第220話『誰か』

 俺達の叫び声が届いたのか自分で気付いたのか良くわからないタイミングで彼女は果敢に攻め始めた。
 必要なのは短距離決戦――。アキが今すぐ全力で倒しに掛かる事である。
 本来なら同じ戦い方が出来ればきっと違うのだろう。しかし真似をするにはかなりの鍛錬が要るはずだ。

「くわああああああああああ!!」
「があああああああああああ!!」

 ちなみに当然の事ながら“くわーっ”て言ってる方がアキである。凄まじいパワー勝負に皆目を丸くしている所だ。
 アキの放つ無慈悲な広範囲攻撃に逃げ場は存在しない。ファイア・ブレスってなんだろう。何時の間にあんな強力なビームが出るようになったんだ。プチ・ブレスもお城を丸くぶち抜ける力があったが、今の技は倍以上の半径で円筒形に地面が抉られるような高出力術式だ。
 対してアルベントの空対地で爆発的なパワーを発揮するブラスト・ブランガーの衝突で直視出来ない光が生まれ少し遅れて空気の振動に襲われる。
 割と本気で逃げておいた方がいいんじゃないかと思う。俺達の事は一応ヴァンがそれとなく防御をしてくれてはいるが、どう見てもこの会場にいる人達の壁術では足りない。グラネダがいかに訓練された術士の集まりなのかというのが分かるが、怪我人が出る前に本当に逃げておいて欲しい。

「ファーナ! ヴァン! これやばいって! 防御要因に回った方が良いよ!」

 光が収まったところで顔を上げて試合の続行を確認する。ファーナがくらくらと顔をあげてふるふると頭を振ってふぅ、と一息ついてから俺をみた。

「わたくしが壁を作ると、ちょっと試合方式が変わってしまいそうですが……」
「ファイアリングデスマッチ!」

 それはそれで熱いな! 物理的に。

 誰が勇者アルベントと同等の力で押し合える姿が見れるだなんて想像しただろうか。
 丁度仕事場を離れて見に来たクルードさんと合流して、一緒にやきもきとしながらその試合を見ることになった。

「クルードさん! アレ折れない!?」

 ギリギリと遣り合っているのは勿論黒色の大斧と真っ白になった大剣である。

「いや、堅さに売りがあるとはいえさすがに折れるかもしれんな。
 うお、面で受けやがった!」
「折れるぅぅぅ」

 俺が叫んでいるとクルードさんの尻尾がピンと跳ね上がる。
 ギリギリと歯が軋むような音が聞こえそうになった瞬間に爆弾がはじけたみたいに二人が同時にはじき出される。

「耐えた!!」

 俺が叫ぶとクルードさんがフゥッと一息ついて腕を組むと、ペロッと鼻の頭を舐める。

「いや、折れるとか全然思ってなかったぜ? 流石オレの剣だなっはっはっは!!」
「折れるって言ってたじゃん! めっちゃ尻尾跳ね上がってたじゃん!」
「演技だ演技」
「演技なら仕方ないな!」

 そしてふと二人で視線を試合に戻すとまたギリギリと音を立てて剣と斧が押しあいをする。

「折れるぅぅぅ!!」

 俺はまた思わず叫ぶ。普通なら心配ない。竜人加護が無くて、仮神化とかしなくて、戦ってても地面をボコボコにしない人が使うなら全然大丈夫だと思う。でも俺が知ってる限り一番パワフルな獣人と一番ぱわふるな竜人がギャンギャン言わせながらロックンロールしてる。筋肉ブームくるかもしんねーなマジで。
「ふぬぉ! もうやめろ! もっと大事に使えぇぇ!」

 思わず身を乗り出して野次を飛ばすクルードさんに向けて大きな笑い声が響いた。いつの間にか座っていた俺達の後ろの人物がどっしりと二席を陣取って笑っていた。
 巨躯の爺さんが立派な髭を撫でながらクルードに言った。

「ッハッハッハッハッハ!!
 一度固まった黒鉄はそうそうは砕けねぇ!
 テメーはどっしり構えてりゃいいんだクルード!」

 そう言ってバシバシとクルードさんの背中を叩く。

「親父! 来れたのか!」

 どうやらクルードさんの知り合いのようである。親父と言う事はかなり親しい人のようだ。

「ああ、オレも準決勝ぐらいからは見ておきたいからな。来たばっかりだがな!」

 はっはっは! と豪快に笑う。絶対鍛冶屋関係の人だ。筋肉隆々で巨人かと思うような巨躯。頭にタオルを巻いていて作業着は真新しい汚れがあって先ほどまで作業していたのだろうというのがわかる。

