第217話『恵の雨』

 何時間もの過去の映像が目の前の光景に重なる。
 その多く影絵みたいみ黒くて今とても大事な光景を見ているということだけが分かった。

 何の為に剣を。

 たった一人なら戦う必要は無い。
 俺が逃げれば良いだけなら何処にでも逃げれる。帰る場所が無いんだから。

 守るものが無いなら、要らないじゃないか。

 心残りなのは。
 何が違うのかを思い出せ無い事。

 情けなくて涙が出てくる。

 右手が熱いのはなんでだっけ。

 意地でも剣を放そうとしないのは、なんでだっけ――。


 振り上げられた剣の切っ先を追いかけて空を見上げる。

 太陽を背に影になって、閃く刃の光に目を細めた。

 何かを思い出せそうだ。なんかフワフワした名前だった気がする。


 バンッっと脳みそが焼け付くように熱を持って、思い出した。

「ファーネリア」

 剣の名前。

 ボゴォォンッッ!!

 急に真っ赤な炎に身体が包まれた。一番驚いたのは他でもない俺。俺の前から身軽に飛び退くシンドバットを気にする事すらままならない。
「うあっち、あ、何!? 何だこれ、ちょっと、燃える! うあ、あああ!!」
 全力でその炎を消そうとするんだけれど、消えないし、熱くない。
「げほっげほっ……!」
 焦って咳き込んで炎を吸ってしまうが、まるで空気のように俺の邪魔になる事は無い。ただ相手を近づけないように舞台を大きく燃やす。そういえば煙すら立っていない。

 きゃあああっ! と大きな叫び声と一緒に、応援席から誰かが転がり落ちた。受身もせず、ベシャリと地面に打ち付けられた。
 ざわざわとした声があったが、急に彼女は起き上がった。

 金色の髪、両目は真紅。転げ落ちた成果泥だらけで、口の端を切ったのか血が流れている。
 歳は同じぐらいに思えるその女の子は真っ直ぐ俺を見て叫んだ。


「わたくしはここに居ます!!」

 必死の形相である。みればここまで急いできたのか酷く息が荒い。叫んでから喉を押さえて俯いた。
 意味が分からない。
 こんな危険な舞台の端に居て良い訳が無い。
 見ず知らずの女の子。そういえばこの前宣戦布告されたんだっけ?
 でも、その声に俺の中の何かが大きく揺らいだ。チリチリと焼け付くような匂いと焦りが蘇る。

「はやく、逃げ――」

 自分の事を気にするべきだったのに俺はそんな事を口走っていた。
 此処は危ない。術式を使われるとどうなるか分かったものではない。
 評価されるのは紳士さではなく、強さである舞台なのだから。

 俺の言葉に彼女は首を振って此方を見た。
 泣きそうになるなら、早く逃げてくれよと思ったけれど彼女が泣きそうになっている理由は決して恐怖からではない。

「わたくしはここに!! コウキ!!!」

 俺に何を伝えようとしているの。
 俺の聞こえた訳が無いのに。

 彼女を前にボタボタと涙だけが止まらなかった。


 決して放さない剣の名前を呼んだだけなのに。

 彼女の、正体が分かってしまった。


「ファー、ナ?」

 それはもう今まで見たことも無いような可憐さで、彼女は笑った。

「はい――!」

 ボッ――!

 コメカミ辺りで、爆発が起きた。
 火の気が暴走しかけている。炎術指向の剣に流れ込む無意識なマナが溢れて収束量超過を起こしている。その炎は熱かった。
 途端にフラッシュバックする記憶の影絵に太陽の光が差した。
 その絵は決して影ではなく、俺達の過した虹色の記憶である。
 空も山も木も土も剣も人も言葉も全てが爆発するかのように頭に溢れる。

「うああああああああああ!!
 いてえええええええええええ!!!」

 目の裏側を焼かれながら脳みそに直接色事焼きこまれているような激痛。全ての音をもう一度聞かされているような不協和音と情報量に頭がパンクしそうになる。全部聞いた事ある言葉で、全部理解できる事だ。それが一気に襲い掛かってきて何を見ているのかすら分からない。

 俺に何が起きているかなんてわからないから、会場の人間はただどよめくばかりである。
「コウキっ! コウキ!」
 彼女の声だけが聞こえて、同時に彼女に何度もそう呼ばれる声が本当にたくさん木霊する。
 アキやヴァンツェに呼ばれた声も響いたけれど彼女の声がダントツで俺の脳裏に焼きついた。
 半ば意識を失いかけるほど悶えて、その痛みが終わる頃には意識が朦朧としていた。舞台端に仰向けに倒れ、だらんと顔が舞台の外に出る。逆さまにファーナの姿を見ていたが、全く焦点が合わない。パリパリと視界が消え入りそうになる。

「コウキ!? 大丈夫です、か、……キ!」

 名前を呼ぶ声が聞こえなくなってくる。
 全身の感覚が無い。
 血がすぅっと引いていくのが分かる。
「あ――ぁ……」
 あれ、これまた死んだんじゃない――?

