「仕方ありません。
 私の負けを認めましょう」

 ヴァンがそう言って用意してくれたのは出口。
 俺達が来たエルドラードの一角へと場所を移す。
 一瞬景色が揺らいですぐにその場所になった。
 着たときと変わらず賑やかで、活気ある世界だ。

「まってくれ、結局ここは何なんだ?」
「この古代帝都エルドラードは――。
 かつてダルカネルが創始しようとした本当に人種の垣根の無い理想世界です。
 本来のエルドラードとは違うのでしょう。人が創った国ですから。
 そこにずべての人種を集めて平和に暮らす。
 それは本の上にしか存在しない世界だった。
 それを実現した世界がここです」

 ヴァンの背にする世界。
 確かにこんな風になればいいのにと思える。色んな種族孤立している今のプラングルとは真逆だ。

「まぁ、偽物なので。映したり消したりも簡単です。平和な幻想ですよ」
「いつか、プラングルがこうなってくれないと」
「そうですね……」

 ヴァンはその翼人が遠く飛ぶ様をみて目を細めた。

「……神とは、無力な物ですね」
「いち早く傷を治してといて何言ってんだよ」

 相変わらず俺はボコボコ状態なのにヴァンは全快である。治癒術も使えるようになったようだ。
 やっぱりこの世界じゃ俺達勝てなかったんだな。特にヴァンを殺す気でかかれないなら尚更だ。

 ヴァンの表情は暗い。
 ロードさんの手当てを受けて、俺も回復するとヴァンに向き直った。

「神様はね。俺は神様嫌いなんだ。
 本当に助けて欲しい時には助けてくれなかった。

 でもヴァンは違う」

 俺はヴァンを見たまま言う。
 ヴァンは神様じゃないかもしれない。
 そうでないから俺達の前にいるのだろう。
 プラングルにとっては“例外”である彼は――神である資格と力を失くして尚、同じ世界を求め続けた。

「ヴァンがグラネダに居れば、いつか同じ事が出来たと思う」
「どうでしょうね。
 それに従事したとて一体何千年掛かった事やら……。
 まぁそれはそれです。此処と同じ、あったかもしれない未来の話です。

 それよりこれから貴方はどうするつもりですか」

 ヴァンに本題を振られる。
 俺がここに辿り着いて、正体を聞いて。
 沢山ある記憶と経験から手繰り寄せられる結果を話さなくてはいけない。

 俺は三人の顔を一度見て、そして自分の声が聞こえるように少し大きく言った。

「みんな、聞いてくれ。

 多分これが俺の最後の頼みになる。

 手を貸してくれ、みんなの力が必要なんだ!」

 手を差し出して言う。
 もしかしたら誰もてを取ってはくれないかもしれない。
 一瞬そんな事を考えた。

「当然です」

 ファーナがそう言って微笑む。

「もちろんですっ!」

 アキが力強く頷く。

「当たり前です」

 ヴァンも変わらず微笑んで言ってくれた。

 でも。
 俺の手を迷わず取った仲間に俺の指し示す道がおぼろげでは意味が無い。

「ありがとう!」

 俺は真っ直ぐ突き進む事ができる。
 でもそれは一人ではできないことだ。
 だから皆と一緒にやる。
 協力って言うのは人の力を何倍になって出来ることだから。

 俺達は絶対この先へ辿り着かなきゃいけないんだ。





 何が無ければ、人は争う事をやめるだろうか。
 考えて考えて。
 一つ感情を預かる事にした。

 どうやらその感情があると争いを始めてしまう。
 王となる自らがそれを預かればいい。
 そこで守り暮らすのだ。

 そして千年の安寧を得た。

 帝都エルドラードの神の物語。


 しかし、受け持ってしまったその感情の爆発が起きた。
 そもそも人が人として機能していくために必要な感情だ。
 憎いという感情は恥や外聞への興味を育てる。良し悪しを決める為の機能である。
 一見平和に見えて人としての機能の低下を嘆いた。

