第215話『記憶にキスを』
「ファーナ頑張ってね。わたしも頑張って来るから」
「はい! 言われた課題は全部終わらせて置きます!
アキ必勝をお願いしながら剣を振ります!」
彼女の気合いは十分なようで、大手を振ってわたしを見送った。応援も気合いの入ったものが届きそうで嬉しい限りである。
ファーナを見ているとこんな事をしてもいいのかなぁって戦いの前に心に陰が落ちる。
勝手にどこかに行ってしまう人。誰かに認めて貰う為の戦い。
あの時と全く一緒の状態で、何をやっているのだろうかと。
しかし此処で勝ち抜いて決勝まで行く事が重要なのだ。
今回の戦いに勝ち残った女性は自分一人である。逆に期待の掛る中で決勝まで勝ちぬかなくてはいけない。
一番人気なのはアルベントさん。それは当然だ。ここはアルベントさんのホームとも言える場所だ。二番人気がなぜかわたしだった。いや、宣伝はしたけれど、こんなに反響がでるなんて思ってなかった。
そのおかげか味方も多いし、戦いやすい環境にはなった。心無い罵声もたまに聞こえたりするがまぁこういうのには付きものである。ネガティブになったら負けだというのは、何時から自分の中に根づいた考え方だろうか。
「ああ、全く」
世話の掛る人だ。
誰かを助けたと思ったら倍ぐらいの面倒に追われてる。その癖人一倍助けたがりだ。
危なっかしくてフォローが必要だ。でもそのやっている事は正しいし、面白い。
助けなきゃ、と思うのはファーナだけじゃない。わたしやヴァンさんだってそうなはずだ。
心配事は色々だ。コウキさんもファーナも。ディオもアイシェもアイルも。みんなして厄介な事に巻き込まれて大変な状況だ。そんな中、身の入る試合が出来るかどうか不安な状態でその舞台へと向かった。
奇しくもこの状態になったのは今回が初めてではない気がする。
モヤモヤとした気持ちが治まらないまま、会場に入る。
空気は昨日と同じだ。予選よりもざわめきが少ないような気がするが、試合に集中しようとするからだろうか。
試合開始の合図の前に選手紹介で名前が呼ばれる。
「竜士、アキ・リーテライヌ!!」
歓声の中に立って尚、頭は戦いのほうを向かない。
「双剣剣士!」
嫌な視線に気付いて、はっとした。
双剣という言葉に反応したと言う事もあるが、相手が異様に鋭い目付きで此方を睨んできている。
警戒した身体が無意識に戦闘前に剣を持たせる。
「ログ・バルスト!!」
その名を聞いて、手が硬直する。
聞いた事がある。もう聞く事は無いと思ってすら居なかった。それほどまでに完全に忘れていた。
負けた人間の名を一々覚えるような事をしないというのは本当で、戦った後は忘れ去るのみである。
しかし負かされた方は逆に自分の脳裏にその人の名は痛い程に刻み込まれる。恐怖として残るか忌むべき相手として残るかは定かではない。
「あ? 何で攻撃してこないんだ?」
すぐに気付くべきだった異様な視線。
「あの……」
わたしはまだ喉元まで出掛かっている記憶を思い出せていなかった。
わたしは、何をしたんだろう――。
そのわたしに目を見開くように歪に笑った。
「どうした早くしてこいよ。
最初から全力でこいよ――あの時みたいに」
ピンッと一本の糸が繋がった。底からジワジワと引きずり出していける記憶からその時の状況を思い出させる。
こんな風に人に囲まれた大舞台。グラネダの武術大会本戦二日目の試合で、わたしは誰かを倒した。
本当に大事にしているものが無くなったわたしは本気で焦っていた。その状態から全力で戦う事で――私の前の誰かの戦がそこで終わった。
それぞれ思いあってあの戦いに参加していたはずだ。負けたとしてわたしが恨まれるのは筋ではない。
それでも負い目があった。術式の選び方が手荒かったかな、とか。もっと魅せてこちらも楽しむべきだった試合だったかなぁ、なんて。
「き、聞いてください。あの時は、その」
それでも一応悪い事をしたかなと思っていた。騎士達が言ったとおり、見世物なのだから本気になる前に少しは小手調べをして楽しむべきなんだろうと思う。ああいう風に戦が早く終わると、後ろに控えている騎士が茶番が長くなるなとウンザリするらしい。本気で戦う事を許されている事はうらやましがられたが。本気を出さずにあの強さだったグラネダ騎士隊の底の深さを知った。
男はハン、とあからさまに気を害した顔で此方を睨む。
「おいおい、まさか言い訳かい? あの時は手加減の仕方が分かりませんでしたとか? 今更?」
問答無用で襲い掛かるなんて事をしたのは後にも先にもあの試合だけである。
勝ったんだから問題ないと言い張っていれば良いんだろうか。それも何か違う気がする。
わたしの様子をみて、フッと首を振って蔑むような目で此方に視線をやる。
「まぁ手加減しない方が戦闘としちゃ正解だ。
アンタは何も悪くないさ。一瞬で半殺しにして、そいつの人生狂ってもな」
「……人生が、狂う……?」
動いていないのに呼吸がし辛い。息の詰まるやり取りだ。
人生が狂うほどの大勝負だった――?
