閑話.『竜士が往く! 6』

 旅の途中にどんな弊害があろうと乗り越える。あえて苦難の道を歩くなんて何処の聖人気取りかと人に話すと笑われそうだ。
 剣を失った事は自身の戦闘の十割を失った事になる。剣の能力としては申し分なく、更に手元から離れないという絶対的に有利な剣を持っていたわたしが、普通の剣ひとつから始める旅は苦痛ばかりである。普通の剣なんて言うと某赤いシキガミ様に優しく肩を叩かれてゆっくりと首を振られてしまうだろうけど。今までが特別過ぎた。それを身を持って体感している。特に今背に仕舞っているが動く時はかなり邪魔である。

「クソ……」
 怪我をしたその男の子は苦痛に顔を歪めていた。わたしが部屋に入った時には此方をキッと睨みつけてきた。大丈夫かどうかは聞くまでも無さそうだ。
「人の物を取ろうとしちゃ駄目ですよ。どうしてそんな事をしようとしたんですか」
「アンタには関係ない」
「そうですか。じゃあいいです。
 すみませんオセレッタさん、息子さん殴ってしまって」
 一応謝っておく。うん、わたし悪くないと全力で思えるのは初めてかもしれない。得体の知れないモヤモヤとした熱い感情は苛立ちだろうか。自分があまり感じる事の無い感情に対して押さえるべきだと自制心を働かせるのは久しい気がした。
「いいわ。ちょっとは頭冷えたでしょ?」
 オセレッタさんの言う事に鼻を鳴らして無視をする。反抗期ってこんな感じなんだろうか。
「わたしに負けたのはそんなに悔しいですか?」
「悔しい! この負けが悔しくないなら男じゃねぇ!!」

 当然のように怒られてしまった。まぁその怒声も冷めた此方からすれば子供の癇癪に過ぎない。そういう時期は誰でもあるだろうし、まぁいいかと思った。
 男のプライドが何たるかは女のわたしには分からないが女性に負けるのは古今東西悔しいとする面はある。別にそれ自体を今更怒るような事をしないし、どう思うか自体は勝手である。
 それよりも闘犬みたいに敵意をこちらに向けて今にも噛み付こうとするその姿勢が何故なのかが気になる。まぁそれは、多分彼が先ほど言っていた言葉に起因すると見て、こう聞いてみることにした。
「貴方は何の為に竜士団がつくりたいんですか」
「決まってんだろ! 竜士なら! 竜士団の功績を継ぎ、守り世界に貢献するのが宿命だろ!」
 元から肉体が強い。つまり有力な兵として世界に取り込まれるのが竜士の殆どだ。その程度の為の力ではないと集まったのが竜士団であり、あの在り方は他の竜士にとって魅力的に映っただろう。
「その為に何をするんですか?」
「俺たちが戦争を制する! そうやってやってきたんだろう!」
「でもそれは潰えたじゃないですか」
「それはゼットが弱かったからだ」
「本気でそう言ってるんですか」
「弱かった! トラヴクラハは竜に勝ったんだろ!?
 アイツは負けた! 弱かったんだ!!」

 事実を知らない人間は何て残酷な事を言うのだろうか。
 かく言うわたしも、それを強く彼に言えるような立場でもない。
 わたしの竜士団をもう一度作ろうという言葉も、きっとかの人に強い憤りを抱かせたに違いない。自分勝手な言葉だ。

「いい加減にしなさい!!」

 彼に怒ったのは、傍に付き添っていたもっとも真実を鮮明に知る人である。

「ゼットに足りなかったのは強さじゃないわ!」
「違う! 強さだ!」
 戦った事の無い人間を評価するには終わったあとの戦果のみを考慮するしかない。自分の強さは置いておいて、その人間を強いか弱いかだけ言うと、負けた人を弱いと言うし、勝った人を強いと言う。
「竜士団の最強はトラヴクラハじゃないって話を知っていますか」
 わたしは父を妄信していたのであまり父が言う事でも父より強い人が居るという話は信じられなかった。でも色々な事を知った今ではそれを許容する世界の知識がある。上には上が居るし、届かない理想もありあえる。
「は……」
「竜士団の両腕シルヴィア・オルナイツとゼット・オルナイツ。
 最前線で戦い続けた二人で目立つのは命名のついたシルヴィアですが、実は背中合わせの伝説があります。
 トラヴクラハによって伝えられた事実でも有りますが、その背中を無傷で十年以上守り続けた剣士が居ます」
 戦舞姫が竜士団から抜け出たその日、初めて彼女の無敗伝説は終わった。
 その何故が解けたのは、わたしが世界記憶によって少し母の記憶を得たからである。それは背を三人の仲間に許すまでのお話だ。
 そう、背を守る誰かが居なくては彼女の本領を発揮する事は出来ないのである。彼女の一対多の最強伝説は、全員が近接で戦う者だけならばそうであるという話。
 彼女が背に付かせていたものは、竜に翼の如き凶器である。

