亜麻色の髪をした可愛らしい女の子のアンシェルの愛称はアイシェ。わたしは彼女をそう呼ぶ事にした。
 ――彼女の両足は上手く力が入らないらしい。いきなり本題を聞いてしまっていいものだろうかとも思ったが親しいよりも微妙な気を使う他人のほうが“本当の事”は話しやすい。
 数年前に両親に無理矢理付いていった時にディオを庇って両足の脹脛を丸ごと削られたような酷い傷があった。彼はその事をずっと引き摺っていて、その彼女を助ける為にずっと悩んでいたようだ。その為その時まで真っ直ぐだった性格が捻じ曲がってしまったらしい。
 彼女はその時殆ど役に立てなかったが、実践を見る事が勉強だと言われてそれに徹していた。逆いディオは武器を持って前線にすぐに立ち、仮神化を見せて敵を倒したりとその才能を発揮させ始めた。屈託無く笑って強くなる彼にアイシェは嫉妬してしまった。だから彼に冗談交じりに挑発して見せ場があると一人でモンスターに向かわせてしまった。両親の見ていない方へ、彼が走りだした事に皆気付かなかった――。そして、彼が強力なモンスターに囲まれた。そのことに気付いたのは彼女だけである。
「……だから、この足は……自業自得なんです……」
 少し憂いを帯びた目が後悔を見せながら細められる。
「……そっか。強い人が羨ましいのはわかるよわたしも」
 わたしより強い人なんて沢山居た。シキガミという能力はとっても強いし、彼自信のポジティブさと勤勉さには頭が下がる。
「あはは……でも、最低な事をしたなって思ってます。
 だからディオが気にする事は無いんです。でもどうしても、いつも私が重荷になってるから……。
 わたしが、助けなきゃいけないんです」
 彼女がどうしても彼の元へ行って止めなくてはいけない理由がそれだ。
 どちらのせいとも言い難い。むしろ勝手にモンスターの群れに走っていった方が悪いかもしれない。それは心情的にアイシェの味方をしてしまっているせいだろうか。少なくとも、どんな情報を与えられても冷静にそれを吟味して判断すべきである。目先の事だけじゃなくてバックアップを受ける態勢があってこそのチームワークだ。夜に戦いに出てモンスターに囲まれたわたし達のように、それは勝手に森へ出た人間が悪いと思う。
「……アイシェは――」
 悪くない、と言って彼や彼女が思い悩むのをやめるだろうか。結局何も軽くする事も出来ないそれは無意味な言葉である。
 わたしはその言葉を飲み込んで、一つため息をついた。
「アイシェは、優しいんだねー」
「……そんなのじゃ、無いんです……」
 陰鬱な影を落とす彼女を見るのは辛い。無理矢理褒められているように感じるのは苦痛だ。

「じゃあ、今度はわたしが話す番だねっ!」
「あ……それはちょっと聞きたいです」
「第一章は『崖っぷちで男の子が噛まれてる!』だよ!」
「突っ込み所がいっぱいあるけどもしかしてその話……長いです?」
 その質問には答えない方向に決めて満面の笑みを返す。
 彼女には逃げる術はない。ルーちゃんの球体の中なのだ。何か心を決めたような表情をして、話してもらえますかとわたしに微笑んだ。
 尚、多少の誇張表現を含んでわたしの冒険の始まりから今に至るまでを語るには――クロスセラスまででは足りそうに無い。

