第211話『最初決戦』

 手を抜かれているかと疑った。アキは眉間に皺を寄せてムッとした顔で会場を見る。元々彼女はもしかしたら一瞬で終わるものだと思っていた。剣聖と戦うというのはそういう領域だと思っていたからだ。
 ありったけの技を使って、最大の集中力で、全力で立ち向かって尚あの人はいつの間にかそんな彼女を殺す程度には強かった。神の領域に踏み込んだ人間の象徴である。だから余計にアキは始まる前が心配でたまらず、現状が不思議で仕方が無かった。
 しかしコウキは何合も剣を打ち合わせて無傷。完璧とも言える防衛戦を行っていた。
 くるくると回転するように左右の剣を打ち落としたり防いだり。見ている方は手に汗握るどころの騒ぎではなかったが会場の盛り上がりは異常だった。
「お前変だな!」
「俺もそう思ってた!」
 剣聖の蹴りからの一突きをコウキが剣を交差して守った状態でぴたりと動きを止めた。
「別にお前の運動能力云々じゃねえ。
 反射にしちゃ出来過ぎなぐらい全部俺の剣を片手の面で止めやがる」
「いや、体が勝手に動くだけなんだけど! 俺もそれでもなんか変だと思う!」
「ま、楽しいからいっかなァ!!」

 双剣の打ち合いではなく、全身での攻撃し合いである。縦横無尽な攻撃が急所を狙っていくがそれを悉く避け続ける。
 この場で最も彼を信頼するファーナはコウキの強さを疑ってはいなかったが、何度か冷や汗をかいたような場面があった。防戦から始まりやきもきとはしていたが息を吐く暇を与えず思わずその戦いに見入ってしまうほど、洗練された戦いだった。
 同じような気持ちを持ちつつ、もっと複雑な気持ちでこの戦いを見るアキは、食い入るように戦いを見ていた。
 父を殺した仇である。昔からコウキを狙っていて、一度は自分が対峙した相手だ。その時の完敗ぶりを見れば役不足だった事は彼女も認める所ではある。けれどその場に立っていない自分にモヤモヤと苛立ちのようなものを感じた。
 とても笑って応援できるような気にはならない。そんな彼女を見かねてか、傾げる顔に銀色の髪を揺らしてヴァンツェが語りかける。
「殺気立って居ますね」
「はい」
 アキは即答し、視線は戦いから放さない。
「正直でよろしいです。今すぐにかわってやりたいというぐらいなら乱入だって今は許されますよ」
「それは……しません。わたしも約束を知っているので」
 どういう約束をして剣聖と手を組んだか。アキはその瞬間を目撃している。自業自得は放置するのが正しい処置だ。そもそも彼女が出たところで説得されて下がる羽目になるのが目に見えている。
 だから少し落ち着く意味込めて息を吸って腕を組んだ。結局アキの顔は不満と不安の表情が抜けず眉毛を揺らしてすぐに不満全開の表情に戻った。

 パンッと二度大きな音を立てて、剣戟の火花が散った。空気は圧倒的に剣聖が優勢だ。一度も攻撃をさせて居らず、傍目から見ても行き着く暇もなく防戦を強いられているように見えたからだ。
 ただ瞬きをするような一瞬でコウキが身を翻した。右足を軸に防戦を行っていた彼が剣聖の攻撃を一度上に弾いた後、身体をねじ込むようにして突き出した一撃が相手の肩口を斬りつけた。剣聖が返した一撃はコウキの剣を滑って赤く炎が出るがまだ一撃も服にすら届かせていない。

