第228話『世界の変わり目』


「ようこそ帝都へ! 旅のお方ですね!
 お宿ご予約まだでしたら東テルマ通りのホテル・ルーベルをよろしくお願いしまーす!」
「安いよー! 取れ立ての果実はいかがですかぁー」

 賑わう街の中で、俺達はキョロキョロと辺りを見る。初めて来た街では大体辺りを把握する為に色々と見る。
 煉瓦作りだがどこか古い作りの家が多くみえた。呼びかけを行う人達は活気に溢れこの街の元気さを示しているようだ。

「城下町じゃないですかこれ」
「うん、つーか街だよこれ……」
「大きな国ですね……一体何処なのでしょうか」

 地下に下りたはずの俺達を迎えたのは巨大な街である。
 見上げれば空があり、俺達が降りて来た階段が居空間への道みたいになっている。

「これは凄いですね」
「……鏡の効果も此処まで出来ていたら呆れるな」

 ロードさんもため息を漏らすほどの世界。
 人種の壁は無い。ドワーフとエルフが並んで店を構えているし、獣人も翼人も人間も此処にいる。

「ここ、鏡の中なの?」
「……正確には術式の中だ」

 ロードさんがそう言ってしげしげと近くの建物を見る。再現率が云々と独り言をいいながら解析を始めてしまった。
 俺達はただその世界に圧倒される。生きていない世界だなんて到底思えない。
 今までの鏡の中は何かおかしかった。出てくる人間も思考が制限されているというか人としては不完全で人形っぽいというか――。
 それがここにおいては感じない。皆自由に生きている。
 ここは何処なんだ。

 グラネダは通りを市場にしていたがここでは通りには店舗を構えている店だけがあって、円形大広場で大量の出店が出展されている。
 取り扱っている商品は結構加工されていないものが多い。靴や服も少し古い印象を受ける。
 何より変だなと思ったのがグラネダの街で見たようなフヨフヨ光る玉をつけて歩いてる人とか、いわゆる“術士”っぽい人が居ないって事か。大体見た目で分かるのだが剣士ぐらいしか見当たらないのである。
 ファーナが言うには術式の歴史はまだ浅いとの事だ。百年も経っていない技術はその昔は“魔法”と呼ばれたらしい。
「つまり、ここは――過去の世界ではないでしょうか」
 ファーナがそう言った所でヴァンがパチパチと拍手をする。

「流石ですねリージェ様。ここは古代帝都の再現ですよ」

 ヴァンは右手の平を上に向けて街を紹介する。
 心の中で歩くベストアンサー認定をして、俺は手を上げて聞いてみた。

「古代帝都?」
「私達は大迷宮を歩きましたね。
 それがアレです」

 俺達は城の方を見る。
 強固に作られた城は大きく城壁を持っており、その中心部に高い塔と大きな階層を持った建物が見える。

「あれが古代帝都エルドラードの城です」
 ヴァンの指先を見て皆で感嘆の声を上げる。
「すげぇーー!」
「もっと見える場所がありますよそこに高い時計塔があります」

 ヴァンが指差した先にある時計塔。観光地となっていて、展望台には人が上がれるようになっていた。
 ぞろぞろと歩いて、人の居ない展望台へと上る。
 空の高さも、町の広さもそこから一望できる。更に街と同規模ぐらいあるのではないかと思える城の土地も圧巻である。
 その景色はこの国を一望できる絶景。

「すげぇー!」
「コウキさんさっきからそれしか言ってませんよ」
「だってすげぇじゃん! 高いし! すげぇ!」

 グラネダの城も、アルクセイドの城もでかい。まぁ使用人や重役家臣は城内に部屋を割り当てるので必要なのはわかるが、このエルドラードの城はその縦横二倍はあるんじゃ無いだろうかという大きさだった。
 要塞都市のような作りで強固な城壁が見え、はためく国旗が格好いい。