「ああ、あのねーちゃんやっぱり残ったか」
「アキちゃんは強いぜ。見ての通りだ。ま、俺の武器の腕がいいだけどな!」

 どん、と自身ありげに自分の胸を叩くクルードさん。
 大牙は良い剣だ。特にアキにぴったり合う頑丈さと大きさ。なによりマナを通しやすいっていう回路が凄いんだけど、それにこの人は気付いているんだろうか。

「いいやァ? あの娘は元々術式剣を欲しがってたろ?
 しかも相当な大容量な奴だ。テメーが作れるのはガワの大剣だけだろう」

 アウフェロクロスは術式剣だ、とヴァンが言っていたのを思い出す。
 そうか、元々大剣よりも今の状態に適応してくれる術式剣のほうが重要だったのか。

「術式剣ってのは影響力の強い仮神化で持ち主に呼応して色が変わる。
 術者の属性を帯びたり、固くなったりするって話だ。
 ま――あんな風に変わってんのを見んのはトラヴクラハ以来だ。
 アイツは着てる鎧がそうだったからな。
 あの鎧元々ミスリル製で白いって誰もしらねぇよな!」
「ええ!? そうなの!?」

 思わず驚いて反応してしまう。

「ずっとああいう鎧なんだと思っていました……」

 ファーナも口元を押さえて驚いている。トラヴクラハの秘密を一つ紐解いてしまった。いや、割とどうでも良い情報かもしれないが。

「ああ、そういえば……ミスリルは術者反応の出やすい金属ではありますが、仮神化で染まるほどの影響を受けると元に戻りづらいという性質もあります。
 元に戻すには正常な空間で一年ほど術者から離しておいて置く必要があるでしょう」
「詳しいな、流石エルフの兄ちゃんだ」
「それ程でも。しかしやはりアキは凄い濃度の仮神化をしているようです。
 白いものほど染まりやすいと言われています。ミスリルや銀はそういった意味では染まりやすい金属と言えます。
 しかし彼女が持っているあの金属は黒。

 世界で最も色の変わりにくいその剣を真っ白に染めているんです。

 その由を考え――」

 ゴォ――!
 再び眩い光が通り舞台に視線が戻る。さっきとは違って雷みたいな轟音が後に響いた。戦いは熾烈を極めていく。

「おぉ、激しいな。
 なんだどっちもお前のが残ってんのか。向いてきてるじゃねえかクルード」
「おう! つか、今の時点でオレっちの武器確定してんだ」
「あ、ホントだ」
 思わず手を叩いて納得する。俺もアルベントもアキも黒豹シリーズだ。
「だって」
「なんだ坊主も参加してんのか」
「おう!」

 爺さんの問いに気合を入れて反応するとクルードさんが笑う。

「こいつがシキガミ枠で剣聖ぶっとばした本物だ」

 ポンとクルードさんの手が肩を叩く。その言葉に訝しげに壮年の鍛冶屋が眉を顰めた。

「んん〜? そうは見えないな」
「よく言われる!」

 もっとこう渋いおっさんなら分からんでもないという先入観だろうか。

「コウキは負けませんよレオングス様。
 レオングス様の作った、本物の術式剣を持っていますから負ける事は無いでしょう」

 レオングスって――剣を作ってくれた人だっけ。

「おや、こいつは美しいお嬢さんだ。どこかでお会いしたかな?」
「わたくしは剣をお願いした事がある者です」
「はて、どの剣だったか」
「それは明日の彼の戦いを楽しみにしておいてください」

 ファーナが可憐にそう言ってまた舞台で起きる大きな音に視線を戻す。
 クルードさんとレオングスは何事も無いように話を続ける。

「まぁ八割方分かってるんだが。戦女神殺しってのはもっとギラギラした奴だと思ってたな。がんばれよ」

 バンッと背中いっぱいを叩かれる。手がでけぇ。その勢いにおお、と言って咳き込む。

「まぁ楽しみにしてなって! 本気になって強い奴ってのは恐いぜ」

 ケタケタ笑うクルードさんも激しい剣戟に舞台に視線を戻した。

 武器が消え、手元に必ず戻ってくる。この特質はむしろシキガミの在り方に近い。武器を手放す事無く絶え間なく戦えるというのは戦いに於いてかなり有利な事だ。
 ただ消して再構築するまでに一秒程度は掛かっているように見える。アキが剣を手放すのが距離がある場合に限られるのはそういった理由からだろう。
 だからこの戦いは、アルベントにとってはシキガミとの模擬戦のようになる。もっともあんな風にパワー押しで行くタイプではないが、名のある双剣の主とは戦った事がある。対策てきにはほぼ完璧に仕上がってしまうんじゃなかろうか。

