第239話『道導』
落下中でも一応目標地点は見ていた。高所落下中の為に体中色んな所がゾワゾワとしているがルーメンが居るので大丈夫だ。着地までを任せるといつも通り丁寧に球体壁を全員に展開して目的の場所へと集める。
俺は目が良い方だ。地面に到着する前に気付いてからその人に手を振った。
「うあああああああ! あれ!? アルベントだーー! アールーベーンートー!!」
着地するや否や俺はアルベントに駆け寄って体当たりした。
もちろん弾かれたのは俺だ。対格差は二倍ぐらいあるように見える。大きな体に隆々とした筋肉、そして体は黄色と茶色の毛に覆われている。顔にはライオンの顔が付いていて立派な鬣が印象的だ。
勇者、アルベント・ラシュベル。俺がこの世界に落ちてきて初めて戦った人だ。
「相変わらず元気だなコウキ」
差し出された手を取って立ち上がる。その手を掴んで立ち上がってからブンブンと握手をした。
アルベントとは久しぶりって程長い間別行動をしていたわけではない。大会の後セインの援護の為に飛んだはずだ。なんか外国を行き来するエリートサラリーマンみたいに言ったがアルベントの引く手数多さに関してはそれに近いものがあるだろう。
「お久しぶりです。と言っても数日ぶりですか。
アルベントさん」
アキが言うと、アルベントはふむ、と頷いて俺達を見回した。
「ああ、なんだ、また大所帯でキャンプにでも着たか? 随分と遠出しているんだな」
「まぁそれもあるんだけど」
「あるのか。第二位世界へキャンプとは随分と足が速い事だ」
アルベントは息を吐いて座った。
第二位世界。勢いで来たけれど――此処がどこなのか。俺にも薄っすら理解は出来る。
本当に観光気分な訳ではないが、それでもこの世界は見惚れてしまうほど綺麗な場所が多い。今も夕陽が世界を橙に染めていて、オレンジ色の空と空に浮かぶ島々がより浪漫の在る物に見えた。
俺たち大所帯は各々居場所を見繕って疎らに座った。辺りは一面森だが此処だけ少し開けていて少し歩くと泉が湧いて居ると聞き、タケとシェイルさんとルーメンが水を汲みに行った。
「ドラゴンに乗っていたな。あれは何処に行った」
「ここ」
「何よー」
俺がシィルを指差すと眉を顰めて彼女が俺を睨んだ。指に噛み付いてきたのですっと手を下げる。
「シルヴィア。中の人に合ったのは俺も今回の旅が初めてなんだ」
「中の人言うな!」
「特技はお母さんキャノンと大食い」
そこまで言うと拳が飛んで来て頬っぺたに良い感じにヒットする。痛い。
「殴るわよ!?」
「殴ってからゆーなよぅ。あと急に凶暴になるなよ」
「人に自分の事言われるの嫌なのー」
「そうか……急に二人に増えたわけではないのだな。生き別れの妹でも居たか」
アルベントが顎を擦りながらアキとシィルを見比べる。
「妹じゃないしー」
胡坐をかいて座っていたシィルが背を逸らす。後ろに倒れると丁度アキの膝を枕にする形になって、そのままアキに撫でられる。どうみてもアキの方が年上に見える。
「まぁ、この容姿じゃ妹か」
「違いますよ、この見た目でもわたしのお母さんです」
シィルを撫でたままアキが困った顔で言う。
この状況で何処に弁解の余地があろうか。
「む……。随分と若い母なのだな。人はそんなに若く子を産めたか?」
「母はわたしを産んで五年後に竜に転生していたんです」
「なるほどな……それで竜が手引きして門を潜って来たのか」
「はい。道中の移動は殆どコウキさんですけどね」
「そうね。竜世界に乗り込んできて、竜を仲間にして精霊世界へ行った奴なんてコウキ以外居ないわ。
それにコウキにしか出来ない事よ。あたしが断言するんだから間違いないわ」
シィルの自信は一体何処から来るんだろう。傍若無人に拍車が掛かっているがヴァンはその状況に毒づく事も無く静観している。
「壱神くんは顔広いねぇ本当。何処行っても知り合いだらけじゃん」
「俺だって世界単位で変わって知り合い居ると思ってなかったよ!
