エピローグ

「はぁ、美味しいですね。オモチっていうんですかこれ」

 新しい文化に馴染むのには時間がかかる。
 一緒に生活して色々と教えながら過ごして四ヶ月が経つと、要領よく覚えてくれた彼女は一見して俺達と何ら変わりない流暢さで言葉を喋るようになっていた。

「お雑煮って言ってね、お正月にはコレを食べるの」
「温まりますねぇ。黒豆もおいしいですし」
「壱神家伝統なんだよー。おかわりもあるよー」

 俺はおもちを二つ入れてもらって居るので喋る暇もなくもちゃもちゃと咀嚼している。
 共同生活に三人目が加わり、ひと月が過ぎた。
 初めはアキの戸籍関係で色々と騒がれたが、たくさんのファンタスティックな事件を経て竜宮寺秋という名前で生活をしている。
 アキにそっくりな娘を持つ資産家の娘さんと勘違いされて、誘拐される所から始まるスペクタルストーリーはまたの機会に。

 色々と確認した結果、俺が戻ってきた時間はどうやら俺が死ぬちょっと前の時間だった。
 調べようが無いけどファーナが最後に何かをしてくれたんだろう。神様になった後は、神様らしい事が何か出来たはずだから。
 戻ってみればいつも通りである。バイトの事をすっかり忘れていて、少し焦った。その日初めてバイトに遅刻してしまいものすごく申し訳ない気分になった。
 キツキやタケも戻ってきていて、異世界の記憶は残っていた。でもあちらで受けた傷はないし習得した力は何一つ使えない。俺達は不思議な夢を見たんだということになりかけたが、俺の家にはやっぱりアキが居た。
 アキには向こうで助けて貰った恩も有り、ウチで一緒に暮らすことになったのだ。姉ちゃんには酷く不審がられたが、アキの日々の態度と無駄に息のあった俺達の行動に何か思うところがあったのか、少しだけ冷たい時期が合ったが今は仲良しだ。

「食べたらきーちゃん所とかに挨拶に行こうね」
「喜月さんなら昨日も会いましたよ?」
「違うよ。おばさんに新年の挨拶と、お雑煮持ってくの。
 昨日も深夜まで忙しかったみたいだし」
「ほら、時間見て年越しした瞬間にやっただろ? あけましておめでとうございますってやつ。
 アレを言いに行くんだ」
「あれって年越しした瞬間の行事じゃなかったんですか?」
「さすがにそんな細かすぎる行事はないよ」

 当のアキは共同生活にアルバイト。色々とやっているがやっと馴染んできたようだ。
 ただまぁこのままというわけにも行かないので、帰る方法を探してみても居るのだが成果は芳しくない。
 あちらの世界でできた色々な力の類が使えなくなっている。例えばアキの剣は具現化しないし、術式線も見えない。こちらの世界の理論ではないからだろう。竜の加護も効いていないようで、大掃除の時に冷蔵庫を動かそうとして唸っていたのが記憶に新しい。

 俺が目を覚ましたのは死んだはずの日の次の日だ。どうやら俺は姉ちゃんに轢かれる事もなく無事に一日を過ごしたらしい。姉ちゃんはその日あの時間に車で出かけなかったようだ。
 しかしアキを姉ちゃんに説明するのに苦労した。どうやら全然あっちの世界の記憶は無いようだ。しかし、喜月やタケや四法さんは覚えていてくれたので勝利の雄叫びを上げそうになった。味方が居るって素晴らしい。
 そんな皆の協力も経て、俺達はまた強い絆で繋がった。

 正月は先に動かなかった方が負けだ、と豪語する姉が運動がてら親戚に挨拶に回る。
 一応父方の兄である親戚以外とは正月に挨拶をする程度には交流がある。学生のうちはお年玉も貰えるので、行かない手は無いだろう。寝正月をすると太ると言って、動きたがる姉は正月はとても働き者だ。
 初詣の約束があるので、朝のうちに親戚周りは終わらせようと俺達は家を出た。
 姉ちゃんがアキに着物を着せられなかったのを残念がりながら寒い空の下を歩く。その姉ちゃんの説明によると正月用の着物は振袖じゃないらしい。俺は全部振袖って呼ぶのかと思っていたが、あれはもっと礼装に近いもののようだ。

