第224話『親友へ』

 出発の準備が整った頃にアルベント達が目を覚ました。宿の礼を言うと他愛もない事だと笑った。
「道中達者でな。戦女神殺しの弊害が出ないといいが」
 アルベントは言って腕を組んだ。
「誰も信じませんし、これ以上騒がれる事はないでしょう。命名でもありませんでしたしね。
 いつか免罪状でももらえるかもしれませんよ」
 ヴァンが言うにはただ俺があの戦いで優勝しなくて良かったという事だ。力の誇示が出来ないなら戦女神殺しの名は限りなく希薄なものになる。
「コウキの名を汚す事はさせない。お前はお前らしく正々堂々と戦った。
 瑣末を言えば裂空虎砲を撃てば良かったのだがな」
 口の端を歪めてアルベントが言う。本気を出せみたいな言い方に聞こえるが、俺が裂空虎砲を撃てなかった理由は二つぐらいある。
 一つはルーメンが居なかったこと。防御特化で言えばルーメンが最強である。愛でて良し守って貰って良しの護衛スペシャリスト。ルーの壁術出力は神言預者の適正を凌ぐ。俺の裂空虎砲を惜しみなく使える程度には信頼できる頑丈さがある。
「アルベントさぁ、絶対俺の上に跳んでくれねーんだもん」
「私の作戦勝ちだったな」
 白兵戦スペシャリストが不敵に笑う。赤とか黒段階で剣振って出力押さえて頑張れば上手く勝てたかもしれない。しかし結局そういうタイミングは来なかった。斧で的確に間を取り続けられ、間合いに入れても裂空虎砲を打つタイミングはなかった。負けた事は普通に悔しい。
 瞬間的に判断して反射で動く能力に関してはアルベント、もとい獣人に敵う事は無い。やはり戦場においてはとても厄介な相手である。
 獣人の扱いは酷かったが街の主が変わってこの街での立ち位置が変われば人間との交流も多くなり、これから良い方に変わっていくのだろう。その祝福も兼ねて俺は最後に握手を求める。
「おめでとうアルベント! また遊びに来るよ!」
「ああ、とは言え私は殆どここには居ないが」
 折角立派な家なのに勿体無い。とは言え傭兵の仕事で次の依頼も来ているという。単体で強いアルベントだからこそそういう仕事の取り方も成り立つ。結局は遠くに出なくてはいけないのでこの家に帰る事は少ないということだ。
「次の仕事は?」
「ああ、翼人から依頼が来ていたらその任に当たろうかと思っている」
 俺はそのその言葉に驚く。
「ええ!? 翼人って、前に喧嘩したじゃん、大丈夫なの?」
「ふむ、手合わせしたから来た仕事とも言えるがな」
 世界とは何が起こるかわからないという事か。
 というか赤鷹が来ているという話があったのに居なかったのはそういうことか。
「試合の日に翼人が街に来て、私を訪ねた。
 用件は軍務の参加で防衛の仕事だった。
 額面は悪くなかったが、大会には出る為に一度断った。
 彼本人が動き回っているのだから相当切羽詰まっているのだろうな。
 大会後でよければ向かうと答えた。私も大会に遊びで参加したわけではない。大きな意味があった」

