閑話『友人語り1』

*タケヒト

 キツキがおかしいというのは今に始まった話ではない。エングロイアを飲んでからと言うもの、有無を言わさず敵対する俺らの中では魔王と同じ立場の人間となった。
 それでもコウキだけは未だに、何をされても健気にキツキを信じ続ける。
 愚行と言うか、英断と言うのか。それはコウキが最後にやった事で決まる事。

 オレが過したふた月は静かなものだった――。
 正直に言えば少し腑抜けていた。シェイルも気丈に振る舞ってオレを腑抜け腑抜けと連呼した割には次の試練へと行こうとは言わなかった。待っていればいずれ試練の方からやってくる。
 最期の時と言うのは――言われずとも分かったのだけれど。
 ただ何となく、シェイルが隣で本を読んでいる時間が多かった気がする。
 オレの詰まらない話も尽きて、シェイルが少し話すようになるぐらい。それはたった一日だった気がするし一週間ずっとそうだったような。
 平和すぎたそんな時間は、軍靴の音と人々のざわめき声が大きくなったその日に終了した。

 カフェで頼んだコーヒーが遅ぇなぁと思いながら少しは慣れた空気であるアルクセイドの都市で背伸びする。
 四番街の大通りから二本外れた道路沿いで隠れ家みたいな落ち着いた雰囲気の店をシェイルが好んで使っている。少し大きめのログハウスみたいなつくりで柱の至る所に蔦が多い茂っている。手入れがされていない訳ではなく、店の周りや店自体は年季が入って良い色になっている。
 値段が安いわけでもないし格別に美味しいわけでもない。ただ静かで、コーヒーを静かに飲んでいる時間はとても落ち着く。
 日差しがそこまできつくない日だったので外の席に座って居たのだがそこに珍しい客が来た。
 隻眼の知り合いは一人しか居ない。今日は右目を隠している。笑い声が特徴的な奴でいつもぷかぷかキセルをふかしている。太陽を睨むようにあからさまにいやな顔をしたシェイルが「私達は貴様に用は無い帰れ」一蹴した。だがソイツは全く臆せずにこういった。
「ぷっはっは。タケヒトに用がある。夜だが今回は別に吉原にゃ連れて行かんさ」
 じゃあ何の用だ、と凄んだところでオレは立ち上がった。
「んじゃちょっと聞いてくる」
「タケヒト貴様……お前はあの赤いのみたいに命を安売りするなよ。絶対だぞ」
「任せろって。あ、シェイル」
「なんだ」
「明日はアップルパイが食いたいな」
「はぁ……分かったからとっとと行け。アホシキガミ共」
 そういってしっしと俺達を追いやる。
 ちなみに、オレ達はアップルパイが食える宿は一つしかしらない。
「己はアップルなパイよりメロンなパイちゃんがええのぅ。あ、ちゃんとアップルぐらいには育ててやったか?」
 スコォン、と本の角が良い角度でナナシの額に突き刺さるようにぶつかった。最早慣れ親しんだ光景とすら言える。学習しねぇなコイツは。



 戦争、戦争とその話を聞く度にそいつは難しい顔をしていた。
 酒を飲んで女を漁ってへらへらしている奴だが、アルクセイド付近で戦争だという話に急に無口になった。難しい考え事をするとそうなるらしく、突っ込む気も起きないのでただ注がれた飲み物を傾けて静かに言葉を待った。
 暫くするとぺしっと頭を叩いてヘラッと笑う。

「いやぁ、己もまだまだ他人事を心配してばかりでな」
「ナナシが心配する奴? なんだ彼女が居たんじゃねぇか」

 普通にカマを掛けてみた。
 別に心配する相手が女だとは言ってもいない。そいつはいつも通り豪快に笑うといやいやと首を振った。

「ぷっはっは! そんなのじゃぁない。ただの妹みたいなもんだ、と思っておったがな」
「ふぅん。妹か……オレは兄弟は多い方だがよ。妹だけは居ねぇんだ。
 妹ってのはそんな過保護になるほど守りたいもんかね?」

