第221話『約束と謎』

 俺の視線に気付いたファーナがもぐもぐと咀嚼していたものを飲み込んでから口元にハンカチを当ててファーナが首を傾げる。白地にピンクと黒の糸で刺繍されていてゴスロリチックな雰囲気を醸し出している。今の服装も大人びた物である為、雰囲気に合っているように思う。いつも通り可愛いといえる動作であるが今回の旅立ちの服装は大人な感じを意識したらしい。
 人はこうやって大人になっていくんだな。形からだよな。でも相変わらず俺は赤コートを強要される不思議。

「どうかしましたか」
「あ、うん。ボーっとしてた。
 コートって暑いから明日は着なくていいかなって」
「貴方はアルベントを前にして更に手薄な防御で戦うと?」
 このコート暑いけど生地も厚めで意外と切れない。
 でもアルベントのパワーの前には本当に意味が無いと思う。
「アルベント相手じゃあってないようなもんだよ。脱いで勝てば縫う手間省けるしさ」
「それは貴方のトレードマークですから。
 邪魔にならないのならば着ておいてください。
 それを着ているほうがカッコよくて目立ちますよ」
「なら仕方ないなー」

 自分でも分かっているが結構チョロイ人間なのである。

「コウキはもう体調は大丈夫なのですか?」
「ああ、特に何にも無いよ。別の記憶の事を誰かになったみたいに感じるけど」
「誰かになった気分、ですか……」

 うーんと悩むような素振りをして俺を見える範囲で上から下までみると頷いて微笑む。

「わたくしにはコウキはコウキに見えますが。
 言葉も行動も貴方は貴方です」

 俺の作ったハンバーガーもどきを見て言う。

「まぁ外側じゃなくて中身の問題だから。
 ぶっちゃけ今ボーっとしてたら記憶の事は覚えて無いというか、結局過去にやった事を考えないわけだから俺は変わらないよな」

 言って納得してみる。結局の所は変わってないと思いたい。経験値を得たというのが正しい考え方だ。きっと彼女の言うように、気にするに値しない些細な話なんだと思う。

 なんとなく後ろ向きだった思考を元通りにもどして、自分の手元の作業を手早く終わらせる。バーガーの考え方は素晴らしいと思う。乗せるだけ乗せて食べるだけ。
 外で買ってきた食べ物を持ち込んで食べている。勿論外で食べれるのが一番だったのだが、相変わらず人が溢れ返っていて腰を落ち着ける場所が少ない。
 こっそり持ち込んで食べちゃえというのは俺が言った事でばれたら正直に俺が怒られようと思う。
 俺達が来る前にアキも起き上がっていて、夕食を取っていたところだ。しかし、カシャンと音を立ててアキが食器を置いた。

「ふ、二人とも……キュア班病室でそういうの良くないよ……」

 眼を伏せがちにアキが言う。

「え? 何が?」

 何か悪い事をしただろうか、と俺は少し焦った。
 キッと俺達を睨んで指差すと、アキは心持大きな声で言った。

「わたし病人食なのにー! 二人だけおいしそうでずるいーっ」

 俺達の持ってきたものは屋台のジャンクフード――ではファーナに何か悪い気がしたので、パンと適当な具の材料、あとはスイートポテトみたいなものを買ってきた。ファーストフードも手作りにすれば健康的に見えるのは不思議だよね。
 このスイートポテトみたいなのが出来たてでとても良い匂いを発している。病人食なんて味の薄い質素な物を食べているとかなり羨ましいラインナップだろう。