 アキは向こうに身寄りがある訳ではない。確かに家を放置していることになるので気がかりといえばそのぐらいだと言った。元々戦いに身を置かないで生活することを視野に入れていたようでこちらの生活もなんら支障なく受け入れていった。
 戻る条件というのが死ぬ事なのかもしれないという仮説は立っている。俺達全員が体験したことを合わせた結果だ。それを試すのはおっかなすぎるし、それをやるぐらいならいっそここで暮らせという話にもなっている。それを言った時の彼女は妙に嬉しそうだった。



 本日二回めの初詣に訪れた俺達は賽銭を投げて手を合わせる。
 四法さんが着物で現れた。夜の外出が許されていない四法さんは、夜の初詣に参加していない。門限が厳しいらしい。そんな四法さんを交えて初詣に行こうという話を付け、お昼に集まることになっていた。
 待ち合わせ場所になっている神社近くの道で、目印のタケを発見する。背が高いとすぐに見つけられて便利だ。その場には喜月と武人と四法さんは程なく向こうにも見つかって、手を振ってから近づく。

「あけましておめでとう壱神くんっ! アキちゃん!」
「あけましておめでとぅ!」
「あけましておめでとうございますっ。
 可愛いですね。コレが伝統衣装のキモノですね」
「そうそう。可愛いでしょこの着物」
「飛鳥ちゃん大和撫子だもんねぇ。似合ってていいなぁ」

 姉ちゃんが感心しながら言う。お姉さんほどじゃないですよと謙遜されて照れていた。
 皆平和な日常に戻ってきたのである。
 六人で神社を訪れて賽銭を投げる。夜と合わせて十円の出費だ。おみくじはもう引いたので引かないことにした。ちなみに末吉が出ていて、すでに境内のおみくじが結ばれすぎてよくわからない状態になった棒になんとか隙間を見つけて結びつけた。
 いかにもアルバイトな神子さんからおみくじを受け取って開いた四法さんが、大吉を引いて得意気に見せてくる。

「いやぁ、平和が一番だねやっぱり!」
「そりゃそれに越したことはないよな」

 タケが同意する。この意味を正確に把握していないのは姉ちゃんだけだ。
 この世界の、この国の平和を噛み締めて生きる事ができる。それはきっと良いことだ。

 夜に豚汁目的で訪れた社を後にする。流石に昼は配っていなかった。
 地元は結構色んな知り合いにあって新年の挨拶をした。

「確かにすごい平和って感じですよ」
「だろ?」
「凄まじく便利ですし……。
 私だけこんな所にいていいのかなぁって思うぐらい」
「実際死んだ後なんだし……帰る手段の提案もないしな。
 俺はあっちではすぐ、あ、うん、ここで暮らさないと! ぐらいの気持ちだったよ」
「あはは……そういう言い方をされると微妙ですね。
 今更コウキさんの気持ちを理解しました」
「まぁ俺の話は半信半疑だったろ?」
「え? ちゃんと信じてましたよ」
「またまたぁ」
「ホントですって!」

