第236話『狭間の奇跡』

『あああああああああああああああああああああ!!!』

 炎術と裂空虎砲が竜咆哮に混ざって竜のブレスに劣らないぐらい超巨大な術式陣が出現した。ファーナが以前、城壁と城の術士全員で行った術と似ている。
 その術式陣は一斉に真っ赤に光だし、巨大な術陣が爆発するような音と共に現れ、真っ直ぐに稲妻のような軌跡が走った。その直後にその術陣は始めて起動した。
 凄い衝撃波だった。俺達が放っている術陣の反動で吹き飛びそうだ。しかし力の供給を止めたりは出来ない。今全力でアキを支援して目の前の竜を倒さなくてはならない。
 声を腹の底から出しながら、皆その声の先へ届けるような意志で力を込め続けた。
 竜世界の変なところは、竜の自治世界の為に時間の概念が違うし、技のあり方も違う。

 轟々と音と光に飲み込まれながらも、自分がいるという感覚だけを頼りに生きていると判断した。
 目が大量の光を貰いすぎて閉じて居てもチカチカとしている。

「大丈夫か二人とも!?」
「大丈夫です!」
「はいっ! あっ、あれ?」

 号令にすぐに答えてくれた二人に安心する。
 油断は出来ない。

「アキ!? もう無理はしないでくださいっ」

 肩で息をするように胸を押さえてアキが俯く。
 感覚に的にはそろそろシキガミ化は解けるはずだ。今の消耗で一気に限界が来たのだろう。
 俺とファーナがすぐに支えると、彼女は少し深く息をして、大丈夫ですと微笑んで見せた。

「もう少し、頑張らせてください」
「え――?」

 俺の拍子抜けした声と同時にアキが俺達の手から抜ける。
 嫌な予感がした。

 俺達が慌てて彼女の行く先を視線で追う。
 轟々と立つ土煙の向こうにその巨大な竜の影が見えた――。

「そんな……!!」

 俺が裂空虎砲で皆を呼ぶ事が出来ればもっとやりようがあった。
 しかし俺の今の状況ではアキは救えない。

 彼女は大剣を手元に出して竜に向かって振りぬく。地面に足を付いていないにも関わらず何倍も大きな竜の頭が衝撃に揺らぐ。
 健常にみえるアキだがその戦い方がもう限界が近い事を意味している。剣を放さずそのままヒラヒラと宙を舞って着地すると足元から胴体を駆け上がる。

「流石です……! 援護を行いましょう」
「待ってファーナ! ここから踏み出すと危ない!」

 俺が言うより先にファーナが駆け出す。
 数秒もしないうちに目の前に見たことのある円形の術陣が現れた。自分の顔目掛けて正面を向いていて、徐々に明るい光を帯びていく。
 ドラゴンレプリカでもあった各個範囲攻撃。アレはもっと近い距離だったけれど。威力はプチブレスみたいなものだ。直撃すれば顔なんか跡形も無く吹き飛ぶ。

「あ……!」

 ファーナが足を止めると同時ぐらいに俺が追いついてベルトを掴むようにして横に飛ぶ。手洗い行動だったがそれが最速だった。
 アキが此方を気にし過ぎるようじゃ援護ではなくて足手纏いにしかならない。だから近づかない事がもっとも支援しているという状態とも言える。

 しかしアキは今非常に危ない状態だ。
 アキは大剣一つで竜に力負けしないで戦っている。それ自体は馬鹿みたいにすごい事だ。でも力で無理矢理押していると言う事はそれ以外に手が無いと言う事。更に今彼女は剣を手に走り回っている。

 彼女は剣の鎖すらまともに出せてないじゃないか――。




 シキガミ化なんて、初めての体験だけれどこんなに嬉しいと思った力は無い。
 わたしは任されたのだ。
 確実にこの役目に適任だと言われて、信頼されてこの力を貸してもらっている。
 あの二人の驚きようから、わたしは今までで最長の時間をこのシキガミとして過せているようだ。
 それが信頼のなせる業ならば尚の事嬉しいと思うのが自分である。
 舞い上がっていたかと言えば色んな意味でそうだった。

 この竜との戦い方は――そうだ。前に一度見ている。
 目が覚めたあの時には今よりももっと不利な状況下の彼が直感と洞察力でそれを見つけた。

 超竜虎火炎砲もかなり昂ぶった。
  これは、人生で一番楽しい戦いだ。

 勝つ負けるではなくて。何かそれ以上の意味がある気がして、わたしはひたすら竜と戦い続ける。

 ギィィンッッ!!