「病人は大人しく病人食じゃないと!」
「酷いですっ! これはあんまりじゃないですかっ」
「でもこれは規律なんだ。仕方ないんだ」

 そういいながらら俺ももしゃもしゃとかぶりつく。

「いいですもん、わたしだって食べましたし、ちゃんとこれで我慢できま」

 キューーン……とアキのお腹が鳴る。赤面して素で悔しそうなアキをファーナと二人で笑うと、冗談だよと買ってきているパンを取り出す。

「アキも食べる? 食欲在るなら食べた方が良いかもね。血が欲しそうな顔してるし」
「えっあ、食べたいですっ!」

 すぐ食べるつもりでハムを買った。もちろん夕方で特価品だ。結構量があるのが早く食べてしまいたいというのがあり、彼女が食べれるというのはありがたい話である。
 まずはパンを取り出してスッとナイフを入れる。ナイフの切れ味が良いのかパンのきめ細かさのお陰かすっとパンを通りぬけ薄い皮を残して繋がった状態になる。程よく茶色く焼けたそのパンを開くと真っ白な中身が見え食欲を促進させてくるようだ。お皿にそれを置いて次はハムを切り取る事にする。
 香辛料の少しついた大きな葉っぱに包まれていて、丁度コブシぐらいのサイズのハムを取り出す。中身的にはバーガーって言うよりサンドイッチだな。卵の具もつけてあげたい所だがそこまでこった事はできない。ハムを切り出して丸くなるように折りたたんでパンの上に盛る。そして少し自前で持っている調味料の塩とコショウをパッとかけてから新鮮な緑色に少し水分を滴らせる野菜を千切って載せた。
 そして最後にトマトをスライスした物を挟み込んでパンを閉じる。それをアキのお皿に載せ、渾身の出来に頷く。
 あとデザートのスイートポテトっぽいはどうせ皆で食べようと思って三人分買ってきたものなので彼女の分はあるのだ。

「ささ、召し上がれー」
「ありがとう御座いますっ! いただきますっ」
「血を作るのはやっぱ肉だよ肉」

 細かく切った方が消化には良いんだろうけど、それだとそもそもうまくサンドされてくれない。良く噛んで食べるように言って俺も食事の続きを始める。

「思ったんですけど、何だかんだわたしたち良く食べますよね……」

 しっかりとひとつ夢中で食べ終えてから、手をじっと見てアキが言う。

「え? まぁご飯って大事だよ。アキももう一個食べる?」
「はいっ是非!」

 元気の良い返事返事に頷いてファーナの二つめを作っている手を手早く進める。

「手軽でおいしいですねこれっ。アイシェ達と旅をしてる時も、食事を欠かさないわたしに良く食べますね、とか。美味しそうに食べますね、とか言うんです」

 アキは結構美味しい物を美味しそうに食べてくれる。ファーナは食ってから感想を言ってくれるまで何となくドキドキしちゃうけど、アキは食べる前から食べた後までニコニコしててくれるので分かりやすい。

「ご飯は美味しいのが一番だよ」

 結局自分用とアキ用を作ってこれでおしまいになりそうだ。

「そうです。コウキさんの調理技術が変に高いせいでわたし達の食事基準がおいしい……もといおかしいんです!」

 びっと俺を指差してアキが言う。

「ええ?」
「例えばこの即席サンドですよ。確かに簡単素材で殆ど調理器具は要りません。コウキさんは自前のナイフと布巾ぐらいしか使ってませんし」
「普通だろ?」
「いえ、出来ないんです普通。普通外で済ませて此処に入ってくるのが普通なんです。
 わざわざ室内で作って食べようって言う発想がもう調理技術の高さなんです。
 葉っぱ物はちゃんとお水で洗って、千切ってますし、トマトはあらかじめパンの上で切っちゃうとか大胆ですが汚れませんし効率的ですし」

 アキが何かを身振り手振りで言おうとしているのは分かるが、当たり前の事を言われても俺にはピンと来ない。ファーナがそんな俺達をみてクスクスと笑うと言う。

「ほら、やっぱりコウキですからねっ」
「ねっ」

 仲のいい二人が視線で分かり合っていると何となく俺がそういわせる事を強いたようにも感じる。

「お皿を汚さない方法なんて旅の中で色々やったじゃん主に具を土台にするって事だけどさ」
「美味しいですし。良く食べるなって思うのは、コウキさんが食事を大事にしてるなって事なんですかねやっぱ」
「ご飯があれば元気になれるしな!」

 美味しい食事をするというのは万人に対して良い事だといえる。食事は人の基礎にあるものだ。大事にして然るべきだと思う。

「食べると何か問題が?」
「いや、太るかなって。今痩せたんですよ! 良い感じなんです!」

 そういわれて思い出すのは先日の水着姿である。健康的に見えた身体は確かに見事ではあった。服を着た状態だとそれはわからず、元々あんな感じではあったんじゃないかと思う。

「別に太ってなかったじゃん」

 元から結構女の子って軽いし。太ってたり重そうな人は見た目からそうだ。俺の言葉にアキがプッと頬っぺたを膨らませて抗議する。

「ぷにってしてたんですっ! 特にお母さん事件の後はっ」

 良くわからないが重要な事らしい。ファーナがフッと微笑んでアキに言う。

「綺麗に痩せてましたね」
「でしょ〜っ頑張ったんですよ! 剣振ってたら結果的になっただけなんですけどっ!」

 なかなかスポーティーなダイエットだな。やってる事は物騒だ。
 両手を進めて材料を綺麗に使いきってバーガーもどきを作ってアキに渡す。それをしっかりと食べてデザートをほうばるのもアキはとても嬉しそうに食べていた。
 ファーナも心持機嫌よさそうな感じで紅茶を飲み終えて片付けを手伝ってくれた。最近は積極的に手伝ってくれる。今回はスゥさんが居る為どうにも動きづらそうではあるが。