 ボフボフと殴られながら笑っていると、生暖かい笑みがこちらを見ていた。
 これまたいちゃついてるとか言われるパターンだわ。流石に俺も覚えた。

 先に言ってやろうと思って一歩先に鳥居をこえて振り返る。

「言っとくけど、俺は――!」

 そこまで言った所で気づく。
 鳥居の向こう側には俺の知っている人が六人いる。


 どうしたのかと全員が俺の視線の先を振り返って、同じような表情になった。ウチの姉だけ、綺麗な外人さん、と言って驚いて居たのだけれど。

 装い華やかに。
 靡く金色の髪。初めてあった時より大分伸びた。肩口くらいまでだった髪はもう腰に届きそうな程だった。

 吸い込まれそうな程綺麗な真紅の瞳。白い肌が人形の用に見えて、赤の多い装いがその人の個性を表していた。

「え!? ファーナ!?」

『お久しぶりです皆さん。
 いえ、こちらではあけましておめでとうございますと言うのでしょうか』

 周りには結構たくさんの人が居たはずなのに、いつの間にか俺達六人とファーナだけだ。

『お師匠様! お師匠様!!』
「ルー!」
「かわいいワンちゃん!
 というか、また美人の知り合いなのコウキ」

 姉ちゃんがファーナとルーをキョロキョロと見てからジト目で睨んでくる。
 その間も激しく飛びついてきたルーメンに顎下辺りを嘗められ続ける。

「いや、うん」
『こちらでは初めまして。
 わたくしはファーネリアと申します』
「あ、ご丁寧にどうも。私は幸輝の姉で幸菜と言いますっ」

 ファーナの丁寧な挨拶に姉がタジタジと挨拶を返す。
 唐突な訪問に唖然としているのは俺だけではない。アキもハッとしてゆっくりと手を出して彼女に触れる。

「ファーナ、本物?」
『はい。貴方達の知る、ファーネリア・リージェ・マグナス本人です。
 こちらでの生活は如何ですかアキ。お元気そうで何よりです』
「うわあああああ!!
 良かった!! 生きてたんだファーナ!!」
 ファーナがアキの手を握り返すと、アキが一気に抱きついて涙をこぼし始める。
『はい。お元気そうで何よりです』

 アキが落ち着くのを待ってからもう一度改めてファーナが自己紹介をした。
 赤を基調にした神官服は以前より派手ではないものになっているが、荘厳さは増したようだ。
 ファーナは俺達に最後に起きた事の顛末を話すためにここに来たようだ。

「……生きててくれたのか」
『はい。残念ながら貴方の悲願が達成される事は無かったのですが……現行の神により規模は縮小されています。
 全て貴方のお陰ですコウキ。そして皆様も。
 まず、お礼を言わせてください』
 色々言いたいことはあった。俺達は結局投げ出されるようにまたこの世界に戻ってきた。
 でもこの平和を享受して、また俺達にとっての普通の生活を初めていた。
 俺から聞いておくべきことはまずひとつ。
「なぁ、アキはもう帰れないのか?」
 これが出来るかどうか。もちろん行き来出来るかどうかも聞いてみなきゃいけない。
 生まれた場所には愛着があるだろう。世界ごと違うんだから尚更だ。ここではアキが培ってきた強さは役に立つことは少ない。
『アキは帰りたいですか?』
「え、あ、えっと……」
 アキが言い淀んでちらりと視線をこちらに向けた。
 どうなんだろうなぁと思っていると、ファーナが咳払いをして頷いた。

『相変わらず仲がいいようで良かったです。
 死んでも治らないならやっぱり本物なんでしょうね』

「じゃあやっぱり俺達って!」
 驚く俺とアキを見て、少し申し訳無さそうに頷いた。
『はい。死亡しました。
 神々の戦争に巻き込まれたのです。
 向こうでの死亡の後にこちらで肉体の再生をするように神の力を使いました。
 あの後……いえ。全てをお話します。
 少し長くなってしまいますが、貴方達は知っておく権利があります』

 遠くを見るように視線を上げる。
 俺達からしても大分昔の事のように思えた。時間が過ぎるのは本当に早いし、ありえない体験も鮮明に記憶に残っている。

『“世界の檻<プラングル>”は元々、絶対神オースフィアによって総べられる、“碧の世界<リィンステア>”でした。
 世界樹が地を支え、マナは満ち世界を巡る。それはそれは平穏な世界でした。
 その世界を支えたオースフィア、その元に集う神々もその平穏の中で世界を管理していたようです。

