第213話『新たに希望』
遠く見えるは茶色い巨大な山。あの山の上は大きく台地となっていて、中心に大きな国があるのだとか。それは興味があり、何れ偵察に行くことが決まっている。何をするかは決めていないが自分の出来そうな事をやってみよう。
一瞬視線を感じて遠くにやっていた自分の気を元に戻した。茶髪の彼が一瞬だけこちらを見たようだ。私が視線を返す頃にはもう魔王様に向き直って話を続けている。
魔王様と話している途中でも彼が此方を警戒しているからだろうか。切り株に小さく纏まっているだけなのになんとも解せないと息をつく。とはいえその視線も分からなくは無い。彼の後ろに居る水色の髪をした彼女は酷く幼く未熟な子のようにみえるからだ。彼女を背にするなら相応の力が必要だ。だから彼の態度は正しいのだと思う。
茶色の髪のシキガミが饒舌に話を進める。かくも長いやり取りを経てようやく彼の推理を聞くに至った。
「カミサマが助けてくれってのも変な話じゃないか。
要するにこの世界は駄目になっているって示唆じゃないか。
で、その駄目になっている場所から逃げたいにしても、自分にわざわざなんで試練なんぞ掛けるんだよ。勝手に輪廻転生ってやつにもぐりこんじまえばいんじゃないの? ってなとこ。
それを聞いたらそれは“できない”とあいつらは言った。
つまりカミサマってやつよりさらに上の力が働いてるって事だ。
そう、この話にはカミサマの裏が居る。
カミサマが嘘を吐かないが自分たちの大将の事は話せないなら、確証は会話から得るしかない。
俺がその確証の為にした質問は二つだ。もっとしても良かった意外と早く結果が出たんでな。
“世界の規則をお前達が作れるのか?”
それと、“例えば神性位制度を無くせるか”
前者がイエスだが後者はノーだった」
彼が言うと魔王は顎鬚に手を当てて弄りながら何処を見るでもなく視線を漂わせた。
「制限があるようだのぅ。
まるで儂等のようだ。死ぬなと触れを出した所で無理な話であるからな」
「そうだ。カミサマってのは新しい種族を作る事ができる。それぞれの力に特化した容姿や能力がある。それを作る事が出来るが、神性位を無くす事は出来ない。
神性位はもっと大きな範囲の話だ。プラングルって箱庭の中にシキガミ作って落とし込むのとは訳が違うって事だ。
大枠の中にやって行けることや管理する事が決められている。カミサマは外にいるようで結局中に居るんだ。
そんで辿り着いた先、多分それができるのは会えない見えない、俺らの知ってる本物の神様だ。ただそこになると本当に俺達の会える会えないの領域を超える。物理的に何か出来ないなら“奇跡”を願うしかないだろ。
コイツなら絶対にやると思ってる奴にそれは託す。
そいつが本当に神様で届く手段で無いなら俺達がするのは殺し合いが正しい」
「ほう、であれば、なァ。
で、絶対やるという奴というのは?」
「変な奴だよ。理屈でこうって言えるような奴じゃないけどな。
少なくとも俺が信じれる程度には無茶も通せる奴だよ」
「そうか。友人か? 殺せるのか貴様は」
「まぁ俺達は仲良しこよしで育ってきて今更戦えって世界の非常に慣れてない。甘いんだ。
だから無理やり殺し合いの理由とかはでっち上げて、駄目ならそうすればいい。最後はこの戦いの規則に準じるだけ。人間適当に納得できれば生きていけるからな。
アンタも赤い服を着たお人好しには気をつけるんだな」
そこまで言うと、キツキは喋るのをやめた。
その様子を見て。
「ふむ、で、あるか」
ピシッと扇子の先をキツキに向け、にぃっと笑った。
「好いな! 貴様、儂に仕えぬか」
「なんで今の話からいきなり俺がそんな事しないといけないんだ」
「最初に見通せる距離が長い者は世界に対して必要なのだ。
貴様の魂胆は気に入った!
