04.新しい日々

*Syu...

 日も落ちかけてクラブ活動での稽古は終わり。午後六時のチャイムが鳴り響く。
 どのクラブもこの時間で終わり。これに例外は無く、時間通りにチャイムも鳴る。

 自分のクラブ活動を終えて汗を掻いたらシャワーなり何なり浴びて帰る事も出来るがどうせ帰ったら走りこみを行うので俺はとっとと帰る。カバンは教室に置きっぱなしだ。柔道は比較的新設で部室が無い。
 涼二が持っていたようにスプレーを買ったのでこれで汗臭いのは幾分か何とかなってるはず。運動した後にひんやりとするスプレーは結構気持ちが良いものだ。
 同じクラスに柔道をやっている奴は居ない。別のクラスの奴も全員自転車通学だ。よって帰途は寂しく一人歩きか誰か捕まえて無理矢理自転車の後ろに乗り込むかになるのだが、今日はそうじゃないみたいだった。
 教室を出ようとしたところで戸の向こうから頭がひょっこりと出てきた。

「お? こりゃ京ちゃん。出待ちなんてめずらしい。有名人でも出てくるの?」
「うん。ちょっと変人で有名なチョット名前が読みづらい人を待ってるのです」

 オレの言葉に的確に答えた事に得意げに胸を張る。
 何と無く対抗しないといけない気がして言葉遣いを変えつつ尋ね返す。

「ほほう……このハニベシュウ、全く検討が付かんで御座るよミヤコ姫!」
「うん、教室に荷物取りに来たら丁度柊くん見つけたし一緒に帰ろうよ」
 なんか思ったよりも反応が普通だったのでなんとなくスカシを食らう。
「ござる!」
「ござるは了解の意味にならないよ。ですますだよ」
「拝命仕る!」
「あ、あってる……国語強いよね柊くん。あっ古文かなこれ」

 それを知っていたのは実に簡単でカッコイイから覚えただけである。たしか大河ドラマとかで言ってた。

「ふっこんなオレでも七十点取れる科目だからな……余裕だ」
「明日からの試験はちゃんと他のも頑張らないとねっ」
 そう、明日からは休み明けテスト。だがオレには秘策がある。
「大丈夫だ……オレには涼二の形見がついてる」
 言いつつガサガサとカバンを漁って割りとくしゃくしゃになってしまっているプリント群を取り出す。
「あはっ涼二のプリントとノートのコピーの事? 丸暗記は良くないよ〜」
「拙僧にはそれしかりませぬぅ! さ、けーるべけーるべ!」
「あははっうん」

 幸運にも今日は京ちゃんと一緒である。
 そう言えば帰りで一緒になるのは涼二とヒメちばっかりだったからこれも新鮮だ。日の落ちかけ、深い影の落ちる国道線の沿いを歩く。
「演劇はどんな感じ?」
「ん〜、今日は入団試験だったけど」
 歩幅はいつも通り京ちゃん合わせである。涼二がそうしていたからオレもそうするようになった。俺と涼二が二人で家に帰るときは遠慮なくスタスタ歩くので家に着く時間は十分ぐらい違う。まぁ急いでいないのでそんな事はいいのだ。
「入団試験? あれっスカウトじゃないの?」
「スカウトだけど形式的には受けないとねって」
「ああ、なるほどね……? で、どんな感じ?」
「うーん。私……負けないよ」
 きゅっと拳を握ってオレに言う。その表情は何か決意があるように見えた。
「お、おおう。頑張ってな。無理はすんなよ?」
「うん、ありがと」
「で、どんな感じ? 一行で」
「部長が凄い」
「なるほど……さっぱりわからん!」
「ふふふっ! やってたのは舞台の上で喜怒哀楽の表現をしてみてねっていう課題でね?
 私は別に普通に演目をこなしたって感じで――部長は本当に演じたって感じ」

 決定的に違う何かを持った人は居る。
 ステージに立ったヒメっちが――その場の空気を変えてしまうような。
 特出した才能を持っている訳ではない涼二だってそうだ。壁を前にすると必ず目の色を変える。挑戦者である瞬間に最高に面白い奴になる。アイツが居なければオレは今の半分も強くなかったと思う。
 そいつが居るだけで変わっている。そういう人間がまだこの学校に居るのだろう。

「そりゃすげぇ」
「うん、凄い人だった!」
 屈託無い笑顔を見せる京ちゃんを見ると本当に才能のある人なんだなと思う。今度公演がある時はちゃんと見ておこう。確かに遠めに見た事はあるだけでちゃんと覚えて無いからだ。
「いいなぁ。すげー美人なんだろ?」
「美人だよ〜」
「おーほっほっほって笑うんだろ?」
「笑わないよ! もー涼二に変な事覚えさせられてるんだから」
「はっはっは、確かに言ってたのは涼二だっけか」
「でもそう笑っても似合うよ部長――あ」

 突然何かに気付いたように京ちゃんが前を見る。
 つられたオレが同じように前を見ると丁度長い道の先に歩く二人の人影を見る事が出来た。
「多分部長だ……」
「確かに金髪だな」

