第242話『巨人殺し』

 初の対神戦。そして初の巨人退治。
 そう、俺達の悪魔の作戦は始まったばかり。

「氷なんか出してどうするの?」
「こう、氷をアキの鎖でつないで、振り回して当てる!」
「ああ、確かにそういう攻撃なら少しは効くかも」
「いや。急所を狙わないと。股間とか」
「お前悪魔か!!」
「確かに効果的ではあるな……」
「わ、わたしがやるんですか!?」
「振り回すのはオレに任せろ!
 ハンマー投げは得意なんだぜ!
 スサノオで倍乗せだ!」
「じゃあ残ったメンツで足止めだな!」

 そうして決まったのが今回の作戦、巨人殺しである。
 まずは巨人の足止めを成功させなくてはいけない。


 突然、どんっと大きな一歩を巨人が踏み出した。
 姿勢を前傾にしてその豪腕を突き出す。巨大な剣先がドラゴンに迫った。
 ガギャンッ!!
 あわせて後ろに下がったドラゴンも、その巨人のリーチに追いつかれて腹の中心に剣を受けることになる。
 剣はその鱗を貫かなかった。しかし重い轟音を立ててまっすぐにドラゴンを押しやる。その勢いだけで、木々が靡き地面が揺れる。
 その迫力に俺たちは言葉を失う。
 一気に数キロ離れてしまった。これでは近づくのも一苦労だ。

「シィルー! 足止め手伝ってくれー!!
 って聞こえないかー!」
「お母さん!!」
『何よ!』

 アキが叫ぶとシィルが反応した。ちょっと驚くとアキも同じような表情だった。

「えっ!? 聞こえるんですかっ!?」
『あんたの声は聞こえるの!
 一回あたしの神性削って治してあげてるんだから当然繋がってるわ!
 どこ居たって聞こえるの!』
「あの、あう、あの!
 だったら! 手伝ってほしいことがあるんです!
 巨人の足止めをしてください!
 こっちでも大きなの一発入れられそうなんです!」
『だったらあんたが指示しなさい!』

「なるほど! じゃあ、細かいタイミングはアキに任せる!
 四法さんもう氷出せる!? 目印にしよう!」
「分かったっ!」
「今から大きな氷柱を出します! それになるべく近づけてください!
 お母さんが足を止めさせるタイミングはわたしが見て計ります!
 押し下げてください!」

「術式:万華氷刃倍化!」

 シィルと巨人の対決はかなり見ものだ。リアルな怪獣映画並みの迫力がある。というかその通りじゃないか。しかもシィルの機動力が素晴らしくて巨人の攻撃を当てさせない所が手に汗握る。
 巨人の攻撃は初速が遅い。どうしても体の大きさに引き摺られてグッと溜めるような動作が出る。降りぬいている途中は大きさの割にはそこそこ出ている。当たればシィルの鱗があっても、鈍器で殴られているような衝撃を受けるはずだ。最初のような刺さる突き攻撃が当たる事はほぼ無いだろうが、無駄に体力を消費しすぎるわけにもいかない。

 尻尾を鞭のように振るい、巨人に傷を与える。あれはアウフェロ・クロスの動きだろうか。少し伸縮しているようにも見える。空中なのに細やかに体を捻って攻撃を躱し距離を詰めて尻尾を当てる。
 ドラゴンの攻撃も身長に当てて行っているが巨人も負けてはいない。強靭さが違うその神は攻撃被弾覚悟で手を伸ばし、尻尾を掴んだ。
 そしてそのドラゴンをハンマーの如く地面に叩きつける。背中からたたきつけられたドラゴンは苦しそうに声を上げたが、すぐに体を丸めて手首に噛み付く。思わず尻尾を掴んでいた手を話して顔面に向かって拳を向ける。
 そして、ゴゥッ! と風を切ってその拳をドラゴンに叩きつけると、ドラゴンはその重い衝撃に木の葉のように吹き飛んで、バサバサと翼を羽ばたかせる。
 一進一退の攻防ではあるが、場所は確かに少しづつ氷に近づいてきていた。

「もう少し……!
 あと一歩!
 そこで足止めしてください!!」

 グルグルと回転しながら飛び上がって翼を広げるドラゴンが一気に下降して巨人の顔に飛び掛る。
 ズドォン、と音が響くほどの当たりだが、巨人は一歩下がりながらそれを受け切って、ドラゴンに両手で抱きつき、絞め殺すように力を込める。
 ドラゴンの体は強い。俺たちは熱量を集中する事でやっとそれを貫いた。
 しかし巨人は隆々とした筋肉を駆使し、ドラゴンを絞め殺そうとしている。

『グギャァァァァァア!!!』

 ドラゴンの悲鳴と共にメキメキと嫌な音が聞こえる。
「お母さん!!」
 アキが叫ぶがドラゴンが苦しむ姿は変わらない。
 俺は少し焦る。作戦実行に至る為には巨人の足元に行く俺達の作戦が成功しなくてはいけない。
 先に四法さんに出してもらった氷の塊は既に根元から切り取られていて、アキの剣が深く突き刺さっている。既に物凄く長い鎖が伸びていてアキはその状態でティアを背負って待機だ。
 アキから少し離れた位置の氷塊の近くでタケはチャンスを窺って仁王立ちしていた。準備は整った。

「よし! 巨人を足止めする!
 ハンマーは頼んだぞタケ!
 アキ! いざとなったらティアを起こしてくれ!」
「はい!」
「アルベント! 四法さん!

