第228話『偽物の世界』
「おおぅ……まだジンジンする」
「レンガを殴ったりするからですよ……別の方法で確かめればよかったではありませんか」
この世界が鏡のフェイクなら割れるんじゃなかろうか。
そう思って不用意に壁を殴った結果が現状である。ヒビとか入ったかもしれない……一応キュア班に行くべきだろうか。でももう怒られまくりんこだからな。
神殿へと戻ってきた俺達は現状の考察をする。
一応パッと見、アイリスも兵士達もどうやら本物っぽい。昨日まであった事のやり取りを談笑できる程度にここはグラネダである。
神殿に戻るとスゥさんの代わりに当てられたメイドが出迎えてくれた。
あとは人を殴るしか確認する方法が無いけど、割と死ぬ瞬間までわかんないしなぁ。
「やっぱりヴァンに会うしかないな」
「しかし、どうやって。
このグラネダを見るだけでもウンザリするほど広いと思いますが」
「泥ざらいも警察には必要な仕事なんだぜ?」
「いえ、時間をかけると逃げられてしまいますし」
「うーん。じゃあ、灯台下暗しで執務室」
「スゥが居ないのにヴァンツェが居るわけありませんよ……。
此方に部屋を移す人は居ませんから、空き部屋にはなりますが」
「そうなの? ちょっと覗いて見るか」
ちらっとのぞくだけ覗いてみようとヴァンの執務室へと足を向けた。どうせ一階に居るのだしついでにという意味合いが強い。
ガチャっと扉を開けてちらりと中を覗き込む。カーテンが引かれており、少し暗い。日の熱気が篭ったような室内の匂いがして、目を細めた。
そこには当然ヴァンは居なくて、主人を失った椅子と机が物寂しく映る空間になっていた。
「やっぱ居ないか」
「そうですね……。ここにヴァンツェが居ないのは、寂しいですね……」
ヴァンツェ・クライオンの消えたグラネダ。
静かに消えた賢者の後が騒がしくないのは彼の能力の高さを示している。
旧い友人を失った王様達も寂しくなると同じ事を言った。
いつかはこうなる事だった。
でもこうやってヴァンの旅を一緒にしたかったのは、あの二人ではないのだろうか。
不意にファーナが部屋へと入っていく。何となくそれを見届けてから俺も部屋へと足を踏み入れた。
「ヴァンツェとは……この部屋で遊んでもらったり勉強を教えてもらったり……一番記憶にあります。
あそこに飾ってある眼鏡はわたくしが最初にプレゼントしたものです」
「そういえばなんで眼鏡?」
「ヴァンツェは悪い人ではないのですが、顔立ちが綺麗なのと切れ目なのでよく“気に障ったか”と訊かれる事が多かったそうです。
だからわたくしが少し雰囲気が少しでも丸くなるように眼鏡を贈ったのです」
「そうだったんだ……掛けられた眼鏡の分だけのエピソードがあるってホントだな」
「ふふ、それは誰の言葉ですか?」
「眼鏡をかけた俺の従兄弟だよ」
まぁアイツは普通に本の読みすぎで眼が悪くなっただけっぽいけど。
ファーナの思い出はこの部屋にたくさん詰まっているらしい。机の傷にもあれは初めてお茶を持って来たときにお盆をぶつけた、なんて言って笑っている。何気ない物がすべて彼女の思い出になってしまった。
久しぶりに押入れを整理したら出てくる思い出の品々は、少し自分をやるせ無い気持ちにさせる。積み重なったものを見る時にどうしても今の自分に繋がるまでの道を確認させられるからだ。
懐かしいという感情からファーナが色々な表情を見せながら語ってくれるのを聞く。
こうやって自分の事を深く話してくれるのは珍しい事だ。
「ここで終わりなのでしょうか」
ふとファーナが話の切れ目でそう呟いた。
俺に聞いたのかどうかはわからないが少し間が出来たので言葉を挟みこむ。
「……ファーナはそれがいいの?」
「正直、よくわかりません……」
「俺は気持ち悪いからやだな」
「それはそうですね……。
メービィは一体どうなったのでしょうか」
「助けてないし」
「……わたくしだけの話なのですが。
神子は神々と繋がっている確証として半分ほど、夢の意識共有をします。
今、貴方に会っていない彼女は夢を見続けるはずなのです。
わたくしには……それを感じられないのが心苦しいです。
でも、だからこそ……終わってしまったのかなと、思うのです」
「寝てるんだ。結構俺らの事見てるんだろうなって思ってたけど」
