第233話『繋がる』

 いち早く行った事は、撤収だ。その場に残る事は出来ない。治療もままならなかったからだ。神医は神様じゃない。戦場にいるなら戦場にいる最善の手立てで治療を行ってくれる。後を生きるか死ぬかは当人次第になる。だから――グラネダに飛ばないわけには行かなかった。
 両足の切断は深刻だ。直せるか直せないかは微妙な所らしい。
 それに、四法さんの告白でもう一人重体の患者が発覚した。

 ジェレイド。褐色の健康的な肌は、吸血鬼と言うと疑わしい。ただ彼の歯と血の術式は確かに吸血鬼にしかない物だと後に分かった。
 彼が重体というのは本当の話で宿に訪れた時にはピクリとも反応しない状態だった。辛うじて息をしていて、四法さんが触れた時にやっと「アスカ、おかえり」と発言しただけだ。
 現状の把握は四法さんを通して行ったらしい「任せる」と言って彼は動かなくなった。心肺機能は停止していないようだったが、それでも――四法さんは彼が死んでしまったかのようにその瞬間ポロポロ涙を零して泣いた。

 五感を失っていると知ったのは……彼女が泣きながら呟いた一言からだ。

 かわいそうだからなんて理由で彼女を頼ると怒られる。それでも俺は友人を助けたい一心でその人を振り返った。

「……あ゛ぁ……分かっている。
 だが分かっているな……私は対価無しの仕事はしない。覚悟しておけ」

 二人分の対価に何を要求されるだろう。正直生唾を飲み込まずにはいられない。
 ほぼ歩けない人間に対してアレだけの要求をした人だ。グレートワイバーン十匹とか言わないよな……いや、同じものはいらないと突っぱねられるか。
 キツキの治療は一旦休憩に入っていた。彼女は治療道具が足りないといった。恐らく血や肉のことだろう。一応彼女は針や糸も使って手術らしい手術も行う。普通の術を掛け続けると、そこから腐り落ちる事もあるそうだ。シキガミの体とはいえ、慎重にやったほうが好ましい。
 俺はジェレイドを背負ってグラネダへ飛んだ。


 治療の為にキュア班施設に大勢で駆け込むと皆一様に驚いた顔をしていた。
 当然、戻らないと豪語しておいて出て行ったのだ。しかし最終的に頼る場所はここだった。ヴァンは苦い笑みを浮かべていた。一方ロードさんは勝手知ったる我が居城。ズカズカとキュア班のカウンターに寄って手術室を一つ占拠する宣言を行う。誰一人として彼女に逆らう事はなく、スムーズに忙しいキュア班の空気が広がる。
 ジェレイドも同じく手早く病室へと通された。
 ロードさん曰く、ジェレイドはさほど深刻ではないらしい。俺には全然そうは見えないのだけれど。

 キツキの治療は一時間ほどで終わった。副院長――いや、今は院長か。その人と並び立ってカツカツと廊下を踏み鳴らす音が聞こえる。是非次の手術もご一緒させてください、まだ学ぶ事は沢山あるんです、と院長が懇願してるのを聞いた。やはりこの国では彼女は尊敬されている。
 そんな姿の彼女を見て、なんだロードさん歩けるじゃん。俺はそんな事を考えていた。
 後で部下の前で見栄を張るために補助術式を重ね掛けしているという話を聞いて俺は唖然としてしまったが。天才と何とかは、紙一重なんだなぁと思う。

 そのまま続けて、ジェレイドの治療に入った。
 治療と言うよりは色々と触診を行ってから一度ため息を吐くと俺達を見回した。そしてこいつは手術の必要は無いと言って院長を下げさせてシェイルさんのところで顔を止める。
「……シェイル・ストローン。紫電の術士だったな」
 突然の言葉に驚いたのは俺だけのようで、当のシェイルさんは「そうだ」と言って頷いた。
「……感覚強化が得意だろう。……こいつに掛けてやってくれ。
 知覚過敏で頭がおかしくなるぐらい強烈なのでいい……」
 この人は本当にマッドな人だな。治す気があるのか無いのか判断しづらいときがある。
「何故私がそんな事をせねばならない」
 腕を組んで全く話にならんとばかりにシェイルさんはそっぽを向いた。
 俺が頼んでみようかと口を開きかけたら、ロードさんの手が顔の前に来た。喋るなということだろう。
「……しない、と、できないは私の前では同じ言葉だがね。
 まぁ自信が無いのならいい。でかい図体から矮小な能力を見せるのは恥ずかしいものな」
 随分と煽っている言い回しだ。
「誰が出来ないと言った。
 わかった。やってやろう。
 全身が何に触れてるか常時分かるぐらい強烈なのをな!」

