05.望み

*Miyako...

 ちくちくと痛む。
 絆創膏を貼る。それは私の為に持っていたものではないけれど、もう使う事は無いだろうから。

「だ、大丈夫? 保健室行く?」
「ありがとう夕陽ちゃん、大丈夫だよー」
 そんな大袈裟な怪我ではない。打ち身があるからそっちは流石に帰ってから湿布でも貼ろうかなと思っている。
「つか、あいつ等謝りもしねぇし……」
「腹立つ……やり返そうよ」
 佐々木さんと至町さんがとあるグループを見て睨みつける。
 あちらは気にする様子も無く談笑しながら着替え終わると何事も無かったかのように更衣室から去っていった。

 今日はバスケットで、今までにないラフプレーの嵐に笛が鳴り止まなかった。
 一応、体裁上ゴメンナサイとは聞こえるものの、反省した素振りも無ければラフプレーを止める気配も無かった。ボールを取るのに爪を立てて来た時手の甲に引っ掻き傷が出来た。今絆創膏をしたのはその出血が止まった後ではあるのだが念のためだ。

「ダメだよ、それじゃやりあいになっちゃうし。最終的に私が爆発しちゃうよ」
「どういう展開だよ」
 ピシッと佐々木さんに手の甲で突っ込みを入れられる。
「ひ、被害は京ちゃんだけだから……、確かに最終的に一番怪我しちゃうだけだし」
 夕陽ちゃんはピリピリしている二人にビクビクしている。
「ダメだよ。それこそ付け上がらせるだけだよ。
 何も言わないのを良い事にチクチク続けてくるんでしょ?
 悪質だよ。アタシは許せない」
 至町さんが意外と好戦的だ。
 陸上部で確かに体付きは強そうな至町水穂は運動部推薦で入ってきた所謂柊くんみたいな人だ。
 性格もスッキリしていて言いたい事はズバズバ言っていく。
「……わかった、ミズホ、でも京ちゃんの意志を尊重しよう?」
「ナミ、でもさ……!」
「でも何かあったら頼ってね。あたし等はあんなのへっちゃらだし」
 佐々木さんは落ち着いてと至町さんを宥める。
 彼女もバレー部。佐々木奈美は至町さんと同じ学校出身で元々仲が良かった。席が近く仲良くなった。気さくでいい人たちだ。

「大丈夫だって、負けなかったよ私」
「いや、最後の試合スリーポイントオンリーで勝つとかホントバスケ部行けよって思ったし。館内部だからあたしが紹介するよホント」
 奈美ちゃんがバレーでもいいよ、とチラチラとこちらを見ているのを丁重にお断りして笑う。
「内側は二人が頑張ってくれたからねっ」
「京ちゃんのパスホント凄いかんね……走らされるもん」
 水穂ちゃんが腕を組んで笑う。
「ちゃんと届くように投げてるつもりなんだけど」
「そうだよね。ギリギリ届くんだよねー。いい司令塔だよ」
 そのせいで運動部の子は何故かみんな私に四番のゼッケンを届ける。きっとその瞬間だけ私はキャプテンを背負っている。
 負けたくないとは思っている。それは昔誰かの口癖だった。それが自分の思いになり変わっていた。

「あたしも打って、って言われるとシュートしちゃうようになっちゃったよ」
 ぴっと手を挙げて夕陽ちゃんが胸を張る。
 その姿をみて水穂ちゃんと奈美ちゃんが目を合わせて肩を竦めた。そして同時に夕陽ちゃんの肩に手を置く。
「ゆっちはもっと打ってこーね」
「うん、ゆっちは積極的に行こうね」
「うわああっあたしも頑張ったのにーっ!」
 確かに今日はちょっと頑張ってもらった。シュートを打たないのがばれた所で打ってもらうようにそう叫ぶようにした。今日は五回ぐらい言っただろうか。彼女のシュート回数はイコールとなる。
 ドリブルをして進めるようになるには結構練習が必要だ。手元を見ながら走っているとボールはすぐに取られてしまう。あまり上手な人が陥りがちなのはそういった理由からのポールマンだ。それがバレると張り付かれてすぐにボールがカットされる。ならば持ってすぐの行動でパスかシュートが要求される。
 つまり殆ど運動していないと豪語する彼女からすれば五回のシュートは異常なほど多いということだ。
「夕陽ちゃんは頑張ってくれたよっ」
「京ちゃーんっ」
 ガバーっと抱きつかれたのでよしよしと頭を撫でる。絆創膏を貼った手が縛られたかのような錯覚を受ける。ほんの少しだけぎこちなく手を止めたかも知れないが、自然に微笑んで彼女を撫でる。
「甘やかしちゃダメよ」
「ゆっちは甘えん坊さんね」
 二人は交互に言ってプニプニと夕陽ちゃんをつついていじめる。
 私はそれを笑って荷物を纏めて、教室へと戻る事にした。


 何かやったような覚えは無い。心当たりの全く無い虐めである。
 理不尽ならば、負けない。
 誰かがやった事なら私にも出来る。その前例は知っているから、耐えるなんて容易い。

 強いつもりで居た私は、ただ笑って全てを受け入れようと決意した。

 それから放課後まで特に何も無かった。当然と言えば当然、特に席から離れる事も無いし運動部の二人がピリピリしてたというのもある。それに驚いていたのは夕陽ちゃんなのだけれど。
 部活に行く前にもじゃあね、と声をかけてくれて私もそれに手を振って応えた。そして自分も部活の為に荷物を纏めてから教室を後にした。


 ガタン――! ゴンッッ!!