 狂い死に、みたいな形だろうか。
 でも自業自得かなってなんとなく思った。
 ごめんっていえなかったのが辛い。俺に悪気は無かったけど、皆を拒否するような事をしたのには自分自身で思い出しても腹が立つ。
 それでも悪気は無かったんだって言いたい。謝れるものなら大声をあげて謝りたかった。



 むに、っと何か変な感触がした。
 五感が消えかかった身体だが、どうやら頭にはまだ血が上ってて残っているらしい。
 何か当たってる。柔らかくて心無しか震えている。
 
 ぬるりと暖かいものが口の中に入る。
「ん……?」
 ドクン、と血が巡った。どんどん頭の意識がハッキリしていく。
 ファーナが目の前にいるんだろうというのがわかってすぐ、ぶわっと目の前の景色が色を取り戻した。

 彼女はすぐに俺から離れて、目を覚ました俺と目が合うと――カァっと顔を真っ赤にしてしりもちをつく形でこけた。

 ふんっと、身体を起こして、天地を正しく認識する。この場所はコロッセオで舞台には俺とシンドバットの二人である。

 すぅぅっと息を吸って――

「うおっしゃああああああああああああああああ!!」

 俺の味方はファーナ、あとアキやアルベントもこっちを見ているので笑って手を振った。

 パアッと背で何かが光る。確認はしていないがファーナの持っていたカードの光だと思う。俺の意志が戻ってきたので誤魔化されていたシキガミ契約が元に戻ったんだろう。
 身体の表面にフッと赤いいつもの術式ラインが本当に淡く浮かび上がって消えた。

 劇的に変わった俺の思考なんてきっと他人にとってはどうでもいいこと。
 会場の人間は俺に何が起こったのかわからなくてざわめくばかりである。

「ファーナ!!」
 シンドバットの前で振り返られないので、名前だけを呼んだ。
「はい!!」
 元気の良い返事が聞こえて、さらに申し訳ない気分になった。
「ごめんなさああああい!!」
 俺の全力の謝罪の言葉に、彼女はきっと何時ものように笑ってくれた。

「絶 対 許 し ま せ ん!!」

 ですよねぇー!
 俺の心の声に反応するようにファーナが声を大きくする。

「言い訳は後で聞きます! わたくしも言いたい事はたくさんありますが!!
 物事の順序を重んじるなら、今は目の前に集中してください!
 戦うからにはもう負ける事は許しませんよっ」

 ファーナが言った後に同じ舞台に立っているシンドバットが「茶番は終わったか?」と俺に声をかけた。
 どうやら俺の回復を待っていてくれたらしい。俺の回りにあった炎はとっくに消えていて、いつでも近づける状態だった。
 回復とはいえ意思だけだ。右手はヤバイし気を抜けば明日まで目が覚めないんだろうけど。
 さっきまでは恐かったシンドバットも今は対峙する選手として見ていられる。

 はっとした。今目の前に居るのはシンドバットである。
 ヴァンに教えてもらった知識が半端に残ってたけど、なんで会いたかったかよく思い出せなかったんだ。
 ヒーローに会ってみたいというのは男の子の夢だろう。ヒーローを前に自己紹介をしなくてはと思い立って宝石剣と黒鉄剣を構えて声を張った。

「元気があれば何でもできる!
 勇気と共に心身強く!
 正義が勝ーつ!
 イチガミコウキ、ライフワークは死にかけたり生き返ったりでっす! あいてて」

 いまさらな俺の挨拶にシンドバットは呆れる。あと傷が痛くて最後がしまらなかった。フラついたが踏みとどまってまた構えなおす。無理して変なポーズ取るんじゃなかった。
 場違いな挨拶をした事は承知の上で、ただやりたかっただけ。
「みんなのヒーロー大義賊シンドバット! 会ってみたかったんだ!」
 シンドバットはただそれに鼻で笑った。
「は、元気な奴だな。こっちは盗賊だ。ヒーローじゃねぇ」
 今更言われたことに失笑したわけではなく、ヒーローなんて言われたことに笑ったみたいだ。