「しかし王に捧げる大迷宮とは地下に作られたものなのでは……?」

 ファーナがヴァンにそう訊くとヴァンは首を振った。

「いいえ。あの城そのものです。
 大迷宮となったのはこの国の王の死後の事です。
 人間不信から次の王を指名せず死んだ王の後は戦乱で国は分裂し、紛争を繰り返し滅びました。
 ドワーフだけがその王を悼み王を最上階に安置し、罠を張り難攻不落の城にしたのです。
 数百年の後に大規模な地盤沈下が起き、地下迷宮へと変わったのです。
 名前は失われたようですが、形が残ったのはさすが伝説の建築物と言ったところでしょうか」
 ヴァンと城とを視線が往復する。
 色々と凄すぎて何を訊いたらいいのかわからない。
 ファーナは少し考えるような表情をしていた。
「ここはじゃあエルドラードって超大国なのか! ん? 過去!?」
「違いますよコウキ。エルドラードを再現した“世界”です」
「世界?」
「そう。ダルカネルは世界を創りたかった。
 神になりたかったのです……。
 まぁそれが成される事は無かったわけですが」

 ヴァンは少し遠くを見る表情をしてから眼を閉じる。

「ヴァン……?」
「この狭間の世界とて創る事は楽ではない。
 しかしダルカネルは此処まで作ってやっと自分が成りたかった“神”とは、この世界の神ではないと気付いたのです」
「ヴァンツェ!」

 叫んだのはファーナ。
 尋常じゃない程、何かの恐れるような、泣きそうな表情だった。

「貴方は“誰”なのですか――!」

 この世界を。悠々と語ってみせるヴァンツェ・クライオンにそう投げかけた。
 ヴァンはゆっくりと数歩踏み出て俺達を振り返る。

「この世は全て作り物。偽物。
 しかし生きる者がいる。
 贋作とは言え世界は世界。
 曲がりなりにも世界。
 故に神は存在するのです」

 俺達を振り返って薄く微笑む。
 いつも見せるはずのその笑顔はどこか冷たさを感じた。

「私の世界へようこそ」

 ヴァンは小さく一礼をしてから顔を上げた。

「かの世界で“神言預者”を務めたヴァンツェ・クライオンとは」

 自分の胸に手を当てて俺達を見る。
 今までのヴァンとは違う。
 確信を得た眼は強く光を宿しているように見える。

「“この世界”の神と呼ばれる者です」



 衝撃の真実に俺達は言葉を失う。
 ヴァンは指を一つ鳴らした。
 音が響くと同時に俺達のいた景色が真っ白に変わる。

 全く何も無い世界に変わった。
 その世界を消したのか、移動したのかは良くわからない。

「え、あれ!? どうなってんだ!」
「消しました。映っていたエルドラードの世界は不要なものですからね」
「……素晴らしい。此処に世界を打ち立てて二人で暮らそう」

 ロードさんの熱い告白がヴァンに放たれる。
 まぁロードさんは見るからにヴァンに依存してるっぽい感じではあった。スゥさんも結構危ないんじゃなかろうかと思う揺さぶりである。
 しかしスゥさんは意外と普通な表情でそれを見ていた。
 そしてヴァンもロードさんを見て言う。

「ロード。貴方は知識の人間です。そういう世界が楽しいと思いますか」
「……ヴァンツェが居るなら」
「違いますね。感情は時間によって鮮度があります。そういうのも何れ疑問か無に変わるでしょう。
 時間が進めば劣化する思いは行動によって新たに起こる新鮮な感情を楽しんでる。
 現に貴女は私に殺されてその変化を受けているでしょう。貴女は変わる。人は移り変わるものです。
 本を読む、研究をする、貴女はそういったことが好きでやっている。
 この世界を司る私が答えである以上、この世界での楽しみと出会う事はありません。
 閉じた世界で、生きているという感情を得ることが出来なくなります。
 肉体は腐らずとも、精神が、心が腐ると貴女はただの人形です。
 私に人形を愛でる趣味があるとお思いでしょうか?」

 ヴァンが言った言葉は色んな事を含んでいて、ロードさんとスゥさんは珍しく驚愕の表情を浮かべていた。俺とアキは首を傾げたが。いや、考えない人形に興味はないと言うのは分かったけど。
 ファーナは複雑な心境から一人何かを考えているようだった。

