閑話.『竜士が往く! 5』


 ルーメンは後のその時の姿を狼みたいだったと語る。ただ強さに飢えて、勇気と無謀の間を行き来してただ強く、しかしなんとしても生き続ける。そんな選択をした。
 回復の要となったルーメンは倒れた彼女に誰を呼べばいいのかと迷っていた。
 文字通り、彼女は酷い格好をしていた。
 髪は辺にべたついた纏まりになるようになって服は血と汗と土で汚れて異臭を放つ。そもそも手も新しい剣を振り回して手にマメが出来何度もそれをすりつぶして得は真っ赤を通り越して真っ黒である。特に酷い右手は爪全てが割れていて親指の爪は完全にはがれている。
 人の体臭も身体を洗わなければ一週間でも酷い事になる。特に汗まみれで動き回っていた彼女は尚更。それでも何かを成す為に底まで落ちて精神力を保った彼女は異常であった。
 クロスセラスに入ってしまえばいい。ルーメンの力をもってすれば簡単だ。キュア班はあるだろうからそこまで連れて行って放置介護してもらえばいいのか――でも、それで密入国がばれたら意味が無い。そもそもまた放り出されたら何処へ行けばいいのか。彼女は身分証さえあれば入れるはずの門で門前払いされたというのに。

 せめて近くに水場が無いだろうかとルーメンは辺りを探す。この辺りは山が沢山あるが水場は多くない。ルーメンは焦った。これは、自分では救えないパターンだ。
 自分に言葉があるわけでもない。せめて人であれば彼女の為に自分が町に入って尽くせば良かったのだが、誰かにどうにかして頼むしかないのである。連れて行く事やみつける事ができても、本当に手助けをする方法は無い。でも、自分が助けなくてはと彼は焦ってはウロウロと彼女の周りを泣きそうになりながら歩き回っていた。

 突然、がさっと草むらが音を立てた。
 その突然の事に驚いたルーメンが後ろを振り返ると、自分の何倍もある大きな身体を持った動物が鋭い目を此方へと向けていた。
 咄嗟に相手を睨んで唸った。全く余裕の無いルーメンは、ただその大型の狼を遠くへ行けと警告する。そんな忠告など狼は聞きもせず、一歩進んでくる。

 パンッ!
 瞬時に術式壁を展開してその狼を拒む。
 壁を前に少しウロウロしたがすぐに狼の動きは止まった。何かを考えるように口で息をしながら遠くを見る。早く去れとルーメンが喉を鳴らして吼えるが全くそれに動じる事は無かった。

「なにやってるのポッキィ? 帰るよー……って」

 同じく茂みの方から人が出てくる。
 どうやらその狼は飼われているようだ。ポッキィと言うのはその堂々と座る大型狼の名前だろう。

「――こんな所に行き倒れなんてこのご時世めずらしい……汚いけど、女の子? なのかねぇ……?」

 深く頭巾を被った、中年の女性。綺麗に織り込まれた藍色の髪の毛は上品な印象を与える。
「カゥ! カフッ! キュゥー!」
 助けてくださいお願いします! と何度もルーメンが声を張った。彼もまた全力で生き抜いた一週間で身体を壊しかけている。そのルーメンをみて、フッとその人は笑った。
「ええ、助けてあげるわ。あなたもいらっしゃい。
 どうしてこうなったのかも聞きたいしね。あっと……オセレッタは今日居たかしらね――」
 そう言って以外にも軽々と彼女はアキを担ぎ上げる。
 少し意外に思いながらルーメンはそれにひょこひょこと足を引き摺りながら続く。
『ワタシの背に乗せると良い』
「え〜? ふふ、いいわ。ポッキィの身体を洗うほうが手間になるもの。
 それよりも、その子を連れて行ってあげて」
『……承知した』
 そう言って狼はパクッとルーメンを銜えて歩き出す。初めは驚いて暴れたが、どうやら親切にも運んでくれているらしいと気付いてすぐ暴れるのを止めた。
『……有難う御座います』
『気にするな』
「あなたいい子ねぇ。きっとこの子もいい子ね」
『……あの、僕の言ってる事が分かるんですか』
「わかるわよ〜。ボウヤは可愛いものねぇ、ふふふ」
『えっと……』
『主はこういう人間だ。すぐに慣れる』
 クールに進む狼と対照的にその主は不思議な空気の持ち主だった。
 ぶらぶらと揺れながら、ルーメンは思う。打算をしない動物にこれだけ厚い信頼を築けている彼女は凄い人に違いない。
 金色毛並みはくすんでまったく光っていなかったが――その窮地を救われた安心感から少しだけ大きな黒目に涙が光った。