 それが崩れたのが、戦神オーディンの崩御の後、戦神ランバスティが現れてからです。
 彼は戦神として長い平穏は腐敗を招くとし、世界に戦の種を落としました。
 “神の剣”が世界に落ち、ソレを手にする為にありとあらゆる所で戦いが起きました。
 戦では剣を持つ者が勝ち、知あるものがソレを奪い、そして暗躍する者がまたそれを奪う。
 戦争は混沌を極め、強者が生まれ、そして散って行きました。

 オースフィアはそれを咎めました。争いの火種を与え、世界を混沌に貶めたのですからその罪は重い物です。
 戦神に課せられた罪は、“戦神の世界への干渉を禁ず”でした。
 故に、戦神ランバスティは自らの手で世界に何か干渉することができなくなり、その手足として作られたのが戦女神です。

 世界から外れるその時に戦女神になる事を望んだ者を、第二位世界に置き世界を監視させました。
 元々オースフィアを気に入らなかったランバスティはその時から神の入れ替わりを企てて居たようです』

 ファーナが言葉を区切ったので皆が目を合わせた。
 俺達が知らない部分の話。
「その部分は俺はランスから聞いていたけど」
「えっ俺知らなかった」
『メービィは説明下手でしたね。自分から言い出さないし、纏めるのが下手でした』
「ほぼ自分の事なのにバッサリ行くねファーナ」
『仕方ありません。ほぼファーネリアなわたくしからすれば、彼女の行動は少し目に余りますので。
 制約縛られて居たとは言え、見守っていた時間が長過ぎますし。
 方向性を指摘していても、コウキが踏み外してすぐ対応しませんでしたし。
 やはり彼女もわたくしと同じで、貴方達に甘えていたのです……それが、ただ心が痛む所ではあります』
「俺が決めたんだからいいんだよ」
「どうせコウキが最初に可愛い子に負けてたんだ。そりゃ仕方ないぜ」
「煩いよ!」
「下心?」
「下心も無くはなかったんだろうが、コウキは素でアレだからな」
「アレってなんだよ!」

 異様な空間に居るはずなのに、俺を茶化してくる為に和やかな空気が流れ始める。
 全員が謎の納得をした後に、ファーナは微笑んで話を続けた。

『さて、神の入れ替わりを企てたランバスティですが、オースフィアと対峙するためには力も地位も足りません。
 なのでまずは第二位世界に戦女神を集めさせ、自分の眷属を増やし力を蓄え機を待ちました。

 そして、竜の登場しました。
 竜は元々世界の抑止力の一つ。人種にとっての共通敵として現れました。
 神の剣に対抗すべく生まれた、超越した存在です。
 神の剣はその時の竜に対抗するべく唯一の手段として“ドラゴンキラー”と名を持ちました。

 ソレを面白く思わなかったランバスティは戦女神が与えられる力を強くしていきます。
 竜と戦女神の時代の到来です。
 この頃から神々は力を失い始め、一方ランバスティは力をオースフィアに近づけていきました。

 そして、終末戦争が始まりました』

「なんかだんだん俺が知ってる世界に近づいてきたな。
 その頃にはもうラジュエラもオルドヴァイユも居たのかな」
『そうですね。
 ランバスティの号令から始まった終末戦争で、第一位世界は二つにわかれました。
 精霊、戦女神を有するランバスティと理の神々と竜を率いるオースフィア。
 この衝突で天変地異が起きました。

 その戦いではランバスティはそう戦力で負けては居たのですが、旧友オーディンの名を出し油断させ、その隙にその喉を切り取ったといいます。
 神に死はありませんが特別な槍で切られ言葉を失った神はその存在を封印されました。

 法則は乱れ、世界は球を失い無限世界となりました。
 階位階層が作られ序列を持つようになります。
 この序列はランバスティによって作られたものです。
 単純な生まれにまずは階位があり、後は生きる力によって順位を上げることが出来ます』