 兄弟ってのは憎たらしいものである。好きなものは自分と被るし、すぐに喧嘩になるし。弁えが分かってきてからはさほどでもないが、今も兄や姉は“苦手”だ。歳が丁度学年一つ分離れたその人たちは自分とは遊んでくれたし、今もたまに大学から帰ってきてはアイスを驕って貰ったりもするのだが何となく距離を置く感じだ。構って貰おうとはしないのである。飯を提供して貰って何となくテレビ見て、弟が見たいって言うのがあったら録画に回して部屋に戻る。
 だからだろうか、コウキにベッタリなコウキの姉を見て変だと思っていた。割とナチュラルにあの二人は実はおかしい。リビングで同じソファーでくっついてテレビ見てたり、コウキが料理していると姉が必ずコウキにちょっかいを出しに行く。味見の為にコウキが姉に食べさせたりしてる。あまりの状況に「熱々の新婚夫婦か!」と叫んだ。近所迷惑だって怒られたが。
 それでも、そういう絆もあるんだなとなんだか複雑な気分になった。自分の姉とああいう事をしろと言われると絶対に無理だと言える。
 こいつもそんなシスコン的な絆を持っているのだろうか。
 そう思ってコウキの話を少し話して聞いて見ると、それとは違うと笑われた。

「ぷっは! しすたぁこんぷれっくすが何かは分からんが、行き過ぎた保護と言うのには当てはまるのかもしれん」
 ぐっと一気にグラスの酒を呷ってぷはぁ、と一息ついた。代わりの飲み物を頼んで腕を組むとそいつは言った。
「なぁタケヒトよ。己は流れ者性分だが、ソイツの為に帰ってやろうと思う場所はあった。
 己自身は出世に興味は無いし、友矩や宗冬……兄弟達の道を邪魔する気も無かった。
 だから家を出た。柳生の名を広める為に各地の剣士に挑んでは柳生だと喚いて、親父殿に報いているつもりだった」

 ナナシとは何度かこうやって飲み交わす機会がある。試練が一緒だった事もあった程、妙に縁のある奴だ。今や普通に友人とよんで差し支えない。シェイルはその事に遺憾なようだが別にコイツは悪い奴じゃない。正義感も男気もある良い奴だ。

「時々聞くな。親父殿っていうのはナナシにとっての何なんだ?」
「己の、親……君主、いや。
 神か仏だ。
 あの方無くしては己の命は無かった。捨て子だった己を拾って柳生の従者として育てたのよ。
 齢七つを数える時にその話を聞いて涙が止まらなかった。同時に己の一生の君主である主に気付いた」

 オレが生きていた時代とは違う世界。時代が違うことは世界が違うに等しい。
 オレ達が君主に仕えるという言葉を使う事は永遠に無いだろう。それを当然のように使ってくるそいつはやはり別世界の人間だった。

「此方の世界に来てから思った事がある。柳生の為に生きるならば三厳を守って生きるべきだったのではないかと。
 己とは違う存在なのだ。あ奴と己は等しく兄弟として育てられたが、己は本来より柳生の身ではないからだ」
「お前はそういう考え方でいいのか」
「なにがだ?」
「柳生の為に生きるって生き方だ」
「お家の為に生きる事が出来るのは誉れとわかっておるか?」
「ああ、家が名門で名前を守る為にっていうのは良い事だ。
 お前が守ろうとしてるものも分かる。親父殿が築いてきたもの……まぁ中身は色々だろ。
 その中に親父殿の愛娘の妹が居る。
 好きなんだろ? 守りたいんだろ? 戻っちまえばよかっただろ」
「あのな……簡単に言いおって。
 己は旅に出られる代わりに勘当された身だ。易々と柳生に戻れぬよ」
「んなことシラネーよ。でも好きな子が居るんだろ? 戻ればよかっただろ?」
「ぐっだから……しつこい奴め! だんだん馬鹿らしくなってきたわ!」
「可愛い子なの? じゃあオレが」
「斬るぞ貴様」

 といいつつ照れ隠しに受け取った酒を一気に呷る。
 ああ、これはガチな話だ。それだけ本気で何かに突っかかっていたんだろう。オレ達が生前の事を悩んでも、今更という気分にもなるが答えを出しておけば気に掛ける事も少なくなって気分が軽くなる。前に進む時にたまに足枷になる後悔はどこかでちゃんと吐き出して楽になっておくべきだ。
 此方の世界にきて大分経った。オレがコイツと打ち解けてしまう程度には長い時間だ。それだけの時間があって親友達とはまだ溝を作ったままだ。
 この戦いの仕組みを理解して拒んでるキツキとも本当はこんな風になれていればよかったんだと思う。

「……ふーん?
 まぁ、オレに分かった風な事は言えねえがナナシが言ってる事は間違ってねぇんじゃねぇか。

 だったらよ、それを選んだって悪い事じゃねえだろ?」

 やる事の選択としては間違ってない。
 その子を守る為に流れ者から家に戻るのは大変なのかもしれないが、それはナナシの覚悟次第だ。そこにしり込みするのならやろうなどと言わなければいい話だ。
 飲み干したグラスを恨めしそうに見ながらナナシはふぅっとため息を吐いた。