 俺達が話しているとスタスタと開始の合図をした人間がやってきた。
 そして俺達のほうを指差して言う。
「外部からの接触は違反です!」
 さっきの件だ。俺にファーナが触れた事で、一応元気になったように見える。
 怪我はそのままだし、体力も回復したわけじゃない。
「いいじゃねぇか。怪我は治ってねぇ、足はがたがた、それでもやるって言い張ってんだ。
 キスで強くなる王子様がいるんなら、浪漫があるだろ?
 下がりな審判。アンタ達は今回役立たずでいいんだ。
 勝敗は勝手に決めさせてもらう」

 言い方はやさしいが、間近で見ていた俺には完全に脅しているのが分かった。審判の前に出している剣は刃が上向きで、目が笑っていない。
 ただ、恐れる審判は言葉を出せずに舞台を降りた。それを見届けて俺はシンドバットに言う。
「どうやって?」
 生死をかけてというなら俺はここでギブアップしたい。ギブアップしたいけど、逃げたらマジでコロコロされちゃう。

「戦女神杯は戦女神が微笑んだ方の勝ち。それ以外いらねえんだよ」
 シンドバットはただそう言った。
 この舞台に立っている意味をちゃんと理解して、見えないけれど存在するその人たちを信じている。それに尽くす事が出来るのはラジュエラがそれだけ彼に尽くしてきたって事だ。
 戦女神が喜んで襲い掛かってきそうな言葉を平気で言って笑っている。
「やっぱ、シンドバットかっけぇ!」
「コウキ、その人は敵ですよ敵!」
 俺が目を輝かせているとファーナが俺に釘をさした。
「勘違いするな戦女神殺し。
 本気になれないお前なんかと戦っても戦女神を悦ばせる事は出来ん。
 さて、やるぞ。観客も暇だろうよ」
「おう!」

 俺達の仕切りなおしだ。
 シンドバットが最初に立っていた位置に戻ったので俺もそうする。審判は舞台の下に降りているので開始の合図は自分達で決めるのだろうと思ったが――そのまえにシンドバットが観客席に向かって叫んだ。
「皆に良い知らせがある!」
 シンドバットの声は高らかに響いた。
「この戦い勝者が決まれば! 恵みの雨が降る!」
 この地域も結構乾燥する地域だ。暑く水が不足しがちだが今日も良い天気で雨は降りそうにない。
 それを彼が降ると言ったものだから皆空を見上げて首を傾げていた。


「水を降らせる事はついに出来なかったさ」
 シンドバットの術式ラインが身体の表面上で橙色に輝く。そして静かに剣に収束して剣に埋め込まれた三つの宝石のうち手元に近い一つが光を帯びた。
 緑と青の宝石があってそれぞれ剣の表面の術式ラインの色がその色に染まる。剣毎に特性があるのは分かるがあれはいったいどういう事が起きるのだろうか。まぁ通常の術式が埋め込まれている事が多いので火ができたり木が生えるぐらいは覚悟しておかなくてはいけない。

「術式:日の陽幻」
 ゆらっと緑色と青色の光が横に長く光の尾を引いて消える。
 そして、カッと一度だけ踵を鳴らしたような音をさせて
「連式:絶音」
 その消息を絶つ。

 あ、やべぇ。
 視認は愚か、音すら聞こえない。斬られる前に行動しなくては死んでしまう。

「術式:炎陣ッ!!

 旋斬!!!」

 ボゥッと炎が円形に広がるが、その何処にも何かが当たった形跡は出ない。
 反射的にその場所から大きく飛び退くと、次の瞬間にドゴォッっと大きな音が響いて舞台に円形の型ができた。そしてそれに遅れるようにスッとシンドバットが姿を現す。
「良く避けたな」
 顔を上げて構えると、シンドバットは今度は姿を消さずに真っ直ぐ此方へと踏み込んでくる。

 今の攻撃までで全部で四つ。切り札が一つ残っているし、あの技の真骨頂が生かされた攻撃はまだしていない。
 左右の斬りを避けたところで、フッとシンドバットの姿が消える。
「術式:紅蓮月!!」
 シンドバットの居たであろう場所に踏み込みながら斬りかかって見えない剣に阻まれてすぐ蹴り飛ばされた。
 グルンと空が一回転して、舞台に転がる。
 その勢いで立ち上がろうとしたが、思い切り立ちくらみに襲われて膝をついた。