 案外挑発に弱いシェイルさんが術式を唱える。そしてタケが珍しくため息を吐いた。そいつの肩を叩きながら「似たもの同士だよタケ」と言ってやると、冷たく手を叩かれた。
 そういえばタケにしてもシェイルさんにしても、補助法術から入る事が多い。紫電ってそういう体内の電気信号増幅みたいな事も出来るのか。きっとそれが感覚強化ということなのだろう。軽く紹介はしたが実際に戦う所を見ては居ないはずだ。と言う事は紫電の神子という名からそれを想像するに至ったのだろう。
 拳を振りかぶったシェイルさんが詠唱しながらそれを振り下ろす。
 電気ショックを与えられたかのようにジェレイドが飛び起きて叫ぶ。
「あいったぁ!?」
 暫く悶える。その悶え方たるや、不意に箪笥に足の小指をぶつけたか、股間を蹴り上げられたかという語るに語れない痛烈な物を帯びていた。
 全員が唖然としているうちに次第に落ち着きを取り戻し始める。
「い、いったいわぁ。手加減なさすぎやろコレ……」
「治してやったんだありがたく思え」
「……おかしいな……全身過敏症になって発狂する予定だったんだが」
 顎に手を当てて至極真面目にロードさんが言った。
「そんな恐ろしい予定立てられとったんか……」
「……何をやった? 体を凍らせたわけでもあるまい」
「神経が鈍いだけやで。なんせ凍らすの得意やし。
 うっわ、スッゴっ。元通りやん。さすが紫電の姉さんは格が違うわ。ありがとうな」
「腹が立つからあと十倍ぐらい引き伸ばしてやろうか」
「ちょ! 勘弁したって! 一応病み上がりやぞ! いたわってやっ」
 起きて早々元気なジェレイド。当然寝てただけと言う状態なので五感が戻れば元気そのものなのか。鼻にかかった寝起きっぽい声ではあるが、それが一層普通の健康さを醸し出す。
 その時俺はジェレイドに気を取られていたので四法さんの変化には気付かなかったが、いつの間にかファーナに抱き付いて泣いていた。だから俺はそれを冷やかして笑ってやることにする。
「うわー。ジェレイドが泣かしたー」
「おわっ! アスカ! そんな泣かんでも」
「もぉばか! 知らない! ばかーー!」

 この騒がしさも久しぶりだ。そのやり取りに皆で笑いあう。
 俺たちは事の収束を待つ。大きな病室は俺たちで占領されていて窓際のベッドにジェレイドが先ほどまで寝転がっていた。しかし元気になった今は隣のベッドに座っているファーナと四法さんの方を向いて色々と弁明を試みている。
 キツキは程なく運び込まれてきて、ジェレイドの対面側のベッドとして入る。
 六人部屋は二人以外は空きになっていて俺達が占領してしまっている。こういう風に仕向けたのはきっと元権威の仕業だろう。古巣であまり勝手をしてしまうのは良くないだろうがそのお陰で大体の風潮は良くなっている。

「キツキ、大丈夫か」
 俺の呼びかけに、キツキは体を起こした。顔からは血の気が引いている。無理はしなくてもいいといったが大丈夫だとソイツは少しやつれたように見える顔で笑って見せた。
「両足が無くなってからくっつくまでが早すぎて足が無いショックを味わう暇も無かったよ」
「その辺は俺が吟味した結果、いろんな人に色んな手間をかけさせちゃうからあんまりいい気分じゃないよ。元が健常だっただけにね」
 ボタンが付けられないから、とお願いするのは非情に情けなく感じてしまうものだ。当たり前に出来ていた事がそうじゃなくなる。ズボンを穿くだけで大惨事だ。まぁ歩けないとは別な物だろうけれど、気分がいいものではないのは容易に想像できる。
 大人しくしていたティアがキツキに抱き付いて一度深呼吸をする。離れろ、とキツキに鬱陶しそうに言われて手を放したがその笑顔は妙に満足げなものだった。ラエティアの印象は大分変わった。口を開けば興味と好奇心と元気が溢れ出るが、そうやって無言で大人しくしているという動作が出来るようになっている。もう少し仕事が出来そうな顔をすればファーナっぽいかなとも思えたけれど、比較するのは失礼かなと思ってすぐに考えるのをやめた。
 ひしめき合う四組の神子とシキガミ。窓辺にはキツキと話し込むタケとその隣に黙して立つシェイルさん。先ほどの挑発に乗った事を若干恥じているようでため息を吐いていた。アキは入り口近くでヴァンと何か話している。ジェレイドの釈明は終わったようで四法さんは笑顔を覗かせていた。その代わり四法さんに早期に相談しなかった事の説教をファーナが変わりに行っている。解せぬ所ではあるが正論攻めにジェレイドはたじたじして謝っていた。
 治療が終わったと判断したのかロードさんは入り口近くのベッドに倒れこんで寝始めてしまった。スゥさんがそれにそっと布団を掛けてあげている。
 キツキのベッド脇にはラエティアが座ってご機嫌にキツキとタケの会話の様子を見ている。俺もそれに加わってもいいが――まだ俺には皆に言わなければならない事がある。それに際して、近くに居たキュア班の人に城への伝言を頼んでからおれは皆の方に向き直った。



