第244話『オルドヴァイユ』
*コウキ
オルドヴァイユと言う戦女神はとんでもなく大きな人だった。俺の倍ぐらいはあるように思える身長に似合う体格とその巨大な剣。ああ、タケはこんな人に育てられたのか。そりゃあ強くなるわけだよ、と妙な事に納得しながらその人を見ていた。
自信ありげな表情は戦女神に相応しく、仁王立ちが果てしなく似合っている。彼女には戦女神という言葉がかなりしっくりと来る。そんな事をいうとラジュエラと違ってぺちゃんこにされそうだけれど。
重い剣がぶつかり合うと凄まじい音が響く。お互いに刃こぼれは気にしていないようで思い切りぶつけては体を空気を振るわせる。
容赦の無い波状攻撃が始まって最初に斬りかかったシィルが三撃程の打ち合いの後に高く打ち上げられる。その次に走りこんだタケが二撃横薙ぎからの打ち下ろしの後に後ろに引くと、アキが第二波の黒鉄剣を投げ込んでいく。剣戟の重さから言って俺や四法さんは入りづらい。
リーチが丁度同じぐらいになるキツキがアキの攻撃に合わせて鏡の術式で後ろに回りこむ。狭い場所での挟撃には流石に対応しきれないだろうと思って俺も拳を握って「やったか!?」と叫んだが、一振り横薙ぎの回転切りが物凄い風圧を起こして剣とキツキを吹き飛ばす。
第三波になったのはアルベント。その瞬間にはもう飛び掛かっていて高く斧を振り上げていた。
彼女と対比すると、何故かアルベントが少し小さいように思える。それは彼女が大きいだけであって、アルベントも元々大きい。女性と並べることでアルベントが縮小したかのような錯覚を受けているのだろう。人の感覚の物差しのおかしいところである。
アルベントの初撃必殺。俺は何度もその威力を目の当たりにしている。それを避けると初めて強者として認められ、戦が始まる。そういう技だ。
「術式:戦塵に帰せよ<ブラスト・ブランガー>!!」
ガゴォォォ!!
轟音と共に凄まじい土煙が巻き起こる。怒涛の波状攻撃の最後に相応しい攻撃だ。
しかし俺たちはその土煙がすぐに風に飛ばされて消えると、驚愕する事になった。
『良い技だ』
その人は――受け止めてみせた!
剣の面を盾にその攻撃を受け止めて立っている。しかも大剣は片手で持っていて、もう片手で剣の中心を押さえるような姿勢だった。剣の面で受け止めて勢いを殺したのだろう。衝撃吸収の術陣は見え無かったのでそれを肉体技術だけでやったのだ。
こんな事初めてだ。多分アルベントもそうだろう。でもアルベントは楽しそうだ。
素早く後退して再び全員が戦闘状態を立て直す。
ちょっと待ってくれ。一番重い攻撃を出来る人達が総出で攻撃をしたのに、全部凌がれた。
この人に通じる攻撃って、一体何なんだ――?
ごくりと息を飲む。暑さで出てきた汗が頬を撫でる。みんなの焦りが顔に出てきたようだった。
俺にはこの人はさらに一回り大きな人に見える。まだ余裕がある笑みが見える。ラジュエラだって五対の剣があった。アレを攻略して行くには多大な時間がかかった。
此処での俺達にそんな時間は無い。この状態を越えなくては進めないのだ。
重さを凌ぐのなら速さしか無い。防がれる前に当てる。俺たち双剣の常套手段で剣は当たれば切れるのだから致命傷でなくても何度も当てればいい。そうラジュエラに教えられながら剣を振って来た。同じ長さと重さの剣なら拮抗したいつもの当て合いだが大剣と戦うならこちらが相手の剣に当たらないように当てていかなくてはいけない。長ものと戦うのと近い感覚だが切れる箇所が多い分踏み込んでも危険がつきまとう。
俺が不利な状況をどうするかを考えていると再びタケがオルドヴァイユに突進する。
「術式:暴風突針!!」
一気に踏み込むと剣を突き出しながら技を発動させた。
しかしオルドヴァイユは横にひらりと体を動かす。そんな動作だけで避けきれる攻撃じゃないと思っていたが予想に反して彼女の後ろの地面にザクンと剣が刺さったような跡がつく。
俺達が見たことのある技とは違う。壁のような攻撃範囲だったその攻撃は、一突きの槍のような一撃になっていた。そうか、俺と同じでやっぱり技の熟練度が無かったのか。それでも十分な威力を見せていたがあの鋭さはタケの性分が創りだしたものなのだろうか。
