第245話『反撃の狼煙』


 アキの戦いはまるで無茶な事だらけだった。真っ白に染まった髪の色、そして銀色の瞳。白く染まった剣が更にこの世界を明るく照らすように疎らに剣の奇跡を残していた。
 剣を投げてそのまま自分が鎖の上を走る。剣があたった瞬間に剣を消して、飛び掛かりながら二撃目。押し返されても剣ごと回転して内側に体を捩じ込むと背面で向きに切り上げてその腹部を切り裂く。上からの叩きつけられる攻撃をまともに食らって地面を転がるが、獣のように手をついて勢いを殺すと同じ速度で走り戻る。
 インファイトは彼女の得意とする所ではない。しかも敵味方を気にしていない。先ほどからタケヒトが彼女の剣戟に驚いて何度か身を引く事があった。
 狂人のようにオルドヴァイユを攻め、その肉体の力を彼女の体を切りつけることに向けている。あんなにも怒り狂うアキを見るのは初めてで、驚いてしまった。
 オルドヴァイユも彼女の攻撃を優先的に処理している。戦女神の脇腹を滴る鮮血が彼女の攻撃の危うさを物語る。
 一方、叩き下ろしをまともに食らったアキは額からボタボタと血を流している。
 でも温度を感じない。
 それすらも、白く染めていってしまいそうだ。

 ただ純粋な怒りで動く。
 彼女の咆哮にもにた声が空気を震わせる。

 わたくしは何故ここでうなだれているだけなのか。

 ショックを受けたのはアキも同じはず。

 わたくしがここで心折れる訳には、いかない。

 アキが獣のような暴力性をむき出しにして戦っている間は優勢に見える。
 絶望的な力量の差があるが、ここにいる人間の数がそれを埋めている。
 アキは見る見るうちに脇腹から左手の内側、右足太ももなどを切りつける。しかし肉を切らせて骨を断つどころかその逆の状態だ。
 人を超越した動きをしているアキの肉体は限界が近い。

 どんどん剣の速度は上がっていく。その度に、斬り付けられた訳でもないアキの腕に赤い斑模様が出来る。筋肉の腱が切れて内部出血しているのだ。
 それをものともせずに剛剣を振る。ぶつかってはまた無理な動きの繰り返し。アキが持たないのは目に見えた。

「あああああああああああ!!!」
「ははははははははは!!!」

 二人の戦いは激しさを増し、ついにアキが素手で彼女の剣を受け止めた。
 右手の先は持っていかれるかと思ったが、剣が手を通り抜けることは無かった。
 そのまま剣を掴んでオルドヴァイユを引き寄せると左手で剣を叩きつける。

「ははは!! 面白い、竜人!! 君は!!
 本当に半竜人になるつもりか!!」

 涙を流しながら返せと言うだろうか。
 壮絶な光景から何年か前の武術大会の景色を思い出した。

 私は彼女が半狂乱なのだと思っていた。

 喚いて叫んで。

 あの日と変わらない姿を思い浮かべてしまった。

 でも彼女はもうその時の彼女ではない。
 あの時は片鱗であった彼女の強さ。
 意志を帯びる度に強くあの瞳は緋色になる。

 その澄んだ瞳で目の前の障害を見て淀みなく言う。

「それが!! 私達が勝って!
 今進むために必要なことなら!!」

 沸騰するほどの意志の熱量の中に、コウキの息吹は生きている。
 最もコウキに近い存在。それは自分ではなく彼女ではないかと思うことが多々ある。それは意志が通う近さでもあり、技術の志向の近さでもあり、思いの方向を汲む近さでもある。ようは、一番コウキに感化された人間だということだ。
 彼女をコウキの代わりにとは考えたことがない。彼女が彼の意志を代弁し続けるのは、それが今や彼女の意志だからである。
 道を作ることができるのは彼だけではない。
 ここにいる皆である。

 寄ってたかってコウキにばかり背負わせていたのでは、私達が居る価値は一体何なんのだ。
 何のための仲間だというのか。

「……氷の二人! 前線に加わってください!
 氷壁を張って……足場を悪くしてください!」
「え!? でもそれじゃアキちゃんが!」
「大丈夫ですやってください! 今の状態よりはマシです!」
「はぁん! そういうこっちゃな! 行くでアスカァ!」
「ちょっと! もおお!」

