聞かないので。本体はこうして連れてきてみました」
「って事はノヴァコピーが生まれたってことか!?」
「あら。カンが良いですね」
「最悪じゃん!」
「良いではないですか。貴方に関係ありませんもの。貴方が遊んでいる間に、色々と終わらせておいてあげますから」
「何をするんだ!?」
「勿論秘密です。捕まえられても喋りませんよ」
「教えてよ!」
「貴方が私の味方になってくれるなら教えて差し上げますよ」
「駄目に決まってるでしょう!」
「いや、俺がスパイになれば!」
「堂々としていますが、良いでしょう。こちらへ来て私の目をみてください」
「罠じゃないですか! 洗脳する気しか見えません!」
 ファーナが俺を庇うように前に出る。まぁそんなこったろうと思ったけども。
「残念です。現在クロスセラスと抗争中ですので、気軽にご参加くださいね」
「貴女と言う人はっ!
 戦争に気軽にだなんて言うものではありません!」
「そうですね。人がたくさん死にますもの。
 使い捨ての命達が皆名誉の為に、奪う為に守る為に散りゆく戦場へ行くことは不名誉ではありません。
 命を捨てるなら何かを取ることには意味があります」

 魔女が言い終わった所でノヴァが俺達の間に割って入った。

「まぁ。アンタ等の御託は後にしてくれよ。
 これ以上邪魔すんじゃねぇ」

 ドスの利いた声でそういった。否が応でも緊張せざるを得ない。ざわめいていた観客が次第に静けさを取り戻し始めた。

「そうですね。楽しんでください」

 そう言って魔女は後ろに下がって舞台から降りた。あっけない展開である。

「ファーナも危ないから降りてて」
「はい……」


 ファーナが降りて剣聖と二人で対峙する。
 構えていなくても攻撃できるように育てられたのは俺だけじゃない。だからいつでも気を抜く事が出来ない。
 ピリピリとした空気の中、剣聖が一つ俺に問う。

「どうしてラジュエラを殺した」
「そんなこと、俺が聞きたいぐらいだよ……」

 それを聞かれると意気消沈してしまう。ため息を吐くと剣聖がギリッと歯を鳴らした。
 自分にわからない事を罪として指摘される事ほど理不尽極まりない事はない。
 しかし俺はこのとき勘違いをしていた。
 剣聖はてっきり、ラジュエラを殺した事をはぐらかしているように見える俺にイラついたのかと思ったのだが彼は全く別の事を言い出した。

「誇れよ!」
「は、何を!?」

「テメェに付いてる戦女神殺しは汚名じゃねぇ!」

 高らかに叫んで剣で俺を指す。

「竜殺しより凄い事をした!
 戦死は誉れだ! それをあの戦女神が悦ばない訳が無い!
 世の不可能に届いた、名誉ある命名じゃねえか!

 胸を張れ! 声を大にして叫べ!!

 それを許さねえのはこの世界でオレだけだ!!

 今この剣聖だけが――お前を殺す意味がある――!」

 殺気立った姿を隠さない剣聖に圧倒される。今すぐに逃げたいくらいだった。
 ただし一騎打ちの約束が俺をこの場にとどめる事になる。俺が逃げたら周りの人間に被害が行くだけ。逃げるなんて選択肢は消されていた。

「ノヴァ・Y・エルストルブ!
 冠は剣聖<グラディウス>!!
 銘は戦の狂喜<ラジュエラ>!!

 名乗れ! シキガミ!!」

 名乗ったらこの戦いとあの肩書き認めるという事だ。

 俺ってそういう人間だったっけ?
 こんな名乗りとかして決闘なんかするような奴なのか?
 でも約束だから逃げれないし。
 命の取り合いが良いわけ無い。話し合って解決はでも無理そうだ。
 命を懸ける約束って、なんなんだっけ――?

 グルグルと突然変な思考が巡った。
 道徳に縛られると人との戦いで動く事は出来なくなる。
 ここは法の外側だと言うことに気付いては居ても、時代錯誤な光景に一つ自分が外側に出た視点で観察し始める。
 早く気付かなくては待っているのはただの犬死だと言うことに気付けて居なかった俺に、一つ雷鳴のような衝撃の言葉が放たれた。

「コウキ」

 俺の後ろに居るファーナが俺を呼ぶ。振り返る事が出来なかったが彼女はそのまま続けた。

「駄目ならばいつでも言ってください。
 わたくしの――命を捧げてお返しするまでです」

 臆病になって居ては――守ったものの意味が無い。
 血が沸騰するような、怒りを覚えた。迷っていた自分が馬鹿らしい。
 この一騎打ちには今までのなによりも圧倒的に強い意味がある。

「あああああああああああああああああ!!!」

 俺の雄たけびが響く。言葉の熱量に耐え切れなくなった。
 迷ってんじゃねぇよ。馬鹿か俺は。
 本当にどうしようもない、本当に仕方ない。
 汚名がどうとかそんな事を気にするより。
 死んだと噂のあの人を気にするより。
 命をかけてくれているその人を守る為に戦うんだろうが。
 俺が安易に懸けてしまったものの肩代わりをさせようとしている。

 この世界で生きるって決めたんだ!
 その約束の義を果たせなくてどうする!

 相手は世の最強を謳う人間だと言うのに!

 宝石剣を掲げて、高らかに叫ぶ。

「コウキ・イチガミ!
 冠は……戦女神殺しじゃない!!
 俺はファーナのシキガミだぁっ!!
 銘は純粋なる紅蓮宝剣<ファーネリア>!!

 絶対に守りきらなきゃならないものがあるんだ!!
 その過程に戦女神が立ちふさがっただけだ!!
 俺は今、その先にいる!

 此処で止まってられないんだノヴァ!!」

 宣戦布告だった。退かなければ俺が進むのみ。野蛮な世界で唯一正しい価値を持つ力。
 最高峰を前にしてそれを言う勇気が何処から出てきたのかは後で考えても謎である。
 剣を構えて言うと、剣聖は酷く嬉しそうに、まさにあの人みたいに笑った。

「良く言ったコウキ!!」

 それだけを言って走り出す。戦いの火蓋は切って落とされた。
 一斉に沸き立ち、会場全体に本日一番の歓声が響き渡る。
 ファーナはただ俺の背を目に捉えて祈る。
 俺達が走り、剣を交える空の上で――戦女神達が笑った。

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