 話していると消灯時間はすぐにやってきた。俺達二人が泊まるのは了承済みだ。アキの隣のベッドを一つ借りれるのと、簡易なソファーがあったので俺はそこで寝ることにする。ちょっと足を曲げないと寝れないのがやな感じだ。ベストポジション探しのために数分ぐらいごそごそ動いていた。

「コウキ」
「ん?」

 ファーナに話しかけられて其方を見た。ファーナはベッドに腰掛けていて、仕切りになるカーテンの隙間から此方を見ていた。

「明日は貴方の決勝ではありませんか」
「おう」
「奇しくも、どうやら貴方が初めて戦った相手です。
 全力を尽くしてください。炎月輪も貴方と共にあります」
 心配して元気付けてくれてるんだろうか。ありがたい気遣いである。
「おぉっ勿論そうだけど。戦いづらいよやっぱ。
 一番最初に仲間になってくれたのってアルベントなんだよな」
「そうですね……果敢にコウキを助ける役を買って出る。
 その姿は勇者の名に偽りはありません」

 ファーナが言うとアキが寝返りを打った。

「実力もそうですよ。部分的に仮神化なんて、本当に何が起きてるのかわかんなかった……」

 体験談は重みがある。

「アキ……悔しいですか」
「悔しい。そりゃ悔しいよ? わたしはまだまだなんだなぁって思い知ったし。
 戦いの経験値なんて全然違う。あんなに心から恐いと思いながら戦ったのは本当に初めてかも」

 相手は戦うにしては未知である。間接的に背を預けた事はあったにせよ、実際に剣を交えるのは初めてだったはずだ。俺だって最初以来なんだから不安が無いかと言えばウソになる。間近でみたことだってあるがあんな戦い方はああいう場所でしかしないだろうし。

「俺は勝てそう?」
「……正直微妙です。本当にそのぐらい強いと思ってます」
「だよな。っ今日のアキが最後に立った時は鳥肌物だったよ!」
「そうですね!」

 会場は皆息を飲んだ。
 凄まじい期待の中に竜を見るような緊張は計り知れない。

「あはは……あれは夢中で、なんだか分からないけど、コウキさんとファーナの声が聞こえて。
 何か頑張らなきゃって思ったんだけど。結局無理で……。
 ……わたし、弱いのかなぁ」

 アキが弱気になって声を曇らせる。

「そんなわけないだろ。俺だってアルベントが本当に負けたのは見たこと無いんだし。
 でも。明日はなんか勝たなきゃいけない気がするんだ」
「勝たなきゃいけないとは?」
「本当はさ、俺アルベントに城下町で負けて死んでたかもしれないだろ。
 でもアルベントは俺の事を認めて、強くなるのを待っててくれたんだ」
「……そうなのですか? 貴方を認めて協力してくれた。それだけではないのですか」

「違うんだ。アルベントはあの時――俺に何か聞こうとしたんだ。
 でもファーナが来たから名前だけ言って傅いちゃった」

『――少年! 名は!?』

 直前でファーナに気付いて急いで名前を聞いて、戦場で会う約束をした。それが一番確実だったからだろう。

 その約束のお陰で救われた。
 恨む事なんて何も無い。初めに襲われた事なんて当に水に流したのだから。

 その約束の意味を俺は聞きに行かなくてはならない。




 雲が多めで、分厚い雲の隙間から漏れる光が幻想的に一部だけ照らしては流れて過ぎ去った。陽気ではあるのだが先日よりも空気は重い。
 キュア班で朝の診察を終えて俺は気合を入れなおしてコロシアムに向かう事にした。
 会場のチケットは全て売れて、人入りは最大。席の後ろ側には大量の立ち見で溢れる始末である。
 会場の前で丁度ヴァンと合流して三人は招待応援席へと向かう事になった。