 不完全だった事のつけは――世界へと還元された。


 感情を返し、言葉を分け、世界を去った。
 唯一平和であった世界は――崩壊した。

 募った自身の醜い感情だけが棺桶の中に残った。
 それの身体だけは慕ってくれていた唯一の民族が地下深くで眠らせた。

 神にしか解けぬ鎖で縛り――永遠に眠るつもりであった。



「神にしか解けぬ……ですか。
 まぁ、これだけ強固に作れれば作り主は神のつもりかもしれないですが。
 私に解かれるようでは神の名が泣きますね」

 世界に落ちた“神”に解かれ。

「ただし。俺がお前を許すのはこの戦いが終わるまでだ」

 器に存在を許された。
 またこの憎き世界に生まれようとは。
 憎き世界を壊す為にまた生まれることになるとは――。



 忘れられた王の意志を理解しようと思った事は無い。
 当然邪悪な意志に負けるわけに行かないと思って拒み続けたからだ。
 身体を支配しようとする意志に負けて初めてそれが理解できた。

 コイツは世界が好きすぎるんだ。

 憎しみの全てを肩代わりして、自分を壊してでも守りたかった世界。
 世界を壊して分断したがるのは種族間の大戦争を嫌っているからだ。

 まったくこれと同じような事をした友人を知っている。
 優しすぎるやつの暴力は無鉄砲で凶悪だ。

 だから一言言ってやろうと思った。
 向き合えるかどうかは定かではないが。

 俺が意志の中で自分の形をはっきり持ってその闇の中に立った。
 どうも上下左右も無くて夢みたいな空間だった。自分の形は少しおぼろげで目を擦るとグッと視界から見える自分の四肢の形は安定した。
 途方も無い闇の中で何処にいるかもわからないそいつに向かって話をする事にした。

「……人間は意見を持ってるんだ。衝突して喧嘩するのは当たり前だ。
 理不尽に嫉妬して暴力に走る奴は最低だが、解決する為に努力する奴だって居る。そういう奴が世界を発展させて引っ張って行くんだ。

 アンタは世界と生まれたものが好きすぎて、過保護に守りすぎた挙句に壊れたんだろ。
 これは当然の結末だ。

 一緒に作って行けないなら、なんでこの世界を作ろうとしたんだ。
 壊れたプラングルで神様らしいものも出来上がった。
 普通の神様ってやつじゃ、どうやらこの世界に手を出せないらしい。
 唯一手を出せるはずのアンタは一人で滅びようとしてる。
 じゃあこの世界はアンタが自分勝手に作って自分勝手に壊す玩具だったのか?」

『違う』

「違うなら投げ出すな! 壊すなら作るな!
 命が玩具じゃない事ぐらいあんた分かってんだろ!
 なったからやっぱり辞めましょうなんて政治家の言い訳じゃないんだ!

 その思想こそ最も駄目な思想だと気付かないのか」

 世界を壊す。
 リセットする。
 そうして、また世界をつくる為にやり直そうとするんだ。
 それって堂々巡りじゃないか。
 俺達は陶芸品じゃねぇぞ。気に入らないからって壊されて堪るか。

 思って居ても通じるのだろうか。闇の向こうのソイツは黙り込んだ。
 図星を突かれて何も言えないのだろう。

「どん底でも諦めずにその理想への道を上らせる為の手段を用意しようとしないと、誰もアンタの存在を信じない。
 だからアンタは世界に嫌われて、世界に憎まれる。
 “世界”を信用せずにと手を取り合おうとしてないのはアンタの方だからだ」

『ではどうすれば良かったというのだ……!』

「言ったとおりじゃないのか。
 どうあっても等間隔に訪れる不幸があるなら仕方ねぇ。
 大人しく皆で少しずつ受け取ろう。どうするか考えよう。
 ……そうやって生きてくもんだろ、人間ってさ」

 友人を見ているとそれは痛い程良く分かる。
 人に話せば引かれるほど辛い思いをしているくせに、本人は世界をさぞ楽しいものかのように話す。
 壊れてるのかもしれないと同情もしたのだけれど。
 あいつを見ているとそれは違うと感じる。

