第230話『叫び』

「始め!!」

 ファーナの声がすると同時に俺の横から鎖の音が甲高く響いた。
 アキが剣を投げて下がるので俺が剣の後ろから追いかけるように走り出す。
 一緒に戦うというのも久々で、実はこういった形式で戦った事は何度かある。
 俺が剣を手にして間もないぐらいは肉体の基礎鍛錬と基礎訓練。

 お互いの癖は知り尽くしている。しかし俺達の手は全部知られて居ても俺達はヴァンの技の全てを知っているわけではない。
 しかも完全に相手の土俵だ。振りなのは分かっているがやるしかない――!

 パキィ!
 氷の壁に刺さってそれを突き抜ける。
 さらに物理障壁につき刺さって勢いを止める。
 フッと目の前から物理障壁が消えて、その穴に向かって思い切り蹴りこむ。
 バリィン、と分厚いガラスを割ったように砕けて消えるとようやく障害が無くなった。

 法術使いと俺達の決定的な差であるこの防御力。自分達の盾になってくれる時の心強さとは打って変わって使われる側になるとこんなにも面倒だ。

「……もうダメだ……」

 しかしそこで戦わずして一人倒れた。
 ロードさんは体力的な限界を迎えていたようであの壁は既にオーバーワークだったようだ。すぐにスゥさんに回収されてずるずるとファーナの後ろまで戻る。余り近くで戦うと危ないのでそれだけを気をつけよう。

「まぁ無理もありません。お二人の術式を凌いだわけですから。
 間違いなく世界最高の単体攻撃術を持った二人ですからね」

 そういいながらも笑みを消さないのは凌ぎきった事の余裕だからだろうか。
 壁としての本分を果たしたのだからそれは勝ちと言われてもおかしくはない。

「まだ本気じゃないし!」
「まだ本気じゃないですもん!」

 バッとアキと一瞬目を合わせてヴァンに向き直る。
 シンクロ率高い。今ならもう一発を撃つタイミングはアイコンタクトだけで行けるだろうか。
 ヴァンの装備は俺達とは違ってもっと軽装備だ。斬る殴るに適した格好ではない。一応何度か棍棒を使っている姿を見た事はあるものの余り頻繁に使う技ではなく護身術程度だといっていた。
 故に、此方の攻撃が当たったら終了だ。特にアキの攻撃は危ない。俺だって当たりたいとは思えない。アレを受けて真っ直ぐ立っていたれるのは世界でも指折りの戦士達ばかりだと思う。と言う事はアキはもう指折りの戦士として数えていいんじゃないか?

「そうか、アキは指折りの戦士だからそろそろ命名されるよな。何て名がつくだろ?」
「え? それ今必要な話ですか!?」
「ふむ。“戦舞姫”と“戦王”の娘ですからね。二つを見事に受け継いだ優秀な子です。
 私がつけるならば“戦神子”か“騎士”ですね」

 ヴァンは割と普通にいつも通りの会話として参加してくる。お互いに特に悪意の無い状態だと言うのがわかって何となく安心する。それでも戦闘態勢は崩していない。

「ああ、俺達の役目に掛けてるのか。
 上手いな!
 ついでに戦女神殺しをプレゼントしよう!」
「いりません!」

 アキの言葉を背に受けながら俺が前へと踏み出す。
 不意打ちではなく、構えたのはヴァンの方だ。とにかく距離を詰めて詠唱の暇を与えないようにしないと!
 土の地面をザリザリと蹴飛ばして、まるでラジュエラのようにヴァンの目の前まで詰め寄った。

「フッ!」

 バァンと盾に剣を打ちつけたかのように響いて火花が散った。炎術壁が砕けてその後ろに居たヴァンは更に壁を作って後退する。
 無詠唱では無いと彼は言うが、俺からすれば殆どそうである。
 それにそんな風に連続で壁術をやられると正直埒が明かない。

 パッと術式行使光が青色に光って消える。
 そろそろ攻撃が来るか、と思ったのが丁度当たったらしい。足元当たりが急に冷たくなった。

 ズドォ――!!

 その場を飛び退いた瞬間に巨大な氷柱が足元から一気に伸びてくる。退避を続ける俺を追うようにはえてきてそれに串刺しにされたら一溜まりも無い。
 俺だけではなくアキにも同時に同じ攻撃がきたのでお互いの攻撃をぶつけ合って解除する。

 続いて地面がざらざらと砂を集めて形を作り始め、それで赤い火の玉がいくつも作られ始める。
 こういう法術を使ってくるのは、ヴァンだけだ。
 ヴァンだけはまるで――無尽蔵に力があるかのように壁術も強力法術も使ってくる。
 強い強いとは思っていたがこう対峙すると本当にそういうクラスの存在なんだと実感する。
 だから――手加減なんてしていられない。

「術式:裂空虎砲!!!」

 パァッと光で視界を遮ると同時に壁の破壊を行う。同時に今度はアキが滑り込むように赤茶の髪を青く染めて走り出す。
 ガシャン! と何かが砕ける音が続く。
 ヴァンは動いてくれないだろうから四番目の技は使いづらい。アレは本当に不意打ちする為のものだし。
 横に回りこむように走り込んでから炎陣旋斬を繰り出す。あたらない事前提だが一手俺の防御の為に使うことになるはずだ。そうすればアキ側に一瞬隙が生まれる。

「ハァッ!!!」

 ギンッ! ガシャアアアッ!