必要とあらば友を斬るその気概もな。
育てば将来は良く禿げようぞ!」
誰の事を言っているんだ、とキツキはため息をつく。自分を陥れた張本人だというのに暢気に話すものだ。元々そういう性格だと言う話も残っていたかもしれないが本物なのかどうかは已然怪しいところである。
「要らない忠告どうも。裏切って欲しいのかコンチクショウ。
状況判断すればどう考えてもそれが一番妥当で可能性が高いからな。
あんたは大将を引っ張りだすにはどうする?」
「日の元なら、馬鹿大将は城の前で叫んでいれば出てくる。まぁ火でもつければ良かろう。尻に火が点けば動かぬわけにもいくまい。
が、何より一番効果的なのは、その癇癪に障ってやる事だ。大事を踏み躙り、その大罪に触れ、追い詰める事ができれば、自然と己が出る……クッハハハハ!
試してやろうかクソ餓鬼よ、まぁ貴様のような真面目野郎なら後ろの女を目の前で炙れば泣きながら飛び掛ってくるんだろぅ?」
「ひっ」
心の底からその人間を恐ろしいと感じたティアが思わず声を上げた。確かに酷い苛立ちを感じて見事に殴ってやりたい気分に襲われたキツキは最高の褒め言葉を言う。
「あんた思ったより最低だな。魔王の肩書きに納得がいく」
「うむ! 最低と外道は、儂の武器である!
天下に轟く、六天魔王とはこの儂の事! 世の外道は全て儂の手中に在り! 故に世はわが手中に在り! ナァッハッハッハッハッハ!!」
「歌舞くなぁ……」
パンッと勢い良く開かれた扇子が妙に彼の言葉を持ち上げて感情を煽いでくる。
さっきとは打って変わった様子にため息を吐いてガリガリと頭を掻いた。本当に調子が狂う。
「要はそいつに人を一人挟んで一番近い存在になってやればいい。
そいつが首輪をつけている奴を炙って、助けを叫ばせればいい。
基本であるぞ茶髪?」
「何のだよ……そんな基本知りたくなかった。あと茶髪言うなよ。
まぁいいや。じゃあそれの助けを叫ばせる存在が俺達の知ってるカミサマか。
どうやらカミサマに会えるのは天意裁判を超えた後らしい。今あってる所に殴りかかっても全然意味は無いらしいからな。
カミサマが作れるルールは自分達が作ってる二次空間で許されるものでプラングルに影響する話じゃない。
そもそも姿を見せない奴がそんな事ぐらいで出てくるのか?」
「出てくる。何といっても親切に自分の懐に居る者に逃がす道を用意してやってる奴だ。
誰か一人泣かせれば出てくる。
まともな奴ならばな」
「それ以外は?」
「さてな。非情の神ならそもそもこんなことはしない。打ち捨てて次を選べばいい話、なのだろう?
ならば炙りだす為にゃ、ひたすらに追いつめる方法が必要だのぉ。
神が何に追いつめられるかなど、そもそも興味もない。同じ世界で生きるなら意味がある事だがな」
ノブナガは言い切ってから手の暇からか煙草に草を詰めた。そしてそっと傍に寄ってきたオリバーシルが指先でそれに火を入れる。
「まぁ。詳しいやり方はその時に考えろ。
ところでその友人とやらの根拠は?」
「奇跡に愛されるのは不幸な人間だけって事だよ」
「矛盾しておる」
「理想主義者なんだよ。できる方のね。多少本人に不幸が付きまとうが、人間らしいよな」
「それは命運を任せるに値するか?」
「ああ。だって何せ運が良い」
「おいおい、お前そいつを不幸だと言っただろう」
「不幸と言ったが、運が悪いとは言ってない」
「何が違うんだ?」
「運が悪いことを不幸と言うんじゃない。運が悪かった結果が不幸だっただけだ。
賽の目の運が良くても謀られて裏切られりゃ簡単に不幸になれる。
賽の目が良かろうが悪かろうが実は幸も不幸無い。出目が悪くても勝てるように仕込んでおけばいいって話は、何処の賭場に行っても同じ話じゃないのか」
「屁理屈。種子島があったら頭蓋は飛んでおるぞ」
「今や人外の俺らに鉄砲なんか当たらないっての」
「ふむ、やはり時代は法術である!
陰陽師風情が憚る時代が来ていようとはな。とはいえ、普通の人間にはやはり銃は有効だ。一人で扱うには法術とやらはちと小難しい。
オリバーシル程度は皆使えるのかと思ったが、あ奴魔女と呼ばれておったわ!」
「どうやら規格外なのは俺達ってのは気づいてたけど。
初めから達人近くに成る資格があるってのはこの世界の人間的には面白くないだろうな」
「その通りよ。まぁ出る杭は打たれる。余所見は足元をすくわれる。背を見せれば刺される」
「どんだけ味方居ないんだよ」
「謀反は戦国の基本だろうが」
「そんなのでいいのかよ……」
「何、すべて刺し違えてさせてでも勝ち取る」
「その先に何を見てるんだ?」
うむ、と一つ置いてから、パッと扇子を開いた。
「無論天下統一に尽きる――!