 自分が出した要求はほとんどジェレイドが行った。
 二人の激しい攻撃の間にアスカの双頭矛が割り込んで、オルドヴァイユがその攻撃を受けた瞬間にジェレイドがアスカ伝いに術式を発動する。
 ぱぁっと鮮やかなブルーの術式ラインが広がってその戦女神を中心に吹雪が起こったかのような強烈な寒さが広がる。実際に吹雪が起こったようで、地面の見える限りと海の表面が一気に凍りついた。
 咄嗟に炎術障壁を張り自分の周辺は凍る事を回避した。ちゃっかり紫電の神子に盾にされていたがそれはまぁ瞬時にこちらに術式強化を回してくれたのでチャラになるだろう。
 相性問題で言えば、一番戦いたく無いのはあの氷に神子だ。
 何を考えているか分からないし、そもそも人の心が読めるという話ではないか。
 こんなに寒いと火の勢いも弱まる。
 不幸だったのはコウキだろうか。自分は神子の中で唯一身体的アドバンテージの無い神子だった。コウキに一番苦労させている原因である。そんな事は分かっている。身勝手なことを頼んだ。それでも彼は、自分のためにこの旅を承諾してくれた。
 コウキとのつながりが感じられない。それが酷く熱い何かを呼び起こしてくる。これはきっとアキの意志を燃え上がらせているものと同じだろう。怒りと、憎しみと、悲しみが同時に沸き上がってきて、アキはそれによって良くない力を引き出しているのだ。

 コウキの死を見ていないのに、自分が絶望していては始まらない。感覚がなくとも蘇った日はある。ルーメンが居る、大丈夫、大丈夫。二人はすぐに這い上がってきて、ここに新しい風を運んでくれるだろう。
 そう自分に言い聞かせて奮い立つ。
 そう、大丈夫だ。

 コウキはきっと戻ってくるから。
 それまでに誰も死なせてはいけない。
 もう黙って守られるばかりなのはやめよう。

  それに。怒って暴れたいのは、きっと皆同じ。
 絶望と怒りの熱量ならば、自分はきっと誰にだって負けやしない。


「ヴァンツェ、わたくし怒ったので少し前線に出てまいります」
「いえ、いけませんリージェ様っ!」
「いいえ、わたくしも。ようやく、進むために血を流す覚悟が出来たのです」

 ヴァンツェに言付けるのは癖である。
 長く続いた習慣は消えない。彼はすでに従者ではないがそれらしく振る舞ってくれる。
 氷柱がたくさん出来て足場が悪くなったそこに炎術で壁を作って突進を始める。
 氷を急激に壊しながら進んで一気にオルドヴァイユの目の前に出た。まさかの直進である。
 足場を悪くしたため、二人は空中戦を強いられ自然と一撃の打ち合いが多くなって距離が離れていた。そういう狙いでこの空間を作って貰ったのだからここはなんとしても割り込んで乱雑な戦いをせねばならない。

「ははは! なんだ、シキガミを殺されて捨て身になったか? 君では私に傷一つ付けられないぞ」
「術式:炎虎の咆哮<ライネガンツ>!!」

 ボゴォォンッ!! 特大の炎の玉が瞬時に爆発して、戦女神の身を焼く。
 しかしその攻撃を身動きせずに受けて、一部少し焦げたような色になった他の外傷はあまりみられなかった。彼女は痛そうにするどころか余裕の表情で見下してくる。

「残念だな」
「ファーナ!?」
「連式:火狐の三爪<イングニヴェルペス>!!
 連式:紅蓮の踊り<バムゥバウンド>!!」

 アキの驚きの声が聞こえる。
 それを遮るように術式をありったけ叩き込む。青い焔に巻き込まれて高い火柱が立った。
 しかしソレを受けてオルドヴァイユは肌を焼くのみである。燃えた先から治癒しているように見えた。彼女は治癒能力が高いらしい。

 全く、術士の技が効かない。
 コレは相当なショックだった。特に殺傷能力としては随一になるはずの自分がコレでは話しにならない。
 自分がやったことで周りに絶望感を与えてしまった。
 割って入って、しかも絶体絶命である。大きく振りかぶるその剣は必要以上に高く振り上げられている用に見えた。
 彼女の足元に居たのだけれど自分の身長など子供が寄ってきているようにしか見えないのである。
 私を殺す事など、赤子の手を捻るようなものだという表情で彼女は手を下した。