 シキガミを倒したという事でアルベントは更に人々の信頼を得た。獣人の地位を守っているのは実質アルベントで、それを押し上げるのもそうだ。
 ワザワザ本人が着てまでアルベントに頼む仕事と言えばかなり重要な事になるだろう。
「そこで、一つ頼みがある。正確にはコウキではないが。
 ヴァンツェ大公」
 アルベントがヴァンを向き直る。ヴァンは静かにアルベントと向き合った。
 俺と違って立場をちゃんと理解していて、目上の人にちゃんと敬称をつけるアルベント。俺も見習った方がいいよなこれ。とはいえ近すぎる人に今更と言う話でもあるが。王様をおっちゃんと呼ぶのはいささかヤバイラインである。そこはもう王様に統一しとこうかな。
 ヴァンはお城ではヴァンツェ様と呼ばれているが、地位は大公。王家の次に偉いと思ってもらったほうがいい。普通の人がその地位に居るならば、もっと強面で覇気の強い人間でなければならないだろうが、ヴァンは全然フランクで接しやすい。彼がその地位に居られたのは王様や王妃様の信頼を得ていた事もあるだろう。その多才さと配慮の深さを買われての事。
 ヴァンと友人になると言うのは本当に幸運な事らしい。俺は前世からの行いが良かったからだろう。
「ふむ。セインへの輸送ですか?」
 まだ何も言っていないのにヴァンが薄く微笑んでアルベントに訊いた。
「察しが早くて助かる。勿論仕事として代金は出す」
 アルベントの打診にヴァンが少し間を置く。
「路銀は別に困っていませんので何か頼む事にしましょう。
 コウキ、何かありませんか」
「え? 俺に訊くの? じゃあ此処を旅の拠点として貸して欲しいかな」
 宿を取る必要がなくなって、距離も近づくので俺のマナの温存にもなる。獣人村はもう無いのであそこを拠点にする事は無い。キャンプよりはヴァンが居るのでジャンピングスターを使って村や町に戻って休むのが一番だ。だからこそ今回ちょっと可愛い服をファーナが選んでいるのである。
 此処を借りれば料金は俺達の宿代と言う事になる。長期になれば案外馬鹿に出来ない値段になるので拠点があるに越した事は無い。
 本当はグラネダに戻りながら、と思ったが流石にそれは時間がかかる。
 流石に断られるか、と思ったがアルベントはふむ、と頷く。
「なんだ、そんな事でいいのか」
「えっ。いいの?」
 意外な事にアルベントの反応は全然良いものだった。
「構わん。汚しすぎなければな」
「片付けに関してはわたくしが保障します」
 そう言って手を上げるスゥさん。先ほどまで片付けを行っていて、もうすっかりこの家には慣れているようだった。一番にキッチン周りを清掃し清潔を確保した彼女に掛かれば少し使用した程度の片付けは容易である事が分かる。
 アルベントは苦笑して安泰だなと言うとクルードさんを経由する事での俺達の立ち入りと宿泊を許可した。これはラッキーだ。宿を探す手間と宿代が省ける。
 ここに居る時にしか役に立たない約束ではある。しかし部屋は広く、使い勝手も良い。ここら辺では有数の良い家だ。
 ご近所さんには怪しい人じゃないよアピールも済んでいる。それはかなり大きなことだ。
 ヴァンはチョット悩んだがまぁいいでしょうとそれで手を打つことになった。
 この家には盗まれるような物は置いていない。長期に空けているので当然と言えば当然。
「実はな、此処は宿にしないかという打診がある。私が広すぎると言ったらクルードがそう提案してきたのだが悪くは無い。こちら側に人が来るようなら無駄に部屋数のあるここは宿にした方が良さそうだ」
「でもアルベントの家だろ?」
「私はあの一部屋あれば事足りる。武器の倉庫番はクルードがついでにやってくれるしな」
 そう言って自分の部屋である一階の部屋を指差す。まぁ実際の所広すぎてもてあまし気味だったようだ。それはそれでいいのかもしれない。
「うぉおい! このブラックスミス様を倉庫番扱いかよ!」
 アルベントの物言いにクルードさんが抗議する。
「あはは! 武器は武器屋にってね! 上手い事やられてるなぁ」
「ちぇー。まぁオレが命名貰えたのは三人のお陰だからな。
 さすがに上から三つがオレのになるとは思わなかったぜ」
「鼻高くしてっとへし折られちゃうぞ〜」
 出る杭は打たれるという。なり立てが一番色々な事を言われて敏感になる。
 とはいえ
「それもそだな。今回はアリガトよ。
 二位から下の扱いも雑だったしな、頑張ってくれたダチにオレから景品をやろう」
 二位から八位は同じファイトマネーである。扱いの雑さに地味に泣きそうだったがアルベントはかなり儲けが出たらしく、祝杯も来た者全員を驕ったことになる。羽振りの良さも勇者だ。

