第218話『再会の舞台』

 壱神幸輝が気付き損ねた重大な事実がある。それはとても簡単で気付けばすぐに分かる話。

 どうしてグラネダの城内を自由に歩く事が出来たのか。
 何故、ヴァンと王様と王妃様は俺と親しいのか。

『相変わらず面白い奴だ!』

 そう言ったのは――、かの国王である。

 そう、前回のシキガミとその仲間は俺の事を知っていた。
 だから親しかったし、気の置けない関係をすぐに築けた。

 気付いた彼は嬉しいと思った。
 あの人たちの人生はどうやら願いどおりである。願った甲斐があったというものだ、と。



「どうしてあたし達がこんな目に……!」
 悲痛な叫び声に俺はどんな顔をすればいいのかわからなかった。
 世界の外側に立っての決戦は熾烈を極めながらもあっけない幕引きを迎えた。結局心が折れた方の負けである。泣きながら剣を振って、結局兄が妹を庇って死んだ。そんな結末でよかったのだろうか。煮え切らない思いがあって、それでも――終わった以上俺は剣を引いた。
 倒した神子の体は消え、勝者の神性と器が合わさる。一瞬の出来事だったのでなんとも言えないがそこで俺のシキガミとしての役割が終わった事も感じ取れた。
「わたしはコウキと一緒に生きたかった……!
 こんなのって……! これなら、普通の姉と弟で生きられる方が……百倍幸せじゃない……!」
 不幸と不幸の差分を幸せと呼ぶのは、違うような気がする。
 それでも皆が叫ぶのは、現状よりも高いものを幸せと呼ぶものだ。
 俺達の役目も生もどうやら此処で終わる。本当に式神の名に相応しい、道具として終わる最後である。
「姉ちゃん……」
 俺が神子を殺めてしまったせいで、シキガミとしての役割を負えた姉ちゃんが力を失っていく。肉体も保てなくなるようで徐々にその存在が薄くなっていった。
「コウキ……! ゴメンねっゴメン……! ごめんなさい……!」
 俺を傷つけた事だろう。歌のせいで強制的に戦ったが罪悪感は拭えなかったのだろう。
 俺はただ何も言えない。ただ申し訳なくて悲しくて同じように涙を流していた。謝りたいのは俺のほうだというのに。

 一生懸命戦ったんだ。
 フェアに、皆に恨みっこ無しで頑張ろうって声をかけた。
 それが今回この結果。

 月の女神が笑って、神子と混ざり合った。
 それは不思議な光景で、今まで一緒に旅をしてきたその人と同じ姿である。彼女は器である事を覚悟し、全てを委ねる心持で此処に来た。見た目は変わったように見えないが――中身には今神性が重なっていてとても神々しい姿に見えた。

「――コウキ、貴方の働きに免じて貴方の願いを叶えたいと思います」
「願い……?」
「一応神性はこれから人に落ちます。神意権限を使えるのは此処が最後です。
 私は貴方に感謝していますコウキ。
 貴方が成したい事を私の出来る範囲で叶えたいと思います」

「それじゃ……姉ちゃんを生かして欲しい」
「構いませんけれどシキガミとしての能力は完全に失います」
「じゃあ、それをお願い」
「はい」
 俺は本当に今にも消えそうな姉ちゃんを振り返った。
「コウキっ……!」
「こんな事しか出来なくてごめん」
「コウキは!? コウキともまたあえるの!?」
「コウキは……次もシキガミです。今回の貴方が会う事は無いでしょう」
「俺は次もシキガミなの!?」
「はい。先ほど受けた兄の呪いは貴方の魂をシキガミとして縛りました。
 巡っていればいつか会えるかもしれませんが、貴女はこの世界で生まれた誰かになっていることでしょう」
「そんなの、意味が――! コウキーーー!!」
 消え行く姉は、やっぱりこの生き方を不幸だと泣いたままで――。
 それを見送った俺の心も晴れないままである。

「……願い事は終わりですか?」
「えっそういうのって一つじゃないの? もしかして三つまで?」
 まさか魔人の方だったというのか。
「いいえ。貴方の為に力の続く限り行います」
 神様ってすげぇと思う。
「じゃあ、シキガミって制度をやめようよ」
「それはできません。これは終末戦争を行わない為の処置ですから。
 神々が戦わない為の代理なのです。貴方達が居なければ、月が割れる以上に酷い事が起きちゃいます……。

 真摯に戦い、私を導いてくれた事には心の底から感謝しています。
 故に私達は貴方達がここにたどり着いたらその願いを汲み取るんです。
 財でも永遠でも、他の事なら何でも叶えますから」
 きっとシキガミのカードの制限みたいなものだろう。此処で出来るのは俺がシキガミとしてではなく普通の人として願う事。
 しかし、それでは何も変わらない。
「じゃ……次のシキガミを俺が決めるってできる?」
「……はい」
 その人は神性と混じってからはとても機械的に感じた。
「じゃあ、お願いしようかな三人。俺の友達。
 八重喜月と弐夜武人と四法飛鳥で」