「しかし私はプラングルではいわゆる“人並み”です。
 確かに能力は秀でているのですが、それでもロードのように専門分野に深く行った人間に感心を覚える事がある。
 コウキのように特別な人間を見れば興味も嫉妬も湧く。
 プラングルの神の元、限りなく私は人だった」
「ヴァンは神様なの? 人なの?」
「この世に於いては神です。
 しかしプラングルでは違う。
 世界に生まれたイレギュラーです。

 コウキ、貴方と同じく生の中間に呼ばれた者として出現した、世界の異物なんですよ」

 ――神がかった加護を受けていると思いきや、神様自体だった。
 圧倒的に違うのは俺達と同列に存在出来ていると言う事。
 嘘だとはあまり思わない。実際景色が存在していた場所に無くなった。
 何らかの方法で同じような事が出来たとしても結局凄い存在だと言う事に変わりは無いし、そもそも俺達を騙す意味も無い。

「そう、だったのか……」
「しかし、私と貴方では決定的に違う」
「まぁ確かに全然違うとは思うけど、何が決定的なのさ」
「望まれていたかです。
 貴方は神々に望まれて生まれた存在。
 私は狭間の――この不安定な世界から世界に投げ出された望まれていない存在。
 ……私は誰なんでしょう。
 真実を知る事により曖昧になってしまいました……」
「曖昧になった……ですか」
「偽物の世界と分かっている以上、この虚無感は堪らない物がありますね……。
 まぁ放棄して人の生を謳歌していた私が今更これを目の当たりにして感じた事は、この程度で“世界”と呼んでいる事の小ささでしょうか。
 まぁ手が行き届いているという点で、あちらの世界とは違うレベルで住みやすいですけどね」
「そうなの?」
「例えば貴方がたは、この世界では神子とシキガミという役割を負いません。
 世界が違いますから」
「世界が、違う……」
「少なくとも生まれてきていきなり20歳を超える確率が12%程度だとは言われません」
「12%?」
「シキガミとして戦っていると生存率は八分の一ですからね。勝ち残りとはそういう事です。
 同じく、死んだ人間をいきなり『キミは勇者だ。こっちで生きてこの子を助けてくれ』とも言いません」
「そっか……」

 俺達に降りかかっている理不尽は、ヴァンの世界では起こらない話。

「それを此処で終わりにしませんか」

 俺は少し考えた。
 何となく視線を外して眼を閉じて明けて、ヴァンに言おうと思った事を言う為に、顔を上げた。


 目の前に居た人は、銀色の神をしていたはずだが金色に変わっていた。
 加えて癖の無いストレートだったけれど緩くウェーブの掛かったレモン色。
 背の高い男性で俺がいつも見上げていたのに、そこに居た人は目線の高さはそんなに違わない。
 ビターチョコのように深い色になって居る扉を開けてそこに立っていて俺達は灰色の煉瓦の地面の上に居た。
 空は高く青々としていて、長閑な空間だが、城という灰色の煉瓦に囲まれていて少し息苦しい気もする。

「ああ、お姉様!」

「え?」
「ア、アイリス……?」
 俺だけではない。ファーナも驚いて辺りを見回した。
 先ほどまでの空間ではなく、俺とファーナ以外はこの場に居ない。

 良く見知ったグラネダの城の中庭で、出迎えてくれたのか鉢合わせたのかは良くわからないがアイリスがそこに居た。
 俺達を見送った姿と変わらず、彼女は元気な笑顔を顔に浮かべて勢い良くファーナに抱きついた。アイリスの方が身長があるのでその姉妹の歳の上下を間違えそうになる。
 けれど、二人の話し方を見て居れば自然とその関係は理解できる不思議な姉妹だ。
「よくぞご無事で戻られました!」
「アイリ、ス、なのですか?」
「何をおっしゃっているのですかっ!
 わたくしはわたくし、アイリス・フォーメル・マグナスです!
 もしや戦いのショックで記憶が曖昧になられたのでしょうか!?
 ならば語らねばなりません! わたくしが初めてお姉様と合った日からです!
 わたくしが初めてお姉様を見た日、綺麗でかわいい方ですね、とお母様に言いました。お母様はわたくしに『あの方は貴方よりも一つ歳が上の方ですよ』と笑っていました。想えばあの時に既に気づくべきでした。わたくしは歳を問った訳ではない。でもあの人は正確に一つ上だと言って笑ったのです。あの時既にわたくしが気にかける事を少し喜んで居たのです。お姉様聞いてます?」