 数時間一緒に歩けば、本当に気の合うようになっていた。途中で切ったがわたしの話は概ね好評を得たようである。銀色の髪のエルフさんとの共闘の話を何故か気に入っていて、聞くと良く母が話してくれたお伽話の人のようだと少し照れていた。何となく白馬に乗った王子様的な妄想なのだろうなぁと思うけれど、あの人は王子様ではなくて財務官だ。もしくは大神官様と呼ぶべきである。まぁ実はお茶目で気さくな人だった。無事に見つかっていると良いんだけれど。
 丁度サイカの村からグラネダに行く感覚に似ているなと思った。わたしが到着した時に見上げた関門は一番大きい中央関所だ。この壁を越えるとクロスセラスの街である。わたしの期待は膨らむ。一度来てみたかった。あと、クロスセラスにはもう一つ気になる事がある。
 機体に胸が膨らむわたしを止めたのは無骨な鎧を着た門番兵である。
「えっ身分証明が無い?」
「では通せないな」
「わたしの妹なんです」
 家族の一人程度は意外と通れる事がある。それも幼い子に対してだが、ルーメンを抱いて上目遣いに兵士を見ている彼女は普通に可愛いと思う。丸い顔立ちが手伝って、彼女の年齢を少し低く見せる。
「家族分の発行をしなかっただろう。記述が無い」
 だというのにやはりここの兵士は容赦が無い。というのもこういった事例を多く作ることでの問題も多い。そうなれば通した人間にその罰が下るのが世の中である。
「そんなっ……折角グラネダからはるばるやってきたのに……」
 ほろりと彼女が涙を零す。演技だろうか? それにしては上手すぎる気がする。彼女は涙を飲むようにルーちゃんを抱いて耐えるような瞳でわたしを見た。
「分かった……わたしは良いからお姉ちゃんは中に……」
「そんなっ、アイシェだけを置いて行けないよ」
 割と素でわたしは焦る。こんな事ならルーちゃんに隠してもらえば良かったかもしれない。
 でもあまりルーちゃんで隠して持ち込むのは止めたいのだ。そんな犯罪じみた事を普通の事にしてはいけない。小さな習慣から気をつけるのがリーテライヌ流である。
 クロスセラスを経由してトラン方面へ抜ける必要があった。まずはギルドに行って正式に退治依頼を受けておきたい。その依頼を受ける事でトラン方面への移動する許可が下りる。本来なら申請して数日待つのが普通だが、ギルドに身分証明されているとその日中に移動可能だ。
 あと完了した依頼も清算したいというのもある。
 その国を迂回しようとすれば両側の険しい森を抜けねばならない。深い森でこの辺りは危険なモンスターが多く、整備された道が無い。より安全に素早く通過するためには、此処を通るほかは無い。
「此処は身分証が無くても入れる国なのでは無いのですか?」
「ええ、サンの教会区画までですが」
 簡易な場内地図を見せてくれて、その一区画を指差す。わたしそこにも入れてもらえなかったんだけど。と恨み言を言いたくなるがあれがわたしとも知られたくないので黙っておく。
 しかし、その区画は女の子を一人で置いておくには治安が良いとは言えず、警備強化地域であるにしろ色々と揉め事の多い場所だそうだ。
「そんな所にこの子だけをおいとけないなぁ……」
 最悪ルーちゃんが居れば、という範疇であるがルーちゃんも街中で外にだして良い動物じゃない。
「わたし、大丈夫だよ、お姉ちゃん……ルーちゃんと教会で待ってるからっ……絶対迎えに着てね……!」
 怖さを耐えるような表情で、彼女はわたしの袖を掴んで笑ってみせた。健気過ぎてわたしが泣きそうである。せめて警備兵を付けてくれないだろうか。ああ、それでも心配になるのはわたしが心配性だからだろうか。
「あ、あー。おい、コレ、裏に妹が居るって書いてあったわ。通していいぞ」
「あ、あぁ……そうか。
 こちらの手違いだったようだ。
 ようこそクロスセラスへ」
「ありがとうございます」
「早く行きなさい。一応ギルドで更新は受けるように」

 門兵さんにお礼を言って少し歩いたところでぽつりとアンシェルが何かをつぶやく。
「……ちょろい」
「えっ?」
「ん? どうしたのお姉ちゃん」
 今物凄い顔してたような……え? 此方を向くと本当に何も無かったかのように華麗に笑った。
「アキお姉ちゃん? 早く行こうよー」
「あ、うん」
 可愛い妹分である。うん、気のせいだ。そうしよう。
 その門をくぐると目の前に広がる都市の大きさにまた驚いた。まぁ新しい国に着けば大体その景色には感嘆するものがあると思う。
 このクロスセラスも古くから続く国で神聖教という国教を持った国である。白い家が立ち並び、青い屋根や緑の木々が目立つ。赤色は見たところ少ないように思えたが、中央通には花壇が大きく通っていて鮮やかな花が咲き誇っている。
「わぁ、凄いねー。グラネダと全然かわんないぐらい大きいよ。
 あとやっぱり噂どおり綺麗!」
「私も数えるぐらいしか来た事無くて……ギルドはあっちだよお姉ちゃん」
「うん。先に行ってから色々手続きしちゃって、待ってる間にお昼にしよっか」
「うんっあ、お昼はいい所知ってるから私に任せてっ」
「わ、楽しみっ」
 そのやり取りはまるで姉妹のようである。彼女はとてもしっかりした妹にみえて頼もしい。