 突然息が出来た気がしてばっと起き上がった。
「――あ、は……!?」

 一週間、毎日森の中を歩いて、モンスターと戦った。依頼にあった目撃場所へ行き、近くのモンスターの巣へ。時には疲れて寝ている時にも襲われて強制的に戦って――。
 本当に死にかけのデスマーチ。生死の境でルーちゃんに助けられた事が何度もあった。
 新しいトラウマが出来た。
 でもその記憶に噛み付ける牙を身につけた。

 包帯でぐるぐるの自分の手をまじまじと見て、部屋をぐるっと見回した。どうやら誰かに看病されたようだ。
 一度部屋から出てみようとベッドから足を下ろした。その時丁度、部屋に誰か入ってくる。

「あら、起きたのかしら」

 薄い水色の髪。長い髪が緩やかに癖があって、長い耳が窺えた。どうやらエルフの人みたいだ。物凄く整った顔の美人さんで、こちらに微笑みかけてくれるその人は華やかである。

「あ、あの……ここは」
「ここはクロスセラスのはずれの町よ。ミラーシェって言うの」
 彼女はそういいながら、水を差し出してくれた。それを少しずつ飲んで喉を潤す。それでも一気に飲み終わってそれをテーブルに置くと一度頭を下げた。
「助けてくださったんですね、有難う御座います」
 危うく死に掛けた。命を救われたってこんな気分なのか――。いつまでも自分に感謝を忘れないコウキさんの気持ちが良く分かった。
「ええ。感謝なさい。と、言っても助けたのは私じゃないんだけどね。
 シンシアが助けてウチに連れてきたの。
 珍しい行倒れなんだからゆっくりすると良いわ」
 クスクスと笑いながらその人は言う。
「珍しい、ですか……」
「ええ。本当なら教会へ行けばどんな人だってお風呂も食事ももらえたわよ。
 神聖国家の看板は伊達ではないのよ」
「そうだったんですか……なんだか、わたし酷い状態だったみたいで、そもそも門前払いされてしまいましたけど」
「あら……まぁ人が皆教皇様と同じとは限らないものねぇ。洗うまでは本当に臭いし血みドロボロボロだったしなんかベタベタしてるし誰も近づきたいって思わないんでしょうねぇ」
 その人はカラカラと笑っているがわたしは恥ずかしさでどうにかなりそうだった。だた申し訳なさで一杯になって有難うございますと頭を下げる。
「あ、勝手だけど服は全部洗っちゃったわ。持ち物もひっくり返しちゃって靴もね」
 うわぁ……そんな酷い状態だったのか。確かに森の中では一度も川にも泉にも出会えなかったし、そもそも四六時中戦ってたといっても過言じゃない状態だった。
「女性総出で貴女を拭いたけど、やっぱりお風呂に入った方がいいわ。
 まぁ一度長めに入っておきなさい。話はそのあとさっぱりしてからしましょう」

 窓の外にはポツポツと家が見えた。小さな村のようだ。此処は病院らしい建物でキュア班じゃなさそうだ。キュア班は主に法術を併用する医学を用いる医術団で、普通のお医者さんは薬と手術での治療が主となる。キュア班派遣が始まって、色々な場所にキュア班が出来たので元々医者だった人たちはそっちへと移行して行ったのだけれど――、この村はなんだか懐かしい感じがする。
 とりあえず彼女の言うとおりにベッドから降りて部屋を出た。部屋は丁度一人が寝れるベッドと棚が一つと椅子が一つの簡素な病室。部屋から出るとそれが三部屋ほどあってその先がお風呂だった。
 とりあえず確かに変なにおいがまだする自分も嫌なので長めに入ってしっかり流そうとその部屋に入った。