「可哀想なソイツは、その後仕事を取りに行っても道を歩いているだけでも嘲笑われるぐらい有名人になったんだぜ?」
「女に負けただの、早かったですね、だの」
ただ道行く人間がそうは言わないだろう。きっとギルドの人たちや同業者のことだろう。それだけにしても酷いと思う。
「友人が言ってくれたんだ。
お前等に同じ事が出来んのか。
コイツの何が分かるんだって」
それでも味方がいてくれた。それなら立ち直る事はできただろう。
でもその人はハッと何か面白い物を思い出したように笑ってから言う。
「そこからが酷いのなんの。そいつ伯爵家の末っ子でさ、超苛められっ子だったんだ。
そいつが突然俺なんか庇うから面白がってすげぇイジメ増えてさ」
酷く険しい表情だ。剣を握る手には力が入っていて小さく剣先が震える。
「俺なんか助けなきゃ良かったって手紙つきで自殺した」
キツイ、と思う。
直接言われるのではなく、友人に残したという事はその家族達に嫌わせる内容をしていただろう。
――ああ。わたしには
「俺が、俺らが何したってんだ……なぁ、弱かったからいけなかったのか……?
あいつにゃ関係無い事だったってのに……!
なにが竜士だ、なにが才能だ。恵まれただけの奴が偉そうに近衛騎士にまで抜擢されたのに蹴飛ばして。
人の人生狂わせて置いて、なにが英雄だよ。
俺はアンタが大っ嫌いだ」
万人に好かれるなんてありえない。竜士団だって栄光の道にはかならず影が落ちている。後ろを振り返っている暇が無いからただひたすらに進んで、より多くを助けた。
押しのけた誰かを助ける事なんて出来ないから――恨みは何処でも生まれる。
「ナニがアキ竜士団だよ。
吐気がすんだよ……クソ七光り!
親が有名なお陰でさぞ良い人生送ってるんだろうよ!!」
わたしとはそう歳の変わらないその人は憎悪の視線を持ってわたしを睨む。
おきてしまった事にわたしは何もいえない。
忘れるほど、簡単に。軽薄に相手を負かしてしまった。
そんなつもりは無かったと言った所で起きた事は無くならない。
「もう、何でも良いんだ……。
俺は弱かった。俺が悪かった。
だからアンタを殺して。その首ソイツにくれてやる」
壊れた誰かの人生がわたしの首を狙って剣を向ける。
「ダチの為に、死んでくれ」
そんなわたしは――生きている事が正解なのか?