「見ても居ますよわたくしの記憶は彼女にもあります」
そういえばそうだったっけ。何度か聞いた事があるのでそう納得する。
「……思い出したんだけどさ。
最後に俺の願い事を聞いてくれた神様が居るんだ。
前の神子って呼ばれてた人」
「はい」
「神様を受け入れた時、自分に足りなかった物が埋まったって言ってたよ。あれはあの子だった」
「そうですか……」
「こわい?」
俺の問いにはファーナは首を横に振る。
自分じゃなくなるかもしれない事を憂いていたと思ったけれど案外そうでもなかったようだ。
「いえ、少し怖かったのですが、今はそうでもないんです。
それにわたくしよりも誰かになってしまった事を恐れているのは貴方の方ですから」
「あはは。そうかもね。
まぁでも、昔の事っていうか、ドラマ番組の中の話っていうか。
他人事なんだよ」
「それはよくありませんね」
「そうかな」
良くないと言われても困る。困った時は笑ってしまうのが俺の癖。大概俺の国はそうだったのかもしれないが。
ファーナは真面目な表情で俺を見て頷いた。
「わたくしは貴方が生きてきた全ての時間に価値があると思います。
だから貴方がそれを他人事で片付けるのは……寂しいですね。
もしわたくしが、その立場だったらとても寂しいと思います。
そうなのでしょう。人には同じ歳を二度と過ごす事は出来ない。
ですが並列する貴方を、貴方が“誰か”と呼んだ時……
わたくしの事も……アキやヴァンツェの事も。
まるで忘れたようではありませんか」
「覚えてるよ、って言いたいけど。
覚えて無かったよ……」
忘れるわけが無い。俺にとってこんな大事な記憶は無い。
そう思ってはいるのだけれど結局俺は忘れてしまった。
前の神子の名前は已然として出てこない。
出てきた所で今はどうする事も出来ないのだけれど、せめて覚えていられればと思った。
だから眼を閉じてその記憶を追うように思い出す。
脳の奥がチリチリと熱を出し始めた――。
「あの子の……名前は分からないけど、雪国の神子で、外で遊ぶのは楽しかったな。
ああ、神子の付き人。居たんだけど、すげぇツンツンしててさ、なんでかなぁって思ったんだけど神子の事が好きだったらしくてね」
「妬かれていたんですね」
「だったらしい。大変だったよ、頑張ってつり橋とか新時計塔の上とかに連れ出してとりあえず俺一人は飛び降りてみるって言うのをよくやったよ。
最終的に仲良くなったかは……忘れた……」
「そうですか……でもコウキなら仲良くなってますよ」
「うん、そうだといいけど」
そこまで言って、脳の熱に呻いて記憶を辿るのをやめた。
ここまで当てにならない記憶もめずらしい。本当に合ってるのかよ、と自分に言って笑い出す。
もうここまできたら俺が気にするべき記憶ではないのではと思う。
「……そうだ。
俺が気にしても仕方ないんだよ。
自分で託した分も汲めないなら、俺は何やってたんだってことになるし」
天井を仰いで言った。
自分で自分に投げておいて。それが全うできないなら何をやっていたんだという話だ。
「そうですよ。
貴方は貴方で真っ直ぐに歩けばいい」
本当に凹むとそうはいかなくて心が痛むばかりで進もうとはしなくなる。
真っ直ぐ歩いてるなんて、そんな人はいない。誰を見ても悩んでは足を止めて、傷ついては座り込む。俺だって例外じゃない。
でもきっと俺は馬鹿だから。それでいいといってくれる誰かを信じてまた進もうと思うのだ。
「わかった! ありがとう! なんかすっきりした!」
「いえ。お力になれたのならば幸いです。
此方の世界の話はわたくしを頼って下さい」
「うん、頼ってる」
「……コウキは案外頼ってくれないと思います」
「え? うーん、まぁ頼るって自分で何とか出来ない時だろ?」
「……コウキは強いですから、良くその言葉を飲みこんで我慢してしまうのですよ」
「そうかな? 俺結構我が侭言わせて貰ってる。
それにファーナがこうやって聞いてくれるから大丈夫だっ」
「何を言ってるんですかもう……」
気恥ずかしい雑談を切り上げて俺は城へと向かった。
勿論色々と確認する為である。
まぁ結論から言うと。
すぐにこの城は違うなと分かった。
城を歩けばアルゼマイン・カルナディア隊の健在している。普通に驚いた。エキストラ使いまわしなの?