 石鹸をすごい勢いで使ってしまった事を謝ると、ちょっと驚いた顔をしてからクスクスと笑いながら医者らしき人は許してくれた。女の子だから必要経費、と言いながらわたしに食事を持ってきてくれた。
 髪や身体はすぐに乾いた。というのも湖の神殿にあったものと同じ表面の水気を飛ばす術陣で一気に乾いたからだ。確かにこういった場所では有効になるかもしれない。介護なんかも楽そうだ。

「あの、ここは病院なんですか」
「そうね、元々そうだったわ。今はわたしが住んでるだけよ」
 髪の毛に石鹸を使うとごわごわする。その人はわたしが食事をしている間に後ろで髪の毛のお世話を始めてくれた。そんなことまでしてもらうのは悪いと言ったのだが、やりたいだけよと軽く言って櫛と濡れたタオルでもそもそと手入れを始めた。
「え……じゃ、じゃあお医者さんじゃなかったんですか」
「あら、私は一度も自分を医者だとは言っていないわよ」
「だったら尚更申し訳ないです……でもなぜ助けてくれたんです?」
「面白そうだったからよ」
 なんだか同じ事を言いそうな人がすぐに思い浮かんだ。
 ちらっと銀色の髪の人が思い浮かぶ。
 そう、なんてクスクスと笑うその人は、まさにその人にように見えた。
「冗談よ。さっきも言ったけれど私は貴女を見つけて運んだ人じゃないわ」
 わたしが食事する様子を眺めながらくるくると指で髪の毛を巻く。右側だけ妙にロールしているのはその人の手癖のせいだろう。
 それにしても助けてくれたのが別の人ならその人にも一言お礼を言わなくては――。
 もぐっと、ハニートーストを切って食べる。ご飯食べれるってホント素敵。心の底からそう思った瞬間、脳裏を何かが過ぎった。
「あっ……!」
「どうしたのかしら」
「あの、わたしどのぐらい気を失っていました!?」
「貴女は二日ぐらい寝てたわ」
「二日……!」
 二日ならまだマシな方だ。指先が色々痛いけれどこれはルーちゃんに完治させてもらうとして早くクロスセラスに入ってまた修行しないと。
 何より良くないのはこっちに来たせいでソードリアスの戦女神杯に出れなくなってしまうことだ。クルードさんに出るといった手前出場したいと思うし、出るならやっぱり勝たなくてはならない。これでもグラネダでは一度勝っているのだからそれに恥じない成績を残したいと思う。
 特に戦女神ラジュエラが主催するその剣祭で、勝つのは意味がある気がしてならないのだ。何故今コウキさんや剣聖が居ない場所で開催されているのかは分からないけれど。声は掛かっていたりするのだろうか。
「あ、すみません。その急ぎの用があるもので!
 あと一週間と三日でここからソードリアスに戻らないとっ」
「あらあら。慌しいのねぇ」
 そう言う彼女から髪の毛が解放される。梳いて何かやっていたが、とてもフワフワの髪の毛になってた。この短時間で一体何が起きたのだろう。
「すみません。わたしソードリアスの戦女神杯に出たいんです」
「そういえば大きな剣を持ってたものね」
「はい……そのアレは作ってもらったばっかりであまり使いこなせてないんですけど……それでも一週間でなんとか詰めてたんです」
「そうなんだ。でもその大事な剣が近くに無い事は気にならないのね?」
「えっあ!!」

 もう十字架剣じゃないから、常に手についてるわけでもない。
 手の腕輪も外されていたが棚の上にあったので何故か油断していた。
 わたしの剣は大牙だ。

「あ、あのぅ!」
「ふふふ、ちゃんとあるわよ。連れてってあげるから、ちゃんとご飯食べなさい。あわてんぼうねぇ」
「す、すみません……」
 年上の女性に子ども扱いされてしまうと気恥ずかしい。
 そこからはパクパクと早めに食事を片付けて、ご馳走様でしたと手を合わせた。
「あら」
「あ、美味しかったです!」
「その手を合わせるの……」
 わたしはコウキさんが旅の途中で毎日やるのでわたしも癖になってしまった。
「わたしは友人を真似てるんです」