「オレは別にそれ自体が悪いようには思わないけどな」

 タケがそう言うと、キツキが頷く。

「実際生まれの序列と、力の序列は存在するからな」

 王家に生まれれば王として扱われるように。
 何処に生まれてもその序列は変わらないと言う。
 意識して生きるか否かはその人間次第だと思う。まぁソレによって嫌われる事も多々ある。意識の高い人間にはそれなりの態度と成果が求められるものだ。

 そういう点では努力して世界を変えた勝者と言うべき神だったのでは、とふと思う。

『戦神ですが理の神々は彼の危険性を指摘しています。
 知性とともに大地と生きた“碧の世界<リィンステア>”で得た文明は消え去りました。
 無限世界とは言え、気性の荒い神々が創る世界は歪でした。
 そもそもの人種は大きく数を減らし、人種が増えました。
 継ぎ接ぎのように区切られ、ある場所は突然寒く、ある場所は突然暑い。
 適応力の高い人種すら住み着かないような場所も多くなりました。
 管理する神々すら分割して、争いを起こすための区分けを行いました。

 そして、始まったのがそんな神々を世界に落とす蹴落とし合い……。
 最初の代理者戦争です。

 神に変わる代理者を立て、戦果を上げる事で自分達が管理する世界を守ることが出来る。
 そういう戦いを強いられました』

「ソレに逆らうことは出来なかったのか?」
 キツキの質問にファーナは頷く。
『神位が違いますからね。彼の状況はその時すでに絶対神に近かったのです。
 かくして、地上に生まれる者を自分の代理、神子として世界に降ろさせ互いに戦わせました。

 戦が起これば起こるほど戦神は脅威になります。
 その時点ですでに逆らえるほどの力を持った神は居ませんでした。

 故に、オースフィアの復活を願って奇跡を起こしました』

 ファーナは顔を上げて俺達を見回した。
 姉ちゃんは分かってい無さそうだが、空気を呼んで黙っている。
 俺はわかって無いので首を傾げた。

「奇跡って?」
『それが貴方達のことです。
 神々はある程度の未来を見ることが出来ます。
 しかし、その未来には存在しない、映らない存在が貴方達です。
 指針を与えるときに曖昧になってしまいがちなのはその為です。

 貴方達には世界を変える力があります。
 この世界に居ないはずのイレギュラー。
 それでいて、貴方達“日本人”が最も世界の事を考えて、世界と共に生きてくれました。
 だから、貴方達があの世界に好んで選ばれたのです』

 あぁ、そういうことか。と何となく納得する。
 最初の人の印象が良かったのだろう。まぁ神様なのだから流石に人を見て選んでいるだろうけれど。

「郷に入っては郷に従えってやつかな」
「他人に合わせるのが日本人とも言われるしな」
「褒められてるのかなぁ」
「蓼食う虫も好き好きだよな。まぁマナーが褒められたんだ。褒められたと思っておこう」
『単純にその気質で選ばれたのだと思います。
 貴方達を選んだのは世界記憶に近い、世界の扉です。
 管理する者となってそれが初めて分かりました。

 あとは、みなさんが知っている通り、何度も何度も神子とシキガミという形で、神々に貴方達が割り当てられて戦いを繰り返しました。
 強大な力を得たランバスティは戦女神に更に力を与え、その戦女神がシキガミに入れ込んで行くことでまた更に強くなる。
 しかし複数人居るためまた衝突が起き、世界が混乱していく。
 あそこはそういう世界ですから』

 明らかに此処とは違う世界があるのだと言う。
 それを俺達は何の疑いもなく信じられるのはこの記憶があるからだ。


「ファーナはどうしてるの?」
『扉の管理者をやっています。あちらの方々は“時の女神”と呼ぶようですね。
 コウキが開けた穴を扉に変えて、通行するものの管理とこちらからあちらへの救世主の移動のお手伝いです』
「そうなんだ……ん? やっぱり神様なんだ」
『厳密には神とは違うのです。扉に関する事以外はわたくし自身は何も出来ませんから。
 神々の理からも外れ、オースフィアと並ぶ者とされました』
「それは凄いじゃん!」
『ありがとうございます。あ、その、でも、力を制御するのにやはりとても長い時間を使ってしまいました』
 それでここに来るのが遅くなった、と彼女は恥ずかしそうに笑った。
 彼女は影で頑張る人だ。
「オースフィアは……ヴァンなの?」
 俺の質問に少しだけ表情に陰りを見せた。
『残念ながら違います。