いつなんどきも変わりはせん。奪うのはいつも知識と武力よ。
振るう側に立って居らねば取られるばかりだ。それを許容する事は許されない事である。
まぁ、多少偏屈だがこちらの種子島も手元にあるようだしな。運はある。
世界を見回した。ここは日の元の何倍も広い。
オリバーシルと覇道無しでは、ここへ来るのにも月日は掛かったであろう。
真っ当な征服をしていたらもっとだ」
魔王が見ているのはもっと先の光景だ。目の前のキツキよりももっと遠くの世界である。
その時に交わされた話題で彼女が覚えているのはその程度である。
キツキと言う男は真面目に聞いてはいたものの、その話に表情を変える事は無かった。油断ならない慎重な人間だ。
そんな遠き日を思い出していて、不意にざわつきに意識を引き戻される。
思い出に浸るような人間ではなかった。振り返るといやな事しか出てこない。
唐突にそんな事を振り返ってしまったのは目の前にいるその子のお陰である。血縁関係にあるが似ていない二人だという感想を抱いた。
赤いコートは脱いでもらっている。夜は少し肌寒いがもう外に出る事は無いだろう。黒い髪と人懐っこい笑みが印象的な好青年だ。彼は良く笑い、和やかな空気を作る事を得意としている。
奇跡がどんなものか。その子自体とは少し縁があり、自分を姉と呼ぶ不思議な人だった。
覇道が叫ぶままに取り返しに行った事もある。アレは何よりも軽率な行動だったと思う。しかし彼と彼女のつながりの弱さという弱点を見つけられたお陰で今こうやってそれが手元にあるのだけれど。
不思議な子だ。本当に自分が姉なような気がしてきた。
この肉体は姉ではない。生きてきた人生もそうである。記憶は何故か持ち合わせているところが不可解だ。靄がかった記憶は目を凝らしても閉じても晴れたりはしなかった。
「姉ちゃん食べなさ過ぎ」
「あんまり食欲が無いですし」
彼は男の子らしくパクパクと良く食べていた。黒い髪を揺らしながら此方を覗き込んでくる。目が大きく、しっかりとこちらを見ている二重の目は子供のような輝きを持っている。
「駄目だって食わないと元気になれないって」
「いえ、でも何時もこんなのですし」
軽くそれを拒むと彼は目の色を変えて自分の手元を見た。
「ええ? 嘘だぁ。口に詰めて欲しいの? はいあーん」
ガッと彼は自分のフォークで分厚い肉の欠片を刺して私の口の前に差し出す。
「えっ? あの、ここ公共の食堂ですよっ?」
ざわざわと視線を集める。それもそうだ。今日剣聖に勝った人間が何故か女に向かって肉を食べさせる光景が広がっているのである。私が魔女じゃなければ恥ずかしくて死んでいた。
全力で今の記憶を消しておこう。ぱっと此方を見ていた人間に目を合わせて魔女呪詛を使用して無かった事にする。
今日一番の無駄遣いである。
「いつも駄々こねて食べなくてもこれなら食べてくれてたのに……」
どういう姉なんだ、と自分に姿の似たその人に苦笑する。
いやその人格を否定するわけではない。
「うーん……いきなりは食べれないか。明日引っ張りまわして疲れさせないと」
「え!?」
「食欲を起こさせるには運動だよ。あ、飛ぶの無しな。覇道で落とすからな」
「そこまでですかっ?」
なんと横暴な健康意識……。彼に馴れるとみなツヤツヤの健康人になってしまうのですかね? まぁそれはそれで面白いか、と少し笑える。赤い服の彼は多分いつも通り、得意げな顔で指を立てて健康理論を語る。
「美味しいご飯が元気の源! しっかり食べてしっかり消化しないと!」
「……貴方達がやたら威勢が良いのは貴方のせいですね恐らく」
「へ? 誰ら?」
「何でもないです。さあお食べなさいな」
彼に食事を勧める。元の口調でも問題ないようだ。
死を迎えた彼に肉体を回復させる為、口付けを使用した回復術を行った。その方が実は回復が早い。シキガミと神子は体内マナの能力を他人に与える能力が高い。シキガミと神子だと尚それが顕著で、回復術があればそれを促進させる為に自分の血液や唾液など解けやすい物にして渡す事で更にその効果が上がる。