 黒鉄剣は鋭い音を立てる。
 鋼鉄並みの固さの鱗。こんなのをどうやって破れるだろうか。
 ただ力任せに叩いても意味は無さそうだ。だからこそ、記憶の破片で集めたあの人の戦いを真似る。

 竜だって屈辱だろう、人に自分の最大の技を凌がれてしまったのだ。
 しかし今それは当たり前の事だ。わたしはシキガミなんだから、コレぐらい。

 集中力が高くなるに連れて自分と竜以外が見えなくなってくる。目の前に集中できると必ず起きる事が一つあった。武器の反転――それは神格化である。真っ白に染まる武器を不思議だと思った事は無い。
 自分で意識してそれを起こせるわけではない。集中力の最奥でそれが引き出されるだけ。
 今の自分は弱くない。自信が溢れ出てくる――今はこの竜の額を割る事に注力する。

 首元から一気に駆け上がって額に辿り着く。自分を振り落とす為に首を振るが大きな鱗に掴まるのは容易いことである。
 遠くでファーナが少し近づいて攻撃を受けたようだ。しかしコウキさんが居るので問題は無いだろう。

 ガギィンッ!!!

 剣を突き立てた鱗がそれでは傷も付かないという音を立てる。
 本当はさっきの超竜虎火炎砲のような高密度の攻撃を額に当ててから殴る方が熱で柔らかくなっていたりするだろうか。いざとなれば残りの全部はファイアブレスに使ってもいい――いや、使おう。

 グルッと竜は機敏な宙返りをして風を切り、その勢いに大きく引き剥がされた。

 その時額の位置が安定するまで、後退しながら飛翔するのが見えた。竜とは言え頭を振り続けるのは目が回ったりするのだろう。
 案外可愛いその行動に笑いながら剣を真っ直ぐ額に向ける。空中で体勢を整えるのは、羽が無くともわたしの方が早かった。
 今度はファーナの真似になるだろうか。剣先は数ミリのブレも無く額を指した。剣先を向けて白い刀身が真っ赤に染まっていくのを視界の端に見る。

「竜虎火炎砲<ファイア・ブレス>!!」

 質量を上げるためには角度を絞る必要がある。ブレスと言うよりはそれはビームになった。威力を絞るのを感覚で行う事が出来るのは技ならではである。集中力が高いからこそそれはビームだった。
 竜の額を真っ赤に焼いた。今にも燃えそうな真っ赤な線が何度も打ち付けた場所に出来ている。やはり割るには至らなかったか。

 そして。
 自分がその場で最強だった時間が終わる。

 自分の体ってこんなに重いのか。急激に落ちる速度を早く感じる。感覚が鈍った。赤毛が宙ではためいていて、全ての役目を終えたのだと感じた。
 二人と繋がっているという感覚は今迄で一番幸せだった。
 でもあの力はコウキさんのものだ。間違いない。
 自分ではまだまだ経験値が足りない。それはアルベントさんにも言われた事だ。ちょっと強行行軍をしただけでは補えないものだってある。

 竜は私を目掛けて大口を開ける。随分としたに落ちたせいでほぼ垂直に向かってきていた。
 剣は出せない。身を捩る程度しかする事は無い。
 まさに絶体絶命である。

 わたし一人ならば。

「裂空!!」

 直線上に居ては不味いので体半分ほど身を捩る。それで十分避けられる。
 竜は盲目にわたしだけを狙ってくれた。それが幸いした。

「虎砲!!!」

 赤と白の混ざる太陽のような光源が自分の傍を通過した。縦に二つ並んでいて、どちらも竜の額目掛けて一直線に飛んだ。
 竜がそれに気づいたのはわたしを通りすぎたあとだ。方向転換は間に合わない。真っ赤な軌跡を引く線がわたしが付けた竜の額の線と重なる。
 ベェと舌をだした。なんでそんな茶目っ気の有る行動を取ったのかは自分でも謎である。

 カァンッ!! と子気味良い音と共に炎月輪が突き刺さる。二つめが刺さった瞬間に一際大きな光を放った。その光は竜の体を一刀両断するかのように二度煌いて、真紅の光と共に竜の体を爆散させる。
 それと同時にわたしは地面付近に着地動作もしないで落ちるがままに身を任せていた。

「アキ!!」

 助けてくれる確信はあった。変な姿勢をしていると蹴ることになりかねない。
 手を差し出す彼に抱きつくように手を伸ばす。衝撃緩衝が働いて、勢いが逃げそのまま押し倒したかのように覆いかぶさった。

「おうふ!」
「やりましたコウキさん!!」
「いや、それどころじゃないから!!」

 コウキさんが言って指を差している先に、肉と鋼鉄の塊になったそれが降り注ごうとしている。
 アレを避けるには今から一瞬で数十メートルを駆け抜けるか何トンという単位での物を押しのける事ができる超竜虎火炎砲が必要である。