「ハハハハハ!! なんなんだおまえは――!?」

 驚愕と共に喜ぶ。戦いの場に狂った笑いが響き渡る。
 会場の沸きにファーナも思わず顔を上げる。会場が歓声に満ちるのと同時にコウキも楽しそうに笑った。活路があると、新たに希望を持てた。
 コウキは強いとは言え、ヴァース相手の瀕死であった。一対一は得意とするところではないのだと彼女は思っていたのである。基本的に防戦に転じて、一瞬を見て攻撃をする彼は周りを巻き込んで応援させてしまう。負けている方を応援したくなるのはホームでもアウェーでもない場所の試合ではよくある話。負けを意図的に演じている訳ではないにせよ、そのパフォーマンスには引き込まれずに居られない。壱神幸輝は窮地に光を見せた。
 しかしファーネリアの目で見てもそれはおかしい話である。
 コウキはまるで剣聖と戦っていないのではないかと思えるた。もしかしたらあの人は剣聖ではないのか、とも。その可能性は魔女が居る時点で十分にありえる。ただ彼女の行動に付いては全てが謎だ。魔王の意思に沿って生きているとも思ったが案外そうではない。此処に本物を連れてこないとなると本当に意味が分からなくなるので本物だとは思うが――そうなるとおかしいのはコウキとなる。
 その違和感に気付いて最初に口走ったのはアキだった。

「コウキさんまるで――剣聖と戦った事があるみたいです……」

 その言葉にふむとヴァンツェが一度思考をめぐらせて言う。
「ほう、しかし私が知る限りは剣聖はクラハ前後は大人しいものですよ」
 トラヴクラハ以降で命名者が消えたという話も、ノヴァが決闘をしているという話も聞かないのだ。
「……ちなみにヴァンさんってどっちを応援してるんですか?」
 なんとなくジト目でアキがヴァンツェに聞いた。
「私はコウキに賭けてます。例え誰と戦うことになってもコウキを応援しますよ」
「それはコウキさんがシキガミだからですか?」
「いいえ、私は個人的にコウキを買い被っているので。
 貴女はコウキを信じていないのですか?」
「そういう訳じゃないですけど……・剣聖との戦いをした事のある私としては、もっと歯が立たない感じだと思ったんです」
「過小評価すると驚かされますよ」
「もしかしてそれが嫌で過大評価をしてるんですか?」
「さて、どうでしょうね。
 まぁコウキが戦いで何かのアドバンテージを得る場所は決まっています」
 考えるまでも無い。その言葉を言われた瞬間にアキにもその場所は閃く事が出来た。
「……ラジュエラ様ですか……!」

 毎回殺されるだなんて言っていた。内容を聞くに修行という修行ではない。教えられる事は殆ど無く、ただ殺されてしまう。コウキが言っている通りならばただの地獄だ。後々打ち合えるようになってからは良い練習相手だと言っては居たが。
「そうですね。具体的に何をされてたかは知りませんが」
 それなら納得がいく。直感的に感じるこの優劣の無さはコウキが一年間ずっと、剣聖と戦っていたと仮定したときに違和感を無くす。

 つまり――それを模して動いていたラジュエラがこの戦いの為にイチガミコウキを使って成そうとしていた事があるということだ。
 その意図の真実は分からないがそれが今この均衡を保てている理由になる。

 すぐにそんな光景は終わった。
「見切った!!」
 そう言った剣聖が振った一撃が、パッと空を切ったがパシッと地面に切り傷が入る。鋭さにも気合が入ってきた。

「物凄い速度で、コウキさんに対応していってる……!?」
 アキは席を立って身を乗り出す。気が気じゃなくなってきたのか、石のブロックをバンッと一度叩いてコウキを応援し始める。
「負けちゃ駄目ですよっ!! 頑張ってコウキさん!!」
「まずいですね……」
 アキの様子からも見て取れる状況の変化にヴァンツェは少し不安を感じた。
 一旦攻撃に転じられると、コウキは不利が続くだけのジリ貧状態になってしまう。絶対有利な間にいくつ有効打が入るかで決まるなら――早々に決着を付けに踏み込まなくてはいけない。
「コウキ!! 攻撃に回るのです!!」
 ファーナの言葉に呼応するように、宝石剣に炎を宿らせて炎陣旋斬で距離を取る。たんっとファーナの目の前に着地して、彼女の名を呼んだ。
「ファーナ!」
「はい!」
 意思疎通は出来ている。コウキが剣をしまうと、すぐさま炎月輪が両手に現れる。触っている時に限り、瞬時の具現になる炎月輪を迷わず剣聖に向かって投げつけた。ゴゥッと炎を纏って直進するがその一撃目を低い姿勢でかわし、二つめを宙返りするように軽やかにかわした。距離が開いていると動きの速い人間に当てる事はかなり難しい。