しかし重要なのはオルドヴァイユが受けずに避けた事。アルベントの技は受けてみせたが今の技は受けなかった。ラジュエラなら常に避けるだろうが彼女は受けてみる性質なんだろう。隙さえ作ればきっと有効打になる。
タケの攻撃は続く。当然それが外れてもタケの侵攻は止まらない。あの重そうな剣を振り回して同じ剣を交差させた。お互いに剣を振りぬいて、すぐに切り返して来たオルドヴァイユの剣をタケが避ける。
「タケ! 加勢する!」
タケの真後ろから走り寄る。俺を気にする余裕はなさそうだ。二人の剣戟に気をつけながら不意にスピードを上げてタケの肩に飛び乗って更に飛び上がる。近づくと更に大きく感じるその人は俺を睨んで不敵に笑った。顔面を狙った俺の蹴りが空振って俺は続いて背面で剣を振る。彼女が剣を振り上げるのが見えたので自分の剣を交差してそれに当たるのを防ぐと、叩き落とされるような勢いでそれにぶつかった。
剣が衝突する甲高い音が響いて俺は地面に衝撃緩衝を働かせなら着地する。土煙を立てながら少し滑ってから再び彼女の方向に走りだした。
「術式:紅蓮月!!」
「術式:須佐乃男!!」
前後からはさみ打つ。左右どちらかに避けるならシィルかアルベントが更に追撃がかかる。タケの方の剣を受け俺の剣をかわしながら左に飛んだ。そこには鎖の音と共に剣が飛来したが、それは黒い大剣だった。
シィルが本当は俺の後ろから狙い打つべきだったが、シィルは旗の近くで傷口を押さえて蹲っている。最初の突撃で傷口が開いたのだろう。すぐに起きてこない所を見るにやはり重傷なのだ。彼女に無理をさせない為にアキが正面から攻撃を仕掛けたのだ。
彼女の剣を上半身を回転させながらかわすと、右手でその鎖を掴み取る。後ろに居た俺には振りぬいた左手の剣を牽制して近づけない。大体鎖を意志どおりに消せるとは言え、殆どの場合投げっぱなしが主体でそれを消して避けると言う習慣はあまりない。そもそもアキは鎖を掴まれた時に力負けする事が少ない。
普段のその力が仇になったか、彼女は体重も力も勝てないオルドヴァイユに対して、鎖を引いてしまった。次の瞬間彼女はまるで巨大な岩に括りつけられて投げられたかのように宙に舞う。そもそもの力は竜の加護、つまり彼女の母親が加護しているものだ。攻撃力に変わる純粋な力と、肉体の頑丈さに関わる筋肉の密度や体内のマナによっての硬化など肉体メインでの加護が主な竜の加護となる。それは竜人位を得ることで自然と得られる加護になるが、今回それを凌駕する戦女神という精霊位の存在に圧倒される形になった。
引っ張られた後に武器を消したがアキが自分の意志ではない力で宙を舞っているのは変わらないそれに一直線に突撃するようにオルドヴァイユが走る。
その走りはまるで鉄拳王の全盛期を思わせる。宙を走り風のように真っ直ぐ。俺達が秋の名前を叫ぶよりも早く二人の剣がぶつかった。
すぐに裂空虎砲の構えを取るが――間に合わない!
「フンッ!!!」
「はッ!! ぐぅっ!!」
ガァァンッ!!
黒鉄剣が振動して大きな音を立てる。オルドヴァイユの剣にピッタリあわせたが、やはりそのままアキが力負けして空中で吹き飛ぶ。
縦に二回転でその体の制御を自分に戻して剣の切っ先をオルドヴァイユに向ける。
「術式:超竜虎火炎砲<ファイア・ブレス>!!」
「術式:竜咆哮<ファイア・ブレス>!!」
「術式:裂空虎砲!!」
「喉の術式ライン展開固定、術式:新空の白銀の弾丸<カエルム・アーゼンタ・バレット>!!」
「並列展開固定、術式:墜光神槍撃<バル・ド・レイ・グング・ニル>!」
その瞬間に全員のタイミングが合った。俺とシィルはアキのピンチに反応してすぐにその技を撃ち、術士達はその期を窺っていた。
五人同時の攻撃が八方から迫り、影が消失するほどの光に包まれる。その技は空中でぶつかり、更に大きな衝撃となった。巨大な花火を纏めて爆破したような、既に音とも言えない衝撃が俺達に降りそそぐ。
光の中で強い風に煽られながら振り返ると、地面に伏せていたシィルが崖から吹き飛ばされるのが見えた。
「シィル!!」
暴風に逆らわないように走り出して一緒に崖から飛び出した。
たかっ!!