 アルベントが森の中を駆け抜ける。俺たちはそれに乗っかっているだけだ。木々の間をすり抜けて一息のうちにその足元へと辿り着いて見せた。
 崖に辿り着いたのかと勘違いするほど大きな足が目の前に現れる。
 俺の剣で刺したところで、靴の中に少し尖った小石が入ったのと大差無いだろう。これをどうやって足止めするか。まぁ、その方法は既に決まっている。
 巨人は足元に注意を払っている様子はない。竜を強く抱いている為、下を見ているよゆうは無い。チャンスは今だ。
 シィルが苦しそうに血を吐いた。回復するとはいえ、流石に痛々しくて見ていられない。

「よし! アルベント! 上ってくれ!!」
「ああ!」

 アルベントは俺達を抱えたまま巨人の足に飛び乗った。ほぼ垂直だと言うのにアルベントの足は止まらない。その足を駆け上っていく。
 左足の膝の辺りまで来たところで四法さんを投げ下ろす。そこから更に上に上って太ももの中間ぐらいで俺を抱えたまま逆側の足へと跳んだ。
 そして丁度股をくぐるように俺を投げる。タイミングは完璧だ。
 俺は巨人の後ろへと飛ばされ、二人が膝から俺の合図を待つ。俺は双剣を後ろでに構えて、めいっぱい収束を始めた。

 暴れる竜を押さえつける為に巨人は腕に力を込める。しかしドラゴンはそう簡単に諦めず足掻くためバランスを取る為に巨人の足は細かく動いていた。
 俺の収束が終わって、双剣が輝きだすと同時に叫ぶ。

「いっけぇぇぇぇぇ!!!」

 俺が叫ぶと同時に、アルベントと四法さんが足の甲に向かって落下し始める。

「術式:万華氷刃倍化!!」
「術式:戦塵に帰せよ<ブラスト・ブランガー>!!」

 ズドォン!!!
 両足に響く突然の痛みに思わず手が緩む巨人。
 しかしそれだけでは足りない。

「術式:裂空虎砲!!」

 一度に両手の剣を振る。
 双剣だからこそ、両足に同時にそれを行う事ができた。

「壱神必殺!!

 ひざかっくん!!!」

 ドゴォォォッ!!

 膝裏からの衝撃が巨人の姿勢を変えさせる。
 ドラゴンに抱き付いていた状態だった為、体重は簡単に後ろ向きにそれた。しかも丁度両足を動かせないように衝撃を与えたのだ。これで倒れないわけが無い。
 巨人は覆わず竜を放し、背後へと手を伸ばす。その間にドラゴンは飛び退いてフラフラと危なげに飛行した。
 俺は着地したあとすぐに四法さんとアルベントの居る方向へと走り、その巨体の下敷きにならないように回避する。再びアルベントと合流したら撤退だ。巨人の近くにいすぎるとどんなことで下敷きになるかわからない。

 巨人は見事に背を血に向けて、天を仰ぐように倒れる。縦に突き上げるような物凄い地震が起きて少し立っていられなかった。がそんな中でもアルベントが走り寄って来て俺と四法さんを抱えて巨人から離れる。見事な電撃作戦だったといえた。流石アルベントといわざるをえない。
 あとはタケが上手くやってくれる事を願うのみだ。
 少し離れた場所に見える氷の塊が、円運動をしながら浮きあがる。その氷の塊はドラゴンの半分ぐらいの大きさだ。
 無理矢理削り取った根元は少し丸いトンカチのようになっていて、逆側は氷柱のように尖っている。
 外気にさらされて真っ白な氷が水を撒き散らしながらブンブンと振りまわれている。
 タケヒトのスサノオは単純な身体能力強化を行う。ソレを利用してその巨大氷をアイツにぶつけてやろうという作戦だ。

 狙うのは至難の技だ。正直当たれば万々歳と言うところである。鎖の調節はアキがすることになるので距離を間違う事は無いだろうが落ちる位置の微調整はタケがしなくてはいけない。
 こんな操作しづらい物を目的の場所に当てろというのは難しい話だ。巨人だってズッとその格好で居てくれるわけではない。

 巨人は雑草のように木々を踏んでいるが、ここは森の中だ。俺達にとっては足場が悪いし視界も狭い。
 木の上に出ないと鎖が振り回せない関係もあって氷の足場の上でタケのハンマー投げ動作は行われていた。かなり神経を使っている。勝負は一瞬だタケが巨人に届く範囲となる最大距離を振り回して大きくその塊を振り上げる。