「トラヴクラハを超えるまで、命名は受けないと豪語し」

 故に無名。何度も断っているのは父しか知らなかった事実。

「竜を二度殺してただ認められず――竜に食われた影の英雄ゼット……」

 竜を呼んだが、番いが来るまでに認めさせ切れなかった。
 強さは申し分ないと言える。文句無しの竜殺しだ。

「……私のせいなの。
 一緒に居てあげればよかった」
「なんでアンタのせいになるんだよ!
 あいつが弱いから!!」
「私が貴方が生まれる事が解って、怖くなったの。
 一緒に来て欲しいだなんて言えなかった。
 あの人は進む事を決めたから。
 弱かったのは私よね……ごめんなさい……」

 誰に謝っているのか分からない言葉を零す。きっとそれを言うべき相手はここには居ない。

「まぁ一つはっきりしているのは、
 弱い人は誰かの欠点だけを見下して、自分の事は棚に上げている貴方です」

 それを言うとまた強くわたしを睨むが、返す言葉は無いようだ。
「すみませんオセレッタさん。
 わたし、先を急いでいるのでこれで失礼しようと思います。
 今度時間のある時にちゃんと何かお返しできるものを持ってきます」
「……いいえ、気にしなくて良いわ。
 また顔を見せて頂戴。貴女が今必死に追いつこうとしてる愛しの殿方を連れてね」
「あはは、わたしの友達は個性豊かで、うるさくなっちゃいますよ。主に一人の力で」
 歩くツッコミどころのあの人がいれば自然と周りが騒がしくなる。それはそれでとても楽しい時間である。

 談笑の隙にその子は不思議そうにわたしを見ていた。
「……なぁ、アンタみたいに強くなる為には何をすればいいんだ」
「わたしですか? わたしは弱いですよ」
「嫌味か」
「いえ、わたしの友達よりもわたしは弱いんです。それは物差しを何処に置いているか、ですけど」
 ヴァンさんには強い事を自覚しろと怒られた事がある。
 あの時は本当にただ無自覚だった。では基準を父に置いたとして、わたしは強くなっただろうか。記憶の中の父の仮竜化には届いたかもしれない。でもその影を追い続けるだけでは一生追いつく事は無い。もっと近い人間に置いておかなくては、わたしの成長は無いのだ。ではそれを更に――わたしの友人であるコウキさんに置いてみたときにわたしは強いだろうか。
「それが悔しいので強くなる為に、まず剣を買いに行って修行中なんですよ」
「……俺よりは強いだろ」
「まずは一年、旅をしました。世界各国をあるいて色んな仕事をこなしました。そして最近一週間少し無理をしました。ソードリアスから此処まで。
 賞金首を全部倒してきました。大分安全な道になったと思います」
「は!? 馬鹿じゃねぇの!?
 普通は一人でやるもんじゃないだろ!?」
「あははは! 最後はわたしがモンスターみたいな扱いうけちゃいましたし。反省しないとっ清潔も大事っ」
「あんた一体誰なんだ!?」
「わたしは――」

 アキ・リーテライヌである以外の何者でもない。
 その言葉の前に割り込んできたのはオセレッタさんだった。

「貴方の従姉よ」
『えっ』
 わたしとその子は同時にオセレッタさんを見る。ハトが豆鉄砲を食らった顔と言うのはそんな顔の事を言うのだろう。オセレッタさんは他人である。エルフ種族の人なので両親と姉弟と言う関係ではない。
「あ、そうか。ゼットさん母親違いで兄妹でしたっけ」
 血縁者が居るなんて考えた事も無かった。祖父を同じにした従弟が昔から一緒にいたのならきっともっと弟として扱っただろうか。
「そうよー」
「じゃあ、あんたがアキか! 竜士団を立ち上げた!」
「え? ああ、もうこっちまで噂着てるんだ。あれはちょっとやっちゃった奴なんだけど」
 立ち上がっているわけじゃない。アキ竜士団は――誰かの戯言の賜物である。
「じゃあやった事は全部嘘かよ」
「どんな噂がきてるの?」