「そうか……まぁそうだよの。
 お主分かっておらんくせに核心だけは突いてくるな」
「そうか? まぁ役に立ったならいいが」
「いや、後悔先に立たずという言葉の意味を教えられた。有難うな」

 そう言ってまた次の飲み物を頼むナナシ。
 終わってしまった事。
 俺達に共通する事は死の後の世界だと言うことだ。
 もしこれを救われたというのならば式神と言われるがままに、呼ばれた主の為に働くのが勤めであるとナナシは言った。まぁナナシはどう見てもそんな事をやっているようには見えないけれど。
 一見平和に見える飲みが続いていたが――すぐにそれは終わった。

 折り入って頼みがあると頼まれたのはアルクセイドでナナシに出会ったときである。アルクセイドの工業地近くの居酒屋で待ち合わせていると誘われて今此処でゆったりとその人物を待っていた。
「……待たせたなナナシ」
 そう言って現れたのは眼光鋭いシキガミの唯一の弓兵だ。
 コウキは最初に会ったシキガミがそいつで、結構酷い目に会ったと愚痴っていた。
 オレは森で会って一戦手合わせしようと言われてやった為、変な奴だとは思ったが礼儀正しい奴だという事は知っている。

「タケヒトか……なるほど。良い助っ人を呼んでくれたようだな」
「ぷっは! だろう。閉じた門も無いが同然よ。己らが居れば負ける戦はあるまい」
「おいおい、オレは何もきいちゃいねぇんだ。
 まず何をするか言えよ。やるかどうかはその後だろ」

 どうやらこの二人も友人仲らしい。流浪の旅道中で共闘する事となりそこから下関まで一緒に旅をしたと。
 背中を任せられる程度に信頼関係も築けていてお互いの実力も把握しているようだ。
 シキガミがある程度の力を得られるだろうという事は知っている。この世界に来てすぐに武器を手にしていて、更に加護すらも得ている。よっぽどの話ではない限りそれを戦力外とは言わない。

「ムラサキは連れてこなかったのか?」
「女を戦場に連れて行けるか」
「そうだよなぁ。
 んで、戦場ってことは戦争に参加しろってことか?」

 ナナシの言葉を聞いてハギノスケは背筋を伸ばして顔を上げた。

「単刀直入に申し上げる。
 二人には信長討伐の手伝いをしてもらいたい」

 そう言ったそいつはオレの目を見た。

「側近の八重喜月もだ」
「……キツキもか……!?」

 かなり驚いたが理由は実は知っている。確かにアイツは魔王の側近と言う扱いだ。最近の働きはかなり凄い。グラネダとクロスセラス軍を相手に活躍しグラネダを一晩で撤退に追いやった。シキガミの能力フル活用ではあるのだけれど凄い話だ。オレも修行してスサノオの持続時間をぐんぐん伸ばしてはいるが流石に大軍相手をする気にはなれない。
 キツキは今や魔王の側近だった。

「でもアイツはアルクセイドの希望って言われてるんだぜ?」

 魔王が君臨した。当事は混乱の最中である。アルクセイド王の暗殺から周辺貴族の争いが勃発。その争いの最中に現れたのが魔王である。胡散臭い事この上ないがまず一人でクロスセラス軍とグラネダ軍の侵攻足止めをやってのけたその功績が評価されて住民にはなんと支持された。
 キツキはその時から魔女と一緒に側近扱いだが、魔王や魔女みたいな胡散臭さがなく誠実にこの街を守る為に働くと明言して実行した。それが人気にならないわけが無い。
 まぁ元々ある顔面の器量から人気が上がって、更に年上を扱う心得があるキツキのお陰ともいえる王国略奪。その首謀者を倒そうという算段の話にその名前が出ないほうが可笑しいだろう。

「ふむ。まぁ恐らく――魔王が此処の城に居る間がこの戦争の最中で最後のチャンスだ。次にキツキと魔王が戦場に出ればクロスセラスは押し負ける」
「ある意味最強の二人が組んでる訳だからな……」

 魔王の覇道と自分の能力である遠距離攻撃の斬撃飛ばしが非常に強力。かつキツキが文字通り光速で飛び回って止めを刺してくる。
 オレが暴れ始めてから飛べなかったのは恐らく砂塵が多すぎたからだ。光が反射でき無い場所であの技は使えない。そう予測したのはシェイルだが恐らく間違っていないだろう。

「このままほっとけは世界が統治されて良い感じになるんじゃねぇの?」
「そうなるように見えるか?」

 見える。キツキが居ればだが。
 オレが歴史で聞いたそいつが悪政を行ったのかと言うとそうじゃなかった気がする。まぁ教科書なんて歴史の良いところしか書いていないのが事実だが、過去は称賛するものだ。何処の国に行ったって同じ事をしている。良いところを知って良いほうに伸びろ。そう願うのは当然の話じゃないか。