 ですが。
 あの方の“言葉”で皆様に“ありがとう”と言っておりました』

 そっか。記憶の彼方とは言えないくらい近い記憶の中にまだヴァンはいる。
 俺はその正体を知っていたワケじゃない。
 

「また死んだ奴連れて行くのか?」

 タケが聞くとファーナはなぜか全員を見回してにこっと笑った。

 今日は日差しが暖かく、日向に立っているとお腹に張っているカイロが暑い。
 冬の寒い空の下で冷たい風が吹く。
 ぞっとしたので俺は一応後ろを振り返って神社の階段の下を覗く。
 全員で転げ落ちてたとかそんなオチは無くて安心する。

『ふふ。大丈夫ですよコウキ。確かにわたしがここに来た理由は、報告のためだけではありません。
 貴方達歴戦の勇者達に、力を借りに来たのです』

 ファーナが手を広げて役割を言うと、もう一度俺達に丁寧な淑女の礼をした。
 流石に姉ちゃんが慌てだしてきょろよろと俺達を見回す。

「えっえっ? あの、さっきから何? ゲームの話?」
「いや、姉ちゃんもだよ。魔女だよ魔女。魔法使い」
「えっ? いや、分かんないよぅ! 何の話〜!?」

 先程から演技か何かだと思っていたらしい。
 何が何だかわからないという表情で姉ちゃんが皆を見回した。

『今、わたくしたちの世界は再生の為に神々の世界からの干渉を完全に停止しています。

 加護者が消え、数の戦争が始まった国々。
 焔の剣が落ち、燃え上がる山。
 暴走する竜士団。
 墜ちた天空島と争う鬼。
 現れた魔王の血脈。

 プラングルは荒れています。
 どうか、どうかお願いします。
 わたくし達をお助けください。シキガミ様。

 いえ』

 その表情は真剣そのもの。

『新式シキガミ様、でしたね』

 数秒、俺とにらめっこするような状態になって、結局俺が笑った。その後釣られてか彼女も微笑んで手を差し出してきた。
 俺はその手を見て、少し考えた。

「俺は前みたいに強くないよ」
『強さは問いません。本来それは過程の中で得るものです。
 貴方達にはどんな状況も打破できるだけの強さをその胸の中に持っています。

 きっと、納得行ってないと思います。
 貴方達の旅は、終わりをあの神々に断ち切られた心ないものです。
 オースフィアはせめてもの手向けに貴方達に最善の未来を送りました。
 わたくしを管理者とし、扉と世界との繋がりを強め全員を意味のある未来へ到達することを可能にさせました。

 扉はまた、未来の導を探しています。
 それを選ぶ権利をわたくしに託してくれました。


 英雄とは、人の心象に残る残照です。


 わたくしは貴方達しかいないと思いました。
 これは過去の賞賛と、確かな評価です。
 これはわたくしの浅はかな希望と、贔屓です。
 わたくしには願うことしか出来ません。
 わたくしには言葉を届ける事しか出来ません。

 どうかわたくしに輝く光を見せた英雄方。
 今一度、わたくしと共に世界を導いてください』

 ファーナは胸に手を当てて、その真紅の瞳を俺に向けた。
 赤色に魅了されるのはどうやらファーナだけではないようだ。





「俺は……」

 ずっと思っていた事がある。
 あんな最後を迎えて、あんな風に消えることになった俺の胸の中でずっとつっかえていた言葉が一つ。

「ファーナを、メービィを。救えたのかな……」

 本人を前にして聞くのは、怖いと思った。
 懺悔するような気持ちになって居心地が悪い。

 イチガミコウキは強い人間じゃない。弱い他人を守って強いふりをしていただけ。

 終わらされたと言うだけで、この場にいる全員があの終わりに納得しているかというとそうではない。
 聞けば全員が俺の転生と共にこっちに戻ってきて同じように日常に戻される羽目になった。
 その中で何度も、俺にできる事は無かったんだろうか、とか。理不尽を恨んではその悔しいという言葉を飲み込んで今日まで生きてきた。