 自分についての噂を耳にする機会は意外と無いものだ。

「ドラゴン倒したとか!
 国を救ったとか!
 地面割ったとか!!
 月が割れてるのもそいつのせいだとか!!」

 真剣な目が此方を見る。何と言うか答えずらい感じではあるが見栄を張っても仕方ない。
「全部わたしじゃないんだよね。
 というか月までわたしのせいにされてるの!?」
 全部コウキさんのものである。改めて聞くと物凄い世界貢献である。一つは破壊だけど。地下脱出の時はコウキさんがカードを発動させていた場合、怪我の治療がままならないままドラゴンレプリカと戦うはめになっていたとファーナが言っていた。
「えっ否定はしないのね」
 噂自体は本当の事である。
「まぁ。もう少し時期が良ければ、お母さんにも会えたと思うんですが」
「シルヴィアが生きてたの!?」
「うーん、正確にはわたしに母の記憶を植えた誰かだったんですけど。
 グラネダでドラゴン振り回してたのは間違いなく母だと思います」
「ねぇ、ちょっと聞きたい! その話! やだちょっと! チャック!」
 ガラッと窓を開けて、隣の家に向かって声を上げた。
 仲の良いご近所さんならではの光景だ。
 急いでいるんだけどなぁ、と苦笑いしていると窓から一人の男性が顔を出した。彼がチャックと呼ばれた男性のようだ。
「おう、でっかくなったな! ほんとシルヴィアにそっくりだ」
「初めまして、アキ・リーテライヌです。
 幼い頃はお世話になったと聞きます。投げナイフの天才のチャック・ウィルターさんですね!」
「うっは! 恥ずかしい英雄記でも聞かされて育ったみたいだな。
 おーよオレ様が無双投擲鉄人のチャック様だ!」
「今はただのおっさんだけどな」
「あんだコラ! このどら息子め、ちったぁ従兄弟の礼儀正しい姉さんでも見習え!」
「うるせーよ」
 そう言うとベッドから降りて部屋を出て行った。色々きつく言ったが反省してくれるといいけど。
 真っ当に生きて真っ当に修行すれば竜人はそのアドバンテージから飛躍的に強くなれる。焦って強くなる必要は無いはずだけれど。
 特にエルフの血を受けている彼は他の誰よりも長生きだ。より彼の行動が謎に思えてくる。
「ったく……ああ、わるいな、アイツ今反抗期なんだわ」
「シンシアは今いるかしら――」
 その二人を他所に窓の隙間から牧場側をオセレッタさんは覗き見る。暫くしてシンシアさんが呼ばれた後、わたしのお礼の言葉の後今までの経緯を話す事になった。
 シルヴィアとコウキ一団の話は、とても喜んでもらえた。一挙一動がああ、あの子っぽい、とか。笑いすぎた為の涙なのか、懐かしさからくる涙なのか分からないほど皆に涙が見えた。
 最後にお母さんに抱きしめて貰った時の話は、オセレッタさんが号泣していた。椅子を立ってわたしを抱きしめてゴメンなさいって謝ってくれた。あそこにわたしを連れて行ってしまったのはオセレッタさんだから。わたしには解らない事だ。だから許すも許さないも無い。許すという言葉を使うほど怒ったりはしていないのだ。だからその人が抱えるものが少しでも軽くなればと思って言葉を考える。
「オセレッタさんだけは優しくて大好きだったのを覚えています。
 父と母を信じて連れて行ってくれた事もわかっています」
 泣いているのはオセレッタさんだから、慰めるのはわたしである。
「いい子だわ……ああ、歳なんて取るものじゃないわねぇ、エルフって言っても結局は重ねた分の感情は募るんだもの」
 オセレッタさんは目の端の涙を拭う。それは大切にしていた物の汚れをふき取るかのように丁寧なものだった。