 アキが自分側に展開された壁術毎貫いて剣を振りぬいた。
 ガラスの破片のように光る粉の尾を引きながら盛大に空を切る。
 ヴァンは優雅に二歩大きく下がって右手を俺、左手をアキに向けている。余裕の見える表情は変わらずに薄笑いを湛えており、俺達の攻撃はまだ彼を焦らすに至っていない事が分かった。

「収束:3000 ライン:両腕の詠唱展開固定!
 術式:光の行進曲<アウゼ・レ・ニクト・ラン・ドーネス>!!」

 瞬時にそれが危ない物だと理解できる。
 裂空虎砲は間に合うか――!? それを考えるまでも無い。
 俺は双剣を振りかぶって叫ぶ。

「術式:裂空虎砲!!」
「術式:竜虎火炎砲!!」

 剣を振る直前で、ヴァンが俺達に向かってその術を発する。
 アキが距離的に間に合わないか――!?
 焦るが後のフォローに回るしかない。目の前に迫ってきた光の束を真っ二つに切り裂くように振り切ってビリビリと振動と衝撃で揺れる大地を走って進む。

「アキ!!」

 光で自分の足元は定かではない。進むことしか出来ないが――位置だけは把握できる。
 距離感だけを頼りに進んで、二人の近くに寄ったのだが――。

「術式:王蠍の猛毒<オブト・ラオ・ピオン>!!」

 聞きなれない術式が聞こえて足を止める。
 スゥッと視界が開けて、その光景が目に入った。
 アキが左手にモロに光の行進曲を直撃してしまったらしい。袖が消し飛んでいるが腕は火傷している程度にみえる。仮神化していなければ腕も焼け飛んでいただろうか。
 そして肩口に軽く指先を当てられてアキが呻く

「うぅっ」
「アキ!!」
「威力は弱めです。まぁ動けはしませんが」
「……! あ、う……!」

 ――神経毒!

 アキは此処で終わりか。

「これで、一対一ですね」

 俺に向き直ってヴァンは言う。

 長引かせる戦いにはならないとは思ったが、こんなに早く決着がつくと思わなかった。

 ヴァンは俺に手を差し伸べる。

「出る必要は無いじゃないですか」

 終わりへの誘いである。
 保障された平穏、安寧。
 この世界は俺達を不幸にしないだろう。

 でも――俺には使命があった。

「俺はファーナと、メービィを助けに来たんだ。
 それにキツキとタケと四法さんとかも巻き込まれたんだから助けないと」
「それは本当に貴方が背負うべきですか?」
「え?」
「貴方が助けるべきは彼女です。
 それが無条件で幸せな生活を送れる。
 人間関係やときどきの感情で傷つく事はあるでしょうけれど、それも生です」
「ヴァン! 俺は助けたいんだ!」
「……無理です」
「やってないのに無理って言われるの嫌だぞ」
「やって駄目だったら貴方達は死ぬのに?」
「そうならないように、道を探すんだろ!
 時間いっぱい使って積み重ねて手が届くまで考えるんだろ!

 俺が駄目なら次につなぐ!

 このシキガミの理不尽を無くすために!」

 限りなく人間の考えなんだろうなとヴァンを見ているとそう思う。
 それでも俺は俺の言葉でヴァンに伝える必要があった。俺が捻じ曲がらない為に必要なこと。

「そんなものはこの世界にありませんよ」
「無かった事になんか出来ないだろヴァン!!

 俺は王様の願いだって踏み躙りたくないんだ!」

 ファーナを頼まれた身だ。
 俺が最後まで行った者だと知っていて託した。

「私だってそう思っていますとも」
「だったらここに逃げるのは違うだろ!」
「逃げてはいません。
 ひとつ選択肢ではありませんか。
 ここで幸せになってしまうという――」
「ヴァンのバカ野郎ぅ!!」

 バキィ! と頬に当たってとても痛い音がした。神様だっていうだから無敵な感じなのかとも一瞬思ったが全然そんなことはない。
 ファーナが軽く悲鳴を上げたが、大丈夫だとヴァンが起き上がって軽く手を上げた。
 自分自身は怒りに沸騰していて、ヴァンを怒鳴りつける。彼の言葉には矛盾がある。
 神様面の彼は俺にすらそれが正しいと説こうとしている。

「あっちでこっちで、世界、世界!
 俺から言わせれば全部大事な世界だ!