顔を知っていて話したこともある騎士達が自然に城を歩いているのをガン見して俺が訝しがられた。そもそもアルゼがグラネダに居る。「サシャータ遠征は?」と聞くと何の事かと首を傾げられた。
世界に分ける十字傷も、月の傷も無い。恐らく俺の付けた大地の傷も無いだろうしもしかしたら前回のシキガミと神子もこの世界には居るのかもしれない。
此処は何なんだ、とグラネダを一望できる見張り台の上で悩んでいると下で声がした。
「コウキさーん! 下りてきてくださいー!」
アキが呼んでる。それに手を振って応えて、見張り塔の中にある梯子の横の棒を掴んで滑り降りた。
「此処を出ましょう!!!」
ファーナの部屋のテーブルを勢い良く叩いたのはアキ・リーテライヌである。寝ていたルーメンがピクッと顔を上げてアキに焦点を合わせた。それは俺達も同じで皆の目はアキに集中した。
物凄く焦燥した表情で俺達にそう言った。
「ど、どうしたんだアキ。
この世界ってやっぱ本物じゃないんだ?」
「偽物ですよ! この世界には、お父さんもお母さんも居ますし!
それどころか竜士団だった人が村にいっぱいいるし!
アイシェもアイルもついでにディオも!」
声を荒げて言ってグッと何かを堪えるように上を向く。
「“理想的”なんです……!
そうなんですけど……、わたし……!」
「アキ……」
何かに耐え切れなくなったかのようにポロポロと涙を零し始める。
ファーナが優しく彼女に手を差し伸べて、肩を抱くように抱きしめる。
それはそうだ。アキはそんな事をしたら傷つくに決まってる。
アキには無かったものだ。欲しかったに決まってる。
別れを告げたものが――再びそこに現れる。
奇跡だと喜べないのはこの世界が最初にヴァンによって作られた世界だと知ってしまっているから。
そして、元の世界があるという確信があるからだ。
だから余計に優しくしてくれる、限りなく本物の幻が辛いのだ。
「そうですね。ここはありえない世界です。
わたくしもそれを感じました」
ファーナはそういってアキを宥める。
アキはファーナの手を握ってついに泣き出してしまった。
俺は自分のコーヒーに視線を落としてからそれを飲む事にする。やっぱりカフェオレがいいなぁと少し甘い事を思った。
苦さを失った現実味の無い世界。アキを見て俺達も痛感させられる。
この世界は偽物だ。
「じゃあそろそろ出よう!」
「出ようって、どうやってですか」
「裂空虎砲でなんとかできないかな」
「最近便利になりましたね貴方の技は……」
切り拓く意志の形として使う事ができる裂空虎砲。
攻撃よりもありがたい話だと思う。
それを言うと怒られそうなんだけど。
俺達は超広範囲な技を撃つ為にグラネダの街からでて広がる広大な土地の中心に行く。見晴らしのいい場所で此処からはグラネダの城壁も城も視界の中に入る。つまりグラネダからはかなり遠い場所だ。
ここが戦場になったとき、真横に俺が斬り付けて一本土が抉れた線が入ったはずなのだがそれすら見当たらない。
色々と無かった事になっているこの場所は一体何なんだろう。アイリスの会話自体はちゃんと俺達が旅立った日までの事があったというのに。
隠して継ぎ接ぎして無かった事にして。
確かにこの世界は綺麗なのかもしれないなぁと青々と茂る草木を見て思う。
グラネダを眼中に入れる事が出来る距離まで来てこのへんかなと宝石剣を抜いた。
「よし! やるぞファーナ!」
「えっあ、はい。わたくしもやった方がいいんですか?」
「あっち向きにやろうと思って」
ファーナに確認を取ったのはグラネダ方向を向いてからだ。
当然ファーナもアキも驚いてすぐに俺を止める。
『えええ!?』
「コウキさんそれは不味いですよ!」
「国には人が居ます!」
「うん。目的は大量殺人じゃなくて、ヴァンの炙りだしなんだけど他にいい方法ある?」
正直に言うとヴァンがこれで出てこなかったヴァンじゃないぐらいの勢いでもいいと思ってる。
理不尽な暴力とか大っ嫌いだから。
「うぅ……思いつきませんが……!