 かなり端折って両親に順ずる部分だけを話したつもりだが、結局日が暮れた。釣瓶落としのように訪れた夜に少し焦りも感じたが休息も確かに必要だった。泥棒退治の後にフラフラとしていたのは単純に疲れからである。
 オセレッタさんとウィルター夫妻は昔話に興じながら楽しそうに話している。そんな姿を見るとまぁ、使ってしまった一日は仕方が無いかと思えた。聞けた昔話も結構ためになる事は多かった。その日はもう一泊オセレッタさんのところにお世話になる事になった。食事もわたしに食べろと沢山勧めてきてくれて、なんだか色々と申し訳ない気分になる。
 食事中明日何か目的を探すより今目の前に元竜士団の人たちが居るのならこの人たちに何か大きな依頼が無いか聞いたほうが早いのではと思い立った。情報収集は癖になるとよっぽどの事が無いとやめないだろうし、自分たちに降りかかる危険防止にもなる。この人たちが大都市の横に住んでいてそういう事をやっていない訳が無い。
「この辺りで、モンスター系の依頼出ていたりしませんか?」
「ああ――ってか、年頃の娘さんがする話題じゃねぇよなぁ」
 ぽりぽりと小さく額を掻く。即答したと言う事はやはりそういった依頼は受けているんだろう。
「まぁ普通はそうなのかもですけど、わたしも竜士ですから」
「そんなもんやめてこの村に住めよって言ったら怒るか」
「ところでまだわたし新しい剣を人に試した事ってないんですよね」
「ああ、うん。お前さんはやっぱあの子の娘だわ」
「冗談ですよ! でも竜士団をそんなもんなんて言わないで下さい。
 父や母、そしてその人たちが信じた仲間がこの世界の終わらない理不尽に立ち向かった、とても貴い事だとわたしは思っています」
 父や母だけでは当然竜士団の物語は語れない。ここに居る人たちだって、その伝説を彩ってきた立派な役者なのである。わたしがそれを尊敬しない理由は無い。
「嬉しいわぁ〜」
 シンシアさんは今回わたしを拾って此処へ連れてきてくれた人だ。ルーちゃんの面倒も見てくれていて、心無しか旅立った時よりも毛並みが良くなっていた。
 物凄くおっとりしていて、その夫のチャックさんから言わせれば緊張感と言うものをどこかに落としてきたらしい。今日は日がな一日ルーちゃんをときほぐしていたとか。
「ホントいい子よねぇ」
「おいお前のとこの息子に爪の垢煎じて飲ませてやれ」
「あの性格のまま強くなっちゃったらどうするのよ」
「そりゃよくないな……」
 はぁ、とため息を吐くチャックさん。どうしてあんな性格になっているのか気にならなくも無いけれどわたしが首を突っ込んだところで何が出来るわけでもなさそうだ。
「そうだ丁度今朝の新聞で一緒に配られたリストだ。やるよ」
 そう言うチャックさんがお酒を煽りながら胸ポケットから織り込まれた数枚の紙を取り出した。
 それを広げてみると一番上にとても大きな竜のような絵が書いてあった。
「グレートワイバーン?」
 ここら辺にくると、よりトラン方面の依頼が目立ってくる。なるべく早くソードリアスには早く戻りたいが、道中はビックリするぐらい綺麗にしてきた。
「この前竜士二人で行って、二人とも食われちまったらしい……。
 オレが谷に行ったときは愛用の剣やら肉片やらが転がってたからな。
 繁殖期で、餌を探してて凶暴なんだ。
 もう誰も近づいちゃいないし、クロスセラスの国への依頼が出てる。後は時間の問題だ」
 ワイバーンはこの世で竜に最も近い生物であると言われている。身体も大きく皮膚も固い。どう考えても普通の人間が剣一つで立ち向かおうという相手ではない。
 あと、残念な事に位置が遠い。ここから更にトラン方面へ向かったアスリドの渓谷に住んでいるようだ。地図的な距離から考えると行くとソードリアスに戻るのに間に合わないかもしれない。
 他の依頼書は小粒だけれど結構な枚数があった。ここからシルストリア方面に行きながら会えそうなものに絞っても十枚少々。ペースは落ちるが仮神化の安定をしなきゃいけないのでなるべく強い敵とじっくり戦いたい。
「じゃあ、これだけあれば十分です」
 バサバサと必要な分だけ抜き取ってチャックさんに返す。
「ちょっと待ちなさい! 貴女また一人で野垂れ死にたいの?」
 オセレッタさんが危ないんだから、とわたしに言う。
 なんかお母さん風味が増してきた。
「いえ、そうじゃないですけど。今度は三分の一ですよ?」
「貴方が倒してきた三十近くのブラックリストも認めるし、実力も認める。
 でも無茶はもうしないでっ!
 シルヴィアだって……そんな無茶の中で……」
 わたしを見たオセレッタさんが悲しそうな顔をする。
 母親の死を見た人だからこそ余計わたしを心配してくれるのだろう。
「わたしは修行中なんです。
 毎日危険な目に会ってるぐらいじゃないと間に合わないんです!
 じゃないと、本当に助けたい人が危険な目に会ってる時に助けられない……!」
「でもなにも一人でやる事じゃないの」
 ――そうかもしれない。もしわたしが一緒に旅をしようと言えば、付いてきてくれただろう。
 でもどれぐらいかかるか分からないこの旅にその人たちを連れてきてはいけない。何よりわたしがあの人たちに追いつくためには、自力で何とかする力をもっと鍛えなきゃいけない。その為に出ようと思った一人旅だ。
「一人じゃないです。ルーちゃんが居ますから。最低限の命の保障をしてくれてるんです。
 ルーちゃんの力を借りれば簡単です。
 でも簡単に済ますならそもそもわたしが行く必要は無いんです」
「……全く良く出来た頭の固さだわ」
「ご心配ありがとう御座います。
 でもわたしはこんな所で負けるほど弱くないですよ」
「仮神化が凄いのも認める。
 貴女の中に流れる血は間違いなく竜士団の中で最高じゃない。
 でも貴女は! あの人たちの忘れ形見じゃない!」