 その人は少し考えるような格好をして、フッと懐かしそうに眉を顰めた。

「……黒鎧のシキガミがやってたわ。
 それを真似て――シィルが良くやってたわ」
「え――」

 わたしの母がシルヴィア。その愛称がシィルだった。

「貴女、アキちゃんっていうのよね」
「あ、はい。アキ・リーテライヌっていいます……」

 心臓がドキドキ言っている。頭が何かを必死に探しているみたいだった。

「そう。やっぱり」
「……何で、分かったんですか?」
「だって、そっくりだもの。お母さんにね」

 この人は母の友人である事が確定した。
 父も母も世界でも有数の戦士として語られていた。しかし母は私が大きくなった時にはもう殆ど語られる事は無かった。母の知り合いと言うのは、要するに竜士団時代の古い人ばかりだ。この人もその時から居たという事だ。

「あの、お名前を聞いても……?」
「覚えているかしらね、私は――オセレッタと言うのだけれど」

 少し、赤い記憶が戻ってくる。その向こう側にある記憶なのは分かった。

「オセレッタ、さん……!?
 あの、すみませんわたしちっちゃい時にお世話になったって聞いてるんですけど……!」

 如何せん記憶が古い。あの母の死というショックの記憶以前はほぼ思い出せないのだ。
 でも、オセレッタさんと居るのはとても安心する。懐かしい空気だけはわかる。きっと昔のわたしもこの人の事は好きだったに違いない。
 そんなわたしの事を笑って許してくれた。

「あら、いいのよ。時は残酷だわ。あんなに懐いてくれていたのに覚えていないのも成長と言うことだもの。舌足らずな時はオセレッタって呼べなくてずっとオーシェって言ってついてきてくれてたのに……」
「なんか本当にすみません〜〜!」
「ふふ、貴女もシィルみたいで弄りがいがあるわ」
「あまり苛めないでくれると助かります……」
「ごめんなさいね。貴女血色が悪いし、無理なダイエットしたみたいに頬がこけてるわ。
 一体何をやっていたの?」
 あまりいい健康状態じゃないのは分かったが、そんなに痩せただろうか。
 鏡を見るがダイエットと言うよりはやっぱり身体が悪いという痩せ方で不健康に見えた。
 多分この状態をコウキさんに見られればまた全力で健康管理から始めてくれるだろう。そういう細かい配慮をしてくれるのは少し嬉しかったりするのだけれど。

「その……実は武者修行と言いますか。
 訳あって、竜士加護が無くなったのでまたゼロから強くなる為に修行してたんです」

「そう……そんなに手をボロボロにしてまで?」
「この傷は治せますから。
 まずは痛くても進まなきゃいけないんです。なるべく早く。前より強く……」

 命名をもらえるぐらいの勢いを持たないとダメだ。別にそれを欲しては居ないのだけれど、あの人たちを救う為の絶対の力は無いものか。でも我武者羅に強くなればひとまず前よりはずっと役に立つ人になれるはずだ。もう助けられてばかりではいられない。剣を手に入れたのだから――わたしがわたしの力であの人たちを助けないといけない。

 わたしの決意を聞いてオセレッタさんは、そう……とだけ寂しそうに口にした。
 父や母の名を背負って生きているからかと聞かれたが、そうじゃないと答えた。
 思えば父の為、ひいては自分の為に始めた旅ではあるが――わたしは変わったのだなと思った。

 少しそれから世間話をして、剣を取りに行くことにした。
 オセレッタさんはとてもいい人で、
 一応少し手入れした状態なだけで殆どそのままらしい。少し状態が心配になった。手入れを欠かして錆が来るとショックだ。まだ全然新しいのに。



 剣を振っている人に出会った。
 まぁその剣はわたしのものである事は明らかで、黒い大きな剣がその細身に振られていることには素直に感心した。
 しかし、自分の剣を勝手に持って使われている事に少し苛立ちを感じた。だから素直に返してくださいと声を張った。
 その次の瞬間である、こちらを見たその少年は何を思ったのかその剣を此方に向けて真っ直ぐわたしを指した。そして高らかに叫ぶ。