 戦いのクライマックスが近づいている。派手な攻撃を仕掛ける両者どちらも見劣りはしない。
 しかし、確実にアキの方に疲れが見えてきている。歴戦の勇者の磐石さは揺るがない。攻撃の一つ一つがまだ届かないと叱られているようである。
 アキの鎖を使用した戦い方にも徐々に幅が出来ている。ジャンッと地をする鎖の音が時々聞こえ、鞭のように振り回した攻撃も見える。ピシャァッと打ちつけられ舞台を割った。

 その戦いの最後の一撃には悲鳴が上がった。
 一瞬の出来事だ。
 ダンッと二人が同時に踏み込むとアキが大牙を振って、それがザクン、とアルベントの肩口を切り裂いた。しかしそれに引く事も無く速度を変えないまま、ブォンッと大きく斧を片手で振り上げた。もう片方は同時に鎖を掴みアキの身体を引いていた。消すのが一瞬遅れると、自らを繋ぐ鎖は弱点にも成り得る。今までそんな力と反射神経を持った奴が近づく事はなかった。だから無意識の油断と言う事になるだろう。
 思ったよりも飛べなかったアキは、しまったという表情になった。低空で地に足が付いていない。相手にとっての絶好のチャンス。
 その瞬間を勇者は逃さなかった。
 思い切り蹴り落とされた。
 アルベント渾身の踵落としがアキの身体を押しつぶすように決まる。酷く鈍い音がしてしかも地面に叩きつけられて一度バウンドした。彼女の動きに合わせて同時にパラパラと飛び散る破片は、戦いの中で崩されたリングの破片だ。あまりの光景に俺にもその姿はスローで見える。ファーナも口元に両手を当てて目を見開いた。
 しかしそこでアルベントの攻撃は終わらない。
 その攻撃が武器の柄だったのは、アルベントの優しさだ。それでも容赦しないあたりは戦士であると認めたからだろうか。
 追撃に同じ場所に突き刺さったのは大斧の柄。俺の拳ぐらいの直径があってそれが鳩尾に強く当たってくるのだから堪ったものではないだろう。
 地面に大きくヒビを作りながらメキメキと肋骨を押しつぶすように武器の柄がめり込む。

 決着した。

 皆がそう思って会場は巨大な歓声に沸いた。
 アキ・リーテライヌが空を仰いで真っ赤な血を吐いた。ぶわぁっと口の端を流れ落ちて真っ白だった髪が赤茶色に戻る。

「アキ――!!」

 ファーナが悲鳴のように彼女の名を叫んだ。全身に冷や汗が流れる。助けないと、と思って行動に出るのはすぐである。
 アルベントは一息ついて、その巨大な斧を担ぐと舞台から降りようと背を向けた。俺も立ち上がってすぐに駆け寄ろうと客席の人を掻き分けて進んだ。
 飛び降りる前に彼女の名を叫ぶ。

「アキ!!」

 その瞬間グッと彼女の腕に力が入った。
 アルベントがピタリと足を止めて振り返る。

 飛び降りて助けに行った時点で試合は終わる。
 だからそれを確認した段階で踏みとどまった。

 身体を起こす段階で苦しそうで、立ち上がった時に盛大に血を吐いた。
 そのあまりに壮絶な姿に会場がどよめいた。見た目に獣の姿であるアルベントよりもずっと飢えた獣に見える。

 立ち上がった瞬間、正直に言えば嬉しかった。彼女ならアルベントに勝ってしまうのではないかと思っていた節もある。それは単なる身内びいきに過ぎないが、一瞬でもその可能性が見える事が嬉しかった。
 アルベントだけが難しい表情で武器を構えた。
 そして俺達も気付く。
 アキはもうとても戦闘に耐えられる状態ではない。口の端から大量の血を流しており、焦点は明らかにあっていない。
 手も足も震えていて、どうやって立ったのか問いたくなるほど弱々しい姿である。