 校則では染髪は禁止されている。長い金色の髪で許される人間はあの人ぐらいだ。
 それよりもそのブロンドヘアの人と並んで歩くもう一人が気になる。

「横は誰だろう? 副部長さんじゃなさそう」
「制服はオトコ! へぇ彼氏でもいんのかな?」
「え……うーん、居てもおかしくは無いけど……私もそこまで詳しいわけじゃないし」
「つかありゃ生徒会長じゃないか」
「えっていうか見えるの顔」
「見える。視力2.0優良児を舐めてもらっちゃ困るぜ!」

 それにその生徒会長っていうのはオレ達にとって面識深い人だ。
「会長って、中学でも会長やってた人だよね」
「そうそう。なんかスゲー人」
 オレはその程度の認識だ。京ちゃんは直接その人と一緒に生徒会をやっていたので解るはずだ。
「涼二が意気投合してたよ。懐かしいなー」

 オレは生徒会なんてやってなかったので知らないが彼女は懐かしそうにその時の事を話し出す。
 あの人は中学三年、高校受験の時に文化祭革命をした。本来出店等は余りお金の掛かる事が出来ない市立中学校で、色々な出し物を可能にした人だ。
 行った事がどう凄いって言う細かい所は解らないが、先生達の信頼を一身に受けていたし、提案も理論、実証、支持を持って突破していく中学生ならぬ人だとが評価した。
「涼二は人の使い方が上手いって言ってたよ」
 人の上に立ってちゃんとできるタイプと言うことだろう。
「ちょっと涼二に似てるかも」
 ちょっと似ていると言うのもオレには余りピンと来ない。涼二は上に居て引っ張るのではなくて下からぐいぐい押し上げる方が似合う奴だ。
「類友か」
「そうだね。でも多分……」
「多分?」
「八重先輩は涼二より凄いかなぁ。涼二があの人にはなれないって言ってたし」
 多分涼二と八重先輩の性質の違いはオレの考えている所があっているのではないかと思う。上に君臨して下に押されても其処を保てる人間がその人なのだろう。涼二に食われないというのは本当に凄いと思う。

「ん、いきなり褒められたのは嬉しいな」
「あら、当然でしょう八重様ですもの」

 その二人が動くのをやめたので接近している事には気付いては居たのだが、此方が止まる意味は無いので歩いていたらどうやらこっちを待っていたようだ。
 オトコにしては長めに伸ばした茶髪の髪にアンダーフレームの黒縁眼鏡。一つ上の先輩がオレ達を呼び止めた。
 八重様という呼び方に驚いたオレ達をみて、やっぱりその呼び方やめてくれないかと折沢先輩に言っていた。

「こんにちは折沢先輩。お久しぶりです八重先輩」
 ペコリと行儀良く京ちゃんが挨拶をする。二人ともと面識のあるのは京ちゃんだけだ。オレも倣ってちわっすと会釈ぐらいはやっておいた。
「御機嫌よう、ふふっ彼氏さんとお帰りかしら?」
 オレ達を見てそんな事を言う。オレ達は顔を見合わせてから首を傾げた。
 折沢先輩は思ったよりもおっとりしている空気だ。キラキラするブロンドの髪に青い瞳。身長も結構あってモデルの人を見ているような感覚になった。

 というか、なんでオレ達を待ったんだろうか。一抹の疑問を残しつつ、一先ずオレ達はまず首を横に振る。

「違うっす」
「違いますよー。先輩こそ、もしかして……」
 速攻で否定するのも如何な物かな、と思いつつ、オレは正直に言う。

「残念だ。ここに色っぽい話ゼロか。世知辛いなおっきい子」
 ぽん、と八重先輩に肩を叩かれる。先輩はオレよりも小さいがちゃんと威厳はある。
「そっすね。上手い話は落ちてないっすよね」
 その割には今一瞬折沢先輩が残念そうにしていたんだけれど気のせいだろうか。
「俺は八重<ヤエ>だ。キミを見た事あるんだが、すまないが名前なんだっけ? 水ノ上君の友達だろ?」
 オレの顔を見て先輩が思い悩む。
「自分は士部<ハニベ>って言います」
「シュウくんです」
「ああ、テストで名前はハナマル皆大好き柊くんね」
 思い出したという風に先輩は手を打つ。
「誰だ! そんな事言ったのも誰だ!」
 想像は出来るが叫ばずには居られない。そして案の定、そいつの名前は程よく腹立つ笑顔とグッと親指を突き出す姿で思い出された。

「水ノ上君だ」
「涼二だよ」

 八重先輩と京ちゃんがほぼ同時に言う。
「あいつ! 帰国したらぶっ飛ばす!」
 ぺシッとカバンを大振りに振ったので足に当たって派手な音を立てた。
 おのれ涼二! いらん置き土産を!
 オレの様子にクスクスと折沢先輩が上品に笑う。
「あら、留学したのかしら」
「そっすよ。今日からニューヨークですよ。オサレな事しやがって!」
「ふふふ、ニューヨークは良いところですわよ?」
「先輩もやっぱり外国に居た事があるんスね!」
「ええ、わたくし幼少の時はニューヨークで過しましたから」

 何故か、話が弾んでそのまま四人で帰り始める。
 喋りだしたら別になんてことはない気さくな人たちである。
 オレ達を待ったのは折沢先輩の意思らしい。可愛い後輩が気になって、と笑っていた。

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