「うおおおおおおおおおおおおっ!!! あっ!!!」

 雄たけびを上げて振り下ろそうと力んだ瞬間にそれはやっぱり起こってしまった。引き寄せるような動作をしながら叩きつけるつもりだったのだろうが、思い切り足を滑らせた。
 太陽に透ける氷が突然支点を失って目的の位置から逸れ始める。アキにはどうしようもない。その氷を引くと、背負っているティアが危険だからだ。

「あああああ!!」
「いやあああ! あたし頑張ったのにーー!」

 俺と四法さんの叫びが響く。氷を無駄にされた製氷業者の叫びのようだ。もっとちゃんとあわせる算段を考え込まなかった俺のせいなのだけれど。

「ティアちゃん! 起きて! ティアちゃん!!」

 ぺしぺしと背負っている彼女の太ももをたたく。
 そのうちの一発が強く、高らかに響いた。

「……っいひゃい……!
 みゃん!? にょこ!?」

 ティアが起きた――!
 寝ぼけているのか、起きたばかりで呂律が回らない。

 しかしその黄金の特性が氷に宿る。
 金色に光る氷が太陽と合わさって光、巨大な日の光を帯びた塊となって落下し始める。

 黄金特性はキツキが言うにはクリティカルヒット、のことらしい。
 手順における最適、当たり所の良さ。どちらもそれに当てはまる。
 ただそれは触れられて無いと起こらない。
 だから全ての起点としてつながるアキに任せたのだ。

 しかしそれで方向が変わるとか、そういう奇跡の力のような現象は起こらなかった。
 巨人の体の向こう側へハンマー投げされた鉄球のように飛んでいく。

 それが、最適な道筋だったことには、その氷に翼が生えたときに気づくことになる。

 氷の向こう側で一度大きく羽ばたいたのが見えた。ドラゴンが宙返りをしたその瞬間に翼が生えたかのように見えたのだ。

 その氷が投げ出された場所にはドラゴンが迫っていた――。

 華麗な身のこなしの綺麗な回転で的確に尻尾でその氷の塊を捉える。
 そしてバレーのトスみたいに高くその氷を弾き上げた。

「うおおおおお!!!
 挽回ちゃーーんす!
 術式:スサノオォォ!!」

 タケヒトが急いで元の場所へと走って再び氷の塊を引く。風を切りながら森の上スレスレを滑るように回転して真後ろより少し手前に行ったあたりで斜めに角度を変える。そして再び巨人めがけて、振り下ろされる。

「「「くっっらえーーーーーーーーーー!!!」」」

  ズドォォンッッ!!!



『ぬああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!』

 絶叫が響いて全員耳を塞ぐ。
 心無しか男子勢は内股であるが俺は思わず叫んでいた。
 股間という急所にクリーンヒット。これはコールせずにいられない。

「ストラーーイク!!」

 そう、弱点を突いただけ。ここにスポーツマンシップはない。
 ファンタジーの世界だが、夢と浪漫と現実がここにある。
 巨人は泡を吹いて倒れた。
 ここに、俺の悪魔の作戦、巨人殺しが完成した。


 ドラゴンは更に高く飛び上がって雲の近くで身を翻す。自慢の翼で二度羽ばたいた後、グルっとボールのように体を丸めて回転を始める。
 それは先ほどの氷の玉のような勢いではない。もっと巨大な隕石が落ちてきたかのような速さだった。そして――。

 ズドォォォォォォォォォン!!!

 轟音が鳴った。すぐにその衝撃は俺たちの足元から突き上げるように伝わってくる。
 今日一番大きな地震が起きるほどの衝撃で巨人にぶつかる。巨大なクレーターができ、さらにその地面の下に顔をめり込ませている。
 強制的にブリッジをさせられたような情けない姿勢で、そのまま動き出すことは無かった。

「うおおおおおお!!!

 勝ったーーー!!」

 わぁっと盛り上がって皆で抱きあう。
 ちょっと俺たちに取ってはラッキーが続いたが勝ちは勝ち。素直に喜べばいいだろう。

「みんなすごい! ティア、起きたら勝ってた! 太ももが痛い!」
「ティ、ティアちゃんごめんね?
 起きてもらうために仕方なく……」
 ティアが背中からアキに言って、アキが申し訳なさそうに笑う。
「正直、外れた時もうだめだと思ったよにゃーくーん」
「いやぁ、オレもやっちまったと思ったわ!
 立って来なくて助かった! あとで竜の姉御にも礼言わなきゃな」
 四法さんがタケの腕に拳をあててグリグリとしながらいう。
 立たなかったのは空気の読める頭脳組がなんとかしてくれたからだと思うけどな。と思いながら森を見回す。
「ありがとうアルベント、助かったよ」
「うむ。次はどうする?」
「気絶してるのも時間の問題だしとっととみんなと合流しないと」

 轟々と土煙が上がっていた顔面部分から、ロケットのように竜が飛び上がる。
 勝利の凱旋か、グルグルと空を飛びまわる。手を振る俺たちのそばを豪快に風を切りながら通り過ぎた。
 青空の下を銀色の鱗をキラキラと光らせながら飛んで、そしてそのまま塔の根元を目指す。散らばった全員にここに集まれと言っている様だった。
 俺達はそれに従って、全員でその塔の元を目指した。

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