 意識が戻ってくると、身体の形がハッキリしてきた。早く身体を返してくれると助かる。
 今外の状況も分からない。俺はどうなってしまうのだろうか。

 答えを聞くより早くバサバサと翼を羽ばたく音がした。
 思ったよりも早くここに来た。

「キツキぃぃぃ!!」
「――……ティアか。そういえば夢の中に入れるんだったなお前」

 忘れていた。
 懐かしい感覚に思わず笑ってしまった。

「ひどい!」
「お前が来たって事は、俺寝てるのか。死んだ?」
「死んでないよぅ! 心配したのに! してるのに〜〜!
 良かったぁぁ! コイツが邪魔してたんだね!
 ティアがやっつけるよ!」
「いいんだ。ティアがやっつけなくていい」
「どうして!? キツキの体乗っ取って悪い事してたんだよ!?
 もうアルクセイドとかバラバラなんだよ!?」
「その辺は何となく薄っすら記憶にある」
「だったら!」
「ああ。自分でやったことだ。自分で蹴りをつけるよ」

 俺がこの状態に陥る前。
 アルクセイドは危機的状況だった。
 魔王軍は周辺にて戦争を行いグラネダ軍とクロスセラス軍の侵攻を受けていた。
 城の中はカラだった。ただひとり魔王が結果だけを待って王座に座り込んでいた。

 俺はどうやら憎しみに入れ替わった後、魔王の下に付いたようだった。途中の記憶はおぼろげだが――四法さんと一度戦っている。
 再び意識が戻ったのは、魔女を貫いた時だ。

 懐かしい呼び方で名前を呼ばれて、微かに意識が戻った。
 あの人が俺を見て、涙を流しながら事切れた。そんな瞬間にだけ立ち会ってしまった。

 現実は痛い程悲しくて――悲壮を感じるうちに何かに閉じ込められた。
 暗い意識の底で自分の形を失い掛けていた。

 単独で乗り込んできたと思ったシキガミ達との大戦争の後、アルクセイドの国は終わった。


 そして今。ラエティアが迎えに来た。
 ――立ち止まっている場合じゃないんだ。
 俺がコイツを食った理由を今も忘れたわけじゃない。

「返してもらうぞ俺の身体。
 あんたが何をやったかは知らないが、俺にはやらなきゃ行けない事がある。
 ティア、金剛孔雀!」

 俺が言うと彼女は即座にその薙刀を持たせる。
 歌が必要ない事と言うのは随分前から知っていた。どうやら歌とは強制させる為に肉体に働きかける手段の一つで、俺達が役割を把握してお互いを信頼していれば必要ではないらしい。
 歌で強制されることで神子に対して不信を抱くとずっとそれを引き摺ることになる。そんな状態だと結局シキガミとしては弱いままだ。

 俺達を中心に急にフワッと世界が明るくなっていく。それはその空間の半分を支配して、闇の世界から人型の何かが現れた。おぼろげな形だったが次第に俺と同じ姿をする。

「戦女神にもやられたけど、自分と戦うのが一番嫌だな。
 心の奥底から面倒くさいと思う――よっ!」

 ギィンッ!!

 光速攻撃である鏡光ノ瞬は一撃必殺。
 ただし自分が何を斬ったかは把握できない。視界は光速に動かないからだ。
 場面が変わるまでに何を斬るかは身体の横に刃を伸ばしておいて決める。そして直線上に居る敵を瞬時に切りつけるのだ。いたってシンプルなやりかただ。故に何をやるかがわかってしまえば俺が何処を斬ってくるかは分かってしまう。