 後ろに下がりながら剣を振り下ろす。
 アキの叫ぶ声が聞こえるが頭上に剣が飛んできたことしか分からなかった。
 しかしアキが飛ばした剣は戦女神の剣の威力を殺ぐ事は無かった。

 私は恐らく、その戦女神を睨んでいたと思う。
 決して、周りの人間のように絶望感を感じたりはしていなかった。
 何故だろう、模倣している間は本当に彼になったかのように勇気が湧いてくる。

 壱神幸輝ならば。此処でさらに奥に踏み込んでいく。そのいつもの光景だけが脳裏に焼き付いて離れない。そして、今ソレが正しいと頭の中で進めと叫び続けるのだ。だから一歩踏み出して頭上高く手を伸ばした。


「術式:炎術剣<フレア・ブレード>!!」

 ボォォっと両手から炎の火柱が伸びる。それは双剣のような形になってオルドヴァイユが剣を振るのと同じタイミングで振られ、剣が頭上で交差する位置でピタリと剛剣が止められた。
 その光景には全員が驚いた。一番驚いたのはファーな自身だったが、自分がつっかえ棒のような真っ直ぐな姿勢で居たためにできたということには何とか気づけた。以後この偶然が続くことはないだろう。
 炎術剣は自分のオリジナルの術式だ。
 剣術大会でひたすら剣を振り、自分が剣を振ることに向いていないとわかった時に“術師なのだから重さの無い剣を振らなくては”と腰の曲がったおじいさんに言われた。通りすがりの剣の達人だと言っていたので多分『百花仙』と名のつく人だと私は思っている。その人に言われて私は走って闘技場に向かったのだ。
 ヴァンツェに相談しながら作り上げた術式はまだ未完成だ。この術式を完全に使い切れていない。

「まぐれで防いだか?」

 それは彼女の言うとおりである。此処から先に繋げる体術も剣術も知らないのだ。
 プルプルと震えながらその剣の重さに耐える。あまり力をかけられていないのに私は限界が近い。泣きたくなるほど情けない状態だったがそれ以上打つ手が無かった。
 ただ戦女神の彼女も呆れたようにため息をついた。そして、妙な違和感を手に覚える。
 自分が持つ剣の異様な熱量が彼女の手を焼き始める。

「これは!? 炎術剣の熱が伝播してくるのか!?」

 流石に一度剣を引いて剣を振り上げる。その一瞬に一歩歩みを進めて思い切りその重さの無い剣を振る。
 剣の達人は反射で動いてしまう。その攻撃をかばうために大剣の面を体に沿って斜めに繰り出すが、ぶつかる手前でその炎術剣を消えてしまった。もちろん不完全なのでただの出力不足で消えたのである。それは自分でも予想外だった。
 ついでに振った勢いで躓いて逆手の手を突き出すようにこけた。足元が滑ったからである。自分の熱気に当てられて表面は水っぽくなっていた。
 ひゃう、と変な声が出てコケてしまったがすぐに立ち上がって顔を上げた。すると鬼のような形相でオルドヴァイユに睨まれていた。
 左手がたまたま突き出た事で剣が追いつかない逆のわき腹に深く突き刺さった。そして、不完全な技故に、事故のようにその炎は暴発する。

「ぐあああっ!?」
「きゃあああ!!」

 それが彼女を突き抜けるほど深い傷を与えた最初の攻撃となった。
 自分の技に吹き飛ばされて転がって居るところをアキに助けられて目を回したまま後退する。

 その深手は戦女神の慢心である。
 あまりにも拙い攻撃に油断した。
 剣の振りかぶり方だけでわかる。ファーネリアはまるで素人だった。
 双剣なのはシキガミを真似ての事だろう。または彼に習ったか。
 それにしても鍛錬が実に足りない。一日千回すら剣を振っていないだろう。
 術師なのだからおとなしく後ろで縮こまっていればいいものを、と受け切って蹴飛ばすぐらいの気持ちで居た。
 ファーネリア神業と言える炎術の錬度をまったく考えに入れていなかった。

 竜の逆鱗にふれたかのごとく、オルドヴァイユは熱く焼かれて穴の開いた脇腹を恨めしく触れた。

「貴様……!! よくも……この私に傷を残したな……!!!」

 炎術剣は大変熱く、傷口はすぐに酷い火傷になるためほぼ治らない傷口を作る事ができる。火傷との二重の苦しみを与える攻撃となっていた。その傷は、大誤算と言ってもいい。彼女の思わぬ弱点を見せてしまったことになる。
 アキに支えられながらフラフラと立った私はその姿を見て不敵に笑う。そして指を空に差して誰かのように笑う。