 この元気さと勢いは間違いなく彼女なのではなかろうか。
 あまりの唐突な出来事に混乱する。俺は一体どうなったんだ――?
 ファーナもそうなんだろう、俺とアイリスを交互に見てうろたえる俺から自分と同じ立場だと言う事はそれとなく理解できたようだ。
「ど、どうなってんの?」
「わかりません……ですが確かめます。
 すみませんアイリス、話は聞いているのですが……ではコウキと会った日の話から」
 ファーナが確かめる為に俺とあった日からの記憶を彼女に問う。
 アイリスはスッと背筋を張って満面の笑みで答えた。
「はい! 私は空を裂くシキガミ様を負い、神殿へ行く許可を求め、お父様の執務室へ向かいました。
 職権でも特権でも乱用してでも会っておきたかったのが、シキガミ様なんです。
 会いに行く許可は下りませんでした。
 でもいい事を教えてやると、一つ秘密を教えていただいたのです。
 神殿に住むリージェ様はお前の姉だと。
 初めてお父様をひっぱたこうかと思いました。
 でもやめました。
 走ってお姉様に会いに行く事にしたんです。
 兵士を通り抜けて、手すりを滑って、ドアを蹴っ飛ばして。
 お姉様に会いました。
 その日わたくしの名前を呼んでくれたのが本当にうれしかった。
 お姉様はわたくしを知っていたのかもしれませんが、わたくしはずっとわたくし一人だと思っていたからです。
 それから毎日、楽しくて仕方ありません!
 お姉様やシキガミ様とお茶をしておしゃべりするのも!
 ヴァースだって居ますけどお忙しそうですし……」
「ヴァースにアイリスのほっぺが爆発しそうって伝えとくよ」
 ちょっと彼女が寂しそうな表情をしたので、そう言ってみる。すると上目遣いに頬を膨らませて恥ずかしそうに彼女は言った。
「もう、シキガミ様っそれではわたくしが催促しているみたいではありませんか!」
「うーん。こういうときはどうすればいい?」
「コウキがお二人をお茶に誘えばいいのです。
 ヴァースも流石に来ざるを得なくなります」
「そうなの? 普通に僕は忙しいんで楽しんできたまえ的な事言われない?」
「アイリスが行きたがれば流石にそこはヴァースですから来てくれますよ」
 そういうものなのか、と首を傾げてから問題はそこじゃ無いとかぶりを振った。

 アイリスと話を終えて、少しファーナとシンキングタイムに入る。
「ふぁ、ファーナこれ本物なんじゃないの?」
「本物かもしれません、どうしたものでしょうか……。
 一先ず神殿に戻るのはありでしょうか」
 確かにこれでは確かめようが無い。
 グラネダに瞬間移動したって事か?
 ヴァンはそんな事が出来るとは言わなかったけど、神様だしできるようになったのかも。
 でもそれならワザワザ仕掛けの複雑な地下に何日も掛けて準備して連れて行くだろうか。

「何をお二人でひそひそと……もしやわたくし何かしました?」
「いや、そうじゃないけど、とりあえず一旦神殿に戻って二人で色々整理しようかって」
「あっ……はい、その……分かりました。
 お話したいのですが、二時間ぐらいあとで行けばいいですか?」
 何か壮大な勘違いをされているような気がするがとりあえず話を纏めるなら二時間もあれば十分だろう。
 アイリスに一礼すると俺はファーナの手を引いて神殿への道を足早に進んだ。