 ギルドの建物も白く綺麗なだった。建物に入るとすぐに案内のお姉さんが寄って来てくれて中の紹介を始めてくれる。
「いらっしゃいませ。
 クロスセラスのギルドの依頼受付はあちらになります」
「こんにちは。清算は何処ですか?」
「清算確認は一つ奥で受付となっています」
「量が多いので鑑定士さんを先に呼びたいんですけど」
「畏まりました。手配致します。荷物などはどちらに?」
「あれです」
「えっ?」
 ルーちゃんにはあらかじめ人目のつかないところに居てもらって、わたしの合図と同時に集めたモノをそこに開放してもらう。
 ズシャァっと物凄い勢いで崩れるそれがいきなり現れて騒然としていたギルド建物内がシンと静まり返った。
「……ちょっと多かったですかね」
 あはは、と笑っておいてお茶を濁す。
「か、鑑定士は二人程呼びつけますのでっ」
 案内の人がわたわたと急いで事務所の中へと駆け込んでいく。
「お願いします〜」
 わたしはその様子を見送ってから一先ずアイシェに待合の席に座るように勧めた。


 大入りである。一週間溜めに溜め込んだ仕事を一気に清算したその結果はわたしが知る限り過去最高である。もう一度やりたいかと聞かれるとノーと言いたい。
「……お姉ちゃん凄い」
「んふふ、ご飯奢っちゃうよ〜っ。
 許可証発行までもうちょっと時間あるし」
「いつもこんな感じなの?」
「ううん。今回だけ」
 いつもこんなのなら皆げっそりした旅になっただろうな。コウキさんはこういうのも好きそうだけど。何しろ稼げるわけだし。
「なんで、そんなに依頼を?」
「強くなるために、かなぁ。
 わたしも訳があって、早く元の強さぐらいには戻らないといけなくて」
「えっ元の強さって……今弱くなってるって事?」
「うん」
「ええ!? でも、仮神化もできて! おっきな剣も振り回せて、強いじゃないですか!」
「前はアイシェみたいにここから剣を出したり仕舞えたりできたの。
 お母さんの形見の剣が壊れちゃってできなくなっちゃった。
 それと、わたし技をいくつかもらってたんだけど、天意裁判を見逃してもらう変わりに全部持ってかれちゃった」
「え……えっ?」
 彼女は目を白黒させながらわたしをみる。
「あの、お姉ちゃん……」
 質問がまとまるまで気長に待ちながら、首をかしげた。
「竜に会ったの?」
「うん……竜世界につれてかれそうだったよ。
 グラネダとセインの戦争で、グラネダの総隊長様と戦ったんだけど、本当に強くて。ずっと仮神化してたのにほとんど攻撃が通じなくて。やっぱ名前持ちの人は違うよー」
 そう、幻想のドラゴンブレスではあるけれど、わたしが知っている限り最大の攻撃はあの竜を怯ませるにも至らなかった。かつて竜と戦ったという人達の足元にも居なかったのだろうと思う。
 言葉を失って一瞬唖然とわたしを見るアイシェ。
「そ、そうなんだ……お姉ちゃん思ったより壮絶な日を過ごしてるんだね」
「ふふ、わたしよりもっと刺激的な毎日を過ごしてる人と旅してたけどね」
「それだともう刺激しか無くないですか!?」
「うん、まぁ一年以内に死んだり生き返ったり死の淵を彷徨ったりが何回も訪れてる人だから。
 だから放っておけないし。
 大切な仲間だからわたしはまだその人たちと一緒に旅をしたくて」
「お姉ちゃん……多分その人、人間じゃないよ……」
「あははは! シキガミ様だからねっ」

 きっと旅には終わりが来る。でもその刹那を楽しむ為にわたしは強くなりたい。
 階段から転げ落ちたわたしをあの人たちに追わせる訳には行かないから、わたしはこの一番下から彼らの居る所までを駆け上がらなくてはいけない。階段の上ではあの人がまた階段の角で頭打って悶えてる。助けてあげないと、助けてあげないととわたしの心が急かす。あの場所に行かけ無くては手を差し出す権利も無い。

「危なっかしい人は放っておけないよね。アイシェと一緒だよ」

 わたしが笑いかけると、彼女は表情を固まらせてふるふると頭を振った。

「私は……お姉ちゃんみたいに立派な理由じゃないじゃない……。
 お互いに庇い合って傷ついてどんどん駄目になって……馬鹿みたいで……」

 何をやっているんだろう。そんな気持ちが渦巻いて駄目になりそうだ。
 きっと彼女はそう思っている。
「それがひとえに絆で――誰かを守る原動力なら、凄い事だよ」
 わたしが思った事を素直に言った。それも彼女に届くような言葉じゃない。
「私には……そんな風に思えない……」