 そう言ってクルードさんは手荷物のようなものから二つの木の箱を取り出す。
 両手を並べたぐらいのサイズで結構良いものが入っていそうな箱である。
「お? これは何?」
「はっは、ご注文の品だぜ」
 と言う事は、とアキと顔を見合わせて笑う。
 出来上がったのはアレだ。
 木の箱を開けると銀色の刀身が眩しく光った。
「やった! 新しい包丁!」
「あら、良い艶ですね」
 俺の包丁を覗き込んでファーナが言う。
「少し形が違いますね」
 アキがそういって箱を近づける。それを見比べると確かに違う。
「本当ですね。アキの方が少し歯が細いでしょうか」
 ファーナの言うとおり俺のほうが少し大きめに作ってある。が、これは手の大きさに合わせて包丁の大きさを合わせたものだと気付いた。どうやって俺の手の大きさを計ったんだ……? 職人技と言うのを垣間見て驚愕する。
 日が当たると青白い反射光を出す。細かい線が包丁の表面にいくつも反射して、刃先に行くとスッとその光が集まってキラリと流れるように走る。
 頼んでおいた品ではあるがまだ三日しか経ってない。
「ていうか頼んだやつだよね普通に」
「はっはっは、超特急で準備したんだぜ?
 名前つきで彫っておいてやったからな。失くすと恥ずかしいぜ」
 キセルに火を入れてぷかぷかと吹かしながら笑う。
「うおっマジだ! 金属の所に名前はいってんじゃん! あっはっは! 消せねぇ!」
 裏返してみると確かに自分の名前が彫られている。アキのもそうで気合の入りっぷりが可笑しくて笑えた。
「愛用してくれよなっ」
 俺達の反応に満足げに頷く。あまりさらしておくのも物騒なので箱に仕舞いこんで蓋を閉じる。
「後で巻く布買っとかなきゃ」
 箱は大きいので布に巻いて使う事になる。箱はルーメンに持っておいてもらうか捨てる事になるだろう。
「おっと、ちゃんと鞘も付いてるんだぜ? 箱の裏に入ってる」
「マジで!? 完璧じゃん……ブラックスミスの仕事かー尊敬しちゃうなー」
「へへへ! もっと褒めても良いんだぜー!」
 ひゅんひゅん尻尾が動いている。どうやら褒められて嬉しいようだ。

 アルベントの方も話は纏まったようで、準備を終えてすぐに出発する事になった。クルードさんは見送りはしない派だと言ってその場には来なかった。またなという簡単な挨拶を別れ際にしただけである。
 二人の信頼は厚く、聞けば戦場を共にした戦友、そして負傷して支える側に回ったクルードさんの苦難の道はあの飄々とした態度からは想像もできないものだった。今回祝杯で酔ったところで色々と聞いた。

 一度此処で修行を初めたが獣人への酷い弾圧から命からがら逃れ、獣人村に店を出した。鳴かず飛ばずで身内が戦争に幾分を捌いて何とかやっていただけだった。アルベントが戦果をあげてようやく買い付けに来る人間が来るようになった。初めは村の人が警戒してしまってそれを何とかする所から始まった。
 人間は怖くない事を教え、商人に村に良い商品を届けてくれるように頼んだ。交流を深めてお客を増やすのは商人もよしとする所で積極的に色々な商品をその村に届けてくれ、村は少し大きくなって、クルードさんのところにも客が来るようになった。
 そこから数年間はひたすら剣を打ち続けた。スランプにもなって、売れない事もあった。人手が足りず大型の依頼に酷く苦労した。そんな話が無尽蔵にクルードさんから出ていた。全然人には見せない苦労をこの人が酔った時にだけ聞ける愚痴話をアルベントは全部知っていてただその話を聞いては笑っていた。
 あの二人にはそんな歩んできた長い道があって、今それぞれの高みに立った。それを誇っているし、これからもぶれるつもりは無いのだと酒が入って居てもただ真剣にそれを言った。
 戦に立つ道も職人として生きる道もどちらも楽なんかじゃない。荒んで何度も心折れそうになったようだ。