『……コウキ、顔を上げてください。
 貴方が悲しそうにする必要はありません。

 わたくしは此処に居ます。

 わたくしは神ではありません。管理者です。
 わたくしは物ではありません。命があります。

 今更ですけれど。本当にありがとうございます。
 シキガミの貴方は、最後まで勇敢に戦い、悲運と共に命を散らせました。
 わたくしはそれが悲しくて仕方ありません。わたくしにはあなたを守る力がありませんでした。本当に申し訳ありません』

 俺はスタスタと歩いて行ってその手に手を重ねた。

 途端、前身に薄く青い光を帯びた。
 青い光は手から全身に広がって浮遊感が一度訪れた。
 不思議な現象を見て、姉ちゃんが声を上げたが皆は慣れたものである。
「なになに!? 何が起きてるの!?」

 相変わらず温かい手である。

 でも、憑き物が落ちたみたいに軽くなった気がする。
 毎日の快晴を見て、憂いを感じない。そんな気分になれた。
 脳天気だけれど、やっぱりずっと気にはしていたし、その後も気になっていた。
 ファーナが真摯にそうやって言うのだから――俺はその役割を全うできたんだろう。

「それこそ、気にすんな! 俺は今ここで生きてる!」

 そう言って笑うと、彼女も微笑んだ。
 きっとファーナも、俺と同じような気持ちになっているのだと思う。

「今度はどんな旅になるかなぁ」
『今回はオースフィアの助力もあります。

 目的はわたくしたちを救う事ではありません。
 “神の剣”を壊すこと。
 ただそれだけです。
 簡単にとは行かないでしょう。
 また幾つもの試練が立ちはだかり、それに苦悩し、傷つき、涙するのでしょう。

 ……ソレを共にするのは。
 やっぱり貴方達が一番いいと思ったのです』

 そう言って視線を俺の横にやってすぐにアキの手が加わる。

「もちろんわたしもお手伝いします!」
『はいっ貴女を待つ人も居ますから。貴女もこちら側の救世主としてお連れします。
 少し特殊な条件が付きますがきっと問題は無いでしょう』
「も、問題?」
『少し張り切り過ぎた人がいるだけです。
 竜の加護がべたべたです』
「べたべたしてるの!?」

 冗談です、と言いながら笑い合う。
 そして、俺は次の人のスペースを開けるためにファーナの隣に並んだ。手は三人で重ねていてまず全員に視線で問いかける。

「今回は流石に、強制的にってワケじゃないからさ。
 来るか来ないかは任せるよ。
 来てくれると俺が嬉し――」

 次に手を載せたのはタケだった。大きな手が俺達の上に乗っかる。

「オレも行くぜ。最初から一緒のがいいだろ!」
『ありがとうございますタケヒト。貴方が一緒だと役割がはっきりしてとても安心できます。
 味方がはっきりしていれば、貴方も本来の力を発揮できるはずです』