「コウキ、必要となったらいつでも呼んでください」

 ファーナが胸に手を当てて頷いた。でもポンと肩に手を置いてゆっくりと首を振る。

「それ反則だ。シンドバットのでっかい器に感謝しないと……」

 何をしたかを思い出して何となく目を逸らすと、ファーナも同じく視線を泳がせる。

「そ、それもそうですね……」

 何となくもやっとした所でヴァンがニヤニヤと此方を見ていることに気付いた。俺がジトっと睨むとフッと笑って俺にエールの言葉をくれる。

「コウキ、余り暴れすぎないようにしてくださいね」
「努力する。ヴァン、ルー見つけたら舞台の四面に光壁張ってくれるように言ってくれない?」

 お互い全力で暴れるならせめて前後左右を気にしなくて言いようにしたい。下に撃たなければ後は何とかなるはずだ。

「ええ。わかりました」

 ヴァンが頷くとアキと目が合う。

「コウキさん、死んじゃ駄目ですよ?」

 アキが言うとヴァンがキラッと眼鏡のを輝かせながら言う。

「ははは、そうですよ。終わったらまず貴方のキスについての弁解を存分に聞かなくてはいけないので」

 ヴァンの言う事にファーナとアキが驚く。それでしまったと思った。

「ええ!? それ蒸し返さなきゃ誤魔化せる空気だったのに!」
「誤魔化すのは非常に良くありません。しかし、アキが驚くというのは……コウキ、アキに何を?」

 ヴァンが鋭いー! チクショウなんでこんな所でも鋭いんだヴァン!
 多分ヴァンは俺に感触を覚えているかとかふっかけて楽しもうとしただけなのにアキが良い感じに釣られてしまったために余計話がややこしくなりそうな空気を醸し出している気がしなくも無い!
 こんなピンチに陥った時にどうするのが一番適当なのか俺には分かる。

「行ってくる!」

 三十六計逃げるに如かず! 逃走は立派な作戦だ! 援軍も来ないし本拠地に戻れるわけでもないけど!
 ヴァンの意地悪は俺には結構発動していたがファーナやアキにはやらないようにしていたように思う。でも此処にきてこのダイレクトアタック。何か言い訳考えておこう。いや言い訳云々じゃなくて全部不可抗力だって言わなきゃな。

「ははは、どうせ戻ってくる事になるので気長に待ちますかね」
「……ヴァンツェ、最近本性が出てきましたね?」

 ファーネリアが口元に手を当ててジッとヴァンツェを見る。それをかわすように飄々と両手の平を上に上げるようにとぼけて微笑んだ。

「そうですか? そうかもしれません。気になる事は他人事でも聞かずには居られないので。
 さぁ、お二人とも席に行きましょう。選手招待席とは言えあまり空けていると空席と勘違いされてしまいます」
「そうですね。今日も頑張って応援しましょう!」
「ええ、行きましょう!」

 そう言って三人は選手席へと向かう通路を歩き始めた。



「ノアン方面より入場! 勇者、アルベント・ラシュベル!」

 わああぁぁぁっと会場が揺れるほど湧いた。茶金色の毛並みの鬣を揺らして、ライオンの勇者が舞台に上がる。一歩踏み出すごとにガシャンと足具の金具が重さに見合った音を立てて打ち付けられる。巨大な斧をぐるりと回して斧を上に向けた状態で地面に立てた。

「ルアン方面より入場! 戦女神殺し! コウキ・イチガミ!」

 俺が呼ばれてすぐに出ろと合図がある。なんか最後だから形式的にやろうという事らしい。俺はテコテコと歩いて外に出ようか――と言うのを止めて、走り出した。
 ありったけの助走をつけて、舞台の階段前でジャンプ。アキみたいに多高くは飛べないがそれでもシキガミとしての能力分は飛べる。結構余裕で飛び越せて、グルンと一回転して着地。個人的十点満点を得ておいて、ついでに観客からの評判も良く一気に会場が沸いた。

「あっ! ありがと! ありがとーう!!」

 それに答えて手を振ると色んな所が応えてくれる。その反応はやっている側からすれば嬉しいものである。

「さあ、両者位置に付いて」

 パフォーマンスをしていると審判の人が声をかけてきた。それに従って俺は指定された位置に立つ。

「はい! アルベントよろしく!」
「ああ。こちらこそ、だな」

 挨拶を軽くかわす。変わった様子は何も無い。

「こうしてちゃんと戦える日がくるなんて実は考えても無かった」
「私はそうでもない。いつかこうなる時が来ると思っていた。会う場所は戦場だとな」

 アルベントが大斧を構える。
 その迫力は変わらず、あの時と全然違う力の充実と鋭さをビリビリと感じる。
 俺も同じく双剣を引き抜いて両手を広げるように大きく構えて腰を下げた。