 彼女と彼の想いはわたしが精算すべき事じゃない。
 わたしの言葉は雑草程度にアイシェの気持ちを擽るだけで結局他人の同情。冷めて居る時に何を言っても無意味だ。
 そっか、と相槌を打って一歩前に躍り出る。
 足の悪い彼女より早く歩くのは簡単で、振り返ったわたしに彼女は不思議そうに目を合わせた。

「でもわたしはアイシェが助けに行きたいって言うから行くんだよ?」

「うあっ……お姉ちゃん、結構恥ずかしい事平気で言える人なの? いや、絶対そうでしょ」
「そっかなー。わたしより恥ずかしいこと一杯やる人居るよ」
 そういえばコウキさんを知らない人に対してあの人を盾にしすぎかもしれない。
「その基準ダメっ。私が恥ずかしくて死んじゃうし」
「あはははっ死なない死なない」
 恥ずかしくて死ぬならファーナがもう何回か死んでるはずだ。
「でも……こんなに、本心で話せる人は初めてかも。
 お姉ちゃんみたいな人だからなんだろうなぁ。
 初めはもっと怖い人だと思ってた。
 シルヴィアさんの話は聞いてるとなんかもっと豪気でがさつっぽい人だったから……。
 あ、尊敬はしてるよ?」
「あったしのごっはんはどっこかな〜!
 って感じの人。こんな顔してるってっ。
 元気と食い意地が取り得で、――仲間をすっごい大事にする人。愛されキャラだよねー」
「お姉ちゃんは癒し系の愛されキャラだよねぇ。お花畑が好きそう」
「あれ、それわたし褒められてる? まぁいっか、ありがとうー!」

 彼女の速度にあわせてゆっくり歩いて、着いた場所は街中の大きなレストランである。
 レストランでは油断をするとあの人が働いているので店員さんに目が行く変な癖が付いた。このお店はちゃんと制服のあるお店らしい。白い清潔そうなカッターと黒いズボンかスカートに白いエプロン。オーソドックスなスタイルの中に簡単な赤いスカーフをそれぞれ飾っていて素直に可愛いなぁと思った。
 店員は此方をみて一瞬固まった。たぶんアイシェを見たのだが、つられてみたわたしと目があって彼女は首を傾げた。その後は何事もなくお店に入って、何でだろうと話したがアイシェが可愛いと言うところに無理矢理落ち着けた。また首を振ってダメダメ言う彼女は何と言うか、うん。可愛いかった。
 彼女がオススメしたお店だけあって、美味しい物が食べれた。新鮮な野菜、美味しいフルーツジュース。そしてメインが肉汁の溢れるステーキ。今回のワイバーン戦は本気で戦おうと心に決めた。

 ルーちゃんに新鮮なフルーツみたいな野菜をあげ終える頃にはもう手続きは終了していて、ギルドを訪れたわたしに依頼書と通行許可の紙がもらえた。備考に妹アンシェルと追記されている。この辺はアバウトで助かる。裏技的なものではあるが今回は緊急なので使わせてもらう事にしよう。これが終わったら紛失してから再発行してもらえば元通りだ。良い子は気付いても真似をしない事。
 その通行許可を使ってから一日半ただ道なりにまっすぐ日の落ちるトラン方向へと歩き続けてようやくその渓谷は見えた。



「カゥーーー!?」
「きゃあああ!?」
「大きいのがいるね!
 三十メートルはあるかなー!?」

 本当に大きいし、強い風を発生させる怪物だ。アイシェが唖然としていたのでペシペシと頬っぺたを叩いてみる。ハッとしてぷるぷると頭を振ると、大丈夫です! と両手をギュッと握った。
 ちなみに今のワイバーンは通過しただけのようだ。嵐を呼ぶ怪物だと聞いて居たがそれは名に恥じる事の無い嵐の如く風を生む。
 怪物グレートワイバーンの情報はクロスセラスで大分集める事が出来た。
 その丘の獣道を下ると、丁度木々に隠れたキャンプできそうな場所があった。火をたいた跡もあって、実際そこには誰か居た事があるようである。

 不穏で妙に強い風と谷間に響き渡るワイバーンの鳴き声が不気味さを際立たせていた。
 その入り口近くに一人その渓谷を見つめる人間が居た。ただじっと静かにその渓谷を見て何かを待っているようにみえた。
 わたしが唖然としているとアイシェがルーちゃんから下ろしてもらってわたしの横に立った。そしてその姿にアイシェが目を見張って驚いた。
 強い風が吹き荒れるその中で――二人の瞳が向き合った。

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