 喜月がため息を吐きながら近寄ってくる。

「安請け合いしすぎだろ……聞いとくけど今度もちゃんと戻ってこれるんだよな」
『勿論です。今度は前回ほどその条件は過酷ではありません。いつでも今日、この日この時間に戻ってこれますから。
 わたくしが扉の管理者という利点を最大限に活かしましょう』
「そりゃ心強い。でも前と同じ能力が無いと辛いぞ」
『ソレに関しては申し訳ありません。前回と同じ加護者はもうあの世界には居ないと思って貰って構いません。
 戦女神の加護と神々の加護は無くなって、神子との繋がりの無い貴方達からは心象武器も失ってしまいます』
「今の状態のままということか?」
『それはありません。扉の変換を使って、前回戦った貴方達に最も近い肉体状態にします。
 身体の傷や欠損や病などは残しません。
 戦女神と神々加護の無い世界では、最も恵まれた状態と成るでしょう。
 そしてとある方に協力してもらって貴方達に特別な力を授けます』
「特別とは?」
『竜の加護です。シキガミではなく竜人として生きることになります。
 それにシキガミよりももっと法術に適した肉体になりますのでアスカやユキナは良い術士と成るでしょう』
「なるほど……確かに形式は違うけど近しい力か」
『それに、貴方にとってもメリットは有るんですよキツキ』
「どんな?」
『ユキナを救う事ができます。魔女の起源に触れることになるでしょうから』

 キツキは少し考えるような素振りを見せて、すぐに手を載せた。

 そしてその後に続くのは姉ちゃんだった。

「よくわからないけど、コウキも、きーちゃんも居るなら、大丈夫、かな?」
『今回はよろしくお願いしますね、ユキナ』

 最後に、四法さんが頬をふくらませながら手を載せる。

「あーもう! せっかく帰ってこれたのに、皆馬鹿じゃないの!?」
『ふふふ。宜しいですか? 今回は強制ではありませんよ』


 俺は全員を見回すが、全員が俺を見返してきた。

「俺はね。友達に助けてくれって言われたら、助ける主義なんだ」
『貴方のそういう所が愛おしいと思います』
「わたしもですよ」
 俺の言葉にファーナがそう言う。なんか照れくさい。
 嬉しそうに笑うアキとファーナを見て、眉を顰めた姉ちゃんが後で説明してもらうからと睨んできた。
「ま、オレが居ないとコウキもキツキも馬鹿しかしねぇし」
 タケが明らかに調子に乗っている。
「にゃーくんも同じじゃん……今度は敵対なんかしないでよね!」
「耳が痛いな」
 俺の友人たちは今回はもっと頼りがいのある存在になった。
「私だけ置いてけぼり……辛い」
「まぁ、すぐにわかりますよ。それにこれからの思い出に参加すればいいと思います」
 姉ちゃんにはアキが笑いながらフォローをする。
 ファーナが一度目を閉じてカッと見開く。そして次の瞬間、バサッと全員の服が変わった。

 真っ赤なコートを着た俺と、真っ黒なマントをするキツキ。
 巨大な剣を担ぐタケに、華のようにヒラヒラとする青い服の四法さん。
 ブカブカの綺麗な細工のされた黒いローブを着た姉ちゃんに、軽装鎧のアキ。

 わぁっと驚くと同時俺達はまた空に投げ出される。目の前に広がる巨大な世界。二つの太陽。月もきっと真っ二つだ。


 みんなの叫びが空に吸い込まれていく。

 楽しくて仕方がない。

 俺達の旅はきっとこれからもまだまだ続く。
 俺はその全てを超えられる確信がある。
 俺の仲間は最強だ。超えられない壁は存在しない。

 それにこの世界には無い、とても自由な世界がここにある。
 世界を歩く意志があると俺に思い出させてくれる。


 たくさんの人と出会って。たくさんの人と別れて。
 俺達は成長する。

 俺の手が届く場所に、助けられる人が居るのなら俺はそれに全力を尽くしたい。

「頑張りましょうね、コウキ」

 俺が守り切った結果。
 彼女が生きていた事は心の底から嬉しい。
 全員で手を繋いで輪になったスカイダイビングの状態でもファーナは可憐に笑う。

「おう! こうなったら言ってみたかった事があるんだよね!」

 全員で。
 また、旅をするのだから。俺が言わなきゃいけないだろ。
 肺にまたこの世界の空気を溜めてお腹に力を込めて、叫んだ。



「俺達の旅はこれからだーーーー!!」



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 新式シキガミ! 終 読んでくれて、ありがとうございました。
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