「皆に起きた事は色々聞いて大体把握したけど、俺の事も話さないとな」
「コウキの事か。確かにそっちもそっちで大変だったみたいだが詳しくはまだ聞いてないな。
 戦争のあとどうなったんだ」

 キツキがそう問いかける。俺はそれに順に答えることにした。
 戦争の後、ロードさんの事件、そして戦女神殺し。双剣祭。ヴァンの世界。
 イベントには確かに事欠かなかった。一ヶ月ちょっとしか経ってないなんて今更気付いてみたけれど、それを驚きと共に皆に言っても俺の仲間達は同じような表情で俺を笑った。
 そして本題の俺に起きた事に関してだ。双剣祭の途中での記憶すり替え。アレは魔女の作った記憶だけではなく、俺の過去が混じったものだった。

「俺シキガミやるの二回目みたいなんだ。前回に俺は居たらしい」
 俺がそういってもキツキは表情を変えなかった。それに一番食いついてきたのが俺の後ろからの声である。
「ホント!?」
 と言っても俺だって最近知ったわけだし。
 本来は魔女の作った適当な記憶だと思って切り捨てる所かもしれないが、ヴァンがその存在を認めたことと実際に俺が前回の記憶をいくつか鮮明に持っている事が
「ヴァンとか王様達は俺のこと知ってたみたいなんだ。
 初めに言ってくれりゃいいのにな。
 でさ。俺はこの戦いをこのまま行った先を知ってる。
 ホント何も残らないんだ。ヴァンみたいに本当に例外みたいな人が居ないと記憶すら残らない。
 伝説と恨みだけが残って、結局消えてなくなるって感じ。
 勝った神子は転生するけどそれだけだよ」
「そんな……」
 四法さんは視線をさげる。
「ちなみに、王様の話は聞けたりするのか」
 キツキが言う。俺もあって確かめたいと思ってた。
「どうだろう、一応王様にシキガミ全員との謁見お願いしますっていう伝言をお願いしたけど。
 今は執務中だろうから会ってくれるかどうか」
「会ってくれますよ。基本的に重要案件になりますから。
 執務をサボる良い言い訳ですからね」

 キュア班の人が程なく俺に伝言に来た。すぐに会ってくれるそうだ。ヴァンの言ったとおりになって、ファーナと一緒に苦笑する。まぁこう言う事でも無い限りは働いているんだからいいんじゃないのかと俺は思う。
 どんな顔をして会えばいいだろうかと考える。