 舞台から落ちた時は、流石に壮大な音がした。
「きゃぁ!」
「秋野さん!?」
「大丈夫!?」
 カーテンの向こう側から押されて、階段から転げ落ちた。勿論押されただけなら足が出てちゃんと着地できたのだろうけれど、足元に何か硬いものが置かれていてそれに躓いた。舞台に設置されていた階段のせいでさらに脇腹あたりを擦ったり打ったり。
 流石に痛かった。それでも―――
「だ、大丈夫、です……」
 よろよろと立ち上がる。それにサッと誰かが肩を貸してくれた。
「保健室に連れて行きます!」
「ええ、お願いね渡辺さん!」
「大丈夫、歩ける?」
「はい、歩けます」
 肩を貸されて体育館を出る。体育館用のシューズは余り汚してはいけないがそんな事を気にしている暇も無くそのまま歩いて一直線に保健室を目指す。
 つい二月前は私が担いで歩いていたぐらいなのにこの体たらくは如何な物だろうか。あの子はかなり頑丈だったんだなぁと振り返る。

「ねぇ」

 不意に話しかけられて、応えようとした瞬間。

 ガンッ!

 そのまま壁へと押し付けられて、グッと胸元の服を掴んで押し上げられる。
 ただでさえ打ち身が多くて力が入らないのでそれを振り払う事が出来なかった。
「な、何――!?」

「ねぇ、演劇部やめて?」

 ぐっと顔が近づいてその子と目が合う。
 ああ、あの日私の事を気持ち悪いといった子だ。教室に居る時と髪型も雰囲気も全然違う。今は長い髪を後ろで纏めて垂らしている。ラフな格好で気づかなかったのか。覚えようとしなかった事も確かだけれど。

「な、なんで……!?」
「邪魔だから。どうせ舞台で進学とか食べてこうとか考えてないんでしょ?」
「考えてはない、けど……!」
「ちょっと天才って邪魔なんだよね。
 何の苦労も無くチヤホヤされて、いい気になんなっつーの。
 半端なんだよ。
 夢でもない舞台に入ってきて、他の奴の邪魔するだけして居なくなるんだろ?
 アンタみたいな半端な奴が一番腹立つんだよ!!」

 ――思ったより、事の展開は早かった。
 暫くその状態が続くのかと思って居たのだが直接私に突っかかってくるとは。

「……本気なら、いいの……?」
 折角出来た居場所なのに、誰かの恐喝程度で譲るわけには行かない。
「ハァ!?」
 喉を押しつぶすかのように強く壁に押し付けられる。
「本気でやるから……っ。やってるけど。
 もっと本気になる……から。
 ま、ずはヒロインだね……!」
 ギッっと歯を噛締める音が聞こえた。震える手により一層力が入って息が詰まる。
「っざっけんな!!」

 そう叫ぶと共に教壇側へと私は投げ飛ばされる。

「あぐっ……!」

「既に迷惑掛かってンだよ!
 アンタが居るとテンションさがんの! ウザいの!
 何認められたのか知んないけどさ! 横から入ってくんな!
 しかもその横から入った奴がヒロインだ!? ふざけんな!
 天才がチヤホヤされんのは漫画の中だけだっつの! お呼びじゃねーんだよ!!」

 ビリビリと鼓膜が声の振動を受けて揺れる。
 感情が篭った声だ。声の通りが本当に良い。もっと静かにやったほうが良いんじゃないのかと思ったけれど演劇部故に仕方の無い事だ。
 それに、少し凄いと思った事がある。
 彼女は呼吸の取り方が本当に上手い。聞き取りやすく、分断感も感じさせない。ただ真っ直ぐに怒りをぶつけてくる言葉を聞いた。

「私は負けない!
 テンション下がるとかウザいとか、知らないよ!
 私だって何認められたのかなんか、わかんないよ!
 横から入った私に取られるような練習してる方が悪いでしょ! 人のせいにしないで!
 悔しかったら私に勝てるようにもっと自分を磨くべきでしょ! ズルイ事しないで!!」

 正々堂々。
 それを叫べば、きっと私だって、あの人たちみたいになれる……!

 そう思ったのに――。

「だから――」

 彼女はより一層酷い剣幕で私を睨んだ。

「ウザいんだよ!
 綺麗事並べる上に顔が良いからチヤホヤされる!
 下から物事見た事無いでしょ!?
 ずっとアンタ上に居るもんね才能あるから! 可愛いから!
 それがウザいの! 邪魔なの!

 絵に描いたみたいな良い子なんか気持ち悪いの!

 存在がズルイんだよ! 消えてよ!」

 ダダッと彼女は走って教室を去る。壁にもたれてズルズルと座り込む。
 痛かった。
 痣が出来た腕、ジワジワとさっき擦った脇腹から血が滲む。酷い出血量ではないのだけれど傷が自己主張するようにズキズキと疼き始める。
 それよりも、もっと痛い場所がある。

「どうして……」

 認めてもらえないのだろう。

 天才だなんて思った事は無い。もっと上を見るからだろう。
 必要とされてると思って頑張っていた。部活動をやりがいとして頑張ろうと思った
 望んでもあの人たちみたいにはなれない。
 ……彼女も同じ事を思ったのだろうか。

 どうすればいいのか、わかんないよ……。

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