アルベントはどうして此処に居るの?」
「ふむ、当然死んだからだ」
「えっ!? 死んだ!? アルベントが!?」
「ああ。虹剣の主にな。気障だが剣豪だ」
虹剣ってムトかよ……アルクセイドで何があったんだろうか。
俺の居ない所でドラマチック起こりすぎだ。ヴァースは剣を取られたって事なんだろうか。でも虹剣って自分で主人決める癖があるからなぁ。
俺の記憶にあるムトは薄っすらとしているが、グラネダの王様とは親友という間柄だったと思う。前回の結末ほど酷い事は他には無いだろうが――きっと今の俺には関係の無い話だ。
「わかった。変なこと聞いたよ。ごめん」
「いや構わん」
「あっちの世界のことじゃなくて今はこの世界のことが知りたいんだ」
「ふむ、戦女神とは話したか」
「いや。話する前にシィルがちょっとやらかしちゃって」
「何よー」
「その何か言われるととりあえず噛み付くのやめようよ」
俺達のやり取りを見てから少しだけアルベントが俺達から視線を外した。
そして暫く固まったようになると、ふいに此方に振り返った。
「大体理解した。門番隊を消し飛ばしたんだな。
あそこは戦女神なりたての女神達が訓練する場所らしい」
「そうなの!? 戦女神って軍隊なの!?」
衝撃の事実にアルベントを見る。
「いや、軍でもあると言っているな。
メラミルト、解説をしてやれ」
突然アルベントがそういった。何か面倒くさくなったと言う風に頭を掻く。
『……はい。それでは失礼します』
「うおぁ!?」
突然知らない声が入ってきて驚く。
アルベントの隣に静かに佇む戦女神が居た。
彼女は白い鎧に赤と黄色の模様が入っている。おとなしそうな顔立ちの人で、その印象は凡そその通りだった。
『ようこそヴァルハラへ』
「戦女神!?」
シィルが起き上がって睨む。
俺達は自分達が知っている戦女神との違いを確認していた。
「ラジュエラみたいに威圧感が無い!」
俺の素直な意見である。双剣をの墓場の主であるラジュエラ。あの一度見たら忘れられない光景と彼女の風貌。それとは違って大人しい人に見えた。
「オルドヴァイユみたいに強そうじゃないな」
タケも同じような感想を抱いた。オルドヴァイユはもう少し黒くて重そうな風貌のようだ。
「ラスタロンみたいに高飛車じゃない」
四法さんも面白そうに言う。ラスタロンって人は高飛車らしい。なんだかどこかで聞いた事がある。
「シャブライアは毎度謎掛けしてきたけど、普通は無いんだな」
キツキはため息を吐く。相当面倒な思いをしてきたようだ。
『アナタ方が今仰られたのは、この第二位世界の四柱女神様です。
この世界の王とでも言いましょうか――。
私達にとっても遠い存在なのです。
はじめまして皆様。私はメラミルトと申します。
もし貴女方が英雄となられ此処に来られたならばきっとまた会うこととなるでしょう。
ようこそ、ヴァルハラへ』
「ばるはらって何?」
『英雄の魂の集まる、休息の地です。
英雄の方々は此処で各々自分を磨き、または休みながら次の戦に備えます』
「次の戦い?」
『終末戦争です』
俺は驚いて思わず立ち上がった。
みんなの視線が俺に集まる。
「毎週やるの!?」
「やられてたまるか。週末のスポーツじゃねぇんだから。
その終末戦争ってのは、神様の入れ替わりの戦争だ。
俺達がシキガミをやってる、その根本にあるもんだよ」
そういってキツキに引っ張られて座る。
キツキはやはり理解していた。キツキが全部知ってて付いてきてくれてるなら、俺は正しい事をしている。いまさら何となく安堵してから俺は戦女神に向き直った。
「終末戦争は誰が起こすんだ?」
『……アナタは本当に何も知らないんですね』
「教えてください先生!」
『アナタは……!』
「メラミルト」
『……すみません』
彼女は俯いて一歩下がる。何やら気まずい空気になった。俺はヒソヒソとキツキに話しかける。
「ねぇこれどういう状態?」
「多分だが、アルベントって人がお前の武勇伝語りすぎたんじゃねぇのか」
「まじで? 俺を語るときは武勇伝以外から入らないと駄目だって。
メラミルトさん!」
『はい』
「俺は偉い人間じゃないぞ!