「これは俺が頂く! 俺はこの剣で強くなった!
 竜士団を立ち上げるんだ!」

 それがわたしと――その少年との出会い。色んな意味で許せないという気持ちになってきた。

「よしなさいディオ!」
 それを止めたのはオセレッタさんだ。
 その声にちらりと少年が一瞥して、首を横に振る。彼は譲る気は無さそうだ。
 水色の髪をしているのは分かるが顔の半分は大きなマフラーのような布で隠れていた。
「……ごめんなさい、あの子は私の息子なの」
「えっ!?」
 普通に驚いた。オセレッタさんは美人だけれど結婚しているとかそんな風に見えなかった。
 でも確かに髪の色が同じだし、彼女が一番先に口を出した事も頷ける。
「突然旅に出るといって家を出たかと思えば、今度は物盗りになって戻ってきたのかしら。それを返しなさい」
「ヤダね! そんな貧相な女なんかには勿体無い――この剣は俺が!」
 強くなれると思える物を手にした時。それは自信に変わる。
 あの剣に特別な力は無い。重くて大きい剣なだけだ。
 しかし単なる鉄の塊と言うわけでもなく、切れ味もあるし何より考えつくして作られた剣は非常に振りやすかった。
「……勝手な事ばっかり……語らないで」
 手にしたものの価値が分かる事は認めよう。あの剣を振る事が出来る人間なら、それが在るだけで十分強いといえる。
 少年が此方に目を向けたので、ただ睨んでお腹の底から重い声を吐き出した。
「人のものを盗んで強くなったつもり?

 その発想が弱い」

 人のものを持って強くなったつもりなのだろうか。その剣を振って争う強さならばわたしより強い人間は居ない。それは驕りとかそう言うものではなくて、剣の主として当然あるべき姿である。

「なんだよ、女の癖に……!」
「盗人猛々しい。そんなのだから弱いんですよ」
「俺は弱くない!!」
「弱い」
「弱くない!!!」

 叫んで主張するそれはとても空虚に満ちていて、なんだか呆れてきて少し笑えた。

「二人とも――!」

 ガキィ!!
 大振りに振られた剣を仮神化して真横から素手で挟んで受け止める。
 血が沸騰しそうだ。腹が立つ。こんなにも腹が立つのは初めてだ。
 ギリギリと力で押し込まれて剣に身を切られる。相手の髪の色がオレンジ色に変わっている――仮神化はできるようで力は確かに強い。そのままギリギリと押し付けられて、ツゥッと指の間から血が流れ出した。

「ほら、口ほどにもない……! さっさと降参してすっこんでろ女!」
「口を開けば下衆ですね。黙って自分の心配をしたらどうですか?」
「減らず口叩いてんじゃねぇ……!! じゃあとっとと死ねよ!」

 こんなのに負けるわけには行かない。何の為に一週間地獄を見たのか。
 自分は生死の境を彷徨って何を見てきたか。

 いまからそれを 存分に 教え込んでやろう。

 生死の境を彷徨う一週間。仮神化の時間が延びすぎると竜が出る。
 それを避ける為の必死の集中力は短時間内での仮神化の効率を上げる事になった。
 元々変色は反転と呼ばれる色、わたしであれば青色の髪に変色してしまっていたのだけれど――。

「な、なんだ……!?」

 わたしが一歩進むたびにフワッと白い光の球が足跡から浮き上がる。

「お前何やってんだよ!?」
「貴方になんか……竜士団は語らせない」

 この仮神化は父が辿り着いた形。仮神化できる時間は短くなる。けれど、発揮する力の密度が段違いになる。
 自分が掴んでいる剣を支点にして思い切りそいつを振り飛ばした。盛大に投げ飛ばされて、地面を滑る。剣を地面に刺すと、そのままソイツの所へと向かった。

「うわあああああああああ!!」
 起き上がってすぐ、出鱈目なパンチを振りかざしてくる。
 それを受け止めてから思い切り顔面に同じパンチを入れる。再び数メートル転がって、そいつは悶える。
「あが……! くそ馬鹿力め……! 分かったよ降参だ!! 返すから止めろ!!」
「何故?」
「――え?」
 ドゴッ!
 わたしは容赦なく、ソイツを蹴り飛ばして木の幹に叩きつける。
「――いづッ!」
「あの剣を取る事が貴方の正義じゃないんですか。ならなんでやったんですか」
「お、俺は、強くなりたくて……!」
「竜士団に居た強いだけの馬鹿は、竜に食われて死ぬんですよ。
 まぁ貴方はそれ以下ですけど」
「……く、くそ……!」
「誓ってください。一生竜士団を語らないで」
「……は、なんでお前なんかに」
「語るな」