 もちろんこの三人を選んだのには理由がある。一時期一番仲良かった三人で、連携をとるのも慣れている。
 俺のあまりの適当さに訝しげに神子は首を傾げた。

「それでいいんですか?」
「うん。いいよ! それで十分だ!」
「そうですか……」
 神子はしゅんとして顔を下げる。
「あ、でも今回の他の神子とシキガミをそのまま生かすって事は出来ないの?
 なるべくハッピーエンドな感じにしたいんだ」
「……できます。
 しかし、それは最後の願いになります。よろしいですか?」
「丁度三つだけになったな」
「自分の事は何一つ願わないんですね」
「他人基準なんだよ俺。でも皆が幸せだと俺にも返って来るし!
 次の世界でもきっとちょっとシキガミ優遇されると思わない!?
 きっといい世界になってるって!」
 シキガミが生きた英雄となれば違う話だと思うのだ。
 今までは壊して消えていくだけで、救った話なんて殆ど残らなかった。
 例えばお姫様と一緒になってるあの二人とかは、良い感じに逆玉して英雄の王様になれるんじゃないかと思うし。
「プラス思考ですね……でも私は貴方にも幸せになって欲しかった……。
 折角神の権限があっても、貴方の為に何もして上げられないのが、悔しいです」
 先ほどから彼女がなにやら浮かない顔をしているのはそういうことらしい。
 そういう心遣いが嬉しくて何となくわしゃわしゃと撫でたあと一つお願いしてみる事にした。
「あ、最後にだけど次はもっと早く見つけて欲しいなぁ。
 今回村で生活基盤出来まくってて出てくのが心苦しかったよ」
 俺を最初に見つけてくれた人の厚意で働いていた所で良い感じに村の人たちと仲良くなった所で神子様の登場である。
「御免なさい……私が神子として祀られて居なければ自由に歩けたんですが」
「あはは! まぁ何べんも謝られたしね。今回は名前も分かってることだし、それを神子に教えてあげるようにすれば早いんじゃない?」
「そうですね。それぐらいならばできるでしょう……コウキ」
 彼女が俺の名前を呼んだ。俺ももうすぐに消えるのだろう。姉ちゃんの時のように足元に薄い光が上がり始めて存在が希薄になっていくのが分かった。
「んー?」
 彼女はその姿に顔を歪めて、ポロポロと泣き出した。
「御免なさい……御免なさい!
 私を……私達を許さないでくれて構いませんから!」
「次って今回の記憶ってあるの?」
「……っ無いと思います」
「じゃあ許す! 覚えて無い事は無かった事だし。
 そんなことより夕飯何食べるか考えなよ。お祝いで美味しいもの食べないとな?」
「うあ、ああっ……!」
 余計に泣き始めてしまった彼女をまた撫でてみる。道中では結構ぐしゃぐしゃになるから止めろと怒られたものだ。
 今はその手を必死で掴んで、離そうとしない。

「じゃあ。またね」

 何となく寝る前みたいな気分でそう言った。
 彼女は泣くのを止めて決意に満ちた顔をを上げた。

「はい!
 必ずコウキを迎えに行きますから!
 コウキを助けますから!
 私がっ!
 必ずっっ!!」

 必死に叫ぶ彼女が手を握って約束してくれたのが嬉しかった。
 きっとそれが叶わないことなんだろうけど。
 笑って――俺は再びその時が訪れるまで消える事になった。

 その記憶は当然その時の壱神幸輝の中にしかなかった。思い出される事もなく、永遠に忘れられたまま巡るはずだった。




 舞台の上に立つ五人はきっと縁の深いものを持って此処に立っている。
 俺の話には一部曖昧な所があるが、大まかな概要は捉えられていた。それは彼女が考えたにしては大掛かり過ぎて、完成されすぎた記憶。
 つまり、彼女は前回の俺の記憶を世界記憶から引き出して来た。
 都合の良い所を切って貼って――奇跡的な形で、壱神幸輝の形を作り上げた。結局それは今回の記憶の濃さには勝てなかったけれど彼女が魔法使いと称される強さを持つ事が体感できた。

「私達が、勝って幸せになったって良いじゃない」
 魔女が姉としての記憶と性格を戻したのはキツキの予想に触れた辺りのようだ。
 戻って六天魔王を倒し――覇道の特権で出来る限り逃げる事。
 何処まで行ったって幸せに終わる事は出来ないのに。きっと俺はまたシキガミとして呼ばれて消える。
「姉ちゃん、俺はファーナのシキガミだし、そりゃ無理だよ」
「……そう。なら好きにすれば」
 顔に影を落とすように俯くと不機嫌そうにそういった。