「ふ、ふふ……っ! 傷一つ! どうですかっ!」
「き、貴様!!」

 状況を見た術師が笑う。絶望の淵で反撃の狼煙を上げたのは焔の神子だった。
 その手は一斉に戦女神の方をに向けられていた。




 重い瞼を開けると、少し強い光を感じた。
 すぐにその光は誰かの影に覆われ、ぼんやりと視界がその人にピントを合わせる。アキか、とも一瞬思ったがそれがシルヴィアのものだとすぐにわかる。
 今にも閉じてしまいそうな瞳を少し細めて笑って、良かったと言う。

「うあ……あ? あれ……なんで俺……ゴホッっ! いてっ、くそっ!」

 先ほど通った傷は塞がっていない。咳き込むと激痛が走って意識がはっきりしてきた。
 岩礁の上で俺より重症なシィルに介抱されていた。これは非常に申し訳ない。
 起き上がった所でおしりがひんやりとして居ることに気づく。海が丸ごと凍っていて、氷河期でも来たのかという有り様だった。しかしあいからわず日は強く照りつけてきていたし、頭上の激しい戦闘も続いている。

「ゲホッ、ルー、ルーは?」
「……氷の下よ。あたしたちを、上に上げるので、精一杯だったみたいね」

 そう言ってシィルが痛みに表情を歪めてうずくまる。慌てて近寄ると俺の呼吸も乱れて二人でゴホゴホと咳き込んだ。
 シィルがぼたぼたとどす黒い血を吐く。それは生暖かいというよりは熱いぐらいだった。

「えと、応急処置は終わってるよな、医者っ」

 そんなことを言ってもここに医者は居ない。今俺が出来る事の最善はなんだ。脳内で何か出来る事は無いかという言葉だけがずっと繰り返される。
 頭が動いてない。でも必死で考えている今はその言葉を反芻することで記憶の欠片に引っかかる行動を引き起こして其処からいっきに記憶を引き出す。それは思い出すという行動で考えるという行動とは違う。
 しかしその行動のお陰で俺は一つの出来事を思い出した。

「そうだ……!」

 同じ顔。今では俺は見分けられるようになっているがそっくりな顔。アキも同じように重傷を負って倒れた。そしてその傷を塞いだのは俺である。
 すぐに鞄から速攻薬を取り出す。この速攻薬には血が入っている。勿論俺の。
 あらかじめ入れておくことで俺が逐一口に含むという医療としては不衛生な行動をしなくてよくなった。効果もよくなったが口より勢いは無い。
 とりあえずコレを塗り込めば何とかなるかもしれない。

 奇跡は確信していれば起こらないものである。
 アキの肉体で起きた異常速度回復はシィルの肉体では起きなかった。
 痛みに悶えていた。半端に傷が広がる速度が遅くなった気がする。俺はシィルにより長い苦痛を与えてしまった。

 あそこに戻って助けを求めても誰も答える暇がない。そもそもこの事態を引き起こした犯人と対峙しているのだ。治療を大人しく眺めているということもしないだろう。
 彼女は次第に力強さを無くしていき、虚ろな目で俺を見た。

 絶望的な状況において俺ができることはなんだろうか。言葉をかけ続けることか。
 考えろ、考えろ。
 傷口を抑えて必死に思考を巡らせる。

 ああ、こんなことならヴァンの提案を飲まずにあの神医を連れて来ればよかった。
 ここまでに戦闘しなくてもいい人を守れる余裕は十分にあったことがわかる。そんなことを今更言ったところで何も変わらない。

 奇跡を願うことで、何かが変わると信じるのは人間だけ。
 神様も竜も総じて自分の力で何とかすることを考えている。その人間に一番近いのはこのシキガミ達の戦いを傍観する神々。彼らには祈る事しかできない。それはすごく虚しくて、悔しいことだった。

「ごほっごほっ……はっコウキ」
「何? 何をすればいい」

 俺の問いにシィルはニヤリと笑う。

「あ、たしを、殺しなさい」

 とてつもない事を笑顔で言われて一瞬俺もどんな表情をしたか分からない。
 でも次の瞬間にはすぐにそれを否定した。

「は!? やだよ! ごほっ!」 
「竜を、殺して、あたしの血を浴びなさい。
 竜殺しの加護は、それで得られるから……。
 このまま、弱って死ぬのも、自分で死ぬのも、嫌。だから……」
「アイツは、魔女以前の、化け物。
 プラングルに居た、古い巨人の一族。
 人間じゃ、勝て、ない」