 元々血がないのだ。いままで動けただけでも奇跡に近い。

「コウキ!!」

 それでも、それでも今はもう倒れるわけにはいかない。

 黒鉄剣を舞台に突き刺して踏みとどまって顔を上げた。

「起死回生の一手は思いついたか」
 シンドバットが剣を構える。そう聞いたのは最後の技を繰り出してくるからだろう。
 双剣の宝石の光が三つめまで達して剣から体の表面に向かって青と緑の光が満ちていった。そういえば剣の名前は聞いていない。きっと獅子牙突みたいな必殺技というに相応しい技に違いない。

「……あるよ。ラジュエラの裂空虎砲が」
「その術式はもう見たことあるが――避ける事が出来ないと思ったか?」
 術式なんてノヴァとの戦いで全部見せている。
「避けられなけりゃ関係ないんだろ」
 技を受けてから必中状態にする事はもう無理だ。一発貰ったらそれは死と直結しているので間違いない。
 だから技を受けずに相殺し切らないといけないし、一撃で決める威力を持たせなければいけない。

 収束には時間が掛かりすぎる。
 シンドバットが走り出した。
 両手の剣で間に合わせる事は出来ない――。

 だから俺はもうその剣を手放す事にした。

「潔く散るか――それも良い!

 さらば戦女神殺し!!

 術式:碧蒼海千一夜<フドゥラ・バハル・アルフ・ワ・ライラ>!」

 思ったより全然手前の位置で足を止めて、俺に届かない剣を振った。

 ザァッと聞いた事のある音がした。
 此処に着てから随分と聞いた事の無い懐かしい波の音――。

 ザバァっと唐突に足元が水に沈む。もがいてもズルズルと水かさが増していくように水底へと落ちていくのが分かる。
 海が出現したのか――なんだよその術式! 魔法じゃん! シンドバットすげぇ!
 暗い海に溺れ、急速に冷えていく身体と共に意識を失いそうになるが、傷に塩が染みるせいでなかなかそうも行かない。

 『コウキ!』
 ああ、名前を呼ばせてばかりである。コウキって何回言われたんだろうな。

 双剣を手放したのは試合を諦めたからじゃない。
 たとえ両手に剣を持っていなくても剣があると信じているからである。

 海に落とすだけで完結する技では無いだろう。次の一撃がこの技の真価になる。海面の方からキラキラと青い光がいくつも見えた。きっとそれがトドメの攻撃――。

 その攻撃に、両手の円形の武器をあわせる。
 最後の空気を使って――その術式を叫んだ。



 こんなものか、とシンドバットは思っていた。彼と観客の目に映るのは舞台の半分が海になった光景。緑の剣を振るとその剣先がエメラルドグリーンの海を切り出した。
 かの伝説を殺す実力を持つにしては若いし、シキガミとしても未熟なようである。
 彼ならもしかして、とも思ったが思い違いだったようだ。
「――海に還れ」
 彼が青い光を待とう剣を振り下ろすと空から真っ青な光の線が無数にその海に突き刺さる。

 その光はまるで雨のような光景だった。

「コウキ!!」

 神子である彼女には辛い光景になるだろうが――死体は夢幻の海に消える。
 その術式に逃げ道は無いのだから。


 その瞬間に、それは見えた。
 微かに水底が真っ白に光り、海となっていないはずの地面が十時に光った。

 バシャアアアアアンッッ!!!

 まるで津波が岸を打ちつけたかのように水が跳ね上がり、同時に真っ白な光が一直線にシンドバットの身体を突き抜けた。
「――は、……?」
 グシャ、っと下半身の感覚が消えて、空を仰ぎ見る。
 次の瞬間に太陽に届かんばかりの火柱が立ち上った。

「炎陣旋っざああああああああああああああん!!」

 飛魚の如くその幻想から抜け出し、火柱と共に飛び出してきたその姿の背に薄っすらと雲が出来上がっている。
 酷く空気が湿った。

 これは雨が降る。

 はぁ、っとため息を吐いて笑う。
「正義が勝つってのは、本当だよなぁ」
 ものの善悪は置いといて、自分にそれが無いから負けたのだと自覚していた。
 彼にある本当に守るべきはそこにある彼女なのだろう。

 王が変わり、国が平和になった。貧民街でも安全になり、その街にシンドバットを求める者は無くなった。
 ただひたすら英雄として死ぬことだけを考えていた愚か者となっていた。そんな時に剣祭の話を聞いて訪れるであろう剣聖ならばあるいは、と思った。弱い人間に負けるわけにはいかない。全力を賭して負けたかった。