戦っている事は正解なのか。
疑問に思うことになった。
ビュゴォっと物凄い風の音がした。
異様に長い剣一振りが首元を掠めたが無傷である。その後流れるように真っ直ぐ逆側の手がわたしを逃すまいと突きを放つ。
タイガを翳してそれを受けると、剣ごと後ろへと押し出されて後退する事になる。
速さも力も十分で、かつ双剣。技巧については量りかねるが、基礎能力はかなり高い。
「――竜人加護!?」
驚愕するわたしに、彼は歪な笑みを見せる。
「そうだな。神性第四位、竜人。
初めからそうだったアンタにゃわかんねーだろうけど、死ぬほど苦労してんだ。
この日の為に――!!」
この舞台に立つための最低条件は竜人加護を得ている事となっているようだ。
恨みの声に戸惑った。自分を恨む人間に会うなんて初めてのことである。剣聖に対して父を殺された恨みを持っていたわたしと、その姿が重なる。ただ、わたしはあの人のようにそれを受け入れて恨む者を前にして勇ましく笑っていられない。
ただその黒い衝動を前に痛みに耐えるような表情でその戦いを始めた。
ブンッと横薙ぎに放った攻撃が、双剣にピタリと止められる。同体格なら武器の重さと威力だけはほぼ負けないと思っていたがそれは思い上がりらしい。押し返されてからの猛攻撃に少し焦る。
上下の攻撃からの蹴り飛ばしを受け、数歩下がった所に横薙ぎの一閃。押し込むように身体を入れて体当たりから低めの薙ぎ払いにすこし右足のふとももを斬られる。
動揺しているのを差し引いても普通に強い。それに双剣でこの大会に参加しているという事は彼も――
「双剣で、ラジュエラ様の加護を受けてる……!?」
「それがどうした!」
その時点で冷や汗が流れた。
わたしには戦女神は付いていない。あるのはやはり竜人加護だけだ。単純な加護の優劣を測れば、わたしはこの時点で負けている。漠然とした苦手意識も存在した。
「術式!!」
宣言に身構えて、同時に少し後ろに飛ぶ。
そのわたしを見て彼が笑った。不味い、と思い空中で剣を軸にくるんと上に飛び上がった。
「燕落とし!!」
ズドンッ!!
突然背後から意識が飛びかけるほどの衝撃が身体に奔る。
身体に走った衝撃が何か分からないまま、地面に叩きつけられた。
空中に居た人間を叩き落す技か何かだろうか。
地に伏していられない、と起き上がった頃には、目の前に双剣が迫ってきていた。
ズシュッ! 体重を乗せてきた剣に用意に皮の防具は貫通してしまう。右の脇腹を貫通して、地面へと付き立てられた。
「はははは!! 弱い!! 舐めてんのか!?」
「あっ……くっ!」
痛い――! 衝撃とは違って鋭い痛みが広がって、ジワジワと血が流れで行くのを感じる。
剣を取ろうと思ったが、遠い場所に蹴飛ばされ、地面に磔にされた自分に取りに行くことの出来ない場所へと転がった。
「……トドメを刺さないんですか……?」
「そうやすやすと死なれて溜まるかよ」
そういって、もう片方の剣を左肩に突き刺す。
「いっ……!!」
「苦しめ」
更にザクリと左の脇腹を刺す。
「っあ゛ぁ……!!」
痛い!!
致命傷にならない場所でジワジワと痛みだけを与えられる。
まるで拷問だ。
わたしのやった事の報いがこんな形で帰って来るなんて――。
傷の痛みには泣かない。痛みが薄れるその感覚だけが怖い。
こんな風に死ぬのは嫌だ。こんな時にどうすればいい。
痛みの声に思考が消されて、剣を取る為の手にも力が入らなくなってきた。
弱い私が、過去の自分の強さを知らないままに振りかざした力の犠牲者に復讐されるという形で、あっけなく幕を閉じようとしている。
これが報いなら、仕方無い事なのかもしれない。
でも、そんなの。
きっとそのアキ・リーテライヌの命は、身の程を知った時にもう一度無くなった。
剣聖に届かなかったあの時。でも繋いでくれた友達が居て――。
「頑張れーー!! アキーーーー!!」
わたしは彼の敵なのに。
今日は居ないと思っていたが、彼は観客席から声を張っていた。
赤い服は変わらない。選手控え席の最前列で身を乗り出して叫んでる。
わたしがこの舞台に立っている理由が、目の前でわたしを応援してくれている。
「ンなのに負けんなーー!! ぶっ飛ばせーー!!」
多くの歓声に混じってもはっきりと聞こえる聞きなれた声に泣きそうになる。
きっとわたしを応援しているのは何となくなんだろうけれど――その声援が味方であるということだけが純粋に今わたしの力に変わる。
「あ、あっ……ぅ!」
チカチカと目に入る青空。雲の後ろから太陽が顔を出して舞台が光に照らされた。
自分でも驚くほどあっさりと立ち上がって、観客が沸いた。
傷が沸騰するような熱さを持っているが、急に視界がはっきりとして立ち上がったわたしを本当に忌々しいものを見る目をして睨んだログの姿が目に入る。
「は、何で立ってんの? 死ねよ」
相変わらず、態度は冷たい。
恨みを持つ相手にはそんなものである。それは自分が一番良く知っている。
そんなときにどうされると焦ってしまうかそれも良く分かった。
だから意気揚々と言う。
「高々、お腹に穴が開いたぐらいで、何言ってるんですか」
スゥッと呼吸を整えて――剣を構えた。そして顔を上げて笑う。世の中剣と鉄板を貫く攻撃だってあるのだ。
「は、はぁ!?」
「まだわたしは――負けてません!」
わぁっと会場の声援が増す。痛く無い――そもそも痛いを気にしていない。
気になるのは手元に剣が無い事だけだ。
剣が欲しい!