 そしてそれが分かっている自分だからこそ、その逆をしてくる。
 鏡光ノ瞬は遮蔽物にぶつかる寸前で移動は終わる。自分が合わせ鏡の中に正しく映りこんでるときだけが有効な間合いなのだ。故に直線的に移動できる距離も限られていて、弊害は多かったりする。頼りすぎると痛い目を見るのだ。
 そして目の前に出られるという効果を利用しての突き攻撃をしてきた自分の攻撃を止めた。
 心臓か喉のどちらかを狙って突く事で確実に相手を殺せる――だろうと思ったのだがそれは意外と上手く行かないもので距離を取って狙っているせいで狙っている間に回避行動を取られると対応出来てしまう。
 強いが――結局の所派手な暗殺技なんだなと俺は思っている。これならコウキの裂空虎砲やタケの須佐之男の方がよほど強力な技である。
 読みあいに勝った俺はスパッとソイツに金剛孔雀を振り下ろしていた。全力で突きの姿勢を作るため、弐撃目の反応が遅れる。当然の事だ。
 しかしソイツはバネの様に突然後ろに飛ぶと、今度は双剣を構えた。
 ああ、厄介だ。
 俺になっているうちにもっとしっかり当てておければよかったのに。

 コウキは強い。
 裂空虎砲もそうだが、技に遠距離、中距離、近距離の術が揃っている。加えて勘の良さで使い分ける術は本当に厄介だ。
 下手をすると俺の鏡光ノ瞬は使えない。炎術は実は鏡の術とは相性が悪い。
 陽炎で姿が歪むと使えないのだ。実体が歪むからだろう。正しく映らないといけないという制約は光を屈折させてしまう熱とはかなり相性が悪いのだ。

 その影の塊が一回転するとその影を中心に爆発するように炎が燃え広がる。
 加えて防御姿勢を取っている途中で追撃が飛んでくる。これがコウキの息をつかせない戦闘スタイル。
 なるべくコウキが技を放つ前に先制しなくては勝ち目が薄くなる。まぁ勝てないわけではないのだ。一旦距離を置いて裂空虎砲だけを避けれればいい。ただアイツが裂空虎砲を横薙ぎに振った時には、ほぼ全員が死を覚悟すべきである。

 剣を打ち合う音が響いて鼓膜が痺れる。
 手数の多さは双剣というスタイル故に健在で近づかれると此方の距離を取るまでに何回も至近距離のそれを捌かなくてはいけない。
 武道経験者だ。俺の方に分がある。初めはそうも思っていたがコウキはどうやら何か違う。

 ――まるで生まれ付いてから天賦の才があるかのように武芸達者だ。

 おかしいだろう、タケヒトでさえ剣の扱いに四苦八苦していたと言うのに、あの体幹の安定した動きは数ヶ月程度のものではない。
 歌によって引き出されるのは記憶された動きだけだ。最適な動きというのは戦いの中で覚えていく。何年も積み重ねた戦いの達人のように見えたあの動きは一体何からきているんだ――?

 だから俺は、コウキが怖い。

 アイツは本当に天才なのかもしれない。
 それに身を任せるのはありなのかもしれない。
 ただ、何もしないでそうするのは嫌だった。
 能天気で何も知らないように見せて本当は何か知っているのかもしれない。
 まぁそれを自覚しているようなら真っ先に話しそうなものではあるのだが、無意識ならもっと怖い。

 アイツを突き動かしている物は、一体何なんだ。

 それが分かるまで――たとえエングロイアが無くなっても、俺がコウキに肩入れする事は無いだろう。


 コウキが更に深く踏み込んでくる。勇気のある奴だ。
 長物に対しても怖気づかない。何時もどうするかを考えて相手の動きを見て的確に入ってくる。
 まったく怖い話だ。

 ただコイツは本物じゃないという一点の確信から、俺はまっすぐそれを迎撃した。
 具体的には踏み込んで振ってきた剣だけ弾いて姿勢を低く取ったそれに思い切り膝で蹴りあげる。
 おおよそヒトとは思えない柔らかい感触と共に頭が弾けとんだ。
 やたらと柔らかい体で助かった、のかもしれない。