 生きてる今場所が俺達の意味だろ!!

 同じように似せて作って、似たような物で満足して!
 それを嫌だって思ったのはヴァンも一緒だろ!

 嫌ならやろうとするなよ!!」

 嫌だって言っておきながらこれである。
 彼の行動は矛盾している。

「それでは貴方達は救えません。
 ならば私の矜持などいくらでも捨てましょう」

「ふざけんな!!」

 もう一歩近くに居たらもう一発殴りに掛かっていたかもしれない。

「人形遊びが楽しくないって言ったのはヴァンだろ!
 この世界じゃ!
 全部意味無くなるの知ってるじゃないか!!」

 救うっていってもヴァンがやっていることでは表面上の話だけだ。
 俺達はお姫様を助ける途中で幸せに暮らせとドロップアウトさせられている。これで罪悪感が湧かないわけが無いだろう。
 ヴァンはファーナを助ける為に動いている。

「貴方に、何が分かるのですか……!」
「わかんねぇよ!」
「そんな事ぐらいとっくにわかってる!
 あちらの世界で力あるものとして君臨した貴方と私は決定的に違う!
 この力で救うならこれしか無いんですよ!」
「この……!」

 もう一発、と踏み込んだところに膝蹴りが飛んできた。
 それをまともに貰って鼻血がドロッと垂れる。それをろくに拭きもせず再び掴みかかった。
 何を言っても、聞かない。それはお互い同じである。
 昔ウィンドとは何度か取っ組み合いで喧嘩しているのを見たが、俺と殴りあう事自体は初めてである。

 説得とは、言葉で行う物である。しかし俺はガキだ。ヴァンに敵う語彙力も言葉の持ち合わせも無い。
 言う事をいったら、嫌だと表現する為に暴れるだけしかできない。
 俺達には必要な語り合いをただファーナが痛々しいという表情で見守る。

 ボクシングみたいなパンチが飛んでくる。絶対これ王様仕込だ。身長差があって普通に不利だ。
 普通の喧嘩は慣れてない俺は目や顎に何発か貰って視界が歪む。

「俺は! そうやってっ! 割り切れない!」
「それは子供の言う事です!」

 ひゅっと俺の大振りの拳は空を切る。
 右のフェイントから左でワンツー、再び俺の顔面に二発のパンチが入る。

 ぐるん、と景色が回転した。ヴァン喧嘩つええ……。
 まぁ、色んな意味で年上だし経験値も違う。
 こんな風に絶望的に力の差があって、倒れない事だけが俺のとりえだった。

 グルッとバク宙にかえて、ヴァンに向き直る。
 距離さえ取ってれば結構避けれるけど、俺が当てる為には近くに入らざるを得ない。それをゼロにするならもうこれしかないか、と俺は姿勢を低くした。

「うおおおおおおおおお!」
「くっ!?」

 体当たりでヴァンをこかすと馬乗りになる。マウント状態だ。
 この状態なら優劣は逆転する。

「俺は! 許さねぇぞ!」
「何を……!」
「本当の事を知ってて諦めることだ!
 俺はヴァンに出来ない事は無いって思ってるんだぞ!
 この先にだってそんなもんあるかよ!」
「それは貴方の価値観の押し付けでしょう……!」

「そうだよ! 俺は信じてる!
 こんな所で見限らなくても!
 ヴァンなら何でもできるだろ!
 俺だって居る!
 王様だって力になってくれる!

 俺はヴァンが神様だって知って嬉しかった!


 もしかしたらヴァンなら俺達を救えるから!!」


 万に一つ。俺達を救える可能性とは。
 向こう側の世界に辿り着ける者だけだ。

 世界の檻<プラングル>を抜け出せる、唯一の“人”で“神”。
 それが、ヴァンツェ・クライオンだ。

 外側の世界とは。例えば竜世界。例えば神々の個別世界。
 それに触れられる事ができるなら。俺達はシキガミ間で争う事無く辿り着けるかもしれない。

「リスクが大きいですよ……割りに合いません」
「それを手繰り寄せる可能性なら俺がいっぱい連れてきた!」

 それが。俺の連れてきた“友達”だ。ただの仲良しこよし。
 俺がこの世界でなんとかするために必要だと思った三人。
 確信がある。俺達がいれば。助けられるのだ。

「ヴァン。大丈夫だ。全員助けられる!
 俺は絶対に皆助ける。

 だから俺達を助けてくれ! ヴァン!!」

 ヴァンの服の首元を掴んでそういった。
 殴れたせいか、あまり手には力が入らない。
 振り払われればすぐに体勢は変わるだろう。

 ヴァンは何も言わず少しだけ俺を見て、はぁ、と深いため息を吐いた。

「仕方ありませんね……」

 そういって、笑ってみせた。

「勝負アリですね。
 コウキの勝ちですヴァンツェ」

 そして、ファーナの声と共にその語り合いは終了した。

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