「術式:獅子牙突!!!」

 だから、その攻撃は囮として使用される。真面目に狙ってはいるものの当たる事は無いのだから、初めからその二つは捨て攻撃だとして、双剣炎月輪を持って必殺の一撃を叩き込む事がもっとも有効的な攻撃になるだろう。
 宙に浮いている途中を目掛け、最も力の入る技を繰り出す。牙のように構える剣と同じ用に炎の牙が現れて、バチバチと舞台の石の表面を黒く焦げ付かせる。
 そのまま力の限り剣を振り切ったが――全く感触の無いまま剣が止まる。
 逃げ場は無かったハズの場所でありえない動きを実現するには空気蹴りなんていう離れ業をやってみせなくてはいけない。
 それは戦女神が良く見せていたはずだ。

「獅子牙突の使い方が、なっちゃねェな」
「えぇ!? もしかして使えるの!?」
「ああ、こいつは元々前世か前々世か知らんがオレが作ったんだとよ。
 しっくりくる感触からみてもそうなんだろうな。
 まぁ貰いもんだとしても今お前よりは使える。
 教えてやるよ、授業料は高いぜ!!」

 パッと、まるでそこに鏡が現れて光を反射したように瞬いた。その場にいた殆どの人間がその程度の認識で、集中力を現界まで高めているコウキの目はそれを映し出しさらにコウキは終始それを見届けた。
 打ち合っていた剣を同時に斜めに叩き上げると、低めの姿勢でコウキの懐に入ってきた。下がりながら振り下ろしてしまえばコウキの当たる距離で、当然最速でその動作に入った。後ろへ跳び下がるような一歩を踏んだのに、剣聖の居る位置はピタリと変わらなかった。蹴りを入れて距離を取ろうと思ったが俺の蹴りと同時にブォッと鈍い音の風斬り音がしてまるで腕が伸びたかのように腹の横を剣が通った。咄嗟の判断だけで右手の剣を離して、手甲を脇腹へと持っていった。その手は間に合う事は無かったけれど。
 そして次の瞬間には噛み付かれたような痛みが脇腹に広がった。食いちぎられるような感触と共に剣が体の横へ抜けた。そのままたたきつけるような攻撃が右足の太ももを斬りつけ、倒れこんだその肩口に剣が付き立った。
 瞬きをする暇もない見事な三連撃に会場は声を上げない。まるで野獣に食いつかれたかのように叫びを上げてコウキが転がる。その姿に会場が悲鳴と歓声に満ち、灰色のリングに今日初めて大量の鮮血が流れた。

「コウキ!!」
「ギッ……いぃてぇ!!」
「じゃあな。結構楽しかったぜ」

 情けも容赦も感じさせない簡単な別れの言葉を述べると同時に、もう片方の剣をコウキに頭の上に振り下ろした。

 ヒュン、と振り下ろされた剣がドスッと音を立てた。

 コウキの伝家の宝刀が炸裂し、剣聖の身体を掠めて地に刺さった。思わず彼はその場を飛び退いてコウキの傍を離れた。その技はいつの間にか発動して本当にいつの間にか攻撃される。一度見せられた程度で、その発動を見抜くのは難しい。手癖の悪さが出た技であるが、意識の外側から来る物ほど恐ろしい物は無い。
 神隠しは、名前こそ付けられたがコウキの技巧に付けられた名である。ラッキーショットではなく剣を話した瞬間に何処に落とすかを決めるので壱神幸輝の意思。剣聖がそこに居無い事がラッキーなのである。ダメージを与えるに至らなかったが――九死に一生を得た。
 驚かされるのは屈辱である。剣聖がコウキを睨む。
「はぁ……ハァッ! 俺は全然楽しくない……!」
 傷口が燃えるように熱い。何処が痛いかなんて聞かれるまでも無いほど痛々しく夥しい量の血液が流れている。右肩と右腹、そして右太腿と出血の酷い場所が並んで刻まれ、かつてない程に壱神幸輝の顔色は見る見る悪くなっていった。
 悲鳴のようにファーネリアがコウキを呼ぶけれどコウキには聞こえない。ドクドクと流れていく血を見て、生命の危機に瀕している事は明らかだった。誰がどう見ても決着は付いていた。
 決着の合図は無い。降参か死がそれに値するこの戦いで

「限界か? それなら良かった。仇を討て、たぜ」
「コウキっ!!
 立って下さい!!
 負けないで!!
 お願いですコウキ!!