 何となく思考に余裕が持てている。それは本物相手でないからか、それともエングロイアという視点を得られたお陰か。
 憎しみという感情は俺を酷く疲弊させた。
 その過程で起きる人間の体の反射として正しい働きをした感情は――。
 反射で動かしながらも一つ引いた思考を持たせる、所謂精神分離のような状態を生み出した。
 戦いの最中で反応で遅れる訳には行かない。だから思考が追いつくまでは反射で攻防を行い、思考が追いついた段階で作戦を組み勝利の為に動き出す。
 どんな憎しみが満ちてこようとその思考の側面だけは冷静に自分を監視し続ける。
 それが、エングロイアという視点だ。
 憎しみもしくは感情単体の事なのだろうが、俺の場合はそういう“状態”である事を表す。

 客観的に見てしまうと、戦いはつまらなく見える。熱を帯びる感情が直に伝わってこないからだ。
 危ない、とは思うものの――いちいち思考はそれで考える事をやめない。
 感情ごと自分の中に居れば、逆にエングロイアの恨みの熱で何がなにやら分からなくなるのだからそういう状態が出来上がるのは自然な事だったのかもしれない。

 とにかく、自分は戦って居ても冷静ではいられるのだ。
 巡る思考の中で対処法を見出して実行する。


「いい加減にしとけよエングロイア。
 体からはじき出すぞ」
「そーだそーだ! あんなのもう弾きだしちゃえ!」
「まぁ、今回のは殆どやられちまった事だし。許すのは温いよな」

 やられたことって言うのは俺の意志の外側で起きた事の話だ。
 アルクセイドで起きた大災厄だ。この都がエングロイアの憎しみに火をつけた。

 金剛孔雀の刃を上に向けて構える。
 俺が構えた事で相手も形を整えながら一歩引いた。
 誰になっているのかは良くわからない。

 神様の終わりがこんな形でいいのだろうか。
 完全に自分を見失いった憎しみだけとなったもの。
 皮肉を言えば、お似合いだとも言える。俺と言う小さな精神の底で消える、小さな神様だったってことだ。
 此処までの事を褒めてやる気にはなれないが。かわいそうだとは思った。

「ティア、光出せるか」
「うん! 行くよキツキ!」
「悪いなエングロイア――アンタは知らないだろうが。
 最後の技で仕留めるよ」

 エングロイアと同居してからはある一つの技を使わないようにしてきた。
 まるでその技が無いかのように振る舞って、それをそいつに使わせなかった。別動意志で別記憶だ。視覚から入る記憶は共有出来ても過去を共有する事は無かった。
 だからこんな風に今頃記憶と夢の狭間のような場所でコイツと戦っているのだけれど。

「術式――陽光水鏡!」

 列記とした薙刀の技として見ても最も強い。
 揺らめく刃が相手の目に水面を見ているような光を残しながら斬り付ける熟練した技だ。
 必殺技というのには相応しい。薙ぎ払いよりも突きに重点を置いていて、浅くても無数の傷を生む。

 俺の術式発動を聞いてまるで後ろ向きに跳ぶようにソイツは下がる。
 一歩なんて単位ではなく、本当にこの薙刀の長さの何十倍という距離を飛んだように下がった。

 まぁ、この手の“技”と呼ばれる物はよほどオーバーに修行を積んだらしい人たちが練り上げた異質な物である事に変わりはない。

 どれだけ後ろに下がろうと――。シキガミ中最速の移動速度を持つ自分には関係の無い話。

 瞬きを使って間合いを詰める。対策が打たれているなら妥当な所でしか使わない。

 続く水鏡が揺れる水面のように、何処から光が襲ってくるのか分からない。
 使っている自分すらほぼ無意識に打ち出す一閃が歪な曲線を描く。
 いくつもの曲線が体を通り過ぎる。無限にも見える突きが体を突き抜ける。
 闇を打ち砕いて光と共に霧散するその欠片を見送った。

 途端に夢から覚めるように現実へと引き戻された。



「――げほっ! カハッ!?」

 起きてすぐ咽る。
 目の前がぼやける。また視力が悪くなったのか? 現実世界はそうだったが此方に来てからはそんな事無かったのに。光が妙に大量に目の中に入ってきて眼が痛い。
 目を擦ろうとすると自分の手が真っ赤な事に気付いた。
 傷か――ああ、もう。
 とりあえず袖の綺麗そうなところでゴシゴシと拭いて、腹に力を込めるとまた痛む。
 満身創痍過ぎて現状把握も難しいじゃないか――。