「記憶の操作をされているというなら、その記憶はどう証明されるのです」
「うーん、難しいけど俺ヴァンにあってると思うんだ」
「おお。思い出してしまいましたか」
 その男はシレッとそんな風に言った。
 そう、元々こういう人だ。
「なっ! 何故今まで黙っていたのです!」
「別に構わないと思いました。前回のコウキの記憶自体コウキが持っていないなら、何のあとくされも無くリージェ様のシキガミです。
 ワザワザ不信の理由を持ちかけても仕方ないでしょう」
 ヴァンの言葉を受けてファーナはムッとした表情になった。
「コウキを疑ったりはしません!
 コウキを救う為の手立てを考える事が出来たではないですか!」
「……そうですか。それならば申し訳ありません。私の考えすぎでした」
「いやでも言われても普通に首を傾げたと思うぞ?
 知らない事は他人事だよホント」
 でも知らないまま繰り返しているなら幸せだったのかもしれない。
 結局今回が終わったら繰り返す事になるのが分かっているのが何となく腑に落ちないけど。
「どうして呪いなんか受けたんでしょう? 恨みっこ無しって話じゃないんですか」
「シキガミ同士の話だからなぁ。
 神子は違って、姉ちゃんの神子が俺の神子の兄だったりしてホント大乱闘兄弟対決だったんだ。
 でもその兄ちゃんシスコンすぎてやばくてさ。
 最後は妹を庇っちゃったんだ」
 その兄と言うのが呪術の法の天才で、魔女の起源になった人とも言われている。身体に埋め込まれた呪詛の暴走と言語の術変換が作用して神子に剣を向けた俺を許さないとその人は呪った。上手く行くなんて思ってなかったけど、上手く行ってしまった勝利には唖然とした記憶しかない。

「何か通じるものを感じますね」
 チラッと魔女を見るとグッと胸に手を当てて堂々と言う。
「あたしブラコンじゃないし! コウキは愛してるもの!!」
「うん、愛がヤバいんだ」
 旅の道中一緒の時がやばい位楽だったがその分決戦が恐かった。

「でも今度はちゃんと姉ちゃんも助けなきゃ。
 結局みんなバラバラだからこの先どうなるかわかんないけど……」

 良かった。
 目的が思い出せた。

「俺はシキガミを終わらせる為に、頑張るよ。
 こんなのずっと続けてたら世界がどうにかなっちゃうよ。
 地面を割ったり月壊したりさ」
「まるで英雄ですね」
 俺が英雄譚を語る事はできない。きっと俺は俺の事を聞いても誰かの話みたいに思うんだろう。
「そんなつもりじゃないんだけど、これってそういうもんだろ?」
 お伽話になってしまうのは仕方ない。
 そんなこと普通の体験でありえる話ではないのだから。
「与えられるのを剣一本にしたら剣士だけが優遇される。
 選ばれる人間の限定を避けるため付加要素の力を五つ与えてみたけどシキガミだけが強すぎる。
 世界の誰でも努力すれば協力な力が得られるようになった。
 管理する人間が居なきゃって竜士が生まれて、シキガミと同じぐらいの力が出せるようになった。
 でもインフレの加速が起きて世界がヤバイ。これじゃあ結局自分達でラグナロクやってるのと変わらないじゃん。
 根本に居たシキガミの存在を消さなきゃな。
 そうすればもっと落ち着くはずなんだ」

 シキガミの存在が根源である。
 力の強大化が起きすぎて世界が壊れそうだから竜が天意裁判で食らっていくのだ。

「コウキさんが頭良い感じなのがおかしいっ」
 アキがわなわなと震えながら俺を見る。
「アキは俺を馬鹿だと思ってたな?
 ふっふっふ……残念だったな!
 俺はアホの子だ!」
 ばぁんと自分を親指で指差して見たけど右手の怪我は痛い。引きつった顔で尚耐えていると動かさないでくださいっとファーナに怒られた。
「うん、コウキさんだった」
 基本的には記憶があるってだけで何も変わっちゃ居ない。
 やっと本当の目的に気付けただけ。
 全員を救うって言うのもなんか変だと思っていたんだ。それは出来る事が分かっている。勝ってまたファーナにかなえてもらえば良い。

「ありがと! 姉ちゃんが来なけりゃ忘れたままだった。
 また馬鹿正直に戦ってたかもしれない」

「あたしはそんなことの為にコウキを取った助けたんじゃない!」
 魔女は急に怒ってキッと俺達を睨んだ。

「あたしは盗られたものを取り返しに来たの!
 コウキは本当はあたしのシキガミだったんだよ!?

 だから覇道とあたしの記憶を持ってた!」

 今まで世界に興味が無いような嘲笑と感情の擦れた余裕しか見せなかった彼女がその瞳いっぱいに涙を溜めて感情を叩きつけるように叫んだ。
 叫んで顔を上げた彼女のフードが外れると、いつもの銀色の髪ではなく、黒色の髪をしたあの人だった。顔を向き合せていれば兄弟だと言うのはすぐに分かる。
 ボタボタと涙を流しながら叫ぶ彼女に俺達は言葉を失った。

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