「アキ! ファイアブレスは!?」
「無理です!」
「ファーナ! 壁は!?」
「押し切られますあんなの……!! 裂空虎砲は!?」
「無理ー……!」

 何故かちょっとはにかみ気味に言った。
 こんなシチュエーションで可愛いと思ったわたしは間違いなくおかしな思考状態だ。釣られてみなでにやけてしまう。

 あの肉の塊に押しつぶされて終わるのか。
 勝ったのに負けてしまうのはとても残念だ。

 コウキさんが笑うほど絶体絶命。

 ああ、もうちょっと先に行けると思ってたんだけどここで終わりなのか。
 迫り来る肉の塊。
 三人寄り添って眼を閉じた。




 俺の目で見ても絶望的だった。思わず笑ってしまうのは逆境でも余裕があるからではない。俺の中で一番根底にある感情が露になっているだけだ。
 
「走れーーー!!!」
 脱力したアキは覆いかぶさって居たので担いでそのまま走り出す。ファーナの手も引いて全力疾走したがアキを担いでも俺の方が速いみたいだった。きっと火事場の馬鹿力と言う奴だ。
 俺達に残された手段は走るだけ。
 どの位置に居れば奇跡的に助かるとかそういうのがわかるわけも無い。ただあそこに居るよりはマシ。何もしないよりはマシ。

 走ってる間は必死だ。半狂乱だったかもしれない。
 で走って走って――!

「コウキ手を放してください!」
「絶対嫌だ!!」
「このままでは!!」

「駄目だ!! 俺はもう絶対ファーナを諦めない!!!」

 この手は絶対に放さない。
 もうあんな思いはしたくない。
 何の為に此処に居ると思ってるんだ。
 今此処でファーナを諦める事がもっとも無意味な行為だ。
 俺の両足が引きちぎれるぐらい全力で走らなくては。
 ファーナも担いだ方が良かっただろうか。もうそんな事も言っていられない。
 限界の速度でひたすら足に力を込めて地面を蹴り飛ばす。

 すぐ近くまで音が迫ってきて叫ぶ。

「うわああああああああああああああああああ!!!」


 死ぬ!!
 嫌だ!!
 涙で目の前が霞む。音が聞こえなくなってくる。その代わり全身の筋肉の感触も消えて、体が本当に軽い。今の瞬間全力疾走であると確信できる。俺の体の何処も、無駄な動きをしていない。

 こんな全力疾走は初めてだ。
 ファーナは両手で俺に掴まっていて既に浮いているような状態だ。右手の手首が外れそうだが、この手は絶対に放す訳にはいかない。
 あんな思いはもうしたくない。魔王に攫われてる間どれだけ自分が磨り減ったように感じたか。
 皆に気を使われるのも心苦しかった。勿論非難されるのも当然だとは思って居ても辛かった。
 能天気を演じても、誰かの言うとおりに動く事を償いだと思って居ても結局自分が動かなかった事を後悔するだけ。
 それが本当にどんな傷よりも痛かった。

 絶対に諦めるものか。
 俺が助けなければいけない、のに。

 俺の力じゃ此処までが限界か。

 筋肉が引きちぎれそうなほど全力で走って、駄目だった。

 後はただ虚空に助けを乞うのみである。

「誰か助け、て!」

 こんな状況で今更言っても、応えられる人間なんて居ない。

 俺達を助けられる人間は存在しないのだから――。

 視界の端で何かが光る。それは涙ではなかった。




「助けてやるよ!!」

 バンッ! と背中が押された。パァッと視界が光に包まれる。
 聞きなれているのに随分懐かしい声と一緒に仄かに茶色い髪の毛と顔には自信に溢れた不敵な笑み。最速を誇る黄金のシキガミ――!

「キツキぃぃーー!!」

 例外<シキガミ>にいっぱい友達が居てよかった!!

 そう叫ぶ間もなく、閃光の速さで俺たちはその竜の肉体が落ちてくる範囲外へと飛び去る。走っている勢いが止まる事も無く、突然変わった足元の感覚に躓いて俺たち三人が激しく転がる。転がっている途中に物凄い地響きを感じた。恐らく竜の塊が地面に激突した為だろう。