「試合、始め!!」

 その開始の合図と同時に歓声が大きくなった。もはやどっちの応援の声なのかは分からない。
 最初すぐにアルベントがはじけるように飛び出して、大きく一振りを俺に目掛けて振り下ろす。ブンッと鈍い質量のある音が頭上から降ってきてスッと後ろに避けることでそれをかわした。
 ズンッと俺が居た場所に深く突き刺さって――ズンッ! と突然巨大ハンマーで打ちつけたみたいな大きなクレーターが出来た。

「え゛!?」
「成長したのが自分だけだと思うなよコウキ」

 俺が知ってるアルベントとは威力も数段上に跳ね上がった状態である。スピードとパワーが兼ね揃えば最強だ。キツキとタケを足した奴には勝てないぞ物理的に。
 よって、またしても俺は段上を逃げるといういつかみたいな事をやり始める。

「ちょ、ちょっとまて、また一発食らったらアウトなのか!」

 続く横一閃を跳んでかわして、踏み込んで突き出すが柄でピタリと止められて次の一撃が飛んでくる。この応報がとても上手い。手数で押していく双剣を一撃ずつで止めてアルベントが大きく一度振る。こっちは当たればアウトなのに一撃ずつの応報じゃ割に合わないだろう!

「何! 昨日の竜人は耐えた!」

 アルベントは笑いながら言うがそれは俺じゃないんだと言いたい。

「アキはドラゴン補正があるから硬いんだよ!」

 絶対そうだよ! ドラゴン補正竜の鱗とかそういうお得な皮膚補正があるに違いないんだよ! それに比べたら俺の肌なんて揚げ物の油にちょっと耐えられる手があるぐらいなんだよ!

「ふははは! コウキも神に愛されている者だ! 何も無いという事は無い!」

 二人ともどんどん気分がハイになって攻撃スピードと威力が増してくる。避けてブーイングを買っていた俺もついに角に追い込まれた状態でアルベントが大きく斧を振り下ろした。

「術式:紅蓮月!!」

 斧に当てても軌道を変える事は出来ない。ならば今柄に当たる事は覚悟して不意のリーチを得て攻撃する。
 しかし相手は動物並の反射神経と運動神経を持つ獣人である。百戦錬磨の勇者は斧を引いて思い切り後ろへ跳んだ。ステージの半分ぐらいを軽く飛んで着地する。あの運動能力やっぱり卑怯だよ。アキよくアルベントとあんなに戦えてたな、と他人事に今更感心する。

「術式:土塊の戦斧<サイザァ・グランディ>!!」
「術式:炎陣旋斬!!」

 土の斧を派手に爆破して周りに砂が飛び散る。結構不評を買ったようでまたブーイングがとんだ。
 そんな事を気にしている余裕も無くなっていて、俺は二撃をかわして踏み込むというのを少し繰り返していた。アルベントの手の内を俺も知る必要がある。どんな隙を見せるとどう打ち込んでくるのか。ブラストブランガーは決め技だから決まるタイミングでしか撃たないだろう。と言っても範囲も大きいみたいなのでにげれない場所なら撃っても良い。
 あとは俺の知らない技を引き出しておかないといけないかもしれない。お互いに技を使って戦った事は無いとは言え、俺の裂空虎砲は知っているわけだし。

「――む。技を見る気か」
「なんでばれたんだよ!」
「ワザとらしい隙が多いからな。――まぁ隠しているつもりもない。ご要望に応えよう」
 アルベントはそう言ってから斧の先を俺に翳すように構えた。オレンジ色の光がスゥッと斧に浮かび上がる。

 ざぁっと俺の背中にもいやな汗が流れた。
 もしかしてやばい事をさせたのかもしれない。
 早く来てルーメン!
 そんな事を祈っているうちに――バァっとアルベントの両腕の毛が真っ赤に染まった。
 仮神化――!

「術式――」

 フワッと風が吹いたような気がして、咄嗟に身を下げた。フッと頭の上を何かが掠めたような気がしたがアルベントは動いてすら居ない。
 そしてアルベントが壮絶な笑みを浮かべその技を叫ぶ。

「竜の戦斧<ベイア・ザランディ>!!」

 ズンッ、と酷く重い音が響いて、竜が尻尾を下ろしたかのように斧から先リング状全てが凹む。俺は間一髪で範囲外に飛び出してそれを避けたけれど、直撃で当たったらそれだけでペチャンコ確実だっただろう。
 後で聞いた話だが――その技を使ったのは俺と戦った時が初だったらしい――。つまり、アルベントのこれから使う技は全て未知、と言うことなのである。

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