広がるコバルトブルーの壮観な景色は、崖際の風の音と相まってさらにその景観の良さを増しているように思えた。
そして自分達が居た場所の高さを再確認することになる。スカイダイビングだった。迫り来る風の轟音の中で必死に手を伸ばす。本当ならシィル一人で何とも無いのだろうけれど、彼女はそれができないほど重傷だった。
「ルーーメーーン!!!」
この光の中では無理かもしれない。
それでも絶対的な危機に来てくれる。俺達の希望のその一つ。肺の中にいっぱいに空気を入れて、思い切りその名前を叫んだ。
『そこか』
カッっと爆煙の中で何かが光ったのがわかった。
次の瞬間に俺とシィルを光の線が突き刺さる。背中から左の脇腹を通り抜けたあと、彼女の体のど真ん中を突き抜けた。
俺の声に反応してルーは大きな球体障壁を作った。ルーは声だけで距離を測っていて、俺達の位置が大体しか分からなかったようだ。
しかしほぼ正確にその位置を捉えて俺達は球体障壁の中を落ち、俺の衝撃緩衝が発動する。
「いった……!」
鋭い痛みだ。慣れている。心臓が近かった。少しやばかった。
海面が近づいて来て、目を閉じて衝撃に備えた。
ばしゃぁ、っと大きな音が聞こえて、全てが水の世界に包まれる。
息を止めたが、肺に穴が開いていて、すぐに咳き込んで息が続かなくなった。少しでも上に上がらなきゃシィルが助からない。
しかし息が続かないと言うのは非常に辛い。人の意識はこんなに早く途切れようとするのか。海水を思い切り吸って、体はもがくように動くことしかできない。
せめてシィルはすぐに見つけてもらえるように、上に押し上げて海面へ。
その反動で俺は手を伸ばしたまま海の底へ沈む。装備だって俺の方が重い。ここまで浮かび上がれただけ奇跡というものだ。
すぐに意識が遠のいていって、薄っすらと遠い記憶がめぐり始める。
キツキとは本当に小さいころからの付き合いだ。
タケは本当に気の合う友人だった。
四方さんは俺達と本当に仲良くしてくれた。
アキは命の恩人だ。
アルベントは戦友として信頼出来る存在だった。
ファーナはいつも俺を信じてくれた。
ヴァンは俺達を影からサポートする役に徹してくれた。
シィルは命や世界を繋ぐ希望だった。
悔しいなぁ。
俺はどうしてこういう終わり方しかできないんだろう。
次もまたシキガミなんだっけ。やだなぁ。
ボコボコと口から出る泡を見送って。
キラキラ光る水面がどんどん遠くなって。
体の芯から冷えていくのを感じながら意識をなくした。
*アキ
振り返った時にはコウキさんは飛び出していた。
お母さんが風圧に負けて転がり落ちたのを追いかけた。それにすぐ気づけなかったのは自分が悪い。
それを追いかけるように崖の縁へ向かったが、すぐにルーちゃんを呼ぶ声が響いた。
自分は行かなくても大丈夫か、とすこしホッとして振り返った。
『そこか』
ピシィッ!
崖沿いを落ちているコウキさん達はオルドヴァイユからは見えない。地面に阻まれていてそれに剣が届く訳が無い。
その無理を押し通して、実現してしまった。
剣を押し込んだような跡が地面にあって、そこを中心に広がるような風を感じた。割れ目がピシィッとひび割れて崖の先まで伝ってそこに物凄い力が加わって居たのがわかる。
『手応えありだ』
煙の中から現れて地面に足をつく。その状態でも正面にタケヒト、側面にアキとキツキ。少し後ろにアルベントが隙なく構えている。
ただ、あの猛攻を受けてその人は無傷である。
一体どうやったのか見当もつかなかった。
絶望的だった。どうやって彼女に傷をつけることができるのだろうか。
「手を離れる技なのにわかるかよ!」
『わかる。私の技だ。二人の体は貫いた。
じきに死ぬ。なんならそこの神子の顔色を見ろ』
真っ青な表情で膝をつくファーナが口元を抑えて俯いていた。
わたしも呼吸が震えた。
「おまえ……!」
すぐにタケヒトが斬りかかり戦闘が始まる。
強い日差しの中で焼き付けられたように体が動かない。
顔を押さえていたファーナが視線を上げる。
その顔は、絶望が張り付いた表情だった。
ぞわぞわと、体の奥底から何かが沸き上がってくる。
ああ、どうしてわたしが最初から本気で戦わなかったのか。
いつもそうだ。気づいてからじゃ遅い。
いつもそうだ。この怒りがわたしをわたしじゃなくさせる。
心が痛いと叫ぶ。
「大牙」
名前の通りに白くなった牙の剣を構える。
視界が滲むけれど、いつも敵だけははっきり見える。
「オルドヴァイユ」
ただ純粋に思ったことを言う。
「貴女を許さない」
意識が真っ白に覆われていく。
自分の怒りである真っ赤な闘志は遠く。
色を感じなるほど純粋な世界で走る。
その先では面白そうな物を見るその人の顔があった。
ただその表情が癪で仕方がない。
ただ破壊する者としての衝動を、叩きつけるように剣を投げつけた。
こんな世界。
きっとわたしは泣きながら大声で叫んで大地を蹴り飛ばした。
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