剣が欲しい――ただそれだけを考えていた。愚直に勝つためにはまずわたしは剣を取らなくてはいけない。双剣の熟練者ともなれば、動揺していたとしても素手の人間に負けてはくれないだろう。
そもそも血が出すぎて動く事もままならない。這い寄るぐらいなら出来たかもしれないが、歩いたり飛んだりなんて到底出来ないことである。
どやって取りに行くかを考えている所で右手に違和感を感じる。さっきまで感じなかった音がチャリっと鳴った。
ジャラララッ――!
わたしが望む限り伸びる。わたしが望む限り剣は出現し続ける。
わたしと大牙を鎖が繋いで剣が手元に戻ってくる。
これほど嬉しい瞬間は無かった。
立ち上がってよかった。ブレスレットは唯一持っている形見である。再びこれがアルマとして発動するとは思って居なかった。
キラキラと光る鎖はわたしと剣を繋いでくれる。このブレスレットさえあればわたしは剣を手放す事は無い。手元に戻る前にフッと残光を残して大牙が消えた。
「大牙<タイガ>!!」
右手を振って、大牙を出現させる。ズン、とその重量を感じさせる勢いで地面に突き刺さり、ジャラジャラと鎖が鳴った。その感覚にぞわざわと鳥肌が立って心躍る。
繋がったのは剣とだけではない。
視界が開けて、勝つための道が見えた。そんな気がした。
活路が開けたと言うのはこんな状態なんだろうか。いつもコウキさんはこんな中を生きていたのか。道理で届かないわけである。ゼロから初めてやっと見る事が出来た景色に笑みが止まらない。
「ウゼェ……! うぜぇんだよお前!! いきてて良い訳、無いだろ! お前のせいで!!」
手を振りかざして彼が叫ぶ。
「まだわたしのせいにするんですね……。
そりゃあ、友達にも怨まれますよ。
その根性今から叩きなおして上げます!」
わたしが正しいのだとそれを押し付ける事になるけれど――彼を正しいとは思えない。
「お前が語るな、クソが!!」
彼は言い捨ててすばやい足取りでこちらへと詰めてくる。わたしが動けない事を知ってか知らずか左側に回りこむように走ってくる。
それを大牙を飛ばして止めようとするが、くるりと身を翻して位置をずらしてすぐに直進してくる。
左側なら動けないと思われているのだろう。じつに重傷である真っ赤に染まった左半身だけれど――渾身の力を込めて、左に振り上げるように剣を振った。
それがスパッと相手の額を割る。かすり傷でも血が大量に出てくる傷からドクドクと血が出て右目に入っていく。
そんな彼にもっと酷い状態のわたしが歩み寄る。壮絶な光景に会場はシンと静まり返っていた。
「く、来るな……!」
「貴方が、わたしのせいにして凹んでる間、その人が支えてくれてたんですよね?」
彼が叫んでいる事の続きを聞く為にそう聞いた。
「そうだよ!!」
「なんでその人の為に、立ち直って、あげなかったんですか?
信用を、回復する方法なんて、いっぱい、あるのに」
「簡単に言いやがって!!」
「……友達に何も返してあげられない可哀想な人だっていう事が分かりました。
友達思いを履き間違えてるんですよ。貴方のは恩着せがましいだけです。
周りの冷たい視線から逃げたいんでしょ?」
「お前に俺の何が分かったつもりだ!! 上からモノを言いやがって!!」
「怨みで強くなったつもりですか! わたしのせいにして心が楽になっていたんですか!?
それが惨めだってその人が怒ってくれなかったんですか!?」
「うるせえ!! 早く死ね!! 死ねよ!!」
何を焦って、怒っているのだろう。
血がないせいなのか、相手が逆上しているからわたしが冷めたのか分からないけれどとにかく子供を見ているような心境になって相手が可哀想に思えた。
「この程度で死にません。
何があっても。
わたしは友達の為に今戦っているんです。
貴方なんかにやっぱり構っていられない。
全力でやりますね。
その友達の代りにわたしが殴ってあげますよ」
きっとその人の琴線に触れるだろうと思った。
ぶつり、と何かがその人の中で切れて、鬼のような形相でわたしを睨んだ。
「お前が、あいつを、語るなあああああああああああああああ!!」
両手を使わなければ剣が追いつかない。
血が流れるのを構わないで双剣の激しい剣戟を凌ぐ。流石にそのままでは不味いのがわかっているので、すぐに相手が踏み込んだ瞬間だけを狙って、細かく姿勢を崩させる。仕切りなおしさせる瞬間に踏み入って振りかぶった右ストレートで顔面を殴った。綺麗に傷口を殴りぬいて裂け目が広がる。
「貴方を庇ったなら、貴方を認めてくれていた人ですよね!?
