第222話『ブラックスミス』

 全く本当に竜と名前の付くものに縁がある。真っ直ぐ振り下ろした後、そのままの威力と範囲を持ったそれを思い切り横薙ぎに振りぬいてきた。勢いのある巨大な空気の塊の攻撃に薙ぎ払われて「み゛ょ!」と変な声を出て吹っ飛ばされた。アキが竜の口ならアルベントは尻尾だな。カッコよく避けた矢先に吹っ飛ばされながらそんな事を思った。
 舞台ギリギリで足を付いて、勢いで落ちそうになる。リングアウトは反則じゃない。殺し合いだからだ。それでも外側に立つ事はただ基本的に俺は俺を殺しに来る奴に反撃するというスタンスを変えない。変えないけれど。

 踏み込むチャンスは一瞬。間違って懐に入り込んだ所で異様に素早い蹴りが飛んでくるのも分かっている。それがあると分かった上で入り込むなら斧を振っている最中に行くのが一番だ。あの重さは両足を着いていないと流石に支えきれない。振り切った後に走っても間に合わないから避けれる攻撃の時にだけ。
 斜め下から振り上げるような攻撃の時に踏み込む道が見えた。
 俺が走って寄ってくれば、アルベントは当然下がりながらその攻撃を行う。
「術式!!」
「む!?」
「炎陣旋斬!!」
 キィィィッと耳元で鉄が擦れる音を聞いた。回転すると同時に大斧の柄を滑るように宝石剣が引っ掻いたからだ。
 普段なら鳥肌の一つでも立つんだろうが今はその音を気にする余裕すらない。
 ボゥ! と奔る炎が斧を伝いアルベントに辿り着く。俺は攻撃をいなすような形で避け、さらに懐に踏み込む。
「――くっ!」
 パキィンッ!!
 黒鉄剣が鋭く入り込んで甲高い音を鳴らす。身体に当てて押してみようと思ったのだが足が片方しか地に着いていなかったため当たりが軽い。炎陣旋斬の炎がパァっと散って派手に見えていたが特にダメージにはならなかったように思う。それでも剣自体がかなり熱いし火が移って軽く燃えていたので火傷ぐらいは負っただろうか。
「……本当に軽業師ばかりだな」
「リーチが違いすぎて近づきづらいんだよ!」
 それは本当の話だ。あっちは巨大戦斧。突いて良し薙いで良しの超一流品だ。大してこっちはもうリーチも威力も負けてて早さで翻弄するぐらいしか出来る事がない。しかもその速さも気を抜くとすぐに追いつかれる微々たる差しかない。能力本質的にはアルベントに俺が勝つ術は無い。
 技を使う前にアルベントから逃げ回りながら聞いておきたい事を聞いておく事にした。
「なぁ! アルベントはなんで最初にあった時にあんな事を言ったんだ!?
 俺にもう一度会うためで合ってる!?」
 ビュンと頭の上を通り過ぎる斧を見送って言う。
「その通りだ! 良く分かったな!」
「なんで! 別に合う約束ならそう言えばよかったのに!」
「逃げそうだったからな!」
「ありえる!」
 大いにありえる。だって普通にカツアゲされそうで恐いもん。至極真っ当な獣戦士と知るのはもっと後の話だ。
「それで、何かあったっけ?」
「初めはな――!

 “勇者”の称号を譲れないかと思っていた」

 きっと舞台の誰にも聞こえなかったけれど、俺にだけはその声は届いた。
「は――!? 何でだよもったいない!
 それはアルベントが貰ったもんだろ!?」
「必要のない物だ。然るべき人間に持たせるべきだろう」

 必要ないというその意味も心境も俺には分からないけれど。

「アルベント」
「なん――」

 ぽいっと剣を地面に突き刺した。会場の皆が騒然とする。
「だから!! 逃げてんじゃねええええええええ!!」

 壱神ドロップキックは理不尽を見つけた瞬間に蹴りたい相手まで水平に届く必殺技だ! 嘘だ!
 華麗に飛び上がってからのライダーキックではあるが完全に油断モードだったかあえて受けたのかアルベントの顔面をぶち抜く。普通に痛いとは思うが一歩後ろに下がっただけでアルベントは踏みとどまる。
 そのままピタリと一瞬と待ったが重力が勝ち始めて俺は舞台に着地する。攻撃の手は無かったが一応剣の位置まで下がった。そしてまだ言いたい事はあったのでビッと思い切り指差す。

「その名前は! 戦女神が付けてくれたんだろ!