意識の薄い器の状態で催眠をかけて置いて此方の都合の良いように思考をさせるようにした。その効力を自身の呪いで強化してあるのでちょっとやそっとで崩れるものではない。
だから少し殴ったり話かけた程度では彼を元の状態にするのは無理だろう。何を仕掛けてくるのか楽しみですらある。呪い返しも今回は使用できない。気になるといえばあの賢者の方だけれど実力はあるがハッタリも多い人なのでニヤニヤとしていればどこかでボロを出してくるだろう。
コウキは食事を終え、ウェイトレスと話出した。といっても話しかけてきたのは彼女の方だけれど。一応剣聖に勝った人間だ。色々と声が掛かるのは可笑しい事ではない。少しだけ話すと他の客に呼ばれて仕事に戻った彼女をお仕事頑張ってと優しく見送って此方へと視線を戻す。
「すっかり有名人ですね。テレビに出れるかもしれません」
「んーまぁ、あったらローカル局ぐらいには出れたんじゃない?」
「気の入らない返事ですね」
「なんか引っかかる感じなんだよなー」
勘が鋭いという点で、彼にかなり高い評価を下す事ができる。それ自体はお姫様と戦った時に分かったことだけれど応用が利くのは心強い。
早く味方として働かせてしまって嘘を真に変えてしまえば彼ももう記憶を疑ったりはしないだろう。敵になったという事実だけが残ってしまえばそれで良いのだ。
それを止めさせた彼にはこの間に少し仕返しをしてやるべきか。本当に余計な事をしてくれたと思う。心の中で毒づいたが何の解決にもならないのですぐに冷静になる。
彼の意思を無視して戻る事は恐らく綻びを生む行為だ。彼に勘付かれると恐らく彼は記憶を取り戻してしまう。彼が覇道の適正を持っている事が現在問題だ。奪う時は都合が良かったが今は逆に都合が悪い。それを使って思い出されると厄介だ。
彼女等もきっと何かをしてくるだろうから何か手を打たないと。彼も疲れているようだし話を切り上げて一先ず宿の部屋へと戻って考える事にした。
「お願いがありますアキ」
意気消沈したままアルベント邸に帰ってきた皆が食事を済ませ、その後各々の部屋に戻ったあとの事だ。ファーナがわたしの部屋に来て改まった顔でそう言った。彼女は着替えず、剣を二つ持ってわたしの前に立っていた。
「どうしたの改まって」
コウキさんを取り戻す事には勿論協力すると言った。
とはいえ具体的な作戦は全く考えていないわけだけれど。一先ずこっそり探しに行って見ようかと思っていたところでもある。
「わたくしを鍛えて欲しいのです!」
グッと拳を握って彼女は力強く言い放った。
「えぇ!? ど、どうしたの急にっ」
「解決策が有るにしても、無いにしてもやるべきはわたくしなのです。
この剣を使って――コウキと対峙します」
ずいっと顔を寄せてくる。勢いと眼力は素晴らしい。
「え、ええと。ショック療法ってこと? でもそもそも剣って振れるの?」
「少しは!」
元気良く駄目な事を言っているのに気付いていないのだろうか。
そもそも片手剣を両手剣として使ってきたファーナにはかなり辛いアドバンテージだ。最近剣を持っている所は見たこと無かったし。
「正直に言うと、コウキさんが使ってたみたいに双剣は無理だと思うよ?
一つなら稽古できると思うけど」
彼女の持つ剣を見て宝石剣は何度かファーナが持っていた事がある記憶がある。ただそれは杖代わりの剣で法術を使う為にやった事だ。
稽古をしたとしてコウキさんが去るまでに何かが仕上がるとは到底思えない。
「それに、無駄かもしれないよ?」
こういう事は事前にはっきり言っておく。彼女がこれで引くようなら本当に意味は無いのでやめた方が良い。
「お願いしますっわたくしが……!
今度はわたくしがコウキを信じて救う番なんですっ!」
ほんの少しの確立を掴む為に強く望む事。それが何かを成す前に必ず必要になるもの。
それを彼女が持っているならば――。
「うんっ! 頑張ろうねファーナ!」
その希望にわたしも賭けようと思った。
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