貴方ならまた強くなって元通りになれるって思ってくれてた人ですよね!?」
「うるさい!! 止めろ!!」
聞きたくないと剣を振るが――。
剣筋は今までの統制を失っていて精彩を欠く。
攻めるなら今しかない。
「気付いているんでしょう!?
誰かの思いに応えられない貴方が!!
悔しいと思っているのは、自分の弱さにだって!!
強くなろうとしなかったその時の自分だって!!」
言いたいことも同時に溢れてくる。
一撃一撃言葉に合わせるように攻撃に想いを載せる。
それに応えるように相手の攻撃も重くなっていく。五度目の剣線が重なって二人で剣を押し付け合う。
「そうだよ!!!
強くなった!! 俺は強くなった!!!
お前を倒せるぐらいまで!!
血反吐を吐きながら鍛え続けて二年間追い続けた!!!」
まるで告白されているようである。向けられているのは殺意でなければ悪くない気分だったかもしれない。
「何とでも言え!!
それでも俺はお前を許さない!!
絶対にだ!!!」
向けられた憎悪を受けて――ただ純粋な思いに応えなくてはいけないと思った。
「術式:無間二閃<バイド・グロリア>!」
術式の対象に突き出された剣には二撃の無限距離を約束する。その攻撃を受ける前に大牙で一振りその二振りの剣を薙ぎ払って構えなおす。
お互いに距離をとって仕切りなおしになった時にわたしは言った。
「ごめんなさい」
わたしの言葉に、その人は剣を止めた。
とても驚いた顔をしていたと思う。
「一つだけ謝っておきます。
あの時わたしあんまり本気で戦ってなかったんです。
早く帰りたい一心で、初めから一番強い技を使って戦いました。
ズルイと言ってくれて構いません。卑怯と罵ってくれて構いません。
わたしを怨むのは良いです。
でも友人とちゃんと向き合ってください。
在り方を間違えるのなら、その自殺の意味すら無くなってしまいます」
「自殺に意味は無い!! 犬死だ!!」
「貴方が強くなったならそれが意味じゃないですか!
強くなったのなら、力で成せる意味のある事しなさい!! じゃないと――」
お腹を押さえて立ち上がる人の強さを知っている。
「膿んで広がって腐っていくんです」
傷口をずっと見てみぬふりをするから――どんどん駄目になる。
向き合って立ち向かう必要がある。
「ありがとうございます」
彼が見せてくれた不幸を謳うお手本のような人生に心からお礼を言う。
「わたしは絶っっ対貴方みたいになりません」
純粋な感謝である。
わたしには微塵も彼を蔑んでいるような気持ちは無い。
「自分の不幸も誰かの不幸も人のせいにして、誰かが悪いって決めつけて何もしようとしないで」
「それで助かろうなんて虫が良すぎませんか?」
それでも誰かに置いていかれて悲しみにくれて、何もしなかったわたしよりは立派なのかもしれない。
「戦いの場に立ったなら、その敵からの汚名も受け入れれないなら。そこに立つ資格は無かったんです」
心構えとして――必ず必要になってくる。負けを受け入れる心が無くては勝負をする資格は無い。
「俺は悪くねぇ!!」
「でも正しく無い! 貴方が弱い事を全部わたしのせいにしないで!」
「お前が強すぎるんだ!
俺は強いんだ! 前回も、今回だって予選に勝ち残った!!」
「剣の話だけじゃないです。
強さに見合った、心が無い!
半端に強くなって、勝手に心折れて!
未だにそのままじゃあ竜人の名が泣きますよ!!」
何かしなくては、そんな風に息巻くだけで何も出来てない。
今のわたしと何ら変わらない。アキ竜士団の名が通っているのも、その影で血を流しながらもいい方向へと事を成していっているのもたった一人の意思である。
「バカにしやがって……!」
「原因はわたし! 好きなだけ恨んでください!