 似合わないもんなんか付ける訳ない!」

 言動はふざけているが行動は何一つ間違った事をしない。彼女等が認め正しいと認めた者に技や命名が与えられる。
 その全ては行動に基づく個人に与えられる称号。

「アルベントは“勇者”だ! 間違いない!
 俺だって助けてもらった事がある!!
 ここに要る全員がアルベントに守られてきた人たちだろう!? 信じてる人たちだろ!」

 誰一人疑う事の無い勇者と言う称号は――初めから八割以上優勝を疑っていない人たちからの賭け票が入っている。壱神幸輝にかけた人間なんてそれこそ自分ぐらいしか居ないのではないかと言うレベルの人気差だ。

「……ふはははは!
 まぁ、そういわれると思っていた。
 だから言わなかった。
 ああ、戯言だ。コウキに会って置いて、説教されておいてその考えもなんだ。

 戦争で先陣切って理想を成した姿は――私の成りたかった“勇者”そのものだった」

 あれも色んな人たちが関係してくれていたお陰でしかない。あの戦争で俺は何もしていないし。
「そんな事はないよ。先陣切って飛び出せるアルベントには勝てないし。
 蹴ってゴメン」
 そういって俺は剣を拾い上げて構えた。
 アルベントはどうやらもう俺に勇者を譲るとかそういう気ではないらしい。そもそも命名って譲られるものなのかも分からないけど、その称号はアルベントのものだ。
「いい。受けるべき制裁だ。
 お前が変わらない事が嬉しい限りだ。
 さあ、戦うぞコウキ。客が欠伸し始めるぞ。

 例え見せ物となっても、“勇者”を私は全うする。
 それが教えに対する私の出した答えだ」

 グッと斧を持って構えると好きの無い構えをする。獣の眼光が鋭く俺を睨む。

「アルベントの“勇者”って何なの?」
「勝ち続けることだ」
 さらりと言ってのけるアルベントに乾いた笑いが出てくる。
「やっぱすげーや、俺にはできないぞそれ」
 自分の戦績を見るに勝率はお世辞にも良いとは言えない。特にちゃんと強い人間には負けるまぁ敗戦の殆どはラジュエラが押し付けていったものであるけれど。
 その人の教えてくれた負けの上でやっと勝つことに執着するようになった。
 正々堂々と死なないようにアルベントに勝つにはどうすればいいか考えながら俺達はまた剣戟を舞台に響かせ始めた。



「あははっ負けちゃいましたねぇ〜」
 壁に刺ささるぐらい本気の本気な攻撃を両手でなんとか受けたは良いものの、そのまま勢い良く壁にめり込むぐらいの勢いで吹っ飛んで穴の奥で身動きが取れなくなった。衝撃緩衝が聞くといっても頭がぶつかれば痛い。あと追撃に巨大斧の柄が顔面にぶち当たってそこから先は覚えていない。気絶してKO負けとなったようである。打撃効き辛い俺らに打撃通してくるとかどんだけだよ。
 ルーが来るまで裂空虎砲封じを行っていたのだけれど、結局ルーは現れなかった。それが仇となったようだ。俺に周りの人を吹き飛ばす趣味は無いし、その他の技を手加減無く使っていたのに勝てなかった。俺の無拍獅子牙突も決まったが、アルベントの動きに影響を与える事は出来なかった。どうなっているのかさっぱり分からない。
 心無しか嬉しそうにニヤニヤと俺を見るアキになんだよーっとちょっと噛み付く態度を見せる。
「ぐおおお! 普通に悔しーぃ!!」
 悶えてみても順位は変わらない。アルベントの強さは本物だよやっぱり。
 でも裂空虎砲を本気で撃てればもうちょっと頑張れたってこれー! アルベントは俺にそれを撃たせないように飛び上がらないようにしていた分けだし、普通の負けな気がするけども。
 キュア班が来るまでも無く、なんか軽症っぽいから選手席で転がされていたらしい。眼が覚めた時にはファーナが枕代わりになってくれていたようで目覚めは良かった。確かにデコがひりひりするぐらいで後は特に異常は無い。
「負けてしまったものは仕方ありません。良く頑張りましたコウキ。準優勝は立派ですよ?」
 ファーナがクスクスと笑いながらそういってくれた。
 でもラジュエラが居たらこれから地獄の特訓コースモノだ。
「コウキさん真三位決定戦しましょうよ!」
「あ、表彰式始まっちゃうなー。俺二位だから何か参加賞貰えねえかなー」
「ずるいーっ! やるって言ったじゃないですかー!」
「へっへっへ、何の事だっけなー!」
 アキにゆっさゆっさと揺られながらアルベントの表彰式を見る。クルードさんも舞台の上だ。ここでは剣匠も共に表彰されるのが慣わしらしい。
 この大会を主催していたこの国からは籠手が贈られ、戦女神達からはその籠手に祝福が成される。段上でそれを持ったアルベントにパアッと光が降りそそいで新しく勇者の籠手が誕生した。
 かっこいいなー。俺も勝ちたかった。
 アルベントが此方に向かって手を振ってから降りて来いとジェスチャーした。二人で、って言ってるからアキもかな。
 ジェスチャーは戦争の時に決めたものだ。意外な時に役に立つもんだなって笑いながら席を立つ。
「なんだろ、行こうか」
「はい」
「ちょっと行ってくる!」
「ええ、足元に気をつけて」
 ファーナがそう言って小さく手を振る。それに頷いて俺達は舞台へと跳んだ。