 見えない位置から攻撃できるのは空間ごと吹き飛ばせる裂空虎砲の他に無い。
 それが直撃したのは偶然ではない。舞台の中心位置に立っていることは分かっていた。海面に振る青い光りの度合いから位置に目処は立った。俺は迷わず裂空虎砲を放った。
 その後すぐ連式で炎陣旋斬を全力で放って何とか海面に抜けた瞬間に術が消えた。閉じ込められたら終わってたかも、と冷や汗が流れる。
 舞台に着地した時には海が消えて、シンドバットは大量の血を流して空を仰いでいた。右の脇腹から左の腰にかけての一閃が直撃したようで即死したように見えた。
「少年」
 シンドバットの生命力に驚く。普通は一発で死ぬけど。俺が言えた事じゃないが、やっぱり神性位が上がると根性値と生命力がドラゴン状態になるに違いない。
「ありがとう」

 そういい残して血を吐くと、空を見たまま笑って事切れた。
 しばらくしてザァッと砂のように消えていく。フワフワとした青い光が世界に消えた。

 わぁっと巻き起こる歓声と同時にパラパラと雨が降り始めた。
 空の晴れ模様は替わらない。天気雨だ。

 それは正に、彼が言ったとおりの光景だった。

 皆が空を見上げるなか、コロシアムの端の四つの高台に四人の人影が見えた。監視塔のはずだが、そこに見えるのは監視兵ではなく、シンドバットと同じ格好をした四人。
 そのうちの一人が声を大きくして叫ぶ。

「大義賊シンドバットの遺言だ!!

 その金と宝石の全てを此処に捨てていく!

 大義賊シンドバットは意志となった!

 飢えに苦しんだら私の名を呼べ!」

 彼の意思が木霊する。

『世界に私の意志がある限り必ずそこにシンドバットは現れる!!!』


 わぁっと会場は沸いた。
 英雄を継いだ者達が姿を消すと同時に何かがその当からばら撒かれコロシアムにキラキラと降りそそぐ。雨とは違う固形物で金や銀に輝いていた。
「宝石と、お金?」
 財宝を置いていくという彼の言葉。
 それが実行された恵みの雨か。そのお金や宝石を必死に拾う人たちが騒ぐ中、電池が切れたように倒れこむ。

「コウキ! 大丈夫ですか!」
「コウキさん!」
「コウキ!」

 聞こえてきた声に目をやると、見慣れた三人が走り寄ってきた。
 やっぱ心配してくれる人がいるとやる気は出るものだ。ここで気を失うと余計に心配させる嵌めになる。
「おお、みんな! シンドバットに勝てたよ!」
「後でちゃんとお祝いしますから今はキュア班に行きましょう!」
 ファーナが手を貸してくれて起き上がる。今回は足をやられたわけではないので歩けそうだ。それでも少し心もとない歩調なのでファーナが肩を貸してくれる。
「もうコウキさんは大丈夫なんですね!? 意識的に!」
 アキに顔をむにむにペチペチとやられるがどうやら俺の意識確認をしたいだけのようである。
「うん。心配かけてごめん。裏切ったつもりはないんだ。変な記憶がさー」
 戻りかけたのはアキのお陰なような。もやもやっとした記憶の中で二人のキスが一番頭に響いたのが思い出せる。
「まぁそうでしょうね。
 魔女にはたっぷり灸を据えなくてはいけません」
 俺の様子をみてヴァンも一安心してくれたようである。
「では、言い分を聞きましょうか。魔女」

 黒いローブで表情は見えない。口元を手で隠しているが彼女は笑っているのだろうか。
 ふわふわと浮いていて彼女が何処を見ているかは定かではない。届きづらい場所から此方を見下ろして彼女はため息を吐いた。面倒くさそうである。このまま逃げてしまうかもしれないと思った矢先に彼女はふいっと遠くを見た。

「姉ちゃん!」
 俺が呼んだ声に反応して、ぴくっと動きを止める。
 そしてゆっくりと此方を見たあとにまた仕方無さそうにため息を吐いてふよふよと舞台の敵側の位置に降り立った。
 彼女が少しだけ言う事を聞いてくれたのには訳がある。
 彼女に記憶を書き換えられてシキガミとして彼女に触れる事で少し俺の中の事情が変わった。

 彼女は、“姉ちゃん”で間違いない。
 みんなの視線は彼女ではなく、俺に集まっていた。俺の身に起きた事は俺が説明しなくてはいけない。
 だからその人と対峙して、俺は話し始めた。

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