ただ貴方が弱いのは貴方のせいです!
あそこで負けたなら騎士の誰と当たっても惨敗してました!」
ああああ、と大声を上げてわたしへと距離を詰める彼に剣を突きつける。
「本当の負けの意味が分かるまで!!
わたしが何度でも負かしてあげます!!」
糧に出来なくては強くはなれない。苦汁を飲んでその先の強さを求めるまでは良かった。
しかし、彼にその先の展望は見えていないしわたしを倒した所で何も解決しない事をわかっていない。
ぶわぁっと、身体の奥底からの仮神化を受け入れる。
タイガの黒い刀身に白い稲妻のような発光が起きて、そこからフワフワと白い球形の光が生まれる。全力で相手をする。そう決めて掛かるのならここでの出し惜しみは意味が無い。
目を見開いて、全力で彼は全身を止めた――! その危険信号は正しい。
「術式!!」
わたしに戻った唯一の術式で最後を飾る。
距離が近ければ近いほど有利だ。
術式剣になったばかりの剣であるがまだその術式収束の限界を試しては居ない。一先ずはアウフェロクロスと同じ感覚で術式を溜める――。
「竜虎火炎砲<ファイアブレス>!!」
小竜砲<プチブレス>。この術式が戻る時にどうやら竜神様が一つ認めてくれた事がある。わたしの中に根付いていた母親の物でしかなかったプチブレスではなく、わたしのものであるファイアブレスを使えるように、と。
「勝敗の価値は!! 前を見ている人にしか分からない!!」
コォっと空気が剣に向かって圧縮されるように集まった。
パッパッと一瞬だけ炎がちらついて、黒い剣が赤く光を帯びる。そして――ぶわあっと巨大な円が舞台を横断するように広がって彼に逃げ場が無い事を知らせる。
赤い術陣が二重に広がってボゥッと光が爆ぜた。そして――
ドゴォォンッッ!!
理不尽にも一掃するように真っ白な光が会場に奔った。
チリチリと砲撃から溢れた炎が周りに溢れて、舞台を中心に炎の柱が舞い上がった。ファイアブレスってこんなに凄かったっけ――!?
収束した以上の力での放出で空の色が青空から赤い空に変わる。雲が衝撃に押されて波状に空から消えてなくなっていく――!
悲鳴が渦巻く会場からたくさんの人たちが走って逃げ出していく。
巨大な赤い術式陣と逃げる対戦相手――どう考えても異常事態である。それが正しい感覚だ。
客席を狙わないように斜めにしたが当たってないかどうか心配である。
空が青さを取り戻して、円形になくなっていた雲がまだらに戻ってくる。
ステージの半分を削り取りながら斜めに発射された攻撃がその威力を物語る。
正直に言うと此処までするつもりは無かったけれど、それを言い訳したところでなくなったステージの半分は帰ってこないのである。
大半の人が居なくなったリングの中心で、一人膝から崩れ落ちた。
勝ったか負けたかを確認する事も出来なかった。
このままキュア班が来てくれないならわたしは死ぬ。
折角勝ったというのに、これでは何も報われない。わたしは決勝戦に行きたかったのに――。
陽炎に揺らめく空と影になった山の境界線を見ながら、上下が分からなくなって倒れこむ。ぐるぐると脳みそがかき混ぜられているようになって気持ちが悪い。
「大丈夫!? しっかりして!」
またわたしを呼ぶ声に反応して目を開ける。
見慣れた顔が、何時ものようにわたしを心配した表情で覗き込む。
「あ……う、コウ……」
「よし! 喋っちゃ駄目! でもおきてて!
応急処置するから! 肩は右手で押さえて!」
「はい……」
コウキさんは持っていた荷物から包帯を取り出してきつめにお腹に巻きつける。
今更、痛くなってきて泣きそうになる。
「いた……!」
「ああ、痛いだろうな! とっとと降参すればよかったのに!」
「そう、すれば……、助けてくれたんですか……?」
「当たり前だろ!!」
キュア班だって見捨てる怪我をしても、彼は諦めない。
わたしを諦めない。絶対に味方してくれる。
ただ差し出される手が、嬉しい。
「……コウキ、さん」
「何!? そろそろ運ぶぜ、背負ったほうが良いっ?」
「……キスしていいですか?」
また薄れ行く虚ろな意識の中で言う。
場違いな言葉に驚いた彼の顔を見届けながらまた――。
あの時を、繰り返した。
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