 俺達が舞台に乗ると、パチパチと拍手が起きた。
 それは俺達の活躍に対しての賛美で、照れくさかったけれど嬉しいものだった。それに手を振って軽く応えたあと、アルベントの元へと歩み寄る。
「どーしたの?」
「ああ、黒鉄剣を翳せ。二人ともだ」
 アキと顔を見合わせて首を傾げてから、俺は取り合えず黒鉄剣を抜いて先に掲げていたアルベントに合わせて剣を交差させる。アキもジャラッと鎖の音を少し鳴らして大牙をあわせた。

 途端パァッと四つの武器が光を放つ。全ての剣が赤く光ってその光が突然一筋の光となってクルードさんの腕を焼いた。
「クルードさん!?」
「ぬっちっちっちぇい!! なんだよ!? オレッちに何の恨みがぁぁっ!?」
 腕をおさえてゴロゴロと転がったクルードさんが飛び起きて俺達と傷を交互に見る。
 本当に一瞬の出来事で何が起きたのか分からなかったが――クルードさんの腕には赤い光が宿って、文字が表記されている。

「命名だな」

 その光を見てアルベントが言う。

「ロード・オブ・ブラックスミス」

 黒鉄の鍛冶屋クルードはその道で頂点になった事を認められた瞬間である。
 始めてみた、と俺とアキは息を飲む。命名を受けた者が目の前にいる状況で何が起こるのか着になって仕方が無かった。

「お前が――新たな命名者だ」

 クルードさんが手を離すと、ぶわぁっと眩しい光が腕に宿った。そしてフワフワと祝福しているかのように光の玉が現れて消えてというのをクルードさんの周りで繰り返す。
「う、あ……! 聞こえる……! オレが……!! ブラックスミスを……!」
 何の声が聞こえたのかは知らないが酷く感銘を受けた表情で空を仰いで、光の消失と共にクルードさんはペタッと尻餅をつくように座り込んだ。その瞬間に腕に描かれていた文字がザァっと舞台に流れ出て白く大きく光る文字を浮かび上がらせる。
 巨大な歓声と祝福の声が会場に響き渡った。その歓声が収まる頃には白い光は霧散して、クルードさんの腕に残るのみとなった。

「なんだよ、これ、嬉しすぎるだろ……!」
 熱がっていた文字をぐっと押さえてボタボタと涙を零した。慌ててその涙をゴシゴシと拭いてその代わりに鼻水が垂れていた。
「ははは! 頑張ってよかった! 良かった……!!
 何ていやあいいんだ……!
 有難うアルベント! アキちゃん! コウキ!!」
 俺達は三人で見合わせて笑う。
 俺達のおかげみたいになってるけど、やっぱりこれ自体はクルードさんの功績だ。
「いやすごいよ黒鉄剣! アルベントと戦って折れなかったし!」
「はい! ワイバーンぐらいなら余裕で倒せちゃいます!」
「ふむ、やはり先に武器に慣れた分が今回効いたかな」
 三人で言うとクルードさんが笑う。本当にお前等でよかったと頭を垂れる。周りの観衆の拍手と共に俺達もクルードさんに拍手を送った。
 アルベントの強さの根源を支えてきたクルードさんがようやく評価された。それは俺達にとっても嬉しい事で喜ばしい。