 喉を潰してやろうかと思った。
 うわべだけの竜士団に憧れているから、こんな奴が出来てしまう。
 あの人たちの生き方はこんな温いものではないのに。
 涙が出てきた。

 こんなのだったのか、わたしも……。

 弱いまま、竜士団になろうと叫ぶ。何かに、誰かに頼ろうとする。
 そんな程度の覚悟の上にある竜士が、何を成せると言うのだろうか。

「竜士団はモノを奪うような卑しい物では無いんです。
 それはちゃんとした名前があるじゃないですか。盗賊団っていう生き方です。
 竜士は武器は自分で稼いで買ったり修行したりして得るの。その先の栄光だけを糧にするんです。
 振りかざして、自分は強いとか言わないの。そんなの一人でやってなさい。竜士団の名前は使わないで汚れるだけだから。
 あと弱いと迷惑なんで、要らないって言われる事もあるんだって知ってました?」

 戦力外通告は、意外とよくあったみたいだ。
 自分を強いとのたまって略奪する側に回ったり、正義の在り方を間違えていたり。
 竜士団がかざす正義とは、最も平和的で皆に利の回るものである事だ。
 最終的に竜士団が報われる事とした時に崩れてしまったのだけれど。

「う、が……うるせぇ……!」
「貴方弱いんですよ。だから盗んで強くなった気でいた。甘えないでください。あの剣はわたしの強さです。
 あの剣、重かったでしょう? 術式が通らないの。だから竜士の腕力だけで持ち上げるしかない。
 でもわたしに捕まれるような速度でしか振れないなら、誰にも当たりません。
 そんなままじゃ宝の持ち腐れなんですよ」
「……うるさい!」
 煩いのは自分だと言うのに、喉を押さえる手を離させようともがく。声を出してしまえば、首を押さえられているために息が苦しくなっていく。しばらくすると抵抗の力は物凄く弱くなった。
「今の貴方じゃ、何も救えない。

 ――竜士団にはなれないの」

 ぶらん、と力が抜けた。
 気を失ったようで、痙攣している。やりすぎた――。
 ポン、と肩を叩かれて物凄い勢いで振り返った。

「……放してあげてくれるかしら」
「あ……少しやりすぎました……!」
 なんとこの子の母親の前である。これは良くない……!
 バッと手を離すと、どさっと落ちて、ゲホゲホと咳き込んだ。
 わたわたとしているとまたフッとオセレッタさんが笑った。
「……いいのよ。いい薬になるわ」
「き、傷は治します?」
「それも要らないわ。身体に覚えさせないといけないんだから、傷は必要よ。大体生きてるんなら自然治癒で何とかなるものよ」

 オセレッタさんはそう言ってその子に肩を貸すと家へと運んでいく。
 わたしはそれを見送ってため息をついた。
 自己嫌悪する。
 あれは竜士団を夢見ていただけのわたしに過ぎない。流石に盗んだりはしなかっただろうけど。
 目標も無くただ言葉だけで父に竜士団をやろうと語りかけていたわたしだ。
 なんて無責任でなことだろうか。
 そんなわたしを笑って許してくれていた父は多分わたしに甘かったのだろう。
 あの子を殴ったわたしも、なんて自分勝手なんだろうか。わたしに竜士団を語るあの子を殴る権利は無かった。
 竜士団が綺麗なものだというのは幻想だ。どうやって成ったって構わない。しかしわたしの言っている綺麗事は置いておいてもその後の彼がどういう人間に評価されるというのだろうか。
 捻じ曲がった焦りから強くなる幻想を抱いて剣を手にした。
「大牙……」
 それでもこの剣を盗られる事は許せない。
 ……殴っておいて良かった。これで更生する気になればいいけれど。

 ひとまず剣を取り、異常が無い事を確認するとわたしは先ほどの事を二人に謝りに行こうと入り口へと足を向けた。

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