 オセレッタさんはわたしを通してあの二人の面影を見る。それ自体は嬉しいがわたしの歩む道に邪魔が入る事は、わたしにとっては煩わしいことである。肉体的苦痛よりも精神的に立ちはだかれる方がより辛く痛む。
 それを優しさだとわかるなら、あの子みたいに突っぱねるのではなくて受け入れて貰わなくてはいけない。

「……父は。わたしと最後別れるときに言ったんです。
 竜士団を作る競争をしようと。
 わたしがその時思ったのはただ額面通り、竜士団を作る事だと思ったんです」
 わたしはただ同じことをする一団を作ろうとしていただけ。あの人の願いの事なんて考えていなかった。
「意気地なしで弱かったわたしは友人の手を借りて旅を始めました。
 そして今もそのために頑張っているんです。
 今この旅の意味は、ただわたしの恩人を必死で助けたいだけなんです。
 ドラゴンレプリカと戦わされるような、滅茶苦茶な旅なんです。でも、わたしは助けたい。ただ一つそれがわたしが強くなる理由です。
 わたしに本当に竜士団が出来るかどうかはわかりません。そもそも傭兵団になるかどうかもわかりません。
 わたしに道を示してくれた友人は、キャラバンとか面白そうだなって言ってくれました。
 確かに今は横つながりに生きる方が誰しもの為になるかもしれません。
 でも、その人たちと一緒にやりたいのはそういうものなんです」

 戦争をしたいか、と問われるとしたくないと言う答えが出る。それは当然である。
 それはわたしの初陣に置いて骨身に染みる想いとなった。傷口に速攻薬を含んで流し込まれる感覚を思い出すと今でも身震いする。

「わたしは父と競い続けます。
 ステキな竜士団を作って見せますよっ。
 皆さんにはとても感謝しています。会えてよかったです!
 わたし達はもしかしたら戦争以外の世界に役立つ生き方が出来るかもしれません。