「キツキっ」
「ティア、か、俺今どうなってる?」
「うぅぅ、動かないと、早く、ここから――逃げないと!」

 ティアの言葉には切羽詰ったものを感じた。
 何かすごい事が起こっているらしい。

「ソイツを殺せタケヒト。貴様が出来ないというなら我<ワタシ>がやる。
 正々堂々という話でもない。我がやるのが妥当だったな」
「……」
「黙って居ても変わらんぞ。
 奇跡など起こらん。

 最後の戦いの火蓋を切ったのはそいつだ」

「だ、だっ、駄目! や、八重、くんはっ」
「立ち塞がらなくても次は貴様だったんだが。先がお望みならそうしてやる」
「うぅ……!!」

 絶望的な状態らしい。
 どうやら。
 体が満足に動かない故にここでタケヒトの神子に殺されてしまうようだ。

「……穏やかな状態じゃないんだな」

 思考だけが恐ろしく冷静で、状況が余り見えないことが少し煩わしい。

「軽口を叩ける余裕があったんだな。
 足すら無い癖に」

 そうだ。魔王と戦って両足吹っ飛んだんだった。感覚が麻痺しすぎてて良くわからない。と言うか生きてるのが不思議だ。生命力が半端じゃないのはきっとシキガミという存在だからなんだろう。コウキがしぶとい理由も分かった気がする。
 しかしこの両足は俺が戦ってた訳じゃないから、エングロイアのミスだと言っとく。
 まぁ受け入れなきゃいけないのは俺自身なんだがどうせ死ぬんだろうし。
 半ば諦めの気持ちで居ながら、俺はその人を振り返って笑う。

「奇跡は起こらないっていうのが、身に沁みるよ」
「ふん。貴様等の友情とやらは理解しかねる。
 当の本人はこの場に居ない。
 貴様等が奇跡だと信じた友は――所詮神ではない」

 その通りである。
 俺にとっては従兄弟であるが、まぁ友人となんら変わりないとは思う。
 皮肉を言われても仕方がない程に俺達の友情を盾にした戦争したくない宣言は彼女の前で無意味だった。

 戦う気満々だった俺がこの様で、漁夫の利ともいえる状況から命を持っていかれたとしてもなんら言い訳が利かないのが戦争なのだ。
 俺の場合は戦った奴が不味すぎた。
 六天魔王は、魔女を伴っていないのに強すぎた。

「タケ。俺は別にコウキを買い被ってないぞ。お前ほどは」
「……今でも。
 どっかで期待してんだわ。
 この瞬間にさ、やめろよって突っ込んでくるかもなってさ。
 ああ、でも。
 分かったシェイル。
 オレがやる」
「にゃ、にゃーく……!」
「わりぃな四法さん。
 恨みも何もねえが。
 せめてよ。
 もう苦しむのはやめさせてぇ」
「で、でも!」
「そこをどけなきゃ庇う奴全員と一緒にぶった切る――!」

 タケヒトが高々と剣を構えたようだ。
 アイツの剣は重いし、無骨だ。ただ振り下ろすだけで大抵の物は押し切る事ができる。防御、というのはあまりにも無意味になる。
 横薙ぎなら力を逃がせるが縦は違う。左右にいなすにはあまりにも素早い降りが来るし、俺を庇うという面目上避ける事が出来なくなる。それはやばい。
 俺に覆いかぶさるようにティアが抱きつく。

「四法さん、逃げろ」
「なん、で……!
 いやだ……!
 やだ……!
 もう……!

 助けて……!!」

 その声は神様に届くわけじゃない。そしてあいつは都合のいいヒーローじゃない。
 せめて真面目に戦ってみたかった。
 思うところはそのぐらいだ。俺が拾った負けと言う結果を受け入れて――俺の戦いの終わりを感じた。

 そして力を籠め振り下ろされた鉄の塊から聞こえる風斬り音と鈍い肉の立たれる音を聞いた。

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