アルベントが何て言ったか知らないけど俺は自分のわがままで此処まで来てる!
そんで絶対ファーナを助けて此処から帰る!!
それだけなんだ!」
『どうしてそんな風に言えるんですか!
此処に来てアナタは何も知らない……それは絶望的な状況じゃないんですか!?
それを成した貴方に何があるんですか……!
貴方は何を見て進んでいると言うのですか!』
どうしてそんな事を訊くのだろうか。でも俺は極自然にそれに答える事が出来た。
「何もないよ!」
立ち上がって言うとメラミルトは驚いた顔をした。
皆同じ表情だっただろうか。即答して何も無いと言えるのは俺ぐらいかもしれない。
色々とシキガミという立場を利用して打算的になれば、魔王の国の略奪や軍属として残って良い立場でいられる事は出来るだろう。
でも俺が助けるよって言ったのはそういうことじゃない。
不意にファーナを振り返って見た。彼女も少し驚いていて一度視線を外したがパチパチと瞬きをして俺を見た。それに笑って視線を戻す。メラミルトは息を飲んだ。
「だから後悔も残らない」
後悔は自分の足を引っぱる。いつも肝心なタイミングで出て来ては自分を惑わす。
でもそれは逆に、本気で嫌だと思って振り切る事も出来る。その瞬間は紛れも無くその過去よりも力を発揮していて、必死なのだ。
全員を助けるなんて無謀な事、最初から俺しか言ってなかった。
コレを達成するのは俺の義務だ。
彼女は何かを言おうとして口をつぐんだ。そして暫くしてゆっくりと顔を上げた。
『……やはり、貴方も英雄なのですね』
「もしそう呼ぶなら、俺たちがやろうとしてることが終わってからにしてよ」
英雄って呼ばれるの恥ずかしいんだよね。グラネダで茶化されたりネタにされたりしてるうちに慣れてはきたのだけれど。
今は皆を引き連れて走りっている。道をただ真っ直ぐ。
いつか誇れるようになればいい。今はどんなにカッコ悪くても――助けなきゃいけない人がいるから。
「というわけで! お願いします!
俺達に第一位世界へ行く方法を教えてください!!」
野球部並みの最敬礼でその人に教えを請う。
彼女がため息を吐くのが聞こえ、頭を上げてくださいと言った。
『……ここから太陽が見える方向に真っ直ぐ進むと、高い塔が見えてきます。
その塔は、地面に立っていません。天空塔と言って、空の島に立てられています。塔の最上階に神へ通じる扉がある、という話は聞いた事があります。
八人の戦女神以外にはその塔に立ち入る事を許されていません』
「八人?」
『はい。先ほどの四柱様方、それと領地を治める四王様です。
この世界を四分割して自治活動を行っています。
ここは竜界の門があるアネッサ領区。自然が最も多く、最も広いです。
そしてバベルはハンドラ領区です』
「領土で管理されてるの?」
『ヴァルハラに関してはそうです。
私達は第二位精霊ですから戦女神自体はこの世界に存在する意味はありません。個人世界を作って居てもいいでしょうし、意志として存在するだけでも構わないのです。
ラジュエラ様がそうでした。殆どこの世界に現界した話は聞きません。何をしていたのかは貴方達の方が詳しいのではないかと思います。
通常ここでは戦女神は英雄様のお世話や管理を仰せつかっています』
「戦女神ってそういうメイドさん的な存在だったんだ……」
カルチャーショック的な衝撃を感じてワナワナとしていると同じ表情で慄いていたタケが口の端を歪ませて首を振った。
「え、そんなわけ無いだろ……アレは訓練兵を育てる鬼上官だろ」
「俺もそう思ってたんだけどさ。ラジュエラが献身的な姿が思い浮かばないんだけど」
『四柱様は特別です。ランバスティ様の直系の女神様ですから加護能力が強く“英雄を育てる”為の力を有しています。
故に本当に戦女神として名高い女神様なのです』
ラジュエラの知名度はなんか凄いなぁと漠然と思っていたがそう言う事か。
実際に強い加護を持っているラジュエラ達の上位の女神しか加護をしていないのなら、俺たちはラッキーだったんだろう。その程度の言葉で片付くほど安い関係ではないけれど。
「なるほど。ラジュエラが褒められると俺もなんだか誇らしい。
良い教官だったんだなって身に染みるよ。
そのバベルがあるパンドラ領区だっけ? どこなのかな」
『ハンドラ領区です……。なんだかやっぱり納得できなくなってきました』
「世の中割り切りって大事だと思うよ」
どの口が言うかとキツキにため息を吐かれる。
その適当に言った事が引き金となって酷い目に会うことになろうとは思いもしなかった。
『わかりました。割り切ります』
物分りのいい戦女神で助かった、と思った。
『私達のやり方で!