裂空虎砲で、この世界を裂くのではないのですか!」
「それもできるかもしれないけど、ヴァンには会えないだろ?
俺達が逃げ出して終わりってならないか」
「そうかもしれませんが……!」
「まぁ、ファーナと一緒にやるなんて酷だよな。
でも一人だと心もとないし。
アキのファイアブレスはだめ?」
「わ、わかりました。意味があるならやります」
「意味が無いと思ったの?」
「説明不足すぎですよ! いきなり言われたら誰だって困惑しますっ」
「それもそうか!」
「でも! わたしもヴァンさんには言いたい事ありますし!」
「アキはヴァンを出会いがしらに一発殴って良い!」
「はい!」
「フォローできませんね……」
ファーナはハラハラとした表情で此方を見ている。
俺はアキと顔を合わせて頷くと、それぞれ剣を掲げた。
「出てこないと恨むからなヴァン!!」
何処に向かって言っただろう。空の彼方に吸い込まれていって、それでもなんとなくヴァンは来るんだろうなという感覚に笑った。
「術式:裂空虎砲!!」
「術式:竜虎火炎砲!!」
ゴォ!
黒鉄剣と宝石剣の二刀が白く光って剣技最強を謳う裂空虎砲。そして俺達の気質に最も影響を受けたアキが授かった新しい竜の咆哮は高密度広範囲を灼熱の炎で焼き尽くす必殺技となった。
「いけぇぇぇ!! 双剣裂空ファイアブレスだーーーぁ!!」
本気で撃った。それこそ集束量超過を起こす寸前まで溜めて撃った一撃はまぎれもなく世界最強を誇って良い一撃になったはずだ。
アキのもかなりやばい。俺達の一撃が合わさって一面が真っ白になって見えない程だ。
巨大な音が空に吸い込まれ光の余韻の向こうに、三人の姿が見えた。
「……はぁっ、ああ……疲れたぞおい」
弱音を吐いて倒れたのはロードさんだろう。スゥさんが介抱を始める。
スッと翳した手を下ろしてパタパタと土煙を払うのは――俺達が探していた人物だ。
「本当にやるなんて……バカですか貴方達は」
銀色の髪を靡かせてヴァンは言った。
その調子は何時もと変わらず、涼しい顔で。
あんな事をしたのに彼は笑って俺達を見た。
「そうだよ。知ってるだろ?」
「それで私はこうやってのこのこと出てきてしまったわけですが」
「ヴァン、俺達はここから出たい!」
俺の要望を伝えて、すぐに目の端の影に気付いた。
「あと、歯を食いしばるんだ!」
ガゴォ!!
骨と骨がぶつかる音。つまり歯を勢い良く噛締めた音が響く。
「えっ、ぐぅ!!?」
ヴァンがアキの素早すぎるアッパーをモロに食らって自分の身長の半分ぐらい飛んだ。普段のヴァンからは絶対に聞けない苦痛の声が聞こえた。
ファーナすら開いた口が塞がらないという風に絶句し、さらにヴァンが地面に倒れこんでも無反応なくらい驚いていた。
「き、決まったああああ!
アキ選手の重いアッパーだあああ!
これはさすがのヴァン選手も沈黙! これは立てないか!?」
あまりにも見事な一撃に思わず実況の壱神さんとして参入してしまう。
「ヴァンさんのバカ! どうしてあんな事をしたんですか!」
アキの涙の理由は聞いた通りだ。“理想的”過ぎるという世界に傷口を抉られた。
ヴァンは一つため息を吐いてから何事も無かったかのように立ち上がって砂埃を払った。
その拳を怒っている様には見えず、ただ淡々、と行った風に腕を組み少し首を傾げた。
「何か駄目な所がありましたか?
クラハはもっと厳しい方がいいですか? 門限が一時間早まりますよ」
「そういうのじゃないんです!
この世界はわたし達を否定してるんです!
わたしがなんて言われたと思いますか!?
ここで暮らそうって、剣なんか要らないって言われたんです!