 もうわたくしの傍から居なくならないで……!!」

 声以外にも伝わる物がある。
 神子とシキガミだから――繋がりがある。
 コウキの視界は暗く狭まってきていた。

「ぐ、ぅ、え、ぃ」

 ギリギリと歯を食いしばって、ぐっと身体を持ち上げると、さらに血が溢れて苦しそうな表情になった。それでも、その体内を遡った血を、痛みを飲み込んで、修羅の如く形相で立ち上がった。
 自分がそうさせている為に、ファーネリアの目には涙が宿る。今すぐ助けたいけれどこのリングの上のルールはこの人数の目の前で破る事は出来ない。
 その様子に剣聖がご満悦な表情で笑って、剣を構える。一部の隙も無く油断も無ければ足を奪われたコウキにかつ手段は無い。
 コウキには手元にある宝石剣を拾っている余裕は無いらしく、ギリギリと歯を食いしばって黒鉄剣を構えた。

「お見事! だがそれまでだ!」

 楽しかったと、壮絶に笑う。次の攻撃がきたら負けてしまうのがわかり、ファーナが叫んだ。
 剣聖の強気な笑みに――必死の形相を見せていたはずのコウキが、不意に笑顔を見せた。

『術式!!』

 二人が同時に叫ぶ。
 剣聖は剣を担ぐようにグッと背中に回した。少し仰け反るように一歩前へと出て剣を振り抜く。

「流 星 蒼 破 刃!!」

 双剣技術の最高に留まり続ける彼の奥義は自身が生み出した業によるものである。稀に技術の派生は主に劣化を生む。単純に突き詰めて辿り着いた人間が一番強い物を使う事が多い。
 技の殆どがオリジナルである剣聖は威力で負ける事は無いという確信があった。青い軌跡が石飛礫のように真っ直ぐ宙を飛ぶ。その姿を流れ星と呼ぶなら正に突然それが現れたかのような光景だった。その攻撃は断然の速さがあり、コウキが攻撃を打つ頃にはコウキとの距離を半分埋めていた。

「裂 空 虎 砲!!」

 同時に剣を振ったイチガミコウキが放った最強の技は一手に於いて最も力を使うものである。三段階の術式圧縮を経て最強を謳う攻撃は一撃で最強、二撃で無双。しかし彼の腕には一つしか握られていない。
 しかしその問題はもう解決している。彼はいつでも双剣を持っている。それは――神子が居て初めて成せる彼の必殺である。炎月輪と黒鉄剣で同時に放たれたその攻撃は今までで一番の光を放ち剣聖まで真っ直ぐに光の線を描いた。
 パァっと二つの線が交差し、剣聖の攻撃は威力を増すようにその光を突き抜けコウキに突き刺さった。
 炎月輪を放しながら左手で剣聖を指差し痛みの叫びのかわり、コウキが叫んだのは――。

「ノヴァ!! ラジュエラが待ってる!!!」

 コウキの言葉を聞いて剣聖は目を見開いた。
 そして背中に手の感触を感じて振り返る。
 彼の両側を裂空虎砲の光が通過して、そこだけ、切り取られたかのような空間が見えた。
 剣聖の生の最後に見た光景は――いつも夢に出ていたあの人が、自分に微笑む姿であった。

 ドスッと衝撃を覚えて自分の胸を見る。
 心臓を貫通する黒鉄剣が鈍く光を反射した。
 急に足に力が入らなくなって二歩よろける。
 そして誰かに寄りかかるように――冷たい石の上に倒れた。


「勝っっっ」

 剣聖が負けることなど誰が信じたか。
 光の中から現れた彼は、傷を増やし血を流しながらも震えるほどの感情を抑えきらずに衝動のまま声を上げた。

「たああああああああああああああああああ!!!!」

 絶句の会場が荒い息をして満身創痍で勝利を叫んだシキガミ一人に、爆発するような声援を送った。


 そして、その直後、ファーネリアが駆けつけるのを見て――彼女に手を伸ばして、倒れた。

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