私と勝負です! イチガミコウキ!!』
しまった――!
日の落ちかけた森の奥、そのハルバートが手元に出現し、その切っ先は俺に向けられた。
鋭い目付きで俺を睨むその姿だけはラジュエラに似ていると思った。問答無用の戦闘態勢である。
「どーするのコウキー。
あたしやろっか?」
シィルがニヤニヤとしながら訊いてきた。
いやぁ、俺がアホをさらして馬鹿らしくなって来たから叱られているのであって。もうすこしシリアスモードのスイッチ入れとくんだった。
「分かった。負けたほうが食事当番! あと塔まで道案内ね」
『は……? 生きていられると?
嘗められてますね、私も……!』
戦女神って怒り出すと本当に沸点が低くなる。
しかもそれで居て強いんだから手に負えない。俺は戦う以外の道を絶たれたのである。
皆が居る場所から少し離れて頑張ってみる事を提案した。
「コウキそんな無茶を受ける必要はありません!」
「そうかな。納得って必要だと思うけど。
特にここはそうだよ。弱肉強食がそのまま世界のルールなんだから」
ファーナが心配して駆け寄ってくる。
「わたくしはコウキにだけそんな危険な事をさせたくないのです!
ならばわたくしも一緒に!」
「今回は挑まれた決闘だし気持ちだけかな。炎月輪を最高の状態で貸して」
無駄に戦って個々で消耗する必要は無い。けど、戦えば進む事が分かっている以上、ここで手合わせを願わない手は無い。まぁ、向こうは決闘だと思っているだろうけど、そこのすれ違いはいつも通りだ。
俺の言葉に何か言いたげに口ごもって、ファーナは視線を下げた後、そっと俺の手に触れて短縮唱歌も必要なくなった炎月輪を手にさせる。
この炎月輪、いつも重さは変わらない。当たり前のように存在するコレにいつも命を救われた。きっと今回もそうだろう。
「頑張れコウキー!」
「まぁ死なない程度にな」
「イチガミくんファイトー!」
「どうする? ごはんのおかず賭けるー?」
「ちょっとお母さん!」
「コウキは負けませんっ!」
「駄目ですよリージェ様。コレは――」
頼りになる友人達は元気に俺を見送った。観戦場所の算段をヴァンと一緒に考えている。覚えてろよチクショウ!
どのみち此処で死んで居てはこの先にいる戦女神と戦った時に死ぬんだろう。上位だろうが下位だろうが彼女等は戦女神だ。相応の力を持っているだろう。
しかし友人達の余裕の意味は分かってしまった。
階段飛びで成長している自分達。
立ち姿で分かる技量。
スポーツでも良くある事だそうだ。
剣道の上位者なんかは顕著だとキツキは言っていた。
彼女が見たいものが本当に俺の実力なのかは分からない。
しかし思い悩みながら何かを知る為に俺に剣を向けた事は分かる。
ちょっと気張って頑張ろうか、炎月輪。
そう思って力を込めると――赤い装飾が仄かに光を帯びた。
気に入らないと思った。
無知な事が癪に障った。
愚鈍に思えた。
それは、いつの、誰に重ねた話だったか。
赤い軌跡が真っ直ぐ伸びる。
コウキの手元を離れた炎月輪はその存在感を露にして戦女神に向かっていった。飛び道具だ、叩き落せば良い。彼女が炎月輪にハルバートを当てようと振ったと同時に壱神幸輝が風のように自分の間合いに滑り込んできた。
そんな複雑な戦い方をする人間とは出会った事が無かった。彼女は慌てて身を引いて柄でコウキの猛攻を防ぐ。
最初から一歩も前に進めていない。彼女は長物を扱うが狭い山道で戦うのは得意な方だと思っていた。
ハルバートは叩き割る為の武器だ。自分の身長程度に治まっていて自分の両手幅の感覚で扱える。
しかし何時もは強気で振れるその武器をいとも容易く獣のように避け、地形を生かして木を蹴り飛ばしながら移動して頭上や背後にまで剣を届かせる彼の手を捌くだけで精一杯だった。