「失礼する!」

 ばぁん、と病室の扉が開いた。
 おおよそ失礼な行為だが、誰もそれを咎める事が出来ない。
 王冠はしていない。黒い髪にはまだまだ若々しさを感じる。鋭い眼光が妙に威圧的だ。妙にガタイがよく、肌は浅黒いその人は、俺たち全員に目配らせをして、ヴァンの所で顔を止めた。
 ヴァンが畏まって右手を左胸に当てて一礼する。
「うぉ!? 王様!?」
「お、お父様!? 何も此処までご足労頂かなくとも……!」
 驚く俺たちが声を発する。急いだ一礼を無用と嗜めると、ヴァンを見て言う。
「緊急の用事だ。此処にシキガミが居ると言う事は、アルクセイドの戦いは決着したのだな」
 ああ、そうか。俺達が戦場から最初に此処に帰って来た。最初の情報源だ。
 別に使者がきても良さそうだが……まぁ、一人で出歩いても基本的に大丈夫なのがこの人の強みだろう。
「はい。アルクセイドの城は完全崩壊。
 確認できた部分でも町のノアン側はほぼ壊滅。ルアン側は被害は薄いようでした。
 グラネダ軍の被害状況は確認していませんが、アラン側の町は被害は薄そうでした。
 国として再建は……難しいかもしれません」
「そうか……わかった。
 それでシキガミ達の様相は?」
 此方を見たので俺は頷いて答える。
「俺たち以外は全員死んだ。此処に居るのは全部俺が連れてきた友達」
「そうか。本来なら不法侵入でたたき出してる所だが……今回は特例にしてやろう。
 元官僚二人と娘が居るというのもあるしな」
「有難う御座いますお父様」
「それで王様、いや、トオルに聞きたいんだけど」
 その名前を聞いて、王様は目を見開いた。
「もしかして、お前……」
「そう。記憶が戻ったというか、貰ったというか。俺は前回に居たんだなっていうのを聞きたかったんだ」
「……ああ、居た。
 壱神幸輝は月の、だったな。
 助けられたのは、私の方だった……今更だがありがとうと、言うべきか」
 王様はあっさりとそれを認めた。
「いや、前回の俺が何をしてようが俺じゃない。十七歳は二回過せないもんだよ。アレは誰かだった」
 自分のではない思い出は映像として作られているものと何ら変わりない。
「でも此処に三人はどうやら、俺が呼んだんだ。
 だからこの皆で挑むよ」
「何にだ」
「世界に」
 俺の言葉に腕を組んで眼光を鋭くする。
「意味の分からん事を言うな!」
「俺達は全員救うよ」
「それが出来ると!?」
「できるよ。俺は道を創れる!」
「何を出鱈目を……! 前回だって見つけられなかったというのに!」
「今回は見つけたんだ。みんなのお陰で、何とかつながりそうなんだ」
「失敗するとどうなる」
「みんな消える。その終わり方は前回と同じだよ」
「……結局……そうなのか……」
「成功したら、生き残れるよ。
 俺たちはこの人生の先を歩くんだ。その為に行く。

 ありがとうトオル。やっとこの先に進めそうだよ」

 俺が何処で死んで居ても無かった道が目の前にある。
 此処から先が一番試練に相応しい道となるだろう。

「い、イチガミくん……、世界って?」
 俺の説明が不足しているので俺は改めて皆の方を振り返った。
「それでまぁ物は相談。
 俺はこのルールは嫌だから。

 直接会いに行こうかと思って」

「誰にだよ」
 キツキの声に振り返る。
「世界のルールを創れる人だよ。

 俺気付いたことあるんだ。

 この世界、神様がいるぜ?」

 唖然と四法さんが俺を見る。
「そ、そんなの知ってるけど、さ……」
 そりゃあそうだ。俺たちは多分全員それぞれの神子の神と会ってる。
 この世界の当たり前。
 俺達の感覚ではやはり変だと感じる所のはずだ。

 強制的に会わされる事はあっても、此方から会いに行くのは不可能か。
 いや、向こうが出来るなら此方も出来るだろう。
 そして俺がその可能性になったのは偶然じゃないはずだ。

 俺が道を拓きながら世界を皆で移動する。
 神様に会うまで真っ直ぐに。

「じゃあ神様に喧嘩売るのっ?」
 四法さんが声を上げるのに首を振る。
「売らないよ。お願いだけ。
 間違ったら死ぬっていうか消されるのかな。
 でも実力行使が出来るならそれも考えるってことで」
「やっぱ喧嘩売るんじゃん……」
 実力行使には自信がないらしい四法さんはうな垂れる。
 四法さんが落ち込む必要は無い。実力行使になったらタケやキツキがいる。頼れる仲間だらけだ。
 交渉になった場合も然り、ヴァンとキツキがいる。お、キツキ万能だなやっぱ。

 奇跡みたいな一団っていうのは嘘じゃない。
 何だって出来る。きっと間違いじゃない。

「よし。まず喧嘩を売るのは!」
「喧嘩売らないって言ったのに〜!」

 指を空に向けて言い放つ。

「竜世界!」

 その言葉を受けて一人表情が固まる。
 今回のキーマンは当然彼女と言う事になる。
 俺はアキに顔を向けた。彼女は赤茶の髪を揺らしてゆっくりと頷いた。

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