 プラングルの歴史は相当古いのはわかっていたが魔女以前の話なんて本当に分からないことだった。思えば何度もこのシキガミの戦いは繰り返されたとある。ならば命運託された一族が消えていたりすることだってありえないことじゃない。

「でもシィルを殺すなんて……!」
「お願い……もう、アンタだけが、頼り、なの。
 アンタが今、化けないと……アキが……アンタの為に、化け物に、なる!」
「え!?」
「気づいて、無い訳じゃないでしょ、アキは強くなる為の階段を、アンタ達の為に、飛びあがる!
 今選ばないとアンタに此処に居る全員は救えない……!
 だから選びなさい! ここで生かすのは!!

 あたしか! みんなか!!

 ぁ……」

 彼女は言いたいことを言い切って、ヒューヒューと細い息を鳴らし始めた。痛みに閉じられた瞳からは涙が流れ出ている。
 色んな言葉が出てきた。そんな事認められるか、とか。それを言っても彼女は無駄に死んでしまう。それが嫌なのもあるんだろう。
 
 積もり積もった言葉を押しのけて、最後に出した答えを口にする。

「……わかった」

 きっとそれが一番良い答えだ。
 宝石剣を突きつけて、手が震えているのがわかった。
 怖気づいている。当然、彼女を殺すのは怖かった。揺れる刃先をシィルがゆっくりと手を添えて、自分の左胸に突き立てた。

「……あ、は、あたしも、アンタの作る……道の、一部ぐらいには、なりたい、の。迷惑かけちゃうわ」
「い、いつもの事じゃん」
「そうね……でも、今回ばっかりは、ごめん。
 本当に……ごめん。あたしの事は、恨んでて」
「……恨むぞ、本当に」
「……あはは! アンタ達との旅、楽しかったわ。またね!」

 その声とともに、ぐっと俺の剣が胸に落ちた。
 この肉に入る剣の感触を、俺は一生忘れる事は無いだろう。
 血はあまり出なかった。もう致死量出ていたのに死ななかったのはさすが竜だ、というところなのだろう。
 ほんの少し飛び散った血は、シュゥっと煙を立てて俺の肌の上で蒸発するように消えた。その部分だけが妙に熱く感じて、背に受ける太陽の熱が妙に痛かった。
 見上げてみれば太陽が二つ。真っ青な空を見上げてシィルは目を開けたまま死んだ。小さくため息を履くと、白い息が出て今ここが寒い場所になっていることに気がついた。

「ふぐっ……ぅぁあ」

 ブルブルと寒さではないもので、体が震えた。
 よく見ると俺の服はすでにシィルの血だらけで真っ黒だった。
 多分俺が起きる前から俺にこうさせることに決めていたんだろう。

 俺の手の中に居たその人が重さを無くして行く。淡く光って消えてなくなっていく。
「うわあぁぁあぁ……!」
 声が震える。
 俺が助けられなかった人。俺が殺してしまった人。
 ボロボロと涙が溢れてきて罪悪感に押しつぶされそうになる。

「ごめんシィル……!
 助けられなくて、ごめん……!!」

 パンッ!
 両頬が叩かれた。そんな錯覚を受けた。
 ぶわぁっと目の前が光で溢れる。金色の光の中で俺は目を細める。

『立ちなさいコウキ!!』

 俺は顔を上げた。そしてそのまま引っ張られるように立ち上がる。
 そこに誰も居ないけど言葉だけが聞こえる。
 だからそこに立っているはずのない人の姿も見えたような気がする。

『アンタはもう竜!
 それでシキガミなの!
 もう泣かなくていいわ!
 戦女神殺しなんてチンケな名前は捨てて!

 今全力でアンタの好きなものになりなさい!!』

 じん、と頬っぺたには赤く手形が残ったと思う。
 その痛みだけが妙に真実味を帯びていて、意識がハッキリしてきた。

 頭上に広がる空は、嫌になるほど青々としていた。

 姿も形も見えないけれど、俺には確かにそれが聞こえた。
 俺の手元に居た彼女の体は、光りに包まれて世界に溶けていった。
 涙で滲む虚空をにじませて、嗚咽と一緒に笑い声が出る。

 蒼穹から降り注ぐ光だけが進めと答えてくれていた。

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