アルベントの手立ては自分と似ていた。ただし彼は木が在ろうが無かろうが関係ないといった風に斧を振り回す。あれはアレで違うベクトルの反則技と言っても良い。
コウキの一撃はとにかく早い。彼の剣は“双剣以上”だ。とにかく手数が多い。剣を投げて戦い、この視界の狭い薄暗い森の中で確実に剣を拾う。
シャン、と響く武器のぶつかり合う音。彼が投げた剣がメラミルトの武器を長く擦れると火花が焔のように散る。投擲の一発一発がいつ爆発するのか分からない。爆弾相手に戦うなんて神経を使いすぎてどうにかなりそうだった。
森の不覚に踏み込むに連れて恐怖が増す。彼の位置だけははっきりと分かった。彼が切りつける草が。目の前を掠る残像が火を灯す。彼の位置だけは見失わない。
技が撃てない。撃ってこないというのが一番の理由になっているがそれにしても位置の選び方がズルイ。なんとか突き技ぐらい使う隙を見せてくるが誘われているだけだ。この人は確実に槍や戦斧の戦いに慣れている。
人間が縛っている物ぐらい私が縛らなくてどうする。
彼はしかも今日竜と戦って手負いだ。既に疲弊が見えた。条件は有利じゃないか。回復すらしてやらない私はなんて卑怯者だ――!
(剣を拾うって何ですか!
初めから投げる事前提で!!
まるでその先が見えてるみたいじゃないですか!!)
コレが英雄の素質か――!
どうやって追いつく!
自分はそうなれるのか!
私はこんな英雄を作れるか!
彼女の中で巡る言葉は戦女神と個人の自問自答。
彼女は今どちらでもない。
認識が甘い自分を知った激怒して、その自分は更に怖がって逃げる。
それが出来なければ彼に勝てない。
それが出来なければラジュエラに追いつけない。
それが出来なければ自分はここで死ぬ。
「逃げてたら勝てない!!」
私だけを見てその灼熱の光を返す瞳を見た。
何が見えるの。この戦いの最中に助言して、貴方に返るものは何も無いはず。無いはずなのに。
私が羨ましいと思うものがそこにある。
私が欲しいものだけを突き動かす。
パシャァ!
右足が、泉の畔で水を踏んだ。
もう後が無いと脳が叫ぶ。
背水の陣を叫ぶ。
ここ一番で両手に持ったコウキの剣は真っ赤に燃え上がる。
眩しいくらいに燃え上がりその眩しさに目が眩みかける。
彼女は思いを馳せる。
追い詰められたその先に英雄は何を見たのか。彼女も身を持って体験する事になる。
集中力が爆発した。
世界が鮮明に見える。
今この一歩を踏み込める地面が見える。
直感が言ってる。此処を踏め。
今追いつけ その一撃に 全てを 賭けろ――!!
揺れ動く焔のようなその影に、渾身の一突きを突き立てる。
揺らいで、何かが飛んだ。
火花だと思った。
ガンッ! 懐に飛び込んだ彼が思い切りぶつかってきた。体当たりを狙っていたようで下から突きあがってくるかのような突進に思わず足が浮かび上がる。
鎧の板金の上からとは言え痛いものは痛い。
血飛沫を浴びて、即座に洗い流されるによう、その火を消すかのように、情け無い声を上げて私は湖へと背をつけた。
バシャァア!!
鎧がついたまま、泉の中央ぐらいまで派手に飛ばされた。私は泳げない。泳いだ事は一度も無い。
わかった。
我が主が認める、彼の力が。本当にアルベント様とどうやって顔をあわせればいいだろう。
水面に遠く映る、光に手を伸ばす。
気泡に揺れて、乱れるその光。
その月が影って誰かが私の手を掴んだ。
それは導きと呼ばれるものだ。
全ての道を照らす太陽。または夜に照る月。世界に堂々と映える。
その光を瞳に映しては皆――彼を“希望”と呼ぶのだ。
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