 この事がきっかけでこの後行われた選挙で大きな番狂わせが起こる事になる。
 市長を決める選挙を人を集めた大会中にやってしまうという前代未聞の試みだが、それに参加していたのは現市長と現副市長。そして現鍛冶屋頭目のレオングスの爺さん。昨日俺の背中をバンバンやってくれた人である。
 ガタイと威厳は一番だと思うが、実際の市政をやった事が無いというのがネックなのだろうか。それでも二人の市長候補から余裕の笑みが消える事は無かった。
 爺さんが提示した問題はたった一つだ。獣人街との確執の解決。
 そしてその架け橋となったのがクルードさんだ。演説後に師と仰ぐレオングスを推薦する言葉を言う為に段上に上がり同じ問題の解決を叫んだ。
 オレ達はもう対等だという言葉に獣人たちが湧き、拍手が起きた。




 アルベント邸の祝賀会は盛り上がった。アルベントが禁酒を終えて樽で酒を飲みきったときには眼を疑ったが酒豪ってれべるじゃねえ。アルベントは色々と規格外だ。クルードさんも同じような飲み方をしていて、街中の人たちが集まってしまって一階や外は騒がしい。
「この家すごい事になりそうですね……」
 アキが窓から見下ろして言う。酒や料理が未だに色んな所から運ばれてきていて騒ぎが絶えない。
「まぁ家主が解放すると言ったのです。仕方ありません。
 客室に及ばない事を祈りましょう」
 ヴァンがそう言って微笑む。此処は二階の応接間で俺達六人が丁度入れるぐらいの広さの部屋だ。スゥさんが紅茶や水を持ってきてくれ皆一旦落ち着いた状態である。
 二階を借りている俺達はアルベント達を祝って早々に切り上げ、明日の準備を行っていた。早朝には出て行こうと思っている。
「そういえばアイシェ達はどうなったんだろう?」
 アキがルーメンは戻ってきていた。くたくたになっていたようで俺の部屋で物凄い大人しく寝ている。と言う事は彼女等を守る役目を終えたルーが此処に居るということは――。
「ロードさん手術は?」
 俺はロードさんに聞くと、小さくこくりと頷いた。
「……ああ、終わらせてきた。キュア班病棟に居る。
 ……彼女は優秀だったよ。助手に欲しいぐらいだ」
 ロードさんはそう言ってコーヒーを一口飲みながら、なにやら紙をめくった。
「……彼女が出した私の興味を引くに足る論文だ。
 彼女は伝承からこの辺り地脈にあるシン鉱石の場所を一つ発見した。
 ……それと、使い道の無いとされていた青砂の特質と用途」
「せーさ?」
 俺が首を傾げて、あえてファーナを見ると「知ってますよ」と指を立てた。
「青い砂です。大量に存在するというほど多くはありませんが、それでも少し掘れば当たるという場所も多いです。
 養分は殆どありませんし青砂が露出している所には植物は生えません。
 しかしマナが微量に蓄積されていて、夜になると少し青白く光ります。その程度の砂だと思われているはずなのですが」
 ファーナが言うとヴァンが頷く。
「はい。要するに青いだけのちょっと光る砂ですが、この価値ががらっと変わってしまう使い方を彼女が見つけたかもしれません」
「そうなんですか!?」
「……そうかもな。あの砂、燃えるぞ。正確には砂じゃないらしいな。上手くやれば燃焼効率は石炭よりいいかもしれない。乾かした後含まれた微量のマナを内部で燃やす事で燃焼するらしい。……術式炉にして燃やせば鉄の精錬度も上がるかもしれないと。
 ……簡単だが術式炉の案まで書いてあるぞ。末恐ろしい娘だな」
 ペラペラと紙を揺らしてロードさんが言う。アキは口をまっすぐ噤んで嬉しいような困ったような顔をしていた。ファーナが覗き込むと、にへらっと笑って頬を掻いた。
「歩けないから色々勉強してたとは聞いたけど……そんないろんなこと出来たんだ」
「……さぞかし良い参謀を務める竜士となるだろう」
 ロードさんの太鼓判付きだ。アイシェって子は賢いんだなぁ。
「これは私も感心しましたね。基本的に学生の論文には期待出来ないというか、採点というものに慣れた私達には嬉しいものです」
「……そうだな。先を期待できる論文だ。未知に踏み込み日常の中の疑問を見つけ、解く。そしてその先に繋げる。……本来は何人もの手を通すものだが――、一人で此処まで出来ると出来すぎだ。
 ……竜士で使い物にならないなら私にくれ。あれぐらい根性がある奴がいい」
 このべた褒めである。ロードさんの中でアイシェ株は物凄く高いらしい。心無しかよく喋るのは機嫌がいいからだろう。スゥさんによると手術を行った後だと言うのにこのテンションなのはすごい事らしい。
「駄目ですよ! アイシェはわたしの妹ですし! 危ない棒は担がせられません!」
 ビシッとアキがアイシェを庇う。本人は居ないが。
「……私よりもそっちの方が危ない棒だろう? ……まぁ、今後もたゆまない努力をするようにと言っておいた。何れまた会う事があるならその時を楽しみにするさ」
 本当に楽しそうにその人が言うのは珍しい。傍目から見ても上機嫌だと分かる仕草に笑みがこぼれる。
 皆からの視線に気付いてすぐに咳払いをして仏頂面に戻ったけれど。