「もう止めてくださいアキ!!
 それ以上やると本当に死んでしまいます!!」

 ――聞こえて無いのか、彼女は一歩踏み出した。
 それと同時に俺は構わず舞台へと飛び降りた。

 そしてそのまま前のめりに倒れる。
 一歩目の膝に全く力が入っていなかった。
 本当に踏み出すだけで限界だったのだ。

 今度こそ、試合は終了した。



 無事一命を取り留めたアキは本日はキュア班で休む事となった。
 重傷を負っていたが『仕方ありません』とヴァンが連れてきたロードさんがほぼ完治させてしまった。何か一つ取引らしき事をさせてしまったようで、俺が出来る事なら手伝うと言ったが貴方にはまだ早いと言われてしまった。
 ……早いってなんだろうか?
 結局ロードさんはそれだけやってとっととヴァンと戻っていった。流石天才といわんばかりの手捌きにキュア班中が歓喜していた。
 一応騒がなければ泊まって良いらしいのでアキの荷物だけ持って泊り込んでやろうと言う事になった。
 大きな月を見上げながら今日あった事を適当に話しながらキュア班への道を歩む。

「ブラックジャックみたいだな」

 病室を出て行く時に白衣を翻す様が決まりすぎてて何もいえなかった。ロードさんやっぱスゲーや。

「ぶらっくじゃっく?」

 ファーナに聞き返されてああ、と俺はその主人公像を思い出す。

「凄腕の医者なんだけど、闇医者で法外な値段で手術するっていうこう……ダークヒーロー的な?」
「ふむ、凄い方がいらっしゃるのですね」

 居ないんだけどね、とか言うと話がややこしくなるしいいかと笑っておく。

「コウキも本当に大丈夫ですか? 無理していませんか?」
 ファーナがそう聞いてくる。心配はありがたいが、怪我が治ってしまえば体力的には全然マシな戦だった。
「ヴァースとか剣聖との戦いに比べれば屁でもないよ。
 あ、別にヴァースや剣聖より弱いって言ってるんじゃ無いよ?
 シンドバットは多分魅せ技しか使って無いから、体力的にはまだ余裕があるってだけ」
 勝ちにきていたとは思うが、どうしても見栄えの良い技を選んで戦っていたように思う。
 それに俺に対する大技の挑発も多かった。ピンチにはなったし、実際やばかった。逃げ場の無い攻撃が来るなんて本当に恐い。しかし持久戦に持ち込もうとはしなかった。
 パフォーマンス的に無しだったのかどうなのかはわからない。あの技が破られたら負けという明確なビジョンがあって負けたときのパフォーマンスまであった。
 あんなすげぇ事は俺にはできない。

 ファーナは俺を見て少しため息をつく。

「それなら良いですが……」
「それよりももしかしたら魔女製偽コウキかもしれないとか適当な事で疑っとかないの?」
「何故適当に疑うのですか。疑うなら純粋な理由を用意しますよ」
「疑ってくれないと、何故ばれたごっこが出来ないじゃん」
「しませんよ」
「嘘を付いてる時は右目を擦るんだぜ、とかカッコよく決めてくれないと」
「何処までやる事細かく決めてるんですか」
「俺が出来心だったんですって謝る所まで」
「わたくしはコウキを疑いません。
 しかし、コウキは無理をして元気な振りをしますからそれだけが心配です」

 そんな風に言われるとお手上げである。彼女には頭が上がらない。

「ありがと」
「はい。それで構わないのです」

 俺が言えるだけのお礼。皆には色々と返していければなとは思う。
 剣聖との戦いはほぼ不可抗力だった。もっと安全な戦い方なんかも、もしかしたらあったのかもしれない。

「コウキ、貴方と魔女は特別なのがわかりました。
 魔女も以前とは別人のような顔をするようになりました。
 ずっと仮面を被っていた彼女が、貴方の前でその全てを脱ぎ捨てて泣いていた。
 それだけ、因果深い事に関わっているのです。
 貴方には貴方だけの特別な記憶がある……。

 それでも、あの方に何を言われても貴方はわたくしのシキガミだと言ってくれました。
 ――わたくしはそれで十分なのです」

 儚い事を言うなぁ、なんて思ってみたけど。それは記憶の中に重ねた誰かの話な気がして言えなかった。
 記憶は多少ある。見てた夢が現実に馴染んでくるような変な感じで、誰かに認められれば認められるほど、今自分が不自然に思えてくる。
 壱神幸輝は今ファーネリアのシキガミだ。それは間違いない。
 でも月を見上げて何かを思おうとする。誰かを思い浮かべてしまう。
 俺は今――誰なんだろうな……?

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