「最近、そのキツキの様子がおかしいという話がある。
 魔女が死んでからだ」
「魔女って。神子だろ? 死んだってのはデマじゃないのか?」
「殺したのがキツキって話だな。早速裏切り者が出たって魔王は悦んでいたな」

 シキガミが神子殺してどうするんだ? もう能力使えないじゃないか。まぁそれでも十分な力として残るがオレ達がやっている事に対してはリタイアしたも同然だ。

「私が考え至るところでは、魔王は魔女を売ったと見える」
「魔女を売った!?」
「そうだ。いずれと思っていた神子とシキガミとのぶつかり合い。
 その勝利は八人中の一人に渡される物だ。
 つまり全員が一組ずつ相手をして残ったものが戦うという事になる。その一勝目を譲った」
「なんで……!?」

 オレの言葉にハギノスケは愚問だ、と何か遠い目をしてため息を吐いた。

「興味が無いからだ」
「まぁ、あ奴には神子だのシキガミだの興味の無い戯言よの。
 己の利にならんのだ。神子を討って残った力を得るて世の王になろうとするだろう」

 ナナシも分かっていたように頷く。
 世の王。
 なんか馬鹿っぽいな。そう思うのは現代っ子だからだろうか。
 世界なんか広すぎる。言葉、文化、人種、と様々な壁が有る限り世の王には誰もなれない。結局ヘラヘラと笑いあって手をとって生きていきますとアピールするのが精一杯。そんな広さだ。

「ま、どうやったのかは知らんが、キツキを懐柔した。
 あ奴を止めるにはもうお前の力を借りるほか無い」

 ナナシがそう言ってオレにどうするかを問う。正直戸惑った。
 一番最初に誰とも徒党を組まないって決めた奴が一体何をやっているんだか。
 とはいえアイツが無意味な事はしないし、エングロイアもあって情に絆されるということも無いだろう。
 魔女がコウキの姉ちゃんに似ているということが関係しているだろうか。確かに似てたといえば似ていたような気がする。
 キツキとコウキの姉ちゃんはどうやら事件後に付き合いだしたみたいだしその辺の情にほだされたのだろうか。それはそれで殴りたくなるな。それやるなら初めからコウキに付けよ。まぁ完全に予想外の人物が居れば動揺はするのかもしれないが、友人としてはがっかりもする。
 当人に聞いてみればいいのか――。
 この二人オレが断った所で同じ事をするわけだし。

 まぁ、結局。
 この話を受けない訳にはいかないんだ。
 どうせなら自分の足で聞きに行こうか。

 旅の間に色々と考えた。
 キツキがやってた事が正しいかとか。
 コウキが言ってる事を信じ切れるかとか。
 まぁ確かにキツキに言うように、コウキがどや顔で助かる方法を見つけたって言ってきてからそうしても良い。きっと神子達には手のひら返しに疑惑の視線を向けられるが、それ自体は覚悟の上である。調子のいい考え方だがコウキ相手なら許される緩い話だ。
 ただその中間に立ってみて見えるのは、コウキもキツキも同じく自分が正しいと思って行動している。キツキはコウキが見つけるだろうと言いつつ、最後まで見つからない事をほぼ確信して行動している。
 その行動が矛盾をはらんでいるのは分かるだろう。信じると信じていないが同居してる。
 キツキはコウキに希望を託した。突き放したのは助けられなくても当然と言う話からである。それをやったお陰でコウキの仲間からは反発されコウキはキツキを助け辛くなっている。
 そこでオレがやるべきは何かを考える。二人の仲介に関しては四法飛鳥がきっと適役である。どちらとも友人視点で事を運び繋いでいける。
 オレの役目。
 それは行き過ぎな二人を止める事と助ける事だ。
 コウキは放っておくと死ぬ。
 キツキもどんどん身を焦がして取り返しがつかない事をしだす。
 結局似たもの同士なのに真逆の事をするあいつら。そんな事を考えるのは損な役回りをする人間だとシェイルには注意を受けた。報われ無いとは思っていない。コウキやキツキはやたらとそういう恩を返したがる。そう言う話抜きでも助けてやりたい友人だ。

 さて、やってやろうじゃねぇの。

「引き受けるが、ちょっとキツキの馬鹿野郎はオレに任せてくれないか。
 オレ相手なら油断もする。普通に戦わないで済む方法もありそうだ」

 そいつを引きずってでも同じ舞台に戻してやろう。
 ああまったく。世話のかかる奴だ。

「……わかった。具体的な話をしよう。場所を移すぞ」

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