じゃあ、今までのわたしは何だったんですか!?
皆の流した血は何だったんですか!?」
「理不尽の中に飲みこまれたのは竜士団も同じではありませんか。
何を我慢するかを考えた時に、今までの事さえ諦めてしまえば理想の生活ができるんですよ?
それはとても好条件だと思いませんか。
何もかも捨てて……ここを理想郷としませんか」
ヴァンの言っている事は要するに――。
「それって死んでるって事だろ? あっちの世界で。
俺は嫌だよ。まだ見てない所もあるし、食べて無いものもあるし。
何よりまだ俺は役目を果たしてないし」
「びっくりしました。助ける事より食べる事と観光を優先されたのかと」
「そこまで薄情じゃないよ!
俺の役目はメービィとファーナを助けること!
ここじゃ出来ない!」
ヴァンが此処の神様だというのなら、これが神様への直談判と言う事になる。
俺は色々と考えたけど、結局納得行かなかった。
未練が無かったかと聞かれれば、未練はたらたらだったと答えるし実際姉ちゃんとのお別れは普通に辛かった。それでも死んだという事実だけを飲み込んでこの世界で生きていくって決めた俺が今の自分だ。
それをかってに殺されていい気分になれるわけがない。
俺達の視線をすぅっとなぞるようにヴァンが見て、一度目を閉じるとゆっくりと俺を見た。
「では。私を殺しなさい。
世界の崩壊が起きればこの世界から出れます」
「やだ」
「それが出来ねばこの世界はなくなりません」
「本当にそんな事になってんのか!?
絶対嘘だろ!
だって俺達鏡の出口見てるもん!
それならなんとか都市なんとかを探すし!」
「コウキそれ何も分かってませんよ……。というか
しかしそれだと時間がかかり過ぎるかもしれません」
ファーナに言われるがスッとファーナを見て言い返す。
「じゃあ、ヴァンと戦う?」
むっとした表情になってやっぱりすぐにヴァンを見た。
「……ヴァンツェ、これは本当に何とかならない話なのですか」
「はい」
譲り合う事は無い。
どちらも同じく自分の理想を押し付けている。
俺があの世界に生きる事。ヴァンがこの世界で生きろと言う事。
俺達を憂いたヴァンの厚意である。ファーナを頼まれたのは何も俺だけじゃない。当然ヴァンもだ。比重的にはヴァンの方が大きかっただろう。現に俺達はヴァンによって生かされてきた所が多い。
このまま話して居ても平行線だ。
「コウキ」
「ん?」
俺が少し考えている時にファーナが俺に言う。
会話の節目にそうした為自然とファーナにみなの視線が集まった。
「やってしまいなさい!」
その声に驚いたのは――俺だけではない。その場に居た全員が、彼女と彼女の視線の先を何度も見た。
ヴァンは笑いもせず無表情にただ俺達を見ていた。
「え!? いや、でもヴァンだよ? さすがに」
「いいえ。
彼もまた己が理想の為に剣を掲げた騎士なのです。
どちらの言い分も譲れないのでしょう?
貴方の理想には彼も含まれている。
そして彼の理想には貴方も私も含まれている。
ここは文句なし一発勝負でいかがでしょうか。
勝った者の言う事を聞くのが一番合理的です」
「んん!? なんか変な方に転がってない!?」
もし俺達が勝てば俺達は外に出れて、ヴァンに戻ってきてもらう必要がある。
ヴァンは俺達にここで何も考えずに幸せに暮らせといっている。この偽物の世界で。
「いいですよ。ハンデは要りますか?」
「要りません。場所をサシャータの端にして下さい。
貴方も全力で戦うんですよヴァンツェ。
わたくしは審判、スゥは見守り救護する係りです。
何か異存はありますか」
ファーナが仕切るが異存は出ない。
ヴァンはパチンと指を鳴らすと本当に今居た場所がグラネダ草原からサシャータの高原に変わった。神様と言うのを信じざるを得ないなぁ。と感心する。
とはいえここはヴァンのホームグランドとも言える。俺達はアウェーというレベルではない。じゃあどうやって勝てばいだろうか――。
『無いっ!!』
俺とアキが並び立つ。
ヴァンツェ・クライオンは不遜に佇んで俺達を見る。
そこに居るのは世界の神。
俺達は――その壁を、越える事が出来るのだろうか。
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