「さてコウキ、貴方の記憶について聞きたいです」
 改めてファーナが俺に聞いた。
「俺の記憶ねぇ。もう全部話したと思うけど」
 そう言うとファーナは微笑んでゆっくりと首を振った。
「重要な事は、でしょう。まぁ軽くで良いです。重要か重要じゃないかではなく、いつも通り面白おかしく。一先ずヴァンツェの話から行きましょう」
「え……昔の私の話ですか」
 さすがに気まずそうに笑顔を歪めるヴァン。話に聞いて居たとおり昔はやんちゃだった。指が鳴ると町が爆発する感じで容赦が無い。
「『アンタがコウキか? 芋くせえ顔だな』って言うのが本当の第一声だよ」
 地味に傷ついた一言である。確かに丸顔だけどさ……。
「その節は礼儀知らずですみません……」
 申し訳無さそうに言うが今やさすがに時効の話でもある。それを謝らせるのは意味が無い。
「王妃様と姉ちゃんがお料理教室やってたなぁ。
 流石にもうキッチンには立ってないだろうけど、たまに和食食べたいなぁって言ったりしない?」
 ヴァンに聞くとクスクスと笑う。
 姉ちゃんの得意料理は和食。別に洋食も作れるけど手間暇使うものから簡単なものも色々とレクチャーしていた仲である。
 不束者ですがよろしくお願いしますっていうのは、姉ちゃんが教えた言葉だ。こっちにそんな慣わしはない。
 ヴァンが言うには時々和食を作らせて食べているようだ。食の細さは美味しいものを食べさせる事でなんとかモリモリと食べさせたが、お世話していた以降の話は知らない。ただ俺達が小食王女を数キロ太らせたという伝説だけが残っているようだ。

 一通り面白おかしく話して区切りが付いた所で、明日の話がありますとヴァンが視線を集めた。
 そして胸ポケットから小さな麻袋を出して、その中身を机の上に取り出す。
 四つの宝石が転がり出て、赤青黄白の色をしているのが分かった。何の宝石かは正直分からない。
「それで何をするの?」
 俺が聞くとヴァンが顔の前に指を立てた。
「これが鍵です。青だけ時間が掛かってしまいましたが大会が終わるまでに間に合ってよかったです」
 また青か。となんとなく思いながらその宝石に触れないように見つめる。
「これが鍵?」
「はい。明日からは少し難題に頭を捻ることになると思います。
 扉の鍵にこの宝石が必要なのはわかったのですが、肝心の開け方が分かりません」
 ロードさんが必要とされている理由でもある謎解き。
「アイシェちゃん連れてけ無いの?」
 先ほどベタ褒めを去れていた天才の存在に注目してみる。アキは首を傾げたがロードさんが溜息を付いた。
「……まずは数日安静だ馬鹿者」
 ロードさんに素で怒られながら思う。この人何だかんだ医者だよな。素直に謝っておいてヴァンを向き直る。
「とりあえず俺達も見てみないことにはわかんないし明日見てからだな!
 駄目だったらアキがくわぁってするよ」
「わたしがするんですか? 研究室ごと吹き飛んでしまうかもしれませんよ?」
「それは無しでお願いします。
 まぁこれは明日のお話です。今日はゆっくりと休んでください。選手だったお二人も、応援したリージェ様もお疲れでしょう」
 ヴァンがそう言いながら宝石を仕舞う。
 何となく俺の友達のイメージカラーみたいで面白いなぁと思ってみていた。
 その場はお開きになって、休んで良いみたいな感じになったが俺は下に降りて祭りに参加する事にした。アルベントやクルードさんと浴びるように飲んですぐに気を失った。

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