 ヴァンは何処へ行ったんだ――?
 俺はこの事の発端の存在を考える。
 明らかにヴァンが何かをやった。
 もしかしたら本当に瞬間移動的なものでグラネダに飛ばされたのかもしれない。それで一体あそこに行った意味は何だったんだとなるが。
 それに他の皆が居ないのも気になる。
 一体どうなったんだ。
 それを俺達が知るためにできることを二人で話さなくては。
 安心出来てしまう空気があるこのグラネダの城をなるべく見ないように俺達は



 ・・・・
「おかえりー」

 自分にそんな事を言ってくれる人間は居ない。居なくなった。
 この家は私しか帰る人なんて居ない。自分すら帰るかどうか怪しい家になったというのに。

「お父さん、お母さん……」
「ん? どったの? 幽霊でも見てるみたいな顔しちゃって。こっちきてこれ味見してくれる?」
 コトコトと熱そうに湯気を上げるお鍋の中身には沢山の具材が入れられている。
 あの人が作りそうな食事。暖かくてとても懐かしい匂いがする。
 わたしが動かない事が気になったのか、お父さんは新聞を読むのをやめてこちらを見た。
「どうした、何かあったか?」
「う、ううん、なん、でもない」
 慌てて何かを取り繕うように言う。
 ここは自分の家だ。見慣れた場所に見慣れた物がある。でも確実に違和感があるものもある。きっとそれは母親の持ち物だろうとわかる。
「ふふ、シルヴィアが料理をするからだな」
「なにをー! アタシだってご飯作れるんですぅ!
 そりゃあ、アキにはもうとっくに追い抜かれたけどさ」
「ははは、私も好きだぞお前の作る料理は」
「ああも、やだ、ちょっと惚気ないでよ! もー!」

 理想的な、家族。
 両親が生きていて。
 わたしが居ればこんな感じだろうか。そうだろうか?
 若干の疑問は覚えるが無くはない。あの人も落ち着いて生きるなら料理ぐらい頑張ろうとするだろう。

 しかしこの暖かい家はもう誰も居なくなったあの家とは違う。
 ここは私が帰る家じゃない。
 こんな場所は無い。

「今更じゃないですか、こんなの……!」

 ズキズキと胸が痛む。
 こう在ればよかった、というのは夢でしかない。
 実在しているかのようにここにあるのは卑怯だ。

「アキ……大丈夫よ。もう旅に出なくていいの。一緒に暮らしましょう?」

「そんなの無理ですよ……!
 わたしはもう、居なくなった事を受け入れたんです!
 わたしは剣を!」
「剣なんか、要らないのアキ」
「お母さ……でも!」
「貴女が傷つく世界は嫌だから。
 私たちはここに居る。
 ここに竜士団の使命は無いの」
「そ、そんな」

 わたしはお母さんが望んだ世界を知らない。
 父の世界も正確に理解しているとは言い難い。
 これが本当に望む姿なんだろうか。

「皆で一緒に暮らしましょう? アキ」
「う、あ……お母さん……! お父さん……!」

 わたしより小さい華奢な母。
 わたし達二人を纏めて大きく包んでくれるお父さん。
 幸せな家族。
 こんな二人が居てくれればきっとわたしは弱いままの普通の女の子で。
 きっと幸せに暮らしていただろう。



「此処で終わってしまえば……これで。ハッピーエンドだと思いませんか」

 両手を広げてヴァンツェ・クライオンは二人に言った。
 幸福に見える事が重要なのだ。それだけを満たせば、十分な話だと。後の事は時間と平和に擦り切れて消える。思い出になって味のしなくなる話。
「……人生という物語のハッピーエンドの定義か。
 確かに主人公と決められた人物が生きて幸せに暮らせばハッピーエンドなのかもしれないな」
 ロードは顎に手を当ててそういった。
 スカーレットは黙して俯いた。
 浮かばない表情ではあったがそうなのかもしれないと頭にめぐらせる。
 彼女の答えとして出るにはまだ時間が掛かるようだ。

 ヴァンは二人に歩み寄って、少し後ろを振り返った。幸せな家族三人が暮らす家。

「――ようこそ私の世界へ」

 そう言って、姿を消す。
 世界は――穏やか。

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