 結構自信ある夢なんですが、だめですか?」

 まずは全力でその友人達を助けておきたい。その為の力だ。それ以外に使おうとは思ってはいない。

「……ずるいわ……。
 そんな満面の笑みされちゃうと駄目って言えないわ……。シィルに似すぎよ、ホント……」
 オセレッタさんは眉間に皺を寄せて笑っているのか泣いているのか分からない顔をする。
「わたしはどちらに似てると言われても嬉しいです」
「わかったわ。止めない。そうね、……竜士に泣き言は野暮よね。
 ……いつでも私を頼ってね」
「はいっ有難う御座います。オセレッタさんはいい女の鏡ですね!」
 わたしはコウキさんが帰ってこないだけで全力で家を出ようとした感じである。要するにあまり待つのは好きではない。父に付いて行きたいと何度言っただろうか。
 だから待てる女性はわたしにはとても気立てのいいしっかりした人のように感じる。
 その言葉に面食らって恥ずかしそうにわたしから視線を外した。
「もう、からかわないの。
 ……はぁ私も随分と臆病になったものね。元々心配性ではあったみたいだけど最近拍車がかかってるわ……」
「勇気はあの子にあずけたんでしょう?」
 シンシアさんがうな垂れたオセレッタさんを撫でる。それを彼女は恥ずかしいからやめて、とそっと振り切って髪を直す。
「まだ無謀よ」
「それでも解ってくれると思います。
 意志はわたしより強いみたいですから」
「ぽっきりへし折ってくれといてよく言うわぁ」
 荒んでいるのだろうか。別にそんな気はしないが他人からすればと言う事もある。切羽詰った状態じゃあ他人への配慮が足りなくなる。自分への戒めと同じ言葉を他人に使うようでは自分はまだまだである。
「えっ、そんな強く言ってましたか……?」
 もっともわたしにそう言わせる存在は赤い服を着たよく笑う人である。
 笑いながら気軽に死にかけるような修行に出る。あの人が笑顔で作ってきた平穏の裏側に――わたしも居た。わたしはその笑顔じゃない方に並び立ちたい。
「そうね、あれが私なら素で泣くわね」
「泣かしちゃったなら謝らないとなぁ」
「いいのよほっときなさい。今貴女が謝ると逆にプライドが傷つくわ。
 それにどうせ今部屋にも居ないだろうし」
「そうですか……。そういえば前もそんな事言われたような気がします。無闇に謝るなって。
 あ、わたしはそろそろ寝ちゃわないと。明日は早めに出たいんです」
「やっぱり行くのね」
「はい」
「今度はゆっくりできる時に来て頂戴。お友達と一緒にね」
「はい、有難う御座います。そうします」

 そのあと簡単に片づけを手伝って、ウィルター夫妻を見送った。今度はうちの娘にも会ってくれと言われた。どうやらディオと同い年の娘さんが居るらしい。


 あの子はよく出来ている。礼儀正しいし、正義感もあるし、自らの使命を理解した賢い子だ。その割には武者修行といった強引な手法で強くなっているが、それも彼女の野望の為に仕方の無い事のようだ。
 あんな良い子を釘付けにしてあんな事をさせるなんてどんなシキガミなのだろうかと興味が湧く。彼女曰く普通の少年らしいけれど、それにしては入れ込みすぎなのではと感じる。
 恋はした方が負けである。相手に尽くせば尽くすほど、返ってこなかった時の苦痛は大きい。あの子が溜め込んでいる愛は、途轍もなく大きい。でもそれが返ってくると確信して彼女は行動している。
 しかし強靭な精神力は一体なんなんだろう? 受け継いだもの? それなら羨ましい限りである。
 でも。それは受け継げるものではない。いつも子供は育っていくのである。だから彼女は自分を弱かったと言った。
 つまり――、彼女にそれをさせるほど、心の出来た真っ直ぐな人が現れたのだろう。
 シルヴィアの前に現れたトラヴクラハのように。
 それはとても、羨ましい限りである。

 朝早くに小さな物音に目を覚ました。
 あの子が起きたのだろう。もうすぐ日が上りそうではあるが朝早い。
 何となく何も言わずに出て行くんだろうなぁと思った。そうはさせてやるものかと何気ない対抗心が湧いてくる。迷惑かけるまいとする彼女の意向は無視しようと思った。わたしは迷惑だとは思っていない。親しい友人の娘が元気にしている姿を見れたのだ。もっとお世話してあげたい。世話焼きだと散々言われた私である。ここで見送りも出来ないようではエルフの名折れだ。
 軽く準備を終えて自分の部屋を出る。丁度そっと扉を開けたアキちゃんが部屋から出てきているところだった。

「アキちゃん」
「はいっ? あれ、お早う御座います……早いですね」
「ふふ、早起きはお互い様じゃない」
「あはは……」
 彼女は悪い事が見つかったかのように気まずい笑いをする。
「いってらっしゃい」
 そんな事はいい。送りたいのは私の勝手なのである。
 だから何を言うでもなくその言葉だけを彼女に送った。
「――はい! 行ってきますっ!」
 あの子も娘みたいなものだと思ったけれど。底抜けに明るく振舞ってくれる彼女らは、本当にいつもまぶしくて――つい信じたくなってしまう。
 あの時私はもう、見送って待つことを決めた。ワイバーン退治に行くと言わなかったのがせめてもの救いだと思う。この世界のモンスターの中でも規格外の強さを持つそれらは、先日二人の竜士を食べ更に強くなっている事だろう。

 彼女を見ていると竜の道がまたそこに現れたのだと身が震える。それを両手で身体を抱いて、ただ耐える。

 そして――昼前にワイバーン退治に向かったと聞いて「ああやっぱり」と呟きながら眩暈を覚える事になった。

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