『きゃあああああ!?』
「うおあああああ!!」

 ゴロゴロと転がって止まったときには俺は二人の下敷きになっていた。
 俺の目の前は真っ暗で何も見えない。

「うぅ……いたた。大丈夫ですかコウキ?」
「あんふぉか」
「え? あっ!? きゃああ!!」

 バッとファーナが退いて俺の視界が開ける。
 どうやらファーナが上に乗っかっていたらしい。

「げほっげほっ……! はぁ、ああ……生きてる……!
 大丈夫ファーナ!? アキ!?」
「はい、わたくしは大丈夫です。アキは――ああ、アキ、大丈夫ですか?」
「うーん、大丈夫〜」
 こけた時に思い切り投げ出してしまってので俺たちよりも先に転がっていた。
 俺と同じく今起き上がって顔をふるふると振ってから状況を確認している。

「は、は……わたしたち、助かったんですか……」

 アキは自分に異常がない事を確認して俺を見た。
 暫くジッと見て、何となくお互い無事だと言うのを脳内が認識すると――、じわぁっと血がゆっくりと体を巡って温まって頬に赤みが差して、その大きな瞳に涙がこみ上げて来た。

「うあ――! 良かった、良かったファーナ! コウキさん!
 わたし、御免なさい、もう駄目だと思って……!」

 諦めたのだろうか。だから動かなかったのなら、それは結果オーライだったといえる。
 実際火事場の馬鹿力の状態なら二人とも担いで走った方が速かった。
 危機が去った今色んな箇所の筋肉が悲鳴を上げているが、そのお陰で助かったのなら安いものである。

 俺は四肢を投げ出して笑う。
 俺に近づいてきて見下ろすそいつ足をペシペシ叩きながら「遅せーよぅ! ありがとう!」と文句とお礼を同時に言った。

「俺じゃなかったら間に合わなかったんだぞ?
 それに遅いは俺の台詞だ。竜世界に入れるようになったのがさっきなんだ。
 お前が繋ぐのが遅かったんだ」

 キツキが手を出して来たのでそれに掴まるとグッと引き起こされる。ちょっとふら付きながら立ち上がると、遠くにみんなの姿が見えた。
 ああ、そうか――。
 時間の流れ方が違うってこう言う事か。
 こちら側からの干渉はあちら側ではかなりの時間が経過する。裂空虎砲は失敗したわけじゃなかった。
 なんだよもうとため息が出るが今更言った所で仕方が無い。むしろ思惑通り、裂空虎砲で繋げられた事を喜ぶべきだ。ああ、良かった。駄目だった場合助かっても万策尽きてる可能性があった。

 最初に駆け寄ってきたルーを抱き上げてワシャワシャと撫でる。
 そのあとすぐにぐじぐじ泣き出したアキに駆け寄って今日のファーナの情熱的な下着の色の話を始めようとしたところで思い切りビンタを食らった。さっきファーナが立ち退く瞬間に見えてしまったのである。徹底しているなぁと思った。
 ファーナにぽこぽこ殴られていると皆が来て俺たちの状況に目を丸くする。
 今しがた死にそうな目に会っていた奴等とは思えない。俺だって今死にそうだったのが嘘みたいだ。皆が来た瞬間にこんなにも安心できる。



 竜の死骸があった場所が薄く水色の光を帯びてズルズルと肉片が動き出す。
 再生している事に気づいた俺達は身構えた。
 さっき三人でやっと倒したのに、もう復活か。マナが回復する暇が無い。俺達は戦力外だ。

「おっと。オレらの出番か?」
「別に出しゃばらなくてもいいとは思うが」

 一番先頭に立ったのはタケとシェイルさん。全く怯む事も無く、むしろ好戦的だ。しかし再生は一定の所で止まって、キラキラと全体が満遍なく光だす。
 それは一つの光になって大きな一つの光になった。しばらくして光が弱まるとと人一人分ぐらいの大きさに纏まる。

 竜世界に縁があるなんて考えた事は無かったが――。
 俺たちはそこに現れたその人に驚きの声を上げる。


 赤茶色の髪は括られていない。少し童顔に見える丸めの顔には意志の強い瞳があった。
 俺たちはその人を知っている。一緒に旅をした事があるからだ。

 両手を組んで仁王立ちしている。身長は俺よりも小さいのだがその人の迫力は凄かった。
 ヴァンがコメカミを押さえてやれやれとため息をつく。
 その動作に目敏く反応してその銀色エルフを指差して、彼女は言った。

『何 よ ク ソ エ ル フ ーーー!!』

「ふっ、どうせそう言うと思っていましたとも、このおバカドラゴン」

 苦笑いしているヴァンからすれば頭が痛い余計な出会いなのかもしれない。
 それでも俺にとっては違う。
 かつて、一緒に強敵と戦った――背中を預けたことのある、戦友である。

「シィル!!」
「シルヴィア!!」
「お母さん!!」

 三者三様に呼んで、同時に駆け出した。

 この世界の狭間で――奇跡が起きる――。

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