 それでも――親友の為に頑張らなきゃぁいけねぇ。

 ただその言葉が印象的で、ちくちくと心が痛んだ。
 最前線で命を掛けて頑張ってるやつが居るのに、自分がこんな事で折れるわけにいかねえんだとずっと言い聞かせていた。その手に宿ったブラックスミスの称号を誇らずには居られない――クルードさんは包帯を巻いた手をグッと握った。

 野暮な言葉は要らない。本当の意味で出来た親友関係である。いつも通りという言葉で殆どが通っていつも通りに戻ってきたアルベントをいつも通り出迎える。だから此処にはクルードさんは居なかった。
 ブワァっと青白い光がアルベントの家の中庭で光る。空色の術式陣は風を巻き起こして今にも皆を飛ばさんばかりである。
「アリガトなアルベント! 次は負けねー!」
「ああ、また戦えるならその時を待っている!」
 暴風の中で手を振ると不敵に笑ってそう返した。次の戦場へと羽ばたく。
 休む間もなくである。そんなので良いのかと問うといいのだと彼は答えた。
 次の戦場へも勝つために。勝つために――勇者が馳せ参じる。
「では飛ばします!」
「ああ!」
 ブワァっと風が渦巻いて一気にアルベントを空の彼方へと運ぶ――。

 セインに向けて飛び立ったアルベントを見送ってすぐ――俺達の旅立ちもやってきた。
「さて、私達も行きましょう。
 準備が長くなってしまいました。さあコウキ、真ん中に立つのです」
 巨大な術式のはずなのに涼しい顔でもう一発その術を打つ為に俺の肩に手を置く。両側にアキとファーナ。そしてルーはフードの中に既に入っている。
 スゥさんとロードさんはヴァンの後ろだ。何故かスゥさんがロードさんを薪の如く背負っていたが気のせいじゃないだろう。やっぱり移動時は荷物扱いである。
「あのさ、一つ聞いていい?」
「はい、何ですかコウキ」
「俺は目的地を叫ばないといけないの?」
「はい」
 眩しい笑顔でヴァンは即答する。
「おかしいよね、今アルベント別に何も言わなかったよね?」
「それはそれこれはこれです。もっともらしい事を言うと、貴方のマナを使用して飛ぶのでそれが必要なのです」
「もっともらしい事ってどーゆーこと!?」
 ヴァンは笑うだけでその質問には答えない。
「くそー! ルー! ヴァンを舐めろ! 舐めるんだ!」
「キュ? カゥっ」
「おっと、始めますよ」
 ルーメンの奮闘も虚しく、腕を伸ばして俺から距離を取る。ルーメンがパクパクする音が聞こえたがやっぱり届かなかったのだろう。
「さあコウキ!」
 ヴァンが俺に言う。
 仕方が無い。
「えっと、何ていえば良い? 塔はもう無いよ」
 ダルカネルの研究塔も、獣人村も無い。跡地だから跡地って言えば良いのか?
「無くとも思い描ければ行けますよ」
 人の名前でも行けるぐらいだし割と曖昧でも大丈夫なのだろう。
「そっか! んじゃあ出発! ダルっカネルのぉぉ!! とぉーう!!!」
「ノリノリじゃないですか」

 ヴァンの突っ込みの直後ブワァっと青白い光が俺達を押し上げるように沸き立って、フワッと身体が浮き上がる。
 ルーメンが全員を包み込むように球壁を張って、それと同時に俺達はダルカネルの塔跡へと飛び立った。

 この旅立ちで決めた。
 何か、本当にこの戦いで親友達を助ける手立てを見つけなくてはいけない。
 ヴァンの記憶が戻っても出来るだけ協力してもらえるように頼もう。

 俺も――親友の為に頑張らなきゃいけない。
 日の高く上る空に――空飛ぶ鷹の姿を見て、ただ無事を願った。

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